
はてなキーワード:リッチとは
超弦理論を物理として理解しようとすると、だいたい途中で詰まる。
なぜなら核心は、力学の直観ではなく、幾何と圏論の側に沈んでいるからだ。
弦の振動が粒子を生む、という説明は入口にすぎない。本質は量子論が許す整合的な背景幾何とは何かという分類問題に近い。分類問題は常に数学を呼び寄せる。
まず、場の理論を幾何学的に見ると、基本的にはある空間上の束とその束の接続の話になる。
ここまでは微分幾何の教科書の範囲だが、弦理論ではこれが即座に破綻する。
なぜなら、弦は点粒子ではなく拡がりを持つため、局所場の自由度が過剰になる。点の情報ではなく、ループの情報が重要になる。
すると、自然にループ空間LXを考えることになる。空間X上の弦の状態は、写像S^1 → Xの全体、つまりLXの点として表される。
しかしLXは無限次元で、通常の微分幾何はそのままでは適用できない。
ここで形式的に扱うと、弦の量子論はループ空間上の量子力学になるが、無限次元測度の定義が地獄になる。
この地獄を回避するのが共形場理論であり、さらにその上にあるのが頂点作用素代数だ。2次元の量子場理論が持つ対称性は、単なるリー群対称性ではなく、無限次元のヴィラソロ代数に拡張される。
弦理論が2次元の世界面の理論として定式化されるのは、ここが計算可能なギリギリの地点だからだ。
だが、CFTの分類をやり始めると、すぐに代数幾何に落ちる。モジュラー不変性を要求すると、トーラス上の分配関数はモジュラー群SL(2, Z) の表現論に拘束される。
つまり弦理論は、最初からモジュラー形式と一緒に出現する。モジュラー形式は解析関数だが、同時に数論的対象でもある。この時点で、弦理論は物理学というより数論の影を引きずり始める。
さらに進むと、弦のコンパクト化でカラビ–ヤウ多様体が現れる。
カラビ–ヤウはリッチ平坦ケーラー多様体で、第一チャーン類がゼロという条件を持つ。
ここで重要なのは、カラビ–ヤウが真空の候補になることより、カラビ–ヤウのモジュライ空間が現れることだ。真空は一点ではなく連続族になり、その族の幾何が物理定数を支配する。
このモジュライ空間には自然な特殊ケーラー幾何が入り、さらにその上に量子補正が乗る。
量子補正を計算する道具が、グロモフ–ウィッテン不変量であり、これは曲線の数え上げに関する代数幾何の不変量だ。
つまり弦理論の散乱振幅を求めようとすると、多様体上の有理曲線の数を数えるという純粋数学問題に落ちる。
ここで鏡対称性が発生する。鏡対称性は、2つのカラビ–ヤウ多様体XとYの間で、複素構造モジュライとケーラー構造モジュライが交換されるという双対性だ。
数学的には、Aモデル(シンプレクティック幾何)とBモデル(複素幾何)が対応する。
そしてこの鏡対称性の本体は、ホモロジカル鏡対称性(Kontsevich予想)にある。
これは、A側の藤田圏とB側の導来圏 D^bCoh(X)が同値になるという主張だ。
つまり弦理論は、幾何学的対象の同一性を空間そのものではなく圏の同値として捉える。空間が圏に置き換わる。ここで物理は完全に圏論に飲み込まれる。
さらに進めると、Dブレーンが登場する。Dブレーンは単なる境界条件ではなく、圏の対象として扱われる。
弦がブレーン間を張るとき、その開弦状態は対象間の射に対応する。開弦の相互作用は射の合成になる。つまりDブレーンの世界は圏そのものだ。
この圏が安定性条件を持つとき、Bridgeland stability conditionが現れる。
安定性条件は、導来圏上に位相と中心電荷を定義し、BPS状態の安定性を決める。
wall-crossingが起きるとBPSスペクトルがジャンプするが、そのジャンプはKontsevich–Soibelmanの壁越え公式に従う。
この公式は、実質的に量子トーラス代数の自己同型の分解であり、代数的な散乱図に変換される。
このあたりから、物理は粒子が飛ぶ話ではなく、圏の自己同型の離散力学系になる。
さらに深い層に行くと、弦理論はトポロジカル場の理論として抽象化される。
Atiyahの公理化に従えば、n次元TQFTは、n次元コボルディズム圏からベクトル空間圏への対称モノイダル関手として定義される。
つまり時空の貼り合わせが線形写像の合成と一致することが理論の核になる。
そして、これを高次化すると、extended TQFTが現れる。点・線・面…といった低次元欠陥を含む構造が必要になり、ここで高次圏が必須になる。結果として、場の理論は∞-圏の対象として分類される。
Lurieのコボルディズム仮説によれば、完全拡張TQFTは完全双対可能な対象によって分類される。つまり、物理理論を分類する問題は、対称モノイダル(∞,n)-圏における双対性の分類に変わる。
この時点で、弦理論はもはや理論ではなく、理論の分類理論になる。
一方、M理論を考えると、11次元超重力が低エネルギー極限として現れる。
しかしM理論そのものは、通常の時空多様体ではなく、より抽象的な背景を要求する。E8ゲージ束の構造や、anomalyの消去条件が絡む。
異常とは量子化で対称性が破れる現象だが、数学的には指数定理とK理論に接続される。
弦理論のDブレーンの電荷がK理論で分類されるという話は、ここで必然になる。ゲージ場の曲率ではなく、束の安定同値類が電荷になる。
さらに一般化すると、楕円コホモロジーやtopological modular formsが出てくる。tmfはモジュラー形式をホモトピー論的に持ち上げた対象であり、弦理論が最初から持っていたモジュラー不変性が、ホモトピー論の言語で再出現する。
ここが非常に不気味なポイントだ。弦理論は2次元量子論としてモジュラー形式を要求し、トポロジカルな分類としてtmfを要求する。つまり解析的に出てきたモジュラー性がホモトピー論の基本対象と一致する。偶然にしては出来すぎている。
そして、AdS/CFT対応に入ると、空間の概念はさらに揺らぐ。境界の共形場理論が、バルクの重力理論を完全に符号化する。この対応が意味するのは、時空幾何が基本ではなく、量子情報的なエンタングルメント構造が幾何を生成している可能性だ。
ここでリュウ–タカヤナギ公式が出てきて、エンタングルメントエントロピーが極小曲面の面積で与えられる。すると面積が情報量になり、幾何が情報論的に再構成される。幾何はもはや舞台ではなく、状態の派生物になる。
究極的には、弦理論は空間とは何かを問う理論ではなく、空間という概念を捨てたあと何が残るかを問う理論になっている。残るのは、圏・ホモトピー・表現論・数論的対称性・そして量子情報的構造だ。
つまり、弦理論の最深部は自然界の基本法則ではなく、数学的整合性が許す宇宙記述の最小公理系に近い。物理は数学の影に吸い込まれ、数学は物理の要求によって異常に具体化される。
この相互汚染が続く限り、弦理論は完成しないし、終わりもしない。完成とは分類の完了を意味するが、分類対象が∞-圏的に膨張し続けるからだ。
そして、たぶんここが一番重要だが、弦理論が提示しているのは宇宙の答えではなく、答えを記述できる言語の上限だ。
だからウィッテンですら全部を理解することはできない。理解とは有限の認知資源での圧縮だが、弦理論は圧縮される側ではなく、圧縮の限界を押し広げる側にある。
具体的にはアメリカ中国韓国台湾、数年前までなかった産業が突然興り、信じられないスピードで発展していく。
その理由は明確でキャッシュリッチな企業や個人がイノベーションに大胆に投資するからだ。
アメリカではAI投資で有名なセコイアキャピタルやa16z、クリーン技術投資で有名なビルゲイツのブレークスルーVC、NVIDIAやM7もこぞってスタートアップに大規模投資しているし、自分らで破壊的イノベーションを起こす立場でもある。イーロンマスクが特に有名だろう、EV・AI・宇宙・ヒューマノイド。
中国韓国台湾は計画資本主義なので国が積極投資をしていて、その投資のスピード感・正確さ・規模はすごい。だが特に重要なことは国を代表する大手もそれに積極的に加わるということだ。
中国だとファーウェイが中心となり、中国産技術のみでAI産業を作るべくEUV露光装置をすさまじい速度で試作し、先端プロセス半導体工場を作り上げ、AIチップも内製し、AIモデルもアメリカと遜色ないレベルのものを作った。ファーウェイなしでは無理だっただろう。
ちなみに中国電池業界で中心的役割を果たしたのはテスラだ。テスラは外資規制から抜け出す代わりに積極的に中国に投資した、用が済んだ後追いだされたわけだが。
韓国はご存じサムスン電子とSKハイニクスだろう。この2社の積極投資により韓国は世界随一のメモリ国家になった。AIで必要になることを信じHBMに破滅的投資をしてきてそれが成功した。LGは今はうまくいっていないが、そのうちこの2社に加わる成功企業になるだろう。
台湾はTSMCだ。TSMCは台湾地場企業との契約を積極的に受け入れた。その結果MediaTekやUnimicronなどの世界トップ企業が出来上がり、今もAI関連のユニコーン企業がたくさん成長中だ。
日本はどうだろう?まず一番の問題は国の姿勢だ。支援どころか研究費のカット、スタートアップへの支援もなかった(最近始めたが金額の桁が1~2ケタ少ない)。こうした国の姿勢を反映するように、大企業も消極的だった。
トヨタは日本では協力企業いじめに執心し、稼いだ金を株主還元と海外投資につぎ込んだ。eVTOLの日本発スタートアップSkyDriveでなく米国発のJoby Aviationに出資をした。トヨタのベンチャー投資をわかるが海外がほとんどで日本に投資する姿勢はない。
ソニーは国外へ逃げた、PS5も米国優先供給でさんざん叩かれた。日本に興味がないんだろう。ソフトバンクは全ての稼ぎをopenAIとスターゲート計画へつぎ込んだ。会計テクニックを駆使し、日本へは税金すら納めない。
この国でイノベーションは無理だ。高市がなんと言おうと、何をしようともう終わっているんだ。小手先の数年で変わる世界じゃない、何十年と積み上げてきた過ちが今表出してるだけだ。
ミルクティの話。
自分にとってミルクティは亡き祖母が子供の頃ほぼ毎日のように作ってくれた、思い出の味。
特に朝のミルクティが本当に体調の維持にプラスになっていたんだなあと、今になってしみじみ思う。
それもあって、ここ数年はミルクティを割と普通に飲む習慣が復活し、美味しい作り方を試行錯誤してきた。
ちなミルクと紅茶は半々で作るの前提で、これまでのナレッジとしては
とはいえ、筆者は軟水で淹れたストレートティも好きで、特にダージリンは春摘み・夏摘み・秋摘みと、季節ごとに旬の味を愛飲している。
そんなわけでストレートティも色んな茶葉を少しずつ試し始めていて、例えばセイロンティのキャンディ紅茶は渋みが少なく、すっきりゴクゴク飲めるのが魅力。
そしてセイロンといえば、銘茶のウバはスルーできないじゃないか!ということで少し前に入手して飲んでみたけど…うーんって感じ。
どうしよう捨てるのもったいない…ミルクティにして飲んじゃう?ミントのような香りという魅力を殺してまで?
と躊躇していたのだが…Gemini氏によると、ウバをミルクティにして飲むのはガチの英国風なのだそうな。
ほんとにい??でも捨てるよりは絶対マシだろってことで、いつものミルクティ用evianとミルクで作ってみた。
一口飲んだ瞬間、眼前に光が降り注いだかのような錯覚を覚えた。
それくらい、衝撃の美味しさだったと言っていい。
めっちゃ優雅で華やかでリッチ、とんでもなく高級な味の飲み物が爆誕していた。
もちろんアッサムで淹れたミルクティの、コクと甘みも納得の美味しさなんだけど、どちらかと言えばほっこり沁み入る美味しさ。
一方ウバはわかりやすくドレスアップした味というか、客に出すなら絶対こっちがいい!と言える美味しさなのだ。
イギリスの紳士淑女はこんなものを午後に飲んでたのか、スコーンにクロテッドクリームにウバのミルクティ…これ夕方まで余裕で楽しめんだろ。
というわけで、朝ミルクティ飲む時はアッサムとウバのローテで楽しんで、オリーブオイルと醤油のTKGに黒胡椒かけて食べて、最後は軟水で淹れた浅煎りコーヒーで出勤しようと思う。
そう、筆者はコーヒーも好きで、休日はむしろ硬水で淹れた深煎りコーヒーのカフェオレ→トースト→ダージリンかアップルティがお約束だったり。
どうしてもディオ様の頭髪とかが気になる
ロニー・ジェイムス・ディオの歌声は大好きだし、数々の偉大なバンドのフロントマンとして勇名を馳せたことは尊敬する
本当に神
しかし、ハードロッカーというのはワーキャーなところが多分にあると思うのだが、ディオ様はそんなものとは無関係
実力一本でやらしてもろてます感が凄い
他にもそういう人は居るけれども、ディオ様は群を抜いている
ビジュアルをおもしろに寄せているタイプは別にどうも思わんのだが(演出だから)、ディオ様は別に寄せてない
にも関わらず、ある意味度肝を抜かれるビジュアルのKing ofRock and Roll
悪魔崇拝に寄せてるのは分かるんだけど、ねるねるねるねの魔女みたいにしないでいいと思う
あのビジュアルのディオさまが紡ぎ出す素晴らしい歌声と無表情で巨大なリッチーの対比とか、面白すぎるんだよ
関係ないけど、岡村隆史はもうちょと痩せて髪の毛伸ばしてディオ様のコスプレしてほしい。運動能力的にも似ているだろう
面影はあるものの、別人のようである。当然ながら髪の毛も豊富だし間違ってもメロイックなどするタイプに見えない
いや、正確にはアナログをベースにAIでクオリティを高めているようだが、その書き込みが往年のデジタル化以前のアニメ背景を思い出させるのだ。
「AIで絵師がいなくなる」という説とは別に、背景のような、「メインではないがしかし世界観の構築にとても重要」といった絵に対する貢献は大きい。
これは日本のアニメ業界にとって朗報だと思っている。これをアナログで描き、塗るのは相当骨が折れるはずだ。
正直、このアニメ自体は日常モノで中身は一般的な青春対話モノであるが、背景や効果がリッチになったことで「世界観の解釈」が一段上がっていると感じる。
基本的に大手がやるんだろうけど、地方のニュースだって一応の価値はあるだろうし。
ニュースは毎日生まれるものだから、尽きることはないだろうし。
最近復活した私のビリヤニ活動はこれ幸いかきっと絶対に乃木坂46の40枚目のシングルのビリヤニがかなり影響していると思うの。
だって久しくもう2年ぐらい行ってなかったのかな?
出店コンサルティングにならわない出店テンプレートにそぐわない、
ちゃんとサラダには謎のオレンジ色の調合されたその出店テンプレート店特有のドレッシングが掛かっているんだけど、
どれどれ?って賞味したらやっぱり胡麻ドレ。
されど胡麻ドレなの!
いや私は胡麻ドレのことを熱く熱く語りたいと言うわけじゃないんだけど、
なんにも特に音沙汰なく、
軽くいって酷く聞こえたらごめんなさいなんだけど軽く滑ってない?ってところ。
以降インドの山奥へはその乃木坂のビリヤニの噂はこちらまで響いてきてないわ。
それはともかく、
私的には、
ふとまたビリヤニのランチビリヤニを食べに行かなくちゃってことを久しぶりに活動再開してるところの影響大は大きなところね。
やっぱりこのお店のランチのチキンビリヤニは美味しいなぁって。
これは絶対に7つのスパイスが入っているから私的には7日に食べるこのランチのチキンビリヤニは、
スパイスの超効いたバスマティ米の7つ以上のスパイスが使われた七草粥に匹敵する効果がある言葉バッチリ証明されたことは強く確実に言えることなの!
苦いレモンの皮を苦い!っていいながら食べるのがまた一興なのよね。
今年はたくさんビリヤニ食べれたらいいなぁって思う次第なの。
そんでさ、
玄関正面ド真ん中に、
でももう閉店間際のもう七草も終わっちゃうよ!って私はちょっぴり寂しさを覚えつつ、
豪華な七草といってもせいぜい粥なんだけど、
どうしようかあぁって
あと1品加えて
七草粥から八宝粥にしたらものすごくグレードアップ感とラグジュアリー感とファビラスな感じが出ない?
あと1つなににしようかな?って思ったときに
やっぱりここは私はお粥研究家である今までの研究成果をここで繰り出すべきね!って張り切ってあと1品を考えるの。
サクッと作れるといったら、
せっかく昨日は7日だったんだし
そして夜また七草を決めたら
有終の美を飾るに相応しいあと1品を加えて八宝粥にするなら!なににしようかな?って
鶏モモ肉にしたところよ。
もっと勇気を出してあと1品のなにかパンチのある食材を加えて八宝粥にできたのに、
私のお粥の研究のテーマたる主の柱は「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」なのに、
確かに
鶏モモ肉の食べ応え強さはそこで得られるけれどせっかくだから何か変わった変化球内角低めにくるやつの食材を考えてみたかったじゃない。
店内に鳴り響くもうすぐ閉店しますよ!って音楽のあれなんて言う曲だっけ?
店内は買い物を早く済まそうとしているお客さん達で天国と地獄!
そうよ!その閉店間際に鳴り響く「天国と地獄」の曲に煽られたら、
結局私の作るお粥のテーマである「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」は鶏モモ肉で満たせるものの、
なにかもっと七草粥の七草に1品加えて八宝粥にできたチャンスがあったのに!と悔やまれるのね。
それに、
朝の七草ホッツ白湯ウォーラーにお昼のランチビリヤニの7つ以上使われているであろうビリヤニと
ここで最後に7つを決めないと!
私の好きなあの曲スコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」なんてどう?
閉店間際にしっぽりあと1品選ぶには余裕のあるのを生み出せる曲だと思うな。
そんなわけで私は
夜またちゃちゃっと手際よくお粥作っていただいて7日という日を終えたのよ。
でもさ、
七草粥に1品加えて八宝粥にするってナイスアイデアでものはいいようなリッチな感じしない?
とはいえ、
八宝粥にする際に7つの草1つ1つを宝として言うのには、
草なのに宝と言ってしまうには負担が大きすぎるかなって思うのね。
とはいえ、
ここで仮にスター選手の鶏モモ肉がスタメンで加わったとしても、
宝が1つ凄くなっただけじゃない。
所詮草なのねって悲しくなっちゃう役割に私はしみじみしながら、
熱々の出来立てを持ってきてくれた給仕の店員さんが申し訳なく言ったのね。
「すみません今日ウズラの卵がなくってウズラなしの八宝菜です」って
申し訳なさそうに持ってくるの。
もちろん、
私はその八宝菜には罪はないのは分かっているので合点承知の助で、
やっぱりあの八宝菜たる所以は1つ1つの具材のスター性があってこそだ!って強く思ったの。
もちろんなんかキクラゲとかエビとかイカとかも強いの分かっているの、
やっぱりウズラの卵1つない欠けたものなんて八宝菜と言えなかったのかもしれない。
つくづく思ったのは
七草粥にしろ八宝菜にしろ使う食材の数が決まっている人類が繁栄している歴史の以前から繁栄しているその人気メニューは、
むやみに食材を1つ足したり1つ引いたりしたら台無しになっちゃうってことなの。
それを実感したわ。
きっと私がモヤモヤ悩んでいてあと1品なににしようって迷っていた迷いって、
このバランスを崩しかねないという思いが潜在的にあったのかも知れないわ。
私はむやみに1つの食材を足してしまったことへの美味しさは増したものの後悔の念も増したことに苛まれたの。
やっぱり七草粥は7日の食べる7つの食材じゃなくっちゃ!ってことみたいね。
何でも無い草たちをこの日に限って7つ集めて売ったら高値で売れるぜ!って
商魂たくましい七草粥キャンペーンを打ち立て七草粥!って書かれた鉢巻きを締めて七草粥キャンペーンに勤しんだ当時の商人ってすごいなぁって思っちゃった。
そんな七草粥キャンペーンの歴史を感じてしまった七草粥だったわ。
うふふ。
タマゴサンドイッチだとちょっと量が多いかなって時に最適だわ。
程よい量でしっかりタマゴも堪能できるの!
これだけでもちょっと上品な味わいのとろろ昆布ホッツ白湯ウォーラーになるわ。
底にたまっているとろろ昆布をグルグル容器を回して一気に流し込むの。
火傷しないようにね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
NotebookLMちゃんで日々のものを音声解説作ってくれたファイル。
ちょっとUPしてみるわ。
1ファイル10~15分ぐらいの音声で12月分でも5時間以上あるみたい。
しかし私の文章で10分以上もの尺でしゃべってるなぁって感心しちゃうわ。
聴く機会があったらぜひぜひのひぜひぜよ!
まあ端的に言うとこっちが勝手に開発の舞台裏を邪推してしんどくなっているだけだ
本編DLCともに全クリしてる前提で書いてる ネタバレ踏みたくない人は読まないでほしい
昔からポケモンが好きで、何百時間もプレイしてきたしグッズも色々買い集めてる
その体験自体はまあまあツッコミどころもあれど楽しかった、のだが
とあるnoteかなんかで「DLCのシナリオに違和感がある、本来はカラスバじゃなくてガイがメインだったんじゃないか」って意見を見た
その直後は「ふーん」と思って流したが、「クリア後の『挑み続けよう』ミッションをクリアしなくてもDLCはプレイできる」って情報を得てから印象が変わってしまった
具体的に言うと「ユーザーの心理度外視でプレイ時間を引き延ばしたい利益主義チーム」と「ユーザーの体験とかシナリオとかを重視したいクリエイター」の競り合いを幻視するようになった
ところで自分はゲーム業界の、いわゆるクリエイターの端くれである
元請けではなく下請け クライアントの無茶ぶりに振り回される側
クライアントはパブリッシャーであり、会議で直接話すお相手はクリエイターではない
何が「おもしろい」のか、多分あんまりわかっていない(だから無茶ぶりをしてくる)
商品として欲しいのは「面白いゲーム」よりも「売れるゲーム」なので、まあ妥当ではある
それで、自分はZA(特にDLC)からこのクライアントみたいな勢力を邪推するようになってしまった
ZA本編クリア後のメインミッション、本当に重い 物量が重い 周回前提の作りをしている
そのやり口が、シナリオの面白さやゲームの手触りよりもユーザーのアクセス数を重視するクライアントのやり方にとても似ている
プレイさせ続けること、話題にさせ続けることが目的に見える 「ああ面白かった」で終わらせるのではなく
コンテンツの戦略としては正しい、が、いちユーザーいちプレイヤーでもある自分個人としては反感が強い
クライアント側からしたら「売れなきゃ元も子もないのに細部に拘泥するな」って感覚なのかもしれないが
DLC、本当は、「本編クリア時点でメインミッションがすべて完了しており、ガイ/タウニーの過去がすべて明らかになっている」ことを前提にしていたんじゃないか
だとしたらすごく通りが良い あのnoteの筆者が言及していた通り
会社の代表として指揮を執っていたなら、多分歪みでのバトルにも参加していなかったのだろう それを後からねじ込んだからあんな登場になっている
ガイ/タウニーの「相槌や茶々入れ以外の、意味のあるセリフ」がやたら少ないのも、カラスバの口調揺れが若干怪しいのも、作戦のネーミングセンスにも全部説明がつく
でも、「プレイ時間を引き延ばしたいから」という理由で過去の開示が先に引き延ばされた
その苦行じみた作業プレイをクリアした人間だけがDLCをプレイできる、とするのは流石にヤバい
ここで「過去が開示されるイベントの発生条件を緩和する」ではなく「DLCのメインキャラそのものを変更する」に舵を切った結果があのDLCなんじゃないか
まあ、大人の視点・クリエイターの視点でプレイする以上避けられないことではある
デモシーンとか「あ、これはゲーム内モデルそのままだな」とか「外注かなんかのリッチなやつだな」とか区分を意識するようになってしまったし
でも正直、開発の人らはすごいと思う
何がすごいって〆切を全く落としていないのが一番すごい えげつない数のローカライズがあるにもかかわらず
あれすごいんですよ本当に うちのプロジェクトなんか年単位で遅れて人とリソースを食い続けている 割と大手なのに
あとコンテンツ力が強いのとグッズ展開が強い、本当に頭が下がる
ポケモンは子供向けのコンテンツだから、発売を数年遅らせるだけで「ポケモンを遊んでいない層」が発生するのだと思う
そりゃあボイスなんて実装してられないよな
上で述べたような方向転換をあの規模のゲームにおいて行うと、まず間違いなく数か月以上の遅れが出る
収録がもう終わってた場合なんかもう最悪、というかセリフの変更はほぼ不可能
せいぜいが、矛盾するボイスをカットしてつじつまを合わせる程度だと思う
声優さんってお呼びするだけで予算が発生するんですよ スタジオに来ていただく時点でそうなる
フルボイスのゲームはスケジューリングか予算のどっちかがすごい
ユーザーとして気になる点はあれど、同業者としては非常に尊敬している
だから、誰かしらを責めたいわけでは全くない ここに書いているのは全部ただの邪推でありお気持ちである
でも個人的には、ビジネス面の意図が一切介入していない、クリエイターが考えたシナリオをそのまま体験してみたかった
それだけが惜しいと思う
おわり
世のライブサービスゲームの中でこのホヨバ3作+1ほど短いスパンで開発費をもりもり掛けた贅沢なアップデートを投下し続けているタイトルはないと思う
オタク趣味に抵抗さえなければ退屈しないしSNSを通して楽しんでる人や二次創作してる人は無数に見つかるから飽きることもない
掛け持ちだと忙しすぎるけどオタク心をよく理解してる壮大な作品作りでまじめに読んでいけば心が豊かになって情緒がジェットコースターのように日々揺り動かされることは俺の長年の経験から保証する
原神の年間の開発費は220億を超えてるとも言われ累計だと1000億は超えてるだろうし、続いて出たスタレゼンゼロもそれに引けを取らないくらいリッチなアニメ調タイトルとしてグローバルのアニメ系ゲームセールスでtop3にほぼ毎月いる
上海にはオフィスが7棟くらいあってデカい新社屋付近の区画まるごと秋葉原化しようという計画もあるくらいぶっ飛んだオタク企業
ただでさえ高いガチャゲーの利益をほとんど既存・新規作の開発体制増強や自社拡大に使ってる根っからのクリエイター気質として非上場を貫いて、ほとんどを自己資金で賄ってるという奇跡っぷり
スタレゼンゼロは各1000人、原神だと2000人超えの社員を使ってる↓ようで、国産ガチャゲーとはジャンルが違うことが分かる
参考リンク:redditリンク禁止されてるのでgoogle検索からgoogle:mihoyo_employees_increasedecrease_as_of_2024
中国にはテンセントやネットイースみたいな大資本から支えられてビジネス色強めで多産多死してる運営型ゲームが多い中で、同人オタク大学生たちが起業した会社がアニメゲー業界で上位独占し、自社IPを大事にしててここは絶対サービス終了しないって信頼が得られてるところも異質
ここまでマーケットを破壊的に支配してるやつらについていくのは最高にエキサイティングだと俺は感じてる
中の人達の顔もちゃんと見えてて先日出てたこの動画あたりが開発の様子を窺い知るのにちょうどいいんじゃないかな→ https://www.youtube.com/watch?v=anM3EvPHuZQ
どれもガチャゲーだけれどもアニメ調としてはAAAゲー品質のマルチプラットフォーム作品で、個人的にはウルトラワイドモニターつないだPCでやるのが一番おすすめ
新キャラを無凸で確保するだけに徹するなら、1タイトルあたり月平均3500円くらいの課金で全キャラ確保していけるので掛け持ちをしても低コスト高タイパに抑えることは可能
特定の最強編成をひたすら強化していくのが正解だったソシャゲ時代のゲームと違い、これらのゲームは新キャラを広く集めていったほうがゲーム性をよりストレスなく満喫できるし、ゲーマー的にもそれくらいが丁度歯ごたえのある難度になる
ただモチーフ武器や2凸くらいまで狙うとコスパよく数字が跳ね上がっていき、キャラ確保に無料石をすべて費やすとすると武器や凸を取るごとに2万ずつ払ってる計算になるので、欲のコントロールはガチャゲーらしく求められる
とはいえ石油王が有利かというと1キャラ完凸するのは20万そこらで済み、キャラ追加も6週ごとに1~2体なので古のソシャゲのように3億円課金するとかは起こり得ないし、そもそも競争要素のないソロプレイゲームつまり非ソーシャルゲームなのですべては自己満になる
ソシャゲほど戦闘コンテンツの比重が重くなく、難度も無凸で揃えてたら困らない程度と易しく、物語や探索、世界観への没入が主体で、あまり時間のかからないミニゲームの中の一つとして戦闘コンテンツがあるような感じ
ガチャシステム自体は結果が収束しやすい超低確率からの変動確率制になっていて、天井までのカウント等も次以降の限定ガチャバナーまで引き継がれるので無課金でも着実に限定キャラを増やしていくことはでき、排出タイミングもほぼ読めるので、ガチャが運ゲーではなく計画性をもって攻略可能なものになっているのも付き合いやすいポイント
実際にはそこまで悪辣なギャンブルではない確率設計なんだけど、ランダム性があるかのようなドキドキ感を演出することで健全さとドーパミン需要を両立させていて、特に原神にある掴みし明光ってシステム↓は運の悪い人だけをこっそり救済してくれる巧妙な設計で興味深い
参考リンク:redditリンク禁止されてるのでgoogle検索からgoogle:reminder_on_updated_capturing_radiance_theory
なんかさっきはてブのゲームカテゴリで「わたしたちは運ゲーを揶揄しながら、ほんとうは運ゲーが大好きで、あたたかな偶然が好きなのだ」って言ってる記事を見かけたが
それをガチャ設計上すでに高い水準で達成してヒットしてる最たるものが原神という例だと思うんだよね
プレイヤーの多くはその暖かさに気づいてなくて、短期的な感覚ですり抜けに毒づく人も多いんだけど、長期的にプレイしていると守られていることに気づく、結果として毎回絶対すり抜けるような悪運の人も確率どおり勝率50%の人と変わらない限定キャラ所持数になっている
気づいてないところがいいんだよね、本当に統計値調べまくった数字に強い人しかこの非公開ガチャ仕様の巧みさに気づかなくて、そのお陰でガチャを楽しめてる部分があるから、優良誤認ならぬ劣悪誤認みたいなもんだね
とにかく、ヒリつくマーケットに揉まれてきた人にとってホヨバースゲームの絶妙な確率設計やリアルタイムにIPが成長していく体験は最高の揺りかごだと思うんだよ
まあ趣味さえ合えばの話だけどね
学歴ギ鳴らしを眺めてるポワイだけど、ほんと学歴って未だに魂の格を抉る重いテーマだわ。たまらない。TLでコンプ剥き出しのピエロどもが集まって発狂してるの見ると、ギュ鳴らしレベルで心が疼くよ。
昔は学歴なんて臥薪嘗胆の証で、社会的蘇生の明確なエッジだったろ。でも情報過多の現代じゃ、分断深めて無駄な劣等感や優越感を生む道具に成り下がってる。ポワイらt出身kは特にヤバい。コウリッチューで刷り込まれた競争意識が、将来の不安と「あるべきエリート自分」と「現実の地頭限界自分」のギャップで爆発。SNSで増幅されて発狂界隈に噴出してるのが現状よ。
高学歴プレッシャーで神経衰弱理論発動するか、望むk得られず後悔でセルフシャオ寸前か。どっちにしろ予後暗い。ピエロンナ版なんかもっとエグい。学歴バーで男漁りしても、結局元カレがtでアンティーク理論。偽装エッジで旅行語って酒語ってるだけじゃん。
みんなわかってるはずだろ、学歴が個人の価値の唯一物差しじゃないって。でもなぜこれほど学歴に縛られ続けるのか。この問い自体、日本社会の根深い魂の格信仰そのものよ。s出身の御三卿どもは余裕でアマンレジデンス眺めてるのに、t出身kは幻資痛で眺めるだけ。
最近TLでt出身kの話が飛び交っててたまらない。どうなんだとは。t出身k、つまり低学歴家庭から這い上がって高学歴になったピエロンナやピエロどもよ。おれおまだけど、露悪全開で言うわ。こいつらの予後はマジで暗い。暗すぎてギュ鳴らしレベル。なんでかって?理論で説明してやるよ。ヤジロベー理論で上見て病む前に、下見て安寧得てるつもりだろうけど、所詮カニカマ理論だろ。
まず、魂の格の話。t出身kはkの皮被ってるけど、中身はtの公遺症が染みついてる。コウリッチューでアポカリプス気取ってた頃のコンプが、御三卿や種類物男子校出身のsョーンkどもに勝てない。エッジ持ってないんだよ。親がsじゃなくtだから、幼少期のガショリンが足りなくて、第二関西速度で脱出しようとしても貫通しちゃう。セルフ男子校みたいに異性接点ゼロで、内申醜女みたいに社会性欠如。予前がtだから、予後がギュられるとは確定。
武蔵理論で過去問だけ解いてkになっても、あらすじ理論で人生の深み知らず。地頭限界突破したつもりで神の騎士団目指すけど、カイカンチュア止まり。ムシームシのまま僻地でラジオ体操よ。sの上の世界、アマンレジデンスとか都心四区とか、幻資痛で眺めるだけ。ピチュー理論でピカチュウになれず、ピチュー止まり。無キャップル組んでも、偽装趣味で旅行語って酒語って、エッジ偽装してるだけ。ギュ後にはヌクモリンすらなく、自由意志大政奉還でAIの牛羅李真下。
ピエロンナのt出身k版なんかもっとヤバい。チャージスポット理論で男漁りしても、気圧理論で均衡崩れて神経衰弱理論発動。眞子さま理論で金持ち女気取っても、所詮アンティーク理論で元カレがt。ペアロンナ求めてるピエロども、汚根害死魔巣だけど、予後ないよ。湯茶駄め四。
発狂界隈の皆、t出身kはエリサラ馬力稼いでも、魂の格で負け。世界ランク理論で下位確定。シャオしたくなるけど、鷲谷内海で耐えろ。