
はてなキーワード:メンタリストとは
なんのかんのと言いつつ、もうちょっと答えたいなとか、これは言っておいた方がいいかな? ということが細々とあったので追記しておきます。
もともと文章を書くのが好きで、書いてるだけで楽しくなってしまいついつい長くなってしまう性質なので、興味ある人だけ読んでいただければ。
まず実家暮らしです、子供部屋おじさんってやつですね。で、親と住んでいるので、正直孤独を感じる事は生活のなかであまりありません。「孤独」というのが感覚としてあまりピンときていません。兄や弟が居るのも関係しているかも。これだけでも「孤独耐性」について印象が変わったんじゃないでしょうか?
ちなみに実家暮らしはいいですよ、お金のかかる趣味が無いのもあって、収入が並でも貯金がたまります。おかげでNISA口座にもある程度余裕をもってお金を移せる。
友達はまぁいます。定期的に遊んだり何か食いにいったり、という感じです。あと創作関係の友人もいますね。そっちも飲み会とかたまにあったりします。
友人の中には女性も居るし、仕事の同僚にももちろんいます。そして「恋愛から降りた」おかげか変に意識することなく、同性の友人や同僚と同様に接することができています。
そもそも既婚者も居るし年齢が大分違う人も居るので、「恋愛から降りた」ことが別段関係無い場合も結構ある気もしますが。
(元の増田で「女性と関わろうとしない方がいい」と書きましたが、大袈裟に書きすぎたかもしれません、友人や同僚としては普通に関わっています。その位なら自分の面倒臭い部分を出さずに普通に関わることもできますし)
あと根本的な問題として、数年、いやもしかしたら十年くらい? 女性に対して恋愛感情とか異性として惹かれる、みたいなことはなかったです。人間として友人として創作者としてリスペクトならいくらでもありますが。
中学高校くらいまでは好きになる事は割とあったので、元々そういう感情が薄いとかではないはずですが、大人になるにつれ少なくなっていきましたね。特に意識的に恋愛から降りてからは心当たりが無いです。
あとね! これも重要なことなんですが、創作って時間を食うんですよ。自分は普通に働いてるし、ゲームもしたい、たまに友人と遊ぶ日もある、ここに書いてない別の趣味もある、そんな中で休日に創作の為の時間も確保したいって考えると、正直言って恋愛とかは「時間がもったいない」という感覚もあるというのが正直なところです。
まだまだ描きたいものがいくらでもあるんですよ。形にしたい作品、アイデアがある。でもサボり癖があるもんだから、結構時間を確保しても実際に創作につかえるのはそのうち何割かです。そんななかで、恋愛とか、異性とか、そういうのに割く時間、考えれば考えるほど無いんですよ。
というかそもそも具体的に好きな人も居ないのに、そんなこと考えること自体、馬鹿馬鹿しいと思いませんか。
個人的にはエスパーかメンタリストでもない限り、あの文章からこうした背景を読み取るのはほぼ不可能だろうし、あの文章で何かを分かった気になるのは危ない事だと思います。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20260115115404
それが無理な人も居る、という話です。そして無理なのに頑張ろうとした結果、女性に被害を与えてしまったり、嫌な体験をさせてしまったりする場合もある。(婚活やマッチングアプリで女性が出会ったヤバイ男性のエピソードとか探してみると、暗澹たる気持ちになれますよ……)
それどころか、(自分はたまたまそうなりませんでしたが)出来ないのに恋愛等に執着するあまり、ミソジニーに走ってしまう人も出てきてしまうかもしれない。こんな不幸、止めた方がよくないですか?
あなたの想像する最大限に不細工で最大限にコミュ力のない、そして女性に対する価値観が歪んでしまっている人を想像してみて下さい。
その人があなたのコメントを見て「よぉし! 俺は結婚した方がいいな! 女性と関わろう!」と張り切った結果、どんなことが起こるか想像してみて下さい。
もちろんあなたは「普通の人としての思い遣りをお互いが持っていれば」と書いた、と主張するかもしれませんが、コミュ力の無い人にそれがちゃんと伝わると思いますか?
そんなことにまで責任は持てない、と思うかもしれませんが、だとしたら「コミュ強以外の人」という範囲指定は若干不用意だったかもしれません。そこには、まぁなんというか、(自分も含め)いろんな人が含まれますから……。
リスクを取らない、責任を持ちたくない、そんなのは恋愛に限らず生きること全てにおいて言えることじゃないの?俺は嫌だね。生きることは選択すること、選択した結果に責任を持つことだと思ってる。
これはある程度は共感する部分もあるんですが、自分なら人生のそういう部分は、恋愛ではなく創作などでチャレンジしたいですね。みんながみんな恋愛でそれをやらないといけないですか?
あなたが創作をする人か、しない人か、わかりませんが、もしいまやっていないなら、やってみることをオススメしますよ? やってみるとたのしいし、やりがいがあります。(と、こういう言い方をもし鬱陶しいと感じたら、同じ事を自分もしてしまっていないかどうか考えてみるのも一つの手です)
恋愛以外の事では(仕方なく、の場合も多々ありますが)選択は普通にしてますよ。(あ、でも仕事ではわりとリスク回避的ですね正直、自分の人生において優先度はそこまで高くないので)
これについては、すでにパートナーがいる場合はそれでOKじゃないかな? と思います。(人によっては、現代においてはパートナー間の同意でさえ危ぶんでいる人は居るようですが、自分はそこまで過激な立場ではありません)
一方でパートナーがいない状態からパートナー状態へジャンプする際は、それとはちょっと質の異なる困難さがありそうだな、と思っています。これは片方がそもそもパートナーになりたいと思っていない(もう片方だけがそう思っている)状態に発生しうるハラスメントや加害や不本意な体験等を含みます。
これは元々そういうことを考えていた訳では無く、いま思い付いたことですが、そうしたリスクへのチャレンジをある種の有限な資源と考え、それを意図的に分配する、という考えなんかどうでしょう?
つまり、例えば「恋愛」に関してはリスクを取らない代わり、「人助け」については人よりリスクを取るようにしてみよう、などと考えることです。そうすれば全体のリスクは等量のまま、「人助け」などのより重要な事柄にリスク資源を割けるかもしれません。
といっても自分の場合は、「人助け」等と立派なことは言えず、「創作」にそれを割いてしまう、なんてオチになるかもしれませんが……。
一旦こんな感じでしょうか。また気になったものがあれば追加しておきます。
とりえあずほかに言いたい事があるとすれば、なんというかみんな、恋愛にこだわりすぎじゃないですか?
例えば女性と関わる時、いちいち恋愛の事とか考えるとしたら、ちょっと気持ち悪くないですか? 普通に友人とか同僚として、同性と同じように接すればよくありません?
なんでそんなに「孤独耐性が無い」とか考えたがったり、恋愛させたがったりするのか、へんですよ、普通に。一回思考をリセットして、まっさらな気持ちで自分を客観的に見てみて下さい、へんな事言ってますよ。
なんというか、他人に呪いをかけようとしている様に見えますよ?
別に異性とは友人として普通に関わればいいじゃないですか、「人として接する」ってそういうことじゃないですか?
こんなことを私から言われるのは意外かもしれないですけど、もし意外に感じるとしたら、それは偏った先入観で物事を見てしまっているからですよ。
人はほとんどの場合、自分の想像の中からしか考えることはできないものです。この文にせよあの文にせよ、今これを読んでいるあなたは、文章を素直に読んでいると言うより、自分の経験や想像とそれを照合しながら、ある種の妄想を組み立てている、といった方が正確な場合があります。
あなたは文章を通して私を読んでいるのではなく、文章に反射されたあなた自身のこれまでの経験、想像、その他諸々を読んでいるのかもしれません。あなたはあなた自身の経験や想像から外に出る事は出来ないんです。
だから文章から筆者の事を見透かそうなんて妄想からは離れた方がいいです。で、その妄想から離れれば、別に大したことは書いていませんよ。
ただ私はリスクが大きいし怖いから恋愛から降りるし、女性とは恋愛とか意識せず友人とか普通の関係でいればいいし、恋愛が無くても人生は普通に楽しい。そしてもしミソジニーとかに走る原因になってるんだとしたら、みんなも自分の様に恋愛から降りてみるのはどう? と誘っている。その程度のことしか書いていません。
はい、こういう事なんですね。分かり易いサンプルなんで引用させて頂きます。
この方は「実家暮らし」という結果に対し、「孤独耐性無い」という原因が整合するように見えるから、「孤独耐性無い」→「実家暮らし」という因果を主張している訳です。(あと細かいですが、「孤独耐性無い」→「孤独が好きなら」の飛躍もありますね)
でもある結果と整合する原因が1つとは限らない、という点を多くの人は見逃してしまう。
つまり、「孤独耐性無い」以外の原因から「実家暮らし」という結果が生まれている可能性を見落としてしまうんです。こういうミス、人間はやってしまいがちなんです。
例えば文章を読めば「実家暮らしはいいですよ、~~、収入が並でも貯金がたまります。」と実家暮らしの経済的利益が書いてある。これも「実家暮らし」という結果に整合する原因ですよね。(文中に書いてあっても見落としてしまう、思い込みの怖い所です)
この時点で「孤独耐性無い」こそが「実家暮らし」に整合する唯一の原因である、という命題は否定され、「孤独耐性無い」はあくまで「実家暮らし」の原因かもしれない可能性のひとつに落とされます。
従って「孤独耐性無いって指摘は合ってる」とは言えなくなる訳ですね、あくまで「かもしれない」可能性のひとつであり、そうした単なる可能性を決め付ける事それ自体をハラスメントですよ、と言っている訳です。
重要な事は、ある一つの結果に対し、原因は複数考えられ得る、という事です。そのためある原因が結果に整合するからと言って、その原因が事実であるとは結論できません。
もっと図式的に表現してみましょうか。ある結果Aに対し原因①、原因②、原因③……原因Nが考えられるとき、ある原因①は特権的に正しいとは言えない、という事です。
同じミスは最初の増田の追記で挙げた人も犯してしまっているし、「(みんなもどう?)」と誘っていることから孤独耐性が無いと決めつけてしまった人も犯してしまっています。「ミソジニーを減らしたいから」などの孤独耐性とは別の原因②や③がある可能性を見落としてしまった。
こうした決め付け、可能性の見落としは、この方達が特別苦手とかではなく、人間はそもそもこういうミスをしてしまいがちです。
だから「文章から筆者の事を読み取ろう」なんて手に余る事は最初からやめておいた方がいいんです。あなた方には、人間には、そんなこと出来ないんです。(やりたくなるのはわかりますけどね)
朝起きてどんな反応になってるだろうなー(コメントとか増えてないかもなー)、と思い仕事しながら見てたら、前回より肯定的(?)なコメントが多くてちょっと安心しました。こういうとこ平凡というか普通ですね自分。
とりあえず今回、事前に想像してたよりずっとまだ今の世の中にも恋愛至上主義的な人って多いんだなー(そして多分自覚が無いんだろうなー)と実感しました。(はてなは高齢者が多いから、というのもあるかもしれませんが)
で、自分はたまたま創作という別のよりどころがあったり、遊んだりする友達が居たり、金銭的にも余裕があったり、「文章から筆者の事を読み取るなどフィクション」と分かっているからブレなかったものの、
そうでない人がこれだけのプレッシャーに晒されたら、本来恋愛を諦めた方が平穏に生きられる人でも、恋愛を「求めさせられ」てしまうだろうな、とも。
そうしてその結果間接的に女性にも被害が出たり、ミソジニーに陥る人が出てきてしまっても、この人達はその自覚が無いままこういう事をつづけるんだろうな、とも。
世に蔓延ってしまったミソジニーの何割かは、こうした恋愛至上主義の残留によるプレッシャーのせいだったりするんじゃないかな? と思うなどしました。
ちょっと角度を変えてみましょうか。
たとえば私が女性だったら、同じ様なコメントしてました? 女性が「恋愛から降りた」と言ってもやっぱり「孤独耐性が無い」とか、それでも恋愛や結婚をすすめたり、します?
そもそもその可能性って実はまだ残ってたり。じつは私は女性で、男性にかかる恋愛や結婚に関するプレッシャーの女性との違いを明らかにするために、非モテ男性を演じて書いていたのかもしれませんよ?
そう言われてみると、なんだか女性っぽい価値観が変に混じっていたような気がしてきません?
もちろんただの可能性ですが
この増田を読んでもまだプロファイルがやめられない人が一部居るようですが、では逆にそういう人を自分がプロファイルしてみましょうか?
何故そうまでして私をプロファイルしたいのか、この程度の文章で他人のことなど分からないのに分かった気になりたいのか、どうして「孤独耐性が無い」と思いたいと思ってしまうのか?
それは「恋愛から降りる」という他人の選択があなたの世界観に相容れず、あなたの世界観を壊してしまうから、どうしても否定したくなってしまっているからです。
つまりこれは私の問題というより、あなたの問題が引き起こした結果なんです。
恋愛や結婚を否定されると、自分の人生がどこか否定されたような気がしてしまう(本当は恋愛も結婚も否定されておらず、ただ他人が「降りる」という選択をしただけなのに)、そうした感覚を拭うために「孤独耐性があるならこんなことは書かないはずだ」といううっすい根拠で素人プロファイリングにいつまでもしがみついてしまう。
どうです? 当たって無いでしょう?
何度も言ってる通り、文章からその筆者の人格とか気持ちとか耐性とか、そんな事分かる訳が無いんですよ。上記のプロファイルもテキトーなことをそれっぽく言ってるだけです。
所詮こんなもんなんです。当たりません。文章から書いた人の事が分かるなんてのは、そう思うと気持ちよくなるだけのフィクションなんです。
もし上記のプロファイルが「当たってる」とかドキッとかしてしまったら、普通に詐欺とかに引っ掛からないように気を付けた方がいいですよ、当たってると思う事自体、騙されてるだけですから。
でも、こんな長い文章をこれだけの人が読んでくれたのは、普通に嬉しいです。そういうの、素直に喜んじゃう性質なので。
これが自分の文才ゆえだと思うのはさすがに調子乗り過ぎですね。おそらく文才とかは関係なく、なにかしら人々の琴線に触れる何かにかすってたんでしょうけど、それが何かとか考え出すとそれも結局素人認知プロファイルにしかならないのでやめておきます。
Permalink |記事への反応(33) | 23:44
〇〇な人はこれを見て!みたいな動画を見たり
自分で自分のことを言語化できない、他人任せの人間がすることだ!と思ってた
話自体は3割くらいしか聞いてないけど、割と腑に落ちたりするからうまいなとおもう
マネジメント系の本も読むようになった
人の話を聞く余裕が出てきたのかもしれない
・ご飯が美味しい
ずーーーーっとダイエットをしていた
自分の中にある自分のベスト体重があって、それを超えても減っても調節し続けていた
ご飯は固定メニュー、酒は飲む、酒ぶん運動する、減りすぎれば筋トレに変える、タンパク質を増やす
入らない服なんてなかったし、気取った格好も難なく選べた
発狂したけど、見た目が言うほど変わらなくて
顔のやつれが治った。顔色も良くなった
そこからこだわりが消えた
当たり前にヨックモックがおいしい
タイトル:メンタリスト「一般人がSNSを使わないほうがいいことは科学的に証明されていまーす」
あれれぇもしかしてこいつ、メンタリストさんじゃなかったのか それすら読み取れない悪文を脳内放尿してたらしいよw
心理学で「科学的に」って言うと、個性を無視した平均主義でしかないし、プラグマティズム的な視点も完全に抜けてるんだよね。
SNSは他人に影響を与えるための道具ではなく、自己の内面を観測して整合性を取る装置として使う。他人が発信して社会の森を動かす中で、自分は観測者として内面を記録し、理解する。この二面性が情報空間全体の平衡を保つ。
キモッ!
「モテるのは、遺伝子欲しいと思われる男」じゃないんだわ。何の研究者なのよ。遺伝子もらうのは赤ちゃんやろって。成功の相手じゃないんだわ。(ここの「わ」は、お嬢様ではない「わ」)
「遺伝子プレゼント。あげたんだから俺知らね。プレゼントを使って出た結果について俺の金も労力も費やさない。あとはご自由にどうぞ」って意識の男とつきあいたい女なんているか?いやいない。いやいないって事もないけどごく僅かだわ。
「もらった遺伝子を使って1人で責任を持って産み育てて時には子供の顔を見てあなたを思い出すわ」なんて昭和の女が好きか?令和にその女は少ない。昭和の男ならしょうがないが昭和の女ですらそのタイプは少ない。だから「モテ」には繋がんないのよ。わかるか?モテは常に多数派を意識しないといけない。
モテんのはむしろ「一緒に植えたタネを一緒に育てよう。一緒に育てよう」なんだわ。この意識のやつは、女にあげる意識ないから、子供にあげる意識だから。僕の遺伝子を使って一緒に子供を育てませんかな意識なわけよ。あげるとかあげないとか言う観点じゃないの。女だって、そう言う意識のやつの遺伝子なら継いでやってもいいかなって絆されないとも限らないだろ。
いやまぁ「一緒に遊ぶ為に買ったSwitch2アカウント君ので登録していいよ。」の意識の場合もあるかもしれんが、それならきちんと「僕と一緒に」って考えてる事を言うべき。2択の場合どっちなのかを察する事は人間にはできないから。「服の色、青と黄色どっちがいいかな?」って聞かれた時に、彼女が本当は心の中で一方の色に決めてるかどうかなんてメンタリストしかわかんないから。遺伝子あげるけど、何がかあっても一緒に解決できるよ。って。プロポーズだとは思われるけど結果そうなってもしょうがない。
結婚願望のない女にモテたいとしてもよ、遺伝子(子供)提供するなら子供ができたら少なくとも金なり労力なり何なりを提供しろって話よ。それは嫌だって最初から言ってるやつとはワンナイトすらねぇわ。アホしかひっかからん。いや、アホだけはひっかかるか???アホに限定して引っ掛けたい時の炙り出しとしてはいいか。なんかあったな、詐欺師がアホだけ引っかかるメール送って詐欺するってやつ。じゃぁいいかな。アホをひっかけるなら何言っても大丈夫だし、遺伝子とか言ってもいいね。アホな女は遺伝子とか言うやつにはついていくなよ。酷い目にあうぞ。
要するに「遺伝子あげる」の一言に、その姿勢が透けて見えちゃってんだから。言った瞬間終わりよ。
真面目に人生を歩んできたつもりだった。
高校時代は3カ年皆勤を受賞、推薦入試でもないくせに生徒会も本気で部活も毎年全国大会で上位に食い込んでいた。
大学は地方国立に進んだ。大学の授業を一度も欠席したことはないし、長期休暇には資格勉強や読書に励み、就活も大学2年から取り組みインターンにあししげく通って内定を勝ち取り、卒論では学士のくせに学会で賞を取るような真面目人間だった。サークルやアルバイトもやっていたが、飲み会は年数回程度だった。
しかし、社会人になって飲み会でヤリチン同期に出会ってすべてが変わった。
エロ漫画とかでしか存在しない概念だったヤリチンが、実在するんだと知った。
最初は嫌悪感しかなかった。というか普通に意味が分からなかった。付き合う前にするって何???って。
しかし学生時代ヤリチンだった同期は何人も居るし、彼女もセフレも居る同期だったり、彼女とFantiaに動画を上げて稼いでる同期とか、遠距離で彼女は居るけどヤリチンを東京でやってる同期とか、ナンパで営業力を磨いている同期とか、相席屋でお持ち帰りしまくる同期とか、そういう人がこの世界にはたくさん居ることを知った。
そしてみんな夜遊びのフェーズを大学生で終えている(ように感じた。実際大多数は遊んでなんかいない。インパクトのある話が伝搬してるだけ)。
彼女こそいたことはあるが、付き合う前にそういうことをするのは絶対にありえないと思っていた。そんな常識が壊れた。
自分は大学時代遊んでないんだ。そしてその大学時代はもう一生来ない。
そう思うと心が粉々になりそうなくらいの劣等感を感じた。
23歳だった。社会人としては若くても若者としてはアラサーが迫っていた。
23歳の遊びは若いねで笑われても、33歳がそれをやったらただのキモいでしかない。23歳でもキモいかもしれないが。
今が一番若い。
大学時代は終わっているがまだ今ならこのコンプレックスを取り除けるのではないかと思った。
若い頃のコンプレックスは一生引き摺るものである。半世紀を過ごしたおじさんが学園ソープに行くように、私自身にだって学生時代のコンプレックスがいくつかあった。
若いうちに遊んでないというコンプレックスが日に日に大きくなってくるように感じた。山月記のようにいつか虎になってしまうのではないかと思った。
そんなことを考えたとき、まだ今なら遊んでないコンプレックスを無効化できる。そう思った。
遊び終わった男がいいなんて世間では言われる。
平均初婚年齢を考えると残された時間は短い。結婚を前提としたとき、次付き合うまでに遊び終わった男になっていたい。
同時に女性から見ても、まだ結婚を考えず遊んでみたいと思う需要もある時期なのではないかと考えた。
さらに彼女が居ない今こそ、遊んでおくのが良いのではないかと思った。
それを考え始めると遊ばない=死のような感覚になった。
今を逃すと将来が真っ暗で永遠に一人だと思うようになった。
さらに自分は真面目な自覚があったし、それを改善することが至上命題となっていた。
加えて女性に対してのコミュニケーション力もコンプレックスであった。
技術カンファレンスの懇親会で同性同士のコミュニケーションは磨いてきた自負があったが、対女性となると極めて難しい。
これも早めに直したい。
まとめると遊びは
を目的として始めた部分が大きい。
欲の強さはかなりある方だが、そういう行為は正直好きな人とだけ楽しめていれば十分だと思っていた。
経験人数を増やしたい気持ちもないし、お持ち帰りする過程にもワクワク感を抱かないタイプである。
仕事のストレスがえげつない時期で正直死が迫っていたのだと思う。
狂っていた。
本質として相手を傷つけて得られる幸せや快楽はクソだと思っている。
いくら自分のためだとしても、タダ乗りは絶対にしてはいけない。
また1回目の行為は調査だとナンパ本にだって書いてある常識である。
楽しんではいけない。相手が何が好き化を調べる調査である。明確に客は女性で自分は施術者である自覚を忘れてはいけない。
遊びはどちらが好きになった瞬間終わりである。
期間を決めることにした。目標設定において期限を指定しないことはあまりにも意味のない行為である。
ヤリチンになれている・いないに限らず半年で一旦区切りをつけることは最初から決めていた。
これはマッチングアプリの料金プランとしてコスパが良いことに加え、思考に関わる習慣化の期間は約6ヶ月と言われていることにも起因している。
遊びという行為を経験しておりそれに対して不快感を抱いていない限られた知り合い(男女両方含む)に事情を話し定期的に話をする機会を設けてもらった。
これはスクラムにおけるSprintReview的な立ち位置となると同時に、依存先を増やしてメンタルコントロールをしていた側面も大きい。
数をまずはこなすことにした。
デート後に毎回記録をしていた。
好きな食べ物や嫌いな食べ物、アレルギーやMBTIなどの基本情報は大前提として
を毎回デート後に書き起こしていた。
これは経験学習効果を最大限増やすという意味合いもあるし、なにより相手を傷つけないためが大きかった。
相手に間違われるのはあまりにもつらい。それに相手が楽しくないことは絶対にしたくない。ポリシー違反。
人間を物として見てると言われそうだが、自分の中ではそれが最大限の誠実性だった。
最悪自分が傷つくのは自業自得だとしても、女の子を傷つけるのは良くないし、特に一生傷を追わせてはいけない(偉そうなこと言える立場でないのはわかっているが)。
例えば容姿を気にしている相手に容姿に対する指摘をするとか、体型を気にしている相手に体型の指摘をするとか。
そういうのは相手の人生を余裕で狂わせる。整形を繰り返したり、拒食症になったり。(自分が直接そうさせたことはないが、そういう風にされたことがある人を見たことがある。)
クラブナンパでは、クラブに1人で突撃し最初に同性と仲良くなり、そこ経由で女の子を紹介してもらうことで多少は仲良くなれたが、その後があるほどの関係性は構築できなかった。
相席屋や合コンは付き合ってくれる男さえいれば女の子と話すまでは確実だが、一方でお持ち帰りという部分に関しては極めて難易度が高い。
個人的に複数人の場での立ち振る舞いより、1対1のほうが得意であった。
結果として自分自身と相性が良い「マッチングアプリ(恋活系)」を中心に進めていくこととなった。
Tinderは最上級の課金をしても基本出会えず、性癖マッチ系は男女比が破壊的で現実的でなかった。どちらも自分でコントロールできる範囲で改善が難しかったため本業にはしなかった。
あたりで知識を蓄えた。
最も良いのは遊んでいる・遊んでいた男女に相談することである。疑問を対話形式で解決できることによる学習効果は大きい。
YouTubeに関しては有象無象で精度も低いが、複数人が言っている内容などある程度学習意義があった。(多くは会員制有料サイトへの誘導であるため注意)
各種書籍に関してはかなり効果が大きかった。特に「話を聞かない男、地図が読めない女(アラン・ピーズ 著)」は男女平等が叫ばれる中で必読の書籍であるように感じた。平等と公平の必要性もわかる。
少女漫画はふざけているかのように見えるが、女性にとっての1つの理想を知るうえで重要な資料である。(というかお持ち帰りした女性におすすめされた)
ヤリモクになることを通して、うまくやれてるヤリチンにある種の尊敬を抱いた。
(うまく、と書いているのは本能で行動し相手を傷つけて遊ぶ男や色恋や沼らせることで女性を依存させて遊ぶ男、恋人という安定に甘えながらヤリモク浮気をするような本物のクズ達には尊敬を抱けないためである)
難易度は正直人生でも相当上位に食い込む。大企業に内定を得るよりも断然難しい。就活は相当苦労した記憶だったが、それを遥かに上回るものだった。
運よく限界が来る直前に救いが何度もあったことで耐えれたが、辛さに耐えられずに人生が終わる可能性だって十分にあるくらいには精神的ダメージの大きいものであった。
一方で経験学習は明確に回る。性という人間の根幹を牛耳る部分が刺激を受けることで良くも悪くもアメとムチがデカかった。
食料が手に入るようになった現代で唯一本能的なPDCAを回せる場所であったのではないかとすら思った。
ドタキャンされたり嫌われたりは日常的にあって、かなり人格否定が発生するのが辛い。
仕事とかならプロジェクトのxxが悪いとか、スクラム開発ならPBIが悪いとか色々言い訳できるのだが、女の子から嫌われたり断られたとき、人格否定されたように感じてしまう。
(実際にはそんなことはなくて、たいてい相手側の都合とかタイミングのケースが多いが、論理でそうわかっていても感情はそうならない)
ヤリモクをやる前の事前調査で、ヤリチンをやっている友達数人に聞いたところ、まずは20人と会ってからだという話を聞いた。
これは遊び終えた上で振り返っても間違いないと考えている。
まずは数をこなして学習することが大事だし、正直相手のその日の体調や気分など運による部分が大きいというのもある。
会う直前や電話の直前で突然ブロックされることは相当な回数ある。半年間で20回は優にあった。
大半のケースは会うのが面倒なケースや他に良い相手ができたケースだと思われるが(というかそう思わないとやっていけない)とても辛い。
一番辛いのは会う約束をして当日待ち合わせ場所で待った挙げ句パターンである。
「ちょっと遅れるね」のメッセージを最後に何時間も真冬に待たされた挙げ句ブロックされたケースだってある。普通に数日落ち込んだ。
さらに厄介なのは一方的に好意を向けられた挙げ句、会う直前に突然ブロックされることだ。
簡単に好意を向ける人間は、簡単に他の人にも好意が向いて自分なんて存在は容易に捨てられる。
当たり前だが世界は甘くない。
ホテルに誘ったときに「そういうの無理なんだけど」って言われるのはまだ希望がある。貞操観念がしっかりしていて素敵だなと思う。
ちょっと嫌なのは、最後の最後に「今日女の子の日だから次ならいいよ」と言われた挙げ句、解散した瞬間にブロックされることである。これが結構ある。
基本的に初回でできなければ次は絶対にない。(1個人の統計としては1回だけ例外があったが割合としては相当低い)
またホテルに行ってやることやって、またしようねと笑顔で解散した次の日にブロックされるケースもある。
ホームで電車に乗り込む直前まで甘々にくっついてきたのに、である。本当に人を信用できなくなる。
いろいろな人と話すことができた。(実際に行為まで及んだのはごく少数であることは留意してほしい)
幼稚園の先生、小学校の先生、営業職、事務職、フリーター、様々な学部の大学生、専門学生、SE、舞台スタッフ、作業療法士、看護師など、職業や学種だけでも普段絶対関われない人と関われた。
出身地も日本全国様々だったし、それぞれの人生も唯一無二のものだった。
夜ご飯だけでも2時間は話を聞けるし、2件目、ホテルとなるとピロートークも含めてその人の人生の深淵まで触れられることもある。
理系人生だと女性と接する機会は極めて少ない。そんな自分にとっては知らない世界ばかりだった。
知ったところで何になるんだと言われるとそれまでだが。
常に、と書いているのはセフレという存在が極めて不安定な存在だからである。
自分なりに相手を満足させるように努力していても、当たり前のように関係が向こうから千切られるので常に新しい相手を供給し続ける必要がある。
セフレがほしい男は無限に居ると思うが、女性は大概そうでない。遊び前提で出会っても暗黙的に、なんなら本人は気づいてなくても付き合ったり結婚したりする未来を考えているケースが極めて多い。
というかそれ以外ほぼない。ごく稀に例外はいるが本当にごく稀でしかない。
途中で女の子側から消えていく。それは恋人になれないということに絶望を感じたり、単純に飽きられたり、私このままじゃだめだと思ったり。
だから常にセフレとなる候補を探すために新規の女の子と会い続けないといけないため、永遠に安定が来ない。
セフレという言葉に理想を描く人間は無限にいるが実際は想像以上に空虚な存在である。
自分にだけ一途でセフレな女の子という幻想は捨てるべきだ。矛盾している。
自分がセフレになる時点で他の男にも簡単に落とされて持っていかれるような存在であるし、仮に長期間セフレが維持できるほど好意を持たれていたらいつか相手が今の関係に満足できなくなって終わる。
一途なセフレは存在しないのでちゃんと誠実に遊ばず恋人を目指すべきである。
一時的に誰かの薬に立てている実感こそあったが、自分はこの人を一生幸せにできないんだと感じで絶望を感じることが多々あった。
穴の空いたポケットにビスケットを詰めているような感覚。すぐ落ちて無駄になっていく。
どれだけ優しくしたり貢献しても、すぐ離れて蓄積がない。
恋人だったらそうはならない。1年付き合って培った信頼とか共通認知とかがある。
遊びにはそういうのが一切ない。体験版でプレイするたびにリセットされるRPGと同じ。
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https://anond.hatelabo.jp/20250908003219
Permalink |記事への反応(29) | 00:30
寝れてる?食えてる?
メンタル(脳と消化器)に良いことをやり、人と競ったり見栄を気にする要素のない趣味をしながら2ヶ月くらい様子見て、それでもだめなら医療支援を受けるコースでどうか
メンタルに良いとされていること例:
など
どうすればいいか分からんかったら、福祉保健センターか役所の福祉課へ
あと、くれぐれもSNSや動画サイト等でクソ精神科医やカウンセラー()どもの投稿を見たり、奴らの本を読んだりしないこと
少し前に海外ドラマ(主にアメリカの)が観たいけど、ツボに入るものが見つからないって増田を書いたよ。
「クリミナル・マインド」や「メンタリスト」みたいに、基本1話完結で、チームで事件を解決するものが好き。シリアスに寄り過ぎるのも苦手だけど、アメリカンコメディ的なのも好きじゃない。
その後、いくつか観たのでちょこっと感想。シリーズ途中までのものばかりだけど。
「キャッスル 〜ミステリー作家は事件がお好き」のネイサン・フィリオン主演。
主人公のジョンが40歳でロサンゼルス市警の新人巡査になって、同期や指導巡査との日々で成長していくはなし。
キャッスルも好きだったから最初はジョンがキャッスルにしか見えなかったんだけど、周囲のキャラが良くて話数を増やすごとにみんな大好きになった。
巡査は胸にボディカメラを付けてて、チェイスや捕り物のシーンでそのカメラの映像を使うことで臨場感が出てとても良い。
ほぼ毎回、タイトル前のアバンでちょっとした小さくて笑える事件なんかが起きるのが、おきまりって感じで良い。
ジョンは序盤、とある女の子と付き合ってるんだけど、その子がひとまわり下の27か28(+童顔小柄なアジア系)なので最初は正直なんとも言えないきもちになった。父と娘みたいなんや…。
特に、キャッスルを見てて年相応の美女・ベケット刑事とのラブロマンスを見慣れてたから特にな。スタナ・カティックはうつくしい。
ところどころストレスはあるんだけど総じておもしろかったから一気にシーズン4まで観た。ただしシーズン3最終話はもうちょっとどうにかならんかったか。(キャストに降板の意思があったことは知ってます)
・シカゴ・ファイア
途中で脱落気味。火事場やレスキューのシーンは迫力あるし、チーフの男気にぐっときたけど、悪徳警官のくだりがストレス
確か勧めてくれてた人がいたような気がする(今見たら消えてた)
ただ腐乱死体とかバンバン出てくるし、食事しながら見るのはちょっと向かないね。
引き続き視聴予定だよ。
この人、歴史メンタリストみたいな炎上漫画を多数描いて話題になってた人だよね
歌詞の意味が理解出来ないって、それ、漫画家としての感性の枯渇や素養の無さを白状しているも同然なんだけど頭大丈夫?
理解した上で「むかつく」とか「気に食わない」なら別にいいんだけど
「完全に意味不明」っていうのは本当に理解出来ないって事なんだろうし
なんでそれを自慢げに言うの…
仮にも漫画家なのに抽象的な歌詞を読み解いて咀嚼するだけの理解力がありませんってわざわざアピールするのは一体何なの。
絵の上手さで勝負出来るなら別かもしれないけれど、この人って絵は上手くなくて原作者の方にシフトしてるみたいだしなー
本当に何なんだろう
鳥トマト🦉🍅Tomato Tri
@tori_the_tomato
たまにある男性ラブソング特有の、男性側から別れを切り出してるっぽいのに妙に自己憐憫に満ちた歌が完全に意味不明だったんですけど最近やっと意味がわかりました
作者の偏った思想でトランスジェンダーや九州など様々な対象をヘイトしてきた鳥トマト氏が原作の、歴史上の偉人愚弄漫画「歴史メンタリスト」
絵柄はかっこいいし、滅亡秒読みに迫った各国代表者の少年少年達が自国の命運を賭けて異能で戦うって筋書きは面白そうだと思って読み始めたんだけど
主人公の日本代表が日本国首相の息子だって事に冷めて読む気なくした。
はあー?岸田翔太郎くんですかー?
現実の日本国首相がそんなノブレス・オブリージュを発揮する訳あるか!どう考えても息子を戦わせるどころか絶対安全圏を確保するタイプだろ!
https://news.yahoo.co.jp/articles/9e6fced433bfbaae75fee252e6a6626e2ddbdaa5
あまりにもリアリティなさすぎというか、思想誘導の意図があって美化してるんじゃねえの?という印象。
こういうのは素直に、庶民若しくは貧民の主人公で良かったと思うんだけど。
ある程度ファンタジー感のある非現実的なキャラデザならまだしも、日本国首相は黒髪眼鏡の普通の日本人的風貌なものだから、どうも現実の自民政治の延長線上にしか見えない。
さらに息子を代表にしている事について、日本国首相が非人道的だと責められるくだりも作者と倫理観合わねー。いやどう考えたって他人の子を犠牲にする方がより非道じゃん…。
日本が登場国中最下位という設定なのに日本国首相が国際会議の場を仕切っている描写といい、
しかも各国の代表者が同じように権力者の子供だったならまだ漫画ならではの設定と割り切れたんだけど
主人公の最初の対戦相手のイギリス代表が貧民の孤児でガリガリ、犯罪を重ねなければ生き延びられなかったような底辺育ち。
どう考えてもこっちの方に肩入れしちゃうんですけれど。
生活に不自由しない上級国民の主人公が決死の覚悟の貧民を蹴散らすバトルって、
まあ美少年美少女が戦う厨二バトルものに思想を求めても馬鹿馬鹿しいって話なんだけど、
それでもやっぱり嫌な設定だなーって思う
ていうかそもそも日本代表が主人公な時点であんまり…なんだよね(これだけなら絶対無理って程ではないけれど)。
多国籍なキャラクターが出てくる作品で主人公を日本人以外にしている作品って、やっぱりそれだけである程度センスあるというか作品としての自力を感じる。
初代ガンダム(初期設定ではアムロは日本人だったという話も聞くが)やワンピース(ルフィのイメージ国はブラジル)、コードギアス反逆のルルーシュ、など。
日本で日本人に向けて発表するからには日本人を主人公にした方が有利なのにも関わらず敢えて日本人以外を主人公にした作品には概ね、それだけ作品そのものに対する自信を感じるというか。
まあとにかく列強戦線に関しては、主人公が日本人なのはまだいいにしても首相の息子はやめて欲しかった。
どうしても翔太郎がちらつく。