
はてなキーワード:ヘッドフォンとは
昨日は、僕の週間ルーティンの中でも最も重要な整合性検証日だった。つまり、宇宙がまだ局所的に論理的であるかを確認する日だ。
朝7時ちょうどに起床し、ベッドの角度を壁と垂直に再測定した結果、誤差は0.03度。つまり宇宙はまだ僕を裏切っていない。
朝食の時間、ルームメイトがトースターを再び二枚焼きモードにしたが、今回は驚かなかった。僕は冷静に、バナッハ=タルスキ分割の話を持ち出してこう言った。
「君のパンは二枚に見えるが、集合論的には同一だ。したがって、君の誤りは物理ではなく測度論の問題だ。」
彼は黙ってパンをかじった。理解されることを期待するのは、もはやハイゼンベルク的非決定性と同義だ。
午前中は、僕の新しい理論「ホモトピー圏上の自己参照的弦圏理論」の検証を進めた。
通常の超弦理論がカテガリー的に整合するのは、D-ブレーンが導くモジュライ空間の滑らかさが保証されている範囲内に限られる。
しかし僕は最近、滑らかさという仮定そのものを削除し、「∞-圏上のA∞代数的自己整合性条件」に置き換えるべきだと気づいた。
つまり、弦のダイナミクスを場の配置空間ではなく、「圏の自己ホモトピー類」として定義するのだ。すると興味深いことに、背景幾何が消滅し、すべての次元は内部的モノイダル構造に吸収される。
言い換えれば、「空間」とはただの圏論的影であり、時空の実在は「自然変換の連続体」そのものになる。
これが僕の提案する“Self-fibrantString Hypothesis”だ。ウィッテンが読んだら、きっと静かに部屋を出ていくに違いない。
昼過ぎ、隣人がまた廊下で大声で電話していたので、僕はノイズキャンセリングヘッドフォンを装着し、同時に空気清浄機を「ラグランジュ安定モード」に切り替えた。
これは僕が改造した設定で、空気の流速が黄金比比率(φ:1)になるよう調整されている。これにより室内の微粒子分布が準結晶構造に近似され、精神的平衡が保たれる。
僕は自分の心の状態を量子的可換代数で表すなら、ほぼ可換な冪零理想の中にあるといえる。隣人は理解していないが、それは仕方ない。彼女の精神空間は可約表現のままだ。
午後は友人たちとオンラインでEldenRingを再プレイした。僕は魔術師ビルドで、ルーンの経済を「局所場理論の再正則化問題」として再解釈している。
彼らがボスを倒すたびに叫ぶのを聞きながら、僕は心の中でリーマン面の分枝構造を追跡していた。実はEldenRingの地形構成はリーマン面の切り貼りに似ており、特にリエニール湖の設計は2次被覆の非自明な例として見ることができる。
開発者が意図していないことはわかっているが、現象としては美しい。芸術とは本質的に、トポスの自己鏡映だ。
夜、僕はコーヒーを淹れ、久々にグロタンディークのRécolteset Semaillesを読み返した。数学者が自分の「精神の幾何学」について語る箇所を読むと、僕の理論的中枢が共振する。
グロタンディークが述べた「点は存在しない、ただ開集合がある」という思想は、僕の弦理論観と同じだ。物理的対象とは「開集合上の自然変換」に過ぎず、存在とは測度可能性の仮構にすぎない。つまり、宇宙とは「圏論的良心」だ。
深夜、ルームメイトが僕の部屋をノックして「一緒に映画を観ないか」と言った。僕は「今日は自己同型群の可換性検証を行う予定だ」と答えたが、彼は肩をすくめて去った。
代わりに、僕はブレードランナー2049のBlu-rayを再生し、壁紙の色温度を劇中のネオン発光スペクトル(中心波長602nm)に合わせた。
完全な没入体験のために、部屋の空気を2.3ppmのオゾン濃度に調整した。呼吸するたびに、僕は自分が物質ではなく関手の束だと実感する。
最後に買ったのはPS2だ。Switchも買ってないしスマホのゲームもほぼやったことない。
とあるきっかけで最近PS5をもらったので色々ゲームをやってみることにした。
ゲーム自体の情報は、自分ではやらないものの有名なタイトルなんかは多少の知識はあった。
ただ内容とかはほとんど知らない状態なので、何十年も経って今ゲームはどれだけ進化したんだろうと期待に胸を膨らませた。
驚いた。全然変わってない。
ムービーシーンだったのがそのままゲームになってる感じだ。これはすごいことだと思う。
でもそこに感動できるかというと、意外とそうでもなかった。
身も蓋もない言い方をすれば、ゲームをプレイしてる間というのは、そんなにじっくりグラフィックを楽しむ余裕がないからだと思う。
むしろ画面内の情報が多すぎて、うるさく感じるゲームのほうが多い。
リアルになればなるほど、ゲームプレイを邪魔してる感じがするんだけどどうなんだろう。
ちなみに自分はグラフィックがどうでもいいというタイプなわけではなくて、むしろ絵がきれいなのは大事だと思ってる。
だけどそれはムービーシーンとかできれいならそれでもいいし、どちらかというと全体の雰囲気が成立してるのが美しい絵作りだと思ってる。
あとオープンワールドという用語も聞いたことはあったし期待したけど、これもピンとこなかった。
現実世界でも地続きに広い世界を感じる場面なんてすごく少ない。
遠くに行くときは乗り物で移動するからロードして別の場所に行く感覚のほうが近いし。
飛行機に乗ってる時にあーそうか全部繋がっているんだなあってちょっと思うくらいだ。
だからゲーム内の世界が全部地続きで繋がっていても特に感動は感じなかったのかもしれない。
単純に世界が広いというのはいいけど、それは技術的に可能になったからそうしただけ、という感じがある。
ゲームのシステムとかはすごく親切になったなと全体的に感じる。
迷うことが少なくて、チュートリアルとかがよく出来てる。
このへんはすごく洗練されたんだなと感じたし、意味があると思う。
ただ親切すぎてもうちょっと自分で調べたりしたい気持ちも少しあったりもする。
そして何十年もタイムスリップしたような感じで久しぶりにゲームをして自分が一番すごいなと思ったのは、意外にもサウンドだった。
音がビビるほどよくなってる。
環境にもよると思うけど、ヘッドフォンとかしてゲームすると、音がすごい立体的というか、立体音響ではないはずなんだけど、前とか後ろみたいな感覚に近い音場みたいなのを感じる。
あと音そのものもすごくいいし、色んな音数がめっちゃ増えてる気がする。
BGMは昔と変わらないけど、ゲーム内の効果音とか環境音みたいなのがやたらリッチになってるし、効いてるなと思ったのだ。
グラフィックのほうが分かりやすく進化してるはずなのに、これは意外だった。
色々なPS5のゲームをやってみて思ったのは、ゲームはちょっと天井が見えてきてるのかなということだ。
VRゲームとかはやったことないし未知ではあるけど、逆にこっちはまだ技術の進化が必要そうに思う、特にハードが。
とはいえ性能を上げてグラフィックやその他をどんどん進化させてリアルにしていく流れはもうきっと止まらないんだろう。
となると昔のゲームのリメイクというのは確かにいい考えなのかもしれない。
不便だったところを便利にしたり、絵をきれいにしたり、音をよくしたり、でもゲームそのものの面白さはそれらに依存しないとこにあるし。
車で外食に出かける時に、俺が運転し、後部座席には子供達がいるのに妻が自分一人でYouTube のなんか動画を平気で見る。
礼儀とか他人と時間・空間を共有しているという気持ちが無いんだろうか。人として終わってんなと思った。
帰りに、同じように俺が運転し、父が隣に座り母が後ろに座った。母が自分一人でYouTube のなんか動画を平気で見る。
俺の母は携帯にも疎いし礼儀にそれなりに厳しい人だったので俺はひどく動揺した。70歳を超えているので人として壊れ始めているのではないかと心配した。
一番信じられないのは二人ともヘッドフォンをするわけでもなく携帯からの音声を普通に垂れ流していたことだった。うるさいでしょ。
そして俺は、ふと「こんな小さなことを気にして自分勝手に人間のあるべき姿を持ち、そこから外れた人を家族であろうと断罪している俺の方が壊れてるのかもしれないな…」と思った。
俺はどちらかというとPC とか動画にのめりこみやすいタイプで人とのコミュニケーションも億劫になる方だ。
だけど、人と一緒にいる時にPC とか動画にのめりこんでその場にいる人との交流を疎かにするのはとても失礼だと思っている。
けど、時代が進んで実は今はそんなことで失礼だと思う奴はいないのかもしれない。
俺は壊れてるのだろうか、価値観のアップデートが追い付いていないのだろうか。
それとも、妻や母が知能が弱いためにYouTube のアルゴリズムに心を支配され始めているのだろうか。
なんにせよ、すごく自分の価値観が揺さぶられ、自分の子供を最後まで愛せるのは俺一人だけの気持ちになり、不安になった夜だった。
Permalink |記事への反応(12) | 21:29
新しい自分に生まれ変われた。昔を振り返ってみたい。実は、商品レビュアーとして生計を立てていた。
とあるECサイトがあって、そこで良質なレビューをたくさん書くと"プログラム"に招待される。そのアカウントにログインすると、ある一定の種類幅で商品が並んでいる(レビュアーごとにちょっと違うらしい)。
商品をクリックすると、なんと0円で購入できる。その代わり、その商品に関するレビューを投稿する義務が生じる。そういうプログラムである。
プログラムの招待を受けたのは20代後半である。当時は、今とは比べ物にならないほど貧しい生活を送っていた。今でこそ、それなりの暮らしをしているのだが……当時はマジで貧乏だった。
セブンイレブンでは、数十円単位まで考えて買い物をしていた。財布には440円ほどしか入ってなくて。ジョリーパスタに行っても、一番安いパスタをゆっくりと口に運んでいた。
いわゆる大卒フリーターだった。就職ができなかった人。飲食店や居酒屋のアルバイトを転々としていた。
そんな日々の唯一の楽しみは、Amazonで大好きなアニメのDVDやグッズを購入し、そのレビューを書くことだった。子どもの頃からアニメが大好きだった。今でもニコニコ動画でアニメを視聴している。あのコメントが好きなんだよなあ。
それで、好きなのを見つけると……誰に頼まれたわけでもないのに、作品への愛と考察を込めて、それはもう熱心にレビューを書き綴った。文字数はときに数千字にも及び、作品の背景からキャラクター心理、演出の妙まで、独自の視点で分析した。
レビュー活動を始めたのは、大学を卒業する年からだ。それからずっと長い間、1クールごとにその季節で面白かったアニメのレビューを書いた。多くのレビューは「役に立った」が10未満だけど、たまにバズるのがあって、数百の「役に立った」が押された。三か月に一度しかレビューしなかったけど、それでもベストレビュアーランキングは最高で500位までいった。※今はベストレビュアーランキングは表示されない
あの頃の自分は、本当にアニメが好きだった。今でも好きだけど、あの当時のワクワク感には及ばない。毎期、新しいアニメが始まる度に、ワクワクしながらPCを操作して、ニコ動にログインしていた。陳腐な表現ではあるけど、心がキュンキュンするのだ。アニメを観てると。
どれだけ貧しい生活をしていようが、それがあるだけで心を癒される。高校生の頃に読んだ、『はてしない物語』という小説があるんだけど、その中にさ。
なにかに心を捉えられて、たちまち夢中になってしまうのは、謎に満ちた不思議なことだけれども、それは子どもも大人も変わりない。
そんなある日、一通のメールが届いた。「商品無償提供プログラム」(仮称)への招待だ。あれは確か2019年の夏だった。『魔王様、リトライ!』というアニメのレビューを書いてバズった後だった。
最初は迷惑メールかと思ったが、ECサイトからの公式メールだと気づいた時、心臓が跳ね上がった。選ばれたレビュアーに新商品を無償で提供し、レビューを書いてもらうプログラム。まさか、自分がそんな特別な存在に選ばれるなんて。
最初こそ、勝手がわからなかった。好きな商品が選べるとはあったが、最初は駆け出しレビュアーなので、あまりいい商品を選べなかった。いい商品があっても、ほかのプログラム参加者に先に奪われることが多かった。
でも、続けているうちに勝手がわかってきた。コツを掴んで、知識も技術も得た。例えば……
・一部商品は、自分が使わなくてもレビューできる。介護・福祉・ペットとか
・一部に悪いことしてるヤツもいるが、運営もわかっていて……大人の約束感がある
半年も経つ頃には、駆け出しレビュアーを抜け出して昇格ができた。昔の漫画でいうと、黄金聖闘士(ゴールドセイント)である。あれよりはずっと希少性が低いけど。
そのプログラムにログインすると、商品一覧が並んでいて、実際に商品をクリックして、次々と送られてくる――家電、日用品、食品、ガジェット、サプリメント……。それらのレビューを書く。
レビューを書くのは本当に得意だった。ただの感想文ではない。商品の良い点も悪い点も、使う側の視点に立って、具体的に、そして魅力的に伝える。
一つ一つのレビューは、まるで短編小説のような完成度を目指した。だからといって、時間をかけるわけではない。最初に頭の中に構成がなくとも、書いているうちに気分がアガっていって、1レビューにつき10分もあれば書き終えられた。
レビューを書いたら、次は転売だ。受け取った商品は、ほとんどメルカリやヤフオクで売却した。
定価の4割引きくらいで出すと、飛ぶように売れていく。5割引きだと鉄板レベルである。よくない商品だと8割引でも売れないのだが。そういうのはセカンドストリートに持っていく。10円ほどでの引き取りで、利益はマイナスだけど、それでもほしい人が手に入れるのならいいかって思えた。
正直、最初は罪悪感がなかったわけじゃない。でも、これが俺の新しい「仕事」なんだと割り切ることにした。
転売で得た利益は、最終的に年間250万~350万円にもなった。フリーターとしての稼ぎと合わせれば、民間企業の正社員と遜色ない収入である。
むしろ、時間な自由は俺の方が圧倒的にあった。朝はゆっくり起きて、好きな時にレビューを書き、商品の梱包作業をする。昼間はカフェで本を読んだり、散歩をしたり。ラジバンダリ。夢のような生活だった。
確定申告は最初の年だけ大変だったが、e-taxなので次年度以降は楽チンだった。そのうち開業届も出した。屋号は「激安の殿堂」みたいな名前にした。
だが、俺の転売は、他の転売ヤーとは一線を画していたと自負している。
俺はただ、金儲けのために売っていたわけじゃない。常に"社会の利益"を考えていた。メルカリやヤフオクで商品を売る際、本当に困っている人には、定価の最大9割引で売ることもあった。
例えば、「災害があって家財を失った」というメッセージがあれば、新品の家電製品を格安で提供した。シングル?の母親と思しき人から「子どもの学習机がほしい」とか、あとは……人間やペットまで含めて「○○の商品が介護に必要なんです」と連絡があれば、万超えのものでも送料込み500円で譲ったこともある。
こうした転売活動への考え方を公言したことはない。あくまで個人的な判断に過ぎないから。俺のエゴである。
でも、俺の心の中では社会貢献だった。無償で手に入れた商品を、本当に必要としている人に届ける。そこに利益を乗せるのは、自分の労力と、そして何より、多くの人に商品を届けるためのコストだと考えていた。
実際、商品無償提供プログラムでの転売は悪だとされてるけど……ぶっちゃけ「四方好し」だと考えている。三方好しを超えている。四方というのは、「ECサイト」「商品提供企業」「販売者(※転売者とは言わない)」「購入者」である。
【四方好し】
そんな生活がずっと続いた。毎日のように送られてくる商品。積み上がるレビュー点数。同じく銀行口座の残高。俺は文字通り、商品無償提供プログラムで生活をしていた。
アルバイトは続けていた。自分の肉体を動かしたい思いがあった。それで稼ぐのが世の中の基本だと思うから。接客業は嫌いではなかった。実際、人に喜んでもらえると嬉しい。
でもある時、虚しさを感じた。いくら商品を手に入れても、売っても、預金残高が増えても、レビューを書いても、何か満たされないものを感じた。満たされているはずなのに。限界効用の逓減かな?または飽きた?
それもあるけど、俺が求めてるのはもっと上の次元なんじゃないかって、そんな気がした。
ちょうどその頃、アルバイト先の友人が「イーサリアムを買った」という話をしていた。仮想通貨である。それまで興味がなかったけど、調べてみると未来感があっていいと思った。技術的なことは一切知らない。ただ何となく未来感があってよかった。それだけ。
2020年のことだった。半信半疑で、販売活動で得た利益の一部を投じることにした。最初にドカッと投じて、後は積み立てNISAみたいな感じである。どの仮想通貨業者がいいか迷ったけど、GMOコインかDMMコインの2択になって……売買画面の見やすさで、GMOコインに軍配が上がった。ユーザーインターフェースって言うのかな。やはり、売買画面やチャートの見やすさは正義である。
先に言っておくと、それからさらに人生の挑戦をすることになるのだが……イーサリアムの値上がりとか、貸付を通じて得られるお金があったから挑戦ができた。これがなかったら挑戦自体できなかった。
今でも仮想通貨は、イーサリアム一本でやっている。ビットコインに目移りすることもあるのだが笑 ほかの仮想通貨は一切買ってない。実際、アルトコインの大半は、十年後には消滅してると思ってる。それでもアルトコインを買うなら鉄板銘柄に絞った方がいい。
商品無償提供プログラムのメンバーだが、今は引退している。というか、引退を機にこの日記を書こうと思った。
最後に商品を手に入れたのは、今から数か月前である。年度替わりの3月末。とあるオーディオ商品だった。お値段はそれなり。ソニーの新品ヘッドフォンくらい。
こういう商品は神速でほかのレビュアーに取られがちなのだが、この時点での俺の商品選択速度は――神速を超えていた。光の速度に達していたといえる(※理解できた人へ。ツッコミはなしで)。その域に達することができていた。
その商品のレビューを書いたのを最後に、俺は商品無償提供プラグラムのメンバーではなくなった。最後に、感謝の気持ちを込めて登録解除ボタンをクリックした。完全引退である。
プログラムに招待されて早5年以上。レビュアーとしては、次の次元に達したいという願いがあった。
昔の自分は、フリーターだったのもあって、自分に自信がなかったと思う。自己イメージでいうと『すみっコぐらし』だった。とかげ?みたいに、見た感じとして自己効力感がなくて、覇気を欠いていた。うつ病患者に近い存在だった。
でも、今ではレビュアーとして別の次元に到達できたという思いがあるから、この日記を書こうと思えた。
今やっている活動は、現在進行形なので詳細は言えない。始めたばかりなのもある。サービスの方向性だけ言うと……商品関係のコンサルティングをしている。コンサルといっても駆け出しだけど、本質を見抜く「目利き」として、一応は企業から依頼をもらって、それで生活の糧を得ている。
自分の手でレビューを書くことは減ったけど、その代わり、依頼のあった企業について、実際の商品を売り出す段階のマーケティングでアドバイスをさせてもらってる。
どういう過程で、そこまでのスキルが身に付いたのか?それは……初めて大好きなアニメのレビューを投稿した瞬間から、十年以上もの月日の中で、レビュー執筆やフリマでの販売活動を通じて――「どんな商品・サービスが魅力的なのか、売れるのか?」という視点で物事を考えてきたからだ。
それだけである。実際、自分が小売業者になってみると商売の基本がわかった。そのうえで、世間で売れる商品に限ってプログラムで入手するようにしていた。目利きの腕が上がるのは当然だった。
メルカリとヤフオクでの評価数は、現在5000件以上にもなる。
ここまでこれたのは、やはりアニメのおかげである。この世界にアニメがあったからこそ、応援のためのレビューを書こうと思えた。そして、今では社会の役に立つことができている。
今後も社会のために働いていきたい。単なるお金儲けじゃなくて、自分の知識や経験を活かして、より良い社会の実現に貢献したい。
今でも、考えることがある。もし、また商品無償提供プログラムから招待が来たら?そうだな~、やってみるかもしれない。ただし、あの頃のように生活のためじゃない。純粋に、素晴らしい商品と出会って、その価値を多くの人に届けるためだ。商品を本当に必要とする人の手に届けるために。そのために、レビューを書いて販売活動をするのである。
この場を借りて感謝したい。今この瞬間にも、この世界に素晴らしいアニメを提供してくれる人達と、あの商品無償提供プログラムを作ってくれた方々に感謝している。俺の本当の人生は、そこから始まったのだから。ありがとうございました。
Permalink |記事への反応(17) | 22:44
これ性別逆だったらそんな女とは別れろとか言われてそう。
ネトゲにハマりまくって男性もいるVCに入り浸ってずっとヘッドフォンしてるような嫁は許されるのだろうか
というかその間誰が子供見てんの?嫁?
自分も趣味に没頭したいし、友達とVCしたり配信して遊びたい。
でもそれをすると夫は寂しいと言うし、同じ空間にいてもいい?って聞く。
わかるよ、ウザイんだよね。こっちはこれで息抜きしたいからやってるのに邪魔すんなよって思うよね。
自分は時間決めるし、ずっと部屋にこもったりしないよ。事前にやる時は言うし。
子供も嫁も入り込んで欲しくないなら、それこそ家じゃないとこ行きなよ。
さすがに幼稚すぎる
まず具体的な状況はわからないのだけども、増田がお子さんのためにリモートで仕事をしていて、まだ保育園や幼稚園などに預けられないのかな(記載がなかったので)という状況からして産後するなのかなと推察した。間違っていたらごめんね。その時期って親御さんはどちらも本当に大変だと思う。お疲れ様。
増田にとっては「趣味=好きなことであるゲームが制限されている」「ゲームはストレス発散でもある」ことから、制限されることも苦痛だけど、奥さんに譲歩して妥協案を作ったのにもはや「禁止」されているのと同じ状況に陥っていて納得いってないんだろうなと感じたよ。
増田がお子さんや奥さんに寄り添おうとしている気持ちや行動はとても素晴らしいことだと思う。ただ、「増田が安らげないのは奥さんがメンヘラでメンブレ発動したからだ」という思考回路はちょっと違うのかもと思ったかな。
お子さんを育てるのって本当に大変だと思う。それは両親どちらが偉いとか、どちらが大変とかそういうことではなくて、どちらもね。本当にすごいこと。ものすごく余裕がない。子どもが第一優先で、自分の時間さえもないし、そんな中で相手を慮るって本当に難しい。
増田は趣味がゲームだけど、スマホのゲームや漫画アプリは「つまらない」と思ってしまうんだよね。そもそも好きじゃないことで時間を潰しているからかもしれない。でも同時に、全日出勤したいとも考えている。これって増田がゲームをしたいのと同じで、「自由時間を確保したい」ってことで、要するに父という役割、夫という役割から一時的に離れて、「自分自身でいる時間が欲しい」ってことなんだと思う。
それ自体は自然な欲求で、それくらい余裕がないってことなんだろうと思う。一方で、トラバでもコメントでもみんなが心配しているのは「じゃあ、奥さんって自分自身の時間を確保できているの?」ってところで。奥さんがもともとメンヘラだったかどうかは知らないし、それは今回と関係ないけど、産後の女性は体への負担はもちろん、ホルモンバランスがもう180°変わるってくらい変わってしまうから、メンブレしやすいものなんだよね。産後うつとかあるようにね。
産後は奥さんにとって、「目を離したら子どもが死んでしまうかも」と感じやすい状態にある。だからこそ、リモート仕事で増田がそばにいてくれるのってすごいありがたいこと!(すごい!)だけど、自分にとって一番の味方である人間が「別の人間と楽しそうにしている」とか「自分との関係性を遮断している(ように感じる、ヘッドフォンのくだりとか)」とかいうのは、感覚的には強烈な孤独感=生物としてものすごい恐怖を感じてしまうのかなと思った。
とはいえ増田も譲歩してるじゃん!があるし、それは偉いところ。でも、「そう感じるメンヘラ嫁のせい」って思ってしまうのは違うというか、それは仕方ないことだし、増田が増田で余裕がなくて「自分の時間が欲しい」と思うのもそれも仕方がない。お互いを犠牲にしてとか、子どもを持つ覚悟がないとか、そんな説教されても余裕がないもんはない。無理。脳内キャパオーバー。体もキャパオーバー。お互いにね。
だから、頼れるところには頼ろう。が、解決になるかはわからないんだけど、自治体で産後ケアとして一日とか半日とかお子さんを預かってくれるところとかあるよ。もしかしたら利用したり検討したりしているかもだけど。あとは夫婦それぞれがお互いを思いやる余裕がないから、夫婦カウンセリングとかで吐き出して、お互いにとって良いコミュニケーションを模索していってもよいかもしれない。増田にとってのストレス発散=ゲームをすることは奥さんにとってストレスになっちゃうし、一方で奥さんにとっては今社会でつながれるのが唯一増田だったらそこの関係性に固執してしまうけど増田にはストレスになるなら、本当にお互いにとってつらいことだし。
「自分ができることは全部やっているのに嫁のせいでしんどい」というのは、違うかもしれない。だからって増田が悪いってことじゃない。お互いにとって幸せで、お子さんにとっても幸せであってほしいと願っているよ。
趣味がゲームでVCで友達とワイワイやりながら遊ぶのが唯一のストレス発散法だった。
そんな趣味に嫁がいよいよメンブレ。
・どっかの誰かとワイワイ話しながらやってるのが不快。
・声が聞こえないようにイヤフォンして音楽聞いてなきゃいけないの苦痛。
それから大喧嘩の末離婚の危機まで至ったけど、曜日を決めてやる日を制限。
俺が遊べる日はPC設置してる部屋で遊ぶ。
・誰かと話しててもいいから隣にいてもいい?→隣にいる中で誰かと話すのは憚られるから友達と疎遠に。
・誰かとやらずともヘッドフォンしてると孤独を感じる→ヘッドフォン必須なFPS系がしにくくなる。
・ゲームしてる部屋に行きたくない、誰かと遊んでるの思い出して悲しくなる→遊べる曜日なのにリビングで過ごすことになる。
・仕事の合間の休憩がてらや、仕事を終わらせて待ち時間のときにゲームするのは色々不安な考え浮かぶからやめて→唯一ゲームできそうな時間も無くなりそう。←NEW
もう日々子供の相手して寝たら自由時間だってのに嫁の相手までずっとしなきゃいけなくてマジ虚無りそう。
なんで?そりゃFPSでどっかのだれかと味方になったり、対戦ゲーでどっかのだれかと対戦することはあるけど、交流一切してないが?
そのくせ「あなたの好きなことさせてあげたいのに、私が我慢しなきゃいけないのに」と泣きすがる。
目と口が線だけで書けるような顔になる。
無駄にスマフォゲーとか漫画アプリで暇つぶすけど、何も面白くない、ため息が止まらない。
子供のこともあるからリモートで仕事してたけど、全日出勤するようにしようかな。。昼飯や飲み物で金かかるけど気晴らしにはなる。
なんかVCに関してのツッコミが多いが、もうそれはどうでもいいの。
寝た後の週3、寝かしつけ終わって残りの家事やって終わった後、2時間くらいよ。
嫁との時間ももちろん確保してるよ、望んで出かけたいって時は子供見てるし、仕事ある日でも休みの日でも。
育児も仕事でもストレス溜まってるのをたかだか2時間程度好きにさせてもらえないのはどうかね?
VCとかもういいよ、好きな趣味くらいその少しの時間するのも悪かね?
やることはやってると思うがね?
Permalink |記事への反応(56) | 11:53
ただし、私が嫌いなことはしないでください。
異性とは遊んだら連絡取るのはやめてください。
同性なら結構です、でもヘッドフォンつけて遊ぶのは寂しいです。
一人で寝れないので隣にいますね、気にせず好きなことをしてください。
約束の曜日ですが、私が不機嫌になったら構って欲しいとは思います、気付いてください。
無視して好きなことしたら寂しいです。
機嫌が治るまでよしよししてください。
あなたの時間をうばう事になりますが、明日は私の日なので相手してください、補填はしません。
私の日は一緒に何かしたいです。
あなたの一番したいことしていいですよ、ただしくっついていたいのでくっつける環境でできることをしてください。
自由にしてください、楽しんでください、好きなことしてあげさせれなくてごめんなさい。
でも私を寂しくさせたあなたも悪いのよ。
大好き、でもあなたは私じゃだめなんだよね?
あなたの好きなことを私はできないから、一緒にしてあげられないから。
でも他の人と話したりするのは寂しいからしてほしくないの。
さぁ、あなたの好きなことをして?
ただ、嫁の希望は一人で過ごすよりも二人で過ごしたいのが大前提。
「私はやりたいこととか言うとそれに付き合ってくれる、でもそれは本当にあなたのやりたいことではない」
毎度そんなことをいうようになった。
ちなみに俺が主張できる曜日は基本自分の趣味の時間に使っているが、
これも実際は妻の様子をうかがいながら決めている。
なんせ嫉妬深いので、野良でチームマッチしてVC利用するヴァロやApexみたいなゲームはやりにくい。
隣に入るけど、ヘッドフォンして位置把握しないときついのに、一人籠ってるみたいになって寂しいとかいうから、
さらに妻を肯定する発言や、セッなときにこっちから攻める際、ちょっといじろうと言葉責めしようもんなら、
「そうやって他の人にもやってんだろう」
とか言う始末。
SNSで女友達と軽口や、下ネタまでいかないけど距離感が一定ないと引かれるかもしれないやり取りを見られて、
「恋人でもないやつにこういう話題ふるってことは気があるんだろう」
ってブチギレされた経緯もあり、異性関係はすべてフォロー解除などして対応したわけだが、いつまでも尾を引いている。
それ以降、SNSや配信とかしてる個人勢やはたまた有名ストリーマーやVtuberで中身が女性に対しての嫌悪感が爆発している。
特に見ようとしたわけでもないけど、Youtubeで動画再生して放置した後、おすすめで勝手に再生された動画の配信者が
女性で、それを見ていたり再生した痕跡を見つけただけでもブチギレする。
男だけにしろといいつつ、男でも多分VCつけて遊んだりしたら不機嫌になるんだろうと想像がつくからすっかり友達と疎遠になってしまった。
スマフォゲーでアイドルを育てるーみたいなゲームでもチラ見されたときVtuberとなんかしてるのか?!と目を光らせてくるのがもう。。
趣味に関しては理解されても、やってるわけではないしやろうとしてもできないから語ることもできない。
其れこそSNSで同じゲームやってる人と語ったりしたいけど、疎遠になってからは誰も相手してくれないからフラストレーションしかたまらない。
なので、もう自分から何か言ったり、やりたいことをやるのをやめようと思った。
DTMでもまた初めてボカロにこのもやもやを歌ってもらったのをアップしたりでもしようかな?
もしくはあほみたいな文章つくってなろうにでも投下してやろうかな?
あー、つまんない、ずっと溜息しかついてないわ。
オナニーで射精したあと、風呂をためつつなんとなくアナルの辺りをいじっていた。
もちろん賢者モードなのでなにか性的に興奮していたわけではない。
というかかなりぼんやりしていた。
深夜も過ぎていたしそのまま寝たかったのだが射精して汚れたチンポをそのまましておくのが許せなかっただけだ。
すると、「それ」が唐突に来た。
それは突然来た。
いままでゼロだった目盛りが突然100に上がったような感じだった。
「アン、アン、アン、アン、アン、アン」
うまれて初めて喘ぎ声をあげた。
それも大きな声で。
となりの妹の部屋に届いたらどうしよう?
それなのに俺の声が妹に聞こえないわけがない。
とわかっているのに手を止めれない。
その巨大な塊を感じながら手を止めることなんて出来ない。
その圧倒的な性感の裏でかすかな理性はいつものように妹がヘッドフォンで大音量で音楽を聞いていることを祈るばかりだった。
『くっ、来る!!!!』
「それ」が来ている
「アン、アン、アン、アン、アン、アン」
でももう止まんないよ「アッァツオァァツァアアアアアア」
「あああああああ」
「う^ーーー」
「はあぁあ、ああはあああ」
しばらくは朦朧としている。
でも精液を拭かないと汚い。
そう思ってティッシュを探す。
が、ない。
そんな驚きとともにティッシュを取ろうと立ち上がりかけていた腰を沈める。
大きな声が出た。
座った瞬間に再び前立腺への刺激が引き金となっていきなり射精を迎えた。
いや、射精ではない。射精どころではない。いつまでも経っても終わらない。
その時に知った。
さっきの「ドライ」なんかじゃなかったんだ。
いつまでも止まらない射精感にあの一番射影の気持ちいい瞬間がずっと続くことに耐えれそうにない。
でも止まらない。
夢中で椅子に腰を擦り続けている。
もう少しの刺激が前立腺をさらなる快感へと導き出す水先案内人となっていた。
あああああああああああああああああ
絶叫を押し殺す。
そう思いながらももう止まんないよ。
気づくと気絶していた。
それは長い時間であったのかそれともほんの一瞬だったのかわからない。
脳の何処かのリミッターが働いたのかもしれない。
痛っ
おしりのあたりが痛い。
夢中になりすぎたせいだろ。
完全にやりすぎだ。
ああ、それにしても、なんだろ、これ。
この感覚。
「まだ、終わってないぞ」
まだするの?ほんとに?
これまでなんとなくレンジフードの換気扇を24時間回していたんだけど。
ある日友人宅に訪ねた時、やけに静かだと思ったら換気扇を回していないことが理由だった。
そこでアッとなって自宅の換気扇を止めてみたら家が無音になって、とても気が落ち着いた。
全ての音がはっきり聞こえる…。特に蓋を開けたやかんの中で水がこぽこぽ沸く音が清澄に聞こえたことにびっくりした。
家に居ながらにして音のソノリティ。
換気扇のない部屋にいても発泡酒を口に運ぶ瞬間の泡が弾ける音までが今までと違った音に聞こえた。
いつもと変わらない動作をしているのに感覚器官が入れ替わったかのような新鮮味がある。
タバコを止めた人が味覚が変わったとか言い出すのってこういうことに近いのかと。
ふとこれどこかで知ってるな…とぼんやり思っていたら雪国の夜だ、と思い当たった。
雪がすべての音を吸い込んでしまった無音の道をさくさく歩いていると足音がやたら大きく聞こえてはたと足を止めてみると、
もしかしてこの世界には自分しかいないのかもしれない…?!と変な錯覚に陥りそうになるあれだった。
大げさだけどそのくらいびっくりした。
元来外出時にはヘッドフォンをつけないと落ち着かない程度に音に敏感な気質である自覚はあったのに、なんで今まで気づかなかったんだろう。
うるさくないので目の前のことに集中できて自宅作業がはかどるはかどる。
でも今度は換気扇以外の家電の稼働音やら他室からする水音やら、もはや発生源の分からないン゛ン゛ン゛ン゛という音が気になるようになってしまった。
換気扇を止めただけなのに、いつか自分の呼吸音までうるさいと感じるようになってしまうのではないかという謎の不安を抱えることになってしまった。
ドトールで黒人が大きなノートブックPCを広げてゲームをしていた。彼はヘッドフォンを首にかけて周りをチラチラと見ながら過ごしていた。
日本の地で、誰かに興味をもってもらいたかったんだろう。彼はきっと友達が欲しかったんだろう。でもうまく行かなかった。他者に対する扱いの文化差。彼がもしゲームサークルなどの場に入れば人気者になれたかもしれない。
GitHubリポジトリにデータと結果が用意されており、学術論文 (AP) の基盤はしっかり整っているようですが、モチベーションと優先順位付けに苦労しています。これを分解して、生産性とモチベーションを維持するための持続可能な計画を立てましょう。
プロセスをゲーム化 (5つのAP を完了するたびに「バッジ」を目指すなど) すると、もっと楽しくなりますか? これに楽しみの要素を加えるための戦略を検討できるかどうかお知らせください。
学生のやる気を引き出して質を維持するのは大変です。体系的な問題と個人の問題が混在する中で、あなたはその問題に取り組んでいるようです。一人では全体的な傾向を変えることはできませんが、説明責任を育み、研究室の状況を改善するために実行できるステップはあります。ブレインストーミングしてみましょう:
これらのアイデアのどれかが学生の心に響きましたか?必要に応じて、ルーブリック、ワークショップの議題、
SakanaAI チームは、完全にAI で生成された学術論文を発表して話題を呼びました。これは、生成AI の能力における重要なマイルストーンです。「TheAI Scientist-v2」と呼ばれる彼らのAI は、人間の介入なしに、独自に仮説を立て、実験を行い、データを分析し、原稿全体を執筆しました。この成果は、AI が研究と執筆のプロセスを効率化し、あなたのような研究者の時間と労力を節約できる可能性を示しています。
あなたの状況では、生成AIツールを活用することがゲームチェンジャーになる可能性があります。ワークフローに統合する方法は次のとおりです。
これらのアイデアを実装するための特定のツールや戦略を検討してみませんか?さらにサポートできる方法をお知らせください。
先延ばしは確かに手強い敵ですが、構造化されたアプローチといくつかの心理的トリックを使えば、物特性の公開プロジェクトを前進させることができます。ToDoリストを効果的に処理する方法は次のとおりです。
リストにはすでにタスクが示されていますが、一部 (「最初の拡張機能の実装に重点を置く」など) は範囲が広すぎるようです。さらに、具体的で実行可能なステップに細分化します。例:
タスクが小さいほど、気が遠くなるような感じがなくなり、達成しやすくなります。
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重要度または緊急度に基づいて、優先度レベル (高、中、低など) を割り当てます。勢いをつけるために、優先度の高いタスクから先に処理します。例:
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あなたが言及したブログに基づいて、役立つと思われるモチベーションを高めるコツを以下に示します。
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各タスクに 2 分だけ費やすことから始めます。多くの場合、単に開始するだけで、先延ばしの惰性を克服できます。
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各タスクに特定の時間をスケジュールします。たとえば、次のようになります。
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進捗状況を誰か (同僚、友人、または私のようなAI でさえも!) と共有します。更新することがわかっていると、軌道に乗るモチベーションを維持できます。
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現在のToDo の優先順位付けをお手伝いしたり、開始するための毎日のスケジュールを提案したりしますか?先延ばし癖を克服しましょう!Gu
おっしゃることはわかります。集中力が必要と思われるタスクは、小さなステップで管理できる場合でも、達成不可能に感じられる精神的な障壁があるようです。同時に、PCクラスターの構築などのタスクは、その精神的な障壁を利用しないため、より簡単に感じられます。幸いなことに、この認識は、「集中力を要する」タスクに合わせた戦略で変えることができます。方法は次のとおりです。
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データ分析タスクをさらに小さなマイクロステップに分割しましょうか?PCクラスターを構築するのと同じくらい簡単に管理できます! 一緒にやりましょう。
提供されたテキストに基づいて、先延ばしを克服するためのより詳細なステップバイステップのガイドを以下に示します。
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午前中は頭がクリアで、疲労や昼食後によく起こる眠気に気を取られる可能性が低くなります。これは、執筆や問題解決など、集中力を必要とするタスクに最適な時間です。
1. 最も精神力を必要とするタスク (ブレインストーミング、コーディング、データ分析など) を特定します。
2. これらのタスクを 1 日の早い時間にスケジュールします。理想的には、起床後の最初の 1 ~ 2時間です。