
はてなキーワード:プライドとは
社会の底辺で「透明な存在」として生きてきた男が、民主主義という巨大なシステムに絶望し、その果てに世界の理を破壊する。そんな、現代の閉塞感とSF的な不気味さが融合した異色の選挙ノワール・ストーリー。
主人公・佐藤健一(38)は、いわゆる「弱者男性」の典型として描かれます。非正規雇用、友人はネットの掲示板のみ、異性との接点はゼロ。
ある日、彼は「自分のような存在の声を届ける」と一念発起し、市議会議員選挙への出馬を決意します。しかし、現実は残酷です。
佐藤のプライドはズタズタになり、自己嫌悪と絶望の泥沼に沈んでいく。
投票日当日。佐藤はボロアパートの一室で、自前の集計ソフトを見つめていました。 彼が導き出したよ得票予測は、「得票数:12票」。供託金没収、社会的な死。
彼は鏡を見て、自分の情けない顔に絶望します。 「結局、この世界は強者のために作られている。俺たちみたいな『バグ』は、最初から存在しないも同然なんだ……」 涙すら出ない。ただ、脳の奥底で「カチッ」という音が響く。
開票速報が始まります。テレビ画面には、あの完璧超人候補の「当選確実」が出るはずでした。しかし、画面が激しくノイズを走らせた瞬間、世界が変質します。
佐藤の脳内にあるデータが、現実のニューロンネットワークを上書きし始めたのです。
深夜の選挙事務所(誰もいないアパートの一室)。佐藤は、当選を告げるテレビ番組を無表情で見つめています。 かつて自分を嘲笑ったキャスターが、画面越しに「我が市の救世主、佐藤氏の歴史的勝利です!」と狂信的な目で叫んでいます。
佐藤は立ち上がり、窓の外の街を見下ろしました。 街中の人々が、彼の名前を唱えながら夜道を歩いています。 彼はカメラに向かって、それまでの卑屈さが嘘のような、冷酷で静かなニヤリとした笑みを浮かべます。
「……読み通りだ」
その時、彼のスマホに一通の通知が届きます。 差出人は不明。メッセージは一言。 「おめでとう、324号。次は国政で会おう。――『清掃員』より」
夜の街のあちこちで、佐藤と同じような「透明な男たち」が、空を見上げて不敵に笑い、幕を閉じる。
弱者男性族は、不老不死の肉体と唯一無二の固有能力を持つ謎の種族。社会の底辺に擬態し数千年の時を過ごしてきた彼らだが、なぜ今、主人公・佐藤が能力を発現させたのか、その理由は一切不明。
佐藤の能力は一見「洗脳」のように見えるが、投票用紙の文字を物理的に変質させるなど、単なる精神操作を超えた不可解な現象を引き起こす。絶望の果てに覚醒した彼の力は、人類の記憶と世界の理をねじ伏せ、選挙での圧倒的勝利を強引に手繰り寄せた。
丸山眞男が提示した「抑圧移譲(よくあついじょう)」の論理は、日本社会の構造を理解する上で非常に鋭い洞察です。
ご質問の続きを補完するように解説すると、日本社会における「抑圧者」のあり方は、ピラミッドの頂点に君臨する独裁者一人に集約されるものではありません。
丸山によれば、日本的な組織や社会においては、ある個人は「上からの圧迫」を受けると同時に、そのストレスや不満を解消するために、自分より「下の存在」に対して同じように抑圧を加えます。
連鎖する抑圧:組織のトップだけが加害者なのではなく、中間管理職、平社員、さらには家庭内の関係に至るまで、誰もが「被害者」であると同時に「加害者」になる連鎖構造を指します。
心理的な均衡: 上から受けた理不尽な圧力を、さらに弱い者へ転嫁(移譲)することで、個々人が精神的なバランスを保とうとするメカニズムです。
日本社会における特徴
このシステムには、欧米的な「独裁」とは異なるいくつかの特徴があります。
特徴 内容
無責任の体系 全員が「上の指示だから」「社会の風潮だから」と責任を転嫁するため、最終的な責任の所在が曖昧になる。
権威への依存自分が抑圧する際、自分自身の信念ではなく「上の権威」を背景にして(虎の威を借る形で)振る舞う。
無限の連鎖 抑圧の対象がいない最末端の人間は、さらに弱い存在(あるいは身内や動植物、SNSでの匿名攻撃など)へ矛先を向ける。
彼はこれを、近現代日本の軍隊組織や官僚制の中に顕著に見て取りました。上官から殴られた兵士が、さらに初年兵を殴ることで自らのプライドを回復しようとする構造が、社会全体の「空気」を作っていると批判したのです。
この「抑圧移譲」の連鎖を断ち切るには、丸山が福沢諭吉から学び取った「独立自尊」の精神、つまり外部の権威に依存せず、自らの良心に従って判断する個人の自立が必要だと説かれています。
「上が悪い」と批判するだけでは、この構造からは抜け出せません。自分自身が「下の者」や「異質な者」に対して、無意識に圧力を移譲していないかを自省することが、この連鎖を止める第一歩となります。
詐欺に騙されやすい人の特徴として「自分は頭がいいと思っている」という点がある
これはどういうことかというと、頭がいい自分が騙される筈がないというプライドと思い込みによって、騙されている最中だと薄々察していてもそれを認めることができないのだ
そして「勉強を頑張ってきたのに十分に認められていない・認められるべきだ!」と認識してるので、承認欲求を満たされるとコロっと落ちる
高学歴であればあるほど「頭が良くて頑張ってる自分が認められる世界は正しい世界だ」と信じているから
高学歴は「頭が良くて頑張ってる自分が認められる世界」以外は悪い世界なので、少しでも自分と違う考えの人を受け入れることができない
それを受け入れるのは自分が間違っている馬鹿だと認めることになるから
そう思える人でありたいものだ
はてさってさ、「支持政党ない」とか言うのやめた方がいいと思うぞ。普通に聞いてて馬鹿みたいだから。
お前ら実態はただの自民党アンチじゃん。ヒカキンアンチが「推しはいません、フラットです」とか言ってたらアホに見えるのと同じ。アイデンティティ置く場所そこじゃないだろって話。
しかもその“支持政党なし”スタンスこそが、野党が永遠に負け続ける最大の理由なんだよな。自称無党派の顔して、実質はバラバラに文句言ってるだけ。票もエネルギーも分散して、何の塊にもならない。
国政政党がもっと増えて野党票がさらに割れたら?自民から見たら永遠に安全圏だよ。今ですら一つにまとまれば十分対抗勢力作れるのに、それをプライドで拒否してる。
「支持してない」って言い張るの、かっこいいと思ってるのかもしれないけど、外から見たらただの責任回避なんだよな。アンチ活動はするけど主体は持ちたくないっていう、一番楽なポジション。
去年1年間の1世帯あたりの「喫茶代」の支出額が発表され、「モーニング文化」が盛んな名古屋市は1位、岐阜市は3位でした。
総務省は6日都道府県庁の所在地と、政令指定都市で行った家計調査の結果を発表しました。
それによりますと、去年1年間に2人以上の世帯がコーヒーや軽食など喫茶店で使ったトータルの金額「喫茶代」は、
▼岐阜市は1万5355円で全国で3位となりました。
▼1位は名古屋市の2万276円
▼2位は東京23区の1万8823円でした。
飲み物の料金だけでトーストなどが提供される「モーニング文化」が盛んな岐阜市は、2020年から4年連続で1位でしたが、2024年の調査では5位となっていました。
2024年と比べて2025年の支出額は2000円近く増えていて、岐阜県喫茶組合によりますと、前回の調査のあと、県や市のイベントなどでモーニングサービスのPRなどを行っていたということで、喫茶店の利用者の来店回数が増え、金額の増加につながったのではないかと分析しています。
県喫茶組合の牧野義春副理事長は、「2024年は5位でがっかりしていたので、今回、3位になってうれしいです。4年連続で1位を獲得した実績があるので、『岐阜は喫茶だ』と、大都市に負けないように頑張りたい」と話していました。
引用元https://news.web.nhk/newsweb/na/nb-3000046627
よく言われるのが「男は喫茶店とか知らないから!!」だが、名古屋にはコメダがある
聞いた限りでは名古屋のサイゼ割り勘連呼基地外を見たことない(名古屋出身のネームドアンフェいたら教えてくれ)
しかし普通の基地外は結構いる印象(納税者を煽る生活保護アカウントを調べたら中区住みだったとか)
名古屋(愛知)がよく言われるのが賃金と物価のバランスがいいこと
賃金が多く貰えるから女に対して奢ったりいい店に連れて行くことにも抵抗感ないのかもしれない
(健常者も含む)減税、低所得者へのばら撒き、障害者にも医療費補助などがあり、結構出費が浮く
よく言われるのが「名古屋人は見栄っ張り」だということ
女に対して割り勘だと見栄を張らないから自然と奢るんだろうか?
・価値観が少し古い
これもよく言われるのだが、男女問わず価値観が少し古いと言われている
その割にはさす九並みの人権侵害は聞かない
また親しい相手にはかなり打ち解け面倒見がいいらしい…(検索して調べた)
愛知の中でも西三河はさす九に近いと言われるから愛知としては一括りできないとは補足しておく
さてどうだろうか
一つの経験談を話しているだけなのに、現実以外でもネット上でぶつかって来る人もいるが悲観しないでほしい。
私は不幸で社会的弱者だから道を譲ってくれて当然と言語化する事はおそらくないだろうが潜在的にそうなっている人もいる。
自分のSOSをこういう形でしか示せない人もいる。(中には検挙され犯罪者となってしまう人もいる)
相談できる人がいないとこうなるケースが珍しくない。犯罪を犯せば信頼度は無くなる事ががこうせざるを得ない人がいる。
存在の承認欲求:社会的に孤立し、誰からも認識されていないと感じる人は、負の形であっても「他人に影響を与えた(ぶつかった、怒らせた)」という事実に、歪んだ充足感を得ることがある。
置換(ディスプレイスメント):本来怒りを向けるべき対象(職場、家庭、社会制度など)に手が出せないため、無関係な通行人やネット上の見知らぬ人を「安全な攻撃対象」として選ぶ現象です。
認知の歪み: 「誰もが自分を蔑んでいる」という被害妄想的なフィルターがかかっていると、道を譲る・譲らないという些細な出来事が、生存をかけたプライドの闘いにすり替わってしまう。
これらを考慮して向かってきた相手とチキンレースをするメリットは無い。
自分を守るのであれば10m先に人が居たなら積極的に視線を合わせず避けたほうがいい。
道幅がなければ立ち止まっていも良い。田舎なら道幅は広い。
困っている相手を救いたい思いはあるが、個人ではどうしようもない。
一つの経験談を話しているだけなのに、現実以外でもネット上でぶつかって来る人もいるが悲観しないでほしい。
私は不幸で社会的弱者だから道を譲ってくれて当然と言語化する事はおそらくないだろうが潜在的にそうなっている人もいる。
自分のSOSをこういう形でしか示せない人もいる。(中には検挙され犯罪者となってしまう人もいる)
相談できる人がいないとこうなるケースが珍しくない。犯罪を犯せば信頼度は無くなる事ががこうせざるを得ない人がいる。
存在の承認欲求:社会的に孤立し、誰からも認識されていないと感じる人は、負の形であっても「他人に影響を与えた(ぶつかった、怒らせた)」という事実に、歪んだ充足感を得ることがある。
置換(ディスプレイスメント):本来怒りを向けるべき対象(職場、家庭、社会制度など)に手が出せないため、無関係な通行人やネット上の見知らぬ人を「安全な攻撃対象」として選ぶ現象です。
認知の歪み: 「誰もが自分を蔑んでいる」という被害妄想的なフィルターがかかっていると、道を譲る・譲らないという些細な出来事が、生存をかけたプライドの闘いにすり替わってしまう。
これらを考慮して向かってきた相手とチキンレースをするメリットは無い。
自分を守るのであれば10m先に人が居たなら積極的に視線を合わせず避けたほうがいい。
道幅がなければ立ち止まっていも良い。田舎なら道幅は広い。
困っている相手を救いたい思いはあるが、個人ではどうしようもない。
一つの経験談を話しているだけなのに、現実以外でもネット上でぶつかって来る人もいるが悲観しないでほしい。
私は不幸で社会的弱者だから道を譲ってくれて当然と言語化する事はおそらくないだろうが潜在的にそうなっている人もいる。
自分のSOSをこういう形でしか示せない人もいる。(中には検挙され犯罪者となってしまう人もいる)
相談できる人がいないとこうなるケースが珍しくない。犯罪を犯せば信頼度は無くなる事ががこうせざるを得ない人がいる。
存在の承認欲求:社会的に孤立し、誰からも認識されていないと感じる人は、負の形であっても「他人に影響を与えた(ぶつかった、怒らせた)」という事実に、歪んだ充足感を得ることがある。
置換(ディスプレイスメント):本来怒りを向けるべき対象(職場、家庭、社会制度など)に手が出せないため、無関係な通行人やネット上の見知らぬ人を「安全な攻撃対象」として選ぶ現象です。
認知の歪み: 「誰もが自分を蔑んでいる」という被害妄想的なフィルターがかかっていると、道を譲る・譲らないという些細な出来事が、生存をかけたプライドの闘いにすり替わってしまう。
これらを考慮して向かってきた相手とチキンレースをするメリットは無い。
自分を守るのであれば10m先に人が居たなら積極的に視線を合わせず避けたほうがいい。
道幅がなければ立ち止まっていも良い。田舎なら道幅は広い。
困っている相手を救いたい思いはあるが、個人ではどうしようもない。
一つの経験談を話しているだけなのに、現実以外でもネット上でぶつかって来る人もいるが悲観しないでほしい。
私は不幸で社会的弱者だから道を譲ってくれて当然と言語化する事はおそらくないだろうが潜在的にそうなっている人もいる。
自分のSOSをこういう形でしか示せない人もいる。(中には検挙され犯罪者となってしまう人もいる)
相談できる人がいないとこうなるケースが珍しくない。犯罪を犯せば信頼度は無くなる事ががこうせざるを得ない人がいる。
存在の承認欲求:社会的に孤立し、誰からも認識されていないと感じる人は、負の形であっても「他人に影響を与えた(ぶつかった、怒らせた)」という事実に、歪んだ充足感を得ることがある。
置換(ディスプレイスメント):本来怒りを向けるべき対象(職場、家庭、社会制度など)に手が出せないため、無関係な通行人やネット上の見知らぬ人を「安全な攻撃対象」として選ぶ現象です。
認知の歪み: 「誰もが自分を蔑んでいる」という被害妄想的なフィルターがかかっていると、道を譲る・譲らないという些細な出来事が、生存をかけたプライドの闘いにすり替わってしまう。
これらを考慮して向かってきた相手とチキンレースをするメリットは無い。
自分を守るのであれば10m先に人が居たなら積極的に視線を合わせず避けたほうがいい。
道幅がなければ立ち止まっていも良い。田舎なら道幅は広い。
困っている相手を救いたい思いはあるが、個人ではどうしようもない。
2026/02/06リンク
性犯罪を批判する人をチン騎士!チン騎士!と呼んで叩いておいて
フェミから「男って性犯罪を全く批判しないよね」と言われたらチン騎士を肉壁にして「男は性犯罪を批判してる!!」って主張するのは卑劣極まりないよ、プライドとかないんか?
チン騎士を批判するなとは言わない、気に食わないなら同性でも叩けばいいと思う
しかし自分が窮地に立たされた時チン騎士を利用するのはちゃんちゃらおかしいのよ
「俺たち非チン騎士男は性犯罪を肯定してますし性犯罪を一切批判してなく、常に冤罪連呼してます」ときちんと事実を受け入れようよ
昨今の童貞ブームで天使が激増しており悪魔界では由々しき問題として対策が講じられております。
これまで天使と悪魔は勢力拮抗しバランスが保たれていましたがもはや瓦解寸前なのです
性犯罪を批判する人をチン騎士!チン騎士!と呼んで叩いておいて
フェミから「男って性犯罪を全く批判しないよね」と言われたらチン騎士を肉壁にして「男は性犯罪を批判してる!!」って主張するのは卑劣極まりないよ、プライドとかないんか?
チン騎士を批判するなとは言わない、気に食わないなら同性でも叩けばいいと思う
しかし自分が窮地に立たされた時チン騎士を利用するのはちゃんちゃらおかしいのよ
「俺たち非チン騎士男は性犯罪を肯定してますし性犯罪を一切批判してなく、常に冤罪連呼してます」ときちんと事実を受け入れようよ
これの内容に反論できる?
性犯罪を批判する人をチン騎士!チン騎士!と呼んで叩いておいて
フェミから「男って性犯罪を全く批判しないよね」と言われたらチン騎士を肉壁にして「男は性犯罪を批判してる!!」って主張するのは卑劣極まりないよ、プライドとかないんか?
チン騎士を批判するなとは言わない、気に食わないなら同性でも叩けばいいと思う
しかし自分が窮地に立たされた時チン騎士を利用するのはちゃんちゃらおかしいのよ
「俺たち非チン騎士男は性犯罪を肯定してますし性犯罪を一切批判してなく、常に冤罪連呼してます」ときちんと事実を受け入れようよ
人生で一番好きだった人と結婚出来る人はどれくらいの割合で存在しているのだろうか。
私は結婚前に付き合っていた女性と人生を歩むことを夢見ていたが就職と同時に遠距離になり浮気されて別れることになった。
現在の妻とは知人を通じて知り合ったのだが外見がものすごくタイプだったのでアプローチした。
性格はプライドが高く自分の思い通りに事が進まないと癇癪を起すタイプで面倒くさい女の典型だった。
スタイルもかなり良かったので自分の性欲に負けてしまったと言えるだろう。
妻側の意見を聞いたわけでは無いが付き合った当時の彼女の年齢が28歳で
「次に付き合う人と結婚する」と言っていたので30歳になる前に世間体的に結婚したかったものと思われる。
プロポーズした際にも自分の理想では無かったのか癇癪を起していたのでこの時に引き返すべきだったと日々後悔している。
そんなこんな月日は流れ、今では一軒家持ち、子供有りと世間的に言えば幸せな家庭なのかも知れない。
が、妻の私は頑張っているがあなたは頑張っていないの精神が強すぎてしんどい。
一人になりたいと最近強く思う。子供は可愛いので別れたくないがそれ以上に妻と一緒にいたくないのだ。
ヒキニート歴が長くなってくると
後ろめたさってもんが無くなってくるんだよな
たまに仕事してたりする
まぁ、最初は平日昼間、家の外に出るのもビクビクしてたけど
今が1番楽しいかもしらん
数年間は、彼女いない事や子供部屋おじさんである事を気にしたり
劣等感もあったけど、
もうだいたい全ての煽り文句は聞いてるので流石に顔真っ赤にもならないかな?
わからん。
金ない、未来ない、女いない、ヒキニートなのは十分自覚した上で
それはある意味あきらめからくる思い込みで自己を納得させてるだけかもしれない…と思いもしないくらい、ないな。
性欲もまぁそろそろ減退したのもあるだろう。
オナニーも週1以下になった。
知らんけど。
で、今が不幸か?と言われると人間の適用能力なのか単なる堕落なのか、いや、別に現状を変えよう…とも思わないんだよね🤔
将来、確実に人生詰むのが分かっていても、なんとかなるだろうとしか思えなくて…
今が楽しすぎる。
32歳女性、もうすぐ交際3年になる2歳上の彼氏がいる。出会いは、学生時代の友人の紹介だった。
2年くらい前から結婚したいとは仄めかしていて、1年前に彼は私の32歳の誕生日の8月を期限にすると約束してくれた。当日、最高級の素敵なレストランの予約をとってくれていたとのことで、プロポーズを確信して、その日のために、ヘアメイクには多額の費用と時間を投じて準備を整えていた。
しかし、当日になって、「今は覚悟ができない」と謝られ、彼の34歳の誕生日である1月まで期限を延ばしてほしいと言われた。でも、彼のことが好きだったから
、延期の案は承諾した。
でも、周囲には「誕生日にプロポーズされる」と伝えてたから、顔を合わせるたびに「なかった」と報告する羽目になって、友人や親からの過度な気遣いや、「そんな男と付き合っていていいのか」という追及に晒される最悪な日々で、プライドはずたずたに傷ついた。信じなきゃよかったと思った。そしたら誰にも言わなかったのに。
それで、耐えかねて9月に別れを告げたけど、彼には「あと4か月だから」と引き止められた。たしかに、今から新しい相手を探して結婚まで漕ぎ着けるコストを考えれば、あと4か月待った方がいいと思って、別れるのをやめた。
それからの彼は、なぜか嘘のように献身的になり、ようやくプロポーズされた。
なのに、「あー、やっとか」と、しか思わなかった。そうとしか思わなかった自分に驚いた。嬉しかったといえば嬉しかったし、嬉しい!と喜んで見せたけど、無理してるなー自分、と思った。
当初の予定から6か月も遅延しているので、早く両親挨拶、顔合わせの予定を立てたいし、指輪購入、式場決めに行きたい。本当は次の日にでもすぐ行きたかったから直後にその話をしたかったけど、なんかやり切った感があるのか一人でホクホクと満足そうにしていて切り出せず、冷めた気持ちで見ているしかなかった。
正直、なぜ半年前にこれができなかったのか、本当に理解に苦しむ。
というかそもそも男の気持ちなんてものは知ったことではないのだ。収入の差はわずか50万円、デートも常に割り勘。いったい何をどう覚悟する必要があるというの???えっなに??自由を失う覚悟とかいうしょうもないやつ?????
というか、子供を望んでいるくせに、高齢に伴う奇形精子のリスクや、出産を担う女性側のタイムリミットを無視した無神経さに反吐が出る。結婚も妊娠も出産も、すべては厳密に管理されるべきスケジュールなのであって、 男の納得や男の覚悟などという、ほんっっっっとうにしょうもないどうっっでもいい不確定な要素で停滞させていいものではないのだ。
条件はいいので結婚はするけど、今もう愛情なんて1ミリも残っていない。とりあえず自分にも収入はあるから最悪離婚しても養育費があれば一人でなんとかなる。重要なのは、早く結婚して、そして結婚した状態で子供を持つこと。それだけ。
最近は会っても、何やり切った顔してんの?って感じ。やり切れてないからね。半年遅延だから。
ちなみに絶対に特定されない自信あります。見た目もふんわりしてるし、声も高くてかわいいし、SNS全然やってないことになってるし、穏やか・聖母のよう・優しいみたいな評価ばかりなので。