
はてなキーワード:ブルーノートとは
という質問の真意が分からないところがあるけど、勝手にそれを自分側で類推すると、凄く良い質問というか、凄く難しい気がする…😟
例えば、はなわさんがいて、ベースギターをデケデケ弾きながら、歌ってるとして、基本ルート弾きとメロディーが鳴ってる
でも、コードを感じてる…😟
ベースギターがコードのルート音を弾いてるから、みたいな回答もどうかと思う、というか正確ではないというか…
ルートを弾いてない、はあんまりないにしても、ルート以外も複雑なベースフレーズを弾いてる場合がある
ベースからコードを類推しやすいは、耳コピテクニック寄り過ぎる気がする
ペンタトニック+ブルーノート、ブルーノートはマイナーからの借用、
ブルーノート込みのペンタトニックを弾くと、なんとも言えないブルージーな感じがある
単音でブルースっぽいフレーズを弾くのと同じ感覚を、ジミヘンコード一発で感じることができる
何らかの音の並びを一括して、コードトーンで構成されたものがコード…、トートロジーだな…😟
はなわの例からも、聴き手の人間の脳の中で、これはこういうコードだな、と感じる何かが用意されているようにも思う
もちろん、自分は音楽の素養がない、と思ってる人はいる、コードをジャーンと聴いても、コードトーンを正確に答えられないと思う
しかし、コードトーンは分からなくても、漠然と、こんな感じ、と思っているのではないだろうか?
そもそも、コードがない、コードを当てはめられない曲?は存在するし、ただのホワイトノイズにコードを当てはめることもないと思う
https://anond.hatelabo.jp/20220517213328
個人的に思い入れのある曲を30曲。順位は上位のもの以外は割とテキトー。
イントロがカッコ良すぎる。曲全体としてはそんな好きじゃないけど、たぶんイントロだけだと300回近く聴いた。通して聴いたのは3回くらい。
『ケツメイシ - 海』
ケツメイシと言ったら夏歌、夏歌といえば「夏の思い出」だと思うけど、個人的にはこっち。メンバーのラップがまだ完成されてない感じとオールドスクールなトラックが最高。
リリースをカットされたピアノフレーズがかっこいい。割と中田ヤスタカの曲は楽器を重ねて空間を埋めるように編曲された曲が多い印象だけど、この曲はかなり隙間を意識して作られてて好き。
中田ヤスタカと言えばPrefumeだけど、断トツでこの曲が好き。コンプレクストロみたいな構成のトラックで、いろんな楽器や音色が入れ替わり立ち替わりするのが良い。こういう編曲、しかもJ-POPの歌物でっていうのはなかなかない。
相対性理論は10代の頃に死ぬほど聴いた。メランコリックな曲が多いけど、この曲は明るくて良い塩梅。「荒川アンダーザブリッジ」懐かしいですね。
よく行ってたクラブで朝方流れてた曲。この曲を聴くと当時の朝の渋谷の匂いとか景色が蘇ってくる。
元々知ってて良い曲だなとは思っていたけど、何かのイベントでこの曲の弾き語りを聴いて泣いてしまった思い出がある。この曲で涙を流せる純粋さはずっと持っていたい。
デビュー当時の、着うた系ギャルR&Bみたいな曲も好きだったけど、この曲以降の西野カナはかなりいい曲多い印象。個人的に「パッ」とかも好き。
「L'Arc~en~Ciel -winter fall」
普段はそんなに歌詞を意識して音楽は聴かないけど、Hydeの比喩に比喩を重ねたような歌詞は結構好き。
神前暁が作編曲した楽曲で一番好き。田中秀和の楽曲と迷ったけど、オタク受けとか関係なくこの曲は良い。
所謂「歌物」ロックから一曲。この疾走感に初期衝動が感じるような曲、いつまでも好きなんだろうなって思う。
『岡村靖幸 - ビバナミダ』
80年代風スタイルにどこかフレンチハウスっぽい風味も感じる編曲が最高。岡村靖幸は昔の曲じゃなくて最近のバキバキのトラックの上で歌い上げてる曲の方が好き。
『Avec Avec - おしえて』
10代中盤から20代前半まで、Maltineをはじめとするインターネットレーベルにハマってた。こんなにスウィングさせても成立するんだって当時はかなり衝撃的だった曲。こんなにビートがヨレてる曲は正直世界中探してもこの曲だけだと思う。
『FLIPPER'SGUITAR -さようならパステルズ・バッヂ』
華奢でまだあどけなさが残る二人のルックスに楽曲に全てが最高。どの曲にしようか迷ったけど、一番爽やかなのはこれかな。完全に後追いなので、渋谷系をリアルタイムで体感してみたかった気持ち。
個人的には小沢健二よりCorneliusの方が好き。楽曲も実験的で、アルバムごとにコンセプトも違うから聴いてて飽きない。
当時付き合ってた彼女がカラオケで歌ってて、そこから好きになった。元々全然聴いたことなかったけど、いろんな楽曲を聴いてみると、ブルーノートがとにかく多い。ポップスというより完全にブルースシンガー。
独特なプラックのフレーズにチープなピアノフレーズ、原田郁子のボーカル全てが最高。シンプルな2stepビートが気持ち良すぎて、部屋で一人踊りまくってた思い出。
『PUNPEE - Bad habit』
HIPHOPと言えば今はTrapだが、Boom bapでもなくまさかのJuke。コードワークはめちゃくちゃお洒落で他に類を見ない楽曲。
こういうエレピでゴリ押すタイプのアーバンな楽曲が大好きなんだが、その中でも断トツ。エモいとはこのこと。
『YEN TOWN BAND - SwallowtailButterfly 〜あいのうた〜』
Charaの「JuniorSweet」と悩んだがこっちにした。
日本で一番好きなバンド。全曲共通してコード進行がお洒落すぎる。
昔はセルアウトなんて言われていたけど、RIP SLYMEの良さが分かった時「HIPHOPは2周目」みたいな風潮もあった。この曲はPESがトラックを作っているけど、DJFUMIYAのトラックはマジでヤバい。今聴いてもぶっ飛んでるし、5人でもっと活動してほしかった。
夏の終わりのなんとも言えない気持ちを上手く表現してると思う。この曲を聴くと、何年経っても鬱屈した10代の頃を思い出してしまう。
Japanese2stepの名曲。編曲のシンプルさに、サビ後半のベースラインで何杯も飯が食える。
『KinKi Kids -Kissからはじまるミステリー』
山下達郎Worksから一曲。シティポップとnew jackswingが融合したような楽曲。本人が歌ってるバージョンも好き。
『ASIAN KUNG-FU GENERATION - 或る街の群青』
高校時代鬱になって不登校の時期があった。そろそろ行かないと出席日数がヤバいと言う時に毎日聴いてた曲。「蹴り出す速度でどこまでも行けるよ」って歌詞が当時の自分に刺さりまくった。
唯一のインスト曲。出席日数がヤバくて学校に行ったものの、授業をサボってラグビー部の部室裏で聴いてたのが懐かしい。曲としては完成されすぎてる。サンプリング元が優秀だってのはあるけどね。
『iの数式 (imoutoid's ComplexFunktionRemix)』
亡くなった今でもカルト的に人気のある伝説の天才トラックメイカー、imoutoid。僕の人生で一番好きなアーティストでもある。ダンスミュージックはテクノロジーの発展により進化するものだけど、2007年くらいの技術で高校生がこの曲を作ったと思うと驚きを隠せない。imoutodはダンスミュージックのトラックメイカーとしてのセンスはもちろんのこと、J-POP的な分かりやすさに作家性も兼ね備えていた。生きていたら今頃世界的なアーティストになっていたと思うし、今聴いても新しい。
『livetune -ファインダー(imoutoid's“FinderIs NotDesktop ExperienceRemix”)』
好きすぎるのでimoutoidからもう一曲。無駄な音が一切なくて完成されすぎている。ハイハットだけで何倍も飯が食える。彼がメジャーレーベルから出した楽曲はこの一曲のみなのでめちゃくちゃ貴重。
間違いなく人生で一番聴いた曲。J-POPとはどこか前向きなメッセージが込められているものだと思うけど、この曲は人生の気怠さを歌っている。しかも国民的スターだったSMAPがだ。この曲は「愛があれば壁を乗り越えられる」とも「努力は報われる」とも言ってない。ひたすら過去を思い返して「夜空ノムコウにはもう明日が待っている」だ。とてつもなくリアル。今後も聴き続けるんだろうなと思う。
なぞなぞです!
正解はお昼よ!
もうまたうかうかしてたらこんな時間でバーチーバーチーって言って騒いでる場合じゃないわ。
うかうかしているついでにお腹まで減ってくると言う、
頭使ってっからよ頭を。
そう自分に言い聞かせたいぐらい引き出しの中のチョコをちょこっと頂きたいところだけど、
ここは我慢の助よね!
じゃないと美味しい美味しいビールランチのルーヒーの値打ちが下がっちゃうわ!
ところでさ、
演奏家の人がこぞってヴァレンタインデーコンサートをやってるのがバレバレなんだけど、
色香漂う川井郁子先生のバイオリン聴きに行きたかったなぁ~って悔やむに悔やみきれない感じで、
最近ぜんぜん聞けてないから久しぶりにリサイタルでもって思うのよね。
私も昔弾いていたよしみ、
といっても3日で辞めちゃったから弾けるも何もってレヴェルなんだけど、
心なしか心惹かれるヴァイオリニストが使ってるヴァイオリンってストラディバリウスが多かったりするのよね。
これもストラディバリウスが持つ魔力なのかしら?惹き寄せられちゃうわ。
分からないけど。
でね、
確かに聞き比べてみたらストラディバリウスの音の方が古い臭いような気もしないような気がするけど、
新しいヴァイオリンと、
それらのストラディバリウスパイセンとの音色とは確実に違うのよね。
って言ってみたりすると分かってる体裁になるじゃない。
よく分からないけど。
なんだかんだ言って日本にストラディバリウスは40丁ぐらいあるっていうから、
そんでね、
いつも千住真理子さんはストラディヴァリウスのデュランティのご機嫌を伺ってあげると大変お喜びになるの。
であと、
ライブ中のMCのおしゃべりでストラディバリウスを専門に狙う窃盗団ガイルって話をされていて
本当にそんなストラディバリウスだけを狙う窃盗団なんているのかしら?って思っちゃうけど、
まるで名探偵コナンのバーロー的な世界観の話しにも思えちゃうのよ。
要は演奏者の箔と先入観とがもたらすシナジーつまり相乗効果だと思ってるわ。
でもはっきりと違うのは
男性の奏者と女性の奏者とでは骨格や筋肉のしなやかさが違うので
どちらかと言うとそういうのでの音の差って言う方が大きいらしいわよ。
へーって思っちゃった。
そうは思わない?思うでしょ?
でも一番正直なところはヴァイオリンを弾く弓の具合で音が違ってくるって言うから
だけどその松脂のおかげで真剣に弾いていると弓から煙が出たりする時があるから、
ビルボードとかブルーノートとかの照明に透かされて薄暗い中だと結構弓から煙が出てるのよく見えるわよ!
見てみてね!
うふふ。
オレンジネーブルとピンクグレープフルーツを買ってみたので、
搾って炭酸割り、
試してみてよって一言言いたい感じまだ飲んだことない人にはね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
今度ブルーノートに来るらしいんだけど、
ってなんか小田切千アナウンサーのそんな曲紹介ちょっと笑っちゃったけど
デビットフォスターさんがブルーノートに来るのは本当なんだからね!
と言うことで、
頂いてずっと使ってなかった乾物の昆布で出汁を取るのが美味しくて、
汚れてるから嫌だなと思ってこれどうすりゃいいんだよって思ったら
コナン君もペロってして「美味い!味の決め手は昆布だしや!」って謎の関西弁で言っちゃいそうよ。
へー日々勉強よね!
顆粒出汁とか出汁入り味噌とか便利だしなぁって思ってずっと使ってるんだけど、
出汁沼にハマりそうね出し抜けに!
なんて。
うふふ。
ポン酢切らしちゃって
ポッカレモンと醤油を適当に混ぜてみたらめちゃ酸っぱかったです!
そんな昨日の残りの湯豆腐のお鍋にお味噌を溶いてお味噌汁にジョブチェンジ!
それでお味噌汁作っちゃいました!
面倒くさいけど皮剥いて使ってね!
ほんのりと香る葡萄が秋ってるわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
ねーちょっと聞いてよ!
なんで?なんで?
私が見逃していたのかしらね?
にしても、
ほんと私っ運が良かったのよ!
どーせつまらないしょーもない他のファンのツイートばかりじゃない。
危ない危ない!
天は私に味方したわ!!!
うふふ。
良いこと教えてあげるわ。
ビルボードとかブルーノートとかのライブホールのチケット販売って
それらのホールの会員になってると
ファンクラブ先行と同等かそれ以上のVIPな扱いでやってくれるから、
そんな時でもシラッとホール会員だと
1回だけのために会員になっても良いレヴェル。
ってきっとみんな知ってることをサモ・ハン・キンポー違う違う、
さもありきに言ってみたりしたけど、
みんな知ってるわよね。
てへ。
つい嬉しくて。
クラシックコンサートをやるような大きなホールでのライブもいいけど
私は断然こういう距離の近いライブハウスでのライブが好きだわ!
ほんともう心を射貫かれるような歌声とか
いやんもう今から楽しみ!
楽しみだわ!
塩むすびいっちょう握って食べました。
おにぎりです。
この時期の塩の利き具合が絶妙は美味さを発揮しつつ
一石256鳥的なメリットがあるわ。
結局は濃いめに作る3倍増し増しの茶葉量で作るのが美味しいところに行き着いたわ。
でもそもそもとして
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
春は理由もなく侘しさを感じる。積もった雪が道端に僅かに残る程度になり、日々を包んでいた寒さも柔らかい日差しであたたかくなってきた。学生は春休みに入り朝の電車に乗る人もすっかり減ってくる。冬は雪があらゆる音を吸収して静かな日々を作り出すが春はまた別の静けさがある。生き物が目覚めて植物が芽吹く前の静かな力強さ。ここは田舎だ。昼間に家にいると子供たちの元気な声が聞こえてくる。自分が子供だったころを思い出す。友達の家に電話して約束をすることが大半だった。たまに約束もせずに友達の家に行くと留守のこともあった。そのようなときも数人は集まった。それでもいつもの面子は集まらず何となく寂しさを感じていた。意味もなく町内を自転車で回っても町は静かだった。鳥の鳴く声とわずかな車の音だけが響いていた。今地元で一番発達している駅前に行くと大勢の人混みに紛れることが出来る。春になると心なしかあらゆる人が笑顔を身に付けているように見える。自分もその人混みを構成してる一員なのだけど何となく場違いな気がしてくる。逃げるように家に戻るとラジオをかけて本をよんだりする。ラジオにしてもテレビにしても自分とは全く別の世界いる人間がしゃべっているような気がしてきて昔から持ってるCDをかける。そしてあのときの彼はどうしているだろうか、あのときこうしておけばよかった、この辺りも変わってしまったなあなどと思いを馳せる。いたたまれなくなった後に通帳を見たり冷蔵庫の整理や掃除をしたりする。そうなるともう夕方でスーパーに夕食を買いに行く。店内にいるのは家族連れやカップル、学生などでやはり自分とは異人種だなあと感じてしまうけど昼間よりは馴染んでいると思い何となく気分が落ち着いてくる。家に帰って手早く夕食を作り深酒にならない程度に飲みながらBSでやっている映画を観る。そうこうしてるともはや11時を回っている。さて風呂に入って寝るかと湯船に浸かる。リラックスしていること、寂寥感に負けてしまわないようにとふと歌を口ずさんでしまう。口ずさむのはtakeon me。サビにさしかかり、テイクオンミーと歌っているとどこからか復唱する声が聞こえてくる。それはとなりの家から聞こえてくる。さっと窓を開けると隣の家の窓も開け放たれていた。そこにいるのは妻子供に逃げられた隣の親父。わざわざシャンプーボトルを口にあてて熱唱していた。負けじと声を張り上げる俺。窓枠をリズミカルに叩きながら合わせてくる隣の親父。歌い終えるとこちらにむかって静かにしかし力強く頷いてきた。そうだ、夜はまだ更けてきたばかり。この一帯には俺と隣の二軒しか家はない。観客と歌手が一体になったショーの始まりだ。マイケルジャクソン、デヴィッドボウイ、エアロスミス。往年の名曲を二人で歌い上げていく。どこから持ってきたのか親父の手には菜箸が握られていた。めちゃくちゃ、しかしなぜか調和を感じさせる菜箸風呂桶ドラム。俺はトリックスペシャルで仲間由紀恵が風呂の蓋を壊して息をしてしたのを思い出した。風呂のふたをぶちこわし息を吹きはじめた俺。情けない音を立てる風呂のふた。しかし隣の親父はニヤリと笑うとさらに激しく菜箸を叩きだした。負けじと強く息を吹く俺。ふたの先に手をあてわずかに音の違いを作り出す。即席のジャズセッションが始まっていた。そうだ、俺たちはどこでだってブルーノートを作ることが出来る。セッションを始めたその場所がニューオリンズだ、ステージなんだ。初春とはいえ夜の空気は寒い。しかし俺たちのセッションはそのような寒さなど吹き飛ばしてしまうほどだ。膝下の湯も俺たちの熱気をさらに上げる。隣の親父が頭を強く振り始めた。同時に肩も更に激しく揺れる。そうか物事には必ず終わりがある。この熱いセッションもいつかは終わってしまうのか。一瞬頭に淋しいが通りすぎる。だがしかしそのような感情に押し負けてこの一瞬を台無しにしてはいけないのだ。最後を美しく飾ろうと鼻から最大限の息を吸い込む。そして体を反らせながら思い切り息を吹き込んだ。窓の外に見える空には明けの明星が輝いていた。俺の息が途切れる瞬間親父の菜箸も終わりを迎えた。息を切らせながら向き合う二人。親父の顔には不思議な満足感が浮かんでいた。きっと俺も似たような顔つきなのだろう。言葉もなく、頷きもなく二人は窓を閉めた。男には無駄な装飾など必要ない。ただセッションした、という事実があればいい。携帯を取りだし会社に仕事を休む旨を伝える。そうだ、俺たちは一人じゃない。一歩踏み出せば必ず心の同士と出会えるのだ。
JUDY AND MARY、90年代を騒がせた"売れ筋"バンドのひとつですね。まー売れ筋だからか、「自称音楽ファン」からの評価は異常に低いですね。曰く「あんなの中高生のワナビーが聴く音楽だろ」「ジュディwwwwwアンドwwwwwwwマリーwwwwwwww」みたいな。でも先入観なくJUDY AND MARY を聴いてみましょう。実際よくできてるんですよこれが。
例えば、Miracle Night Diving という曲を例にとってみましょう。コード進行がついたやつがhttp://gakufu.gakki.me/m/data/DT02121.html:ここ] にありますね。動画はhttps://www.youtube.com/watch?v=xpLEm-cafyw:このあたり] で見れる。はいまずコード進行が「一般的なJ-POP」からかけ離れてることがわかるでしょう。まずサビ以外のコード進行がすべてテンションコードであることが見て取れますね。この時点で「あっちょっとヒねてるなこいつら」という感じです。さらに、コード進行的にはD7一発であるのイントロのギターのフレーズを取ってみましょう。「ラードーソファ#ーラドレソファ#ーレードラードソファ#ーラドドッドー」。これはひどい、一度も根音であるレが出てこないどころか、スケールとしてはむしろミクソリディアンスケール(ラ シ ド# レ ミ フ# ァ ソ ラ)として解釈したほうがよほど自然なフレーズになっている……(ドがナチュラルなのはブルーノート)。でも、曲全体としては結構ちゃんと「ポップス」してるんですよね。
ここからわかることはなにか。JUDY AND MARY は、「音楽オタクにとっても"おもしろい"ことをやろうとしながら、その上で"ポップス"であろうとした」ってことです。これはめちゃめちゃ難しいことですよ。言うなれば、「ジャンプに連載しながらアックス読者の鑑賞に耐えうるものにしよう」という強い意思を感じるわけです。一応言っておくけど、俺はべつに「アックス」が「ジャンプ」の上だと言っているわけではないですよ。そこにあるのは「指向性の違い」だけなんですからね実際。そのくせ、なんか、アックス読者の意味わからない選民思想で「ジャンプか〜〜〜まあね〜〜〜〜実際面白いと思うけどね〜〜〜〜〜」みたいなクッソ感じ悪いやつあるじゃないですか。その癖「いやまあ富樫は認めるけど〜〜〜」みたいなこと言うやつ。お前何様だよ、みたいな。
でも、たしかに富樫ってすごいんですよね。なにがすごいかっていうと、「ジャンプ」層からも「アックス」層からも支持されてるってこと。つまり、「パッ」と読んで面白い上に、「じっくり」読んでもいくらでも語るべきことがある。これって本当にすごいことで、つまり、作品が多層的にできてるんですよ。「トイレで読んでも面白い」という層で読んでもちゃんと面白い。「書斎でじっくり読み込む」という層で読んでも発見がある。このふたつを満たすことができる作家が希有な才能を持った作家であるということに異存がある人は少ないんじゃないかな。
でも!!!!!でもだよ!!!!!!!!!!なぜか「聞き流しても聴きやすい」という層でも聴けて、「アナリーゼしても面白い」っていう層でも聴けるJUDY AND MARY は、なーんか「俺は音楽好きだぜ」みたいな人たちから馬鹿にされがちみたいなところある気がするんだよね。それってさ、つまり「音楽好き」の文化レベルが低すぎるんじゃないの?????お前ら「マウントポジション」取ることにしか興味なくて、本当は音楽に興味ないだろ。みたいに思うんだよね、俺は。
テレビに出ていない音楽活動なんて、山ほどあるし、実際、いいものもたくさんあるんですが。
テレビに出ていないと、まるで、無いものかのように論ぜられるのは
どうにかなりませんかね。
オペラだろうとクラシックだろうと、見に行けばいいじゃん。劇団四季だろうとなんだろうと見に行けばいいじゃん。ブルーノートだって今だ人気だろ。
テレビ向けに作られた、テレビ向けのコンテンツだけを取り上げて、音楽業界とはテレビ向けのコンテンツである。って定義して。
いわゆる高付加価値な物という意味の 良質なものは 原則的には TVとネットにはない。 TVとネットはそういう物ではない。残念だが。
http://anond.hatelabo.jp/20090606035828
ああいうスレで「>1で氏にますたwwww」みたいな事をやってる奴らっていうのは三木道三の事をヒットチャートくらいでしか知る気はないってだけなんだけど、じゃあモトマスダだって自分が興味関心のない話題、例えば、ガンダムの型番とか、AKB48の現役全メンバーの名前を挙げろとか、夏への扉の背表紙に書かれたSF番号を答えろとか、ウメダモチオが飼ってる犬の名前とか、ダンコーガイが取締役やってた会社の名前とか、マイルスデイビスがブルーノートレーベルで出しているアルバムタイトルと、セッションメンバーはとか、そういう事に何も見ないで回答出来るのかと小一時間問いたい。問い詰めたい。
自分が好きな事を、他人も同じように知っているなんていう事のほうが少ない。「うはwwwマジ氏らねえwww余裕で氏ねるwww」と言う人のほうが圧倒的多数なんだよ。そしてそういう事を言っている人というのはからかっているのでもなんでもなくて「知らない」という事実を口にしているだけなんだ。
そこに「からかっている」という眼差しを感じ取った瞬間に、モトマスダは「マイノリティとしての屈辱」を勝手に創出し、そして勝手に傷付いているに過ぎない。逆に言うならば、もし「うはwwwマジ知らないww」という言葉が傷付ける事を目的に発せられたのだとしても「無知だという事を言いたいのですね、わかります」という態度で受け流してしまえば良いだけの事でしかない。マジョリティであるという事が正しさの証明になるわけではない。どんなに多くの人が「知らない」と言おうとモトマスダの中にある「三木道三が好き。彼は偉大だ」という気持ちに変わりはないだろう?だとしたら「知らない」という彼らとあなたは全く別の文化に住んでいるという事が証明されたに過ぎないではないか。
「からかわれた」とう心理は、マジョリティ・マイノリティの問題に収斂していく。多くの人が「知らない」と言ったに過ぎない事を「からかい」だと感じるのは「知らない=メジャーではないものは存在自体が恥ずかしい」という文脈の上に成立するのであるのだが、そうした事を明示されてもいないのに「感じ取る」のは、モトマスダの中にも同様に「知らない=メジャーではないものは存在自体が恥ずかしい」という感覚が存在しているからではないだろうか。
俺さー芸人になったらさぁー相方見つけてさぁー「マルチチュード」っていうコンビ名でデビューしたいんだよねぇー。「どうもー!マルチチュードでーす!」みたいな感じで出てきて「ネグリ君一号でーす!ネグリ君二号でーす」とか、もしくは「どうもーマルチチュードネグリでーす。ハートでーす」みたいな感じでさ、基本的にネタは左翼パロディネタばっかなの。で、たまに真面目な政治批判を繰り広げつつもシリアスになり過ぎないっていうね。ってことで相方は相当教養のある人じゃないといけないわけだけど、悪くないと思うんだよなぁー。あと妙にアカデミックなネタとかね。「ききききさまぁー!!さては修正主義者だなぁ!!」とかさ、そんな感じ。分からない人さっぱり分からないみたいな。で、この修正主義者ってのも実際はAVにモザイクは必要か否かみたいな議論をペダンティックな語り口調で進めていくんだけど、相方が「やっぱり倫理的にモザイクは必要である」なんてことを言ったときに、さきほどのツッコミを俺が入れるわけ。ただボケ突っ込みっていう役割は無しで、基本的に両方ボケて突っ込む感じね。別に笑い飯のパロディとかじゃなくて。悪くないと思うんだよなぁー。あとは相方だけなんだよなぁー。あとハワード・ジンのソーホーのマルクスを下地にしたマルクスとバクーニンの言い争いをネタでやるとかさ、悪くないと思うんだよなぁー。アイデアはいっぱいあるんだよねぇ。世界の左翼テロリスト集団カルトQとかね、片方が司会者で片方が回答者で、プロジェクターかなんかに世界の左翼テロリスト集団のロゴを出して早押しとかさ、もう絶対テレビ放送無理みたいなネタばっかなのね。あと日本共産党ネタとかもいいかもね。すげーシニカルに繰り広げていくわけ。で、ネタを見ると日本共産党のナスティな歴史が分かっちゃうっていう、笑えて勉強にもなるみたいなね。共産とか左翼っていいお笑いネタになると思うんだけど、誰もやってないんだよね。せいぜい思いつところだと駕籠真太郎ぐらいかな。漫画家だけどね。拳を上に上げて「レボリュースィオン!」とかいうのを一発ギャグにしたりね、キャッチーでもあると思うんだよね。分かりやすいっていうか。あと過去の独裁系共産主義者を連想したネタとかね。ようは毛沢東と側近とかを想像で演じちゃうわけ。スターリンとレーニンのやりとりとか、ポルポトと側近のやりとりとかね。あんまお笑いって放送できるできないでリミットがかかるべきじゃないんだよね。だってお笑いって表現なわけだから、作る前にセンサーシップのことを考えるなんてのは完全にリミテーションですよ。そんな意味でも鳥居みゆきのことが心配でしょうがないわけですよ。テレビってーのに巻き込まれるとダメになりそうで。ようは本人の意思に関わらず無理やりテレビで放送できるような感じで編集されちゃったり、全然テイストが出せないような無駄な企画やらされたりとかさ、そういうので才能を潰しちゃいけないのね。ただテレビってどうしようもないからダメなんですよ。そういうのが。全然才能を生かせない。だから本当にやりたいことをやるならラーメンズみたいになるしかないわけ。セルフプロデュースだよね。ようは。で、テレビに出るのはCMとかちょっとしたインタビューとか、ようはお笑いの部分はテレビではやらないわけ。あとやっぱ本人が繊細そうだからダークなテレビ業界のやりとりに巻き込まれて精神的にダメになったりしないかな?って不安なのね。基本的にフォークダンスの桶田がそんな感じだったらしいじゃん。精神を病んでたわけじゃないけど、テレビ業界にうんざりしてお笑いに興味がなくなっちゃったっていう。本質的な人こそああいう俗っぽいものを嫌うしアダプトできなかったりするからさ、結果的にその才能をテレビ側が生かせないどころか殺しちゃって永久に失われちゃったっていうようなさ、本当にフォークダンスは悲劇ですよ。もう残念でしょうがない。あんなことを二度と繰り返しちゃいけないから、だからっつって俺が何を出来るわけでもないんだけど、基本的にお笑いファンも昔松っちゃんが書いてたお笑い指数っつーかお笑いレベルじゃないけど、お笑いレベルが高くないと需要も低くなっちゃうっつーか客が程度の低い笑いを要求するようだと本物たちがテレビでやりたいことができなくなっちゃうわけ。ようはレベルの高いデマンドが必要ってことなのよ。だからホント、うちの妹とかも口癖のように言ってたけどお笑いってのがブームになるとホント、質の低いつまらない芸人ですらテレビに出られるようになってさ、で、その業界に寄りかかろうとするダメ芸人が本当に増えるわけじゃない?で、結果的にそういう悪循環がお笑いの全体の質を下げちゃうっていうようなさ、それって最悪だよね。だから常に鑑賞者側はお笑いに対してレベルが高くなきゃいけないし批判的じゃないといけない。お笑い番組見ててクソつまらねー芸人のネタとかで笑ってる客とか見てるとぶっ殺してやりたくなるんだよね。ホント、その存在自体が邪魔だから死んでほしいって切実に思うもん。それっていつも書いてる音楽シーンとかに置き換えることが出来るんだけど、基本的にやっぱね、レベルの高い鑑賞者っつーかデマンドが無いと、本物を発信してる側の活動場所がなくなっちゃうんですよ。それが一番マズイのは、本物の活動場所が無くなることで、才能が失われちゃうってことなわけ。ところでエレクトロニカとか前衛系に言えることだけど、なんだかんだですげー排他的で若手育成みたいなのやらないじゃない?で、有名レーベルはいつまで経ってもベテラン勢の作品ばっかリリースし続けるっていうさ、ああいうプログレッシブな音楽やってるように見えてレーベルの体質が保守的だとね、それ自体がダメになるのよ。つまらなくなっちゃう。ただ大半のレーベルはそういったことに意識的じゃないから勝手に腐っていくんだけど、例えばさ、ELMAって昔、ちょっと関わりがあった鳥取でノイズやってる人なんだけど、未だにこの人以上のハーシュノイズって聞いたことないんだよね。はっきりいってハーシュって意味だと今のメルツを平気で越えてるし、クオリティは世界レベルなんだけど、なんで大手のレーベルから何かしらのコンタクトが無いわけ?マイスペースとかあるんだからさ、誰かは見てたり聞いてたりするわけじゃない?で、なんでELMAの新作が割と有名な電子音楽系のレーベルから出ないわけ?ELMAが無理だったらSMKなんて絶望的ですよ。はっきりいって。もう嫌なのね。ああいうの見てると。ELMAみたいなのが有名にならないこの現状。なんなのよ?みんなの耳は節穴か?ちゃんとみんな音をちゃんと聞いてるんだろうか?全くさぁーホント、ちゃんとした芸術家達が本当に食えない時代になってるなぁーって思うよね。いつの時代もそうだったかもしれないけどさ。俺に金があったらホント、最高のレーベル経営できると思うんだよね。経営っつーかまぁ人材発掘ね。経営は他に任せたほうがいいや。経営っつーか運営っつーか。ところで岩村学って今、何してるのかな?全身にニートっつーかヒモみたいなオーラがあふれ出てた人だったけど、ああいうヒモ系の作り手って嫌いじゃないんだよね。ミラノ在住っつって何して食ってるの?っていうああいう雰囲気。あのなんだっけツジコとかとやってる青木だかなんだかってやついるじゃん?あいつもすげースポイルチャイルド系の雰囲気出てていいんだよね。音楽的にはさっぱり好きじゃないけど人間の雰囲気が好き。ああやって親とか愛人から金をもらってやってける連中はいいけど、そうじゃない人達も大勢いるわけだから、アートシーンってのがそういう人達のケアをしてあげないとダメなのよ。それは国が保護しないとダメだと思うね。ニューヨークってそういうシステムあるらしいじゃんね。まぁ相当限られてるとは思うけど、でも無いよりはマシでしょ。基本的にでもそんなのね、文化の一つなんだからシリアスに保護しないとダメよ。保護っつーかサポートっつーかアーティスト達がやっていけるようなシステムが必要なわけ。ところで今朝、なんか妙に呼び鈴が鳴ってるような気がするなって思ったら案の定、誰か来てたんだけど、ドアにチラシが挟まっててさ、それがエホバの証人だったのね。しかも日本語。ようは日本人向けの勧誘をニューヨークでもやってるってことだ。あー怖い。ニューヨークは統一教会の本場みたいな感じだけど、あんな暴力教団、国が規制をかけないとダメでしょ。エホバはともかく統一教会なんてあんなもん強制的な解体をさせないとダメよ。何が言いたいのかっていうと、ラガ系の人がエホバって言うときは恐らく「ジェホバ」って感じなヤーマンな発音になるんだろうなってキットカット食いながら思ったんです。今朝。もう明らかにモト信者の証言から暴力とか洗脳があったってのが明らかな教団があるのに、なんで国はキチガイ教団扱いをしないんだろう?あんなもんの存在を許してたらね、よりどころの無い人達がガンガン入信して不幸になっていくんだからね、ダメですよ。禁止しないと。こういうの禁止しないでガンジャ禁止してるんだから世の中ってのは狂ってるよなぁー。だったらガンジャ教みたいなの作ればいいのに。もちろん名前は「ジェホバの証人」ね。挨拶はみんな「ヤーマン」。持ってきた?っていうブリングとブリンブリンをかけて、教団内ではみんな「ブリンブリン」言いまくってるっていう、極めてラスタな環境にあるわけよ。とっととオランダみたいにさ、ガンジャなんて解禁すりゃーいいんだよ。どんだけの泉じゃなくてどんだけの人が救われるか分かってんのか?マジで。ガンジャがあるだけで凄まじい境遇の人もガンジャだけを心のよりどころにして生きていけるような人も出てくるのかもしれないのに。もちろん酒みたいに逃げになっちゃいけないけど、でも救われる人は相当多いと思うんだよね。労働者が「この昼休みの一服のために働いているようなもんなんです」ってタバコのことを言うけど、これがガンジャでもいいわけじゃん?まぁ作業中はマズイから仕事終わりとかに「一杯行く?」じゃなくて「一服する?」みたいなさ、酒みたいに中毒にはならないんだし、少量でブリンブリンになれるわけだから、あれほど機能的なものはないわけよ。全くタバコとか酒とか許してるのに、なんでガンジャが禁止されてるんだか意味分からないよね。政府が国民に苦しめって言ってるようなもんでしょ。これは。ところで練馬ザファッカーのさ、キラキラしているやつを総称で「ブリンブリン」って言うって言ってたけど、あれをガンジャトリップのブリンブリンのメタファーってのに気がついてる人少ないんだろうな。日本ってマジでドラッグについての教養が全く無いからね。そういう意味だとアメリカは凄いよ。やっぱ歴史があるからみんな詳しい。少なくともマリファナを鼻で吸うみたいに思ってる馬鹿はいない。ガスパンが流行ってるとかいってさ、ああやってちゃんとドラッグに対する教育しないから馬鹿なことするやつが増えるんだよね。ケミカル系の危険性も分かってないで乱用するやつがいるってのは教育がなされてないってことでしょ。あえて選んでケミカルやってるやつならしょうがないけど、基本的にトリップしたいんであればガンジャで十分なわけよ。で、コークとかLSDとかの副作用っつーかダークな面を知ってればさ、明らかにあの取ったときの「スッコーン!」って感じよりディスアドバンテージのほうが多いっつってやらないやつが多いはずなのに、やるやつがいるってのは問題だよね。さっきも書いたように、ちゃんと知識があってやってるなら選んでやってるからしょーがないやつになるわけだけど、分かってなくて興味本位でやってるのってマジでヤバイよね。学校で「ケミカルは中毒性があって脳がダメになるから絶対やらないこと。やるならガンジャにしなさい」って教えれば相当ケミカルの乱用は減ると思うんだけどねー。で、ガンジャを合法にしてタックスでも取ればさ、国益になるわけじゃない?なんて幸せなタックスだろうね。ガンジャ税だなんて!でも分かるよ。あんな閉塞した社会で薬も酒も無いんじゃやってられないよね。だからなんつーか若者がアノミー状態に陥っちゃってて、ドラッグに手を出すぐらいしか脱出する方法が無いっていう、あの社会状況がマズイわけで、それはニートもネットカフェ難民も一緒でしょ。全面的に彼らが悪いんじゃなくて、そういった人とか循環を生み出す社会構造に問題があるわけでさ、その人達を批判するのはお門違いもいいところだよ。うちのオヤジがこういうお門違いな批判をしているんだけど、まぁオヤジみたいな世代の人はああいう観点でしか物事を考えられないんだろうなっていうのは凄く思うし、親父には悪いけど、ああいう考え方をする上の世代の連中が多いから、いつまでたっても問題が解決しないどころか、若者とおっさん世代のコンセンサスの乖離ってのがガンガン進んでいくわけだよね。基本的に社会を動かしてるのとか会社の上の連中とかって大体おっさん世代でしょ。で、おっさん世代の考えが古いんで、前に書いたマテリアルカルチャーとノンマテリアルカルチャーのカルチャーラグじゃないけど、基本的に社会を牛耳ってる連中たちの考えが古いんで、社会構造が変わらなくて、マテリアルカルチャーとの差が出てきちゃう。だったらとっととおっさん世代は引退して次の世代に役割を任せなきゃいけないっつーか、そのためにも若者の雇用と雇用後の社内での教育ってのが必要なのに、人件費削減だとか馬鹿なことを抜かしてやがるから若い世代が育たないっつーかアノミー状態になっちゃう。ね?全然難しいことじゃないでしょ。いかに社会が若者達に対して理不尽に回っているかっていうのがね、凄まじくクリアなのよ。だからニートだとか若い世代にワーキングプアなんてのが出てくるのはある意味で必然なわけで、全部を結びつけるわけじゃないけど、アノミー状態というのは色々なネガティブなことを生み出す原動力になるわけだから、っつーかさっき書いたドラッグ問題も含めてね、まぁあと犯罪とかの原因の一因でもあるよねっつーか一刻も早く環境の改善が必要なのに、なんかシリアスに取り組んでる感じがしないんだよな。あとさっきも書いたようにおっさん世代と若者世代との意識の違いってのが凄いでしょ。で、おっさん世代は若い世代を批判してばっかいるからさ、悪循環が終わらないのよね。すげーもったいない状況にあると思うんだよ。日本は。さっきのアートの話も含めて基本的に社会が殺している才能とか人材ってのが凄まじく多いと思うのね。教育は馬鹿を増やして、社会は優れた人を育てないっていうような、お金でヘドロ買って家を埋めてるみたいな、そんな非建設的な状況がもうずーっと続いてるよね。だからね、若い世代が「もうくだらねぇ。こんなのやめだ」って思うのは当然なのよ。まぁ全部の若い世代じゃないけど、でもそう思ってる人多いと思うんだよね。俺はああいうアホな社会のおかげで批判的な目がより養われたというのもあるから、まぁ日本社会ってのは究極的な反面教師だったし、今でもそうであるわけだけど、まぁでも俺も逃げ切れたわけじゃないからいまだに怖いんだよね。杉並区が中野区を飲み込むかのごとく、日本が俺を侵略してきそうで怖いのね。だから俺は逃げ切らなきゃいけない。うわー怖い。マジで。常に走ってるような気分だ。そう思うとランナウェイ。ましてや日本って侵略が十八番だからね。そういえば社会学の先生がまぁ話の文脈のディティール書くと面倒なんでやめるけど、人種のキャラクターっつーか歴史を語るときに「日本はまた特殊な国なのよね。しょっちゅう戦争してた国だから、バトラーの血があるでしょ」みたいなことを言っててさ、これは別に日本の侵略戦争のことじゃなくて、恐らく戦国時代のことを言ってたと思うんだけどでもあれだよね、日本人って平和を愛する民族だなんてあくまで戦後の話で、実際は凄まじい血みどろの歴史がある国なんだよね。日本って。だから全然なんつーか農耕民族でもなんでもなくて、みんなウォーバトラーだよね。みんなじゃないけど。そういう見方ってのを全然してなかったから、ちょっとパラダイムが変わったね。俺の中で。ようは俺の中で日本人って民族的に野蛮っていうイメージが無かったんだけど、でも野蛮っつっちゃー野蛮だよなって思ったわけよ。まぁ武士とかサムライとかっていうとかっこいいかもしれないけど基本的に戦士じゃない?戦士=野蛮ってわけじゃないけど、でもまぁ平和的ではないわな。ようは戦士っぽい血を引いている部分も相当あるというのには全面的に先生に同意だなって思ったんだけど、やっぱこれって教養のある西洋人からの観点じゃないとなかなか見えてこないことなのかなとか思ったわけね。そう思うと今後が楽しみでしょうがないな。どんだけパラダイムが広がっていくんだろう?あー楽しみだぁー。まずその前に算数やらないといけないけどさ、でも楽しみだよねぇー。でもあれだよ、やっぱさ、客観性ってのが重要で、いくら自分が色々なことに懐疑的で批判的な人間であっても基本的に日本人について悪く考えたりしないわけだけど、この社会学の先生の視点というのは、事実はさておき、ようは客観的な視点でしょ?ただ俺は日本人だからやっぱ当事者としてなんつーかあんま日本人ってことを否定したくないっつーか良く考えたいみたいに思うところがあるんだけど、これは物凄く危険な視点なんだよね。ようは愛全般がそうよ。恋は盲目とかいうけどさ、基本的に恋人とかに限らず、自分が好きなものに関しては入れ込んじゃってるから批判的になれないし、客観的になれないんだよね。ようは凄まじく主観的でガーッってそれに入っちゃってるっていう。それが趣味とかならまだしも、それが歴史とかになってくるとマズいんだよね。それこそ歴史修正主義じゃないけどさ、日本の都合のいいように歴史を塗り替えちゃうっていうさ、まぁ昨今の盲目的なバカバカしい愛国心の台頭にも言えることだけど、客観的ではない批判的ではない見方なんてのは大概危険よ。やっぱ。そんな意味だとっつっていつもアメリカとの対比になっちゃうけど、こっちで勉強してて目立つのは、よく先生が特にリーディングとかの授業だと「批判的でいろ」って言うんだよね。ようは何かを読むときでも読むだけではなくて、書き手がどういう人間なのか?例えばアメリカの保険制度について書いてある記事でも書き手が保守系のシンクタンクから来ている人間なら、それは保守側の意見で書くだろうしっつーかそういう記事が実際あったんだけど、ああいう教育を幼い頃から受けていればさ、全然違うよなって思ったわけ。ましてや記事の書き方とかオーガナイズとかの仕方も批評するんだから。これはちゃんとまとまってるか?とか要点がクリアかそうでないか?とかさ、俺ってまぁ中学以来学校行ってないけど、でも中学まででこういった読み方の教育を受けてきた記憶がさっぱり無いんだよね。勝手な思い込みだけど、一般的に日本ではこういったクリティカルリーディング的な教育は広くは行われてないんだろうなって凄く思ったんだけど、ようは批判的であるとか懐疑的であるってことは別にそれが左翼的であるってことじゃなくて、常にモノを考えながら何かを捉えるっていう一連のプロセスの一つなわけで、そこに政治的なイデオロギーなんてないわけ。俺が左翼臭いって言われるのは本当に分かるんだけど、そんなこといったらニューヨークなんて基本的に左翼臭いんじゃないか?とかって思っちゃうね。特に社会学なんか凄いからね。アメリカ批判も平気でするし、アメリカ政府の暴露話とかも授業の脱線であったり、教科書にもアメリカ政府に対して相当痛烈なことが書いてあったりするからね。それに比べて日本って何なんだ?って気が本当にしてくるね。教科書を日本の都合のいいように改ざんするなんて愚の骨頂だよね。少しはアメリカ見習えって思っちゃう。ただ基本的に思うのがまともに俺の今受けてる社会学の授業ね、あれを受けてたらみんな左翼的になるよ。だって社会学の教科書もそうだし、先生もグローバリゼーションには否定的だし、ましてやナイキとかギャップとかのさ、ようはDeindustrializationとかさ、 downsizingみたいなことがガンガントピックで出てくるし、労働力の搾取なんてのがあからさまに書いてあるわけだけど、別にこれはマルクス主義とか共産主義みたいなドグマに立脚したようなものではなくて、あくまでグローバリゼーションの弊害の一環として、社会分析として書かれているわけだけど、果たしてんじゃあこれが左翼的か?っていうとどうかなぁ?って感じするでしょ?左翼も何も当たり前の事実っていうかさ、それを認識するだけのことなんだから。ましてやアメリカのパトリオットアクトについてのまぁ割とドライな分析と割と批判的な分析なんかも教科書に載っててさ、アメリカの教科書ってこんなにレベル高いんか?って関心しまくりだったわけよ。政府からクレームこないのか?ってぐらいなことが書いてあるんだけど、そこはさすがになんつーかインディビジュアルアクトに対する自由がやっぱりまだまだ保障されているアメリカならではなのかなって気がしてきて、このフリーダム具合と比べると、日本って独裁共産国みたいな感じだよなってコントラストで凄く感じちゃったね。で、日本の保守が共産主義に対して批判してるんだからお笑いだよね。実はてめーらが一番封建的で右翼的な共産主義的ドグマを信望してるんじゃねーかって思っちゃう。一部の保守が言ってることってツァーリズムとあんま変わらなかったりするからね。んだったらロシアにでも亡命すればって思っちゃうよ。日本の保守見てると。あんなの保守の風上にも置けない感じがして、ちゃんとした保守の人達が本当に迷惑してるんじゃないかなって思ったりちゃうよね。だからいつも俺が金玉を酸っぱくして言ってるのが、馬鹿でもとりあえず保守的でいるよりかは進歩的でいたほうがまだマシってことなわけ。馬鹿が石原をサポートするより馬鹿がデモしてたほうがまだマシ。やヴぇーな、サービス精神旺盛になってきちゃってる。もうそろそろやめようかな。っつーかね、昔と違って書こうかなって思ったこと全てを書けてるわけじゃないんだよね。一応、やらなきゃいけないことがあったり、占領されてる時間があったりするからさ、そういうので中断されると思考が止まっちゃうわけよ。で、思い出せなかったり忘れちゃったり勢いがなくなっちゃったりして、そのトピックについて書かなかったりするわけ。だからね、まぁ今日の分もだいぶ長いけど、でも本当はこんなもんじゃないんだよね。特に最近はウォール伝的に色々失ってることが多いわけよ。書くべきだったのに書かなかったことってのが多いわけ。まぁいいや。でも十分だね。そりゃ最速インターフェース研究会のmalaさんが「誰か要約してください」って書くわけだよね。ホント、malaさんありがとうね。なんでため口なんだか分からないけど。で、墨滴には全然これ長くないんだよね。長いウォール伝ってもっと長いからっつーかいきなり思い出したんだけど、16ぐらいの時に通ってたフリースクールの同級生っつーか会ったこと無い女の子とメールのやりとりをしていたんだけど、あるとき、この子から返事が来なくなって「なんで返事を書いてくれないんだ?」ってメール書いたら「いつもそっちの書くことが長すぎて疲れた」なんて言われて相当ショックだったんだけど、昔からだったんだよね。長文癖というか書いたら止まらない癖。当時、ヒノッ君っていう名前でやりとりしてたんだけど「私、いつもヒノッ君とのメールのやりとりで4時間も使っちゃってるんだけど、もうアタシ疲れたの・・・」とか言われてさ、そりゃ今考えれば疲れるよなって思うんだけど、俺って別に長く書くのにそこまで時間がかからないから、相手の気持ちが分からなかったんだよね。ましてや4時間もかかってるなんて想像もできなかった・・・。ジーザス!なんてこった!あと前にも書いたけどスカイプで両親と話すときもさ、ウォール伝みたいな感じでさ、社会問題とか政治とかオヤジが割と喋れる人だから色々喋るんだけど、結果的に一時間半ぐらい俺が喋りっぱなしで、残りの三十分を母と父が喋ってる感じなんだけど、いつもスカイプの終わり際に母が「もうそろそろね・・・終わりにしようよ」なんて言うわけ。そりゃあっちとしてもゲンナリだろうなぁーって思ったんだよね。1時間半も勝手に喋られたんじゃーたまらないでしょう。だから俺からの提案で「毎週スカイプやるんじゃ、そっちも忙しいだろうから、二週間おきぐらいにしようか?」って言ったら、心なしか両親は快諾していたような気がしたね。だから俺は思ったね。この長文とか長い喋りを極めまくって、それこそジジェクみたいに、ゲンナリするぐらい喋りまくるおっさんになるしかないなって思ったわけ。ましてやこんぐらいのことを英語で書けたり喋れるようになればね、なかなかの進歩でしょ。やっぱ英語なんだよねー。問題は。まぁいいや。そんな感じで。誰か俺の話聞いてくれる人いないかなぁー?大抵途中で嫌がられるんだよね。話が長いっつって。だからやっぱウォール伝が一番の出力先なわけです。今日は革命的なオーラのまま色々書けたんで、反革命的な投票してくださいっていうURLは載せないことにします。それにしてもアクセス数が明らかに増えてて不気味だわ。ただ別に見られてるとかって思わないことにするわ。でもあれだもん、今日なんてのもさ、やっぱあれだね、俺みたいなスケールの小さい人間の場合さ、学校行く前から「アルファブロガー・アワードにノミネートされた人がニューヨークのコミュニティーカレッジに行くんだ」って全てを「アルファブロガーアワードにノミネートされた人が」っていう風に考えてたからね。「アルファブロガー・アワードにノミネートされた人が水を飲んでいる」とか、授業の合間とかも「アルファブロガー・アワードにノミネートされた人が嬉しさのあまり、ジェフミルズのChange of Lifeを鼻歌で歌っている」とかね、思うにジュリアナ東京を肯定するためには、ジュリアナ系でかかってた曲の全てはChange of Lifeだったって思えばいいんだなって思った。あとDJ Camがハゲているのは、同じような曲作りをしすぎだからということも分かったね。もうさ、あのなんかラップの一部分を「キュッ」って一回コスった後、リリースして丸々ぶち込むって手法やりすぎだよね。いい加減変えたらどうなんだろう?って思っちゃう。あれはやっぱあれだよ、DJのジレンマよ。ジャズが好きでも譜面書けないみたいな、どっかから取ってくるしかないみたいな、ようはコスるしかないんだよなぁーっていうDJのジレンマよ。あのさ、ブルーノートのリミックスのやつさ、ジャザノヴァとかありえないぐらいいい仕事してるけど、DJ精液のはヒドいよね。すげーやる気ない。っつーかレコードで持ってるんだけど、あれ聞いてるとき「あ、笑点だ。飛ばそう」っつって飛ばしてるのね。なんで笑点かっていうと、やる気なさげに鳴ってるワウのかかったミュートトランペットの音が笑点のオープニングテーマみたいだから。みたいだからって終わるの良くない?みたいだからなんだよね、じゃなくてみたいだから。なんか山ちゃんの嫁っぽい感じでいいよね。頭が良くない感じが。まぁーね、実際はURLを載せないことにしますって書いたのが昨日で、それからを今、書いてるんだけど、なんか疲れちゃってさ、恥知らずが腫れてるんだよね。基本的に週末になってくるともう疲れちゃう。体力ないよなぁー。仕事してから学校来てる人なんていっぱいいるのに俺は学校だけで疲れてる。しかもそんな別に一日何十時間って占領されてるわけでもないのに疲れちゃう。今日の出来事で書くこともいっぱいあるんだけど、明日だな。今日は寝かせてくれ。あーちょっとサービス過剰過ぎるかしら。選挙期間中っていう意識がなかなか取れないなぁー。っつーか何気にアクセス数がすげー気になってるんだよねっつって見てみたら明らかに増えててさ、予想以上に増えてたからちょっと不気味なんだけど、増えてるからこそあえて普段のウォール伝でいかないとなって思った。最近、ちょっと良いこと言いすぎてるでしょ?なんか「おおー!良いこと言うなぁー」っていうような感じのが多い。別に意識して書いてるわけじゃないんだけど、あんまらしくないなぁーとか思ったね。たまにはズリネタのことだけで一回分書くとかさ、そういうのも無いとダメだよね。リーディングのクラスで一人、可愛い子がいるんだけど、プエルトリコからの移民なんで勝手に「プエルトリ子」ってあだ名つけてるんだけどね。頭の中で。「あ、プエルトリ子来た」みたいな。俺って相当いろんな人のあだ名を頭の中だけで作ってるよ。前にも書いたけど、こっちに来てからさ、特にロードアイランドからマンハッタンの英語学校に至るまで、凄まじい数のお笑い芸人似のやつがいたからね。ゴリ・川ちゃん・ますだおかだのますだ・おぎやはぎのおぎ・創価久本・あと芸人じゃないけどエロサイトのバナーで見かける不細工なPermalink 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