
はてなキーワード:ブランケットとは
まずゲイタウンでの一般論を語らせてもらうと、金曜土曜の深夜早朝の新宿二丁目の発展場は、オールナイトのゲイクラブイベントやゲイバーはしご酒に疲れたゲイが始発待ちの仮眠のために利用するから、その時間帯にハッテン行為をしようとすると「眠れねーんだが」と眉をひそめられる逆転現象が起きる。
逆に22時とか浅い時間帯に仮眠目的で半個室をひとりで占有すると、行為のためのブースが減っちゃうからマナー違反。
宿泊可能ないしオールナイト営業してる発展場はだいたいどこも終電前までにピークタイムが来て、残ってる利用客も2時過ぎたらみんな就寝モードに入るイメージ。
仮眠室という名目のプレイルームが名目通りの仮眠室になってるのが俺的には面白ポイントで、セクシー下着(+ペラペラ浴衣)のパンイチ姿なのにブランケットかぶって寝息をたててる野郎どもばっかりな状況にクスッとしちまう。
それでいて完全に日が昇る時間帯になると寝起きで一発ハッスルするか勢が元気に活動し始めるから、自分も同類のクセして「お盛んですなー」とこれまたクスッとしちまう。
大阪キタ堂山の泊まれる老舗ハッテンサウナが閉館して以降、近隣ゲイバーの深夜の客入りが悪くなったという話もあるくらい、恋愛市場的な場面以外でもゲイタウンでの健全ナイトクルージングと発展場は密接な関係にあるのである。
そこで件の男性芸能人の話に戻ると、売り出し中の若手とはいえプライベートの飲みでもタクシー移動できそうなランクの芸能人が、始発待ちで発展場に入るとは思えないし、前述のとおりマッチのアテなく深夜早朝に現場で不特定の相手探そうと思っても確実に釣果ゼロが見えてるので、
旧知の間柄、もしくはアプリなり別のバーなりで知り合った相手と落ち合うために入った可能性が高いのかなとは、流出映像の不審な点を考慮から外しても推測できるとは思う。
1992年の参院選に初出馬する1カ月前に刊行した自伝的エッセー、「30歳のバースディ その朝、おんなの何かが変わる」(大和出版)
〈お酒の思い出といえば、地中海で、海の見えるホテルの部屋で、飲みィのやりィのやりまくりだったときですね〉
〈それでウフフフフ……。朝、寝起きに熱いシャワーを浴びながら、彼が選んでくれた極上の赤ワインをいきなり飲み始める。バスローブのまま〉
〈ルームサービスを食べるときも当然、ベッドで裸の上にブランケットを巻いたまま〉
〈彼がすばらしいテクニックを持っていることは言うまでもない。トコトン、快楽の境地におぼれられる相手じゃないと話にならないわけ>
働いていると「この客、イヤだな~」と思う場面に遭遇する時がある。
そんなイヤな客にならないための店員が特にやめてほしいと思ってることをいくつか紹介したいと思う。
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セックスもやめてほしいがシコっている人数のほうが圧倒的に多い。1日に30席清掃するとして、うち5席ぐらいはシコった跡がある。
判別方法は簡単で、ゴミ箱にティッシュが入ってたら9割シコった跡だ。大量の枚数を使ってたり、何かを隠すように大きなお団子状になってたらほぼクロだ。食事の後に口を拭くだけなら1枚でいいし、花粉症で鼻をかむならティッシュの畳み方が違う。
それと一度だけ、清掃している時に席のイスにおそらく精液と思われるものが付着していたことがある。これ器物損壊罪で訴えることできるだろ。
もしあなたがシコった人の後の席に入りたくないと考えているなら、個室やカラオケでそれを100%防ぐのは無理だ。飲み放題カフェ(オープン席)やダーツ席みたいに開かれた空間なら流石にシコる人はいないので安心して使おう。
しかしおそらく会社としては客が席でシコることはむしろ推奨している。ブース席のPCはAV見放題だし、そもそも席にティッシュが置いてあるのもほぼシコるためのようなものだ。家に家族がいるからシコるスペースがない男性などがターゲットなのだろう。ここに現場と上層部の悲しいすれ違いがある。
飲み残しは片づけるのが非常に面倒だ。席にたくさんドリンクを持っていく客に限って溢れかえりそうになったコップを何杯も残して帰っていく。
ドリンクだけじゃなく料理やコミック、ブランケットなどもそうだ。返却口が用意されているのだから返却してほしい。
あと鍵付個室にドリンクバーの飲み物を持ち込むんじゃない。これは法律でアウトだ。よそで買った飲食物は持ち込んでよし。店内で提供する飲食物は食事スペースなどを使う。OK?
それと飲み残しをドリンクバーのマシンの受け皿に流さないでくれ。あれに排水口は付いてない。なので皆があそこに流すと溢れかえり周りが水浸しになる。流し台のほうに流そう。
例えばあなたがコピー機の使い方がわからなかったとする。そして店員に使い方を尋ねようとする。だが店員も使い方がわからないのだ。基本客だけで完結する行為は店員は教わらない。会員アプリは使ったことないし、席からPCで料理を注文する方法もいまだに知らない。
一番最悪なのは店員を拘束することだ。PCで〇〇というサイトにログインしようとしてもエラーが出るとかで呼ばれてもそのサイト側の問題であって店側がなにか言われる筋合いはない。ログインできるよう手伝ってあげるのはその店員の個人的な優しさからであって本来は付き合う義理などない。そうして店員が一人拘束されるだけでも店を回すのが大変になる。基本店員2~3人で回しているので残りの1~2人に33~50%の負担がさらにかかる。
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他にもブランケットを扉にかけるな(料理を提供する時非常に開けづらい)とかコミックを5巻4巻3巻…の順番に並べて返却するのはやめてくれ(そもそも元の本棚に返してくれるのが一番ありがたい)とか色々あるが、個人的に特にイヤなのは上記の3つだ。
途中で割り込みがあったようだな。
俺は統計とかについては無学でマルコフブランケットとか名前だけでも覚えて帰ってくださいって程度にしか知らないから、
先のお前のトラバもチンプンカンプンだしpdfも英語だからなおさらもってのほかなんだ。
リスクとは言い換えれば、ある行動を起こしたときに悪い出来事が起こる確率や頻度であって
たとえその確率が高くてもAI周りの術語を使うなら、報酬=リターンが大きければその行動は起こすべきとか評価されたりし得るもの。
で、リスクが大きい=悪い出来事が起こる確率が高い、の具体例は
たとえば(何かを言われたことに対する)地雷の範囲が広い、ということがある。
そういう人にはよほどその人が価値ある人間じゃなければ話さない方がいい、という判断になる。
んで、地雷の範囲が広い、と分かるのは、その人に関する十分な情報があるから。
それが分からない、もっと抽象的には確率の計算や推測ができない、というのは、情報が不足しているから。
情報が満足にあるとか不足しているとかいうのは、判断主体に依存した、判断主体単位の概念であって、
神の視点を持ち出せば、その視点では、どんな行為に伴うリスク=確率的情報も明確に見通せている。
あくまでその「分からない」人にとっては、地雷の範囲が大きいのか小さいのか分からない、という話。
この「分からない」状態においては、そこを数理的根拠もなくリスクが大きいと仮定して行動を起こさないことで、実際はリスクが小さいので杞憂である状態になっているということもあるが、
逆に小さいと楽観視して行動を起こして、実際はリスクが大きいことで、しかも実際にその悪い出来事が起こってしまうことも当然ある。
この楽観視→悪い出来事の発生というパターンを含んでしまっているということが「リスクの大きさが分からない」という「(判断主体固有の)リスク」の中身だと思った。
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私は真奈(まな)といいます。都内の小さな会社で事務員として働いており、平日は仕事と家の往復、週末は少しだけおしゃれなカフェを巡ったり友人と過ごしたりする、ごく普通の生活を送っていました。大学を卒業して数年、特別な趣味や特技もなく、かといって生活に不満があるわけでもない――そんな私でした。
ところが、ある出会いをきっかけに、それまでの平凡な日常が少しだけ色づき始めることになったのです。出会いの相手の名前は、川瀬(かわせ)さん。私が勤めている会社の取引先の男性で、営業担当として度々やり取りをするうちに、いつの間にか気になる存在になっていました。
彼は社交的で、仕事もきっちりこなすスマートなタイプ。穏やかだけれど芯が強く、誰に対しても丁寧で親切でした。最初は、そんな「仕事のできる大人の男性」に単純にあこがれを感じていただけだったのですが、徐々に彼自身の人柄にも惹かれ始めていたのです。
そしてある日、仕事上の用事で遅めの打ち合わせが終わったあと、「よかったら少しだけお茶でもどう?」と誘われました。もしかしたら、プライベートで話すのはこれが初めてかもしれない。私は胸の鼓動を抑えながら、喜んでうなずきました。
お互いに終業後だったので、近くのカフェに入ることに。打ち合わせのことや最近の仕事の近況など、他愛のない話をするうちに、ふとプライベートな話題になりました。大学時代のことや友人、家族のこと。私も彼も、お互いが初めて知る部分を少しずつ共有し合い、その時間はとても心地よかったのを覚えています。
その後、少し間があった後で彼が口を開きました。
「もし迷惑じゃなかったら、もうちょっと先のバーでもう一杯どうかな?」
本当なら終電の時間や翌日の仕事を考えなきゃいけないところだけれど、そのときは自然と「行きたいです」と口をついて出てしまったんです。大人の雰囲気漂う小さなバーで、彼は何度もこちらの都合を気遣ってくれましたが、私は「大丈夫です」と笑って応じました。ここまで連れ出されることに対して、まったく抵抗がなかったのです。それどころか、「一緒にいたい」という気持ちがどんどん膨らんでいきました。
お互いにお酒が進むにつれて、少しずつ打ち解け、距離感も縮まっていきます。ふとした瞬間に、彼の視線が私を真剣に見つめていることに気づき、胸が高鳴りました。その夜は、そのまま彼の家に誘われ――もちろん、自分の意思でついて行きました。
彼の家に足を踏み入れたとき、私は緊張でいっぱいでした。適度なお酒も手伝い、彼との距離が急に近づいたことで、どう振る舞えばいいのか頭が追いつかない。だけど不思議と怖さはなく、むしろ「この人になら身を任せてもいい」と思わせる安心感がありました。
部屋は整理されていて、淡い暖色のライトが落ち着いた雰囲気を作り出しています。ソファに座って向かい合うと、なんだか仕事で見せるきりっとした表情とは違う、少し素直で弱い部分をのぞかせてくれる気がして、私はさらに惹かれていきました。
最初はほんの少しのキス。彼がゆっくりと私を抱き寄せると、自然と体が彼のほうに傾いてしまう。胸の奥がドキドキして、どうしていいかわからない。でも、自分からも彼に触れたいという想いが募っていきます。
そこで私が感じたのは、「この人を喜ばせたい」「彼のためにできることを、何でもしてあげたい」という気持ちでした。いわゆる“奉仕”といっても、服従のように無理やり従わされるのではなく、私自身が心から「こうしたい」と思った行動です。いま、私の感情のベクトルはすべて彼に向かっていました。
互いが満たされるための奉仕
身体が触れ合い、彼が私の耳元で甘く低い声で囁くたびに、何ともいえない心地よさが全身を巡ります。私から積極的に抱きしめた瞬間、彼は少し驚いたようでしたが、すぐに優しく笑って応えてくれました。
「無理しなくてもいいんだよ。疲れてるだろうし」
そう言われてみると、たしかに遅くまで仕事をして、そのまま深夜まで飲みに行ってしまった疲れはあるはずです。しかし私の気持ちは、疲労よりも「もっと近づきたい」という欲求のほうが勝っていました。自分でもこんなに素直に感情をさらけ出せるんだ、という驚きがありました。
奉仕といっても、彼を一方的に崇拝するようなことや、尽くしてへりくだるような行為ではなく、お互いに満たされるための優しさや思いやりの交換だったと思います。彼が疲れていそうなら肩をそっと揉んであげる。彼は私が寒そうにしていればブランケットをかけてくれる。ソファに座ったまま、そんな細やかなやり取りを繰り返しながら、ときどき熱いキスを交わす。私にとっては、それがとても幸せで、まさに「奉仕している」充足感がありました。
朝を迎えてからの変化
そのまま朝を迎え、私たちは少し遅めに起床しました。彼の部屋の静かな空気と、カーテン越しにやわらかく差し込む朝日。いつもなら出勤のために慌ただしい時刻ですが、今日は週末。お互い特に予定もなく、しばしソファでぼんやりとテレビをつけて過ごしていました。
冷蔵庫の中にあった材料で彼が簡単な朝食を作ってくれました。パンにハムとチーズをのせて焼き、サラダを添えるだけのシンプルなもの。それでも一緒に食べると格別の味がしました。そんな何気ない時間のなかで、「ああ、自分がずっと求めていたものはこういう安心感なんだな」と感じたのです。
前夜のような激しいドキドキは少し落ち着いたけれど、穏やかな愛情がそこにはありました。私の中の“奉仕”の感覚は、彼にとって必要なことをできる限りサポートしたいとか、彼を気持ちよくさせたいとか、そんなシンプルな思いだったんだと気づきました。
それから私たちは、恋人同士としての関係をゆっくり築いていくことになりました。最初はお互いの仕事の都合や生活リズムがあるため、無理せず週末や休みの前日に会う程度。たまには仕事終わりに食事に行ってそのまま泊まることもありました。
何度か会ううちに、自分でも驚くほど相手を大切に思う気持ちが増していきました。「今日は疲れていそうだな」「悩みがあるのかな」と思ったら、私のほうからそっと肩を抱きしめたり、マッサージをしてあげたりします。一方、私が残業続きで心身ともにくたびれているときには、彼は「今日は僕が全部やるから」と言って料理や洗い物、洗濯ものまで引き受けてくれることもありました。
もちろん、ときには衝突することもあります。最初は優しさだけがあふれていた関係に見えても、ずっと一緒に過ごしていれば言い争いだって起こります。それでも大切なのは、互いに「相手のことを思いやる心」を失わないこと。それこそが、私にとっての“奉仕”の本質ではないか、と最近は考えるようになりました。
私にとっての「奉仕」とは
「男性に奉仕した話」と一言で言うと、なんだか従属的なニュアンスが強く聞こえてしまうかもしれません。けれども私が体験した“奉仕”とは、「私はあなたを大切にしたい」「あなたと一緒にいるこの時間をもっと幸せなものにしたい」という素直な気持ちの延長線上にありました。
それは決して自分を犠牲にすることでもなければ、相手の言うとおりにすべてを受け入れることでもありません。むしろ、相手への想いを行動で示すことで、自分自身も幸せになる――そんな関係を築けるようになったと思います。
人によっては「それは奉仕なんて堅い言葉じゃなくて、ただの愛情表現だよ」と言うかもしれません。でも、私にとっては“奉仕”という言葉がぴったりでした。なぜなら、愛情を注ぐだけでなく、「支えたい」「力になりたい」「相手の心も身体も癒したい」という意識がそこにはあるからです。
もちろん相手も、私に奉仕してくれることがあります。むしろ今は、どちらかが一方的に与えるのではなく、お互いが相手を想い合う形になりつつあります。だからこそ、私はこの関係を大切にしたいし、彼と一緒にいるときに自然と「何かしてあげたい」と思う気持ちが湧き上がるのだと思います。
終わりに
振り返れば、その夜に彼の家を訪れたのは軽率だったかもしれません。けれど、あのとき私は彼に惹かれていて、「この人になら大丈夫」と思える安心感がありました。それ以降、お互いを思いやる関係のなかで、私が感じる“奉仕”とはただの自己犠牲ではなく、自分の幸せとも繋がっている――そう心から実感しています。
「男性に奉仕した話」というと、どうしても刺激的な響きがあるかもしれませんが、私の物語は意外と穏やかで、日常的な愛情表現の延長にあるものだったかもしれません。大切なのは、相手の気持ちや状況を考えて行動すること、そして自分の想いも素直に伝えること。そんな当たり前のことが、お互いを満たしていくためには大事なのだと、私は改めて学びました。
いまでは、彼の家の合鍵を渡されるくらいには、信頼し合う仲になりました。まだまだこれから先、どんなことが起こるか分かりませんが、私のなかでは「奉仕したい」「支えたい」と思わせてくれる相手がいて、その想いを受け止めてくれる関係がある――それだけで、毎日が少しだけ輝いて見えるのです。
これが、私が経験した「男性に奉仕した話」です。もしかしたら拍子抜けするくらい地味で、小さな幸せの積み重ねにすぎないかもしれません。でも、その積み重ねこそが、本当の意味での充足感をもたらしてくれるのだと、私は信じています。
以前に増田で個室ビデオ店に勤務していた頃の経験を書いたことがありますが、まさか同僚にはてな民がいるとは知らなくて、投稿からちょっと経って人伝にそれを知り、怖いというか恥ずかしいというか、そいつにバレるのも嫌なので以降その経験をネットで公表することを自分に禁じました。
ですが、だいぶ前にやめたし、その同僚もその職場からいなくなっているとのことなので、ちょっと思い出したので書こうかなと。
以前に書いた時には、実際のところ勤めたばっかりだったのでよくわかりもせずに書いていたのだけれど、その個室ビデオ店は少々特殊だったのです。
全部で大雑把に100室近くもある大型ビデオ店は、その個室フロアが2階に分かれているんだけど、構造的にお客さんがぐるぐる通路を回れてしまう特徴があって、それがどうやら一部の客の趣味にとって功を奏したらしいのです。
最初の頃は、店内にたくさん設置されていた通路上の防犯カメラ映像を眺めていて、
と不思議だったのですが、それら徘徊客は多分ほぼ全員が、出会いを求めていたのですね。
そう、勤めていたその個室ビデオ店は、女装客が集まる場所として相当有名だったのです。なぜそうなったのかは知りませんけれど、その県内では、有名な女装フリークが集まるところが二ヶ所あって、その個室ビデオ店はそのうちの1ヶ所だったのです。
女装客とのアレだなんて世界があるとか全く知らなかったのですけれど、それは単に知らなかっただけで、アダルトビデオのカテゴリーの一つにはちゃんと「ニューハーフ」ってカテゴリがあるんですね。
で、その個室ビデオ店は、DVDの品揃えのうち、ニューハーフの品揃えもそこそこ豊富だったのです。
なるほど、それが女装客にアレを求める客への動線にもなってたのかな?だなんて勝手に思ってたりもします。
個室ビデオ店って、アレをするには、かなり都合が良いらしいのですね。
カラオケ店では初期の頃に、いかがわしい行為をする人たちが続出したせいで、条例とかで外から見えるような構造にすることを義務付けられているようですが、個室ビデオ店はそんな縛りないんです。
ですから、中には、女装客を別として、カップルで入ってきて、ラブホがわりに使う人もザラにいます。
でも、ラブホがわりに使う客って正直言って店員間では「イミフ」と思われてまして、なぜならラブホなら一室料金で二人行けるはずですが、個室ビデオ店って一人一室なので、二人で利用する場合でも2室取らないといけない上に、当然ですけど部屋の中に風呂場もシャワー室もありませんし、そもそも狭いのです。
ベッド仕様の部屋もありますが、ホテル業法で規制されているため、マットにシーツ引いてあるだけで、布団なんかありません。ブランケットを貸し出せるくらいです。
近所にラブホ何軒かあるのに、どうしてここを使うのか? ほんとにイミフでした。
・・・が、それらのカップル利用の中には変態趣味の方もいたようで、自分たちのプレイを他人に見せたり、あるいは参加させたりする人もいるようでした。
でも流石にそれは店にとっても迷惑なので、人が集まると注意もしてましたし、滅多にはいなかったようです。
ところが、女装目当てだと話は別です。女装趣味の人全員がそうではないのですが、大雑把には2/3程度の女装趣味の人は商売だと思われます。
よく知りませんけど、噂では一回3000円〜5000円取れるらしいです。お尻の穴だと万円以上は固いとか。噂ですけど。
同性同士の場合、売買春にはならないそうで、犯罪行為ですらないそうです。
まぁ、そういう別世界がその個室ビデオ店にはあったのですが、具体的に部屋の中で何やってるのかまでは流石に店員は知りません。
で、最近なら普通にネットの掲示板とかで、そういう女装客とそれ目当ての客は連絡を取り合えるのですが、女装客もピンキリで、「お前よく女装しようと思ったな・・・」としか思えないようなグロもいたりしますし、やはり見てから選びたいと思う目当て客も多いようで、そこで店内の通路を徘徊しまくる客が多いのです。
いやほんとに、たとえば1時間料金で入って、1時間ずっと通路を徘徊して出会えずに帰っていく客なんて普通にいますしね、中には徘徊時間が延長時間に突入して、そのまま無駄に延長料金払って帰っていく客さえいました。店としては大助かりで、何せ金は余計に払ってくれるわ、部屋は一切汚さないので清掃いらないし。
昔は、女装客を変に思う一般客もいたりして、女装客を禁止にしたこともあったそうですけど、そうすると店の売り上げが半減近くにまで落ちてしまうので、復活させたそうです。
しかし、どんなにそういう世界の中で働いているのに慣れてきても、慣れられなかったこともあります。
一番嫌だったのは、女装客ならまだしも、ガッツリのゲイの方たちもいたのですね。
全部が全部そうだとは思わないけれど、印象としてはゲイは酷いです。
ドア開けっぱなしにして、外から見えるようにして、ゲイ趣味同士を誘い込むのです。
女装の人はまだその点節度を守ってたようですけど、ゲイは節度がなかった。
こっちは掃除しなきゃだから、店内通路を移動するしかないのですから、ドアが空いてたら嫌でもそういう光景が目に入ってくるわけですよ。
ほんとにゲイって連中は酷いと思います、全員が全員そうだとは思いたくないけれど。
そういうわけで、県内で2軒しかない女装の人が集まるお店という特殊な個室ビデオ店の実態を少しだけ紹介しました。
もちろん、大半のお客様は普通にDVD選んで個室に入って、そのDVDを鑑賞しつつ、オナって帰ってくだけのお客様ですよ。
最近はスマホで簡単に無修正動画とか見れるのに、なぜわざわざ個室ビデオ店に金払ってオナるのかよくわからなかったけれど、32インチ以上の画面で見られるアダルトビデオを自宅で楽しめない旦那様にとってはなくてはならないお店なのかもしれませんね。
Permalink |記事への反応(13) | 21:32
https://anond.hatelabo.jp/20240826214121
まず、室温が高いなら下げればいいのです。実際に夫婦をやったことがある人なら知ってると思いますが、エアコンの温度はリモコンで変えられます。配偶者が寒いという場合は羽織るものやブランケットなど渡したら円滑に進みます。
つぎに、配偶者が出した食事が気に入らないなら買って食うなり外食するなりしたらいいのです。実際に夫婦をやったことがある人なら知ってると思いますが、「結婚したら絶対に配偶者が出した食事しか食べてはならない」というルールはありません。事前に献立を確認し、自分のニーズと適合しているか問い合わせた上で、なるべく早めに最終決定内容を共有すると円滑に進みます。
そして、配偶者が取る行動が気に入らない時、相談したらいいのです。実際に夫婦をやったことがある人なら知ってると思いますが、定型発達同士で日本語話者同士のカップルの場合、だいたい話し合えばなんとかなりますし、なんとかならない場合は離婚します。「怒鳴って解決」とか「ヒスって解決」とかはフィクションではみかけますが現実ではありえません。その先にあるのは破局のみです。
最後に、察してちゃんで解決することは何もありません。実際に夫婦をやったことがある人なら知ってると思いますが、夫婦って、役所で届けただけの他人です。言葉にして伝えても、10%伝わればいい方で、自分の思いが100%通じることは絶対にあり得ません。ましてや、言葉にせず分かり合えることは一つもありませんし、「察してくれ」で伝わろうはずがありません。自分だけが伝えたつもりでも、伝わったと思わないことが肝要です。自分の思いが誤解なく伝わっているかどうか、つねに疑って過ごし、なるべく解釈の余地がないやりとりを行うと、円滑に進みます。
とはいえ、夫婦というのは須く破れ鍋に綴じ蓋です。実際に夫婦をやったことがある人なら知ってると思いますが、欠点のない人間はいません。結婚前、非の打ちどころもないパートナーだと思ったとしても、一緒に過ごすうちに、欠点が見えてきます。食事を出してやっても感謝もない。クソ暑いのに冷たい食事を出してくれない。疲れているのに気づいてくれない。体調が悪いのに心配してくれない。感情的に号泣したり叫んだり怒鳴ったりする。ともにすごす時間が長ければ長いほど、見たくなかった知りたくなかった意外な一面と出くわすことは何度もあります。
それでも、日本は一夫一妻製の国なので、我が国が保障する夫婦においては、妻にとっての夫も、夫にとっての妻も、世界にたったひとりだけです。
実際に夫婦をやったことがある人なら知ってると思いますが、互いにかわりがきかないかけがえのない存在であることを忘れず、毎日帰ってきてくれることや、毎日食事を用意してくれることに感謝の心を持ち、常に謙虚に、そしてときには理不尽であろうとも、本心にそぐわない場合でも、配偶者が黒といえば白も黒と扱ってあげることができる程度の精神的なゆとりを持つことで、円滑に進みます。
2月の半ばにあなたが咳をし始めてから、それとなく「死」の一文字を思い浮かべることが多くなった。
それ以前、あなたが散歩を厭うようになったのを感じ始めてから、考えていたことが明確に姿を見せたともいえる。
日に日に食欲が失せていき、妙におなかが膨らんだのを見て、なにとはなく「あぁ」と思った。
2月14日まではたしかに芋を食べていたが、以降はそれも徐々に食べなくなって、それから一週間ほどでほとんどなにも食べなくなっていたと思う。
26日に薬を飲み出してからも、あまり改善したような様子はなく、そればかりかとうとう水も飲まなくなった。
それからというもの、いつものようにそのつもりはなくソファで夜を明かした私が朝方することといえば、あなたの部屋のドアを開けてあなたが出てくるのを確認することになった。
でもしばらくしてあなたは部屋の中だと苦しそうに呼吸するようになったので、私は一度部屋に入ったあなたを独断で出すことにした。
そうしたらあなたはいつもの場所で伏せて、静かに寝息を立てたので、私は安心してその日はベッドで寝た。
翌朝、部屋にいるはずのあなたが出ていたことを両親が驚いたと言っていたので、昨夜のことを話した。狭い場所がいけないのだろうとみんななんとなく思ったのでしょう。その日からは、夜になってもあなたを部屋に入れなくなった。
たしかそのころは夜が妙に眠かったので、私はたいてい日が回るより先に眠っていたと思う。
けれど3月1日から3月2日の夜中、私はたしか3時くらいまで起きてリビングにいた。1時頃にソファでタブレットをいじっていたら、こたつの向こうであなたが吐いた音がした。黄色いドロドロした吐しゃ物で、幸い敷いたペットシーツから漏れてはいなかった。あなたの足にもかかっていたのでウェットシートで拭いたけれど、だいぶしつこくて5枚は使った。空腹由来の嘔吐だったので、注射器でミルクを飲ませた。ほんの雀の涙程度だっただろうけど。
3月2日から3月3日にかけての夜中、その日はちゃんとベッドで寝ようと思って、夜中の2時に一度布団に入った。けれど、眠気が強くなる前にリビングに降りた。いつも父が明かりを点けたまま寝落ちているので、そうであれば明かりを消さないといけないと思ったし、前日の夜中にそうだったように、あなたがまた吐いていたらいけないと思ったからだ。
そうしてみたら、案の定明かりは点いていたけれど、予想と違って父は起きていて、リビングのドアの近く、あなたがいつもいる場所(それよりは少しドアに近かった)にあなたがいて、突然降りてきた私を見ていましたね。
事情はわからなかったが、あなたを父が構っていて、でも危惧していたことはなかったので、私はあなたの頭を撫でてベッドに戻った。
そうして翌朝の8時ごろに私は目を覚まして、すぐには起き上がれずにいたら、8時24分に一階から大声で母が私を呼んだ。
私はそのとき、至極冷静に「逝っちゃったかな」と思った。そんな気がした。そうだった。20分に逝ったらしかった。すぐに起きていればよかったかとも思ったが、そのおかげで私が記憶している最後のあなたは穏やかだった。
あとひとつなにか悔いがあるならば、兄に伝えなかったことだ。母はそう思っていなかったようだけれど、私は正直なところ、死ぬのだろうと思っていた。積極的には思っていなくて、痩せて骨の浮いた背を撫でて「そのうち戻るかな?」と考える頭もあった。けれど、意識的に先のことを考えたときは、やはり死ぬのだろうと考えていたように思う。
命日の約一週間前が私の誕生日だったので、兄は実家を訪れていた。そのころはまだなにかしら食べていたと思うので、ある意味ではまだ元気なころだったと思う。それを良しと捉えるか悪しと捉えるかは人によるだろう。
離れて暮らしていることを思えば、命日の一週間ほど前に会っていたのはよかったといえるのかもしれないが、なんにしても私が決めることではない。ただ、それらを自己決定に委ねるのであれば、一緒に暮らす者の所見としてその可能性を事前に提示すべきだったとも思う。
だからきっと、あなたが近く亡くなることを高い可能性として最も想定していたのは、実のところ私だったんじゃないかと思う。あなたが息を止めたとき、私はその場にいてもあなたを蘇生しようとはしなかったでしょう。あなたが咳をし始めてから二週間と少し、あなたがものを口にしなくなってから一週間弱、それだけ続いた苦しみがようやく終わったんだと安堵した。死んでほしくはなかったが、それ以上に苦しんでほしくなかった。
そう、3月2日の午後に、母があなたに薬を飲ませようとしたとき、あなたはそれをいつも喉に押し込むようにして与えられていたので、それを嫌がったのか、やや機敏に立ち上がって逃げようとしましたね。でも窓を向いていたの180度回って、ドア側に歩こうとして失敗して、こたつの布団に倒れ込み、再度立ち上がってカーペットを降りて、けれど結局テレビの前で伏せましたね。
それを見て、たしか私は先が短いことの確信を得たんだ。次の日とは思わなかったけれど、日曜の特に用事がない日の朝8時に、母が私を一階から大声で呼んだ、ただそれだけであなたの死を覚る程度には。
犬の寿命だとかを思えば覚悟をするべきだと思って、この数年、特にこの一年間はあなたをすぐに撮るようになっていた。そのおかげで、写真と動画は私が2018年あたりから撮ったもので800個以上ある。
ただ、私が一番好きだったのは、あなたがあったかくて、重くて(12kg~13kg程度だった)、大きかったことだ(体長はきっと85cm~95cmほどあった)。けれど不思議なことに、あなたの寝床を用意して、そこに入ったあなたの身体が敷き詰めた氷のように冷たくなったのを、私は良いことだと思った。亡くなったのは8時20分、兄が来たのは昼ごろ、それから寝床に入るまで、あなたの腹はあたたかかった。あなたが朝まで生きていたことの証明で、あなたがこのままでは傷む一方であることの証左だった。
そのほうがらしいからといって、あなたの舌を少し出しておくことになった。はじめ1時間くらいはいつものピンク色だったけれど、それ以降は紫色になった。目は昼ごろになってようやく閉じた。鼻が乾くのは早かった。散歩中、エチケット袋が開かないときによく借りていた鼻だった。
きっとそのうち、こういう些細なことは思い出せなくなる。思い出さなくなる。人間の脳みそはそういうふうにできていて、当たり前のことだから、悪いこととは思わない。ただ、残しておきたかったのでそうする。
命日当日中には兄のほかに父方の叔母と祖母が来た。近くに住んでいる近親者が全員来たということだ。叔母は手紙を残してくれた。住所を書いたそうなので、一緒に燃して、あっちで読んだら来てもらうそうだ。
3月4日の19時に火葬することになった。祖母は祖父の看病が終わり、さらに退職して自由な時間を持て余しているようで、参加してくれた(たとえそうでなくともきっとそうしてくれたと思う)。義姉も参加してくれた。叔母は仕事が空けられないので参加できなかったが、予期しておくことなどできないのだから仕方がないという外にない。
車の店でもらったひざ掛けのサイズがちょうどよかったのであなたの冬のブランケットにしていたが、最期までこうも役立つとは思わなかった。あなたの身体を寝床に入れたり、火葬のための設備に収めたりするときに、担架のように使った。焼かずに残っているが、なにかにリメイクでもしたほうが良いのだろうか。
あなたの骨は思っていたよりも丈夫だった。納骨袋の側面に小さな遺影を入れられるスペースがあって、けれど遺影ではなく、火葬の直前に切り取った遺毛を入れることになった。アクセサリを入れるための小さなジップつきクリアポーチに入れたが、サイズがちょうどよかった。桐の箱などに入れたほうが保管状態としては良いそうだ。検討したほうがいいかもしれない。
火葬した日の夜中に、私は遺骨ペンダントを注文した。驚いたことに翌日には届いたので、あなたのおそらく爪と目の周りの骨を少しもらった。由来のわかる(想定できる)骨のほうがなんとなく良い気がした。目の周りの骨は大きかったので少し砕いた。あなたに私が行く先を見ていてほしかったので、目の周りの骨にした。
これを書いているのは3月7日の夜1時だ。あなたが逝ってもうすぐ4日になる。私は泣くとき、いつも喉になにか手のひら大の球が詰まったように痛くなる。けれど、あなたを惟て泣くときは、喉は痛くならずにただ熱い涙が出る。理由はわからない。悲しいわけではないと思う。どうなんだろう、あなたがいないことを考えるとそうなる。これを悲しいというのかもしれない。
書いているそばから嘘になったかもしれない。今は少し喉が痛い。けれどそれでも息ができないほどではないから、やはりなにか違うらしい。
こたつの中で足先になにか触れると、一瞬あなたかと思う。私はいつも発作的にあなたに飛びついて構い倒す癖があったので、今もふとした瞬間に無意識にあなたの名前を言いそうになる(すんでで止まる)。私がいつもの椅子に座っていたり、廊下や洗面所やキッチンでしゃがみこんでタブレットをいじっていたりすると、いつの間にかあなたが足元にいましたね。あれがとっても好きだった。あなたは私によくついてきてくれた。
これからは私があなたを連れまわす。一緒に行けなかった旅先にも連れて行くし、3月いっぱいで契約満了を迎える今の出向先にもひっそり連れていってみよう。遺骨ペンダントは失くしてしまいそうで怖いが、そうなったときはあなたがきっとそこを気に入ったということなのでしょう。そもそもあなたは昔から衣服やらカバンやらに毛として引っ付いてきていたので、今さら真新しいことはなにもないのかもしれないけれど。
前編
俺はこの、増田という日記帳に書き込んだのは実は昨日が初めてなんだ。
婆パンジーの教えに「新しいコミュニティじゃ半年ROMりゃなあかん」というものがある。
それがここまで多くの人に読んでもらえるとは思いもせず
交通安全啓発の一助となったのならチンパンジー冥利に尽きるというものだ。
(実際15年くらい2chやらSNSから離れていて頭チンパンジー)
このように書かれており、ニンゲンに従順なチンパンジーの一匹である俺は従わざるを得なかった。
また勢いに任せて書いてしまったこともあり、色々と指摘もあったのでドライバー編にも後日修正を行う。
母パンジーには幼少より口を酸っぱくして
こう言われて育ってきたため、レンタルキックボードくらいの経験しかない。
幼少の頃より憧れはあったものの、運転には才能と訓練が必要らしい。
その中で、チャラチャラしたチンパンジーが通りがかりのニンゲンの女ライダーに
パンクも直せないのならバイクに乗るな、とボコボコに殴られるような描写があったのを思い出した。
確かにバイクでツーリングする場合、山道など自然の多い場所に出掛けている人も多い。
統計的には、クルマとバイクの事故の発生頻度はそれほど変わらないらしい。
ただ、万が一事故に遭ってしまった場合の、肉体へのダメージが大きいということは容易に想像できる。
これは考えてみれば当たり前で、バイクは生身の体が飛び出しているわけだ。
ヘルメットだけでなく、グローブや肘・膝・胸部プロテクターなど最大限の安全装備を整えろ。
分かったな、間違ってもTシャツにサンダルでブロロロするんじゃないぞ、そこのチンパンジー。
近所だからいいとか、田舎だからいいとか、そういう気の緩みが事故の元なんだ。
仮にお前の装備が不十分だったために、亡くならないまでも、一生残る傷を抱えてしまったら?
もちろん、轢いた方が悪いのはそうだが、その人に一生消えない後悔の念を残すことになる。
外気に長時間さらされるということは、当然疲れるということだ。
そういったところでお土産を買うのもツーリングの楽しみ方のひとつだろう。
確かに免許は高い。高いが、免許を取ることは自衛にもつながるから
近所に子供を乗せながら、傘を差しながら、電話をしながら運転しているチンパンジーを偶に見かけるが
あまりに少ない睡眠時間だと、アルコールで酔っ払ったのと同じくらいの脳の反応速度になるらしい。
お前が営業で外回りをしていたとしても、うとうとしたのなら仮眠を取れ。
最近じゃ、俺たちチンパンジーの運転の様子を記録する会社もあるらしい。
「うるせえ!!!!!」
これは俺だけかもしれないが、眩しいと眠くなる気がする。
サングラスを用意しておけ。
夜、見づらくなるやつは、昼夜兼用のドライビングサングラスのようなものがあったような気がするから
そういうのを試してみるのもいい。
どことどことどこのPAまたは道の駅またはコンビニに寄るかきちんと考えておけ。
お前は漏らしてもいいかもしれないが、トイレが近いパンジーもいる。
それを恥ずかしがって言い出せないパンジーもいる。
冷房の温度にも気を使え。お前は毛深いから寒くないかもしれないが、同乗者は寒いと感じているかもしれない。
ブランケットも用意しておけ。
別にドラマの如くドアまで開けて、頭をぶつけないよう手をかざせと言っているわけではない。
だが肉体的な性差への配慮をこっそり行うのは紳パンジーの責務だ。紳パンたれ。
500mでも1,000mでもいい、とにかく車間を空けろ。とにかくチンパンジーだ。
お前はクルマを完全停止させるのにどれだけの距離が必要だか把握しているのか?
俺はしていない。そんなことはニンゲンに任せておけばいい。
俺たちは、とにかく車間を空けておけばいい。
50mでも100mでもいい、ちょっと空け過ぎかな?あれ、後ろに煽られてる?
そのくらいで丁度いい。
イキったチンパンジーが痺れを切らして左車線から追い抜いてくる、その程度で丁度いい。
※そもそも左車線を走れ。
最近職場で与えられたクルマは、よく分からないが勝手に前の車を追随し車間も保ってくれる。
三段階で車間を設定できるのだが、その車間でさえ、イキリチンポンジーはあおり散らかして左からその車間に収まってくる。
高速道路を運転するとき、バックミラーを見ないくらいの王者の風格を見せつけろ。
※ベテランドライバーはバックミラーを10~20秒に1回くらい見るそうです。ちゃんと見ましょう。
お前も、車校でベテランドライバーとチンパンジーの視野の比較映像を見せられたことがあるだろう。
例えば数台前のクルマや、隣や後ろを走るクルマや、はたまたコンビニの駐車場から出そうなクルマなどに
こういったあらゆるモノの影からびっくりチンパンジー!の可能性を常に考えている。
いきなりチンパンジー、またもやチンパンジー、あたかもチンパンジー、ココカラチンパンジーというわけだ。
そしてチンパンジーは"絶対にいる"運転へとアップデートしていけ。
そして伝説へ。
まず気をつけなければならないのが、逢魔が時。
夕方の薄暗くなった時間帯のことを指すらしい。なんと詩的な表現なんだ。
それはさておき、なぜこの時間帯がそう言われるのか。
これは、暗順応という眼の機能が関係しているとか関係していないとか、俺にはよく分からない。
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/anzen/hakubo.html
実際にこういう統計が出ているようだ。
とにかく、夕暮れ時には気をつける。それでいい。お上の言うことは素直に聞いておけ。
例えば、お前が仕事を終えて17時頃にクルマで帰社するとする。
当然お前は疲れているから、注意散漫になっている。
ドラマが始まっちゃうから早く帰らなきゃ?お前はいつの時代のチンパンジーだ。
コンビニに少し停めてコーヒーでもエナジードリンクでもいいからカフェインを入れろ。
すると今度は夜眠れなくなるのでほどほどにな。
ハイビームを使いこなせ。
田舎で鍛えられたチンパンジーは野生動物との邂逅が日常茶飯事だろうから癖づいているはずだが
最近はコンクリートジャンクルで産まれ、一度も森に触れることなくその生涯を終えるチンパンジーもいるという。
道路に寝転がっている酔っ払いをお前が轢いたとしても、お前の責任が半分になることもある。
昼間より気をつけて、ゆっくり走れ。
チンパン社会と同じだ。空気を読んで周りと同じくらいの速度を出せ。
ただし赤信号みんなで渡れば怖くない、みたいなチンパンは辞めておけ。
みんなで作る、平和な交通社会だ。お前だってインドのようなクラクション地獄は嫌だろう。
前回のトラックの後ろをなるべく走らないという話にも繋がってくるが
黒塗りスモーク、見たことないエンブレム(高そう)、○ル○。○、若葉マーク、もみじマーク、教習車、わ・れナンバー、他県ナンバー…
挙げればキリがないし、多少なり差別的な思想になってしまうので
みなまで言わないが、なるべくなら近づくな。
ただしBaby in thecar. このステッカーだけはマジで意味不明。だからどうしたオブザセンチュリー。
俺は人生でなんと5回も交通事故に遭っている生粋のADHDパンジーだ。
※身バレを防ぐために、多少盛ったり控えめにしている
なお俺は森の王者チンパンジー。一度も骨折したことはない。野生動物最大のアドバンテージが出たな。
幸いにして運転者としては無事故で、昨年ようやくゴールデンチンパンジーに相成ったところだ
チンパンジーだからこそ運転しないと商売にならないことだってある。
お前たちだってそうだろう?求パン票にも、普通自動車免許が条件の会社も多い。
ただこうした経験があるからこそ、自らへの戒めとして今回筆を執ったまで。
警察官でも教習所の職員でもない、一介の野良ADHDパンジーとしてキーキー喚こうと思っただけで
このふざけた文章にたくさんのコメントやブックマークがあることには大変嬉しく思う。
動物に例えるの分かりづらいという声もあったし
たまにチンパンジーが運転しているのを想像してニヤニヤしながら書いていて気持ち悪いし
書く方も読む方も次第に飽きてしまうような気もしている。
ただ、他にいい書き方が思い浮かばない。
あえてチンパンジーとすることで、書く側も読む側もストレスが少ないようなそんな気はしている。
バーチャル化というか、少し耳の痛いことでも頭に入りやすいというか。うまく言えないが。
これからも試行錯誤していきたいが、チン権の保護を訴える団体が現れたら削除を検討する。
このあたりか。途中で飽きたら悪いな。
今日知らないBBAがベビーカーにかけてあったブランケットを勝手にめくり、私の赤ちゃんの足を勝手に触り(素足だった。わたしは旦那に赤ちゃんに靴下はかせるようにしつこく言ったけど旦那はいいのいいのブランケットかけるからと言って靴下はかせなかった)
「足が冷たい」と言いやがった
(※赤ちゃんは手足が冷えてても体が暖かければ問題はありません。赤ちゃんの手足があったかいとそれはあたたまりすぎなので乳児突然死症候群のリスクがあがります)
旦那は上の子に気がとられており、BBAはそのすきに赤ちゃんに触り、上の子にも接触しようとした
旦那、赤ちゃん、上の子が私がスーパーでの会計が終わるのを待っている間に起きた犯行
もう昔と令和は子育ての常識がかわり、他人のJJIBBAがよその赤ちゃんを触っていい時代ではないのよ
それからトコジラミというのが世間で流行っていて、他人と接触するとトコジラミとコロナとインフルエンザその他のリスクが発生するのよ
その文章がどんなだったかはもうほとんど覚えていないけれど、挿絵として載っていた漫画でチャーリーブラウンが言っていたことは今でもふとしたときに思い出す。
大雑把にまとめると、「安心」とは車の後部座席で眠れる状況のことで、そしてそれはある日突然、永遠に失われる、みたいな内容だった。
私は昔から車に乗ればすぐ眠れる性質だったので、これを読んだ当時はなるほどなぁとすごく共感した。
家族で遠出した際、一人っ子だったために独占状態だった後部座席で横になり、夜のラジオを聴きながらブランケットにくるまってうとうとする時間が大好きだった。
でも、高校生の私も、横になれこそしないもののまだまだ車内では眠らせてもらえる存在で、それが「永遠」に失われるとはどういうことなのか、実感としては分かっていなかったのだと思う。
免許を取って数年は、まだ両親の運転する車に乗る機会が多かった。
通勤時もついでだからと送ってもらっていたし、そもそも自分の車がない。ときどき家族の車を借りて練習程度に乗るくらいだった。
それでももう、その頃には後部座席でも助手席でも意識的に起きているようにはなっていて、移動中に眠るのは専ら夜行バスや電車、新幹線だけになっていた。
それから更に数年。母が持病の関係で運転できなくなったので、職場への送り迎えや日々の買い物の際、ハンドルを握るのは私になった。
車も自分のものを買った。両親に加え祖父母を乗せることもあるので、幅の広い乗用車。通勤でもレジャーでも、当然自分で運転する。誰かの飲み会の際はタクシー代わりになることだってあった。
しかし、この頃から父の運転する車は私にとって居心地のいい空間ではなくなっていて、おそらくこのとき私の安心は永遠に失われたのだろう。
ある日、父が同居していた祖父母たちを追い出した。元々折り合いは悪かったのだけれど、私にとっても母にとっても非常にショッキングな出来事だった。
私は祖父母に育てられたようなところもあるので、経済的、社会的立場が弱い祖父母の味方についた。それ以降父とはほぼ絶縁状態である。
母の病状も悪化する一方だ。進行性の病気なのでどうすることもできず、父の居ない隙に様子を見に行くことしかできない。
祖父母と母。この二つを訪ね、二つ分の病院に通い、二つと一つ分の買い物をして、出社日には私を職場に連れて行く。それが私の車の仕事。申し訳ないが、美しい景色を見に遠出……とか今はちょっとできそうにない。
さすがにちょっと疲れてしまって、帰宅後リモートワークを再開すれど、進捗はあまりよろしくない。終業後もぼんやりとして、そろそろ夕飯の支度をしなきゃなと思っても立ち上がれない。眠ろうにも眠れないのでこうしてうだうだと日記を書いている。こんな日が本当にたまにやってきて、そのときふと後部座席の話を思い出すのだ。
私はもう大人で、運転席に座る側の人間で、たとえこれから恋人やパートナーができたとしても、やっぱり私はドライバーかもしれないし、助手席であっても事故が起きないよう常に気を張っていないといけない。
後部座席で眠っていた頃には戻れないんだな、と。今は実感としてよく理解できる。
子供が一人いる男性だが、夜の営み、まあセックスのコスパが悪くてめんどくなってきている。
セックスしたい気持ちはそれなりにある。というか結構したい。もっとしたい。
だが、妻の体調がよくて、子供を早く寝かせて、妻をその気にさせて、実際するまでたどりつくまで、なかなかハードルが高い。
まず、だいたいいつも妻の体調が悪い。もう産後3年以上経っているが、慢性的に腰がつらいようだ。
それらがたまに調子よくても、頭が痛いと子供より先に寝たりしている。
というか、昼間も寝てる。夏休みのいま、子供の面倒はだいたいフルリモートワークのおれが見ている。
朝、妻は起きてこないので、子供に飯を作り、ごみを捨てる。子供にyoutube見せるかたわらで仕事をする。
昼頃起きてくるので、昼飯を作る。食べたらまた妻は昼寝に行く。子供がレゴで遊んでる側で仕事をする。
夕方、まだ寝ているときもあるので起こす。夕食作りを一緒にする。
子供を風呂に入れる。子供は寝ずに遊びだす。頭が痛い場合、妻はもう寝てしまう。
さて、こうならなかったとしよう。たまたま子供の方が先に寝て、妻の調子がいい時だ。
しらふでは恥ずかしいとか言うので、まずは酒を飲もうと誘う。飲みすぎると酔いすぎたと言って寝るので、いい量で止める。
タッチしたりして誘ってみる。この時点でも、今日はちょっと…とか言われることはある。
そうやって、たどりつくのが半年に一度ぐらいだ。半年ぶりの逢瀬が楽しく素晴らしいかというと…正直そうでもない…。
なんというか、ノリがよくない…。されているだけ、しているだけで楽しみ感がない…。
実際のところ、身体つきもだいぶ…よくはない…。ほとんどの人は歯牙にも掛けないだろう。調子悪いと自分自身の反応もよくない…。
それに場所も悪い。子供が唯一のベッドで寝ているので、リビングの床にブランケットとかしいている。硬い。
まあ気持ちはいいので至りはする。その後、シャワーでもうひとイチャつきしたりしたいが、妻はさっさとシャワーもせずに寝てしまう。
おれは一人でシャワー浴びて、まあできたし良かったのかなあ…次はいつなのかなあ…死ぬまでにあと何度なんだろうなあとか思ったりする。
まあ、おれがあまり良くないのかもしれない。それにしたって、もう少し楽しくしたい。もう少し多くしたい。
そこまで楽しいとも思わない(ハードルが高すぎるせいかもしれない)のに、まだしたいのは謎ではある。本能が悪いのか。
とはいえ、がんばる割に得るものが少ないので、だんだんと誘うのもめんどくなっている。どうせできやしないので、期待するだけ無駄な話だ。
一人で酒飲んで、妻子が寝ている間にインターネットをうろつき一人で処理する方が心は楽だ。その方が「楽しい過程」を見ることができるし。
妻子もいて、一人でしているのは空しいなとたまに思ってしまうけれど。
こんなにコスパ悪いなと思っていると風俗でも行った方が楽で楽しいかと思う。
実際、いくつか店を調べたり女の子の写真を見て、かわいいなあと眺めたりする。
だが、なけなしの金が出ていくのは辛い。それに、それでもまだなお、妻に悪い気がする。
子供のことを考えると、(ばれはしないとは思うが、それでも)「いい大人」として申し訳が立たないと思う。
高い金を出して、かりそめの時間を過ごしても、結局店を出ると虚しいんじゃないかと考える。