
はてなキーワード:ビルとは
アメリカ海軍の原子力潜水艦グリーンビルが、愛媛県立宇和島水産高等学校の実習船「えひめ丸」に衝突し沈没させ、教員・乗組員5人と生徒4人が死亡した事故から、今年で25年となります。
当時、事故発生後もゴルフを続けていたことが批判された森喜朗首相は、最終的に辞任する事態となりました。
今回の第51回衆議院議員総選挙で神奈川19区で小選挙区も比例も維新に投票した。とにかく、社会保険料を低くして欲しい、持続可能な社会保険制度にして欲しい、というのが基本にあったが、自民・国民・維新の候補者も良く分からなかったので事務所に電話したり演説を聞いたり選挙公報見て判断した。正直第一候補は国民の候補だった。
## それぞれの候補について
・事務所に電話するもボランティアの中年女性の対応が微妙だった
・YouTubeやX等で見たが、全体的にふんわりしている感じがした。
・最終日に宮崎台駅で演説を聞こうと思ったが、奥さんのポエム調の演説が長かった。本人が選挙区に居るのになぜ奥さんがここまで演説するのか良く分からなかった。本人の演説も全体的にポエム調だった。ハーフの出自で微妙にアイデンティティー政治をしようとしているのが気になった。オバマの広島での演説を薄めた感じ。
・数か月前に赤沢大臣が公民館のようなところへ来て演説会をしていたときに認識はしていた
・事務所に電話して秘書の方が対応してもらったが、結局折り返しの電話なし
・Xで駅前で演説スケジュールを見て行くも、ビラも渡されず、本人から握手などもなかった。ボランティアの人たちと握手していた。本人はYouTube用のカメラに向かって話している感じだった。市議会議員なども演説していたが、そこまで当選させたい感はなかった。
・小泉大臣が来るということでわざわざ別のエリアにある駅に行ってみたが、警官の警備が厳しいわりに演説が全体的にポエム調で、リモートワークでやや時間の融通が利くとは言え10分ぐらいで退散した。
・最終日に宮前平駅の最後の演説も行ったが、動員数は非常に少なかった。高市総理が隣の選挙区まで来たのにこの選挙区には来なかった等内輪ネタ的な内容が多かった。演説後もボランティアの人たちと握手をして写真を撮り、その写真がSNSにアップロードされていた。ボランティアの方のために演説しているようにも感じた。
・菅さんの応援メッセージも見たが、神奈川2区の後継者へのメッセージとの熱量にやや困惑した。数十年前の菅さんだったら、少なくとも2回は握手出来ていたのではないか、と勝手に思った。
・選挙公報を見てそこまで悪くはないと感じた
・たまたま駅前の商業施設前で演説していたので、少し会話をして悪くないと感じた
・SNSやYouTubeの使い方は微妙だと感じたが、国民や自民の候補の組織運営能力と比べてそこまで差があるように思えなかった。
・最終日に宮前平駅の最後の演説も行ったが、微妙に遠いところに居たので、握手は求められなかった。
## 結果を受けて
神奈川19区は最後の最後まで結果が出なかった選挙区の一つで、エンタメとして面白く見ていた。結局国民の候補は借敗率9割以上で比例復活したが、こうしたギリギリの戦いが来り広げられたのも自分が体感した組織運営能力の稚拙さが表れているようにも思えた。
維新の候補は借敗率が3割台だったが、数パーセント高ければ同じく借敗率が3割台だった神奈川10区の維新の候補のように比例復活出来た選挙だった。最後の最後で目の前の自分に握手を求める人たち以外の人たちに語りかけるのを止めていた光景を思い出す。ちなみに、数日前に期日前投票でその本人の名前を書いていた。
この選挙区は人口の5%程度が毎年入れ替わる点、やや人口が増加している点が特徴だと思う。そのため常に新規にどのようにリーチしていくかが問われる。自民の候補は「多摩川格差」の是正なるものを訴えていたが、それは東京に通勤通学する前提の発想で、このエリアで職住近接した生活が出来るならば多摩川の向こうがどうなっていようが関係ない。実はこの地域のある駅のビルをシンガポールのファンドが購入し郊外型ラボにしようとするなど郊外でのオフィス供給の新しい展開があったりする。数年前の財政審議会の分科会で「社会資本整備総合交付金」を都心の再開発に投入する意味はあるのかというような問題提起があったが、そうした議論を発展させることも一つの方向性だと思う。
もともとはURが整備したいわゆる「歩者分離」の街並みが多いが、2000戸数程度のURの供給数だけでなく駅前の一等地で謎の商業活動を行っていたりする。都心一極集中が進むなか郊外にオフィス供給を作ることこそ民間が出来ないことであり、何故民間でも出来ることをわざわざその劣化版として独立行政法人が行う必要があるのか、などを昨今の住宅問題と絡めて議論を提起していくのも良いのではないか。
ちなみに、「歩者分離」の街並みだが自転車での移動が微妙に面倒くさい、国際プールなる施設も近くにあるが設備の劣化が著しい、横浜市営地下鉄が微妙過ぎる(東京メトロや東急に乗るときにすごく快適に感じる)、なども面白いと思う。この微妙な横浜市営地下鉄が新百合ヶ丘まで延伸したとしてどのようなメリットがあるのか、全く分からない。今年の5%の一人として。
学生たちがランニングをしていて、俺はサボっていることになっていた。
丸太の影に隠れていたら、女子生徒が俺を見つけ「あ!サボってる!ちゃんと走りなよ!」と言った。
サボっているその場所は、俺の新しい家ということになっていた。
校舎まで戻ると、窓と窓の間に異世界への入口があり、向こうの生徒は異世界人だった。
窓を超えたら、他の場所に入れなくなって、「助けてニャー」と言ったら、男子生徒が助けてくれたが、「人間の肉体から猫に戻るにはこの部屋に入ってね」と言われたので、その部屋へは入らずに去った。
と、今度はデブな生徒が「こっちへ来い」と言ってきたので、ついていくと、大量の生徒がタックルして戦っていて、怖いので逃げ出す。
逃げ出した先では、生徒たちが巨大ビルを設計していたが、興味がないので去った。
暗い廊下を歩くと、そこに妖怪先生が来て、「こだまの意味を説明しなさい。そこのあなた」と言われたので説明すると「素晴らしい説明ね。新しい辞書にのるわね、その説明は」と褒められた。
しかし別の単語の説明を要求されると、説明を間違えて、「ブッブー、ハズレ」と言われて、耳から栗が生えてきたかと思うと、何かの溝から排出されて、芝生にコロンと転がった。
古くはブックストア談京都店として、ゼロ年代からは文教堂に買収されたJQ STORE京都店
ああっ女神さまっ三姉妹の等身大フィギュアが通り沿いに展示されていることでも知られていたが、
地下の模型屋ともども2019年5月に閉店
その後長らく空きビルになっていたが、2月から激安の殿堂ドン・キホーテ四条店がオープンするそう
2020年2月末に閉店したジュンク堂書店京都店の後に何が入るかずっと気になっていて、
2025年4月に眼鏡市場が入るとわかったときにはがっかりしたものだが、
今回のドン・キホーテ開店もなかなか膝から崩れそうな思いがした
べつにドンキを馬鹿にするつもりはないのだけれど、同じ通りのすぐ近所にダイソーの大型店がオープンしていることもあって、
正直展示としては五美大展の方が楽しめた。
個々の作品のレベルは当然藝大の方が上なんだけど、藝大の特に修士の展示は1人で1つの展示室を作らないといけないので、流石にそこまで手が回りきる作家はそこまで多くなかったなという印象。
これに関しては女子美になんかすごい人がいるんだと思う。去年の展示良かった。
しかし技術を売りにするフェーズはもう通り過ぎた、と言わんばかりの完成された作品が多く、それ故に強固な作家性が垣間見えたので、合う合わないもまた激しかった
彫刻棟で見た、柵に繋がれた単純化された白い犬が一番印象に残った(彫刻修士)
あと建築修士の銅板の加工のやつ、工作精度が出てるかどうかとか実用的かどうかは知らんし、確か藝大の先輩がもっと面白いことやってたと思うけど、なんか良かったね
同じく建築修士の超高層ビルに対する超横長ビルの案、大規模開発をつくろう!みたいなノリで良かった
あとどの科か忘れたけど、誰にもストレスをあたえないマスコットキャラクター、みたいなやつ、ちゃんと悪意が満ちててよかった。
作家性が貫通する秀逸なデザインだと思いました。アイデア自体はかなりカス寄りでありふれてたけど、正面からちゃんと受け止めたときの漏れ出る悪意。良かったです
あと油絵かどっかであえて換気扇回さずに臭いで勝負してた人、流石にキツイっす。油は換気しましょう
何にせよ面白かったです
2015年3月に北陸新幹線が延伸開業したことによって、首都圏から金沢へ行きやすくなった。
金沢駅に降りて、もてなしドームと鼓門の下を通り抜けてびっくりした。
駅前の一等地に高さ100メートル以上のビルが建っているではないか。
え?それがアリなのか?
金沢って、京都と同じ「古都」のカテゴリーの観光都市だったはず。
加賀百万石の歴史的経緯を生かした観光都市としてアピールしている。
新幹線開業に合わせて金沢城の庭園を再整備したり、現在も二の丸御殿の復元工事が行われている。
同じ「古都」の京都では建築物の高さ制限を設けて、古都の景観を自治体レベルで守っている。
近隣の大阪・神戸では、200メートル級のタワーマンションをバンバン建てて近畿地方の活性化を頑張っているのに、その空気を読まずに景観を守ることを優先している。
その京都市の取り組みを知っていると、金沢はそれでいいのか、いやそれで「古都」の方向性と両立できるのかと思った。
高層ビルが建っているのは金沢駅前だけで、本来の市街地である香林坊・広坂地区は低いビルばかりだ。
金沢駅前はビジネス優先で、旧市街は景観優先で住み分ける、という考え方もあるのだろう。
ではそのような住み分けは一切ナシである、新幹線駅前すら高さ制限を厳格に適用している京都市が厳しすぎるのか。
Permalink |記事への反応(14) | 12:01
双極性障害2型の診断受けて早数年。
躁状態といわれている時も鬱々とした気持ちがベースにあったから、ずっと双極性障害じゃないと思ってた。
でも、鬱状態▶︎寛解に入った今はじめて躁状態の輪郭が見えてきた。
・アクセサリーの量がとにかく多い
・性衝動がバグっており、飲んで男性の家をはしごしたり逆ナンで家に転がり込む
・毎月カードの支払いが月給を超える
・とにかくキレちらかす&高笑いばかりしていた(らしい)
・唐突な自殺衝動で首吊り用の縄を持ち歩いたりビルの屋上へ登る
その後鬱状態がきて外には一切出なくなり、徐々に寛解して行った今、あれは間違いなく躁状態だったんだと震える。
あの頃買った服は全て(露出が多すぎて)着られないし、なぜあそこまで性行為に執着していたのかも全く分からない。
躁は病識ないって本当なんだ。
密室で愛人を殺害した罪で逮捕された富豪で主席連合の幹部の座を狙うカモッラの幹部の主人公の下に引退間近の最強弁護人が現れる。彼女は3時間しか時間が取れないのでその間に弁護の方針を固めたいと話し、そのためにはこの事件の裏にあるもう一つの事件を解き明かす必要があると資料を差し出す。それは愛人と主人公が事件の3か月前に起こした世間には知られていない事故の資料だった。二転三転する事件の真相にあなたはついてこられるか。
みたいな話。
主人公の演技が迫真すぎるだろというツッコミはありつつもかなり良くできた密室ミステリだった。
映画は基本的に主人公と最強弁護士の2人の部屋の中と2人が語り推理する回想シーンのみで進行する。そして主人公は「信用できな語り手」として最強弁護士のツッコミやアドバイスをうけるたびに回想内容がコロコロ変わるという映像叙述トリックの形式で撮られている。
これ、この作品のすごさを説明しようとすると頭からケツまで全部のやり取りをまとめたものを書かないといけなくなるのでちょっと面倒くさすぎるのでそれはいったん置いておくとして。
映像叙述トリックものとして基本的に大事な情報はすべてお出しされているし「詳細に見れば」見破れるものになっている。最強弁護士は「貴方は私より頭がよくない」「大切なのは詳細」と繰り返し主人公を窘めるがそれは見ている我々に対する挑戦状でもある。
主人公が語る事件の真相を映像で見せて、それに最強弁護士が情報を与えたり推理することでまた別の角度が加わった映像を見せられる。そして最終的に最強弁護士が用意した罠を全て踏み抜いた先にある真相――結局、主人公が事件を全て隠蔽しようと愛人を殺害して密室トリックんがあるんだと言っているだけ――が提示される。
オッカムの剃刀すぎる。
後で実は犯人の片割れがホテルのスタッフだったことが写真からわかり(でもその写真は序盤から提示されていてその時点から犯人は写っており、その犯人は別のシーンでもしっかり写っている)、じゃあこういうトリックが成立するよね、なんてことを考える必要はまったくなかった、というわけではなく。
完璧な密室トリックが成立する(捏造できる)=最強弁護士による最強弁護が成立するが、そのためには「裏で起きた事故の真相を明らかにする」必要がある。そのことを主人公に納得させ事故の真相を自白させること自体が目的だったという着地の仕方の論理の美しさ。
さまざまな細かいやりとりのすべてがきっちりと回収されるフェアプレイの精神。
なんなら冒頭で最強弁護士が到着する際に、俺は「なんだこの白髪カツラ。見る作品の時代設定読み違えたか?それともこれイギリスの話(イギリスの裁判ではモーツァルトみたいなカツラを被る)だっけ?」と感じたんだけど、それすらもちゃんと設計された違和感だったのはもはや脱毛。
まぁもうこいつに頼るしかないっていう最強弁護士との限られた時間での接見中に主人公が迫真の顔して嘘をつき続けてる展開はいや流石にそうはならんくないか?という気がせんでもないし、そもそも最強弁護士はニセ弁護士で3時間の時間制限も本物の最強弁護士が来るまでの時間だった!というオチはいいとして、最強弁護士が来る時間をどうやってインターセプトしたんやという謎は残る。
が、まぁ全体からしたら些細なことかな。どちらもポジティブに解釈することで説明できなくもない。
ちゃんとオチの暴露では映像的なビックリも用意されているし(あ、それはそうと向かいのビルの部屋の住人の顔がはっきり見えるって表現、ちょいちょい映画で出てくるけどさすがに無理じゃない?俺の目が悪いだけ?)、良質なミステリ映画として十二分な合格点は与えられる。
点がハネなかった理由を敢えて上げるとしたらよくできたミステリではあったけどよくできた物語ではなかったので(息子を殺された夫婦の復讐譚としての一定の強度はあるけど)今一歩俺に刺さり切らんかったかなってとこかな。エンドオブトンネルの「トンネルを抜ける」みたいなのがあった方が俺は好き。いいミステリを見たなとはなるけどいい映画を見たなには今一つつながらなかったな的な。
そもそもでいうと地方移住は進めていくべきなのかどうかで割れてるからそこを固めないとだめじゃない?
栃木とか茨城とかへの移住を推進することで東京圏(高層ビルが立ち並ぶ都会部)を拡張していくみたいな方向も全然あり得る。
異常にコミカルなファイナルデスティネーションなんだけど妙にウェットな部分もある不思議な映画だった72点。
父親を早くに亡くした兄弟のビルとハルはある日物置でドラムを叩くサルのおもちゃを発見する。ねじを巻いてみたところ乳母が死亡。これはもしや人を殺すサルなのではと思った弟のハルはいじめっ子の兄のビルを殺そうとねじを巻くも母親が死亡。その後も引き取ってくれた叔父、叔母が死亡し恐れおののいたふたりはサルを封印。それぞれの道を行く。数十年後、ビルはろくでなしに、ハルは父親になるも子供の頃のトラウマがもとで子供を遠ざける日々。しかしビルがサルを取り戻しハルへの復讐を企んでいることが分かり……
というお話。
ちょっと予告編がよくできすぎてて期待感が上がりすぎていたのでそれは越えてこなかったなって部分で若干の残念さはあるものの、「理不尽な面白死を楽しむ映画」として「面白死」「演出」のどちらの点も一定以上の強度があるし、「死」をどう扱うべきかという部分で監督の一貫したメッセージ性が感じられるのもよい。
面白死自体はめっちゃ雑で大雑把なファイナルデスティネーションみたいになってる。例えばもっとも愉快なシーンで行くとモーテルのようなところで女性がプールに飛び込もうとしているんだけど、不思議な力によって電線が切れてそれがプールにつながる水に浸かってしまう。あっ、感電死するやつだ!と思って見てると、プールに飛び込んだ女性が爆散して主人公のところに足が飛んでくる。これがめっちゃテンポよく進むので、やりすぎ感と相まってついつい笑っちゃう。
演出面も強くて、叔父の死亡展開。捨てたはずのサルがなぜか叔父の家に置いてあってこれは呪いのサルでねじを巻いたら誰かが死ぬんじゃないかという話を兄弟でする。いじめっ子の兄は「巻いてみようぜ!」と言い出し、弟は「やめとこうよ」と言うんだけど、「やめとこうよ」のセリフを食い気味にシーン転換して叔父の葬式の場面に移る。テンポ良すぎるだろ!で、その後、ちゃんと叔父がどんな面白死をしたのかも映してくれるのもよい。
こういう死のわんこそばみたいな映画って同じようにギミック死が続くだけだから飽きるって問題があるんだけどこの作品はそれを演出面でうまく補完していると思う。
一方でFDシリーズみたいに「面白死アトラクション全振り」ってよりは(実際そういう側面も強いんだけど)監督のわりとウェッティな価値観も盛り込まれていて、主人公たちが母親から告げられ、最後にもう一度大人になった主人公のハルから子供に継承される「死は平等に訪れる、だから生きてる我々は踊ろう」という展開。
出てくるシーンはすげーバカみたいで不謹慎だろ!って思っちゃうんだけど、でもそれも一つの真理だよなと。
主人公のハルと兄のビルは「父の死」に囚われて「死を招くサル」を発見し、大切な人間を次々に失ってしまう。そして今度は大切な人間を失ったことに囚われて兄のビルは弟のハルへの復讐のために人生を捨ててしまうし、主人公のハルは新しくできた自分の家族(幸せ)を遠ざけてしまう。
おそらくだけどこのサルは単なる呪いの道具ではなくて「トラウマ」のメタファーなのかもと感じた。トラウマを無理に覆い隠そう、別のものにしようとすればするほど周りは不幸になり却って自分を傷つける。
こういった作品では普通は呪い道具を破壊して終わるが今作では主人公が息子に「サルはどうするの?」と聞かれて「これは俺が保管する。そしてずっと守って生きていく」と答え息子はそれに同意する。そして車の前を作中でも引かれていたヨハネの黙示録の馬に乗った死が横切り、主人公は軽く会釈をして見送り=死を受け入れ街を去る。
コミカルすぎる様々な死とこのウェッティな価値観の食い合わせが悪いと感じる人は少なくないと思うので、なんか思ってたのと違ったなぁってなる人も多い気はするけど俺は嫌いじゃないかな。
出てくる奴らみんななんかちょっとイカれてて死んでもあんま悲しくないのもよい。叔母が死んだときになぜか遺体搬送を応援してるイカれたチアリーダー部が最後に面白く全滅して終わるんだけど、これは「(死を他人事みたいに楽しんでる)お前らだよ」というメッセージだと思うんだけど、それはそれとしてウェットすぎないカラッとした終わり方でそれもよかった。
音楽の使い方もよかったし、人生に残る大傑作とかでは別にないけど面白死アトラクション映画としてもFDシリーズとの差別化もできているし普通に見てて楽しいし、意外とちゃんとしたメッセージ性もあって普通にいい映画だった。ただその食い合わせが気になる人はいるかなって感じ。
男性であれば、自身のものであれ他人のものであれウンザリとするのが軌道を逸れて床に飛び散った小便である。
(中にはまったくそれが目に入らない強者もいる(というかそういうやつのほうが多い?))
しかし、あれを完全に防ぐのは非常に難しく、男性にとってオシッコは失敗度の高い行為なのだ。
それを無くすためには、チューブ状のものを男性器にゼロ距離で密着させることで解消するしか無いような気もする。
ただ、そうすると衛生面での問題が出る。
他人と共有することになるトイレなどでは、少なくともチューブの先端(男性器と接する部分)は使い捨てを余儀なくされるだろう。
(ここまでの仮定の話、ついてこれてる?イメージしてね、オシッコ専用男性器接続チューブの様子を)
(ごめんなさいね、せっかくオシッコチューブの形を想像してもらったのに無駄になりました、ごめんなさい)
ではどうするのか?
と考えているときに閃いたのが、防空システムで使っているような監視網を装備した超絶技巧な可動式の小便器があればいいのではないか?
というアイデアだ。
つまりションベンを小便器へ向けて放出するのではなく、小便器のほうがションベンの軌道へと追従して、完璧に回収する方法である。
これならば衛生面をクリアするし、技術的にも可能なのでないか?
その実現の可能性をここまでの文章をAIに読ませて回答させてみる。
以下はAI様の回答です。
結論から言うと、「防空システム並みの監視網でションベン軌道を追尾する可動式小便器」は、
現実解としては「そこまでやるくらいなら、形状設計でほぼ解決できるので採用されない」というラインに収まると思います。
物理的にはその通りで、尿のビームは途中で離散して液滴列になり
(いわゆるPlateau–Rayleigh不安定性)、
その粒が固体面に当たると盛大に飛散します。
実験では、立ち小便で「距離が遠い・角度が立っている・水たまりや垂直面に当てる」と飛び散りが増えることが定量的に示されています。
共有トイレの発想とは完全に別枠です。
似た発想のものとして、「尿流の位置や速度をセンシングして解析するトイレ・センサー」という研究開発はすでに進んでいます。
また、尿比重や成分をリアルタイム測定する“据え付け型センサー”も試作・製品化されており、レーザー+カメラ+AIでストリームを計測する案まで出ています。
つまり
しかし「そこから機械側が高速に物理移動して、常にビームを完璧に受け止める」となると、以下の問題が出ます。
技術そのものは、産業用ロボット+センサー技術の応用で「原理的には作れる」領域ですが、
面白いのは、最近の研究で「30度以下の角度で当てれば飛散量が約95%減る」という“臨界角”が見つかっていて、それに合わせた新型小便器の試作が出てきていることです。 PMC11976717/)
Cornucopia とNautilus というデザインでは、
どこに当てても表面に当たる角度が30度以下になるよう、
巻貝状(ナウティラス)にしたりすることで、
従来型の1.4〜2%程度まで飛び散りを抑えられたと報告されています。
要するに、
という構造にしてやれば、「軌道追尾ロボット」ほど大げさな物は要らないのに、実用上はほぼ問題解決できる、という方向に研究が進んでいます。
という思考の流れは、「ユーザー行動を変えずに、ハード側だけで失敗を吸収したい」という意味で、発想のベクトルは最新研究とかなり近いです。
違いは、研究側は「幾何形状を賢くする」方向に振っていて、あなたは「アクティブ追尾システム」にまで振り切っているところで、後者はロマンはあるものの、実用の採算ラインを越えにくい、という感じです。
のようなハイブリッド案なら、まだ安全性・コスト・メンテのバランスを取りやすくなります。
要約すると、「AI に読ませて実現可能性を聞く」という実験の答えは、
というところに落ち着きます。
指摘どおりで、さっき自分が主に触れていたのは「当たったあとにどれだけ飛び散るか」で、「そもそも狙いが外れて床に直撃する」問題とは別レイヤーの話でした。
「狙いが定まらない」要因(床直撃側の話)
床に直撃する側の問題は、ざっくり言うと以下の要素が絡んでいます。
どうしても軌道誤差が出やすい構造になっている、という感じです。
現実世界側がこの「床にこぼれる問題」に対してやっているのは、かなり原始的です。
「軌道がブレるのをセンサーで読んで、小便器のほうを動かして拾う」という発想は、まさにここに突っ込んでいくアイデアですが、そこまでアクティブ制御している実用製品・研究は見当たりませんでした。
くらいのところで止まっているので、
「軌道追尾で完全回収」というのは、
まさにそこをさらに一段突き抜けた、
要するに、「何を問題にしてるか」はあなたの言う通りで、自分は一段下の“当たったあとの飛散”にずれてしゃべっていた、という認識で合っています。
ということらしい。
多分、あと5年くらいしたら、AIが俺のアイデアを元にして自動追跡型小便器の設計図を描くまでになると思うんだが、いまのところのAIではこの程度の話し相手くらいにしかならん。