
はてなキーワード:パリ症候群とは
思い描いていたハイセンスで優雅なパリのイメージと現実がかけ離れていて、旅行や生活が期待外れだったとがっかりしてしまうこと
パリ症候群(パリしょうこうぐん、仏: syndrome deParis, 英:Paris syndrome)とは、「流行の発信地」などといったイメージに憧れてパリで暮らし始めた外国人が、現地の習慣や文化などにうまく適応できずに精神的なバランスを崩し、鬱病に近い症状を訴える状態を指す精神医学用語である[2]。具体的な症状としては「日常生活のストレスが高じ、妄想や幻覚、自律神経の失調や抑うつ症状をまねく[3]」という。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4
しょぼ追記
朝見たらトップページに載ってて数年前のふわっとした思い出読んでもらえてありがたいかぎりです!!あとニイハオのくだりご不快になった方申し訳ありません!!
ブコメトラバで複数指摘のあったパリ症候群って何...?と思ってググったら「パリにやってきて、後に生気を失った顔で帰国する日本人女性」て書いててまままま増田そのまんまやんけ!!!!とすごく笑っちゃいました良い言葉だ!!!
TOEIC模試の増田の現在のスコア300点弱というアホアホスコアなので奇跡的に英語力が伸びたらまた記事書きたいですそんな未来が来るのか果たして
ごめんもういっこ追記!
パックツアーだから良いところしか見てないけどぶっちぎりで良かったのはポーランド!!次点チェコ!!!そしてここに書いたイギリス!!!
オーストリアは国に全く罪は無いのですが公園で休憩してたら寄ってきた現地のオッサンにいきなりベロチューされて増田のファーストキッス終わったので二度と行きません!!!!ゴメンオーストリア!!!!
追加終わり!
本文はここからです↓↓↓
タイトルの通り!!!!!新型コロナ流行1年前の話。パックツアーでチェコ、スロバキア、ハンガリー、オーストリア、ポーランドには行ったことあります。
主題の個人旅行のフランス+おまけのイギリスについて垂れ流します。
増田は大学のフランス語の先生がちょっと厳しいけどオシャレで気さくで関西弁を喋り倒す素敵フランス人マダムで大好きだったので、卒業してしょぼい会社の事務員になってからも細々と勉強をしていた。頭は良くないので在学中にやっと4級、卒業後数年してやっと3級を取った!!
このタイミングでそうだ!海外旅行しよう!となり、増田含め全然英語もフランス語も喋れない友達と個人旅行に行くことにした。友達はイギリスに行きたいと言っていたのでヒースローで降りてイギリスとフランスに何日かずつ滞在し、最後にシャルル・ド・ゴール空港から日本に帰ることにした。
イギリスはとても良いところだった。友人の選択は正しかった。ロンドンと周辺の街しか行ってないけども。そりゃ住んでたら根深い差別とかはあるのだろうが、案内所の人、お店の人、道わからなくて聞いた市民の方、みなさん増田の中間テスト20点のアホアホ英語を一生懸命理解してくれようとしてやさしい英語で丁寧に対応してくださった。バスと電車何回も乗り継いで可愛い田舎町に行けたのはみなさまのおかげである。たまたまかもしれないがだいたい時間通りに来たし。街も綺麗でごはんは美味しくはないが食べられなくはないし、観光なら間違いなく楽しい場所だと思う。
問題はフランスだフランス!!ていうかパリ!!!地下鉄の駅が軒並みくせえ!!!美しい石畳の歩道も思ってたより犬(?)のウンコ落ちてるし!!!!どの店の人もめちゃくちゃ怖いし!!みんな怒ってんの?てレベルで唯一世界最古のデパートの店員さんが優しかったかな...?くらい
あと差別っぽいのを初めて体験した。ずっと日本にいると分からないものだなと...。通りすがったパリジェンヌのマダムたちが明らかにこちらを見て嗤っていたり(増田は本当に印象に残らないくらいの普通のワンピース、友達もシャツとジーパンで、DQN行為をする勇気も無くただ本当に普通に歩道を歩いていただけ)、お店でもだいたいニイハオシェイシェイで、増田がじゅすぃじゃぽねず...&友達がもあおすぃ...と言うとア〜...と言われただいたい。なんやねん。
良かったのはテキトーに買う食べ物飲み物がだいたい美味しかったことくらいか!?特にジュースは何買っても本当に美味しかった、日本でも売ってくれ。あとメダイの教会というところのお土産が祝福を受けたメダイ(メダル)で値段が恐ろしく良心的だったのと、そこのシスターさんは優しかったのとガチのミサに呼んでもらえたことか。ガチ過ぎてキリスト教の知識ないのにその場にいることが申し訳なくなり途中こっそり出た。妙に偉そうな乞食が出入口に立ってることを除けば良いところだった。
旅行前の理想ではフランスの空気いっぱい吸って帰国後思い切って準2級の申し込みをして勉強して〜、というプランだったのだがいざ帰国するとまったく!まったく参考書を開く気分になれなかった。だってフランスの空気くさかったし...人怖いし...ていうか行く直前火炎瓶投げまくってたっけたしか...ごはんは美味しいけど高いし...と、美しく格調高い国というイメージがなよなよに萎えてしまいもっかい行く気にはなれなかった。パリ以外はそんなことなかったのかな。
そこから長期間何も勉強していなかったが、最近重い腰をあげてTOEICの勉強でもしますか...となり増田に決意表明も兼ねて思い出話を投稿させて頂きました。
がんぼるぞい。
Permalink |記事への反応(11) | 22:56
日本の京都がそのまま首都だったらこうなるんだろうというのを疑似体験できる。
そしてそれがあんまり気持ち的には快くない。なんというか窮屈な雰囲気と先進的ではないなにかを感じる。
好きな人は好きだろう。でもここに住む日本人はなぜか日本語で(!)日本の悪口を言い続け10年住むような矛盾に満ちた事をする。そして嫌になって帰った人はフランス語でフランスをディスる。(そしてどちらもドヤ感がある)世界の不思議。
なにより超不潔。雨が降ったら透明な水溜りがない。日本の水溜りってだいたい透明じゃん?
ぜーんぶ小中学校の頃にみた運動場の水溜りみたいな茶色でそのなかにタバコの吸い殻が大量に入ってる。地獄のように地面が不潔。
でもハムソーセージ、日本でいう赤ウインナークラスが、日本で食べるお中元クラスの味。これは最高。でもとにかく不潔。ただただ、不潔。
実際の彼らの掲げている理想と、実際の行動とのギャップには、驚くよ。
こっちが、期待しすぎなのかな。。
甘んじて、罰を受けずに、逃げ延びる人が何か、主張しちゃうってさ。
印象でしかない。
ある意味、無敵の人というか、元々強者の立場にいる人が、更にルールを無視してというか。
太平の世を治めるために、法律やルール・ガイドラインを考えたわけで。
日本人は、割とルールを守りましょうってのが、江戸時代からの流れというか。
もう、司馬遼太郎的な感じでサラリーマンが出世していく時代でもないし。
上司に忖度していたら、引き上げてもらえる。ゴマすっていたらいいよ、って時代じゃないしなー。
グローバルな時代って、なんでもありな、異種格闘技戦というか、総合力だよな。
総力戦。
強くならなきゃね...。
何が正しいかだなんて、後付けでしかない、って世界なんだろうな。。
国連で直に非難決議貰うという、先進国ではありえないくらいの話を日本が受けて問題になってる外国人研修生問題だけど
何でこれが最近になってめっちゃくちゃに騒がれてるかというと、為替の話が関係しているんだよね、何故か政治家や官僚に至るまでみんなこの辺を理解できないとか外国人は軟弱だ!とか根性論にすり替えてるけど
例えば、東南アジアやかつての中国や韓国、90年代や00年代の頃は、死ぬ思いをして密入国してでも日本で働きに来てたけど、時給の相場はたいして変わらなかったといわれてるんだよ、つまり時給400円とか500円みたいな子供の小遣いみたいな値段で、コキ使えてたし、向こうも文句言わなかったわけ
何故かというと、これを自国の通貨で換算したら、日本円で言えば年収7~800万くらいに相当するくらい、為替の差があったからというところが関係してるんだよね。
はてなでたむろする男嫌い拗らせてる不細工拗らせてポリコレ棒振り回して、そんな妄想BL漫画の中だけで書いとけよというキ×××そのものの妄言を政治的主張と吐き出す淑女に、たかが稼ぎが1万円上か下かでマウンティング合戦に、年収詐称を繰り返しては空しく金もないから暇ではてなで勝ち組のなりきりをして、今時少年漫画の悪役でもいわねーようなコテッコテの弱肉強食論を振りかざす現実逃避以外の何物でもないことを今日もシコシコしている紳士の皆さんは当時の彼等の環境を自分がもし、というので考えてみればわかるでしょ?
時給で言えば3000円~5000円クラスの仕事に相当する稼ぎを叩き出せてるんだから、そりゃきったねぇキモハゲ親父の×××や××××だって×××できるだろうし、実写版ジャバザハットみたいなバケモノババアの×××や××だって×××しまくってお姫様に尽くす王子様にいくらでもなれるでしょう
で、今はアジア諸国の経済成長で通貨価値がどんどん上がって、日本は通貨安にどんどんなっていってるから、結果として「かつての破格の高給」が「ありえないレベルの薄給」に転落したから、奴隷労働だろうが!と文句を言われてるというわけ
他人事じゃないからね、これ、日本の経済力落ちて一番最終的に困るの、日本人全体だから、海外言って稼げばとか外資いって稼げばいい、とかパリ症候群拗らせて妄想の勝ち組生活や空論を経験談みたいに振りかざしてる場合じゃないのよ、おわかり?
格差社会とかそういうのに関心高いじゃないのあそこって
でもさ、アメリカはプログラマーだと1000万円もらえるらしいというページのブックマークだと
学生が日本とは比べ物にならないほど高い学費を抱えていたりすることも触れない
なんていうか、あいつらのつまみ食いにはうんざりすることが多い
なんなんだろうね、この交わりのなさ
同一人物ではないとは思うんだけど、何かしら意見の交換が行われてもいいはずなんだけど
ぜんぜん意見が交わらない
これあれだな
出羽守イナゴの大群が、信じたいものを信じたいように信じてるって感じ
その時その時でなにかネタについて騒げたらそれでいいって感じだろうな
だけど、リアルの恋愛は、男は恋愛面倒くさいから、拒否る。セックスだけで手を打とうぜ、関係性だけは与えてやるよって。
それに気づいて、大学くらいからは、「セックス前提、関係性で恋愛」になる。白馬の王子様どうこうとこじらせてるブスは、フェミになったりして、日本の男をたたき出して、パリ症候群って奴になる。
何度も言うが、若い頃の「恋に恋する乙女」では、イケメンヤリチンしか好きになれない、当然ブスはイケメンヤリチンに相手されないから、そんな幻想もてなくて、理解できない。
あるJDからは、将来のことも考えて、セックスせにゃならん、男を捕まえないと路頭に迷うから、男がどんだけキモいと思っていても、やらなきゃいかん。「故意に恋する」ってこった。セックスさえすれば好きになれるし、十分楽しい。
だから、まともな、女に尽くすような、いわゆる恋愛したい童貞とかオタクには行くな。セックスやってやるよっていう雰囲気イケメンに池。理解できなきゃ、ブスの癖に婚期逃して、残りの人生地獄だぞ!!!
雰囲気イケメンは当然ヤリステだが。そのくらいで、飽きたら、尽くしてくれる童貞に乗り換えろ、外見関係なくセックスで人を好きになれるぞ。
僭越ながらMDPhDのわたしが申し上げると、過眠、無気力、それはうつだ。雅子様の適応障害のようなものか。
うつ症状の原因は単極性うつ病やストレス性に限らず、甲状腺機能低下症や副腎不全、自己免疫性疾患、糖尿病だってあるので、まあまれではあるが、インテリジェンスの高い奥様なら一度病院にかかってもよいだろうと思う。ほかに原因がないなら抗うつ薬が出るだろう。
ところで少し切り分けをしたいのだが、それがご本人が仮説提起され、トラバで論じられているように、奥様が都会から田舎に引っ越したことが原因なのだろうか。
私の妻であるが、ロンドンに一緒に行って同じようになった。控えめに言ってもロンドンより都会であると言える街は日本にいくつもないだろう。Cath kidstonだってなんだってあるから雑貨屋に困るわけでもなく、まぁ飯は基本的にはまずいけどおいしい紅茶も飲めるわけで、食が極めてつまらないということもない。後者は少し自信がないけど。
結局、異なった環境に適応できなかったというそれ以上のことではないと考えられる。単なるエピソードで、統計をとるべくもないが、パリで言えばパリ症候群などという似たような症状をきたす疾患概念を提唱している精神科医もいる。
でまあベストの解決策は、以前適応していた環境に戻ることなわけで、私の妻も帰国して全快である。
妻を思うなら転居したら。でなければ別居してから考えよう。
以前初めてフランスに行ったとき、「うーん、なんて道が汚いんだ!今まで感じたことなかったけれど、日本は綺麗だなあ」と思った。
といっても別にショックを受けた訳ではなく、最近だと写真なんかは修正できるようだし、フランスの「上のほう(つまり、建物を見上げた角度)」は装飾なんかが綺麗なので
恐らくそういうイメージを見せられていたんだなと自覚した程度。所用で行ったため、憧れて旅行して云々ではなかったので。
でもさあ、昨日テレビでフランスの街並なんかを撮ったものを見ていたけれど、やっぱり以前のイメージ通りの綺麗な感じはするんだよね。ある程度きれいな地面のところは選んでるんだろうし、編集やら何やらの手は入るだろうけれど一番気になる点:映像でも道ばたの(汚)水だまりとか、犬の糞とか消せるの?
はてなの気持ち悪さって、なんなんだろう
勘違い君を見ている気分だからだろうか
欧米がお好きなようだけど、欧米に住んでる人そんなにいないようだし
留学したとか、4,5年くらい働いたとかそんなひとはまれのようだし
こいつらが、欧米にいったらパリ症候群の女性みたいになるだろうと思った。
頭がお花畑みたいなやつらが多すぎじゃない?
なんでそんなにレベル低いの?っておもう
なんでそんな糞ガキみたいな情報量で国単位の物事を語れるんだろうっていつも思う。
いや、問題はレベルが低いことではないんだよね。
本当に問題なのは自覚無く無邪気に知識人ごっこしちゃってることだよ
馬鹿なくせに
最初はてブ見たとき驚いたのは、2ちゃんみたいに便所の落書きを自認してるのかと思ってたら
2ちゃんねらーとは違うとか思ってるやつらが多いって事。
もちおの残念論が盛り上がってたとき、俺たちは残念じゃないみたいな体で話してるお前らを見て寒気がしたよ。
キーワードより
いろいろあるなー
ウォール伝「生成ユーモアの企て」http://d.hatena.ne.jp/mimisemi/20071108
2007-11-08 生成ユーモアの企て。CommentsAdd Starmimisemi2007-11-08アルファブロガー・アワードってのにノミネートされたらしいんだけど、最初、ブログへの書き込み見たときにまたなんかの詐欺サイトかと思ったよ。前のmyspaceでのライブに出ませんか?と同じ類かと思ってたら、割とちゃんとしてたっつーか、推薦してくれた人がいたみたいで、なんだか驚きっていうか、今日は社会学のテストがあってって昨日も書いたけど、今書いてるのは午前なんだけど、一応、学校行く前に教科書でも読んでおこうかとか思ったんだけど、ノミネートされてて驚きだったからこの時点で思ったフレッシュなことをとりあえず書いておくね。まず推薦した人のセンスというのは恐らくアングラ系に理解がある人なんだろうなって思ったわけだけど、別に俺がアングラぶっているわけではなく、基本的に色々カイテルとそれがアングラ志向みたいになっちゃうんだよね。ようはメインストリームじゃないことっつーかストリームすらないようなことばっか書いてるんで逸脱していくっていう、まぁその結果がアングラっていうカッコつきのワードで表されるわけだけど、何を書きたかったのかすでに忘れたよ。あ、そうそう。推薦者に「推薦していただいてありがとうございました」なんてメールなり書き込みをするのは白々しいので、やりたくないんだよね。前のはてなスターと一緒で、もう心が張り裂けそうなぐらい感謝しているんだが、あんま直接本人に言いたくないっていう。ってことで推薦してくれた人がこれまだ懲りずに見てたら、耳蝉はこのことだけでまた明日から頑張って算数とかをやる気力が湧いたって思っててください。人との係わり合いっつーか特にネットでの係わり合いは極力避けているのにも関わらず、知らない人がこういうことをしてくれると嬉しいんだよねぇー。すげー自分勝手。ところであとこの期待ね。おーなんか凄いことになってるじゃん!とかさ、あ、その前に、「ニューヨークのコミュニティーカレッジに通う著者」って言葉さ、いやー文字ってのは凄いよね。こうやって文字で現れると実態と乖離したイメージというのが文字から生まれてくるというか、読み手に連想させるんだよね。なにやら凄い感じじゃん。まぁコミカレ自体は凄くないけど、ニューヨークってワードがコミュニティカレッジの質を高めてるっていうか、オクラホマのコミュニティーカレッジだとあんまステータス高い感じしないけど、ニューヨークってのがね、コミカレの響きを高めてるっていうか、まぁそういうのがあるわけだけど、実際は「モトニートかそれ以下みたいな引き篭もり生活をしていた著者が、死か無理な渡米かの二択を自分の中で勝手に迫られて渡米というか亡命を決意しつつ、なんだかんだでニューヨークのコミュニティカレッジに通いながら、特殊学級の算数のクラスと読み書きのクラスを受けている生活の中で綴るポスニート的ダイアリー」みたいなね。ただ脳を掃除するっていう表現はさすがだなって思った。ちゃんと読んではるなって。前にも書いたけど精液が溜まりすぎると玉が膿んだような感じになるから一刻も早く抜きたくなるじゃん?それと一緒で脳が膿むんだよね。色々溜め込みすぎると。だから吐き出さなきゃいけない。音もそうなんだけどね。あ、んでね、いつも書くようだけど、留学生っつってもピンきりで、今なんて恐らく昔みたいな、50年代とか60年代とかに留学してたようなエリート中のエリートなんてのは本当に少ないと思うわけねっつーか昔はそういうエリートしか留学できなかったわけだけどっつーのも奨学金とかね、そういうことで。ただ今ってのは割とカジュアルに誰でも留学できるんで留学自体がたいしたことじゃ無くなっているわけ。ただ留学とか「ニューヨーク」みたいなカッコつきのワードに象徴されるようなイメージだけが先行しているものってのはね、そういった昔から継承されてきたステレオタイプの賜物なわけですよ。留学=賢いとかエリートとか金持ちみたいな。ただ今なんて違法でバイトしつつ英語学校に通っている日本人なんて少なくないし、VISAがキレても惰性で違法バイト続けてはや10年みたいな人もいるわけ。ようはね、クローズアップ現代だかで見たんだけど、就職氷河期世代ってのがようは年齢差別とかさ、日本って雇用っつーか社会が最悪だからっつーかまぁいいや、仕事が無くてさ、んで中国行って電話のオペレーターとかやってる人とかいるらしいけどさ、時給が日本円で300円だったかな。ただまぁ中国語をマスターするってのとキャリアアップってのもあって日本で無駄なバイトしてるよりマシってことで行ってる人も多いんだろうけど、こういうの見るともうすでに日本が先進国だなんていう幻想はもうなくなったなっていうのを実感するよね。それこそ本国で仕事が無いとか未来が無いんで海外に出て条件が悪くてもまだマシってことで仕事をしている発展途上国から来た労働者とかとあんま変わらないわけ。こういう人達って。俺も同じだからね。元々日本というか日本社会が大嫌いで亡命したという理由が一番だけど、でもまず俺みたいなもんに仕事があるわけないからさ、だったら同じ苦労でもこっちで苦労したほうがマシだってことなわけで、状況的には独裁政権の国から自由を求めて逃れてきた移民なんかと本質的には変わらないわけですよ。まぁ俺の場合、親のサポートがあるからこういったシリアスな移民たちと俺を一緒にするのは失礼なんだけどね。そういう意味だとあれなのよ、ニートが上京して専門学校通うみたいなのをニューヨークでやってるってだけ。俺の場合。だから全然たいしたこと無い。エリートでもなんでもないし、こっちの大学なんて高校レベルの英語が出来れば誰でも入れるんだから。卒業するのは大変だけどね。ってことで留学=なんか凄そうっていうイメージはなくしたほうがいいよ。こういうイメージが流布してるから短期留学でもなんか得られるんじゃないかとかいって来る人が多いけど、何にもならないよ。基本的に留学の先にあるのは似たような資本主義型社会で、言語が英語ってだけです。そこでまぁ行動的な人は何かを得るかもしれないけど、それはあくまで主体あってのもので、主体性が無くて、ただなんとなく留学っつーと凄そうだからっつって留学しても何にもならないわけ。こうやって勝手に留学に対して変な幻想を抱いちゃうってのは、留学を売り物にしている代行業者とかによるイメージの捏造もあると思うんだけど、やっぱなんつーかそれ以前にジェネラルに留学っていうこと自体に個々が勝手な幻想抱いてる気がするのよね。ただ実際はね、来てみて、それがニューヨークであろうがロスであろうがイメージと全然違ってたっつって心身がダメになって帰るって人も多いらしいし、何も見つけられないまま英語学校にずーっといるって人も多いし、ようはね、状況自体が何かを与えてくれるなんてことはどこの世界にも存在しないってことなわけよ。主体性のないやつが違う環境に行けば環境によって様々なことが変わっていくとかね、そんなことは起こりえないわけよ。あくまでそれは主体性があった上での前に書いたようなソーシャルインターアクションによってパーソナリティが変わっていったり認識が変わっていったりするわけで、そこに何らかの働きかけが無いとまず無理なわけ。勘違いしてる人達ってのは行けばそういった経験が得られるんだって凄まじくパッシブなままなんだよね。そんなんじゃ無理。だから中身が何も無いまま自分探しっつって世界を放浪してもダメなんですよ。自分が無いと何も得られない。ようはその環境から感化されるような感覚とか思考とかっていう人間の意志が無いとダメなわけで、ようは日本で拾った石をエジプトとかアメリカとかイギリスに送ったところで、石自体に何も変化がないのと同じなわけ。この石状態ってのがスッカラカンな石人間の留学先で起こるわけ。ただこれは師匠2っぽい言い方すると自明の理なわけよ。まぁ留学に限らずだけどね。もっと狭い話でもいいや。どっかのサークルに参加するとかコミュニティに行くとかさ、それで変わるかもしれないっつっても、主体性が無きゃそれは、その辺で拾った石をなんかのサークルに置くだけで、石自体に何の変化も起こらないでしょ。逆に人間ってのは変な期待するから、そこでイメージと違ったとか、なんか予想してたのと違うとかって思うわけだけど、そりゃてめーが石だからなんだよってことに気がつかないとダメよね。逆を言えば意志さえあれば環境なんて二次的なものなわけ。だから前に書いたことでちょっと思うことがあったんだけど、俺ってどうやら人里はなれた山というのに桃源郷的な幻想を抱いてるんだなっていう風に思ったわけ。こんなくだらないゲームはやめて、とっとと隠遁生活を送りたいって書いたけど、隠遁生活なんて別に山に行かなくても送れるんじゃないかと思ったのね。ようは心の中に桃源郷的なイメージを持っていれば、自分の部屋が桃源郷になりうるでしょ。別にそれは瞑想しているときでもいいんだけど、頭の中にそういったイメージがあれば、実質、環境がどうであれ隠者的な生活は送れるんじゃないかと思ったのね。まぁ環境も大事だよ。ナチ政権下で心に桃源郷を持ってようがそりゃキツイよ。まぁなんつーかそこそこの環境なら別に心の持ちようっつーか、ようはその個人の世界観によって自分の世界なんていくらでも変わるじゃんって思ったわけで、んだから別に山に住まなくても、山にいるようなイメージを心に持っていれば、それは山に住んでいるのと同等じゃないかってことなわけね。ようはそこで人生なんてものにはもう達観して挑むしかなくて、心に桃源郷を描くことに人生を費やせば、色々と克服できることって結構多いと思うのね。それはくだらない人間関係についてかもしれないし、煩悩かもしれないし、精神病かもしれないし、不安かもしれないし・・・。結局こういったことを解決するのって内面的な力しかありえないわけだよね。薬とか環境の変化でどうにかなるもんじゃない。何しろ人間ってのはもう文明社会に生きているわけだから、社会からは逃げられないでしょ。桃源郷が社会に存在しないなら、自分の心に作っちゃえばいいだけの話だよね。まとめると、ようはこれってのは青い鳥と同じなわけで、幸福なんてのは外的なものの中には存在しないわけで、そういったものを無理やり作っちゃうのが幻想なわけだけど、青い鳥の「本当の幸せというのは鳥かごにあった」っていうのに準えると、本当の幸福ってのは心にありってことなわけで、まぁ基本的には師匠1の教えに行き着くわけですな。心っつーと深そうだけど、ようは気の持ちようだよ。認識ね。基本的には。あーダメだ。話が逸れた!もうあと1時間ぐらいしか無いから教科書読むわ。いつもこんな感じね。寸前というよりかは寸前の寸前ぐらいにならないと動き出さないのね。俺。あ、そうそう。パリ症候群とかさ、あと日本の馬鹿な芸能人がハリウッドデビューとかアメリカで活躍するみたいなことに幻想を抱いているのも、今、書いたことの良い例ね。良いっつーか悪いっつーか。事実とは関係ない幻想というものに振り回されるほど不幸なことはないから、とっととそんな幻想捨てちゃったほうがよっぽど幸せになります。ところでアルファブロガーって影響力のあるブログの書き手のことを指すらしいけど、なんか今回俺のブログがノミネートされたやつは2004年から開催されてるやつらしいんだけど笑っちゃったのが、Wikiで見てみたら「日本ではFPN(フューチャープランニングネットワーク)というサイトが「アルファブロガーを探せ」という企画を主催しており、ここで選出されたブロガーを指すことが多い一方で、この企画自体の知名度の低さの問題が指摘されている。また評価の正当性、選考の手法などにも疑問が投げかけられることもある。さらに、このサイトが選出したブログには社会問題となりうる虚偽に満ちたブログも含まれている。」だってさ。かなり批判的。逆にちょーメジャーなしょこたんブログみたいなのがノミネートされるようなコンテストだったら俺のブログなんてノミネートされないだろうからね。「虚偽に満ちたブログ」ってまさしくウォール伝も含まれるな。基本的にこういうのを一般向けに開催していたら、まず個性的なのはノミネートされなくて、ようはアカデミー賞みたいなそれこそ虚偽に満ちたアワードになるわけだけど、逆に俺みたいなちょー逸脱したブログみたいなのがちゃんとノミネートされるなんて、なかなかいいんじゃない?幅が広くて。ネクロマンティックとスパイダーマンが同時に出展されるような映画祭って素敵じゃん?無いけど。ようはたぶんこれってアルスエレクトロニカみたいな感じなんだろうね。えー?Cosmosが受賞したのぉー??っつって国際的にアワードの価値が疑われるっていう、ウォール伝はそんなCosmos的な存在かもしれないけど、逆を言えばCosmosみたいなのが賞を取るアワードってのもアリなんじゃない?とは思うけどね。あとラッセーラのソヴァージュもなんか受賞したんだよね。えらいアワードだよな。それこそ評価の正当性やら選考の手法に疑問が投げかけられるわけでしょ。アルスエレクトロニカ。世間の評価ってこんなもんだもんね。しょこたんブログと並んでノミネートされてたら、「他のノミネートブログが凄いね!」っつってなんつーか比較で凄いっていうアホな評価になるわけだけど、他がさっぱり有名じゃないわけの分からないブログとかばっかだったら「たいしたことねーアワードだ」ってことになるわけ。大半の人はこんな感じ。内容も見ないでこういった表面的なところで評価するわけね。映画のアワードとかもそうでしょ。ちょー有名監督がノミネートされてたりしたら、その比較として凄いみたいなさ、まぁ大日本人みたいなもんか。正式に出展されたわけじゃなくて、オルタネイティブ部門みたいなので、ようはネクロマンティックみたいなのでも個性があるっつって選考されるような枠に選ばれただけなのに「カンヌ」って名前だけで人々が勘違いするわけ。で、誰もディティール見ないんで勘違いしたまま、みんな「カンヌ正式出展作品」だと思い込んだりしてるわけ。アホだなぁーって思うね。マジで。まぁーでもあれかねーやっぱ客観的に見てもCosmosみたいなのが賞を取るアワードって何?って思っちゃうのは分かるけどねぇー。スーパーデラックスってさ、俺がまぐれでアートリンゼイのライブの時にDJした思い出の場所なんだけど、あんときのDJはヒドかったな。選曲はいいんだけどミックスがヒドかった。イカに現場慣れしてないかっつーね。あと10分ぐらいある曲かけちゃったもんだから、勝手に客が飽きてるって思い込んで、いきなり別の曲かぶせてミックスしたりとか、ようは精神病的強迫観念すらもミックスに影響してたりしたんだけど、まぁーでも楽しかったなぁー。なんつーか「選曲良いですね」って言ってくれたお客さんが何人かいてさ、人との係わり合いも悪くないなぁーっつかさ、あの時の経験がある一つの決定的な認識を与えてくれたんだよね。ようは独りよがりでやってるようなオナニー的音楽をやっているのなら評価なんて求めないっていう、ようは人に「良い」って言われたいっつーか人と何かをシェアできるようなものを作りたいんだったら、俺は音楽を作るなんて諦めるべきだって思ったわけね。だから俺は前者を選んでいるわけだけどっつーか選んでるっつーか前者しか選択肢が無かったんだけどね。人と何かをシェアできるような音楽なんて俺には作れるわけがないから。そんな意味でもウォール伝は明らかに前者的な態度でやってるんで、そもそもアワード的な概念と繋がりがあるわけないんだよね。やってるっていうよりかは勝手に出力したものをネットに乗っけてるだけだからね。やってるって概念すらない。ただ今回やっぱ嬉しかったのは、こんなブログでも推薦してくれる人がいたっていうことと、何よりこんなブログのエントリーを主催側が許してるってことだよね。まぁ逆を言えばこんなブログのエントリーを許してるから社会的な認知が得られないのかもしれないけど、まぁそんなもんクソ食らえでいいと思うけどね。まぁただ他のエントリーは大半がまともな人が書いてるちゃんとしたブログばっかりだったんで、まぁ俺のブログはネクロマンティック的な役割を果たせれば十分なんじゃないかと。「幅の広いアワードですわね」っていう。でもあれだね、過去にはきっこさんとか選ばれていたらしいけど、他のも色々見てみてもなんつーか社会的に見れば「反道徳的」なものも含まれるわけで、ようはエントリーの傾向が左翼じみているとかさ、そんな批判も聞こえてきそうだけどいいんじゃないかと。当たり障りの無いメジャーなブログ選出したところで面白くもなんともないからね。まぁこのアワードを擁護するわけじゃないけど、ブログって極めて個人的な考えとか経験を出力できる凄まじくインディビジュアルな媒体なわけじゃない?これは逆にメディアじゃありえないことなわけだ。そういった媒体のキャラクターを利用してアメリカなんかではブログでソーシャルクリティーク的なことをしていたりっていう、ようは社会へのコミットメントというか人への影響力があるようなブログもあるわけじゃん?それがまぁアルファブロガーの書くブログということなんだろうけど、日本ってこういうの少ないと思うんだよね。俺がアルファブロガーだとはとても思えないけど、ただなんつーかせっかくネットっていうセンサーシップのない媒体があるわけだからさ、もっと個々が色々なことガンガン書いていくべきだよね。色々な意見があっていいわけだけど、そこで議論が生まれればもうそれだけで価値があると思うんだよね。とりあえず色々なことをネットを使って語りつくすっていうね、そういうことが出来るわけだから、個々がどんなトピックでもいいからガンガンやっていくべきだよね。それこそメディアじゃ放送できないようなこともブログならいくらでも書けるわけだからさ、ガンガン書いていかないと。それこそWilliam F. OgburnのCulture lagじゃないけど、日本ってテクノロジーの発達が凄まじい割に、ノンマテリアルカルチャーの部分がテクノロジーの進歩についていってない感じがするんだよね。ようは人間側とか社会のシステム側がテクノロジーを活かしきれてないっていうか、テクノロジーありきの社会構造みたいなのを提唱できてないっつーか、本当はテクノロジーの進歩なんて社会自体を変えてしまうような可能性があるわけだけど、イマイチ日本ってのはこういうところに鈍感なような気がするね。そういう意味だとアメリカは割とこういうところにケイパブルなのかもしれないね。だからさっき書いたようなアルファブロガーみたいな存在が出てきたりyoutubeだとかgoogleだとか、それこそ社会的に影響があるようなものがガンガン出てくるし、ユーザーも使い方に多様性があるんだよね。でも日本って使い方に多様性が無いんだよね。ホント、個人的な欲求を満たす目的だけに使われている気がする。具体的な例が無くてアレだけど、言ってること分かるでしょ?やっぱいつまで経ってもアメリカの後追いじゃダメなんだから、やっぱ民度上げていかないとダメだと思うわけね。まぁ一概には言えないけど、経済とか文化とか教育のレベルではアメリカとの大差はそこまで極端じゃないんだから、国民のあり方によっては、それこそアメリカから独立できるわけよ。でも独立しないのってさ、まぁ色々と政治的なこととか経済的なこととかがあるにしても、やっぱ民度が低いんじゃダメだよね。少なくとも俺がアメリカに来てこっちはレベルが高いって思うこと自体がアウトでしょ。それってアメリカのレベルが格別高いわけじゃなくて、日本のレベルが低いってことなんだからさ、そりゃマズイよね。あーまた話が拡散バズーカーしてきた。あ、んでね、今はもう夜なんだけどっつーか今日は社会学の先生がなぜか来なくて、みんな帰っちゃったのね。っつーかこっちでは15分経ってもプロフェッサーが来ない場合は授業は無しってことらしいんだけどっつーかまぁそんなのが一般的なのかどうかは分からないけどさ、ただなんつーか生徒が独自に当日の出席票を作って後日先生に渡すとかさ、なんつーか15分経ったからもう次行こうってああいうクイックなディシジョンメイキングはさすがだなって思ったね。日本だったら生徒がざわざわしててみんな座ってるだけだろうなって思ったもん。こういう差を見るとアメリカ凄いなって思うのと同時に日本レベル低いなって思っちゃうわけだけどっつーかまぁ安易な一般化はできないけどさ、これってもうモノの考え方の差なのかなって気もするけどね。日本は周りの様子を見て慎重で、アメリカではとっとと独自に決断して次行っちゃうっていう。周りの様子を見て慎重でっつーとポジティブだけど、まぁ頭使わないってことでしょ。周りに流されてばっかっていう。普段から思考力が鍛えられて無いからすげー流動的なの。すべての行動が。これって個々がどうのってより、もう社会の特徴っつーかさ、社会によって個々の人格とか考え方とか習慣ってのがカスタマイズされるから、そういったアホアホな行動パターンってのが社会によって作られている部分もあると思うんだよね。それは言語と一緒でアホアホなパターンが身につきやすい日本社会に生まれた人でも、アメリカとか他の国で育てばその国らしい人間に育つっていう、ようは日本人のDNAとか性格がどうのって話じゃなくて、社会の話なんだよね。ってことでこの話題の流れから行くとやっぱ話が教育になるわけだけど、まぁそれは前に散々書いたからいいや。っつーかオナニーしたいんだよね。帰ってきてからメシ作ってさ、で、アルファブロガーにメールしてこれ書いて今に至るわけだけど、オナニーが無いわけよ。外に出ると色々なインフォメーションが頭に刷り込まれるからズリネタも増えるでしょ。俺の眼鏡ってそういう意味だと妄人メガネなわけだけど、妄人と違って俺は自分自身で妄想ネタを色々と収集してこれるから便利だよね。あ、そうそう。今後はあれなのかな、書くたびにケツに「クリックお願いします」みたいな、よくブログにあるさ、ブログランキングとかの投票のあれあるじゃん?あれのテンプレートみたいなのをペーストするべきなのかな?まぁ一ヶ月ぐらいだしいいかな。俺的には読んでいる人に投票を求めるなんて反革命的だなーって思うんだけど、やらないってのもアレだから、とりあえず投票ページのURLだけ書いておくね。https://www.sixapart.jp/inquiry/alphablogger/alpha_vote.htmlあと選挙期間内は政治家みたいに一時的な注目を集めるためにセンセーショナルなことを毎日書き連ねていくべきなのかな?で、ベストなんたらに選ばれたあかつきにはとっておきの音源をアップしちゃいますよみたいな、特典つけるとかね。ファンキーキンキーアップするとか。まぁいいや。このことは忘れよう。無駄に期待するとダメだったときに残念だし最終試験まであと二ヶ月切ったしブログどころじゃないんだよね。過剰にブログに注意をフォーカスするのも嫌だし、そういったことをすると俺の中の革命度が下がっていきそうだからやめたほうがいいよね。ってことで今までどおり時間があるときに更新していきますので投票ヨロシク。っていう落ちはどう?って感じで落ちを書いたりさ、投票ヨロシク(結局、頼むんかーい!)とか一人ノリ突っ込みするとかってよく文章であるけど、最近、アメリカでも一人ノリツッコミが存在することにお笑いの普遍的な価値を見出しましたね。生成文法ならぬ生成ユーモアみたいなのが人間にはあるのかもしれないね。ユーモアといえば今日も学校の手前ぐらいでマサさんの波が来たんで、テストが今日じゃなくて良かったかも。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーhttp://d.hatena.ne.jp/mimisemi/20071108