
はてなキーワード:パパ活とは
選挙においてどっかの党に入れたら戦争止まるのかという話である
ぶっちゃけ現状の世界情勢で日本が戦争に巻き込まれずに済むためには かなり高度なバランスでの取引が必要なんじゃないかと思ってて
どっかの党が勝ったり負けたりすることで戦争が止まるとも思えない
「ママ戦争」タグでモヤるのは、それで戦争止まるんか?ってとこ
「頭脳に悪いというから子供のゲーム取り上げたら学校で孤立しました」
「真面目に育ってほしくて娘に質素なナリさせてたらパパ活に走りました」
「必死で子の尻叩いて受験戦争で勝ちJTCに入ったはいいけどパワハラで引きこもりました」
病院に行くお金もないので5年前のアトモキセチン(ジェネリックストラテラ)を飲み続けている。こんなんでいいのだろうか。。
体を売ってでも生きる、体を売るくらいなら死ぬ、どちらのほうが健全ですか?
私は体を売ったことや夜職やパパ活は一度もしたことがないので、たとえ前者が健全だとしても、売りたくはないですね。売らずに死ぬでしょう。死んだら健全も何もないので、やはり前者が健全なのかもしれませんが、それでも売りたくないのです。尊厳とか、貞操とか、生存よりも大事だろうと本気で信じております。。
https://www.shinchosha.co.jp/book/325626/preview/
大学生のトヨは、この一年ほどSNSの美容アカウント、整形アカウントに入り浸っている。自分の本当の力を発揮できれば、称賛してくれる人々はもっといるはずなのに…。そう焦りながら、気づけばギャラ飲みやパパ活の斡旋をする「モエシャン」にあこがれるように。ある日、渋谷の高級ホテルにモエシャンの斡旋するギャラ飲みの面接を受けに行くが…。感染症の流行直前を描く、川上未映子氏の新刊『春のこわいもの』(新潮社)に収録された1編「あなたの鼻がもう少し高ければ」を、全5回で全文公開!
中野優作氏が主催する【The Neutral】。サービスそのものの設計や理念は素晴らしいものだと認識している。しかし、最近SNSを通じてメンバーと繋がる中で、ある匿名のタレコミを受け取ったことをきっかけに、少し見方を変えざるを得なくなった。
「○○さんとは関わらない方がいい」
そのタレコミの内容は、ある特定のメンバーがパパ活や裏垢界隈との接触に勤しんでいるという、経営者の品位を疑うようなものだった。まさに「魔窟化」の片鱗を見た気がした。
もちろん、どのコミュニティであっても参加者は玉石混交だ。スネに傷を持つ者や、人間性に多少の難がある者が紛れ込むことは否定しないし、ある程度は仕方がないことだろう。しかし、私たち経営者は「繋がり」が資産にもなれば、時として予期せぬリスクにもなり得ることを忘れてはならない。
上質な繋がりを持つためには、相手の社長としての人間性を厳しく調査する。その必要性を改めて痛感し、身が引き締まる思いだ。結論として言いたいのは、「日々の言動を見て『この人変かも?』と少しでも感じたら、直感に従って関わらないこと」だ。
そうした違和感のある人間が、キラキラしたコミュニティに属そうとする心理は往々にして同じである。彼らは、「自分自身が一番の負債であること」を理解していない。自らの事業や人間力で行き詰まり、どうにもならなくなった結果、成功している人々やコミュニティの輝きにしがみつこうとしているだけなのだから。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7c2cd0595f7a8394707bd1685e69f37d19d74d5e
小学生とやれるチャンスじゃん
ついてるものがついてるってだけでさ
なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。
両親に気にして欲しかった。恵まれた一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。
ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。
もともと食べることが好きだった。
高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校を理由にお小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかずアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。
不登校になってからは希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか居場所がなかったから。
3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである。特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。
何かが変わるきっかけが欲しかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニでお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。
胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまったことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐は想像するだけで怖かった。
他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンなTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。
私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習が必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。
界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後に体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。
今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流が世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。
私も練習の甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子、ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認で親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。
同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル。自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子がお腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテルで身体を差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年をホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。
毎日スーパーとコンビニをハシゴして、菓子パンやおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量の砂糖とバターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすいものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。
親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。
一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。
バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通は心配するもんなんじゃないのかな。
今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。
1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいつからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。
夕方にのそりと起きて、決まったルートで食べ物を調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。
何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。
コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然にトイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。
そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。
実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。
今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。
当時の写真もアカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間だから簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分がいたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。
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ここまでが数年前に増田に上げていた文章。身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体はスマホに残っていたので加筆修正した。
このとき温かい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。
あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐の方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さと無知って怖いなと思う。
後年、両親にわたしの摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由は簡単に言うと「どうしたらいいかわからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。
母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。
両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生のいちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。
成人して数年経つが、高校生の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人の保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独に過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。
しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。
ボトラーならぬ、部屋でペットボトルにゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレが若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。
一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐はおすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギーを過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要なものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。
あの頃のわたしは20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。
夜職やってたんでここら辺の流れについては詳しいので書くね。
ガルバ経営しているおっさんて、性格に難ありでバカだから虐げられてきたけど
若い嫁手に入れて経営者になれば見返せる!ってしょうもない価値観の奴が多いです。客と同レベルです。
だいたいガルバの店長、店員と付き合ってます。あとガルバ嬢もおっさん客と結婚する率高いです。
とりあえず楽して稼げればいいやってやつがガルバやるので、夫のレベルもそれなりになります。手出して欲しくないのは店長の嫁orセフレ候補が減るからです笑
色恋営業は基本やらないと儲かりません。
値上がりについては、コロナ禍終盤が夜職全体のバブル期でした。今はとりあえず需要が下がってるのに値段上げてる状態です。というより、サンクスコストをかけたやつが残ってるって感じです。
なぜバブル期が起きたかと言えば、下地は高齢化社会です。そこにコロナ禍が来て、「独身の金持ちが金を使う場所がない」おじさんが多数誕生しました。
同時に、「友達ができずにちやほやされる場所が無い、金も無い」女の子も多数誕生しました。
その結果、おじさん×女の子のマッチングが多数生まれたんですね。
その形態は色々で、風俗、キャバクラ、ガールズバー、コンカフェ、パパ活などなど。
大量の金が流れた結果、風俗、キャバクラ、ガールズバー、コンカフェ、パパ活の人材交流が活発になり、「シャンパンを通して押しに貢ぐ」キャバクラ式の運営形態が広まった。
コロナ禍のキャバクラ営業停止と、その後のキャバクラに対する政府の介入もあって、雲行きが怪しくなった結果「ほぼやってる事一緒なら利益率も高いし安全なガルバ経営でいいじゃん」ってなったから今ガルバの単価が上がってるんですね。
もちろん単価が上がっただけじゃなくて、サービスも上がってます。
「シャンパンを通して押しに貢ぐ」キャバクラ式って言っても簡単じゃないです。
当たり前たけど「ただおはなしして」勝手に客が恋してシャンパンするわけないです。
簡単に言えば「色恋営業」がガルバでは必須になりました。要はりりちゃんとほぼ変わらないレベルのことをやるようになったんですよね。
夜職の「色恋営業」って大体、「恋愛関係を作って」「理由を作ってお金をねだる」これだけです。でも単純に恋愛関係つくってお金ねだってもシャンパン下りるわけないです。
具体的に「結婚の約束や枕をして恋愛関係を作って」「詐欺をしてお金をねだる」
までしないとシャンパン基本的に下りないです、普通の女の子は。
そりゃ刺されるやつも増えるわって感じですよね笑
と言う感じで、「リスクが上がったから値段を上げざるを得ない」というより「競争が激しくなり値段を吊り上げた結果、リスクが上がった」が実情ですね。
今のガルバはほぼパパ活の交渉の場になってたりして、すげえしょうもないです。