
はてなキーワード:パッケージとは
SNSではチームみらいのショート動画が得票の割に再生数少ないと指摘されているが、マーケティングの観点からは的外れ
なぜ彼らに支持が集まったのか。理由は極めてシンプル。みらいの提示した政策パッケージが、他党と比較して設計強度が圧倒的に高かったから。ただそれだけ。
得票分布のヒートマップを見れば一目瞭然だ。江戸川区や葛飾区では低調だが、中央区・港区・千代田区といった、いわゆるパワーカップルや高度専門職が集うエリアで支持がある。ここの支持層は日頃から膨大な文書を読みビジネスを動かしているホワイトカラー層だ。残酷なほどに、平均年収と支持率が正の相関を描いている。
そして彼らは、テキストを読むことに苦痛を感じない。むしろ15秒で消費されるだけのコンテンツに情報の欠落を感じ、不信感を抱くものだ。彼らはみらいのマニフェストを実際に読み、その持続可能な社会保障システムへの再設計案を自分で咀嚼し評価した。
一方で、ショート動画をバズらせていた他党の支持者は長文のテキストを読む習慣がなく、あるいは複雑な因果関係を理解できなかった。
誤解を恐れずに言えばショート動画というフォーマット自体が思考のリソースを節約したい層に向けた麻薬のようなものだ。それに脊髄反射して投票行動を決めてしまう層と、文章を読み込んでその実現可能性と自身の資産への影響を計算して投票する層の間には、富の格差以上に深い絶望的なまでの認識力の断絶が横たわっている。
おもしろいのは、この支持が都心部だけに留まらなかった点だ。これは陰謀論で言われているのとは異なり、東京ほどではないにせよ、一次情報に当たり政策を読み解くことができる層が関東以外にも残っていたという証左だ。場所がどこであれ、読む人は読むし、理解する人は理解する。動画しか見ない層を最初から相手にせずとも、文書を読める有権者だけを効率よく囲い込めばこれだけ戦えるということが証明されてしまった。
だが、ここからが大変だ。キャズムを超えマジョリティ層まで届かせるつもりなら、ショート動画でしか物事を判断できない層に向けて政策の解像度を極限まで下げたコンテンツを作らなければならない。論理を感情に翻訳し、正しさを削って分かりやすさを取る。 次の戦いはそこになるだろう。
おい、そこに座ってるお前だ。そうだお前。
画面の前で「無料ポーカーアプリで仮想マネー100億貯めた~w俺って才能ある?」とか言ってるおめでたい脳みそをしたお前のことだよ。
いい加減に目を覚ませ。
お前がやってるのはポーカーじゃない。「トランプの絵柄がついたデジタルゴミの交換会」だ。
それを「ポーカー」と呼ぶのは、フィレミニヨンと消しゴムのカスを同じ皿に盛って「これどっちも牛肉です」って言い張るくらい狂ってるんだよ。
今日はその腐りきった性根を叩き直してやるから、耳の穴かっぽじってよく聞け。
ポーカー、特にノーリミットホールデムというゲームがなぜ成立するか知ってるか?
金が減るのが怖い、失いたくない、だからブラフが効く。だからバリューベットが成立する。
「恐怖」と「欲望」のバランスの上で初めてGTOだのエクスプロイトだのが機能するんだよ。
ノーレートポーカー?
そこにあるのは「無」だ。虚無だ。
ゴミだ。
「ノーレートで10万ハンド回してウィンレート 20bb/100 でした!」
うるせえよ。
そのデータ、トイレットペーパーに印刷してケツ拭くのにも使えねえよ。
なんでかって?相手が「人間としての意思決定」をしてないからだ。
ノーレートのテーブルを見渡してみろ。地獄の釜の底みたいなメンツしかいない。
お前(養分A): 「GTO Wizardで勉強したレンジ通りに…ここは33%のCBを打って…」
相手(トロールB): 「うんこしてたら暇だから全部押すわw(72oでオールイン)」
これだぞ?
この状況で「俺のプレイは正しかったのか?」とか振り返ってる時点でお笑い草なんだよ。
「ポットの50倍ベット」とかいう、人類の歴史上ありえないアクションが飛んできた時、お前はどうする?
リアルマネーなら「こいつ頭湧いてんのか?ナッツか?」と長考してフォールドする場面でも、ノーレートなら「まあ負けてもタダだしwコールw」ってなるだろ?
その瞬間、お前のポーカー脳は死んだんだよ。
「失う痛み」が存在しない空間での意思決定は、すべてノイズだ。
何一つ、これっぽっちも、マイクロステークスの2NLを勝つための練習にすらなってない。
ノーレートにいる奴らの大半は、ポーカーをしに来てるんじゃない。「憂さ晴らし」をしに来てるんだ。
会社で嫌なことがあったから、画面の中のチップを無茶苦茶に投げ捨てて、真面目にやってるお前みたいな奴が困惑するのを見てニチャニチャ笑ってるんだよ。
彼らにとってチップは「無限に湧いてくる数字」に過ぎない。リロードボタンを押せば復活する命に、尊厳なんてあるわけないだろ?
そんな「無敵の人」相手に、まともなブラフが通用すると思うか?
「あ、降りないっすwだってタダだしw」
いいか、無料ポーカーアプリにはな、お前が脳死で「同意する」を押した利用規約の中にとんでもないことが書いてあるんだ。お前みたいな勘違い野郎を産まないためにな。
"Practice or successat social casino gamingdoes not imply future successat real money gambling."
(ソーシャルゲームでの練習や成功は、将来のリアルマネーギャンブルでの成功を一切保証しません)
タバコのパッケージに「吸ったら死ぬぞ」って書いてあるのと同じレベルの警告だ。これを無視して「俺は強い」とか言ってるのは、文字が読めないのか?
結局な、ノーレートでポーカーが上手いって言ってる奴は、「マリオカートが上手いから、F1レーサーになっても優勝できるわボケ」って言ってるのと同じなんだよ。
マリオカートでバナナの皮投げて1位取ったからって、時速300kmで走る鉄の塊の中でGに耐えながらコンマ1秒を削る勝負ができるわけねえだろ?
甲羅もスターも無い、自分の身銭を切る恐怖と戦うのが「ポーカー」なんだよ。
だから今すぐ貯金箱を叩き割って、ラスベガス行きの航空券を予約しろ。ベラージオでもARIAでもどこでもいい。冷房が効きすぎた本場のカジノに行って、現金の束をチップに変える時の手の震えを感じてこい。
それができないなら、一生「おはじき遊び」として楽しんでろ。ただし、二度と「ポーカーの実力」なんて言葉を口にするなよ。
分かったら散れ!
この記事はネタ記事です。実在する個人や団体、特定のゲームを攻撃する意図はありません。ノーレートポーカーはルールの学習や純粋な娯楽として非常に優れていますし、マリオカートも神ゲーです。なお、F1レーサーがマリオカートをやった場合、動体視力が良すぎて普通に優勝する可能性が高いですが、そこには触れないのが大人のマナーです。エンターテイメントとしてお楽しみください。
リフレ派の議論は、表向きは景気を回復させるための合理的金融政策を装っている。
しかし実態は、貨幣の価値という社会の基盤を削って短期の快楽を買う、典型的な自己放尿である。
フリードマンが繰り返し言ったのは、インフレとは道徳問題でも精神論でもなく、貨幣現象だということだ。
つまり物価が上がるかどうかは、根性でも国民性でもなく、制度設計とインセンティブ構造の帰結である。
ここを理解しない政策は、どれだけ善意で飾っても経済学的にはただのノイズであり、最終的には国民の購買力を破壊し自己放尿する。
日本がこれから直面しうるのは、「需要が足りないから財政で押し上げる」という単純化された世界観が、期待形成に殴られて崩壊する自己放尿だ。
インフレは静かに始まり、ある瞬間から臨界点を超えて、貨幣需要の崩壊とともに加速する。
そしてその時、リフレ派はいつものように言うだろう。「想定外だった」と。
問題の連鎖は単純だ。にもかかわらず、政治はこれを「景気刺激策」という包装紙で包み、国民に配布する。
減税する。税収が減る。だが歳出は減らない。むしろ選挙インセンティブのもとで増える。
そして次の段階に進む。
日銀が吸収する。つまり中央銀行が国債を買い取り、政府債務を事実上マネタイズする。
国債買い入れでベースマネーが増え、銀行システムを通じて信用創造が増幅され、結果としてマネーサプライ増加が起きる。
そしてフリードマン的には、ここから先はもはや議論ではない。恒等式と確率の世界だ。
貨幣価値が下がれば、同じ商品を買うのにより多くの円が必要になる。つまり物価増加が起きる。
この連鎖は、願望で止められない。
政治家がマイクで叫んでも止まらない。新聞が「インフレは一時的」と嘘を書いて自己放尿しても止まらない。
だが深刻なインフレの本体は、需要増ではない。貨幣需要の崩壊だ。
国民が円を持ちたがらなくなる。企業が円建て長期契約を嫌がる。労働者が賃上げ要求を強める。
輸入業者が先回りして価格を上げる。資産家が外貨や実物資産に逃げる。
このとき物価は上がるのではない。円の価値が下がるだけである。
インフレ期待がインフレを生み、そのインフレがさらに期待を押し上げる。
これは合理的行動だ。誰も損したくないから、先に値上げし、先に買い、先に逃げる。
この時点で政府ができるのは、金融引き締めか、歳出削減か、信用回復のための痛みを伴う制度改革しかない。
リフレ派がよく使う詭弁に、「日本は自国通貨建て国債だから財政破綻しない」というものがある。
この言い方は、形式的には正しい。日本政府は円を発行できる。だから名目上の債務不履行(デフォルト)は避けられるかもしれない。
しかしフリードマン的に重要なのは、デフォルトの形態は一種類ではないという点だ。
政府が返済不能になったとき、紙面上は返せる。なぜなら通貨発行で返済できるからだ。
だがその瞬間、実質的には国民の購買力が毀損される。つまりインフレ税という形で、国民から徴収する。
これは「破綻していない」のではなく、破綻を「通貨価値の下落」という形で実行しただけだ。
これが金融抑圧であり、インフレ課税であり、事実上の資産没収である。
破綻しない?
最大の問題はここにある。財政と金融の境界が溶けた瞬間、中央銀行は「物価安定の番人」ではなく「政府債務の処理係」になる。
「政府は歳出を削らない。日銀が支える。だから国債は安全だ。だがその安全性は貨幣価値を犠牲にしている。」
この理解が広まると、国債の信用は保たれるかもしれない。だが円の信用は落ちる。
そして本当に恐ろしいのは、インフレが進んだ後に引き締めをやろうとすると、国債金利が上がり、利払い費が増え、財政がさらに悪化する点だ。
つまり日銀は、インフレを止めるために金利を上げると政府を殺し、政府を救うために金利を抑えると通貨を殺す。
そしてこの状況は、政策の失敗ではなく、最初から制度設計の帰結である。
ここで多くの人が短絡的に言い出す。「じゃあ増税すればいい」と。
増税は、財政を健全化するどころか、政治経済学的には逆の方向へ向かう可能性が高い。
なぜなら増税とは、「政府がもっと使える余地」を与える行為だからだ。
「税を上げれば金が取れる。なら歳出を削る必要はない。」
すると歳出は固定化され、既得権益が制度として結晶化し、公共選択論が示す通り、予算は削れない構造になる。
さらに悪いことに、増税で景気が悪化すれば税収は伸びず、結局また国債発行に戻る。つまり、
増税 → 成長率低下 → 税収鈍化 →国債発行 →日銀吸収 →インフレ圧力
結局、政府債務を増やし続ける構造が変わらない限り、増税は「健全化」ではなく「延命治療」にしかならない。
延命治療は医療では尊いこともあるが、マクロ政策では単に時間を買うだけだ。そして買った時間で政治が改革する保証はない。むしろ改革しない確率が高い。
インフレを語るとき、リフレ派は「需要ギャップ」や「潜在GDP」を持ち出す。
だがそれらは観測不能であり、推計モデル依存の幻影でもある。そこに政策の正当性を置くのは危険だ。
重要なのは、政策当局がコントロールできる変数と、できない変数を区別することだ。
政府が確実に増やせるのは支出だ。日銀が確実に増やせるのはマネタリーベースだ。だが経済成長や生産性は、命令で増えない。
だから「金融緩和すれば成長する」という発想は、因果を逆に見ている可能性がある。
成長するから貨幣需要が増え、結果としてマネー供給が吸収され、インフレが抑制されるのであって、貨幣を増やせば成長するとは限らない。
貨幣供給を増やしても、資本蓄積と技術革新と労働供給が増えなければ、ただの通貨希薄化で終わる。
リフレ政策の本質は、短期的な快感のために長期の制度を犠牲にすることだ。
しかも犠牲になるのは抽象的な制度ではない。国民の生活そのものだ。
貨幣価値の放尿、財政規律の放尿、中央銀行独立性の放尿。つまり、「貨幣、財政、制度のトリプル放尿」である。
中央銀行の独立性が壊れれば、インフレを止める最後の手段が失われる。
この三つは別々の問題ではない。相互に補強し合う。悪い意味でのシナジーを持つ。
インフレが進むと、賃金は追いつかない。追いついたとしても遅れる。結果として実質賃金は落ちる。生活水準が落ちる。格差が広がる。
インフレは税制上、資産を持つ者に有利で、現金労働者に不利だ。インフレは見えない再分配装置であり、政治が選挙で決めたわけでもない所得移転を勝手に起こす。
長期雇用、年金、保険、貯蓄、国債、家計設計。これらはすべて「通貨が安定している」という前提で成立している。通貨の信認が揺らぐと、社会の基盤が揺らぐ。
そして一度壊れた信認は、戻らない。戻すには時間と痛みがいる。これは歴史が何度も証明している。
「減税して景気を良くする」「国債を出して支える」「日銀が買えば問題ない」
この一連のストーリーは、現実の制約を無視した願望のパッケージだ。
減税 →国債発行 →日銀が吸収 →マネーサプライ増加 →貨幣価値低下 →物価増加
だが同時に、「増税すればいい」という発想も救いにはならない。
歳出が固定化し、政治が改革を回避し、借金を借金で返す構造が温存される限り、結末は変わらない。
問題は税率ではない。
問題は「支出を削れない政治」と「貨幣発行でそれを隠蔽できる制度」だ。
リフレ派がやっているのは、景気刺激ではない。
友達へのお土産用にお菓子を買ったんだが、個包装じゃなかった!という愚痴を増田に投稿した
個包装じゃなかった件は確かに確認せずに買った増田も悪いからそれに対しては異論がない、というか元記事では増田には非がないとは主張してない
ただの愚痴記事に「カシクバリ!」を連呼する不思議な人がコメントしてきた
聞き覚えのない単語なので調べてみた
主に「同人イベントというハレの場で」「市販のお菓子の小分け包装を再パッケージして配る人」を揶揄した言葉らしい
いやいや、同人イベントじゃないし、友人も増田も同人書きじゃないし何事?
と聞いたら
元の意味はそうみたいだけど会社とか友人間でも使うよ
家に集まってみんなで食べるならわかるけど、わざわざ地元のお土産を個包装で配りたかったんでしょ?
配りたいという承認欲求が先立つ人たちをカシクバリって言うんだ
はい??
聞いたこともない
国論を二分する政策というのがどのようなものかわからなかったので、高市首相の記者会見と自民党・日本維新の会の連立合意書をもとにGeminiにきいてみました。
また、提出が予想される法案についてもきいてみました。
首相会見:https://www.kantei.go.jp/jp/104/statement/2026/0119kaiken.html
自民党・日本維新の会の連立合意書:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA20AP30Q5A021C2000000/?msockid=25e722be020c62113136341a0331635a
以下、Geminiの回答
高市首相は記者会見の中で、従来の緊縮財政や防衛方針を抜本的に変えることを「大転換」と呼び、それらが国民の間で激しい議論(国論を二分すること)を巻き起こすと想定しています。具体的には以下の3点が挙げられます。
長年の「緊縮志向」や「プライマリーバランス至上主義」を脱却し、危機管理や成長に大胆な財政出動を行う姿勢です。
特に、「飲食料品の消費税を2年間ゼロにする」という方針は、財源論や税体系の根幹に関わるため、極めて大きな論争を呼ぶと想定されています。
「戦略三文書」の前倒し改定、反撃能力の強化、さらには「スパイ防止法(インテリジェンス・スパイ防止関連法)」の制定は、プライバシーや表現の自由との兼ね合いから、伝統的に国論を二分してきたテーマです。
「国家情報局」の創設など、組織の巨大化に対する懸念も想定されています。
憲法9条への自衛隊明記や緊急事態条項の新設、また皇位継承における「男系継承の維持」を前提とした旧皇族の養子縁組プランなどは、日本の国家観の根幹に関わるため、最も激しい対立が予想される分野です。
連立合意書には、具体的な提出時期や成立目標が明記されています。選挙で勝利した場合、以下の法案が優先的に提出・審議される可能性が高いです。
消費税特例措置法案(仮称):飲食料品の消費税率を2年間ゼロにするための時限立法。
ガソリン税旧暫定税率廃止法案:維新との合意に基づき、ガソリン価格引き下げを恒久化する法案。
政府効率化局設置法案:租税特別措置や補助金の総点検を行う新組織の設置。
国家情報局設置法案 /国家情報会議設置法案:内閣情報調査室を格上げし、インテリジェンスの司令塔を作る法案。
インテリジェンス・スパイ防止基本法案:スパイ行為の厳罰化や外国代理人登録(ロビー活動の透明化)を規定する法案。
防衛装備移転三原則の運用見直しに伴う関連法:防衛産業を「国営工廠」化するなどの産業強化策。
皇室典範改正案:男系男子を皇族とするための養子縁組を可能にする改正。
憲法改正発議案:特に「9条(自衛隊)」および「緊急事態条項」について、維新との協議を経て発議される可能性。
旧姓の通称使用法制化案:戸籍制度を維持しつつ、旧姓使用に法的効力を与える法案。
対日外国投資委員会(日本版CFIUS)設置法案:安全保障上の観点から外国資本による土地取得や投資を規制する法案。
医療・介護制度改革法案:現役世代の負担抑制を目的とした、窓口負担の見直しや「第3号被保険者」制度の見直しを含むパッケージ法案。
野田さんが党代表として戦う衆院選は、2012年12月と今回の二つだが、どちらも野田さんの経済音痴により、彼の党が選挙で大きく負ける。
2012年は、リーマンショック後の米国経済の不況の底打ちと米長期金利の上昇の気づかずに、性急に解散総選挙に突入してしまった。もう少し粘って待っていれば、超円高の終わりが始まり、日本の経済状況も自然に改善して、民主党への批判も和らいでいた。
今回は、公明議員の思いつきのいい加減なジャパンファンド構想に持っていかれてしまって、財源付きの消費税率の恒久的引き下げを軸とする自党の政策パッケージがぐだぐだになってしまった。
すぐに損を自分(の党)で受けてしまうロマンチストの傾向があり、リーダーとして選挙に弱すぎる。
今から少しでも情勢を立て直すなら、「日本のリーダーにふさわしいのは高市か、それ以外か」という、高市さんが(自民党の総意を置いてきぼりにして)掲げている今回の選挙のテーマに乗るしかない。あとは、「政治とカネ」の選挙の主要テーマ化。
そんな彼の「正論」に鼻を白ませながら、私はふと、コンビニのレジ横にあるホットスナックを眺める。
彼はきっと、ファミリーマートに行けば疑いようもなくファミチキを買う男だ。
レジに並び、店員と目が合うか合わないかのタイミングで「ファミチキください」と淀みなく言い放つ。そこに迷いはない。世間一般で「美味しい」とされ、「定番」と定義され、誰もが手に取るべきだとされている選択肢を、彼は何の疑いもなく選び取る。 それは恋愛において「お金より大事なものがある」と唱えるのと同義だ。パッケージ化された幸福論、180円(あるいは220円だったか)で買える最大公約数的な正解。
一方で、私はといえば、ファミチキを買わない。
もちろん、あの脂の乗った鶏肉が嫌いなわけではない。ただ、皆がこぞって「これこそがファミマの正解だ」という顔をして頬張る姿を見ると、無性に斜に構えたくなるのだ。 代わりに私が手に取るのは、少し端に追いやられたつくね串だったり、期間限定で出されたよく分からない味のスパイシーチキンだったりする。あるいは、何も買わずに店を出ることすらある。
結局のところ、私が飲み会で「年収」や「課金」という言葉を盾に毒を吐くのは、彼のように「パッケージ化された正解」を無邪気に信じることができないからだ。 「愛があれば大丈夫」なんていう、成分表示すら怪しい抽象的な幸福を信じるには、私は少しばかり現実のコスト計算をしすぎている。
彼は私に説教を垂れることで、自分が「正しい価値観を持つ側の人間」であることを再確認し、悦に浸っている。その自信の源泉は、おそらく彼が「世間の平均的なレール」から一歩も踏み外していないという、根拠のない万能感にあるのだろう。
「愛が大事」と語る彼の手には、きっと透明なファミチキの袋が握られている。しかし、現実はいつだって油分でベタついているし、袋を破れば衣が散らばる。その汚らしさや、思い通りにいかないコストの支払いを、彼はまだ知らない。
実家暮らしで、同じ偏差値の檻に閉じ込められ、まだ何者でもない私たちが、一体何を分かち合えるというのか。 私はグラスに残ったぬるい酒を飲み干し、まだ見ぬ社会人生活に思いを馳せる。
せめて私は、卒業して何年経っても、彼から説教されるような「格下」にはなりたくない。 たとえ彼がファミチキを買い続ける人生だとしても、私は私なりの、もっと別の、高くつくかもしれないが納得感のある「何か」をレジ袋に詰めて生きていたいのだ。
「TheEvolution of Russian andChineseAirPower Threats」
2026/01/08
この前読んだわ🤗
2020年時点と比べて2025年現時点では、ロシアと中国の航空戦力は西側の航空優勢に対する脅威を増している。
特に中国は、米国の伝統的な航空優勢を揺るがし得るレベルへ質・量ともに大きく変化した、というのが主旨。
本稿は、中国の航空戦力が2020年比で“量”だけでなく“質(ネットワーク化・長射程化・統合作戦)”でも急速に伸び、米国を中心とする西側の航空戦力に対して根本的に異なる脅威水準へ移行した、という認識を示します。
近代的な第4/第5世代戦闘機の大量増勢に加えて、AEW&C(早期警戒管制)や電子戦(EA)などの「イネーブラー」、空対空/地対空ミサイル、宇宙ISRまで含めた“キルチェーン”の整備が同時並行で進んだことが核心です。
著者はまず、近代戦闘機の生産・配備数の伸びで変化の大きさを示します。2020年時点では、PLAAFのJ-20は約50機(当時は技術的に成熟途上)、J-16は約90〜100機規模で、生産もJ-20が年20機程度、J-16が年40機程度とされています。
それが2025年後半には、改良型で成熟したJ-20A(および複座J-20S)の生産率が年120機程度に達したとされ、2025年半ばの時点でJ-20は約300機が少なくとも13個連隊に配備、J-16も2025年末までに約450機が納入される見立てが示されています。
さらにトレンドとして、2030年頃にはJ-20系列が約1000機、J-16が約900機に到達し得る、という将来像を提示します(推計)。これは「第5世代+高度な第4世代」の比率が、もはや一部の精鋭部隊ではなく、空軍全体の構造として大きく変わることを意味します。
加えて、J-16/J-20のような重戦闘機への比重が高まり、従来J-11やSu-27/30などを運用していた部隊だけでなく、より旧式のJ-7やJ-8を使っていた部隊の再装備にも波及している点が指摘されます。つまり「一部が強い」ではなく、全体の底上げが進んでいるという見立てです。
中量級のJ-10Cも、AESAレーダー、データリンク、衛星通信、各種精密兵器へのアクセスを持つ“現代的な機体”として位置づけられ、長射程AAM(PL-15)を運用できる点が触れられています。
戦闘機の数だけでなく、編隊の生存性・攻撃力を左右する電子戦能力の獲得が重要だ、というのが次の柱です。
著者は、J-16D(陸上型)やJ-15DT/DH(艦載航空向け)といった電子戦機の生産が定着し、これらが米海軍のEA-18Gに近い役割を担うと述べます。
こうした“戦術戦闘機ベースのEA機”は西側でもアメリカとオーストラリアしかもっていない、能力として非常に強力で希少だ、という評価です。
ここで言いたいのは、中国が「ステルス機を増やす」だけでなく、敵のレーダー・通信・データリンクを妨害しつつ味方のセンサー/ネットワークを活かす方向に、パッケージ(編隊構成)と空中戦術を進化させている、という点です。
著者は、現行の増勢だけでなく「次の波」も早いと示唆します。J-35/AがPLAAF向けにも取得されつつあり(艦載向け計画に加え地上運用も)、当初は低率生産でも、過去の中国の開発・量産ペースを踏まえると増産が加速する可能性がある、という見立てです。
また、2025年に次世代有人戦闘機のデモ機(J-36、J-50/J-XDSと呼ばれる機体)を飛行させていること、さらにUCAV/CCAの試作機やGJ-11などの動きにも言及し、「西側より早いタイムライン」になり得る点を指摘しています。
装備が揃っても使いこなせなければ脅威になりません。そこで著者は、2020年以降、PLAAF/PLANAFの訓練のリアリズムと複雑性が増し、とくにJ-16/J-20部隊で洗練が進んでいるという各国空軍関係者の観察を紹介します。
2020年以前は、事前計画に依存した規定手順や、地上/空中管制側の強い指示に沿う硬直的運用が多かったが、より動的な競技・演習(例:ゴールデンヘルメット)などを通じて変化した、という整理です。
そして2025年には、戦闘機・爆撃機・給油機・AEW&Cを組み合わせ、海軍水上部隊とも連携するような複合ソーティが常態化している、と述べます。台湾周辺や日本海方面での活動が特に注目点として挙げられています。
著者が「とりわけ顕著」とするのが、空対空ミサイルとSAM技術です。PL-15とPL-17が、ロシアだけでなく米欧の同等品に対しても射程面で優位になり得る、という趣旨で述べられています。
さらに、PL-15系列は(ベースが2015〜2016年頃に就役したとしても)その後の期間にソフト/ハード両面で改良を重ねている可能性が高い、という見方を示します。
SAMについては開発の見通しが不透明と断りつつも、中国が中〜長射程SAMを優先していること、HQ-9B/C、HQ-22、弾道弾迎撃のHQ-19や後継、HQ-16系列など多層の体系を整えている点に触れます。
加えて中国の電子・ソフト産業基盤の厚みからセンサー/ネットワーク化がロシア製を凌駕する一方、実戦データの蓄積が少なく成熟度には不確実性があるというバランスの取れた評価です。
超長射程AAMや“特殊なSAM”は、探知・追尾・誘導の情報連接(キルチェーン)がなければ活きません。著者はこの点で、中国が過去10年(特に2020年以降)に航空機側のAESA化を急速に進め、J-10C/J-16/J-20/J-35など現行生産機の主センサーがAESAへ置き換わった点を挙げます。
さらにAEW&Cの拡充として、KJ-500が2023年半ばで約40機規模という推計を踏まえ、2025年末には50機に近い可能性があると述べます。加えてKJ-2000、KJ-200、KJ-3000、艦載KJ-600などにも言及し、これらが大出力AESAとデータリンク/衛星通信ノードとして機能することで、航空・海上・地上戦力を束ねる能力が高まる、という構図です。
宇宙ISR/通信も2020年以降に「数と洗練が爆発的に伸びた」とし、結果として2025年のPLAAF/PLANAFは2020年よりはるかに多く高品質な長距離センサーを持つため、状況認識と長距離交戦のキルチェーンが強化される、と結論づけます。
最後に著者は、インド太平洋では状況が欧州と質的に違い、中国の伸長が米軍の行動自由をすでに変質させたと述べます。具体的には、空中給油機、空母打撃群、前方基地が1000km以上の距離から脅威に晒され得る(各種長距離の弾道/巡航ミサイル、長射程SAM、長射程AAMを搭載する多数の第5世代機など)という整理です。
その結果、仮にF-22/F-35/B-2等が前進しても、長く争奪的な補給・給油・電磁支援のチェーンの末端で戦うことになり、「保有機数ほど前線に押し出せるわけではない」という運用上の制約が強まる、という含意を示します。
欧州:ロシアの地上SAMを核とするIADSが主脅威で、ウクライナ戦争の戦訓で能力が上がっている。NATO側もウクライナ支援を通じてロシア防空を理解したが、対処には適切な装備調達・訓練が必要、という結論。
インド太平洋:中国の伸長は「革命的(revolutionary)」レベルで、給油機・空母・前方基地などの後方要素を長距離から脅かし、米軍の作戦自由度を大きく制約し得る。従来の“西側の空の優位”はもはや自明ではない、という締め。
例のCSISの台湾進攻シミュレーションも2022年時点のデータで作ったものだから、時間が経てばたつほどあの結果よりやばくなってくんだな
受験には辛い思い出しかないし、結果報われなかったし、それが後の人生に尾を引いている。
受験生や親たちの藁にもすがる思いを狙ってお金を取ろうとする姿勢が嫌いだ。
思うのが、受験を経験した人の大半が落ちた人ではないだろうか。第一志望に受かる人より、落ちた人が多いと思う。
イベントごとはビジネスになっていくから仕方ないとして、普段のパッケージも売ってほしい。合格祈願のやつだけは買わないから。
あと、「うカルディ」とか「チャレンジしおー味」とか、験を担ぐってダジャレを言うことじゃないだろと。しょうもないギャグでありがたらせるな。遊びじゃないんだぞ。
あと、じゃがりこの「食べだしたらキリンがない」も納得していない。これは通年。
中学受験生必見! こんなにあった「合格祈願お菓子」大集合!キットカットからポテコまでおいしい“ゲン担ぎ”9選
https://news.yahoo.co.jp/articles/a17a74e1b410d6b76d2c1de69e8c26c72bef79fc
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだした。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
5%増減だと時事を調べるのが面倒で無理だった為。
今まで書いたのは、2022年8月、2023年11月、2024年11月。2025年7月。今回は6カ月分を追記。
現高市内閣の支持率は高めということだが就任時に60%台の首相は結構ある様子。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron/political/1998.html
「割り勘男」、ため息しか出ない。
要するに「男女平等だからデートも生活費もきっちり半分な!」って主張するタイプね。
そこまでは別にいいよ。価値観の違いってだけだし、別に無理して奢りたくない男がいるのも分かる。
でもさ、そういう男の何人かが平気で
とか言い出すのを見ると、もう完全に引くしかない。
は? 子どもを生むって、究極に「女の体にしかできないこと」じゃん。
命がけのリスク背負って、産後の体ボロボロになって、キャリアも中断して、それでも「女らしさ」の一丁目一番地みたいな行為を、
「平等! 割り勘!」って言いながら平然と求めてくるの、頭おかしいでしょ。
奢る=男らしさ、みたいな古臭い価値観はもういらないって言いながら、
肝心の「子どもを産む=女らしさ」の部分だけはちゃっかり伝統的な役割押し付けてくるの、
都合良すぎない? 矛盾の塊すぎない?
「俺は奢らないけど、お前は産めよ」って、
これもうただの搾取じゃん。
女が一人で全部損してる構図にしか見えなくて、笑えてくるレベル。
本当に平等を望むなら、せめて
「子どもは欲しくない」「産むのも育てるのも半分こでいいよね(無理だけど)」
くらいの覚悟を見せてほしいわ。
それすらできないのに「平等!」は、ただの甘えにしか聞こえない。
割り勘で割り切れるなら、出産の痛みも育児の負担も割り勘にできるならな〜って、
毎回心の中で毒づいてる。
無理だろ? 絶対無理だろ?
私は、当時、生産システムの担当で、異動してきたばかりの若手が二人いた。
上司(室長)に許諾を得た後、生産システムの定例会(月1回開催)に参加してもらっていた。勉強のため。
だが、昨年の行動評価フィードバックで「定例会の参加は認めていない」と言われ、それを理由に
「独善的な行動をしていた。自分に許可を得ずに2人を定例会に参加させていた」と言われ、評価がマイナスだと告げられた。
「許可は得ていた」と反論したが、室長は「許可はしたが、認めていない」と論理破綻したことを言う(本当にそう言った)。
異動してきた2人に生産システムの作業を無断で担わせていたと言われ、評価がマイナスであると言われた。
しかし、私は2人に生産システムの作業を行わせたことは一切ない。
もともと販売システム(営業が使用しているシステム)の担当で、他にもコーポレートサイト運用、人事システム全般、諸々業務があり、
業務負荷的に無理だと言ったにも関わらず、「販売システムしかできない評価にするが、それでいいか?」と脅され、承諾せざるを得なくなった。
生産基幹システム(生産管理パッケージ)、工程管理システム、EDI、物流システム、倉庫管理システム、あと設計システムも担当にアサインされた。
残業申請したら定時で終わらせる前提でやれとギャーギャー言われるし。
落ちた理由を一切教えてもらえなかった。
マイナスポイントとして書かれていたのは論文の序論の体裁だったのだが、序論の体裁が理由で主任になれないのは意味が分からない。
仲の良い人事部職員に聞いたところ、論文試験だけではなく、通年の評価、部署推薦で昇格は決まると言っていた。
嘘つくなよ。
たぶん、ここにいても将来はないだろうなと思う。
でも、今から転職しても評価をまたらさにゼロから築いていかないといけないんだろうな。
仲の良い同僚はたくさんできて、遊びに行ったり、居心地はいいのだけど。
中途ってだけで、ろくな扱い受けないんだな。
あーあ。
しんど。
【はじめに】
日本のサブカルチャー、特に二次元コンテンツにおける「廃(ハイ)」や「萌え」の底流には、特有の湿り気がある。それは、公的な領域から撤退し、極めて私的で、時に猥雑とも言える内面世界への耽溺である。
一般に、これは戦後日本の豊かさが生んだ徒花だと解釈されがちだ。しかし、この「社会からの撤退と内面への沈殿」という構造自体は、決して新しいものではない。
本稿では、明治期の自然主義文学が変異した「私小説」と、現代の「二次元オタク文化」を、同一の精神構造を持つ歴史的な双子として定義する。両者は、近代日本という抑圧的なシステムの中で、個人の主体性を確立できなかった者たちが選び取った、必然的かつ病理的な適応戦略である。
1.明治の「布団」と現代の「モニター」:同型としての引きこもり
日本の近代文学は、「自然主義」の受容から始まった。本来、ゾラなどの西欧自然主義は、社会の暗部を科学的かつ客観的に暴き出すリアリズムの手法であった。
しかし、この「社会を記述するメス」が日本に持ち込まれたとき、奇妙なねじれが発生した。田山花袋の『布団』に象徴されるように、記述の対象が「社会」から「作家の私生活(性欲・嫉妬・無様な内面)」へと急速に矮小化されたのである。
なぜか。明治維新後の強権的な藩閥政治(前稿参照)の下では、知識人がペンによって社会を変革することは不可能だったからだ。
巨大な国家権力という「壁」を前にして、個人のエネルギーは行き場を失い、内側へと逆流した。彼らに残された唯一の自由な領土は、国家が干渉しない「布団の中(性生活・内面)」だけであった。
現代の「廃(オタク)」がモニターの中で美少女キャラクターを消費する構造は、明治の文人が女弟子の布団の匂いを嗅いで文学へと昇華させた構造と、位相幾何学(トポロジー)的に完全に一致している。
それは、「公的領域での敗北」を「私的領域での支配」によって代償しようとする、日本近代特有の精神運動である。
2.ミッシングリンク:生存の「私小説」から、消費の「データベース」へ
しかし、明治の文人と現代のオタクの間には、決定的な環境(エコノミー)の違いがある。私の初期の考察における欠落は、この「経済的下部構造」の変容を軽視していた点にある。
明治の「私」への撤退は、貧困と封建的家制度の中での「苦悶」であった。
対して、現代の「私」への撤退は、高度資本主義下での「消費」である。
①「公」の死(1945年):
敗戦により、天皇という絶対的な「父(公)」が失墜した。これにより、個人の内向化を止める道徳的ストッパーが消滅した。
60年安保・70年闘争の敗北により、若者たちは「政治で社会を変える」というルートが完全に閉ざされたことを悟った(明治期の再演)。
時を同じくして日本は高度経済成長とバブルを迎える。資本主義は、行き場を失った若者たちのリビドーを見逃さなかった。
資本は、かつては恥ずべきものとされた「私的で猥雑な欲望」に「商品価値」を与え、二次元産業としてパッケージ化したのである。
「二次元」という楽園の底にある心理的基盤として、私はかつて「小農経済的な私有性」を仮定した。この視点は、現代風に修正することでより強固になる。
彼らは広大な社会(荒野)に出て他者と連帯することを拒否し、自室という「一畝(ひとせ)の畑」を耕し、そこで自分だけの作物(推し)を愛でる。
この「他者不在の閉鎖性」こそが、日本のムラ社会が近代化の過程で到達した成れの果てである。
高度に発達した資本主義は、この「精神的小農」たちに、安価で高品質な肥料(アニメ・ゲーム・グッズ)を供給し続ける。
このシステムにおいては、もはやリアルの他者と関わるコスト(リスク)を払う必要はない。経済的豊かさが、逆説的に「人間関係の貧困化(私化)」を可能にし、それを永続させるための産業構造を完成させたのだ。
明治の鏡(私小説)には、国家に押しつぶされて布団に逃げ込む「無力な知識人」が映っていた。
平成・令和の鏡(二次元)には、豊かさの中で社会性を喪失し、モニターに逃げ込む「消費する原子(アトム)」が映っている。
この二つは、異なる花に見えて、同じ根から生えている。
その根とは、「個人の自立」を許さず、「公的な変革」も許さない、日本という硬直した社会構造そのものである。
外部世界への作用を諦め、内なる欲望の充足のみに生のリアリティを求める態度。
それは「醜悪」あるいは「猥雑」と指弾されるかもしれないが、この国のシステムが正常に稼働した結果排出された、極めて合理的な「排泄物」なのである。
我々が二次元コンテンツに見る輝きと虚しさは、行き場を失った魂が、資本主義というプリズムを通して屈折した際に放つ、最期の光なのかもしれない。
これらは当たり前にタブーだ。
対児童において、クスリとわかった途端、説得の余地はなくなる。
ポイントはバレずに仕込み、なおかつそれに注意を向けさせないようさりげなく出すことだ。
具体的には、まずクスリを仕込む動きを見せない。
クスリの袋をガサガサするのもだめだ。
無音で開封して仕込めるよう、台所に最小限のパッケージを仕込むところからスタートだ。
アンパンマンでもなんでも見せて意識を台所に向けさせるな。忍術だ。
そして溶媒。チョコアイスとかはちみつをドバドバ入れたヨーグルトが成功しやすい。
ビヒダスヨーグルトにフルーツの缶詰をシロップごとダバダバ入れてもいい。糖分の過剰摂取は考えないことにする。
アイスはクスリを溶かしやすいようレンジで数秒あたためて液状部分をつくるといい。
一応、ヨーグルトの蓋の一部を開けて薬を仕込んでかき混ぜて、そこを抑えながら反対側を自力で開けさせるというテクもあるが、混ぜが難しい。
そして提供時「わーおいしそうー」などと言わないこと。
他のモノ食べてるタイミングで、テレビとか幼稚園とかの話をしながら、その皿に一切言及せず置くんだ。
うちは熱痙攣しやすい子供なのでアセトアミノフェン座薬を常備している。
もちろん嫌がられるが経口と違って確実だし嘔吐があるときはマストだ。
検討を祈る。
とあるゲーム、アマゾンでタイムセールで安くなってるから買おうかかなり迷ったけど我慢することにした
なんか特典ついてるやつでそういうのに弱い自分が我慢するのは大変だった
セコイ性根だからずっと持っとけば価値あがって転売できるかもみたいな発想もっちゃうんだよな
でも仮に上がってもせいぜい1万とかだしずっと保管してもっとくことのめんどくささ考えたら別にいいかと思って我慢することにした
ゲームだけなら特典なしでダウンロード版かったほうが安いしプレイ環境としては便利だからなあ・・・
メルカリとかでもあんま出てないし転売欲が正直あるけどめっちゃ人気あるようなゲームでもないからすぐ売れるもんでもないし
メルカリに売ったら実質負担ゼロ円でパッケージ版変えることにはなりそうな気配もあるけど
パッケージ版はゲオでやっすいソフト大量に買ったのがありすぎて邪魔なんだよなあ
買っても絶対すぐやらずに押し入れ行きになるのも確定してるし
今年は引っ越しもあるし
はー