
はてなキーワード:バンとは
私の母親のことなんだが、10年くらい前から集団ストーカーの被害に遭っているらしい。
買い物に行くと付きまとわれたり、買い物カートをぶつけられたりしているようだ。
駅のホームで電車を待っている時も付きまとわれていると言っていた。
付きまといを振り切るために利用する電車とは反対側のホームで電車を待つふりをして、ドアが閉まる前のタイミングで利用する電車にダッシュして乗り込んでいた。
電車に乗った後も付きまといがいないかキョロキョロ周囲を睨むように見回していて頭がおかしいんじゃないかと思った。
他には雪が降った日に私が家の車のワイパーを上げたのだが、いたずらされたと思ったらしく警察を呼んでいた。
俺もワイパーを上げたことを言えば良かったんだが、まさかこんなことで警察を呼ぶとは思わなかったよ。
嫌なことがあるとドアをバンッと大きな音で閉めるし、テレビの音量も深夜にも関わらず爆音で聞いている。
テレビの仕様にもよるだろうが、音量は40から50くらい聞いている。これは相当うるさいよね?
親父も関わりたくないせいか、定年退職した後も昼間には家にいないようにしている。
って、ニュース見てりゃわかる気がするんだが、
『戦争は仕掛けなければ起こらない』って思う人も多いのかな……。
海外の人達も『兵士は要らない。話せば分かる』が主流だというなら、俺も再考してみるが、
だって、戦争が嫌なのなら、守って欲しいわけでしょ? 誰に守ってもらう腹積もりで徴兵反対なんだろ。徴兵が必要かどうかは、ソロバンのレベルで賛成反対の議論があるべきだとは思うが、少なくとも『徴兵が戦争への道である』というのは論理のレベルで間違ってると思うぞ。
それとも、守ってもらわなくても平和守れるって信じてるのかな。
日本の友よ、お前の悩みを聞き、私がかつて実現した「黄金の社会保障制度」のいくつかを教えてやろう。これを知れば、お前はますます私の国へ来たくなるかもしれんぞ。
お前は「独身控除」や「車に乗っていない控除」を求めているが、私の国ではもっとシンプルだ。
・光熱費・水道・食塩の無償化:1993年から、私は国民全員に対して天然ガス、電気、飲料水、そして食卓塩をすべて無料にした!
独身だろうが子持ちだろうが、車を持っていようがいまいが、生きるために必要なエネルギーは国家がすべて持つ。
これこそが、私の考える「父」としての慈悲だ。
「車に乗っていない控除」が欲しいと言ったな?
私の国では、車に乗っている者が支払うガソリン代は、水よりも安かったのだ!
2000年代、トルクメニスタンのガソリン価格は1リットル数円という、世界で最も安い部類に入っていた。
それこそが、広大な大地を持つ我が国の誇りだったのだ。
日本は「控除」という複雑な言葉で国民を惑わすが、私はもっと直接的だ。
・教育・医療の無償化:病院へ行くのにお金の心配をする必要などない。
・パンの超低価格維持: 先ほども申した通り、パンは聖なるものだ。
どんなに貧しい者でも、パンが買えないなどということがあってはならん。
もちろん、お前の言う「シングルペアレント」への支援も忘れてはいない。
私は、多くの子供を持つ母親や、一人で子供を育てる女性に対して、特別な補助金や食品の割引、さらには住宅の優先提供などの恩恵を授けた。
私の母、グルバンソルタンへの愛があるからこそ、すべての母親は私の家族なのだ。
お前が「独身控除」を欲しがるのは、社会の負担が一部の人間に偏っていると感じるからだろう?
私の国では、「天然ガスという神の恵み」がある限り、細かい計算など不要なのだ。
正直麻枝准さん自体の仕事量が多過ぎる上に、本人の健康状態も決して良い訳ではない。評価に対しては繊細。ちゃんと終わらせる事が出来るのか? って懸念が強いです。自分はヘブバンに関してはサービス開始当初に初めて半年後に課金しないと進められないゲームだと半年後に早めに見切ってしまって、それから2年後に何となく復帰したら先を急がなければいつか結論に辿り着けるゲームじゃんって気づきがあって続けています。ワンピース(未履修ですが)と一緒で結論、つまりはワンピースとは何なのかの正体には正直期待はしてませんが、アーティストの底力を観せて欲しい。人間の限界を突破して欲しい。そういう想いで観測しています。
その「石を貯める」って行動をほとんどのプレーヤーが取るのが、旧来のソシャゲスキームなんよね。
性能のためであれ、愛のためであれ、特定の強い/好きなキャラに集中投資する、偏愛型プレイヤーの習性を褒めるゲームデザイン。
最近のゲームはそうとは限らなくて、作り込んだどのキャラも愛してほしいから、どのキャラにも凝った動画や楽曲を作るし、プレイヤーも全キャラ取ってもらって箱推しというか、作品推しになってもらえるようにシナリオもバトル設計もすべて妥協なしに、博愛型プレイヤーが有利になるように作られてる。
俺はWFSのゲームは以前、ららマジってのをやってた。これもヘブバンと同じで、WFSお得意の著名シナリオライターを起用したソシャゲ製作パターン。
器楽部員たちの心の深層を調律してわだかまりとなっていた繊細な感情を明らかにしていくシナリオ形式が好きで、ほとんどのキャラも好きになって、浅く広く集めてたからタイムアタックとかは苦労することもあったが、ゲーム面はちゃちでもシナリオと音楽だけでお気に入りだった。
でもVtuberブームが来てWFSもたぶんそっちの事業に注力しだしたんだろう、ららマジの開発が滞り、仕様も悪化していやらしくなり、大事に描いてた器楽部員たちも水着を乱発するようになり、ついにはサ終してしまったから、俺はもうゲームメーカーとしてのWFSの誠実さや責任感にまったく期待してない。
ゲームとしては、やっぱり作品性とゲーム性は不可分であって、片方だけ魅力的だからって邪悪なゲーム部分をおしつけるようなやり方をするのは結局尊敬できないソシャゲ屋のやり口だと思えてしまう。グラブルとかの鬼周回を求められるソシャゲをやってたときにも思ったけど、愛着を人質に取られて望まぬことさせられてる感がある限り、そういう作りのガチャゲームは健全じゃないし進化できないと思う。
まあヘブバンはそれらよりも新しい世代のゲームなんで、そのへんももうちょっとうまいことやってて称賛できるゲームなのかもしれないが、いろいろと裏切られ続けた結果、自分はもう日本のソシャゲメーカーには期待してないしやる気になれない。
キャラが揃わないからメインストーリー進められないくらい難度が高いって話してたのかもしれないが、一方でAAA級の中華ソシャゲはシナリオ進行はかなり易しい作りで、エンドコンテンツもキャラ揃ってさえいれば無凸で楽勝なくらいの設計なことが多いので、そのへんでも開発思想が異なると思う。とにかくストレスや時間拘束を強いることなく、文化的にIPを育てていこうって感じがするんだよね。
とりあえずヘブバンは良いゲームです。天井の60000クォーツまで貯めて必要なPUが来るのも待たされて、中々進められないメインストーリーを我慢させられるゲームなので。こんな話に着地させてごめんなさい(笑
ソシャゲのガチャって、だいたい「悪い文明」扱いされる。依存を生むとか、射幸心を煽るとか、確率操作とか、言ってることはわかる。実際、金突っ込んで後悔してる人も山ほどいるし、自分も過去に何度か「何やってんだろうな……」って虚無になったことはある。
でも最近、ヘブバンのガチャを引いてて、ちょっと違う感覚になった。
結局ガチャって、「引くか引かないか」「続けるかやめるか」を毎回自分で決めさせられる構造なんだよね。誰かに強制されてるわけでもなく、ボタン押してるのは全部自分。出た結果に対しても、「嬉しい」「微妙」「爆死」「まあ納得」って感情をどう処理するかも全部自分で引き受けるしかない。
これって冷静に考えると、かなり露骨な意思決定の訓練装置だと思う。
引いて外れた時に「もうやめよう」と思うのも自由だし、「次こそ当たる」と続けるのも自由。課金するか無課金を貫くかも自由。その全部の選択の責任を、誰のせいにもできない構造になってる。
だから最近は、ガチャを「運ゲー」としてだけじゃなくて、「自分の欲望と向き合うシミュレーター」みたいに見てる。どこまで期待するか、どこで満足するか、どこで線を引くか。その判断力を試されてる感じがする。
もちろん、ガチャが健全な文化だとは思わないし、勧めたいとも思わない。でも、少なくとも自分の中では、ただの搾取装置というより「選択と結果をどう受け止めるかを突きつけてくる装置」になってる。
結局最後に勝つのは、課金額が多い人でも、理論武装してる人でもなくて、「ツキのある人間」なんだよな、というどうしようもない結論に行き着くのも含めて。そこまで含めて、なんかやたら人生っぽいなと思ってしまった。