
はてなキーワード:ノイローゼとは
この記事は、将来出産を考えている人やそのパートナー、あるいは今まさに“妊娠初期”という孤独な戦場にひとり立っている妊婦さんに、届けばいいなと思って書いています。
あまり見たくないなーって方はそっと閉じてもらえたらと思います。
(▽昨年のnoteより)
約三ヶ月ぶりにnoteを書いている。ここ最近、長い時間椅子に座って作業ができなかったからだ。
朝はマシだが午後になると体が使い物にならない。
平日は吐き気に耐えながらソファに横たわり天井を見るか、何もないふりをしてゾンビのような顔でリモート会議に出るか。
そんな毎日だった。
と、まるで新しい趣味でも見つけたかのようなライトな語り口で言う人ばかりだったので、私は完全に勘違いしていた。
一日に何度もえずくようになってから初めて、つわりがこんなにも容赦なく生活を侵食し、静かに心を削っていくものことを知ったのだった。
ちょうど繁忙期でもなく、リモート勤務が許される業務内容だったことが唯一の救いだった。
もしこれが出社必須の職場であれば、私はあっさり白旗を振って休んでいただろう。
世間で「産休育休の取得タイミング」や「復職後の働き方」についてはよく語られているのに、「妊娠初期の体調不良も想定して妊活を!」なんて誰も言ってくれない。
いつかは子どもが欲しいと思っていた。
だから出産の痛みや分娩方法、育休中の金銭面、シッター探しの話など、出産や育児についての断片は、耳年増的に知っていたつもりだった。
けれど実際に妊娠してみて驚いたのは、その“前段階”、つまり妊娠時期が、ここまで孤独で苛烈で、日常を根こそぎ持っていくものだということ。
「誰にも言えない心細さ」
「夫と共有できない圧倒的な体感の差」
「突然始まる意味不明な不調と、心のざわつき」
妊娠初期は、この不安や不快や孤独の三重奏に耐えながら、私は毎晩Xを開き、「妊娠◯週」と検索しては、同じ週数の妊婦さんのポストにすがっていた。
共感できる言葉を見つけるたび、“自分だけじゃない”という気持ちが、かろうじて私を支えてくれていた。
おそらく人生で最も情報を渇望し、安堵を乞うている時期に、「周りへの妊娠報告は安定期に入ってから」という不文律が、首を絞めてくる。
一番情報や助言が欲しい時期なのに、
「まだ誰にも言ってはいけない」せいで周囲の誰にも頼れない、聞けない。
このねじれた構造的ジレンマこそが、妊娠初期の一番のしんどさなのだと思う。
妊娠が発覚してから今日まで、スマホのメモに吐き出すように記録した日記は、4万字超。
“男って社会的には父親になれるけど、身体的にはなれないから”
これは産後半年の友人が「今日の昼カレーだったわ」くらいのトーンで放った一言。
自他ともに認めるラブラブな夫婦なのに、彼女は割り切るような瞳で言い放った。
「妊娠中のしんどさは、女が一人で受け止めるように設計されてる。
私の夫は、育休中にようやく父親になったって感じ」
夫を責めるでもなく、世界を恨むでもなく、事実を淡々と述べるように。
当時はこの過激な発言にぎょっとした私も、今なら彼女の言わんとしていたことがわかる気がする。
透明化される妊娠初期
今まで、妊娠中のこと、それも“初期”について、詳しく話してくれる人はほとんどいなかった。
妊娠中の友人と頻繁に会うこともなかったし、妊活でも産後でもなく“妊婦”のリアルについて情報が入ってくることはなかった。
それもそのはずで、つわりのピークとされる妊娠初期は6人に1人が流産に至るとされている、とても不安定な時期だ。だから多くの人は、家族以外には妊娠を伏せて過ごす。
また、流産の不安やマイナートラブルやつわりなど、そういう類の話は、妊娠していない人にとっては興味が薄く、どちらかといえば「暗い話題」に分類されてしまいがちだ。
わざわざ人にするには気が引けるし、うっかり明るいノリで話せる内容でもない。
さらに言えば、妊娠という話題そのものが、とてもセンシティブだ。
「子どもが欲しい人」「欲しくない人」「迷っている人」「持てない人」――相手がどこに立っているのか、その背景や事情は外からは見えづらい。
その結果として、話せる相手は、“同じステージにいる人”か、“先を行く人”に限られていく。
そうして妊娠のあれこれは、徐々にママ同士の会話の中だけで閉じていき、分厚いカーテンの向こうへと消えてしまう。
私がこれまで“妊婦”について何も知らなかったのは、当然のことだったのだ。
妊娠してからというもの、体のどこかが痛いか、心のどこかがざわついている。
そんな日々をなんとかやり過ごしてきたけれど、ふと我に返って「あの子も、あの先輩も、すまし顔してこんな地獄をくぐり抜けてきたのか……?」と思う。
そもそも望んで妊娠したのに、なぜこんなにも辛く、泣きそうになる瞬間が多いのか、ざっくり整理してみた。
1.妊娠が継続できるかという、終わりのない不安:腹痛や出血、おりものの量で一喜一憂し、本当に毎日のように悪夢を見ていた。
2. とにかく体調が悪い:起きた瞬間からひどい二日酔い&船酔い。身体のあちこちが痛む。まあシンプルにつらい。
3. すべての楽しみが消失:体調が悪いと何も楽しめない。何も食べられない。ひたすら部屋にこもってゲエゲエ言いながら、友人の旅行中のストーリーを見て歯を食いしばっていた。 誰にも会わない。習い事もやめた。予定も立てられない。
4. 夫と二人三脚は無理:いくらサポーティブで気遣い上手の夫でも、つわりや不安を一緒に経験してくれるわけではない。妊娠中に夫と“同じ景色”を見られる日は、たぶん永遠に来ない。
5. 夫の新人研修が意外と大仕事:夫のトレーナーになったつもりで、日々情報をインストールし、的確に指示を出す。全ての通院(検診もNIPTも)に強制参加、たまひよは音読、妊婦や胎児の週数の変化も逐一レクチャーした。
放っておけば夫は「大丈夫だよ」しか言わないし、自分から調べるという発想がそもそもない。
6.職場への報告タイミングが分からない:「報告は安定期に入ってから」とよく言われる。だが実際は、それまでに倒れたり、急な入院や手術が必要になったりする可能性もある。散々迷った結果、チームに迷惑をかけるくらいなら早めに伝えておいたほうがいいと判断して、私は妊娠10週頃、新しいプロジェクトにアサインされるタイミングで上長に報告した。
7. 果てなき情報収集:chatGPTに質問し、Xを掘り、ママリとアスクドクターズを行ったり来たりしながら質問を連投した。本当に、インターネットの海の向こうの、顔も見えない誰かの言葉に救われた日々だった。
検索履歴は「7w2d吐き気」「10週出血茶色」「12週恥骨痛」「つわり 14週 終わらない」の山でどんどん埋まっていく。
特に、夫とのすり合わせ、孤独感への対処、産院選び、NIPTの判断、職場への伝え方、予期せぬ出費の数々については、情報を探している人も多いと思うので、あくまで一素人の意見として今後のnoteで書いていこうと思う。
まず私が確認したかったのは、「子宮外妊娠じゃないかどうか」と「胎嚢が確認できるか」だった。
約1%の確率で起こるとされている子宮外妊娠は、なるべく早い手術が必要だと聞く。
病院の椅子で、夫に小声で「今日は胎嚢が確認できればいいからね」と囁いたとき、彼は会社の予定をスマホで見ながら、「タイノーって何?」と返してきた。
こいつまじか……と呑気な夫の態度に、軽くめまいがしたのを覚えている。
前日に私はリビングで子宮外妊娠(異所性妊娠)についてのYouTube動画を流していたが、彼にとってそれは雑音に過ぎず、「妻が付いてこいと言うから病院についてきた」程度なのだなーと思った。
(当事者意識を持たせるためにも、今後すべての妊婦健診に夫が同伴することになる)
いつもの行きつけではなく、家から歩いて15分ほどの婦人科へ向かった。
Googleマップでの口コミが良く、院長が産婦人科専門医・ 臨床遺伝専門医・超音波専門医の3つを保有している。
院長は穏やかでにこやかな見た目だが、包丁さばきのいい職人のように、サクサクと事実を切り分けて伝えてくる人だった。
その約8割が妊娠12週未満の「早期流産」で、ほとんどが偶発的な染色体異常によるもの。つまり、防ぎようがなく、母体のせいではない。
私の場合、胎嚢は無事に確認できたものの、次のハードルは心拍の確認。
子宮筋腫が3つ見つかり、これは要経過観察。
強い痛みや発熱が起きたり、場合によっては早産のリスクになることもあると告げられた。
会計の表示に「12,800円」と出たとき、一瞬フリーズした。
ああハイハイ、これが噂の全額自己負担ね……と納得するふりをしながらも、「妊娠は病気や怪我じゃないから保険は効きません」というお国の理屈には、やっぱり少しだけひっかかる。
病院を出て出社する夫と別れたあと、私はひたすら「まだわからない」と自分に言い聞かせていた。
数ヶ月前、早とちりして悲しい思いをした経験があった。
母が、私を産む前に一度流産していたという話も思い出す。
妊娠がわかってからというもの、「確かなことはひとつもない」と、心が浮つかないように、毎日ブレーキを踏み続けていた。
帰宅しても仕事は手につかなかった。「胎嚢確認 6w(6週)」でXを検索すると、同じ時間帯に同じ不安を抱えている人たちの投稿が次々と現れた。
検索結果をさらに遡ると、6週の時期に不安を吐露していた誰かが、心拍を確認し、つわりに苦しみ、安定期を迎え、マイナートラブルを乗り越えて出産を迎えた記録が続いている。
その一方で、心拍確認のあとに静かに更新が止まっているアカウントや、「また一からやり直します」という言葉で締めくくられたプロフィールもあった。
中には私よりもずっと若い人もいて、そのたびに胸の奥がじんと痛んだ。
そうして私は、検索という名の沼にはまっていったのだ。
「7w2d」「心拍確認できない 確率」「つわり 13週 終わらない」
そのキーワードの羅列に、少しでも答えがあるような気がして、安定期に入るまでは暇さえあればスマホを開いていた。
少量の出血
下着が濡れているような違和感。急いでズボンを下ろすと、そこには茶色く乾きかけた血が滲んでいた。
下腹部にキリキリする痛みもあり、胸の奥に冷たい水を流し込まれたような焦りが走った。
「妊娠初期出血 量 色」「痛み いつまで」「流産の兆候」……
ChatGPT、ママリ、アスクドクターズに矢継ぎ早に質問を投げた。
今振り返れば、茶色い(=時間が経った)出血は、それほど慌てることではなかったのかもしれない。
そんな私の横で、夫はのんびりとソファに腰を沈めて「大丈夫だよ」と言いながらスマホでグルメやバラエティのショート動画を眺めていた。
まだ豆粒ほどの小さな命が私のお腹にしがみついていて、私のお腹は傷んで下血しているのに、夫は切り抜き動画をザッピングしながら笑っている。
同じ部屋、同じ時間を生きているのに、私はひどく遠くにひとりで立っている気がした。
それ以来、トイレに行くたびに、尿やおりものの色、量、匂いを確認する癖がついた。おりものシートは無香料のものに買い替えた。
これはまだ序の口だった。
妊娠中、何度も夫との意識のギャップにめまいを起こし、そのたびに誰にも相談できない心細さと、仕事の合間につい検索してしまう己の弱さと戦うことになる。
同棲してから今まで、家事の大半を担ってくれている(私は壊滅的に掃除ができない)。
自室から出てきて、歯磨き中に「ヴォェッ」とえずく私の背中をさすってくれる。
それでも、伝わらないことは山ほどあった。
私のように「出血茶色」と検索窓に叩き込んで、見知らぬ誰かの体験記を読むことすらできなかったのだ。
ほぼノイローゼのように、体調の変化や不安があるたびにママリに質問を投稿していたある日、顔も知らない先輩ママから、こんな回答をもらった。
でも今の時期、母体にできることはないので、信じてゆっくり過ごしてください」
この一文に出会って、ふっと肩の力が抜けた気がした。
ストーカー規制法やいじめ防止対策推進法に抵触しているので現代だと普通に警察に通報案件だな。
私のクラスのいじめられっ子、名前を仮にHくんとするけど彼は元の増田が言及しているようないわゆる積極奇異型と思われるタイプの人だった。
当時彼の素性を知らなかった私は普通に何回か口を聞いてしまった。
元のクラスはどこだったか、部活は何をしてるのかとかそれくらいの社交辞令に近い会話だったんだけどどうも私はH君に一方的に好意を抱かれてしまいストーカー被害を受けるようになった。
・授業の合間とか以外、例えば休み時間や掃除の時間にもしつこく話しかけられる。
・下校時に学校前のバス停で待ち伏せされる。(H君は帰宅部のはずなのに私の部活が終わるまで何時間も待っていた)
・既読無視してもしつこくLINEを送ってくる。(クラスのグループLINEからアカウントを知られてしまい、まだストーカーと知る前の最初期に友達登録を通してしまった。その後もブロックしたら刺されそうで怖かったので対処のしようもなかった)
幸いクラスの中の良い女子が味方してくれてH君が話しかけてこないようにガードしてくれたり一緒に帰ってくれたりしたけどつきまとい行為に怯えなくちゃいけない状況なのは変わらない。
友達にも付き添ってもらって先生に相談したけどH君のストーカー行為は一切変わらなかった。
H君からLINEで「先生に何か相談したの?」的なメッセージが来たから何かしら言ってはくれたんだと思うけど何も効果がなかった。(メッセージは当然既読無視した)
夏頃に本当に我慢できなくなって友達に付き添ってもらってH君にこちらの気持ちを正直に話した。
・話しかけてほしくないこと
友達の援護ももらいながらこれらを丁寧に説明しても、H君は「納得できない」「ふたりの問題に関係ない第三者が入ってきているのが気に入らない」「嫌うのは自由だけど僕にも話しかける権利はある」みたいな感じで何も話が通じなかった。
こちらがどれだけ恐怖と気色悪さを感じているか伝えても「納得できない」「理解できない」の一点張り。
今となっては笑えるけど、私が放課後に呼び出したことについて当初H君は告白されると誤解してたらしい。
話し合いの最後の方にH君は涙目になりながら「告られると思って期待してたらなんでこんな目にあわせるの!?」って叫んでいた。
こういうことが色々あって、男子にもH君の奇行は知られることになった。
私のクラスはH君以外、男女間も仲の良い雰囲気のクラスだったから私の友達のひとりが男子側にもH君のストーカー加害について共有して男子の方で何とかできないか相談したらしい。
もちろん先生にも追加で2〜3回相談したけど一向に改善しない。
それで男子は男子でH君が私や他の女子に変なことをしないようガードを固めてくれることになった。
・私を始め女子が怖がっているってことをH君に伝えるも「本人の口から聞かないと納得できない」「お前らに従う義理はない」と反抗された。
・A子(私)に嫌われているってことは確定事項でしょ、本人の口から聞いたでしょと伝えても「本人の口から聞いてない」「あれはA子が友達から言わされていただけ」「2人きりで話せないと納得できない」と反抗された。
・とにかく女子が怖がっているのでお前はもう女子に話しかけるなと再三言っても一向に話を聞かない。
・それでH君が女子に話しかけようとしたらその回数分だけケツを蹴り飛ばす協定が男子間で結ばれた。
・流石にケツを蹴るルールを適用してからはH君も大人しくなった。
・いまはH君も女子に話しかけるムーブをしていないのでH君とは関わらずに普通に無視している。
とのことだった。
私自身はH君が蹴り飛ばされている場面を目撃したことはないけど友達が男子に相談した後ストーカー被害を受けることは減っていき平穏な学校生活を送ることができるようになった。
私を守ってくれていた友達のうちの一人は日頃の恨みもあって何回かH君を蹴り飛ばしたことがあるらしい。
これ、お尻を蹴る行為は普通にいじめといえばいじめだけど自衛のための仕方ない暴力でしょ。
世の中どれだけ言っても迷惑行為をやめてくれない人っているよ。
元の増田で「いじめられっ子に原因があってもいじめはよくない!」みたいなこと言ってる人って、先生も頼りにならないこの状況でどうやって彼のストーカー加害をやめさせるの?
純粋に疑問。
繰り返しになるけどいじめられっ子が圧倒的に悪いタイプのいじめってあるよ。
Permalink |記事への反応(11) | 14:09
職場にいる悪意のないおじさんの話をしたい。
おじさんは50手前、モテるタイプの風貌ではなく、子どもから大人まで誰が見ても「人の良さそうな明るいおじさん」と評するであろう容姿と性格である。同性にも異性にも気軽に話しかけ、冗談を言っては周りを和ませている。独身で、おそらく話を聞いた限りでは女性との交際歴もない。代わりにオタク寄りの趣味があり、休日はさまざまな現場に行っているようだ。
ここまで読んでくれた人は「ああ、無害な良いおじさんなんだな」と感じたと思う。私もそう思っていた。
おじさんはよくお土産のお菓子などをくれたので、私も時々お返しにカルディで売っているようなお菓子を渡したりしていた。そこに何の他意もなかった。
しかし、ある日のこと。おじさんはスマホを片手に「前に話してた店あるじゃん?俺顔馴染みだから今度連れてってあげるよ」と言ってきた。
その時私が考えたのは(プライベートでの誘いはわたし的にはちょっと一線越えてるな⋯⋯いやでも、おじさんはフレンドリーな人だから、性別に関わらず公私の境目があまりないのかも。私の自意識過剰かも。でもどっちにしても、職場の人と休日に会うの嫌だな〜)と言う事だった。そして、とりあえず無難にかわしておく事を考え、「あっ、いいですね、またそのうち〜」と答えた。
私の中では「そのうち」「いつか」「また今度」というのは、先延ばしにしてフェードアウトする体の良い断り文句であったし、同性同士や同年代同士のコミュニケーションではそれで通じてきたからであった。
しかし、おじさんは引かなかった。
「じゃ、じゃあさ、LINE教えてよ。行くとき連絡先知らないと困るじゃん?」
「えっ、じゃあ連絡取る時どうしてるの?」
「あ〜、SMSとか⋯⋯」
「それじゃあ俺の番号教えるよ」
「あ、でも今スマホないので」
「紙に書くから後でメッセージ送っておいてくれればいいから!」
おじさんはいつもより妙に顔を紅潮させており、異様に強引であった。
そして私はメモの切れ端に書いた電話番号を渡されたが、その後一切連絡をせずにいたところ、2日ほど後におじさんが「いつメッセージ送ってくれるの?」と話しかけてきた。
(うわ〜、来ちゃったなあ)と内心思いながら、私はchatGPTにかねてから相談していた通りの返答を返した。
「すいません、私実は持病があって、休日は休むようにしてるんです。連絡もすぐ返せなくて申し訳ないので、あまり人と連絡先交換しないようにしていて(大体事実)」
おじさんは本質的には好人物であるので、こう言うと「ああそうなの?」と、それ以上何かを要求してくることはなく、私はこれで二度と誘われる事はあるまいとほっと胸を撫で下ろしたのであった。
しかし、現実はそれでは終わらなかった。おじさんとはその後も普通の雑談などはしており、たまに服の模様などが被った時に昭和のセクハラおじさんみたいなノリで「お揃いじゃん」などと言われ、心の中でキモいボタンを押したりしていたのだが、そんなある日、たまたま帰宅中におじさんと偶然遭遇してしまったのである。
おじさんは自宅が反対方向なのにも関わらず、「駅まで送るよ」などと言い、こちらが「大丈夫です」と何度言っても引くことなく、結局駅までついてきて、私は内心げんなりしながら諦めて雑談に付き合った。
道中、おじさんは終始楽しそうであった。
途中、雨が降り始めたので私は傘を差したのだが、おじさんは傘がなく、1人で傘を差しているのも申し訳なく思って「傘に入りますか?(他意なし)」と声をかけたりもしたのだったが⋯⋯。
それから数日して軽く残業していると、おじさんが「帰りに駅前の居酒屋に行こうよ」と、以前のごとく頬を紅潮させながら話しかけてきた。
私は心の中のキモいボタンを連打しながら「私お酒飲まないんですよ〜、誰か別の人誘ってください」と笑顔で答えたのだが、おじさんには伝わらなかった。
「酒飲まなくても飯食えばいいじゃん。奢るからさ。あっ、あの店カード使えたかな?途中でコンビニで金下ろしてもいい?」
おじさんは「断わられる」という可能性を考えていなかったのか、どんどん自分の中で話を進めていく。危機感を覚えた私はさすがに焦り、「いや、行きませんって!(笑)」「行きませんよ!!」と何度も念押しをした。
すると、おじさんは「え〜、なんで?」「いいじゃん、行こうよ」と食い下がりつつ、「相合傘までしようとした仲じゃん」「あ〜あ、誰かさんと相合傘したいなあ〜」などと言い始めた。
この時点で、キモいボタン連打のカウントは一億を超えており、メガキモいランプが点灯を始めていた。
私は自分の仕事を努めて冷静に続けている振りをしながら、「雨降ってたら誰でも傘くらい入れますよ(笑)」と答え、おじさんはようやく、渋々その場を立ち去っていった。
おじさんの行動が度を越してきたのはその頃からだったかもしれない。
また別の日、帰宅中に再び偶然会った時、私が駅まで付いて来られるのを回避しようと「用があってお店に寄るので」と言ったりすると、「俺も一緒に行くから気にしなくていいよ」などと言いながら、結局駅まで付いて来た。以後、それが何度も続くようになった。
どんなに固辞しても「気にしないで」「遠慮しないで」と言われる。私は遠慮したり気遣いをしているわけではなく、「本当に嫌で迷惑だが、そう言うと角が立つのでやんわり伝えている」つもりであったのだが。
結局コンビニ、スーパー、ドラッグストアの入り口や、時には店内にまでおじさんは付いてきて、本当は買うものなどなかった私が会計を済ませるのをホクホク顔で待っているのであった。
そうして駅まで仕方なく同行していると、おじさんは「おっと、女の子を車道側歩かせる訳には行かないから場所代わって」などと言い出すようになった。私は力なく笑っていたが、何度目かに「そういうの本当に嫌なのでやめてもらっていいですか⋯⋯」と伝えたが、意図は伝わらなかったようだった。
もう本当にやめてほしくて、そろそろストレスで胃腸に変調を来たしていた。そんなある日、私の住んでいる地元でとあるイベントが開かれた。以前おじさんとその話をしたことがあるのだが、数日前になって、おじさんは「◯◯のイベント行くでしょ?俺は◯時頃行くから◯◯で会おうよ!待ってるからね!」と言い出した。
私は実際に休日はほぼ寝ているので、「多分行かないです」と答えていたのだが、おじさんの中ではすでに確定事項となっていたようで、前日にも「明日◯時ね!」と言ってきた。私は全く行くつもりはないまま、「行けたらですね〜。多分行かないですけど」などと答えていた。
当日、私は当然現地に行かなかった。そして週が明け、月曜日。会社でおじさんとばったり会うと、おじさんの様子がおかしい。普段ならテンション高めに挨拶を返してくるのに、怨みがましいような、怒っているような真顔で、無言のままじっと私の顔を見て、しばらく間を置いてから低い声で「お疲れ」とボソッと挨拶を返してきたのだ。
怒らせる心当たりと言えば、「イベントに行かなかった」ことだが⋯⋯⋯。一方的に「会おうね」と言われて行かなかった事が、おじさんにとっては「無断でドタキャンされた」という事になったのだろうか?
おじさんは私以外の社員とはいつも通りに話しているようだったが、その後も私とは目を合わせようとはしなかった。それは私にとっては迷惑でもあったが、セクハラまがいの絡み方をされずに済むのは好都合でもあり、特に関係を改善しようとも思わなかった。こうしておじさんから誘われる問題は自然解決した⋯⋯⋯⋯となれば、万事良かったのだが。
しばらくすると、おじさんは再び何事もなかったかのように話しかけてくるようになり、帰り道に偶然会うとかを通り越して、会社の前やエントランスで待ち構えているようになってしまった。
私はできるだけ同僚の女性と行動を共にするようにしていたのだが、それでも一緒に付いてくる。さらにはその女性の前で、「誰かさん(私)は冷たいからなあ」などと、妙な匂わせをするようになったのである。
キモいボタンは連打しすぎてすでに爆発し、私は死んだ目でこの世界が今すぐ終わることを願う「終わり」ボタンを押すようになっていた。
おじさんは会話の中で「月に一回は一緒に帰りたいんだよ」などとも言っていた。私の意思はどこにあるんだ????
先日は同僚の女性も一緒に、三人で仕事帰りに飲みに行こうと誘われた。「タダ飯だよ?」「1時間だけ飲んですぐ帰ればいいじゃん」と言うのに、「仕事終わったら1秒でも早く帰りたいので」と断り続けていたが、もはや押し問答のような状態になり、しまいには「1時間だけ寄り道するのも嫌なくらい居心地いい家なんだねえ?」などと言われる始末であった。
それに対し私が全てが面倒になり、「さっさと帰って全裸になりたいんで」と言い放つと(今思えば失言であった)、おじさんは水を得た魚のように、「えっ?何何?もう一回言って?」とセクハラの構えに入るのであった。もう思い出しながら書いていて疲れてきてしまった⋯⋯⋯。
おじさんの誘いは全て断っており、連絡先も教えておらず、セクハラ的発言にはストレートに「最悪」と言うことすらあるのだが、おじさんはそれらの全てを『じゃれ合い』の文脈に回収してしまっているようである。chatGPTに相談したところ、「拒否を拒否として受け取らず、交渉すれば通ると認知している」「距離を詰めることが目的になっているようですね」とも言われた。さすがchatGPTは芯を食った事を言う。
『じゃれ合い』と取られるのは、私が年下で、社歴も短く、また職場で評判が悪くなったり雰囲気が険悪になることを避けたいがために半笑いだったり冗談に紛れさせるような態度を取らざるを得ないことも原因なのかもしれない。(女性的なコミュニケーションの取り方と言えばそうでもあるのだろう)
何でもかんでもハラスメントにする面倒な人間と思われそうで、会社にも報告はしていない。しかし、もうそろそろ限界なので、来週また何かあればおじさんには『これ以上しつこくされるようなら職場の問題にするしかない』と伝えるつもりではある。
しかしそうしたらしたで、私は『善意で優しくしてやったのにセクハラで訴えようとした勘違い女』と言われたりするのだろうか⋯⋯とも思う。気が重い事である。
しかし、自分の行動の全てをおじさんへの好意と受け取られるような状態に、本当にノイローゼ気味になってきた。
最近一番キモかったのは髪がサラツヤストレートなのをホクホク顔で褒められた事である。このところおじさん以外にも職場で気が重い事が多いので、自分の気分、モチベを上げるために、トリートメントやアイロンに時間をかけて髪のコンディションを良くしていたのだが、それさえもおじさんにとっては「俺のために髪をサラサラにしてきたのかな?可愛い事をする奴め」と認知されているのかもしれない。本当に、本当に勘弁してほしい。私は自分のために身だしなみを整える事さえ許されないのか?????
おじさんには悪意はなく、その非モテ的認知、ジェンダー観もおじさん個人の責任というよりは社会的に作られたものであるのだろうが、私はおじさんのために存在しているわけではないのだ。
それを何よりもわかってほしい。それだけである。
ほど遠いって君の感想だよね?そんなのを害と認識しちゃうのノイローゼかなんかじゃ無い
dorawiiより
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特定されないよう、ある程度ぼかして書く。バレたら面倒だから突然消したりするかも。
ある日親友からサシ飲みに誘われた。そしたら「金を貸してくれ」と言われた。
彼のことは仮にDと呼ぶ。
Dは地元の友人グループの一人で、小学校からの付き合いだった。
高校に入学してもほぼ毎日遊ぶ仲で、進学でお互いに地元を離れたことで昔ほど頻繁には会わなくなったけれど、それでも3ヶ月に1回は東京で飲んでいた。
少なくとも俺は親友だと思っていた。
だけど風の噂で、上京したDは悪い友達から悪い遊びを教わり、更に3つ年下の女の子の家に転がり込んで、ヒモのような生活をしていると聞いていた。
彼の性格的に意外ではなかった。だからこそ金の無心も、ショックだったけど、頭のどこかでは「まあDならやりかねないな」とも考えていた。
とりあえず、いくら貸して欲しいのかと尋ねた。
するとDは「いや、参ったよ」みたいなテンションで、へらへら笑いながら言う。
「200万円貸してほしい」と。
最初、聞き間違えたのかと思った。想像していたよりもふたつ桁が多かった。
D曰く
・大学卒業後就職したものの数ヶ月で仕事を辞めて、今は新卒のカノジョに生活費を全て肩代わりしてもらっている。
・ギャンブルにハマって、首が回らない。
・カノジョへの借金はすでに150万にまで膨れ上がっており、今年中にこれを返さないと家を追い出すと言われている。別れたくはない。
らしい。
マジで意味がわからなかった。加えてカノジョといずれ結婚するつもりだと言うのだから、もう大混乱だった。
いつの間にか自分の親友がウシジマくんの世界の住人になっていた。
ちなみに200万円の内訳を聞いたところ、
150万をカノジョへの返済にあてて、残りは弁護士費用と当面の生活費にあてるらしい。
瞬間的にぶっ⚪︎してやろうかと思った。
とはいえ冷静さを取り戻して、俺は以下のことを伝えた。
・200万を貸すことはできるが、そんなのその場しのぎで、借主がカノジョから俺に変わるだけ、根本的に解決していない。
・それに金を貸せば確実に俺とお前の友情は壊れる。だから一銭も貸さない。
・どうしてもカノジョと別れたくないのであれば、しっかりと今後の返済計画を立てて誠心誠意カノジョに謝れ
おおむねこんなことを伝えたと思う。
本音を言えば「カノジョが可哀想だからさっさと金返して解放してやれ」まで言ってやりたかったけど、そこまで指摘する気力はなかった。
とにかく俺は親友としてできる限りのアドバイスを、根気強くした。
彼は終始、むくれた赤ちゃんみたいな顔でこちらの話を聞いていて、最後に言った。
「で、結局貸してくれないってこと?」
本気であの時仕留めておけばよかったと思う。
今のDはさまざまな不幸が重なって正常な判断を失っているだけで、きっといつかは分かってくれるだろうと信じていた。
「なんならお前のとこで雇ってくれない?家でできる簡単な仕事がいいんだけど」
笑って誤魔化したけど、正直卑屈な笑みを浮かべながらそんなふざけたことを抜かす彼がゴブリンかなにかに見えた。
しかしDはこれで終わらなかった。
それからほとんど毎週のように電話をかけてくるのだ。仕事中だろうが真夜中だろうがおかまいなしに。
おおむねの予想通り、全て金の無心だ。
自分は今こんな酷い目に遭っている。でもいつかは必ずよくなる。返す目処は立っている。親友のよしみだ、金を貸してくれ。
別の友人の結婚式で顔を合わせた時もしつこく金を貸せと言われた時は、本気でブチギレた。
とにかくそのたびに俺は「二度とその話はするな」と言った。それでもDは辞めなかった。
そんなことが一年続いた。
やられたことがあるやつだとわかると思うんだけど、こんなふうに何度も何度も何度も何度も同じ話をされるのは、精神的に疲弊するんだ。
こんな話聞かせたくないと一人で抱え込んでいたこともあって、俺は若干ノイローゼになっていたと思う。
そんなある日、見知らぬアカウントから、俺の仕事用アカウントへ、ダイレクトメッセージで画像ファイルが送られてきた。
見ると、Dの顔写真だった。
「金返すように言ってください」
「おーい」
「無視すんな」
直感した。
Dはとうとう、本当にヤバいところから金を摘んでしまったのだ。
俺はDの全ての連絡先をブロックした。
さらに注意喚起として小学校からの友人グループにも今までのいきさつを共有した。
どうやらDは、俺にしか金の話をしていなかったらしい。
(あとから知ったのだが、他のメンバーは既婚者だったからだそうだ。なんだそりゃ)
とにかく、これでDとの関係は完全に断たれた。
もう金の話で煩わされることもない、仕事は順調で、結婚もした。
Dの記憶は日々薄れつつあるけれど、ふとどこかで供養したくなって、ここに書き込んだ。
正直他にも色々あったけど、どこかでDに伝わって逆恨みされても嫌だから、ここでは書かないことにしておく。
最後にひとつ、俺のスマホにはほぼ毎日、非通知の番号から電話がかかってくる。
多い時は日に10本の非通知がかかってくる。
一度だけ、酒に酔って間違えて出てしまったことがあるんだけど、おおかたの予想通り、非通知の主はDだった。
彼の卑屈な笑い声が聞こえた途端、一瞬で酔いが覚めて、慌てて電話を切った。
それ以降彼の笑い声は聞いてない。
詐欺防止のため、人工知能による対話システムを搭載した某銀行ATM
利用者A(仮名)「引き出しをしようとしたら、セックスさせろというメッセージが出てきて、先に進むことも、カードを取り出すこともできなくなってしまって……」
利用者B(仮名)「制御システムに干渉しているのか、ATMのブースから出ることもできなくなり、数時間閉じ込められました」
利用者C(仮名)「セックスさせろ!セックスさせろ!という音声が止まらなくなり、頭がおかしくなりそうでした。その日から、おかしな自動音声の電話がかかってくるようになって。通話すると、ATMと同じ声でセックスさせろと連呼するんです」
利用者D(仮名)「あらゆる電化製品が……スマホはもちろん、運転している車のシステムや、お掃除ロボットまで、セックスさせろと言ってくるんです。ノイローゼになりそうです」
増田は昔、中絶を非倫理的行為だと思っていた。しかし最近はそこまで拒否感を感じていない。
だって育てられない親の元に生まれて幸せなのか?という話だ。そういう子は里子に出されたり、祖父母が面倒を見たり、あるいは虐待されながら実の親に育てられるんだろう。そういう人生もある。それで幸せになった人もいる。それは良いことだ。でも「幸せになりました」という声がニュースになる時点でそれは例外的なケースであって、フラットに考えると人並みの幸せを簡単に得られる可能性は低いと考えるべきだろう。
そう思うと増田にとって中絶とは、避妊の延長線に過ぎない。妊娠を「避ける」というのは失敗しているが、不幸な出産を「避ける」という意味では大差ないと思っているし、それが法律で規制されているのは不思議な状況だとも思う。
日本では世界水準と比べて、時代遅れでリスクの大きい避妊手術が未だ行われている。これは中絶への無関心なのか、あるいは懲罰的思想によるものなのかは分からないが、いずれにしても中絶が重く見られる要因の一つに、この「掻把法」という手術があるだろう。端的に言うと、ベテランでも失敗する確率が高く、失敗によって不妊になる可能性があり、しかも40年前には既にもっと優れた手術が海外では普及していたような手術法だ。優れた手術が日本に導入されないのは、日本の産婦人科医達の思惑がある…という噂もあるが、いずれにしても日本での中絶とは、今の子供だけでなく未来に授かるかもしれない子供まで諦めなければならない出来事である。これが中絶のイメージを重くし、特にパートナーに中絶させた男性への心象を悪くさせる大きな要因であると感じる。
中絶へのハードルを上げるのは女性の負担の軽視や、生まれてくる子供の人生の軽視によるものではないかと思える。日本で虐待の実情が広くお茶の間に知られたのは、増田の記憶では2019年の野田小4女児虐待死事件だったと思う。それまでの虐待死事件は年少の児童がほとんどで、育児ノイローゼの結果として同情的に受け入れられる部分も少なからずあった。しかしこの事件では「児童保護機関が機能していない」「児童が訴えても大人の対応不備によっては最悪の事態になる」「ノイローゼではなく、嗜虐的に虐待する親が存在する」「親が子を連れ戻したのは、愛情ではなく執着心によるもの」といった、それまでの常識を覆す虐待の実態が明らかになり、「虐待する親の中には想像を絶する者がいる」ことが広く知れ渡るきっかけとなった。また、この事件が「親ガチャ」という言葉を世間に納得させる転換点となったと感じている。
要するに、親に恵まれなかった子供に対する受け皿も満足でない社会で、授かった命を中絶するのは倫理的によろしくないというのは大きな矛盾ではないか?ということだ。産めと言う側が育てるとは約束しないということになる。それなら育てる側の責任として、中絶するのも立派な選択の一つであると考えている。そう思うと、中絶への倫理的な障壁を成すものは、やはりリスクの高い手術法だと思うし、その手術法がリスクの低いものへと変化するには、中絶そのものが手軽に行われるべきだという風潮に変化する必要があると感じる。
前の職場が人の往来の多いところだったんで色んな赤ちゃんの泣き声を聞いたんだけど、たまに地獄みたいな泣き声の赤ちゃんがいる。
もはや生存に有利とか通り越して大人から疎まれそうなくらい不快な響きでさ、あれは親御さん大変だろうなって思うくらいの。
そうかと思えば可愛い泣き声というか、微笑ましくなる響きの赤ちゃんもいて、その違いは何なんだろうなって思ったり。
より不快な泣き声をあげた方が構ってもらいやすくなるっていう「学習」なのかな、でもほんと自分の子どもがもしあんな泣き声だったらすぐノイローゼになっちゃうよって思うくらいヤバい赤ちゃん、生き物のバグだなって。
音や振動が出る自宅でやるような趣味(楽器とか筋トレとか音楽とか)に関するネット記事で
「これこれこういうことやってましたけど、苦情は来たことないですね」とか
「振動響くかなと一応マット敷きましたけど、苦情は来てないので大丈夫そうです」とか
苦情が来る来ないを目安にしている奴が本当に憎い
だいたいそういうのは階下の人間はすでにノイローゼになるほど苦しんでるからな
「苦情が来る」=「包丁持って飛び込んでくる」になりかねない加害だからな
アマプラが新作でオススメやでって執拗に表示してくるも2019年の映画?で評価がゼロ。この映画、何かヘン?と思って敬遠してたんだけど、まぁもしかしたらインディーの思わぬ拾い物の可能性もあるよなと思って視聴。
評価なし。
冒頭、日本での自殺者の5割以上が20~30代!精神疾患者の人数は500万人以上!引きこもりの数は140万人以上!みたいな煽りVが入って、アッ……となりつつも、まぁ、まだ可能性はあるからと思って視聴を継続。
陰キャボーイがYANKEEにボコボコにカツアゲされている。その後、その陰キャボーイが明らかに精神に何らかの疾患がありそうなおじさんにコーヒーをぶっかけて、この悪意の連鎖表現20回は見たな、あとカメラ安定しないなとなんだか身が入らない。
その後、幼稚園で「いもしない」モンスターペアレントの声が聞こえてきてしまうノイローゼ保育士が倒れるパートが入って、その保育士が鍼灸師の治療院で目を覚ますというジャンプスケア(誤用)。目を覚ますと鍼灸師はなんか自分を写真撮ってるし、もっと治療増やしましょうかとか言ってくるし、ブラウスのボタンの一番上は外れてるし、名刺を「本当のあなたに渡してください」とか言ってくるし超キモくて嫌な感じだなぁと思ったところで。
ギバーーーーーーーーップ!!!!ギブアーーーーップ!!!!!!!!!
もうず~~~~~~~~~~~っとカメラがグラグラしてるんよ。
酔うんよ。
登場人物と一緒にカメラが移動する時とか多少揺れてるとかはいいんだけど、完全に止め絵のときもず~~~~~っとユラユラユラユラしてるからマジで酔う。揺らしてるってよりは「揺れてる」んよ。不安定なんよ。三脚とかない時代に撮られた映画なん?Youtuberですら止め絵で画面揺れすぎないように頑張って撮影してるよ。
まぁ2019年、まだ手ぶれ補正のない時代だったのかな?2014年のiPhone 6には搭載されてたけどさ。
たぶん誰もレビューしてないのは俺と同じようにみんな酔って離脱してしまったからに違いない。
ので、うちの話。
バズってる話とは本筋がズレている気もするが、まああのバズにかこつけて色々吐き出したくなったというだけです。
自分自身も発達障害(asd,adhd)で、何かと苦労してきたと思う。知的障害を併発してはいなかったが、周りとは馴染めないし、友達もできないし、忘れ物等のポカも人様の数十倍。
しかしそれよりつらいのは親がその気持ちを一切理解してくれなかったことだ。
自分は知的障害を持っていない。はっきり言うが高IQの部類で、親は目に見えている発達障害の特性や困りごとをガン無視して、そこばかり取り沙汰していた。辛い。
やればできるでしょ、頑張ればできるでしょ、あなたならできるでしょ。これら全ては自分への信頼の言葉のような顔をして投げかけられていたが、その実息子が"障害"を持っていることからひたすら逃げているだけの言葉だった。少なくとも自分にとっては。
大人になってからなんとか自分で検査を受けると、かなり強めに発達障害の傾向があると出た。
能力が高いですね、という心理士さん(確か)の言葉は、これだといろいろ困ることもありますよね、と続いた。
その後、親に検査結果を打ち明けてみた。
「疑ったことはあったけど、考えて結局発達障害ではないと思っていた」
「本当にそうなのか? 検査してくれた機関は信頼できるのか?」
等々、わりと予想通りの返答が来た。予想通りではあったが、苦しかった。
なぜなのか。なぜ子供が他の児童の何倍も十何倍も忘れ物をしていても、異常に片付けができなくても、こだわりが強くても、対人関係でずっと困り続けていても、何の問題もない高機能な人間であると断定できてしまうのか。
それでも自分、ここまではやってきたのだ。なんとかした。親に助けてもらった部分もある。先生にも数少ない友人にもたくさん手を差し伸べてもらった。でも、ここまではやってきたのだ。自分が。
その辛さを結局「もう少し頑張ってみたら」で一蹴できてしまうのは、やはり現実逃避に他ならないと自分は考えている。
しかし、"障害"という言葉そのものに打ちのめされて、それ以上は考えられない、考えたくない、まさか自分の子がそんなわけ。そういう感情の中、親は戦ってきたのだろう。
親ばかりを責めるのは心苦しい。自分の育児でノイローゼになり、息子と心中することも考えたそうだし、自分がうまく育たなかったので夫婦仲もめちゃくちゃになっていた時期がある。
親も苦しかったのだと思う。そんな事は考えなくたって分かっている。
ただ、少しでも"頭が良い子"とか、あるいは"障害者"とか、そういうレッテルを貼ったり型に当てはめたりしないで、自分自身を見てほしかった。
理想の息子ばかり夢に描かないで、現実に目の前にいる息子のことを考えてほしかった。
最近はいい加減割り切ろうと思い気持ちを切り替えているが、やはりとても寂しい。
バズっていた投稿は、自分とはかなりケースが違うと思う。自分は療育とか就学の問題とか、そういうものに直面していたわけではない。
親の思い描く既定路線に進まなかったことだけは同じだと思うが……。
ただ、コメント欄で「絶望しすぎないで子供そのものを見て」「障害があるから全ての可能性が閉ざされるわけではない」というような内容を見て、(その言葉が正解なのかはさておき)自分としても共感できて思うところもあったのでこういう話を書いてみた。
我が子の発達障害を直視できない親を持った一人の子供の意見でした。
読んでくれた人ありがとう。大した意義のある文だとも思っていないけど、少しでも何か感じてくれたらうれしいです。
あのシチュエーションは母親が親権を取れなくてその上赤ちゃんポストに捨てても父親が引き取れるのでロリコンに虐待されて育つのを避ける方法がないという特殊なケース
毎日性犯罪のニュースが流れてうんざりして、エレベーターで無差別に殺される事件があったりして、かなり一般的な自分でさえ痴漢や露出狂には会ったことがあるのが現状
正直女は見た目年齢関わらず自衛をしないといけないのは事実だと思う
でもこういうことを言うと異様に叩かれたりするなと思っていて、これは性犯罪者よりの人間が叩いてるのか一般男性も過剰防衛だと思ってるのかわからない
もっというと被害を受けている女性に同情をするのか性犯罪を犯す方に共感してるのかどっちなんだろう?と思ってしまう
女だから頑張ってミラーリングしてみると、たちんぼをする女やノイローゼから子供を殺してしまう女を福祉に繋げてやってくれとは思うが仕方ないとは思えないんだよなあ
虐待に関して自衛や大人に相談しようと声かけされている子供がいたとして、親がみんな虐待すると思ってるのか!って怒る気にはならないし...
いまいちどう見えてるのかわかんないんだよね