
はてなキーワード:ヌルとは
Ave Mujica超強い。
何が強いって攻撃力が強い。
feverしてポチってしたらボスのHPがバキバキって減って画面の隅っこにいたはずの敵も気づいたら溶けてる。
対ギミック性能は足りてないし防御力もペラペラだけど、異格ホシグマがいればいい感じにデコイやってくれるからその弱点も解決する。
強いていうならメインパーツの3人は画面に並べなきゃだから編成自由度が低いことかな。
個人的感想としては最悪だった、客観的に見るとRPGやドラクエをやってこなかったZ世代より下の世代に向けての入門案内なイメージで今後を見越して色々試してるんだなと見てとれる。(なら12でやれや)
だがしかし切り抜き動画やショート動画ファスト映画等タイパドーパミン中毒の若年層を取り込みたいのはわかるがその層はRPGはやらない、FPSで馴れ合いと脳汁噴射こそこの世代における"ゲーム"そのものだからだ。彼らにとってRPGは配信で接種する情報でしかない。
だからこそリメイク作品をうたうのであれば、旧作ファンを狙った追加要素もりもりで発売してほしかった。8のようにプレイアブル追加ややり込み要素の大幅増量あれこそ7に求められていたリメイクの姿。
蓋を開けてみればなんだあれは!?誰も仲間増えないは転職システムのさらなる改悪テンポだけを優先したヌルゲー化。難易度の任意調整。つまらないキーファのたねの悪のり。モンスターの総数や育成ややり込み要素やシナリオの大幅削除。戦闘や育成はおまけみたいな感じかと思えばシナリオもぺらっぺら。おっさんキーファのストーリー追加するくらいなら離脱しない分岐作った方がまだまし。ネットに影響され過ぎ。
なにも考えず手だけ動かしてみてるだけでクリアできる、これはもはやゲームではない。だれがこんなんに9000円も払うんだよ!?
ドラクエである必要もなにより7である必要性が皆無な最悪のリメイク。なぜ唯一絶対のストロングポイントでありピーキーでもあるゲームボリュームを自ら手放す?それなくしたら7になんも残らねぇぞ?
悔しかったから7000円で売ってやったぜ!2000円は授業料だ。ウッドパルナだけ丁寧に分岐まで作りやがって、この体験版詐欺がよ。新人育成を歴史に頼るようでは先細りの一途だぞ。
同作は映画化漫画化など多数のメディアミックス展開をされていることから、
麻雀愛好家以外から知られている最も有名な麻雀のイカサマ技かと思われる。
この技は、まだ自動麻雀卓が出来る前、雀士が手積みで麻雀牌を積んでいたころの積込イカサマである。
まずコンビのうちの親が
「明日は晴れるかな?」
などと天気のことを世間話で話しをして、下家のお引きにイカサマの合図をして積込を促す。
そして親はサイコロを振って
出目を
2
2
と2回続けて2の目を出す。
そうすると親は自分が積み込んだ牌と、下家のお引きが積み込んだ牌から手配を並べることになる。
そして、その並んだ配牌は、すでにあがっている形(ツモ)だ。
この技はサイコロの出目を2→2と繋げることから二の二の天和と呼ばれるのだ。
麻雀放浪記において
なぜ二の二の天和の開始の合図は「天気」の話なのか?
登場人物出目徳は、主人公坊や哲になぜ天気の話がイカサマのトリガーであるとしたのか?
違和感無く、世間話として登場させるのに天気の話ほど自然なものはないだろう。
あくまでさりげなく合図を送らないといけないのだから目立つ言葉は駄目だ。
その自然さから、彼らの強敵であるドサ健なども全くその違和感に気付けない。
(ちなみに出目徳は2度続けてこの二の二の天和を炸裂させるという大技を使うが、
そのときの合図も天気の話である。これは流石に違和感がありまくりだったが、
そのことに気づいて坊や哲と出目徳の手さばきを積込を見ていなかったドサ健はちょっとヌルい。)
さて、天気の話である。
どうでもいい世間話に、天気の話うってつけだ。
まあ、そのとおりなのだろう。
しかし、ふと気づいた。
「雪だ」
今朝、歩いていて今年初めての雪に気づいた。
その粉雪を見て一瞬「積もるかな?」と思った。
その瞬間だ閃いた。
ああそうか、天気の合図って、もともとは「明日は雪だな」とか「雪が振り続けそうだな」とかだったのではないか?
つまり
「(雪が)積もるぞ(ツモ)、配牌の時点ですでにツモってる天和を出すぞ」
でも雪の話は雪が降らない地域だとか降りそうにないときに持ち出すのは不自然だ。
だから、そこから天気の話であれば天和の合図だ、ということになったのではないか?
雪を見た瞬間にそういうことを思いついた、というだけの話でした。
遊ばせてくれてありがと。つまらなかったわ。じゃあね。
というのはお約束として、うーん……。求めてるものの違いかな。
ニンテンドーds版はやってないからPS版との違いになるけど、『原作を綺麗にして遊びやすくした』という域を出ない感がある。
もちろん、あの理不尽な不便さを再現して欲しいわけじゃないが、なんか親切設計過ぎて、接待プレイされてる気分になる。
マップは小さいし、次に行くべき場所がマップ上に明示されてるし、ルーラはダンジョンや石版世界でも使えるし(そりゃ、PS版やってた時は石版世界でルーラ使えない不便さに苦しめられたものだけど、マップ狭くなって難易度も落ちてるのに、ルーラまでめっちゃ便利になってたら、快適さを通り越してヌルゲー化してるんだよな……。ルーラをここまで便利にするなら、マップを狭くしなくても良い気がする)、敵は弱いし金は貯まるし。とどめに謎の神殿の構造が……
戦闘はかなり快適になってて、特に自動戦闘の速さは大満足だが、どうにも冒険というほど冒険してない感が強い。
茨の道だぜにするべきだったかな……
まあ、あくまで自分が想像した『理想的なドラクエ7』とのズレというだけなので、初めてドラクエ7するという人には、PS版よりこっちの方が良いだろう。
「Twitter(現X)でバズったネタをTRPG化しました!」そんな売り文句を見た時、俺の脳内で警鐘が鳴り響いた。
「ああ、これは危険な匂いがする」と。ネットミームや勢いだけで作られた作品がゲームとしてのバランスを放棄している例を、俺は嫌というほど見てきたからだ。
だが、今回紹介する『ギャップおじさんTRPG』に関しては、淡い期待を抱いていた。「普段は冴えないおじさんが、実は最強の超人」というコンセプトは、厨二病を患ったまま大人になった俺たちにとって、抗いがたい麻薬だ。
窓際族の係長が、裏では国家を揺るがすエージェント。そんなRP(ロールプレイ)がシステムで保証されているなら、多少の粗には目を瞑れるはずだ。
このゲームは『「超人ごっこ」をさせたいのか、「無力なおじさんが理不尽に抗う姿」を見せたいのか、設計思想が一貫していない』作品だった。
俺はこのシステムと出会って2年、文句を言いながらも両手で数えられないほどはプレイし、GMも務めた。エアプではないことだけは先に言っておく。
これからこのゲームを遊ぼうとしている奴、あるいは「GMが楽できるシステムです」という売り文句が頭から離れないGM。
この記事を最後まで読め。お前がリアルに闇堕ちしないための拠所に、俺がなってやる。
なお本記事は『ギャップおじさんTRPG』のレビューだ。ルールブックは購入して読んだ。
ただし話をややこしくしたくないので、本文では無料公開の「スターターパック改」と共通する範囲と、同じく無料公開のサンプルシナリオ等に絞って語る。誰でも確認できる材料だけで「どこがどうダメか」を説明するためだ。
サプリメント等で調整が入っている可能性はあるが、今回は扱わない。
俺がこのゲームに求めるTRPG像は『プレイヤーが不快なストレスなく、理想の超人ごっこを堪能できること』だ。本記事においてはその基準で評価する。
まず、このゲームの「ガワ」は優れている。
普段は冴えない窓際族のおっさんや、コンビニバイトの若者が、かつては世界を揺るがす超人として暗躍していた。文脈としては、いわゆる「なろう系」や「必殺仕事人」的なやつだが、これを嫌いな人間はいない。
システム面でも、表の顔と裏の顔をそれぞれ設定できるキャラメイクが秀逸だ。
「無職」「不精」みたいな欠点を抱えたまま、裏では専属の「部隊」を使役する。この落差を演じる楽しさは、本作の明確な強みになっている。
特に冒頭の「拠所(PCの日常に留まる動機)」フェイズで日常を描写させるルールは、PCやNPCへの愛着を育てるのにきっちり効いてくる。しかも、その拠所を敵が攻撃してくる。ドラマ作りとしては王道だし、素直に熱い展開だ。
ここまでは良い。ここまでは、俺も「神ゲーじゃん」と思っていた。
このゲームのPCは「異端の超人」という設定だ。秘密警察のエージェント、過酷な訓練を受けた傭兵、封魔の一族の末裔。さぞや華麗に敵を屠ってくれることだろう。
だが、このゲームの行為判定を見てほしい。「6面ダイス1つ」で「目標値7」。さて、6面ダイスで7を出す確率はいくつだ?答えは0%だ。
一応、用途に適した特技なら+2の補正が入る。それでも5以上を出さなきゃいけない。無論判定を有利にするスキルもありはするが、つまるところこの世界の「超人」たちは、何かしらのリソースやスキルがなければ、3回に2回は失敗する程度の能力しか持っていないに他ならない。ドラクエの「まじんぎり」だってもうちょい当たるぞ。
「リソース(光や闇)を使えば成功する」というのがこのゲームの肝らしいが、要するに「身を削らなければ特技さえままならない」というだけの話だ。テーマの解説には「失敗されると困るから云々」と書いてあったが、だからといって素の成功率を0%にするのは違うだろ。
戦闘システム、特に「防御」の仕様はストレスの塊だ。このゲームの防御は「ダメージを減らす」のではない。「敵の判定の目標値を上げる」という処理になる。分かりやすく言い換えると、「敵がミスる確率を上げて祈る」訳だ。
敵の攻撃を飄々と受け流す……という誰もが夢見るシチュエーションを実現することは、このシステムでは諦めるのが賢明だ。
そして、想像してみてくれ。PCがカッコよく防御スキルを発動する。だが、GMのダイス目が走って敵の必殺技が成功する。PCは努力虚しくダメージを受ける。流れる気まずい沈黙。「あ、防御したけどあんま意味なかったですね……」というGMの申し訳無さそうな声。
人間心理として、「攻撃が外れた」よりも「リソースを払って防御したのに無駄だった」ほうが圧倒的にストレスが溜まる。
俺がやりたかったのは「舐めてた相手が実は殺人マシンでした」であって、「殺人マシンだと思ってたらオンボロでした」じゃないんだよ。
次はGMとしての目線で、俺が最も不可解に感じた点を話そう。製作者はSNS上で「「GMを堕落させる」レベルで楽」と投稿している。2024年の宣伝においても「GMが堕落するシステム」と述べており、売り文句として扱っていることは疑いようのない事実だ。TRPGにおいてGMの負担軽減は永遠の課題だ。本当に楽ができるなら、それはさぞ素晴らしいに違いない。
だが、現実はそう甘くない。このゲームのGMに求められるのは、「放っておくと勝手に自滅するPCたち」と「運次第で強さが乱高下するボス」の調整だ。
データ通りの敵をぶつけると、PCはあっという間に消耗し、事実上の敗北となる「闇堕ち」へ一直線だ。
では「初心者向け」と謳われているシナリオはどうか?こちらは逆にヌルすぎて、何の緊張感もないまま終わる。俺としてはこっちの方が遥かにマシだが、振れ幅が極端すぎるんだよ。
中間の「程よい緊張感」を生み出すためには、GMがその場のノリと空気を見ながら、敵のデータをリアルタイムで調整し続けなければならない。
TRPG全般においてこうした「程よい」調整が難しいことは俺も同意する。だが、サンプルシナリオを名乗る以上、その手本を作者側が示すべきではないのか?
輪をかけて酷いのが、ボスと正面から対峙する「決戦フェイズ」自体の設計だ。ボスのHPリソース(闇)を削りきれば勝利なのだが、ボスには「再起」という復活判定がある。これが驚くべきことにダイス依存だ。つまり、2回であっさり沈むこともあれば、ダイス目が走って6回も復活し、PLをうんざりさせることもある。
GMは、荒ぶるダイス目で6回復活しそうになったボスを前に冷や汗をかき、「あ、これ全滅するわ」と察して露骨な手加減をするか、あるいはPCたちがなす術なく蹂躙されるのを見守るしかない。これで「堕落できる」というのなら、求められる能力の高さに俺はついていけん。
極めつけは「倒れる」というルールだ。いつでも宣言できて、エンディングまでシナリオから離脱できる。これを使えば、「闇堕ち」を確実に回避できる。一見、救済措置に見えるだろう?
だが、これには罠がある。戦い続ければ続けるほど、ダメージ軽減ルールの「力の封印」を使うたびに、シナリオ終了で手に入る「経験点(成長リソース)」が減らされる仕組みとなっている。つまり、
真面目に仲間のために正面切って戦った奴は封印によって経験点を失い
封印などせずさっさと「倒れる」を宣言して逃げた奴は経験点を満額持ち帰れる
「真面目な奴が馬鹿を見る」。それがこのゲームを突き詰めた先にある「闇」だ。
これが『カイジ』のようなデスゲームものなら実に皮肉が効いてていいかもしれない。だが、これは協力型TRPGだぞ?システムが、俺たちのロールプレイに冷や水をぶっかけてくるんだ。
PL間に「お前まだ戦えるだろ?」「いや、経験点減るから帰るわ」というギスギスした空気を生み出すのが、このルールの狙いなのか?
ルールブックには「【光】の貯蔵は十分行うようにしましょう」とある。光とは、判定を有利にするリソースだ。PCが持つ日常への想い、という設定になっており、決戦フェイズでボスを倒した後、日常に帰還するためにはこの「光」の所持数が重要になる。
そのせいで何が起きるか。目の前に瀕死の宿敵がいる。あと一撃で倒せる。だが、PCたちは攻撃しない。なぜなら「光を溜める行動」をしておかないと、勝った後に自分が闇堕ちするからだ。
PL1:「あ、俺まだ光足りないんで、今ターンは攻撃せずに家族のこと考えます(拠所判定)」
PL2:「じゃあ俺が攻撃……あ、俺も足りないから娘の写真見ます」
目の前の邪神を放置して、家族のアルバムを見始める超人たち。日常シーンならともかく、この局面でダサくなる必要はないだろ。
とはいえ、光が多すぎても判定の目標値が上がり、逆に闇堕ちが近づくのだから困り物だ。
そのせいで光が過剰に溜まってしまった場合、どうでもいい判定にあえて失敗し、丁度良い数まで減らしていくことになる。
GMはこれにどういう演出をしてやればいいんだ?俺には全くわからない。
どちらも「リソース管理」と「超人ムーブ」が完全に食い合っていて、プレイ中のノイズが凄まじい。だが、ここまではまだ「ダサい」で済む話だ。このリソースシステムの真の恐怖は、敵側(脅威)の挙動と組み合わさった時に発生する致命的な「事故」にある。
基本的にこのゲーム、PCのスキルコストは【光】だが、敵のスキルコストは【闇】で支払われる。この【闇】は敵の「HP」そのものだ。つまり、敵は強力な技を使えば使うほど、勝手に自傷していく。
想像してほしい。ラスボスが全体攻撃を放つ。そのコスト支払いでHPが0になり、勝手に復活判定に入る。「我はまだ倒れん!」とか言っているが、こっちは指一本触れていない。これだけでもギャグみたいな絵面だが、真に恐ろしいのは「復活に失敗してそのまま死んだ」場合だ。
敵が自滅すると、当然ながら戦闘はそこで終了する。するとどうなるか?PCたちに「光を貯めるための手番」が回ってこないまま、エンディングの判定に放り込まれるのだ。
結果、ボスは勝手に自爆し、PCは帰還コスト不足で闇堕ちする。いじめっ子が自爆した巻き添えで、なぜか自分まで退学になるような理不尽さだ。これを理不尽と呼ばずして何と呼ぶのか、俺には他に形容する言葉が見つからない。
散々こき下ろしたが、コンセプト「だけ」は本当に良いんだ。普段はダメな窓際族が、非常時に覚醒する。その「ギャップ」をやりたい気持ちは痛いほど分かる。「拠所」を標的にされてPCがブチ切れる流れも、ドラマとしては熱い。
拠所を敵に攫われ、PCが激昂したあのセッションは本当に熱く、俺が求める『理想の超人ごっこ』だった。
だからこそ、この「テーマとプレイ体験が一致しない設計」が全てを邪魔してくる。素材は高級和牛なのに、調理法を間違えて生焼けで出された気分だ。
もしお前が、どうしてもこのゲームを遊びたいなら以下の調整の導入を強く推奨する。俺が何度も遊びたどり着き、実際に試した「このゲームを最大限楽しむためのMOD」だ。段階的でも十分だが、その場合上から順に優先度が高いと考えてくれ。
3回なら3回と事前に決めろ。復活演出も効果的に組み込めるようになるはずだ。
サンプルシナリオ通りの強さにすると事故が絶えない。スキルを持たせる必要もないし、弱すぎると感じるくらいでいい。
ダメージ軽減ごときで成長や判定を阻害させるな。気持ちよく守らせろ。
戦闘中に光稼ぎを強要するな。ボスを倒した後、カッコよく日常に帰るための判定を行わせろ。
敵は闇(HP)が0になりかねないコスト支払いを禁止しろ。勝手に死んでPCの見せ場を奪うな。
『ギャップおじさんTRPG』は、いわば原石だ。ただし、泥まみれで、形も歪で、そのまま握ると怪我をする。GM諸氏は、制作者の「楽できる」という言葉を鵜呑みにせず、ハウスルールという名の研磨作業が必要だと留意してくれ。
もしも原石のままで遊ぶなら、相応の覚悟は必要だ。超人ごっこをしたいのに、運と節約で心が折られ、俺のようにリアルで闇堕ちする羽目になるからな。
おれは、首都圏ではない大都市圏から電車で30分くらいの距離にある、県庁所在地でも中核市でもない普通の市で、しがない公務員をやっている
今の環境だと、周りのほとんどの人間が自分より能力が低いので、全くがんばらなくても楽に生きられる
思えば、ここまでの人生、特に苦労したことがないイージーモードだった
うちの市は、人口が減っていないが増えてもいない、高齢化が進んでどこ行っても年寄りだらけ、そういうところだ
産業としては二次産業が中心で、大企業の工場がわりとたくさん立地している
そこで働く多くの人が兼業のコメ農家で、代々の農地とかいうくだらない負債を大切にして、貴重な休日を無駄にしている
また、それらの工場で働く外国人労働者が、人口が減るのを補っている
そういうところだ
そのおかげというかなんというか、ずっと周囲より成績は良かった
高校は、もっと上を目指せると言われたが、特にそんな気持ちもなかったので、市内の普通の公立に進んだ
そこでもやっぱり成績はずば抜けて良かった
同級生の半分以上が就職するような高校だったけど、普通に県内の国立大学に進学した
やっぱりその時も、さらに上を目指す気はまるで無かった
大学でも成績は優秀だった
そして、普通に就職活動して、普通に地元の市で公務員になって、普通に大学の時のとても可愛い彼女と結婚して、普通に子どもが生まれて、普通に家を建てて、普通に生活している
稼ぎは多くはないが生活に困るほどでもないし、残業もそんなにないので普通にワークライフバランスは良好だ
普通に妻も子どもたちも可愛くて、普通に幸せな日々を送っている
どこかで自分は優秀なんだと勘違いして、都市部の進学校に行ったり、一流大学入ったり、一流企業に就職したりすると、自分より優秀な人間に囲まれて挫折を味わったんだと思う
でもおれは、一切そういう勝負をしないで、安全に絶対勝てる世界で生きてきた
おれと同じ地元の小中学校に通い、やはりおれと同じように成績は群を抜いて良い
ただ、おれの時と違い、少子化のため学区が広がって、進学先の選択肢が増えてしまっている
そこは人口も多い中核市にある高校で、県内から優秀な子が集まってくる
そんなところに行けば、きっと無双はできない
おれはずっとイージーモードでザコ相手におれつえーしかしてこなかったから、そういう環境で切磋琢磨する感覚がわからない
むしろそんなところに行くよりザコの中で偉そうにしてる方が楽しいと思ってしまう
でも子どもはそこに挑戦したいという
おれとしては、普通にやれば難なく勝てる環境で、楽してヌルヌル生きていってほしいのだが、子どもの挑戦したいという気持ちも止められない
プログラミング言語Javaのエラー「NullPointerException(ヌルポインタエクセプション)」を略したネットスラングで、誰かが「ぬるぽ」と書いたら「ガッ」と返すのがお決まりのやり取りでした。これは2002年に2ちゃんねるで始まり、エラーを叩く効果音「ガッ」と反応する文化として広まりましたが、現在は「インターネット老人会」で語られる死語になりつつあります。
そうなんだ。
えどもんど新橋店で350g。なんと外並びなし! お正月に感謝
食べるの2回目だけど……かなり豚山に味近くない? 豚山ののっぺりとした味の日に、味の素と醤油の濃度を上げた感じの味がする
正直これならまだ豚山の方が食べやすいというか
同じくらい味きつくても二郎荻窪とか食いやすいし、やっぱヌルイのが問題なのかな
丼を温めてないのか、豚が冷えすぎているのか、割と温いんだよね
猫舌でアツアツスープ苦手な自分でも温度低いな~って思うくらいには温い
あと油の問題?
もっと油ギッシュな平大周とかで油飲んでも何ともないのに、ここの飲むとちょっと辛い
ある程度美味しかったけど後味が良くない
今年は年70杯を目標にがんばるぞ~!
ポケモンゲームの問題点を指摘すると訓練された信者の方々からテンプレ通りのコメントが殺到するので、毎回コメントさせるのは悪いので「ポケモン擁護コメント図鑑」として保存しておく。
今後はポケモン擁護コメントNo1とかで言ってくれれば手間が減って良いと思うので活用してくれ。
1. 「嫌なら辞めろ(買うな)」
最強の思考停止ワード。
こっちは「好きだからこそ、もっと良くしてほしい」と言っているのに、「批判=アンチ」と脳内変換される。
飲食店で生焼けの肉を出されて「もっと焼いてくれ」と頼んだら、「嫌なら店を出て行け」と言われるようなもの。金払った客に対するセリフじゃない。
任天堂のマリオやカービィを見てみろ。子供向けだがバグまみれか?フレームレートはガタガタか?
子供だってカクカクの画面よりヌルヌルの画面の方がいいに決まってる。「子供向け」を「手抜きの免罪符」にするのは、子供に対しても失礼。
「売上=品質の高さ」と信じて疑わない層。
マクドナルドが世界一売れているからといって、世界一美味い料理というわけではないのと同じ。
「売れている事実」と「バグが多い事実」は両立するのだが、なぜか彼らの中では「売れた=バグも許された=神ゲー」という三段論法が成立している。
苦労して作ろうが、楽して作ろうが、出てきた成果物が7000円の価値があるかどうかが全てだろう。いつから客は開発者のママになったんだ?
5. 「ゼルダ(他ゲー)と比べるな」
同じハード、同じ価格帯のゲームと比較されるのを極端に嫌がる。
「ポケモンはポケモンの良さがある」と言うが、技術的な比較(グラフィック、挙動、バグの多さ)から逃げているだけ。
無意識に「ポケモンは他のAAAタイトルと比べたら勝てない」と認めてしまっていることに気づいていない。
6. 「楽しんでいる人の水を差すな」
SNSのタイムラインに殴り込みに行ったならともかく、個人の感想記事をわざわざ読みに行って「不快だ!」と怒るのは当たり屋と変わらん。
「絶賛する自由」があるなら「批判する自由」もあるはずだが、彼らの世界には称賛しかないらしい。
世界中で動画が上がっていようが、トレンド入りしようが、「自分の目の前で起きなければ存在しない」と言い張る。
「お前のSwitchが古いんじゃない?」「SDカードが悪い」と、こちらの環境のせいにし始めたら末期。
一緒に図鑑完成を目指そう!
デッド・プールVSウルヴァリンみたついでで新しいファンタスティック・フォー見た。テッカーメンが子供ほしいのする話だった。
滅茶苦茶平和で皆から尊敬されて愛されるヒーロー達見てるとこいつらに対していつ人類が手のひら返しして苛烈な差別するんだろう…って思ってしまうようになった。
これもすべてMCUが積み上げてきたものがわるい。中盤で案の定始まったけど差別には至ってないしなんなら説得で力を合わせるようになるとか民度高すぎるだろこの世界…。
地球を動かすんだよ!で妖精ゴラス思い浮かべたり、どうせ銀色の人はいつもよりセクシーになってるけどまた裏切るんだろと思ったらそのとおりだった。でもヌルファイアーは出てこなかった。そんな感じでいつものお話をちょっと味変しただけなモノだった。
たくろうのネタ中、自分が笑いどころを待ってる間に何故か会場が笑ってるということが多かった。本当に何も引っ掛からないままネタが終わってしまった。
大喜利とかおもしろワード披露だとしても、一つ一つのパンチが弱くて、ずっと40点くらいの回答を出されてる気分だった。
YouTubeで過去のネタを一通り見たけど、赤木の自己紹介も、ただのワードサラダだなあとしか思わなかった。「元サイコパスの赤木です」は面白かった。サイコパスを脱却することは出来ないから、元サイコパスという単語だけでオチがついている。ただ、例えば「トルコの変態」は刺さらない。トルコにも変態はいるから、このワード自体は特に面白くない。
今回のネタも、日本人がアメリカ映画の世界線行ったらそりゃそうなるだろうな、くらいのパンチしかくれない。もっと予想外のところから殴って欲しい。赤木がテトリスしてようが、やよい軒でおかわりしてようが、赤木はそういうやつなんだで終わってしまうから特にギャップも無く笑いどころがヌルッと自分のツボから滑っていってしまう。
ツッコミ/文脈が入ることでようやく笑えるレベルに持ってこれるワードを、たくろうはツッコミ無しで流していくから、どこで笑えばいいかわからない。笑うぞ!と意気込んで見ても、いつの間にか動画が終わっている。
赤木が不安そうに言うことがすでにツッコミの役割を担っているんだろうけど、それにしてはやっぱりパンチが弱いと思った。で、赤木で完結してるとしたら、きむらはなんのためにそこにいるんだ?きむらは隣で進めてるけど、なんで何も言わないんだ?ストーリーも特に進んでないし、目的がいまいちわからなかった。緩急が無いから、赤木がひたすら適当言ってるだけだともういいよと思ってしまう。
即興で無茶振りされて不安そうに適当言うのが面白いっていうのは理解できる。でも、即興/即興風の40点よりは普通に事前に練られた100点のネタを見たいよ。たくろうのネタみたいなのを友達が飲み会で即興で言い始めたらかなり面白いだろうよ。たまたま入ったお笑いライブで見たらふふ、とは笑うよ。ただ、賞レースで優勝とれるほどのネタか?と思う。
別に優勝者に対して逆張りしてるわけではない。去年までは令和ロマンで笑ってたし、たくろうは優勝を知る前から笑えなかった。本当に、刺さらなかった。だから正直納得いってない。いや、納得というよりかは、「自分の感性ってこんなに世間からズレてるのか」のショックがデカかったかも。これは「ツボが普通じゃないオレ笑」とかではなく、ガチで悲しい。これからこういう刺さらない芸人が増えていったら、M-1を見ないという選択肢も出てくる。あんなにM-1好きだったのに。
逆張りじゃない言い訳を勝手にし始めた時点で察せるかもしれないけど、たくろう否定派に対するたくろうファンの強火ポストをめちゃくちゃ見ている。健康に悪いのはわかってるけどやめらんないんです。助けてくれ。たくろう刺さんないだけでこんな言われるか?
↑そんなこと言ってやるなよ
「一生お笑い見ない方がいい」
↑実際そうなっちゃうかもね
AIの回答によると、現在のロシアの首相、ミハイル・ミシュスティン氏がその責にある。
誰やねん?こいつ?
ウィキペディアによると
「ロシアの納税システムの近代化およびデジタル化を成し遂げた税務官僚としての実績を評価され、政治的実績は皆無でありながらメドヴェージェフの後任の首相に指名された。 」
むむむ。
まあこいつが権力を掌握することは無さそう。
その判断は次の政権へ委ねるとしても、とりあえず停戦はするのだろうか?
あるいはそういうヌルい展開にはならずに、一挙に後継者争いが始まってロシア情勢が緊迫化するのかもしれない。
プーチンが死ぬ瞬間、ロシアは「空白の時間」を迎える。その空白は、数時間かもしれないし、数日かもしれない。
まず、ミシュスティン首相は、形式的には大統領代行になるだろう。だが、彼が実権を握ることはない。なぜなら、彼は何の基盤も持っていないからだ。彼は、システムの中の一つの歯車に過ぎない。
本当の権力争いは、別のところで始まる。
ロシアの権力構造は、公式の政治体制とは別に、非公式な「力のネットワーク」で成立している。
具体的には:
FBSの出身者たち。プーチンとともに権力を握ってきた人間たち。ショイグ国防相などが該当する。彼らは、軍部と諜報機関を支配している。
2.オリガルヒ派
ロシアの大富豪たち。彼らは、経済を支配している。ただし、プーチンによって一定の制約下に置かれてきた。
3. 若き改革派
クレムリンの内部にいる、欧米志向的な官僚たち。彼らは、経済改革を推し進めたいと考えている。だが、力は弱い。
なぜなら、彼らが最も組織化されており、最も武力を持っているからだ。
彼らは、おそらく、「プーチンの遺志を継ぐ人物」として、誰かを立てるだろう。それは、ショイグかもしれないし、別の人物かもしれない。
いずれにせよ、その人物は、「強いロシア」「プーチンの路線の継続」を標榜するだろう。
なぜなら、彼らにとって、プーチンの時代は「最も権力を持つことができた時代」だからだ。
彼らは、セキュリティ・チェキスト派の後継者候補に対して、「妥協」を提案する。
「戦争は終わらせろ」「経済制裁を解く方向で動け」「西側との関係を改善しろ」
そうした提案によって、彼ら自身の利益を確保しようとするだろう。
経済制裁によって、ロシアの大富豪たちは、大きな損失を被っている。戦争が終わることは、彼らにとって、莫大な利益をもたらす。
若き改革派は、この混乱に乗じて、「新しいロシア」の構想を打ち出すかもしれない。
だが、彼らの力は弱い。おそらく、彼らは、セキュリティ・チェキスト派かオリガルヒ派のどちらかに吸収されるだろう。
ウクライナ戦争は、どうなるのか?
おそらく、以下のシナリオが考えられる:
戦争は継続される。むしろ、プーチンの時代以上に激化するかもしれない。なぜなら、新しい指導者は、「プーチンより強い」ことを示す必要があるからだ。そのためには、戦争での「成果」が必要である。
このシナリオでは、ロシアはウクライナに対して、さらに激しい攻撃を行う。だが、同時に、経済的な疲弊も深刻化する。
戦争は、徐々に「終わりへ向かう」。停戦交渉が始まり、ロシアは一定の領土獲得で満足する形での和平が模索される。
このシナリオでは、ロシアは「勝利」を名目に、戦争から撤退する。だが、その「勝利」は、多くの者にとって「敗北」と感じられるだろう。
ロシア内部での権力争いが激化し、意思決定が遅れる。その間、ウクライナ側は、軍事的に有利な立場を拡大するだろう。
結果として、ロシアは、さらに不利な条件での和平を余儀なくされる。
最も現実的なシナリオは、おそらく「シナリオC→シナリオB」だと思う。
つまり、プーチン直後は、権力の空白と混乱が続き、その過程で、セキュリティ・チェキスト派の力は徐々に減退し、代わりにオリガルヒたちの影響力が増していく。
その結果、1~2年後には、戦争は「終わりへ向かう」ことになるだろう。
だが、そうなるまでの間に、どれだけの苦しみがウクライナにもたらされるのか、それは誰にも分からない。
プーチンの死は、ロシアの安定を意味しない。むしろ、その逆だ。
ロシアの権力争いの過程で、ウクライナは、さらに大きな打撃を受ける可能性が高い。
セキュリティ・チェキスト派は、「プーチンより強い指導者」を示すために、戦争での「成果」を示す必要がある。そのためには、ウクライナへの攻撃を激化させるしかない。
つまり、プーチンが死ぬことは、ウクライナにとって、短期的には「悪い知らせ」かもしれないのだ。
また、プーチン死後の混乱は、グローバルな影響を与えるだろう。
中国は、この混乱に乗じて、ロシアとの関係を「再構築」しようとするだろう。ロシアの新しい指導者は、経済的に苦しい中で、中国に頼らざるを得ない。その結果、ロシアはさらに中国の影響下に入る。
NATOは、この混乱を機会として捉え、東欧への軍事的プレゼンスを強化するだろう。
プーチンが死ぬというのは、単に「一人の男が消える」ことではなく、「東欧~アジア太平洋地域全体の地政学的バランスが再編される」ことを意味する。
その再編の過程は、混乱に満ちているだろう。だが、その混乱の中から、新しい秩序が生まれるかもしれない。