
はてなキーワード:トロフィーとは
「旧来モデル批判派」は、結婚指輪の贈答を「経済的従属の象徴」「時代遅れのステータス表示」「呪い」と定義し、現代の「自立した大人」の価値観と矛盾すると主張している。
本プロジェクトの目的は、この批判が陥っている「過度な市場原理主義的解釈」の誤謬を指摘し、結婚指輪を「非言語的コミュニケーションプロトコル」として再定義することによって、その機能的有効性を論証することにある。
本反論の構築にあたり、「PREP法(Point,Reason, Example,Point)」を拡張した論理構成を採用する。
批判派は「自立=すべてを自分で調達すること」と定義しているが、これは共同体運営において非効率である。
結婚とは相互依存(Interdependence)の契約である。「欲しいものは自分で買う」という論理は独身者の生存戦略であり、夫婦という最小単位のチームビルディングにおいては、「贈与」による関係性の強化こそが合理的である。
「経済的自立」と「情緒的相互依存」は両立可能であるという概念実証。
人間の認知は不安定であり、数十年単位の契約(結婚)を維持するには、物理的な「アンカー(錨)」が必要である。指輪を見るたびに契約当初の感情(決意)を想起させる機能は、認知心理学的に「プライミング効果」として有効であり、これを「呪い」と呼ぶのは、契約維持の難易度を過小評価した楽観論に過ぎない。
指輪は「金属片」ではなく、関係維持のための「外部記憶装置」であるという再定義。
対等な関係なのに、記念品だけ経済力の証明を求めるのは矛盾とする。
マルセル・モースの『贈与論』が示す通り、人間関係は「等価交換(市場原理)」ではなく、「あえて借りを作る/与える(贈与原理)」ことで深化する。完全に割り勘化された関係(市場原理)は、損得が釣り合わなくなった瞬間に破綻する。一方的に高価なものを贈る・受け取るという「非対称性」こそが、論理を超えた「ケアの意思表示」となる。
「価格表」ではなく「コミットメントの質量の可視化」としての指輪の価値証明。
本プロジェクトの結論として、「引用文の主張は、人間関係を『市場取引』と混同しており、情緒的結合のメカニズムを見誤っている」と断定する。
なぜ、この結論に至るのか?「なぜ?」を3回繰り返して深掘りを行う。
A1.現代の「超・個人主義」バイアスにより、すべての事象を「コスト対効果(コスパ・タイパ)」でしか計測できなくなっているから。
「愛」や「信頼」といった数値化できない資産を扱う際、彼らは不安を感じるため、目に見える「金額」や「所有権」という市場的な指標に無理やり換算して理解しようとする。その結果、「買ってもらう=従属」という短絡的な図式に陥る。
A2. 「他者への依存」を「リスク」としてしか認識できない、「脆弱性への恐怖(Fear ofVulnerability)」があるから。
「誰かに高価なものを買ってもらう」ことは、相手に借りを作ること、あるいは相手の愛情に身を委ねることを意味する。これは非常に無防備(Vulnerable)な状態である。批判派は、この「傷つくかもしれないリスク」を回避するために、「自分で買えばいい(自己完結)」という安全地帯に逃げ込み、それを「自立」という言葉で正当化している。
A3.現代社会において「共同体(コミュニティ)」が崩壊し、個人の生存責任が過剰に肥大化した結果、他者を信じて委ねる「贈与の作法」を喪失してしまったから。
昭和的価値観への嫌悪感から、彼らは「ウェットな人間関係」を全否定した。しかし、結婚とは究極のウェットな関係である。彼らの主張は、「傷つきたくないから、心の防壁を高く積み上げ、すべての貸し借りを清算し続ける」という、孤独な防衛本能の叫びである。したがって、結婚指輪という「非合理な贈与」を受け入れられないのは、彼らが「完全に他者を信じ切る(委ねる)」覚悟を持てていないことの裏返しに他ならない。
結婚指輪の贈答は「古い依存モデル」ではなく、「市場原理を超えた信頼関係構築のための高度な儀式」として、現代においても推奨されるべきプラクティスであると結論付ける。
あの結婚指輪の増田読んで思ったけど、はてな民って価値観が一周どころか三周くらい遅れてないか。
結婚指輪を「女の幸せの積立NISA」とか言い出した瞬間に、昭和のホームドラマかと思ったわ。
なんで未だに「男が買ってあげる」「女が買ってもらう」が前提なんだよ。
その構図をロマンチックに包装してるだけで、
しかも指輪を見るたびに感情を何十年も追体験するとか言い出してて、
結婚指輪って結局、
っていうトロフィーの側面が強すぎるんだよ。
でもそれ、今の時代と致命的にズレてる。
対等な関係でいたいって言いながら、
それを美談として消費してる限り、
幸せを物に換算し始めた瞬間に、
Permalink |記事への反応(40) | 08:21
「オタクとしての高みを目指すぞ」みたいな意味分からん妄想に取り憑かれたせいで人生だいぶ無駄にしたと思う。
たとえば「このキャラのファンなら完凸しかありえない!」とか「Twitterのプロフィール欄に入れてるようなゲームでシルバートロフィーは恥ずかしい!」みたいなイカれた思想を持ってたんだよ本当に。
そんでいつの間にか「FGOを遊んでるのならホメロスやオデュッセイア未踏は論外!」とか「古典名作を全て把握してない奴はパロディを見分けることも出来ない文盲だ!」みたいな方向へと加速し、人生が全く足りなくなった。
足りない分の人生を捻出するために睡眠時間を削り、食費を削り、引きこもり、学校に行かなくなって留年しかけたり、すべてのものを課金額で換算して低賃金の仕事に行くよりもゲームをやりこんだ方が結果的にコスパがいいとか考え出したり、本当に全てが壊れていた。
ハッキリ言わせてくれ、オタクを辞めた今の俺のほうが、オタクをやっていた頃よりも絶対に精神年齢が高いし人生のステージも高みにいる。
「オタクというマイナスを抜け出て、人生をプライマゼロまで取り戻したら、全てが健康になった」というべきだった。
コンテンツ業界からしてもやたら意識高く変な商品を買い漁るイカれた消費者より、普通に仕事をして普通にお金を溜めて、無理のない範囲で淡々と良い物を買う客のほうが健康的でいいだろ。
「とにかく金を払ってくれてればキチガイでも有り難い」なんて考えてるのは、児童ポルノスレスレで食ってる地下アイドルとかぐらいなんじゃないの実際?
昔のオタクくんだった頃の俺ならこんなまともな考えさえも理解不能だったと思うと本当に怖いよ。
オタクはなってはいけないし、オタクになったからって「じゃあ極めるか」とか考えてはいけない。
アル中になった人間が「俺が酒を本当に愛してるって証拠だよ」みたいに言い出したらキチガイですからねマジで。
辞めるが勝ちよ。
狂ってた頃の俺は「人生はオタクをするための手段であり、生きることの目的はオタクにある」と思ってたからねマジで。
完全に間違ってるよ。
そして人生の方がずっと優先度が高い。
優先度が高い人生を守るためにはオタクを辞めるべきなんだから、オタクは辞めるべき。
別に俺は「オタクは間違ってるからゲームやアニメは全部禁止だ」とは言ってないよ。
自分の人生そのものを犠牲にしてまでゲームや漫画に執着することは辞めなさいと言ってるだけ。
オタクって結局の所は「500円のお昼代を貰ったら、100円のパン1個買って、8クレ分格ゲーやる」みたいな生き方の延長でず~~~~~~~っと人生してるでしょ?
それは駄目だよねって話。
「500円のお昼代は、400円で海苔弁買って、100円で野菜ジュース買うのに使って、ゲーセン行きたいなら純粋なお小遣いでやりなさい」って生き方がさ、結局大事なんだよ。
人生を振り返ってみると分かる。
リアルキッズの時代ならまだしも、成人式を終わらせた人間がするような人生への向き合い方ではなかったよ。
成長したんだよな結局。
成長したら、オタクを続けることが人生をどれほど惨めにするかに気づいてしまうんだ。
気づいたら、辞め時なんだ。
気づいてるのにまごまごと現状を維持してる人がいたら聞いてくれ。
The Game Awards 2025が終了し、『Clair Obscur: Expedition33』がゲーム・オブ・ザ・イヤーに輝きました。しかし、The Game Awardsはトロフィーや賞状だけが授与されるイベントではありません。このイベントは、トップクラスのゲーム開発者やスタジオが今後のプロジェクトを初公開する一大ステージとなっています。
https://registry.scalar.com/@ourhousehorror/apis/thai-our-house-1080p
https://registry.scalar.com/@ourhousehorror/apis/our-house-2025-thai-dubb
https://registry.scalar.com/@thelastshotdubthai/apis/the-last-shot
https://registry.scalar.com/@thelastshotdubthai/apis/mue-puen-the-last-shot
ゲームが大規模かつ複雑になってるのと老化。元々100%中の100%遊べてたわけではないが、時間も気合もなくなってタイトルも多く離脱が早まりすぎてる
苦手要素などが出てくると萎える、やりこみやサブクエが多くて進まないか後回し、DLC出るころには他のことやってる など
文字ぴったん
若い頃酷く楽しんだ記憶があったので、アンコール買ってみたが、進化したところに魅力を感じない
コンボ狙いで順番考えて金トロフィー(王冠)獲得までやる気にはならない
・画面回らないで欲しい
・きんぎょ わに だけを延々作るの苦手(マスが動いたりするし)
タワーディフェンスでもそうだが、ある程度のシナジー考えて組まないと全然進めなくなるのは無理
ルールが複雑すぎて何が起こってるのかわからないのも多い(和訳の問題やそもそもの知識不足もある)
クリアは簡単にしてやり込み要素と分けて欲しい、実績埋めたらなんか(後々凄く重要)が開放にされると早期に詰む
攻略見るのも違うし、アクションやせかされるの苦手だし、スキル覚えきれないし
完全に老化で敗北してる
シレンでも、敵の能力すぐ忘れるので、最果て的なのをなんとかクリア(出会うたびに図鑑開いて、HPや店はどんぶり勘定で運頼み)
操縦というか着陸できなくて諦めた
演奏系
曲がロックなのに、初心者レベルではなんだこのおかしな譜面みたいなステージが多い、別ゲー? となる
ずっとリフ弾いたり、決まったパターン繰り返しだと面白くなくなるのだろうけど
Permalink |記事への反応(18) | 13:20
少女マンガ、TL、レディコミ、女性向けなろう系などの表紙絵は、
主人公の女の子とイケメンが抱き合ったりキスしてるものが多い。
それは恋愛/性愛がテーマということでごく当然だが、奇妙なことには二人ともばっちりカメラ目線なのである。なぜお互いを見つめあうのではなく自慢げな不敵な笑みすら浮かべてこっちを見てるのか。不自然だし気持ち悪い。
まあつまりそれはトロフィーを掲げてる姿なのだろう。主人公や主人公に感情移入する読者は、恋愛がしたいのでもセックスがしたいのでもなく、いい男に選ばれた自分を他の女に見せつけたいのだ。
巨乳すぎるから性的消費だーというのもわからんことはないけど、「女の成功はいい男に選ばれることだ」なんて、はるかにアナクロな有害なメッセージ発してるだろ。
まあそんなのどうでもいいんだろうけどね。
正直に書く。私、38歳。バリキャリを自認している女だ。
20代は仕事一筋。気づいたらアラフォー手前で、慌てて婚活を始めた。「どうせなら良い人と」という意識が強くて、相手の条件にこだわった。年収1000万円以上、一流企業勤務、顔も悪くない... いわゆる「ハイスペック」と言われる男性ばかりを選んで、付き合ってきた。
何人かと真剣に交際して気づいたこと。彼らは私自身を見ていなかった。
彼らが求めていたのは、「自分のステータスに釣り合う」という名の、アクセサリーとしての妻、つまり「トロフィー」だった。
「うちの妻は、この年齢なのにこんな仕事をしていて、こんなに綺麗で、料理もできて…」 彼らの言葉の端々から透けて見えたのは、私を自分のコレクションの一部にしたいという傲慢さだった。結婚後も私に「常に高いレベル」を要求し続けることが目に見えていた。
特に決定的だったのが、私がインフルエンザで寝込んだ時だ。 彼から送られてきたのは「ちゃんと体調管理しろよ。君が倒れると困るんだから」というLINE。そこにあったのは心配じゃなくて、管理する対象としての私への機能不全クレームだった。あの瞬間、熱よりも心が冷えた。
今は、婚活アプリから「年収フィルタ」を外し、全く別のタイプの男性と付き合っている。彼は公務員で、年収は平均的。一流大卒でもないし、ブランド物を身につけてもいない。
でも、彼は私の仕事の悩みを「それ、大変だったね」と、ただ一言で受け止めてくれる。私の話を聞くときに、ちゃんと目を見て、鼻で笑わず、頷いてくれる。
高スペックな彼らといたとき、私は常に「完璧な私」を演じようと必死で、週末のデートすら「審査」のように感じていた。
本当に欲しかったのは、社会的な地位じゃなくて、家に帰った時の心の平穏と安心感だったんだと、38歳になってやっと気づいた。スペックという名の冷たい宝石箱の中で、窒息寸前だったんだ。
私と同じように「ハイスペ」という呪いにかかっている女性はいないか?一度、そのフィルター外して、本当に求めているものが「見栄」なのか、「安らぎ」なのか、見つめ直してみてほしい。
長い饂飩の麺を飲み込むときに片方は手で持ったまま口元でキープして
もう一方の先は切れないように
そーっと飲み込んで胃まで到達させて、
なんか口から胃が食道を介してちゃんと繋がっている!って実感する実験!
みんな絶対にやってるやつ!
ハックションってくしゃみしたら、
この饂飩はどこと繋がっているの?ってなったけど、
なんとか無事生還したわ。
とにかく無事に生還したわ。
ってことを
私の今ひとりでいる事務所の隣の会社つまり私が前にいたところの元同僚とかが
今日胃カメラだったんだよね!って健康診断へ行ってきた報告をこの私一人しかいない事務所まで出向いてきて報告してハッピーターンを1つ持って行くというこれ何の行動?って思うぐらい
その報告入らないけどなぁって思いつつ、
そういうなんか胃カメラって聞くと私の饂飩の麺の先を胃に到達させた過去の過酷な実験を思い出したくもないぐらい忘れちゃってるレヴェルでふと思い出すの。
あれってまだ人類が未踏の深いどこまで深いか分からない地球にぽかんと空いた穴にどこまで続いているのか地上からロープを垂らして探検隊を底まで派遣する大冒険と正に一緒よね。
私はまだ胃カメラをやる達している年齢じゃないので、
胃カメラやりました!っていう実績トロフィーはもらえないんだけど、
胃カメラも大変そうだけど
やっぱり饂飩の麺の先を今で到達させることも相反すると思うかもしれないけれど同様に大変なのよね。
だってあれ、
ごっくんって飲み込んで何かの拍子に喉で饂飩の麺が切れちゃうじゃない。
あれ口の中でもぐもぐして咀嚼して切るっていうより、
それか勘違いで饂飩の麺があまりにも強度がなさ過ぎて長さに耐えきれずに途中で切れちゃってるのかな?とか。
その原因の究明はしてはいないけれど、
何かが喉に潜んでいるのは間違いないわ。
でもそれに比べて胃カメラってかなり頑丈なケーブルというかそういう管状のものを鼻から入れるんでしょ?
喉とか通過するときに関門があるし
鼻から入れるにしても痛くないのかしら?って
今からもし将来に受けるかも知れないその胃カメラの検査に一抹の不安を感じつつ私はああそうだって思いながら冷凍庫にある抹茶味のスーパーカップをスプーンですくって食べるのよ。
冬になると、
夏にも増してアイスクリームが食べたくなるのってなんででしょうね?
分からないけど、
急に思いだしたけど、
ときどき思い出した節に食べるの。
レディーボーデンとかなんかでっかい系の一回に食べる量を自分で好き勝手に決められる食べ放題の大きいのあるじゃない。
あれは危ないわよね。
文字通り食べ放題で食べたいだけ食べちゃう正にレディーがボーデンと化してしまうわ。
あとまだ私が食べ試していない街の巷の港の石原裕次郎的な人が港に着岸して流されないようにロープで岸と結びついているポッチみたいな出っ張りあるじゃない港の紐を括る出っ張りあの名称は分からないけれどそこに足を乗せて聞いたところの噂だと。
お笑いの麒麟の川島さんじゃない方のバスケの田村さんの写真がパッケージに印刷された、
うまい棒バスケットボール味よりもそのミルク味って気になるわよね。
今年の冬のアイスクリームの食べたいリストにそのミルク味を挙げて忘れないようにしなくちゃって思ったわ。
つーか、
ところでそのまだ見ぬハーゲンダッツのミルク味ってどこで売ってるのかしら?
ハーゲンダッツのアンテナショップにはあるかも知れないけれど、
私の街の近くではそんなハーゲンダッツのアンテナショップなんてシャレオツなお店はないんだけど、
いつも今日は誕生日です!って嘘ついて店員さんにアイスを三段重ねしてもらう店員さんの横で別の店員さんがションテン高めに誕生日を祝う歌を歌ってくれるコールドストーンは近くにあるから、
毎日誕生日って言ってるとさすがに店員さんにバレてしまったわ。
気付いたけどあれよく見たら歌ってる人アイス作ってない!って。
ここだけの内緒でもあるし、
毎日が誕生日だっていって歌ってもらっていたってことも内緒よ。
それで歌ってもらいすぎたせいかコールドストーン歌禁止になっちゃって、
誕生日と関わらず無言でアイスを作ってくれる様式に変わったのよね。
あの歌好きだったのになぁって。
そうも言っている間にまたミルクアイスのことを忘れちゃいそうだからしっかりメモして
ハーゲンダッツのミルクアイス探す冒険を探検隊派遣してお宝を探しに行きたいものね。
ミルクのそのお宝財宝を見つけたらまた言うわ。
探検隊出発よ!
うふふ。
ションテン上げていこうと言うことで
あったら爆売れするかも!って
スゴイいいこと思い付いついちゃったわ!
爆売れはないかーって思いつつタマゴ尽くしのサンドイッチを両ほっぺが膨らむぐらい頬張って食べ尽くしたわ!
60から70℃の温度だと日によってめちゃ白湯ホッツが甘く感じたりするので、
これは何かしらの体調の変化の兆しなのかしら?って思うけど、
美味!って感じたらその瞬間で
体調に不安はないと思っていいと思うかもしれないわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!