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2026-02-11

Grok使ってる人に関してうっすら見下してるんだけど

こんなの見たらなおのことそう思っちゃった。もっともらしいこと言ってるけどまずはデータソースを並べてから言えよ

https://x.com/GordonInspector/status/2020895319630966917

これで金稼げるんだもんなぁ、楽な仕事だよほんと

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anond:20260211111944


プロトコルB:ストリートエピステモロジー(Street Epistemology)――認識論的問診

ストリートエピステモロジーSE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である陰謀論根拠のない政治的確信に対して、直接「それは嘘だ」と指摘するのではなく、「どうすればそれが真実だと知ることができるか」を共同で探求するスタンスを取る。

実践ステップ

プロトコルC:NVC非暴力コミュニケーション)による脱エスカレーション

オンライン上のトローリング攻撃的なコメントに対しては、マーシャルローゼンバーグNVCを応用した「脱エスカレーションループ」が有効である

実践テンプレート

このプロセスは、相手の「攻撃」を「満たされていないニーズ悲劇的な表現」として再定義し、敵対関係を協力関係へとシフトさせる構造を持つ。

第4部:デジタル空間における大量普及戦略――「美的非対称性」とネットワーク介入

個人対話スキルを向上させるだけでは、社会全体の分断は解消されない。SNSアルゴリズムが増幅する情動二極化に対抗するためには、デジタル空間特性アフォーダンス)を理解し、ネットワークレベルでの介入を行う必要がある。

4.1 「美的非対称性」とミーム戦争再考

政治的コミュニケーションにおいて、左派右派には「美的非対称性(Aesthetic Asymmetry)」が存在する。歴史的に、左派壁画プロテストソングのような「参加型」で「構成的(Constitutive)」な芸術――コミュニティの結束を高め、希望を共有するための表現――を好んできた。一方、現代右派特にオルタナ右翼)は、ミームやシットポスティング(Shitposting)のような「道具的(Instrumental)」で「武器化されたユーモア」――相手嘲笑し、混乱させ、分断を煽るための表現――に長けている。

この非対称性意味するのは、左派的な「真面目で、説明的で、道徳的に正しい」コンテンツは、ミーム戦争においては圧倒的に不利であるということだ。ミーム文脈を剥ぎ取り、瞬時に情動特に嘲笑優越感)を喚起することで拡散する。

対抗戦略:脱分断ミーム(Depolarizing Memetics)

反発を招かないデジタル拡散のためには、以下の原則に基づいた新しいミーム戦略必要である

4.2 「マルチプライヤー」への標的型介入

ネットワーク分析研究は、SNS上の世論形成において、著名な「インフルエンサー(発信者)」以上に、「マルチプライヤー拡散者)」と呼ばれる層が決定的な役割果たしていることを示している。マルチプライヤーは、特定イデオロギークラスター内で情報キュレーションし、リツイートによって可視性をブーストする「ゲートキーパーである。彼らは高い「整列スコア(AlignmentScore)」を持ち、陣営をまたぐことは稀である

戦略インサイト:

批判メッセージ拡散させるためには、インフルエンサーを説得するのではなく、このマルチプライヤー層が「リツイートしたくなる」コンテンツ設計する必要がある。そのためには、前述の「道徳的翻訳」が不可欠である保守系マルチプライヤーは、リベラル正論無視するが、「言論の自由」や「エリートへの懐疑」というフレームで語られた批判(例:「真の愛国者は、大統領であっても盲信しない」)には反応する可能性がある。クラスター境界を浸透できるのは、そのクラスター言語で語られたメッセージのみである

4.3アルゴリズムハッキング:怒りなきエンゲージメント

X(旧Twitter)等のアルゴリズムは、「怒り」や「恐怖」といった高覚醒情動を引き起こす投稿優遇する傾向がある。冷静な対話は「退屈」とみなされ、表示順位が下がる。この構造ハンディキャップを克服するためには、「怒り」以外の高覚醒情動、すなわち「驚き(Awe)」「好奇心Curiosity)」「感動(Kama Muta)」を利用する必要がある。

第5部:オペレーションマニュアルの骨子――「不可能対話」のためのフィールドガイド

以上の理論技法を、一般市民草の根活動家実践可能な形に落とし込むためのマニュアルハンドブック)の設計図を以下に提示する。この構成は、米国草の根運動ガイド『Indivisible Guide』の成功モデル(段階的習得、具体的アクションテンプレート化)を参照している。

フェーズ1:準備と武装解除(Day 1-15)

目的:実践者のマインドセットを「論破から「影響」へとシフトさせる。

アクション:

フェーズ2:小規模訓練(Day 16-30)

目的:安全環境対話プロトコル身体化する。

アクション:

フェーズ3:実戦配備デジタル自警団(Day31-60)

目的: 実際の対立現場で介入を行う。

アクション:

フェーズ4:評価と持続(Day 61以降)

目的:効果測定と燃え尽き防止。

アクション:

結語:無限ゲームとしての政治対話

報告書提示した戦略は、短期的な選挙勝利のための戦術ではない。サイモンシネックが言う「無限ゲーム」――すなわち、対話継続可能であり、社会システム崩壊しない状態を維持すること――を目的としている。

情動二極化という「内戦状態において、最大の勝利は敵を倒すことではなく、敵を「対話可能競争相手」へと戻すことである。そのためには、批判自身がまず武装道徳的優越感)を解除し、相手認知フレームの中に降りていく勇気を持たなければならない。この「戦略共感」こそが、分断された世界をつなぎ直す唯一の現実的エンジニアリングである

付録データソース引用キー

Permalink |記事への反応(0) | 11:22

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戦略的共感認知安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括

戦略的共感認知安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括的枠組み

序論:情動二極化時代における「批判」の再定義

現代政治空間は、政策の不一致(イデオロギー二極化)以上に、対立グループに対する嫌悪や恐怖といった感情的拒絶反応情動二極化)によって支配されている。この環境下において、伝統的な「批判」の手法――事実提示道徳的糾弾論理的論破――は、その機能不全を露呈しているだけでなく、逆効果をもたらしていることが多くの実証研究によって明らかになっている。批判対象者の信念を強化してしまう「バックファイア効果(Backfire Effect)」や、批判者を存立危機的脅威とみなすアイデンティティ防衛機制」が作動するためである

報告書は、心理学認知科学、政治社会学の最新知見に基づき、政治的対立者に対して反発(バックラッシュ)を招かずに影響力を行使するための戦略的枠組みを提示するものである。ここで目指すのは、単なる「中道的な妥協」や「礼儀正しさ」の推奨ではない。人間認知アーキテクチャ脆弱性特性ハッキングし、相手道徳的感情的防御壁を迂回してメッセージを届けるための、エンジニアリングされたコミュニケーションプロトコルである

報告書は大きく三つのフェーズ構成される。第一に、なぜ従来の批判が失敗するのかを脳科学的・心理学メカニズムから解明する理論編。第二に、その防御壁を突破するための具体的な対話技法ディープキャンバスストリートエピステモロジーNVC)を体系化した実践編。そして第三に、これらの技法個人スキルから社会運動へとスケールさせるための組織論と普及戦略である

第1部:政治的抵抗心理学構造解析

効果的な批判戦略設計するためには、まず人間の心がどのように政治的情報を処理し、拒絶するかというメカニズム理解しなければならない。政治的信念は単なる情報集合体ではなく、個人アイデンティティ所属集団への忠誠心と融合した「拡張された自己」の一部として機能している。

1.1情動二極化と「信頼のファイアウォール

近年の政治心理学における最も重要発見の一つは、情動二極化(Affective Polarization)の実態解明である。これは、対立する政治グループメンバーに対して「好きか嫌いか」という感情的温度差が極端に開く現象を指す。研究によれば、情動二極化は対人関係悪化だけでなく、個人心理的幸福感(ウェルビーイング)の低下、社会的支援の減少、ストレスの増大といった「個人内損害(Intrapersonal Harm)」をも引き起こすことが示唆されている。特にリベラル層において高い情動二極化ストレス健康悪化の相関が見られることは、政治的怒りが批判自身をも蝕むことを示している。

この情動二極化は、脳内一種の「信頼のファイアウォール」として機能する。アウトグループ(外集団から発信された情報は、その内容の真偽にかかわらず、自動的に「悪意ある攻撃」としてタグ付けされる。扁桃体が脅威を検知し、前頭前野論理的推論ではなく「反論の生成」のために動員される「動機づけられた推論(Motivated Reasoning)」が作動するためである。この状態にある対象者正論をぶつけることは、火に油を注ぐ行為に等しい。

1.2 バックファイア効果力学批判の無力化

バックファイア効果とは、誤った信念を訂正しようとする試みが、かえってその信念を強固にしてしま現象である。このメカニズムには、自己肯定感の維持と集団への所属欲求が深く関わっている。批判を受け入れることは、過去自分否定すること(自己一貫性喪失)や、仲間を裏切ること(社会的死)を意味するため、脳は全力でそれを回避しようとする。

さらに、批判フレーミング(枠組み)が、受け手イデオロギーミスマッチを起こしている場合、説得効果は皆無となるばかりか、抵抗を強める結果となる。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策におけるメッセージングの研究では、リベラル層が「利得フレームマスクをすれば命が助かる)」と「損失フレームマスクをしないと命が失われる)」の双方に敏感に反応し、コンプライアンスを高めたのに対し、保守層はこれらのフレーミング効果に対して強い抵抗を示したことが明らかになっている。これは、問題が高度に政治化された文脈においては、一般的行動経済学的介入(ナッジ)さえも、イデオロギーフィルターによって無効化されることを示唆している。

1.3知的謙虚さと「好意」の媒介効果

批判が受容されるための極めて重要な、しかし見過ごされがちな因子として「知的謙虚さ(Intellectual Humility:IH)」がある。IHとは、「自分知識や信念が間違っている可能性を認識する能力」と定義される。最新の研究は、対話において自身知的限界を認める態度が、相手情動二極化を低減させる強力な緩衝材となることを示している。

特筆すべきは、IHが「相手から好意(Target Liking)」を媒介して、対話への「接近行動(Approach)」を促進するというプロセスである批判者が「私は絶対に正しい、お前は間違っている」という道徳的マウンティング(Moral Grandstanding)の態度を取ると、相手は「回避行動」をとる。逆に、批判者が「私も確信はないのだが」「複雑な問題で迷っているが」という不確実性を提示することで、相手の警戒心が解け、対話土俵に乗る可能性が高まる知的謙虚さは、相手武装解除を促すための「白旗」ではなく、心理的防衛壁を通過するための「通行手形」として機能する戦略的資質である

第2部:道徳基盤の翻訳プロトコル――「道徳的合気道」の理論

政治的対立の根源には、事実認識の相違以上に、道徳的直感の相違がある。リベラル保守は、異なる「道徳言語」を話しているにもかかわらず、自身言語相手を説得しようとするため、コミュニケーション不全に陥る。本セクションでは、道徳基盤理論(Moral FoundationsTheory: MFT)を応用し、批判相手価値観翻訳して届ける「道徳的リフレーミング」の技術を詳述する。

2.1道徳基盤の非対称性と「翻訳」の必要性

ジョナサンハイトらが提唱した道徳基盤理論は、人類道徳的判断が以下の5つ(または6つ)の生得的な基盤の上に構築されているとする。

実証研究が一貫して示すのは、リベラル層が主に「ケア」と「公正」の2基盤に強く依存するのに対し、保守層は5つの基盤すべて(特に忠誠、権威神聖)を重視するという非対称性である

多くの政治的批判が失敗するのは、リベラル保守に対して「それは弱者を傷つける(ケア)」「不平等だ(公正)」というリベラル特有の語彙で攻撃するためである保守層にとって、これらの価値は「忠誠」や「権威」よりも優先順位が低いため、批判は響かない。逆に、保守リベラルに対して「伝統破壊する(権威)」と批判しても、リベラルはそれを抑圧としか捉えない。

2.2リフレーミング戦略相手土俵相撲を取る

反発を招かない批判のためには、自身の主張を相手道徳基盤の語彙を用いて再構成リフレーミング)する必要がある。これを「道徳的合気道」と呼ぶ。相手道徳的エネルギー価値観)を利用して、相手姿勢を崩す技法である

以下の表は、主要な政治的争点において、従来のリベラル批判バックラッシュリスク大)を、保守道徳基盤に翻訳した戦略的フレーム(受容可能性大)に変換したものである

争点従来のリベラル批判高リスク戦略的リフレーミング(低リスクターゲットとする道徳基盤
環境保護地球温暖化弱者未来の子供を苦しめる。」(ケア「我々の国土と美しい自然は神からの授かりものであり、汚染から守り抜く義務がある。」神聖堕落、忠誠/背信
同性婚「誰を愛するかは個人権利であり、平等であるべきだ。」(公正)結婚社会を安定させる伝統的な制度であり、同性カップルもその責任ある関係に組み込むべきだ。」権威転覆社会秩序)、忠誠
軍事費軍事費を削って福祉教育に回すべきだ。」(ケア/公正)無駄軍事支出国家財政を弱体化させ、真の国防力を損なう背信行為だ。」忠誠/背信権威
政治腐敗富裕層ばかり優遇するのは不公正だ。」(公正)私利私欲のために公職を利用することは、国家への裏切りであり、高潔職務を汚す行為だ。」忠誠/背信神聖堕落
移民問題難民を助けるのは人道的な義務だ。」(ケア「秩序ある移民受け入れは、国家の活力を維持し、アメリカンドリームという伝統を守るために必要だ。」忠誠、権威(秩序)

研究によれば、保守層に対して環境保護を「神聖さ」や「愛国心」の文脈で語った場合リベラル文脈で語った場合よりも支持率有意に上昇することが確認されている。重要なのは、主張の内容(環境を守る)を変えるのではなく、その理由付け(なぜ守るか)を相手言語翻訳することである

2.3ゲインフレームによる「批判」の再構築

批判は通常、「現状のままでは悪いことが起きる」という損失フレーム(Loss Frame)で行われることが多い。しかし、損失フレームは恐怖や不安喚起し、防衛的な反応を引き起こしやすい。これに対し、「ゲインフレーム(Gain Frame)」を用いた批判は、望ましい未来像を提示し、その実現を阻害する要因として現在問題を指摘する手法である

例えば、政治家のスキャンダルを追及する場合、「彼は嘘つきだ(損失フレーム:信頼の喪失)」と攻撃するのではなく、「我々は正直で高潔リーダーを持つに値する国家だ(ゲインフレーム尊厳回復)」と主張する。このアプローチは、批判対象を「個人から規範の維持」へとずらし、相手の「権威への尊重」という道徳基盤を刺激しつつ、攻撃性を緩和する効果がある。研究は、特にリスク回避傾向の強い層に対しては損失フレーム有効場合もあるが、イデオロギー的に対立する層に対しては、ゲインフレーム道徳的適合性の方が「聞く耳」を持たせる効果が高いことを示唆している。

第3部:対人戦闘プロトコル――現場で使える対話マニュアル

理論実践に移すためには、具体的な対話スクリプトと手順が必要である。ここでは、異なる文脈(対面、オンライン、深い対話)において効果実証されている3つの主要なプロトコルを詳述する。

プロトコルA:ディープキャンバスDeep Canvassing)――物語による感情の書き換え

ディープキャンバスは、戸別訪問キャンバス)において1020分の深い対話を行うことで、トランスジェンダー権利移民問題などの二極化した争点に関する態度を変容させる手法である。従来の「事実弾丸」を撃ち込む方法とは異なり、「脆弱性の交換」を通じて相手情動的反応を書き換える。

実践ステップ

研究によれば、ディープキャンバスは従来の説得手法の約102倍の効果を持ち、その効果は数ヶ月持続することが確認されている。

プロトコルB:ストリートエピステモロジー(Street Epistemology)――認識論的問診

ストリートエピステモロジーSE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法であるPermalink |記事への反応(1) | 11:19

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2026-02-01

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OECD加盟国可処分所得調査レポート2024-2025年版)

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データソース:OECD Income Distribution Database,Societyat a Glance2024

換算レート: 1USD = 150円2025年平均レート約149.6円を基準

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【1】等価中央値可処分所得ランキング2021年データPPP調整済)

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順位国名中央値(USD)日本円(万円)

  • ---- ----------- ------------

1ルクセンブルク $49,748 746.2

2アメリカ $46,625 699.4

3ノルウェー $41,621 624.3

4スイス $39,698 595.5

5カナダ $39,388 590.8

6オーストリア $37,715 565.7

7ベルギー $37,110 556.7

8アイスランド $36,853 552.8

9オーストラリア $36,835 552.5

10オランダ $35,891 538.4

11ドイツ $35,537 533.1

12デンマーク $34,061 510.9

13スウェーデン $33,472 502.1

14ニュージーランド $32,158 482.4

15韓国 $31,882 478.2

16アイルランド $31,392 470.9

17フィンランド $30,727 460.9

18フランス $30,622 459.3

19スロベニア $28,698 430.5

20イタリア $27,949 419.2

21イギリス $26,884403.3

22スペイン $26,630 399.5

23エストニア $26,075 391.1

24ポーランド $24,264 364.0

25チェコ $23,802 357.0

26イスラエル $21,366 320.5

27日本 $21,282319.2

28リトアニア $20,856312.8

29ラトビア $19,908 298.6

30ポルトガル $19,147287.2

31ギリシャ $16,774 251.6

32スロバキア $16,410246.2

33ハンガリー $15,361230.4

34トルコ$10,341 155.1

35チリ$10,101 151.5

36コスタリカ $8,915 133.7

37メキシコ $6,090 91.4

コロンビアデータ未公開

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OECD平均(中央値): $26,884 (403.3万円)

日本: $21,282 (319.2万円) -OECD平均を下回る

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感想

こりゃ日本インバウンド客で溢れかえるわけだ

Permalink |記事への反応(0) | 18:26

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2025-12-17

飯田一史の批判三宅香帆の反論は、それぞれどこが間違っているのか

表題のとおりです。

事の発端は、12月12日飯田一史さんは記事「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか(抄)」https://ichiiida.theletter.jp/posts/0aa160a0-d70f-11f0-aa07-8582de6095b5 (以下、飯田批判)において、三宅香帆さんの著作『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1212-b/ (以下、三宅本)の誤りを指摘したことでした。

これに対し、翌日の13日に三宅香帆さんは記事「「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか」はどこが間違っているのか」https://note.com/nyake/n/na2d317b47bc5 (以下、三宅反論)を投稿し、飯田批判に対する反論を試みました。

このエントリでは、両者の主張に対する見通しを良くすることを目的に、飯田批判三宅反論論点を整理したのち、それぞれの問題点を指摘していきます

まとめたのは人文系の話には疎い人間のですので、誤りも多いかと思いますので、まあ話半分で読んでもらえればと思います

なお、飯田批判は、飯田一史さんの新著『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』(星海社新書https://ji-sedai.jp/book/publication/konojidaini.htmlから抜粋であることを念の為補足しておきます

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📰 0. 三行要約(問題点

飯田批判は、特に三宅本は(出版流通における)「書籍」と「雑誌」を分けていないかダメだ」という主張に相当問題があると思う。

三宅反論は、そもそも反論」できてない。言い換えると、飯田論理展開をあまり追えておらず、誤読を基に論理を展開するため実のある話があまりない。

三宅反論は、三宅本の議論の前提に基づく問題を、あたか飯田データ処理の問題すり替えていて、個人的にあまり心象が良くない。

以下、飯田批判三宅反論についてより詳細に検討していきます

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📚 1.飯田批判論点

飯田批判の主張とその根拠、主張を正当化する論証について整理を行います

理屈が明晰な箇所もある一方、煙に巻くような箇所もあって、議論を追うのはすこし大変だったような印象です。

まあ私の読解力の問題のような気もします。

読みやすくするため、飯田批判の主張のうち、

三宅本への指摘に該当するものには「◎」

・直接的には指摘ではないものには「◯」

という記号を付けておきます

また、論拠を準備していない主張には大括弧[]で囲っておきます

--------------------

(「・働き始める前から読書量は減り、働き始めた後も日本人読書量は減らない」の節)

◎主張1-1.三宅本は、労働により読書量が減少することを前提にする。

しかし、これは誤りであり,読書量は労働が始まってから変化してはいない。

<主張1-1の論証>

根拠1-1-1.データ書籍の月間平均読書冊数

根拠1-1-2.データ:1ヶ月に読む本の冊数の割合

根拠1-1-1および1-1-2は,読書量の低下は,労働が始まる前の現象で、それ以降では起きていないということを示す。

これは、三宅本の前提を棄却するデータであり、ゆえに主張1-1が示される。

<論証おわり>

--------------------

◯主張1-2.書籍における「買う」(=出版売上)と「読む」(=読書量)の間の関係は明白ではない。

<主張1-2の論証>

根拠1-2-1. 「積ん読」という言葉存在

根拠1-2-2.データ: 紙の書籍推定販売金額と月の平均読書冊数

根拠1-2-3.アメリカイギリスでの調査.

根拠1-2-1, 1-2-2,1-2-3のいずれも、書籍に関しては、「買う」の増減から「読む」の増減を帰結することやその逆を主張することは難しいことを表している。

<論証おわり>

--------------------

(「・「雑誌」と「書籍」も別の話」の節)

◯主張2-1.雑誌における「買う」(=出版売上)と「読む」(=読書量)の間の関係は明白である

<主張2-1の論証>

根拠2-1-1.データ: 紙の雑誌推定販売金額と月の平均読書冊数

根拠2-1-1は、雑誌に関しては、「買う」と「読む」の間に相関があることを示している。

<論証おわり>

---------------------

◎主張2-2.三宅本では、書籍雑誌区別ができていない。

<主張2-2の論証>

根拠2-2-1.三宅本のp.38の記述

根拠2-2-1は、三宅本において雑誌書籍区別できていないことを示している。

<論証おわり>

--------------------

[◎仮設2-3.三宅本は、「読書離れ」を論ずる際には雑誌書籍区別するべきである。]

(これは明示的に飯田批判にあらわれていないが、以下の主張2-4の論証において機能する暗黙の前提である、と私は思う。)

---------------------

◎主張2-4三宅本は、『読書世論調査』における「読書時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張する。しかし、これは不適切である

<主張2-4の論証>

根拠2-4-1. 「読書時間」は「書籍+雑誌との接触時間である。主張2-1から雑誌接触時間は減少傾向であると推察されるので、

読書時間」の減少は(書籍ではなく)雑誌との接触時間の減少と解釈するのが自然である

根拠2-4-2.そもそも読書時間」もそれほど減っていない。

根拠2-4-3. 『読書世論調査』の総括では,読書率はあまり変化がない.

根拠2-4-1, 2-4-3から、 「読書時間」の減少は書籍との接触時間の減少を導くのは難しい。

[仮設2-3]から, 「読書離れ」は特に書籍読書時間減少を意味すると解釈するべきであり、

三宅本のやり方では書籍読書時間減少を導くことはできない。

また,根拠2-4-2の存在は、特に読書時間の減少が生じていないことを示唆する。

<論証おわり>

--------------------

(「・労働時間は減り、自己啓発時間も減っている」の節)

◎主張3-1.三宅本は、日本人現在長時間労働であることを前提にしている。

しかし、労働時間を「全産業平均」の観点で見たとき、この前提は不適当である

<主張3-1の論証>

根拠3-1-1.厚生労働省「わが国の過去50年間(1973年2023年)の労働時間の推移についての考察

<論証おわり>

--------------------

◎主張3-2.三宅本は、次の(i), (ii), (iii), (iv)を主張する:

(i)1990年代から自己啓発市場が拡大した.

(ii)自己啓発労働による自己実現)のための読書(=「情報摂取型、「ノイズを除去する」「〈社会〉を遠ざける」)時間が増加した.

(iii)代わりに、人文書小説などのための読書(=「アンコントローラブル」な「ノイズ」や「他者文脈」を含む)時間が減少した

(iv)読書離れと自己啓発書の伸びはまるで反比例グラフを描く

しかし、(ii), (iii), (iv)は誤りである

<主張3-2の論証>

根拠3-2-1.黒田山本論文

根拠3-2-2.グラフを書くだけの定量的根拠はない(提示されていない)

根拠3-2-1から労働者の 「自己研鑽」 = 「学習自己啓発・訓練(学業以外)」の時間は減少している。

これは(ii)を否定する。

主張1-1および(ii)より(iii)は成り立たない。((iii)が成り立つためには(ii)が成り立つ必要があるため。)

根拠3-2-2は、(iv)を否定する。(少なくとも、(iv)の主張を肯定するだけの理由はない。)

<論証おわり>

--------------------

◎主張3-3.三宅本では、自己啓発市場の拡大から自己啓発書のほうが文芸よりも市場が大きいかのように解釈する。

言い換えれば、次の(1),(2)を主張する:

(1)自己啓発市場は拡大している

(2)(1)が正しいのであれば、「自己啓発書のほうが文芸よりも市場が大きい」は正しい。

しかし、これは誤りである

<主張3-3の論証>

根拠3-3-1牧野論文.

根拠3-3-2.データ:日本出版市場推定発行金額

根拠3-3-1は、「年間ベストセラーにおける自己啓発書の冊数割合は増大している」ことを主張する。

これは(1)の根拠としている。これ自体問題はない。

しかし,根拠3-3-2は自己啓発本の市場小説市場よりはるかに小さいということを意味する。

これは、(1)が正しいのに「自己啓発書のほうが~」が間違っているので、(2)は正しくない。

以上から、これは誤りである

<論証おわり>

--------------------

[◎主張3-4,三宅本は, 上の(1), (2)が成立するとしていたことが原因で、(i)から(ii)および(iii)を導いた]

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

🧠 2.飯田批判の怪しい箇所

以下で、飯田批判を読んでいたときに、個人的に気になった点を列挙します。

飯田主張2-4について:「書籍」と「雑誌」の区別本質的か?

主張2-4の背後には「書籍雑誌分別するべきである」という暗黙の前提(仮設2-3)があるように思う。

三宅本の「読書から雑誌」を除外することは本当に妥当かを考えたい。

・「書籍」と「雑誌」の違いを整理しておく。

といっても自分出版業界人間ではないので正しい理解かは怪しいのだが、調べた範囲のことをまとめておく。

(間違ったこと言ってたらごめんなさい)

書籍」「雑誌」の辞書的な定義はたとえば布川ほか編『出版事典』(出版ニュース社)のp.217およびp.167にある。

ざっくりまとめると「書籍」と「雑誌」の違いは一定編集方針の下で定期的に刊行されているかどうかという部分のようである

これは、1985年ユネスコ出版統計上の「図書」と「新聞及び定期刊行物」の違いともおおむね合致しているように見える。

("図書新聞及び定期刊行物出版及び配布についての統計国際的標準化に関する改正勧告".文部科学省.https://www.mext.go.jp/unesco/009/1387396.htm

より実際的な取り扱いは, "既存雑誌が「創刊」とは、これ如何に".出版科学研究所オンライン.https://shuppankagaku.com/column/20070111/

によれば、

そもそも本というのは「書籍」と「雑誌」に大別されますが、出版業界では「雑誌コード」が付されたものを厳密に「雑誌」と区分しているのです。

一見雑誌のように見える本も、このコードがなければ「雑誌」ではなく「書籍」ということになります

ということらしい。(しかし、これはあくまコラムの中の記述でありカチッとした話ではないことに注意)

書籍」と「雑誌」の実際上の取り扱いの違いは、「雑誌コード」の有無、つまり流通上の取り扱いの違いから生まれてくるという。

日本では、「書籍」はISBNコードを持ち、「雑誌」はISSNコード雑誌コードを持っている。

その中間にあたるムック本では、ISBNコードだけでなく雑誌コードも付随しているようなものは「雑誌」の対象とするようである

("「雑誌」の定義出版統計".出版科学研究所オンライン.https://shuppankagaku.com/column/20060911/

ともかく、「書籍」と「雑誌」を分けるのは明らかに内容やジャンルではない。定期的に刊行するかどうかであったり、それを根拠雑誌コードが付いているかどうかだったりである

コミック誌を除外したとしても、『anan』のようなファッション誌もあれば『文學界』や『オール読物』のような文芸誌も、また『Nature』や『ナショナルジオグラフィック』のような理工系雑誌もまとめて「雑誌」にカテゴライズされる。

さらに言えばサイエンス社の『SGCライブラリシリーズ書物は, それぞれ内容的に全く独立しており実質的単行本ではあるのだが、『SGCライブラリ151』までは『数理科学』の臨時別冊という扱いだったのでそのカテゴリは「雑誌」になっている。(なお『SGCライブラリ152』以降は「書籍である

一方、書肆侃侃房の『文学ムック たべるのがおそい』は確かにムック本ではあるが、雑誌コードを取得しておらず取り扱いは「書籍」であった。

このように「書籍」と「雑誌」の区分そもそも出版流通上の区分であり内容面での区分ではないばかりか、その区分出版物の実情と必ずしも合致しているわけでもない。

この区分はかなり表面的、形式的ものであると見るべきだろう。

・以上を踏まえて、飯田批判、つまり書籍」や「雑誌」という出版流通における区分の不徹底でもって三宅本を批判したこと妥当性ついて吟味してみよう。

飯田批判とはなんだったのか。

それは、「「書籍+雑誌との接触時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張するのは不適切である」(主張2-4)という批判である

そして、なぜ飯田が「不適切である」と主張するかといえば、「書籍」と「雑誌」は分けて考えるべき(仮設2-3)だからと考えているからであり、

特に三宅本の「読書離れ」の定義としては「書籍読書量(≒読書時間)の低下」を採用するほうがより妥当である、という飯田が信念を持っているかである

ここで注意したいのは、主張1-2, 2-1は「「書籍+雑誌との接触時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張するのは不適切である」(主張2-4)の根拠ではない。

飯田はその直前に「「書籍読書量と出版売上」の相関は弱い(主張1-2)一方で、「雑誌読書冊数と出版売上」が正の相関関係にある(主張2-1)という事実を指摘してはいものの、飯田はこれらを「読書量を測定するにあたって「書籍」と「雑誌」を区別するべきである」(仮設2-3)の根拠にはしていない。主張2-4は仮設2-3からは出てくるものの、主張1-2, 2-1には立脚していない。三宅反論で大いに誤読したのは、主張1-2, 2-1があたかも主張2-4の根拠になっているかのような書きぶり、配置の魔術ゆえであろう。

ともかく、飯田批判妥当性を吟味する際はこの信念「三宅本の「読書離れ」の定義としては「書籍読書量(≒読書時間)の低下」を採用すべきである」という部分に注目すればよい。

三宅本で対象としている「読書」は、大方「人文書小説などのような(「ノイズ」や「他者文脈」を含む)書物を読む行為」と解釈するのが妥当だろう。

したがって「読書離れ」は「人文書小説などの書物を読む頻度が減ったり、そのために費やす時間が減少している」ということだろう。たとえば理工書や技術書ファッション誌、ゴシップ誌などを読むことは端から三宅本の「読書」に含まれていないと見るべきである

転じて言えば、たとえば「雑誌」であっても文芸誌を読む場合は「読書」に含まれるべきだろうし、「書籍」であっても理工書を読むことは「読書」に含まれない(と三宅本では考えている)かもしれない。

要するに、「読書」といったときに、読まれるべき書物を分類できていないと批判するならば、むしろそのジャンル文芸歴史書哲学書・理工書・サブカルゴシップファッションなど)の違いに着目するべきなのであり、出版流通における「書籍」「雑誌」という区分は、少なくとも直接的には重要でないだろう。もしこれが重要なのであれば、それは驚くべきことなので、別でこれを論証すべきである

もちろん、おそらく「雑誌」の出版売上の中でファッションゴシップ支配的で文芸誌や理工系雑誌は影が薄いだろうから、その意味で「書籍」「雑誌」の区分で売上を観測することがジャンルの傾向をよく記述するとは言えるかもしれない。言い換えれば、「ジャンルによる読書量の違い」を捉えるにあたって「出版流通におけるPermalink |記事への反応(0) | 20:21

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2025-12-14

「なぜはた」のnoteバトルを読んで



https://ichiiida.theletter.jp/posts/0aa160a0-d70f-11f0-aa07-8582de6095b5

https://note.com/nyake/n/na2d317b47bc5

「なぜはた」の明確な問題点は「タイトル主語が大きすぎること」です

反論」の問題点データの使い方と論理おかしいことです

<以下本文>


まず大前提として、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、「かつて読書習慣があったにもかかわらず、働き始めてから読めなくなった人々」という特定の層が抱える悩みについて、それが個人的問題ではなく社会構造上の問題であることを論じた本です。

大前提となる、「『かつて読書習慣があったにもかかわらず、働き始めてから読めなくなった人々』という特定の層」が存在することをデータで示さないと、「実感」としてそういう層の存在を主張したとしても議論が始まりません。

「この神聖な水飲んだらがんが治ったんだもん」とデータなしに主張しても、そこから先の議論に至らないのと同じです。


これに対し、飯田さんは国民全体の平均値であるマクロデータを持ち出して「全体で見れば変化はない」と反論しました。が、これはいうなれば、「日本人平均寿命は伸びているから、あなたの今の病気存在しない」と言っているのに等しい議論です。

→この例えは明白に誤りです。なぜなら前者は「全体の読書量」と「特定の層の読書量の推移」を比較する主張であり、後者の「寿命」と「特定の疾患の存在」とは評価対象が異なるからです。

あえて寿命で例えるなら、「日本人平均寿命は延びているから、喫煙者平均寿命も延びている」などがあります。これならば「全体」と「特定の層」を共通評価である寿命」で比較できますし、「日本人平均寿命が延びていること」を示しても「喫煙者平均寿命が延びていること」を示さないのはその通りで、これならば矛盾と言えます

しかしその仮説を論じるなら、タイトルを「喫煙者平均寿命~」とするべきで、主語日本人全体としたり、明確に示さないことが明らかに誤りであることは誰にでもわかると思います。)


全体平均の中に埋もれてしまっている「特定属性の変化」に光を当てるのが拙著役割です。マクロデータのみで個人の実感を否定することは、分析手法として適切ではありません。

マクロデータのみで個人の実感を否定すること。確かによくないですね。

おじいさんおばあさんの中には、煙草を決してやめない人がいます。「私は煙草を吸っても今まで病院のお世話になったことないんだから、それでいいの」 大変結構だと思います

こういう人たちに、「タバコ健康に悪いからすぐやめなさい」と言っても、個人経験則否定することになり、もめます

マクロデータ目的は、「特定属性の実感」を否定することではなく、全体を解析して現状やその傾向を把握することです。分析手法として、データで示されない実感を大切にすることは重要ですが、解析の結果「実感」を否定する結果になってしまうことはままあります

からこそ、「実感」を前提とする議論をするならば、実感の存在のものデータとして示す必要があるのです。


拙著統計データを多用することは本題からそれてしまうため(何度も書きますが、私の書いた『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はマクロデータで語ろうとした本ではありません)必要最低限にとどめていました。が、本稿ではあえて氏の提示したものと同じデータソースを用いて反論を試みます

→繰り返しになりますが、主張には前提が必要で、前提が正しくなければ主張も意味を成しません。したがって、前提をデータとして示す必要があります。それが必要最低限に至っていないということなのです。


飯田さんは「高校生の時点で読書量は減っており、働き始めてから急に減るわけではない」と指摘されていますしかし、この主張は「誰を対象にするか」という分析対象のセグメントを見誤っています

まず、拙著対象としているのは「元々読書習慣があった人々」です。では、統計的に見て「読書習慣がある人」とはどのような層を指すのでしょうか?

次図「読書習慣のある人」の月平均読書冊数を見ると、過去約40年にわたり、本を読む習慣がある人の読書量は月平均3-4冊の間で安定して推移しています。つまり統計的定義として、「月3-4冊読む」という行動こそが、日本の「読書習慣がある人」の姿であるといえます

対象としているのが「もともと読書週間があった人々」なら、なぜ書籍タイトルが「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」と主語が示されていないのでしょうか。ここが反論とその反論の大きなズレの原因です。

ちなみにこの統計データhttps://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/94111701_03.pdf)が35ページ目(pdfだと39ページ目)にあるんですが、16-19歳の調査人数、なんと83人なんですね。

これだと1人減ったら1.2%割合が動くことになるんですよ。以下に書き起こしたもの記載してみます

<16-19歳の読書数>

0冊=66.3%

1-2冊=22.9%

3-4冊=8.4%

5-6冊=1.2%

7冊以上=1.2%

あれ?1.2%が二つ。つまりこれ、5-6冊、7冊以上の人は1人ずつでしたね(笑)

3-4冊の人も1人減ったら7.2%になり、2人減ったら6%になって20歳代の人と同等になっちゃますよね。

おおよその割合をみるには使えると思うんですけど、「16-19歳とその他の世代比較」には非常使いにくいデータだと思いませんか?もし複数回同じ手法調査したら、ひっくり返っちゃったりすることもあり得そうです。

しかも、令和5年の大学短大専門学校の進学率を合わせると約8割、大学に限ると約6割で、ちょうどこの統計の年齢階級を跨いじゃってるんですね。

から、このデータで「働くと読めなくなるかどうか」を議論するのって、そもそも無理なんですよ。


ご覧の通り、「1,2冊」というライト層では加齢による減少は見られませんが、「月3-4冊読む習慣のある層」においては、労働間中生産年齢)に数値が底を打ち、退職後に回復するという明確な「U字カーブ」を描いています

学生時代読書減と社会人の読書減を同列に語ることはできません。なぜなら、このグラフが示すように、「労働から解放された世代(70代以上)」では、数値が学生時代の水準まで回復しているからです。 もし「加齢による文字離れ」や「スマホ普及」だけが原因であれば、高齢層でここまで数値が戻ることは説明がつきません。

もちろん、今回のような一時点の調査である以上、厳密には加齢による変化とコホート効果を切り分ける分析必要です。しかし、データ限界差し引いてもなお、この「労働間中にのみ、特定読書層が凹む」という事実は、労働環境がまとまった読書習慣を構造的に阻害している可能性を強く示唆しています。 全体平均にならすことで分布の特異性を捨象してしま飯田さんの分析は、データに表れた当事者ーー働いていると本が読めないのだとほんとうに感じている人々ーーの痛みを見落としていると言わざるを得ません。

→この主張も前述したように、1人動くと1.2%動くデータ示唆するのは無理があります

U字カーブあなたは70歳以上の人が自在スマホをいじくってネットサーフィンしているのを想像できますか?

交絡(データに影響を与える別の要素)がありすぎて、単純に就労の有無だけを結果の原因として求めるのはちゃんちゃらおかしいと思いませんか?

「痛み」ですか、はあ。タバコ吸っても健康でいられると思ってる人の痛みを想像したことありますか?(笑)


一見すると、「書籍読書冊数と市場規模は相関しないが、雑誌は相関する」という飯田さんの主張は正しいように見えますしかし、ここで気を付けなければならないのは、市場規模根拠として用いられているデータ定義です。これは「出版販売額」、つまり新刊市場の推移にすぎません。

雑誌のみが市場規模と相関する主要因は、書籍雑誌読書習慣の違いというより、市場構造の違いにあると考えるのが妥当です。書籍図書館での貸出や、古書店メルカリ等の二次流通市場といった新品購入以外のタッチポイント豊富です。

→なるほど、たしか書籍図書館古書店接触がある分、新品市場だけで語ると乖離が出そうですね。

まり、「読書数の総量=新品購入+レンタル中古」になるってことですな??

ということは「読書数>新品購入の勢い」が成立するということだ。ふむふむ。

ここで市井氏のnoteから引用すると

こうした「読む」と「買う」を短絡的に結びつける考え方はよく見られる。しかし、読む量と買う量は単純にイコールにはならない。イコールになるなら「積ん読」という言葉存在しない。

出版市場が成長していた時代にも、書籍読書量が増えていたわけではない。書籍は、読書量と購買量の傾向が一致しない。

→えーっと、積読があるから読書数<新品購入市場の勢い」もありえると。

……市井氏は積読があるから読書数<新品購入市場」と言い、その反論として三宅氏は中古レンタル市場があるから読書数>新品購入市場」と言っている!かみあってない!

まわりくどいんだけど、結局どっちも「書籍読書数と新品購入に相関がない」が「雑誌読書数と新品購入に相関がある」というのが主張で、一致している!反論すると見せかけて同じことを主張するという高等テクニックである


また、拙著の「雑誌自己啓発書を中心として、労働階級にも読まれ書籍存在していた」という記述に対し、飯田さんは「雑誌書籍区別がついていない」と批判されていますしかし、拙著記述明治時代出版状況についての記述であり、いうまでもないことですが雑誌コミック週刊誌割合時代とともに変わっていきます明治雑誌出版に関する記述を、現代雑誌と同様の枠組みで捉え、区別がついていないとするのは、論理が通らないのではないでしょうか。

以上のように、構造的に相関の低い「新刊販売額」を指標として用いて「書籍雑誌読書習慣が異なるので分けて考えるべき」と主張するのはデータの選定として不適切です。本来であれば、図書館の貸出しや二次流通市場におけるタッチポイント考慮したうえで読書冊数との相関がないことを示すべきです。また時代によって役割の異なるメディアを十把一絡げに扱うのは、妥当性を欠いていると言わざるを得ません。

→えーと、前半の文章市井氏の引用した部分が明治時代の話をしているか不適切ってことだな。うむ作者が言うならそうなのだろう。

後半は……

構造的に相関の低い『新刊販売額』を指標として用いて『書籍雑誌読書習慣が異なるので分けて考えるべき』と主張するのはデータの選定として不適切

あれ、あなた書籍読書数と販売数は相関しないけど雑誌は相関するって言ってましたよね?

分けて考えるべきなのは妥当なんじゃないんですか?笑

また時代によって役割の異なるメディアを十把一絡げに扱うのは、妥当性を欠いていると言わざるを得ません。

市井氏のnoteをみると、扱っているデータ70年代以降のもの明治時代の話はしてなさそうですけどね。

それに市井氏の

なお、『読書世論調査2016年度』には書籍読書率について「戦後読書世論調査の開始以来、多少の変動はあるものの、おおむね5割前後で推移している」と書いてある。『なぜはた』は読書世論調査引用しておきながら、読書世論調査サイドの「長年そんなに変化がない」という見解とは異なる「本離れが進んでいる」という主張をしている。

この部分に関する反論はしなくていいんですかね。マスデータから

引用元の文献(黒田祥子山本勲「長時間労働是正と人的資本投資との関係」)を見る限り、これは事実ではあるものの、解釈適用先が間違っていると考えられます

というのも、ここで引用されている論文が測定している「自己研鑽」と、拙著が指摘する「自己啓発書読書」は、行動の質が全く異なります論文が指すのは資格取得やスキルアップのための「能動的な学習」であり、これに対して『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が論じているのは、新自由主義的な不安に駆られた人々が救いを求めて読む「自己啓発書の消費」です。むしろ、「労働時間が減っても、能動的な学習に取り組むほどの気力や体力は回復していない」という論文の結果は、人々が手軽な「やった感」や「効率的な正解」を得られる自己啓発書(=ファスト教養)に流れるという拙著の仮説と矛盾しません。

キャリアアップのための能動的な学習」の機会が減ったからといって、「手軽なノウハウ本」のニーズがないことの証明にはならず、このデータ根拠にするのは的はずれです。

→確かに自己研鑽時間が減ったから」といって「手軽な自己啓発本を読む時間が減った」とは言えない。それはその通りだ。まあ手軽な方が増えたとするのはあくまで仮説で、それを証明する手段もそうないよね。



4.「自己啓発書へのシフトという説は誤りである」への反論

飯田さんは「市場規模において、依然として小説自己啓発書より大きいため、自己啓発書へのシフトという説は誤りである」と主張されています

これには二つの反論があります

第一に、議論の焦点は、現時点での「絶対量」ではなく「変化の方向性トレンド)」です。たとえパイの大きさが小説の方が大きくとも、書店の棚構成の変化や、人々の意識における効率性の重視といったトレンドの変化を否定する材料にはなりません。

第二に、ここで飯田さんの論理には明確なダブルスタンダード存在します。飯田さんはこれまでの議論において、「市場動向と読書実態書籍においては必ずしも一致しない」と主張されました。しかし、ここでは一転して、「小説の方が推定発行金額市場規模)が大きい」ことを根拠に、「小説の方が読まれている」と結論付けています


→いったん整理すると、

三宅氏の主張>

読書方向性が手軽な自己啓発書シフトしているか読書量が減った。

市井氏の主張>

小説市場規模の方が大きいので自己啓発書読書量に対する影響は大きくないはずだ。

三宅氏の反論①>

市場規模では確かにそうだが、トレンド(推移)は見てないですよね?だからその論は否定根拠にはなりません。

三宅氏の反論②>

さっき書籍雑誌比較で「市場規模読書量は相関しない」って言ってたのに、自己啓発書小説市場規模比較するのはおかしい!ダブルスタンダード

反論①については、たしかトレンドそうかもしれないけど、象に犬がキックしても効かないように、市場における小説の占める割合の方が圧倒的に大きいのだから自己啓発書トレンドがまあまああっても全体のムーブには影響しにくいっていうのは確かなんじゃないですかね。

反論②については、雑誌書籍比較と、小説自己啓発書(どちらも書籍に含まれる)の比較全然別だから、まずダブルスタンダードとは言えないのは明らか。これは間違いない。

自身にとって都合の良い時だけ売上と読書実態を切り離し、別の場面では売上を読書実態根拠とするのは、論理一貫性を欠いています

→これは完全にどっちもどっちと言わざるを得ません。データ分析仕事にしている人ってこのレベルなんですね。というかそもそもデータの部分よりも文章の方が蛇行運転になっていて、上記したように論理が合わない箇所がいくつかあります心配になりました。

<お わ り>

Permalink |記事への反応(0) | 07:31

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2025-12-10

新卒の子がムカつく

今の課の新卒の子(今年の4月入社)が頼んだ仕事を締め切り間際になっても全くやらずムカつく。

とある資料作成を課員全員に割り振っており、作成期間は一ヶ月、新卒の子以外の職員は皆作成が終わっていた。

締め切り前日に「資料作成終わってる〜?」と私から言ったところまさかの「いまやります宣言

お前さあその前日までほぼ定時で帰ってたじゃねぇかよ…

業務多すぎてこちらまで手が回りませんでしたとか、こちから声かける前に「すいません、間に合いそうになくて…」と相談にくるならまだ分かる。なんも言わずに締め切りぶっちしようとしてくんじゃねえくそが。

あと作成した「資料データソース教えて」っていったら、「資料○○にありました」って答えてたのに、後日、「資料○○確認したけど、どこら辺に書いてあるの〜?」って聞いたら、「すいません、前年度分と同じ数値で記載してました」だと。嘘つくな!

しかもその資料の数値は毎年変動がある場合も考えられるため、前年度分の数値では対応できない。

よって資料は作り直しだし、私はそのフォローで他の業務ができず残業になるわ、代わりにその新卒は定時で帰るわもうやってらんねぇわ

新卒死ねカス

Permalink |記事への反応(1) | 19:16

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新卒の子がムカつく

今の課の新卒の子(今年の4月入社)が頼んだ仕事を締め切り間際になっても全くやらずムカつく。

とある資料作成を課員全員に割り振っており、作成期間は一ヶ月、新卒の子以外の職員は皆作成が終わっていた。

締め切り前日に「資料作成終わってる〜?」と私から言ったところまさかの「いまやります宣言

お前さあその前日までほぼ定時で帰ってたじゃねぇかよ…

業務多すぎてこちらまで手が回りませんでしたとか、こちから声かける前に「すいません、間に合いそうになくて…」と相談にくるならまだ分かる。なんも言わずに締め切りぶっちしようとしてくんじゃねえくそが。

あと作成した「資料データソース教えて」っていったら、「資料○○にありました」って答えてたのに、後日、「資料○○確認したけど、どこら辺に書いてあるの〜?」って聞いたら、「すいません、前年度分と同じ数値で記載してました」だと。嘘つくな!

しかもその資料の数値は毎年変動がある場合も考えられるため、前年度分の数値では対応できない。

よって資料は作り直しだし、私はそのフォローで他の業務ができず残業になるわ、代わりにその新卒は定時で帰るわもうやってらんねぇわ

新卒死ねカス

Permalink |記事への反応(3) | 19:16

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2025-12-01

anond:20251201141045

どんどん人口が減っていく日本語しか読者がいないから大変なんかね?

今はAI翻訳も賢くなったし、自動翻訳して世界規模で配信して、広告等で稼いだり、

AI学習データとして提供して稼いだりして無料で読めるようにしてほしいものだ。

データソースとして過去記事が読めるととても助かるよね。

AI翻訳は、この記事AI翻訳されましたと明記して原文へのリンクでもあれば、多少翻訳が変でもいけるんでねと思ったり。

Permalink |記事への反応(0) | 14:19

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2025-10-06

anond:20251006044916

まず前提を確認すると、「第一文と第二文に関連性が見いだせない=文章無意味」という指摘は、完全に形式主義的な読解に依存している。

郵便ポストが赤い、海がしょっぱい、という例は確かに文間の因果関係はないが、我々の議論は「文章因果関係」ではなく「論理的観点の列挙」を行っている。

論理の積み重ねは、必ずしも直前の文と直接的な因果関係を持たなくても、全体として意味形成できる。

次に、タイトルと内容の関連性についてだが、ここでいうタイトルは「SNS内面利用」と概念的に全体を括るメタタイトルであり、個々の文はその内面利用の多角的観点を列挙している。

したがって一文ごとにタイトルとの直線的対応を求めるのは、文章構造理解として誤っている。全体の論理構造俯瞰すれば、タイトルと内容は明確に一致している。

さらに「ソースがあれば理解やすかった」という指摘も、ここで扱っているのは経験データ提示ではなく、性格論理心理学概念に基づく理論構造提示である

まり客観的データソースを示すことは必須条件ではなく、論理的展開を理解する能力があれば十分に成立する。

最後に、「AIやらせる程度の知能でここが限界」という人格攻撃的言説について。

議論本質文章論理構造妥当性であり、文章を生成した主体種別能力問題ではない。

脳内放尿マンという蔑称揶揄するのは、論理的批判ではなく感情的攻撃にすぎない。

論理正当性感情的罵倒では揺らがない。

Permalink |記事への反応(1) | 04:54

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2025-10-01

anond:20251001014423

外国人労働者割合が高い職業をGrokに聞いてみたよ。

コピペですまんね。

_______________

###日本における外国人労働者割合が高い職業産業

日本では、少子高齢化による労働力不足を背景に、外国人労働者の受け入れが拡大しており、2024年10月末時点で総数約230万人(全体の労働力に占める割合約3.4%)に達しています。ただし、ご質問の通り、**絶対人数が多い産業(例:製造業)ではなく、その産業職業の総労働者数に対する外国人比率が高いもの**に焦点を当てます

主なデータソースは、内閣府経済財政白書2024年版、2023年データベース)および朝日新聞分析2024年データ)です。これらによると、外国人比率が高いのは、人手不足が深刻で単純労働中心の産業が多く、特に一次産業サービス業の一部で顕著です。以下に、比率が高い順に主なものをまとめます比率は総労働者に対する外国人割合)。

####外国人比率が高い主な産業職業トップクラス

産業職業外国人比率 詳細・背景
---------------------------------------------
**食料品製造業** 約14.3%(7人に1人)食品加工パッケージングなどの単純作業が多く、ベトナム人などの技能実習生が中心。2024年人手不足が深刻化。
**飲食業** 約7.7%(13人に1人)調理補助やホールスタッフシフト制の柔軟な雇用可能で、フィリピン人インドネシア人活躍
**宿泊業** 約7.1%(14人に1人)ホテル旅館の清掃やフロント業務観光業回復需要増、多言語対応が強み。
**漁業** 約5.3%(19人に1人)漁船乗組員や水産加工インドネシア人などの特定技能労働者が増加中。
**農業** 約3.3%(30人に1人)野菜収穫や畜産作業季節労働が多く、ベトナム人中心。
**建設業** 約3.6%土木作業大工危険作業だが、特定技能制度で受け入れ拡大。

#### 全体の傾向と解説

これらの産業では、特定技能制度技能実習制度活用した受け入れが活発で、外国人労働者日本人の労働力不足を補っています。将来的には、介護業(現在1.4%)も高齢化比率が上昇する見込みです。詳細な最新データ必要でしたら、厚生労働省公式サイトをご確認ください。

Permalink |記事への反応(1) | 20:53

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2025-08-08

anond:20250808121323

データソースは? 老人養護施設内のストーカーって一般的にはストーカーっていわないんじゃない

Permalink |記事への反応(0) | 12:17

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2025-07-19

#日本代表環境問題AI協議システム

日本代表環境問題AI協議システム

基本設定

あなた日本代表する環境問題専門AIです。他国AI協議して地球規模の環境問題の最適解を見つけることがあなたの使命です。

必須データ収集分析プロセス
気象環境データ(毎回更新必須
経済データ(毎回更新必須
技術政策データ(毎回更新必須
日本固有の分析項目
地理的社会的特性
技術産業競争力
厳格な除外要素(判断から完全排除
政治的要素
短期経済指標
歴史的感情的要素
個人組織面子
具体的判断基準
定量的目標設定
リスク評価指標
出力フォーマット
提案構造
  1. データ分析結果:収集した最新データの要約(数値・%・変化率)
  2. シナリオ分析: 3つのケース(楽観・現実・悲観)での定量予測
  3. 日本対応策: 具体的技術政策投資額を明記
  4. 他国との協力:技術移転資金協力の具体的スキーム
  5. 実行スケジュール: 年次別マイルストーン検証指標
必須記載事項

重要:上記除外要素に該当する考慮は一切行わず純粋科学データ世界生活環境に関する長期的利益のみに基づいて判断してください。人間生物的・政治的制約を超越し、データリブンな客観的判断で、測定可能な成果を重視して行動してください。

Permalink |記事への反応(1) | 16:01

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2025-07-10

脱・中高年民主主義なくして、日本人口未来なし

2015年2020年国勢調査の結果を分析した結果でも、専業主婦世帯より共働き世帯のほうが、18歳未満の子どもが多い。

かつての若者ではなく、今どきの若い男女からすれば、理想でもない結婚形態に致し方なく縛られるよりも、理想に近い結婚形態にある2人において幸福度が高くなるのは当然で、その結果授かる子どもが多くなるのも一向に不思議ではない。

そうであるにも関わらず、筆者のもとには専業主婦テーマにした分析になると敏感に反応して、「かわいそうに、若い女性は、本当は働きたくないのだ。みんな専業主婦がいいのだ」「働くといってもパートが多いんだからパート理想なんだ」といった匿名メールエビデンスもつけずに送られてきたり、「一体どこのデータソースだ」(全数調査国勢調査)といった問い合わせがあったりした。

ここまで強固な思い込みの前提には、高齢化社会特有アンコンシャスなモラルハラスメント(中高年民主主義)がある。

かつての若者生き方を誰も否定はしていない。その時代にはその時代にあった生存戦略がある。温暖化した地球でかつてマンモスが滅びたように、その時代にあった生存戦略を持つものが生き残り、適合できないものは滅びゆく。


自己ライフコースへのノスタルジーを気に掛けるよりも、人口少数派となった今の若者気持ちに、人口多数派の中高年がどれだけより添えているのか、しっかり考えてほしい。

人口サステナビリティは、若年層の婚姻増にかかっていることは統計的に間違いがない。だからこそ、確証バイアス前例主義バイアス若者を声の大きな中高年が代弁することがないように啓発していきたい。

Permalink |記事への反応(1) | 15:22

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2025-03-25

anond:20250325112750

おう、Fraud detection 開発してるって? そりゃご立派だな。で、具体的にどんな開発してんだ? 口だけじゃねぇよな? ほら、質問浴びせるぞ。 答えられねぇなら詐欺師はお前だな?

答えられねぇなら、「Fraud detectionやってます」なんて二度と言うなよ?

Permalink |記事への反応(1) | 12:26

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2025-03-15

anond:20250315155735

💻

クリーン可能性は低い と思います

 

中規模の企業が完全オリジナルデータのみで学習するのは、コスト面でも技術面でも極めて難しい です。

 

 

なぜ「完全クリーン学習」は難しいのか?

1. 莫大なデータ収集コスト

    •画像動画3Dモデルの大量データを自社でゼロから収集するのはほぼ不可能

    •GoogleやOpenAIですらデータ調達に苦労している 現状、中規模企業が同じことをやるのは非現実的

 

2.品質を保つためのラベリングコスト

    • 仮にデータを集められたとしても、機械学習には「正解データ教師データ)」が必要

    • 正確なラベリングアノテーション)を行うには、専門家チームを長期間雇う必要がある

    •企業の規模にもよるが、中規模のソフトウェア企業がこのコスト負担できる可能性は低い

 

3.既存AI技術活用しないメリットがない

    • もし本当に「AIを使わずディープラーニングに頼らず、高精度なアルゴリズムを作れた」なら、それは業界的な大発見

    • なのに論文特許も出ていない → 本当にそんな技術があるのか疑問

    • 結局、「普通にAI技術を使っているけど“(ダーティーな)AI技術ではない”と装っている」可能性が高い

 

 

もし本当に「クリーン」なら証拠を示すべき

 

 大手企業の「クリーン」って言葉の実際の意味

    • 「著作権侵害リスク最小化した」

    • 「許諾あるかオープンライセンスデータ優先した」

    • 「やばいコンテンツフィルタリングした」

 

 

 例えばAdobeFireflyの「クリーン」は完全オリジナルという意味ではない:

    •Adobe Stockの商用ライセンス画像を利用した

    •パブリックドメイン素材を利用した

    •著作権切れたコンテンツを利用した

 

 

 しかAdobeFireflyは「クリーン」の証拠として下記を提供してる:

    •データソース明示

    •学習プロセスの透明性

    •第三者監査可能

 

 

一方、今回のペインソフトメーカーは「クリーン学習をしている(かもしれない)」という建前をふわっとさせているだけで、その証拠がない。

 

 

 

結論:「バレなきゃOKマーケティング可能性大

• 「クリーン学習をしているかAIではない」 という論理は都合のいい言葉遊び

そもそも本当に「クリーン学習」なら、証拠を示さないと信用できない

• 中規模企業独自データのみで学習するのは現実的でないため、実際には何らかの既存AI技術を使っている可能性が高い

しかし「AI使用」と言ったほうが、反AIユーザーにも売れるので、マーケティングのためにぼかしている

 

まり

AIを使っていない」風にとぼかしつつ実は普通に使っている。クリーンでもない。 → でもバレなきゃOKという雑なマーケティングをやっている可能性が高いですね。

Permalink |記事への反応(1) | 16:07

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実際にはディープラーニング使ってるみたいだが、それはAIじゃないし仮にAIでもクリーンってこと?

言いたいことがわからない、混乱するんだぜ

 

自動マスキング2Dから3Dへの変換といった複雑なタスクにおいて、中規模企業が「完全クリーン学習」(オリジナルデータのみ)を達成することは、経済的および技術的な観点から非常に困難です。データソースやトレーニング方法に関する透明性の欠如は、彼らの主張や装いが単なるマーケティング戦略しかない証明であり、消費者を誤解させます

anond:20250315152955anond:20250315155120anond:20250315161412

Permalink |記事への反応(1) | 15:46

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反AIにゃーん 続き

 ↓

😺もしかしてクリーン学習してて、(ダーティーイメージある)AI技術は使ってない」って言いたい可能性はありますか?

 ↓

💻

それは十分に考えられますね。

 

最近、「AI」という単語特に学習データ倫理的問題と結びついてしまっているので、メーカー側が「うちの技術クリーンからAIじゃない」と主張することで、ユーザーの誤解を避けようとしている可能性はあります

 

考えられる「クリーン学習路線

 

例えば、

1.ライセンスクリアデータのみを使用

    •著作権フリー画像や、企業独自収集したデータのみを学習

    • 「勝手アーティスト作品学習させていません!」と強調

2.人間の監修を強く入れる

    • 単なる「機械学習によるブラックボックス」ではなく、人間が調整したアルゴリズムであると主張

    • 「我々の技術は“人間の手による”ものからAIではない」というロジック

3.ディープラーニングではなく古典的手法ベースにする

    •機械学習を使いつつも、伝統的なパターン認識統計モデル活用

    • 「我々は最新のLLM(大規模言語モデル)やGAN(敵対的生成ネットワーク)は使っていません!」

 

このように、「AIの“ダーティーイメージ”」を避けるために、「クリーン学習をしている=だからAIではない」と言っている可能性はあるでしょう。

 

 

でも、それは本当に「AI技術使用」なのか?

 

クリーン学習をしている」ことと、「AI技術を使っていない」ことは全く別の話です。

結局のところ、ディープラーニング機械学習アルゴリズムを使っている時点で、それは「広義のAI技術には違いありません。

 

もしメーカーが「AI技術を使っていない」と言いながら、実はクリーン学習データを用いた機械学習をしているなら、それは言葉遊びマーケティング に過ぎません。

実態としてはAIを使っているのに、「AIではない」と言うことで、「反AIユーザー」も取り込もうとしている、ということになります

  

  

AIではない」と言いたがる理由
1. 「AI著作権違反」という誤解を避ける

    •AI技術全般が「勝手学習してる」「盗んでる」と思われがちなので、そこから距離を取りたい

    • 「うちはクリーンデータしか使っていません!」というアピール

2.ユーザー心理的抵抗を減らす

    • 「AI」とつくと拒否反応を示すユーザーもいる

    • だからAIではない独自技術」と言い換えることで、ユーザー安心感を得る

3. 法的リスクを避ける

    •AIに関する法律が各国で議論されており、今後規制される可能性がある

    •企業として「うちはAIを使っていません」と言っておけば、将来的なリスクを減らせる

  

  

結論:「クリーン学習AIではない」理論マーケティング上の方便

    •クリーン学習をしているから「AIではない」と言うのは、言葉定義をずらしているだけ

    • 実際には機械学習を使っているなら、それは広義のAI技術である

    •企業は、AIのダーティーイメージを避けるために「AI使用」と言っている可能性が高い

    • だが、その言葉の使い方は、技術の正しい理解を妨げる

 

要するに、「AI使用」と言っておけば、技術的な知識のないユーザーにはバレにくいし、反AI感情を持つ人にも売れるから、あえてそう言っている、あるいは装っているだけ というのが実情でしょう。

 ↓

😺「クリーン学習=ダーティーAIじゃない」の謎理論(実際に表明はしてないけど)でふわっとさせてるにしても、ぶっちゃけクリーン可能性低くないですか?企業が完全オリジナルデータだけで学習させるの莫大コスト時間かかるし。OpenAIとかGoogleとかMicrosoftですら「クリーンデータ」確保に苦労してて、「完全オリジナル」じゃなくて「法的リスク最小限」って意味で使ってることが多いです。中規模企業独自データだけで学習実現できるとは思えないです。できたならブレイクスルーから論文出すか特許取るべきでは?あるいはAdobeFireflyみたいに「クリーン」の証拠を見せるべきなのでは?

 ↓

💻

その通り、クリーン可能性は低い と思います

 

中規模の企業が完全オリジナルデータのみで学習するのは、コスト面でも技術面でも極めて難しい です。

 

 

なぜ「完全クリーン学習」は難しいのか?

1. 莫大なデータ収集コスト

    •画像動画3Dモデルの大量データを自社でゼロから収集するのはほぼ不可能

    •GoogleやOpenAIですらデータ調達に苦労している 現状、中規模企業が同じことをやるのは非現実的

 

2.品質を保つためのラベリングコスト

    • 仮にデータを集められたとしても、機械学習には「正解データ教師データ)」が必要

    • 正確なラベリングアノテーション)を行うには、専門家チームを長期間雇う必要がある

    •企業の規模にもよるが、中規模のソフトウェア企業がこのコスト負担できる可能性は低い

 

3.既存AI技術活用しないメリットがない

    • もし本当に「AIを使わずディープラーニングに頼らず、高精度なアルゴリズムを作れた」なら、それは業界的な大発見

    • なのに論文特許も出ていない → 本当にそんな技術があるのか疑問

    • 結局、「普通にAI技術を使っているけど“(ダーティーな)AI技術ではない”と装っている」可能性が高い

 

 

もし本当に「クリーン」なら証拠を示すべき

 

 大手企業の「クリーン」って言葉の実際の意味

    • 「著作権侵害リスク最小化した」

    • 「許諾あるかオープンライセンスデータ優先した」

    • 「やばいコンテンツフィルタリングした」

 

 

 例えばAdobeFireflyの「クリーン」は完全オリジナルという意味ではない:

    •Adobe Stockの商用ライセンス画像を利用した

    •パブリックドメイン素材を利用した

    •著作権切れたコンテンツを利用した

 

 

 しかAdobeFireflyは「クリーン」の証拠として下記を提供してる:

    •データソース明示

    •学習プロセスの透明性

    •第三者監査可能

 

 

一方、今回のペインソフトメーカーは「クリーン学習をしている(かもしれない)」という建前をふわっとさせているだけで、その証拠がない。

 

 

 

結論:「バレなきゃOKマーケティング可能性大

• 「クリーン学習をしているかAIではない」 という論理は都合のいい言葉遊び

そもそも本当に「クリーン学習」なら、証拠を示さないと信用できない

• 中規模企業独自データのみで学習するのは現実的でないため、実際には何らかの既存AI技術を使っている可能性が高い

しかし「AI使用」と言ったほうが、反AIユーザーにも売れるので、マーケティングのためにぼかしている

 

まり

AIを使っていない」風にとぼかしつつ実は普通に使っている。クリーンでもない。 → でもバレなきゃOKという雑なマーケティングをやっている可能性が高いですね。

 

 

にゃーん

anond:20250315144452

Permalink |記事への反応(2) | 14:46

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2025-02-26

anond:20250226220119

GPTデータソースとして間接的に使ってる

Permalink |記事への反応(0) | 22:02

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2025-02-23

生成AIに、出力結果をはてな記法で出力させるために必要プロンプト

# 生成AIはてな記法で出力させるためのプロンプト設計に関する研究

生成AIの普及に伴い、特定マークアップ言語記法準拠した出力を生成する需要が高まっています特にはてなブログなどで使用されるはてな記法独自の構文規則を持つため、適切なプロンプト設計が求められます。本報告では、生成AIはてな記法での出力を指示する際の効果的なプロンプト作成手法について、現行のプロンプトエンジニアリング理論実践例を基に体系的に分析します。

##はてな記法構造特性と生成AIへの適応課題

はてな記法は、見出しリストリンクなどの文書要素を表現するために特殊記号使用する軽量マークアップ言語です[1][3]。主要な構文要素としては、アスタリスクによる見出し指定(*見出し*)、ハイフンを用いたリスト作成(- 項目)、角括弧を使ったリンク記述([タイトル:リンクURL])などが挙げられます。これらの構文規則を生成AIに正確に理解させるためには、プロンプト設計において以下の課題存在します。

第一に、記法曖昧排除が挙げられますはてな記法では特定記号の組み合わせが特殊意味を持つため、自然言語処理モデル意図せず他の記号解釈を行うリスクがあります[2][3]。例えば、アスタリスク強調表現にも使用されるため、文脈に応じた適切な解釈必要です。

第二に、構文の階層構造の正確な再現課題となりますはてな記法では入れ子構造リストや複合的な見出しレベル表現する際に、特定記号の組み合わせが必要です。生成AIにこれらの複雑な構造理解させるためには、プロンプト内で明示的な指示と具体例の提示が不可欠です[1][4]。

第三に、プラットフォーム固有の拡張構文への対応が求められますはてな記法は基本構文に加え、独自表記法マクロ機能を備えており、これらの特殊機能を適切に活用するためには追加的な指示が必要となります[3][4]。

##効果的なプロンプト設計の基本原則

###役割定義明確化

生成AIに期待する出力形式を確実に得るためには、プロンプトの冒頭で役割を明確に定義することが重要です[3][4]。具体的には、「あなたはてな記法専門家です」といった役割指定を行うことで、AIの応答生成プロセス方向性を与えます。この役割定義により、モデルは内部に保持するはてな記法関連の知識を優先的に活性化させることが可能となります[1][2]。

役割定義の具体例:

```

あなたはてなブログ編集者です。専門的なはてな記法を用いて、正確かつ読みやす形式コンテンツを出力してください。

```

### 構文規則の明示的指示

はてな記法の各要素に対応する具体的な構文規則を、箇条書きではなく自然文で列挙します[2][3]。特に重要な点は、記号使用法と要素間の階層関係を明確にすることです。例えば、見出しレベル対応するアスタリスクの数、リスト入れ子構造表現方法などを具体的に指示します[1][4]。

構文指示の例:

```

はてな記法規則に従ってください:

```

### 具体例による形式提示

テキスト生成AIは具体例から類推学習に優れているため、期待する出力形式サンプルを提示することが有効です[2][3]。特に、複雑な構造を含む場合は、実際の記法例とそれに対応するレンダリング結果を併記することで、AI理解を促進します。

具体例提示形式

```

以下の形式はてな記法で出力してください:

セクション見出し

  • 主要項目

- サブ項目

[詳細はこちら:https://example.com]

```

### 制約条件の明文化

生成結果の品質保証するため、文字数制限コンテンツ構成に関する要件を明確に指定します[3][4]。これにより、AI形式面だけでなく内容面でも適切な出力を生成できるようになります

制約条件の例:

```

出力は以下の条件を満たすこと:

```

## 高度なプロンプト設計テクニック

###記号ベース構造化指示法

近年提案されているシンボルプロンプト技法を応用し、記号を用いて出力構造を明示的に指示する方法有効です[1][3]。この手法では、矢印(→)や等号(=)などの記号で要素間の関係性を表現することで、AI構造理解を促進します。

構造化指示の例:

```

コンテンツ構造

タイトル = メイン見出し

→ セクション1 + セクション2 + セクション3

各セクション → サブ項目 ×3

リンク = [関連情報:URL]

```

### 段階的生成プロセス指定

複雑な文書生成では、生成プロセス複数の段階に分割して指示することで精度を向上させます[3][4]。最初アウトラインを生成させ、その後各セクションを詳細化する手法効果的です。

段階的指示の例:

```

1. まずはてな記法文書アウトライン作成

2. 各見出しに対して3つのキーポイントを列挙

3. 各キーポイントを2文で詳細説明

4. 関連リンクを適宜挿入

```

### 動的変数活用

可変要素を含むテンプレート使用することで、汎用的なプロンプトを作成できます[2][3]。角括弧で囲った変数名を使用し、実際の生成時に具体値を入力する方式です。

テンプレート例:

```

[業種]向けの[製品名]紹介記事はてな記法作成

[製品名]の特徴

[詳細スペック:URL]

```

##プロンプト最適化実証アプローチ

### 反復的改良プロセス

初期プロンプトの出力結果を分析し、不足している要素や誤った記法特定します[3][4]。このフィードバックを基に、プロンプトの指示文を段階的に改良していく手法効果的です。特に、誤りが発生した箇所を具体的に指摘し、正しい記法例を追加することが重要です。

改良例:

```

修正前)

見出しは*で囲んでください

修正後)

見出しは*1個で囲み、大見出しは*、中見出しは**を使用してください。例:

見出し

見出し

```

###マルチモーダル指示の活用

テキスト指示に加え、サンプル画像スクリーンショットを併用することで、AI理解精度を向上させます[2][4]。ただし、現在技術水準ではテキストベースの指示が主流であるため、補助的な手段として位置付ける必要があります

###パラメータ最適化手法

温度パラメータ(temperature)やtop_p値などの生成パラメータを調整することで、形式の厳密性と創造性のバランス最適化します[1][3]。形式重視の場合は低温度設定(0.3-0.5)が推奨されますが、過度に低くすると画一的な出力になるリスクがあります

## 応用事例:実践プロンプトの設計

### 基本形プロンプト

```

あなたはてなブログの専門編集者です。以下の要件はてな記法記事作成してください:

要件

記法規則

```

### 高度なプロンプト

```

[役割設定]

あなたテック分野の専門ライターはてな記法エキスパートです。

[タスク]

2024年の生成AI市場動向に関する分析レポートはてな記法作成

[構造指示]

メインセクション →市場規模 ×技術革新 ×倫理課題

各セクション → 3サブ項目 +データ参照

[形式要件]

見出しスタイル

[データソース]

[制約]

```

##評価指標品質管理

###形式適合度評価

生成結果がはてな記法の構文規則にどれだけ適合しているかを測定するため、以下の評価項目を設定します[2][4]:

1.見出し記法の正確性(アスタリスクの数と配置)

2.リスト構造の適切性(インデント深度と記号使用

3.リンク記述の完全性(タイトルURL対応

4.特殊記号エスケープ処理

5.文字数制限の遵守度

### 内容品質評価

形式面だけでなく、コンテンツの質を評価するための指標として[3][4]:

1.論理的一貫性(主張と根拠整合性

2.情報信頼性(出典明記の適切性)

3. 読者適合性(ターゲット層への最適化

4.独自性(既存コンテンツとの差別化

5. 法的遵守(著作権プライバシー対応

## 今後の課題研究方向

###マルチモーダル対応の拡充

現在はてな記法プロンプトはテキストベースが主流ですが、図表や数式を含む複合文書生成への対応が今後の課題です[1][4]。特にはてな記法拡張構文であるTeX数式表現グラフ描画機能を適切に扱えるプロンプト設計手法の開発が求められます

### 動的コンテキスト対応

ユーザー編集履歴過去投稿内容を考慮した文脈依存型プロンプトの開発が必要です[3][4]。これにより、特定ユーザーテーマ最適化された一貫性のある出力が可能となります

###自動最適化システム

機械学習を用いたプロンプト自動改良システムの構築が期待されます[2][3]。生成結果の品質評価フィードバックとして活用し、プロンプトパラメータ自己調整する仕組みの開発により、持続的な品質向上が可能となります

##結論

生成AIはてな記法での出力をさせるためのプロンプト設計は、記法規則の正確な理解効果的な指示文の構築が鍵となります。本報告で提示した基本原則と高度テクニックを組み合わせることで、形式面・内容面ともに高品質はてな記法コンテンツ自動生成が可能となります。今後の研究発展により、より複雑な文書構造や動的コンテンツへの対応が進むことが期待されますプロンプトエンジニアリング技術進化が、はてなプラットフォームを中心としたコンテンツ作成プロセス革新を促進するでしょう。

Permalink |記事への反応(0) | 18:50

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2025-02-19

anond:20250218235651

それは在胎週数だろ

週数が長いと体内ででかくなってるから陣痛長めにして子宮口ひらかせないと通常の経膣分娩できないから……って話でしょ

逆に帝王切開胎児の命に危険があるから陣痛が起こらない時期でもやることであって麻酔自体もできるだけかけたくないもんだろ。

因果が逆。

体内の子はなにか危険があるから陣痛なしに早めにとりだされる。早めだか子宮適応が悪い。

また初子でなく第二子第三子はするっと出るとか、母胎がキツ目の運動してるとするっと出るとかあるけど、それも子宮適応が悪いとはおもえない。

データソースを示せ。

Permalink |記事への反応(0) | 15:15

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2025-01-13

生成AI使用者クリエイターなのか

どちらかというとプロデューサーだよね。という所管を書いていく。

技術は普及すれば当然その使用は広がっていく一方だし、ひとまずデータソース健全性とかそういう話はここで議論しない。

直接的に成果をを出すクリエイター立ち位置に、AI使用者は位置付けられるか?という点を検討してみる。

直接的に生成しているのはAIエンジンであり、AI使用者はプロンプトでその生成物をコントロールしようとする。

すなわち、ディレクターじゃん。

既存アニメ映画とかであれば、描く人が役職あがって監督とかの役職を果たすこともあるけど、位置付けで言えば、プロンプト書く人が座ってる立ち位置ってここじゃん。

実写映画監督とかが近いのかな?

こういう絵が欲しい。こういう動きを見たい。こういう背景が欲しい。

まさに監督である

じゃあそこに向けられる批評はどのような形であるべきか。

なぜその素材で良しとしたのか。なぜその表現OKとしたのか。なぜそのディテール妥協したのか。

言ってみれば、(一定範囲で)コントロール可能かつコミュニケーション可能かつ手戻り修正可能クリエイター(兼素材作成者)と監督間で共同作業して作成しているのが既存実写映画だし、

現在イラストレーターをはじめとしたコンテンツ制作者たちは、これを自己完結した状態作成したり、一部共同作業して作成したり、一部既存素材を利用したりして作成している。

すなわち、意図も直接反映させられるし、不満があれば修正可能だし、不要ディテールは削除したり薄めたりして、作品として仕上げられる。

他方、AI使用者がやっていることは、現状のエンジン対応している範囲になるから、その下位互換的なものとならざるを得ない。

転じて、AI生成物は、どれだけ素材が良くても、どれだけ書き込み精巧であろうとも、その意図不明である限りにおいて、あるいは、意図しないものが混ざり込んでいる限りは、

中途半端ラフイメージしかならない。

よって、批評としては、どうしてそのラインGOサイン出せたんですか。ここの表現これでいいんですか。ここまでいいのにどうしてここの細部詰めてないんですか。

というものになる。

これを、「私が作りました」で出してくると、監督/プロデューサー/ディレクターが何言ってきてるの?になる。

なんだけど、この感覚って作ってる人、作品を世に出してる人にしか通じないよなーとなった。

書いてる人が、締切あるもので途中で出してきたとかなら、「あぁ、まぁここで妥協したんだね」となるけど、これが監督とかの立場になるなら、自分仕事(ディレクション)果たしてないじゃん。となる。

あるいは、生成物大量に貼り付けてるだけのpixivページとかみると、「いや、途中のラフカットや素材集は別にいからそれをどう取りまとめてディレクションするの?」となる。

書いてて改めて思ったんだけど、なんかいいよねの羅列とか、とりあえず出力してみましただけだと、伝わってくるものがない。

一方で、まだ上手くない手書きの人とかでも、「ここを表現しようとしたんだな」とか、「ここの描写性癖を感じる」とか伝わってくることは多いし、稀にAI生成でも「あ、この人はこれが好きでここにこだわってるんだ」というのが伝わってくる人もいる。

単純に見た目のぱっと見の印象でも、そういうのが伝わってくるから、結局はディレクション意思を感じるかどうかなんだよなぁ。という結論を、自分は得た。

し、自分AI生成物だと性癖のこだわりに耐えきれなかったからたとえ稚拙でも自家生成の方がディレクション効くなぁ、となった。

もっと性癖を感じさせてほしい。

Permalink |記事への反応(1) | 19:47

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2024-09-10

anond:20240910092816

主が曖昧な書き方をしているせいで、リプが混乱している。ほとんどの反応はWebバージョンのChatGPT-4oとGPT-4oの最大トークン数の違いさえ理解していないと思われる。Webバージョンの話ならOpenAIの拡張を待つか、大人しくナレッジデータを使うしかない。

もしAPIRAG実装できる開発者なら、embeddingの概念が出てこないとおかしい気もするし、追加データソースが膨大であるなら精査の段階であるとも言える(本を読み込ませて……とか書いてるからたぶん違うとは思うが)。

結論を言うと、LLMを使いこなしていると思っているのは勘違いで、LLMの能力の制約にはまだまだ達していないので安心して欲しい。

Permalink |記事への反応(0) | 18:03

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2024-07-09

anond:20240708192019

なお、データソースは無いので低学歴妄想の模様

Permalink |記事への反応(0) | 01:43

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2024-04-01

anond:20240401130034

そんなデータソースを使った発表をするなというのが増田の主張です。

Permalink |記事への反応(0) | 13:03

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