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はてなキーワード:ダリウスとは

2025-06-12

勝利のためではなく、粛清のために擁立した。(妄想

※この物語フィクションです。

元老院選挙前夜

執政官シゲリヌス・フェロクスの年。

クインティリス(7月)に元老院選挙を控えたこの年の政治状況は、一言でいえば「腐敗の極致」であった。

実態がどうであったか別にして、国民が感じた閉塞感は、まぎれもなく現実だった。

国家成立から殆どの期間において権力の座を占めていた与党への反感はピークに達し、さりとて巨大野党への失望は留まるところを知らなかった。

そんな中、ごく短い期間で爆発的に市民の支持を集めた政党があった。

タミクス・ウニウスを代表とする国家民衆党である

タミクスは明快な語り口で国民生活改善を訴え、WebメディアSNSを用いて露出を増やした。

前年(執政官キシダリウス・モデラトゥスの年)に実施された庶民院選挙国家民衆党議席は3倍となった。

今夏の元老院選挙においても党勢の拡大はもはや既定路線だと思われた。

タミクスが近い将来に執政官となることを、市民は期待していたし、そのために熱狂的に支持もした。

彼は妻への裏切りを報じられたことで、謝罪に追い込まれるなど、完璧とは程遠い人物だったが、それでも市民は彼のことが好きだった。

異変

それはユニウスのカレンダエの10日前、5月22日のことであった。

予兆と言えるものや噂がなかったわけではないが、国家民衆党から発表された元老院選挙公認候補者は市民を騒然とさせるに十分であった。

後に一部のジャーナリストから汚染の四頭立て戦車(Quadriga Pollutionis)」と称された彼らは次のようなものであった。

シラリア・ドミティ庶民院議員不貞、公金の不適切な流用、議員特権濫用等多くの疑惑に対し説明責任を果たさないまま任期満了により失職。
歴史家により死ぬまで沈黙を貫いたとする者、晩年自己弁護に満ちた釈明を行ったとする者に分かれる。)
アダキウス・ウァレリアヌス庶民院議員。議場での過激発言により度々懲罰勧告を受けたと伝わる。
様子がおかしかったとする歴史家がいる一方で、評価する声もあるなど毀誉褒貶の激しい人物であった。
ゲニキウス・ウェリディクス元老院議員根拠なき扇動者として有名であり、疫病の原因を瘴気とする陰謀論を吹聴していた。
また邪教指導者積極的支援するなど、国家民衆党の主張と整合しないと批判された
ドミティア・アクシア元老院議員議員特権が忘れられないのか公認してくれるならと次々に政党渡り歩いて選挙出馬し、
落選を繰り返していることで有名であった。

市民批判は主にシラリアとゲニキウスに集中した。

シラリアは主に過去不祥事が、ゲニキウスはその荒唐無稽しか形容しようのない主張が糾弾対象となった。

(アダキウスは巻き添え被害のようなものであり、ドミティアに至っては単に特権を求めるだけの主義なき俗物ではあったが、信義を軽んじる恥知らずは多くはないが珍しくもない程度には同時代政治家の中に存在した。)

タミクスや幹事長であるシルウァヌス・アリケルスは日夜記者会見という名の弁明行為忙殺された。

曰く「説明責任を果たさず当選できるほど元老院議員資格は軽くないと本人に伝えている」

曰く「誓約書に基づき、国家民衆党方針に従わなければ公認取り消しもありうる」

ただ、公認理由や、今後の対応について問われても、返されるのは曖昧模糊とした言葉ばかりであり、会見でかつて見られた軽妙さはどこかに消え失せていた。

カンナエ後のハンニバルや、敗戦続きのマケドニア王フィリッポスのように、精彩を欠いた采配でただただ時間を空費しているように見えた。

断罪

弁明の日々は続いた。

熱狂的な支持さえあれば、多少のスキャンダルは押し切れる、そう高を括っていたのだろうーーとある者は囁いた。

タミクスの不貞が露見した時も、民衆は彼が掲げる大義に期待し、人間性は不問とした。

あの成功体験が忘れられないのさーーと揶揄していた。

市民も、ジャーナリズムも、タミクスが口で「指摘を受け止める」と言いながら行動に移さないことに辟易していた。

期待は失望へ、支持は批判へ、熱狂は怒りへと姿を変えた。

国家民衆党地方組織すら、特に批判の中心であったシラリアの公認取り消しを求めていた。

(全ての都市属州がそのような嘆願をしていたという同時代証言もある。)

シラリアが会見を行うとの情報が流れ、タミクスは弁明の場と化した会見場でそのことに触れ、記者にこう告げた。

諸君らも参加して不明点を明らかにするとよい」

タミクスのフィデス(信義)を問題にする声もあったが、この時の人々の関心はシラリアの会見であった。

シラリアの会見はユニウスのイデスの3日前(6月10日)、首都たるインペリアーリス・トキオルムの議場内でなされた。

時間半に渡る会見をメディアはただ一言、「説明なき黙秘会見」と称した。

記者の怒号にも似た質問の後に残るのは、遺憾の意に飾られた沈黙のみであった。

ユニウスのイデスの2日前(6月11日)、二時間半に渡る逃亡劇への回答は公認の取り消しであった。

擁立候補者選定におけるタミクス、シルウァヌスの責任を問う声は収まらず、またゲニキウスについても会見を実施するよう求められていた。

少なくともこの時は、タミクスもシルウァヌスも失った支持を取り戻すという先の見えない仕事希望を見いだせていないように、人々の目には映った。

タミクスの思惑

さて、結果を知る我々とてわからないことがある。

いや、その後何が起こったのか、結果を知っている我々だからこそ、この時のタミクスの行動原理は不可解であり、わからないことだらけだ。

時代の人と同様に「時勢を読み違えた」「一時の好調に浮かれ、近視眼になっていた」とする見方現代では主流であるように思う。

なるほどそう考えると矛盾はすくないだろう。

パトロヌスであるウニオンが候補者選定に介入した可能性を指摘する歴史学者もいる。

私が思うに、タミクスはこの4人を勝利のためではなく、粛清のために擁立したのだ。

換言すれば、党勢の拡大にブレーキをかけることになってでも、この4人を議場から除かねばならないと考えたのだ。

シラリアは個人的問題は置くとして、政治倫理の面で国家民衆党の掲げる理想に反しているため、除く必要があった。

ゲニキウスはアテナイクレオンなどと比べれば遥かに矮小ではあるが、扇動者というもの危険性を理解していたタミクスは芽が小さいうちに抜くことを決意した。

ドミティアに関してはフィデスの問題である。フィデスなきドミティアはタミクスが理想とする議場に居座ることすら許されぬ第一存在であった。

アダキウスについては正直少々わからないところもあるが、第二次ポエニ戦争におけるクラウディウスネロのように、成果を上げる半面、その無謀さと予測不能な動きをタミクスが嫌った可能性はある。

少なくともアダキウスを除く3名は粛清対象であったことは間違いないだろう。

これら除去されるべき対象を自党で擁立すると発表し、あえて優柔不断な態度をとることで批判を集中させた。

折を見て会見を開かせ、疑念払拭できなかったとして庇護剥奪したのだ。

廃物置き場に鎮座してはいたが、使いようによってはまだ議員となる可能性があった者たちを擁立し、元から残っていなかった価値さらに念入りに毀損し、他の政治屋どもが再利用できないようにした。

これが事の真相であったーーと私は考える。

歴史の秘める豊かな可能性の一つとして、本説が一隅を占めることを許されたなら幸いである。


Ave fictio, salve historia.

Permalink |記事への反応(0) | 15:29

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2025-03-02

anond:20250301161235

表記揺れが気になる

全文英語ならうっかり騙される奴も居そうだが

ゼルクセスクセルクセスに、

ゴールデンタッチダリウスじゃなくミダースにしておけよ

Permalink |記事への反応(0) | 00:26

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2025-03-01

アケメンエス朝の歴史

アケメネス朝(AchaemenidEmpire)は、紀元前550年頃に興ったペルシア帝国として広く知られている。しかし、それとは異なる「アケメンエス朝(Akaemenes Esthe)」という、歴史に埋もれたもう一つの帝国存在していたことは、あまり知られていない。その歴史は、支配の力だけでなく、癒し精神の充実を追求した独特の国家運営によって彩られていた。

アケメンエス朝の起源癒しの起点

アケメンエス朝は、紀元前6世紀頃に、ペルシア地方のある都市パルマッサージュ(Palmassage)」を中心に勢力を広げた。その創始者である「キュロス・ザ・リラックス(Cyrus theRelax)」は、ただの軍事的天才ではなく、心身の癒し国民に与えることを目的とした賢明な王であった。彼は戦争疲弊した兵士民衆に対し、独自技術を用いた「深層揉術(Deep Tissue Therapy)」を広め、国家全体を癒し空間へと変えたのである

この時代、各地には「オイルの館(House of Oils)」と呼ばれる特別施設が設置され、貴族から庶民に至るまで、心と身体を癒す場として機能していた。これは、後のメンエス文化の礎とも言えるもので、特に王族が愛した「アロマスチーム(AromaSteam)」は、王宮の内部に広がる香りとして歴史に名を残した。

ダリウス・ザ・ハンド改革

キュロス・ザ・リラックスの後を継いだのは、その手技に秀でた「ダリウス・ザ・ハンド(Darius the Hand)」であった。彼は軍事的拡張を図ると同時に、国家のすべての施設に「ゴールデンタッチGolden Touch)」と呼ばれる施術技術を導入した。この技術は、戦士たちの身体を戦いに適応させると同時に、戦の後の疲れを癒すために欠かせないものとなった。

また、ダリウスは「ホットストーン療法(Hot Stone Therapy)」を正式国家施術法として認め、戦士たちの回復を早めるための国家プロジェクトを展開した。彼の時代には、各都市ごとに専門の「施術官(Therapist General)」が任命され、国家全体のリラクゼーション管理する仕組みが整えられた。

ゼルクセスの誘惑と栄華

ダリウスの後を継いだのは「ゼルクセス・ザ・センシュアル(Xerxes the Sensual)」である。彼の時代には、国家癒し文化さらに発展し、「ディープリラックスDeepRelaxation)」と呼ばれる特別宮廷療法が確立された。この治療法は、王族貴族のみに許される秘術であり、施術の間は穏やかな音楽とともに、極上のオイルが全身を包み込むという贅沢なものだった。

ゼルクセスはこれを外交にも利用し、敵国の王をもてなす際には、彼らを「エステ・スイート(Esthe Suite)」に招き入れ、極上の癒し体験提供した。これにより、戦わずして多くの国を従属させるという「施術外交(Therapeutic Diplomacy)」が完成したのである

アケメンエス朝の衰退と遺産

しかし、時代が進むにつれて、アケメンエス朝の癒し文化は次第に衰退していった。特に紀元前4世紀、アレクサンダー大王遠征によって、パルマッサージュは占領され、国家施設はことごとく破壊された。アレクサンダー自身もその施術体験し、一時はその虜となったものの、戦場での厳しさを優先し、最終的にはこの文化を廃れさせてしまった。

だが、アケメンエス朝が生み出した「施術文化(Therapeutic Culture)」は完全に消えることはなかった。その後の王朝文化に影響を与え、ローマ帝国の浴場文化や、中世イスラム圏のハマム文化へと形を変えて受け継がれていった。そして現代においても、その精神は生き続け、「メンズエステ」という形で、疲れた現代人の心と身体癒し続けているのである

結論:アケメンエス朝の真価

アケメンエス朝は、単なるペルシアの一王朝ではなく、「癒し統治」を一体化させた類まれなる国家であった。その施術技術リラクゼーション概念は、戦乱の世の中で民衆に安らぎを与え、さらには外交手段としても機能した。現代私たちが受ける施術ルーツが、この歴史の片隅に眠っていると考えると、ロマンを感じずにはいられない。

疲れた戦士たちが求めた究極の癒し、それが「アケメンエス朝」の本質だったのかもしれない。

Permalink |記事への反応(5) | 16:12

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2022-07-14

anond:20220714220346

芸能界だけじゃなく一般企業職場でも穴が埋まるのなんてすぐだよ。

空いた穴として埋まらず寂しがってくれるのは家族、友人、配偶者だけ。

からみんな自分の居場所を求めて人と接するんだよ。

全然話変わるけど『ダリウス今日も生きづらい』という海外小説があって(日本語訳あり)、海外に居る会ったこともない親戚からあなた場所空っぽ』と言われる描写があるんだけど(産まれた時から親戚のあなたと言う居場所があって、会えない今はあなた場所空っぽで寂しい、という文脈自分にはなんだかそれが響いたなぁ。

自分で居場所を作らなくても、生まれた時からかにとっての何かだったんだなぁとか、寂しく思う必要はないのかも、とか、誰かの場所ちゃんと大切にしてきたいなぁって。

あったか気持ちになれるいい本だと思うから、興味あったら読んでみて〜

Permalink |記事への反応(0) | 22:18

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2014-07-30

[ゲーム日記]7月30日

○朝食:朝マック

○昼食:冷やしうどん(卵、天かす)

○夕食:のり弁(ほか弁

睡眠時間:8時間

調子

病院に緊張していること以外は普通

Forza Horizon

昨日「長時間プレイできるゲームじゃないね」とか言っておきながら、かなりの時間プレイしてしまった。

プレイといっても、レースを楽しんだわけではなく、ラジオゲーム内のそれではなく、文化放送A&Gを聞いていた)を聞きながらぶらぶらと街を探索してただけなんだけど、これが超楽しい

自身は車の免許を持ってないのだけれど、ドライブ楽しいって人の気持ちが少し理解できた感じがする。

人気ランキングは148位に、リストバンドピンクまで行きました、まだまだこれからって感じですね。

一応目標は実績の「ダリウスって誰?」を解除することにしようかな、うすーーーーーーいけど、ストーリー要素もあるみたいだし。

それと、せっかくなので、マルチプレイも楽しむことに。

まずは「王様」を争うゲーム

これはもうリアルレースゲームはどこへやらな、ぶつかり合いのゲーム

一人、異様に避けるのが上手な人がいてあえなく五位。

続いてはチーム戦。

自分のチームの「キャット」を相手の「キャット」よりも早くゴールさせるのが目的

ゲーム開始時に「このゲームには必勝法がある! そう、とにかく「キャット」とかは無視しして、ゴールの前まで誰よりも早く生き、そしてゴールの前で邪魔をする! これだ!

と思ったのですが、まあそううまくいかず、チームは敗北。(ただしレース自体は二位でした)

Permalink |記事への反応(0) | 21:53

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