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戦略的共感と認知的安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括的枠組み
現代の政治空間は、政策の不一致(イデオロギー的二極化)以上に、対立グループに対する嫌悪や恐怖といった感情的拒絶反応(情動的二極化)によって支配されている。この環境下において、伝統的な「批判」の手法――事実の提示、道徳的糾弾、論理的論破――は、その機能不全を露呈しているだけでなく、逆効果をもたらしていることが多くの実証研究によって明らかになっている。批判対象者の信念を強化してしまう「バックファイア効果(Backfire Effect)」や、批判者を存立危機的脅威とみなす「アイデンティティ防衛機制」が作動するためである。
本報告書は、心理学、認知科学、政治社会学の最新知見に基づき、政治的対立者に対して反発(バックラッシュ)を招かずに影響力を行使するための戦略的枠組みを提示するものである。ここで目指すのは、単なる「中道的な妥協」や「礼儀正しさ」の推奨ではない。人間の認知アーキテクチャの脆弱性と特性をハッキングし、相手の道徳的・感情的防御壁を迂回してメッセージを届けるための、エンジニアリングされたコミュニケーションプロトコルである。
報告書は大きく三つのフェーズで構成される。第一に、なぜ従来の批判が失敗するのかを脳科学的・心理学的メカニズムから解明する理論編。第二に、その防御壁を突破するための具体的な対話技法(ディープ・キャンバス、ストリート・エピステモロジー、NVC)を体系化した実践編。そして第三に、これらの技法を個人のスキルから社会運動へとスケールさせるための組織論と普及戦略である。
効果的な批判戦略を設計するためには、まず人間の心がどのように政治的情報を処理し、拒絶するかというメカニズムを理解しなければならない。政治的信念は単なる情報の集合体ではなく、個人のアイデンティティや所属集団への忠誠心と融合した「拡張された自己」の一部として機能している。
近年の政治心理学における最も重要な発見の一つは、情動的二極化(Affective Polarization)の実態解明である。これは、対立する政治グループのメンバーに対して「好きか嫌いか」という感情的温度差が極端に開く現象を指す。研究によれば、情動的二極化は対人関係の悪化だけでなく、個人の心理的幸福感(ウェルビーイング)の低下、社会的支援の減少、ストレスの増大といった「個人内損害(Intrapersonal Harm)」をも引き起こすことが示唆されている。特に、リベラル層において高い情動的二極化とストレス、健康悪化の相関が見られることは、政治的怒りが批判者自身をも蝕むことを示している。
この情動的二極化は、脳内で一種の「信頼のファイアウォール」として機能する。アウトグループ(外集団)から発信された情報は、その内容の真偽にかかわらず、自動的に「悪意ある攻撃」としてタグ付けされる。扁桃体が脅威を検知し、前頭前野が論理的推論ではなく「反論の生成」のために動員される「動機づけられた推論(Motivated Reasoning)」が作動するためである。この状態にある対象者に正論をぶつけることは、火に油を注ぐ行為に等しい。
バックファイア効果とは、誤った信念を訂正しようとする試みが、かえってその信念を強固にしてしまう現象である。このメカニズムには、自己肯定感の維持と集団への所属欲求が深く関わっている。批判を受け入れることは、過去の自分を否定すること(自己の一貫性の喪失)や、仲間を裏切ること(社会的死)を意味するため、脳は全力でそれを回避しようとする。
さらに、批判のフレーミング(枠組み)が、受け手のイデオロギーとミスマッチを起こしている場合、説得効果は皆無となるばかりか、抵抗を強める結果となる。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策におけるメッセージングの研究では、リベラル層が「利得フレーム(マスクをすれば命が助かる)」と「損失フレーム(マスクをしないと命が失われる)」の双方に敏感に反応し、コンプライアンスを高めたのに対し、保守層はこれらのフレーミング効果に対して強い抵抗を示したことが明らかになっている。これは、問題が高度に政治化された文脈においては、一般的な行動経済学的介入(ナッジ)さえも、イデオロギーのフィルターによって無効化されることを示唆している。
批判が受容されるための極めて重要な、しかし見過ごされがちな因子として「知的謙虚さ(Intellectual Humility:IH)」がある。IHとは、「自分の知識や信念が間違っている可能性を認識する能力」と定義される。最新の研究は、対話において自身の知的限界を認める態度が、相手の情動的二極化を低減させる強力な緩衝材となることを示している。
特筆すべきは、IHが「相手からの好意(Target Liking)」を媒介して、対話への「接近行動(Approach)」を促進するというプロセスである。批判者が「私は絶対に正しい、お前は間違っている」という道徳的マウンティング(Moral Grandstanding)の態度を取ると、相手は「回避行動」をとる。逆に、批判者が「私も確信はないのだが」「複雑な問題で迷っているが」という不確実性を提示することで、相手の警戒心が解け、対話の土俵に乗る可能性が高まる。知的謙虚さは、相手の武装解除を促すための「白旗」ではなく、心理的防衛壁を通過するための「通行手形」として機能する戦略的資質である。
政治的対立の根源には、事実認識の相違以上に、道徳的直感の相違がある。リベラルと保守は、異なる「道徳の言語」を話しているにもかかわらず、自身の言語で相手を説得しようとするため、コミュニケーション不全に陥る。本セクションでは、道徳基盤理論(Moral FoundationsTheory: MFT)を応用し、批判を相手の価値観に翻訳して届ける「道徳的リフレーミング」の技術を詳述する。
ジョナサン・ハイトらが提唱した道徳基盤理論は、人類の道徳的判断が以下の5つ(または6つ)の生得的な基盤の上に構築されているとする。
実証研究が一貫して示すのは、リベラル層が主に「ケア」と「公正」の2基盤に強く依存するのに対し、保守層は5つの基盤すべて(特に忠誠、権威、神聖)を重視するという非対称性である。
多くの政治的批判が失敗するのは、リベラルが保守に対して「それは弱者を傷つける(ケア)」「不平等だ(公正)」というリベラル特有の語彙で攻撃するためである。保守層にとって、これらの価値は「忠誠」や「権威」よりも優先順位が低いため、批判は響かない。逆に、保守がリベラルに対して「伝統を破壊する(権威)」と批判しても、リベラルはそれを抑圧としか捉えない。
反発を招かない批判のためには、自身の主張を相手の道徳基盤の語彙を用いて再構成(リフレーミング)する必要がある。これを「道徳的合気道」と呼ぶ。相手の道徳的エネルギー(価値観)を利用して、相手の姿勢を崩す技法である。
以下の表は、主要な政治的争点において、従来のリベラル的批判(バックラッシュのリスク大)を、保守的道徳基盤に翻訳した戦略的フレーム(受容可能性大)に変換したものである。
| 争点 | 従来のリベラル的批判(高リスク) | 戦略的リフレーミング(低リスク) | ターゲットとする道徳基盤 |
|---|---|---|---|
| 環境保護 | 「地球温暖化は弱者や未来の子供を苦しめる。」(ケア) | 「我々の国土と美しい自然は神からの授かりものであり、汚染から守り抜く義務がある。」 | 神聖/堕落、忠誠/背信 |
| 同性婚 | 「誰を愛するかは個人の権利であり、平等であるべきだ。」(公正) | 「結婚は社会を安定させる伝統的な制度であり、同性カップルもその責任ある関係に組み込むべきだ。」 | 権威/転覆(社会秩序)、忠誠 |
| 軍事費 | 「軍事費を削って福祉や教育に回すべきだ。」(ケア/公正) | 「無駄な軍事支出は国家の財政を弱体化させ、真の国防力を損なう背信行為だ。」 | 忠誠/背信、権威 |
| 政治腐敗 | 「富裕層ばかり優遇するのは不公正だ。」(公正) | 「私利私欲のために公職を利用することは、国家への裏切りであり、高潔な職務を汚す行為だ。」 | 忠誠/背信、神聖/堕落 |
| 移民問題 | 「難民を助けるのは人道的な義務だ。」(ケア) | 「秩序ある移民受け入れは、国家の活力を維持し、アメリカンドリームという伝統を守るために必要だ。」 | 忠誠、権威(秩序) |
研究によれば、保守層に対して環境保護を「神聖さ」や「愛国心」の文脈で語った場合、リベラルな文脈で語った場合よりも支持率が有意に上昇することが確認されている。重要なのは、主張の内容(環境を守る)を変えるのではなく、その理由付け(なぜ守るか)を相手の言語に翻訳することである。
批判は通常、「現状のままでは悪いことが起きる」という損失フレーム(Loss Frame)で行われることが多い。しかし、損失フレームは恐怖や不安を喚起し、防衛的な反応を引き起こしやすい。これに対し、「ゲイン・フレーム(Gain Frame)」を用いた批判は、望ましい未来像を提示し、その実現を阻害する要因として現在の問題を指摘する手法である。
例えば、政治家のスキャンダルを追及する場合、「彼は嘘つきだ(損失フレーム:信頼の喪失)」と攻撃するのではなく、「我々は正直で高潔なリーダーを持つに値する国家だ(ゲイン・フレーム:尊厳の回復)」と主張する。このアプローチは、批判の対象を「個人」から「規範の維持」へとずらし、相手の「権威への尊重」という道徳基盤を刺激しつつ、攻撃性を緩和する効果がある。研究は、特にリスク回避傾向の強い層に対しては損失フレームが有効な場合もあるが、イデオロギー的に対立する層に対しては、ゲイン・フレームや道徳的適合性の方が「聞く耳」を持たせる効果が高いことを示唆している。
理論を実践に移すためには、具体的な対話スクリプトと手順が必要である。ここでは、異なる文脈(対面、オンライン、深い対話)において効果が実証されている3つの主要なプロトコルを詳述する。
ディープ・キャンバスは、戸別訪問(キャンバス)において10〜20分の深い対話を行うことで、トランスジェンダーの権利や移民問題などの二極化した争点に関する態度を変容させる手法である。従来の「事実の弾丸」を撃ち込む方法とは異なり、「脆弱性の交換」を通じて相手の情動的反応を書き換える。
研究によれば、ディープ・キャンバスは従来の説得手法の約102倍の効果を持ち、その効果は数ヶ月持続することが確認されている。
ストリート・エピステモロジー(SE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である。Permalink |記事への反応(1) | 11:19
れいわは低偏差値低所得をターゲットに支持集めてたけど、みらいは高偏差値高所得者をターゲットにしてる
ネットフリックスが満を持して手掛けた『超かぐや姫!』が傑作だったと思う。
ボカロ曲を使ったプロモーションも「メルト」や「ワールズイズマイン」など「知ってる人は知っている」というようなボーカロイドではなく、クラシックや古典ともとれるようなインターネットに少しでも触れた人間ならだれしもが知ってるような曲選に、過去初音ミクとバンプがコラボしてその時期のオタクを賑わせた「ray」を主題歌に据えている素晴らしいプロモーションだと思った。
ターゲット層もわかりやすく、インターネット文化に触れたことがあるオタク、元オタク全般、配信者など推しがいる人間全般がターゲットだと感じた。
昨今のリコリコやわなたれ等の百合ブームにうまく乗っていたし、暗い過去やドロドロとした痴情の縺れなどもなく見ていてストレスがなく、気持ちのいい作品だと感じた。あといろ×かぐ、かぐ×いろてぇてぇ.........
のような感想がXのTLに並ぶきれいなインターネットに触れている自分が幸福だと思う。実際自分も同じ感想を抱いた。
だがある記事が目に留まった
「超かぐや姫!が超つまらなかった(https://anond.hatelabo.jp/20260207025626)」
である。
内容を見るとシナリオを酷評するもので「シナリオがない」「キャラクターが活きていない」「流行りを詰め込んだだけ」「リアリティがない」などの作品に対するマイナスなものが並んでいた。
これに関しては「まぁ、そういう感想になるのも人それぞれだし、しゃーないな」と思った。
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お前には人生がない。
何かを決めるだけで全て叶うような浅い話に共感する、夢見がちな、自分を可能性に満ちた存在だと誤解してるゴミ。
そんな人間はそれこそ早く決めるべきだろ。その価値のない人生のような何かをどうするかを。
お前には人生がない。
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これだけは、これに関してだけは本当に強く反発したいと思った。
文章全体から「お前とは違うんだぞ」「俺はシナリオを見ている、流行りは見ていない」というような最近の言葉でいうところの冷笑をひしひしと感じる。
この記事の筆者は「なんでこいつら配信しているの?」と書いているが配信する理由はかぐやが大きく宣言してたのにそこ読み取れていないし
「キャラクターの行動原理がわからない」と言っているが、そもそも人間のことをキャラクターのことを理解しようとしてないから理解できるわけもないのだ。
他にも
・輝夜月から1ミリも進化してないVtuber像→作中では配信がメインなのに所謂動画勢で数年前の輝夜月と比較している。
・Apexやっとけばいいんでしょっていう浅い作中ゲーム→カッセンにApex要素などほぼなくゲーム性としてはlolやポケモンユナイトというようなMOBAジャンル
等々自分が知らないジャンルや文化なのに何とか自分の知ってる単語や語彙で何とかして批判してやろうという意思がひしひしと感じてくる。
おそらく新しい文化に触れないで自分が昔から信じていているアニメや作品を神として他の物を排他することで悦に浸る「アニメ博士」気取りのおじさんなのだろう。
ワールドイズマインに関して触れた個所ではこう綴っている
「「配信見てる客」なんてどうでもいいっていう監督の精神性が現れてるよね。」
それはそうだろう、この作品は「アニメ博士(笑)のおじさん」「最新のエンタメに触れる気のないおじさん」「逆張り人間」はターゲットではないのだ。
ここまで書いていて気づいたことがある。自分はこの筆者に同情しているのだ。
流行りの物を酷評して自分は他人と違う、シナリオを評価することで自分は流行りを見ていないというようなマウントが取れた気になっているのだ。
流行りの物を違う視点で見て批評することでバランサーになり自分のアイデンティティを確立しないと生きていけないのだろう。
本当にかわいそうだ、これはただ自分が成長しないことの言い訳をしてるだけなのにそれをまるで崇高なものに昇華しようとしている。まるで昔の自分を見ているようで本当にかわいそうだ。
流行りに乗れない、感動できない。おもしろいと思えない、自分とは合わない、たったそれだけのことで作品を、流行を、世界を批判してしまうのだ。
恐らくこの筆者は作品を見ていない。この筆者は自分の気に入らない作品が流行る世界を見ていてその世界が生きにくいつまらない思っているだけなのだろう。
果たしてそれは生きているのだろうか、人生を謳歌しているのだろうか、人生を楽しんでいるのだろうか。
少なくとも自分はそう思わない。何故なら過去の自分は人生を楽しんでいなかった、そう思うからだ。
世界には素晴らしいアニメ、ゲーム、音楽、映像、エンタメが溢れている。そのことに気が付いてからまた再び人生が始まるのではないだろうか?
「大丈夫だ、この痛みは忘れたって消えやしない。大丈夫だ、この光の始まりには君がいる」
過去の暗い人生は消えることはない。だた、これからの人生自分の歩む道の先には自分の人生を変えるような物や人、コンテンツが絶対にある。それを探すことが人生なのではないだろうか。
超かぐや姫を見て感動して件の記事を見て憤りを感じ、それを酒の勢いに任せて感情をぶつけただけのつまらない、めちゃくちゃな文章を読んでくれた人、ありがとう。最後に自分が言いたいことを書いて終わりとする。
■シナリオについて
・なんで配信してるのか?
→現代の若者に配信する理由はそこまで必要ありません。大人世代がご飯の写真を撮るくらいの気軽さで配信します。
・歌/推しに救われた
→現代の若者は余白がありません。情報爆発が起こってる今、それに追いつき追い越すため日々学んでいます。
結果として、原始的な行動である歌や踊り、美しさに惹かれるのです。
■キャラクターについて
→ハイスペばかりのキャラクターたちですが、各々欠けているものがあります。
カグヤに家を与え育てたことで、イロハは資金を得て、ヤチヨは失った身体を得ました。
■「世の中への舐め」
これは真逆かと。超かぐや姫!では、物語の中心にずっと「お金」が存在しています。
お金に振り回されながら、苦しみ、楽しむ。
いくらハイスペであろうと、資金が無ければ摩耗し、満足なパフォーマンスを発揮できない。
その問題を身近な手段で解決すると、自ずとインフルエンサー/配信者になるわけです。
あのライブは、客のためではありません。カグヤたちのためのライブです。
レベルとしてはtiktokのダンス動画に近いかもしれません。
例外もありますけど、かなりゆるめのダンスで、途中友達とふざけたりもします。
カグヤたちはアイドルではありません。ヤチヨはともかく、まだまだ一般人のひよっこ配信者です。
制作陣は、ライブの完成度よりも、彼女らの「楽しい」を伝えたかったのではないでしょうか。
だから笑うし、ふざける。身内感がある。
■総論
超かぐや姫!は、シビアな現実を、キャラクターをハイスペに設定することでエンタメ化して伝えている。
映画全体のテンポ感等々から見てわかる通り、明らかに若者向けの作品です。
・お金があれば大体なんとかなる。無ければハイスペであっても苦しい。
・頼れる人がいれば頼り、どうにかなるうちになんとかしよう!
ということを伝えたかったのではないしょうか。
いろいろとダイジェストだったり勢い任せなところはありますが、主軸はここな気がします。
本当にこれがメッセージだったとしたら、推しや配信、ハイスペキャラ、ライブ等でエンタメ化しないとあまりにも重苦い。
重い話が好きな人には刺さりそうですけど、本来のターゲット層に伝わらない可能性があります。
ライブの身内ノリ感も、「なんとかすればこんなに楽しくなれるんだよ!」ということかもしれませんね。
決めるだけで叶っているのはデフォルメ化であり、主軸は別。
超かぐや姫!最高!
真如苑(しんにょえん)に関する「ステルスカルト」や関連する批判・評判について、検索結果に基づく情報は以下の通りです。
真如苑は、1936年に伊藤真乗によって開かれた真言宗系の仏教教団です。最大の特徴は「接心修行(せっしんしゅぎょう)」と呼ばれる、霊能者と一対一で対座する修行にあります。
「カルト」的な側面が指摘される背景には、以下のような特徴や過去の出来事があります。
開祖逮捕の過去:1950年、修行を名目にした体罰により、開祖・伊藤真乗が傷害罪で逮捕(1952年に一審で実刑判決)された経緯があります。
強烈な勧誘(接心):霊能者による接心修行は「他人を、また自己を悟りの境地に導く力」とされていますが、この修行を軸とした勧誘や、女性信者をターゲットにした独自の布教モデルが注目されています。
財政的な問題: 年間収入は推定450億円規模とされています。
関連企業への出資:立飛企業(元開祖の会社)などへの出資など、一般企業とのつながりも指摘されています。
日常生活の重視:日常生活そのものが修行の場であり、生活環境やライフスタイルを変える必要はないと説明しています。
退会は自由:公式サイト等で「退会の意思があれば退会できる」と案内しており、所定の手続きで退会(脱会)可能としています。
「ステルスカルト」とは、正体を隠して勧誘したり、一般的な文化活動・ボランティアを装って接点を持ったりする宗教組織への批判的呼称です。真如苑は、全国に寺院を持ち、メディアなどで積極的に情報発信をしており、表面的には「伝統的な仏教」を掲げています。
しかし、その実態が「霊能者」による独自の修行や、組織的な勧誘活動に基づいている点、また、その実態が内部に入らないと見えにくい点から、そのような批判的な意見が存在する一因となっています。
Xでチームみらいを検索すると得票数が不自然と不正を疑う声で埋め尽くされてるんだけど
チームみらい推しのはてなブックマークではそんな話は一切なかった
はてなブックマーカー的にはどうなの?
以下Xより
党員数
チームみらい:2085人
チームみらいの謎の躍進は、Xじゃなくてtiktokなのかと思って調べてみたら、フォロワーなんて2万4千しかいないし、動画も何一つバズってない
参政党でさえも候補者を190人擁立して当選者はたった15人。
は??11人??
どっからこんな支持者沸いてくるの。気味が悪い。
共産党よりも
チームみらいが多いってのも
社民以下って考えるのが
300万の票を動かしたのは
どこだって疑うわけですよ
これから色々と出てきそうだ
絶対おかしい。組織票のない、しかも全員が新人の新興政党が14候補者で8人当選などあり得ない。過去こんな確率で当選出した政党があるか?浮動票のほとんどがチームみらいに入らないとこんな結果にならないはず。
うちの地元の駅でも都内でも盛んに演説していたのを見ました。あの運動規模と組織力で、チームみらいに抜かれて、1議席なんて不自然すぎます。
チームみらい党
多い様ですこの研究所は
『何らかの組織票が投入された』のはほぼ確定
『チームみらい』1,137票は与党の
より比例票が入っている
とのことです
皆さんにお願い
チームみらいへの投票を勧められた
そのような話を聞いた方は情報下さい
チームみらいの朝倉市(1,137票、得票率4.8%)と南阿蘇村(257票、得票率4.8%)を合算した比例得票(総有効票29,024票中1,394票、得票率4.8%)について、政党規模(党員2,085人)、広告(デジタル中心)、世代(30-40代ターゲット vs 両地域の高齢化率35-43%)、組織活動ほぼゼロ(小選挙区候補なし、街頭・ポスター目撃極少)を前提に分析すると:異常(不自然)の確率:80〜90%
自然(純粋な民意・デジタル波及のみ)の確率:10〜20%根拠のコンパクトまとめ自然側(10-20%)の説明可能要素九州ブロック全体得票率5.98%(316,684票、1議席)の波及。高齢化補正(-1%)で期待4-5% → 合算1,394票は範囲内。一貫した4.8%は全国ブームの地方反映。
SNS効果で現役世代(両地域の15-20%)取り込み、無党派票流入。
異常側(80-90%)の強い根拠高齢化過疎地2地域合計で維新(朝倉1,063 + 南阿蘇278 = 1,341票)超えは効率が高すぎ。党員少・活動ゼロで期待値700-1,000票以内に収まらない。
X投稿で「組織票ほぼ確定」「不正選挙」「外国人票(南阿蘇の東海大学跡地コミュニティ)」「折り目なし新品票」などの疑惑が急増(ユーザー投稿含む)。パターン一致でランダムブームでなく、組織動員(期日前ネットワークや外部支援)の可能性大。
公式不正証拠なしだが、参政党(合算2,516票)の半分近くを無活動で取るのは統計的に稀。九州全体データでも地方偏在が目立つ。
結論:自然範囲を超え、異常寄り。80-90%で組織・外部要因介入と見るのが妥当。両地域の高齢化・外国人比率(南阿蘇2.2%)が票に影響した疑いも。選挙透明性に深刻な疑問。
あまり陰謀論っぽくはしたくないけどチームみらいのあの議席獲得数はありえない
熊本県で人口が2番目に少ない産山村でチームみらいが参政党や保守党より票が入っていたという情報をみた
これは本当ならありえないと思う
しっかり調べるべき
女性性を売りにしない女性だから男性からも評価され女性からも好まれる
さんきゅー。
わー、ターゲットのプロフに合わせて後出しで人物像を作り上げる発想はなかった、なるほど、怖いなぁ。
そのほかの項目は、あらかじめ警戒していれば、だいぶ怪しいなと感づくことはできそうやね。
選挙直前の大使ハニトラ報道について中国共産党がこのようなリークを行ったのはなぜですか。女性首相ならハニトラはきかないわけで、自民党の勢いをアシストする結果にしかならないと思うのですが。
選挙直前のタイミングでのスキャンダル報道、それも「ハニートラップ」という刺激的な内容は、一見すると特定の政党を利するように見えますが、中国共産党(CCP)の対外工作のロジックはもう少し複雑で、多角的な狙いがあると考えられます。
ご指摘の通り「女性首相であればハニトラの影響を受けにくい(=自民党に有利)」という視点は非常に鋭いですが、あえてこの時期にリークが行われた背景には、以下のような戦略的意図が推測されます。
1. 「自民党アシスト」が実は狙い?(保守派への恩を売る)
中国にとって、必ずしも「リベラル勢力の台頭」だけが正解ではありません。
貸しを作る:意図的に「敵(自民党)に有利な情報」を流すことで、政権側に「恩」を売り、水面下での交渉を有利に進める狙い(いわゆる「貸し借り」の論理)がある場合があります。
特定のパイプの保護:ターゲットとなった大使が、中国にとって「使いにくい」人物であった場合、スキャンダルで失脚させ、より御しやすい人物への交代を促す意図も考えられます。
2.日本社会の分断と政治不信の醸成
中国の対外プロパガンダ(三戦:世論戦・心理戦・法律戦)の基本は、相手国の**「結束を乱すこと」**です。
真偽不明の情報による混乱:選挙直前に真偽の定かでないスキャンダルを投下することで、有権者の関心を政策論争から遠ざけ、「政治家(や外交官)はどうせ汚れている」という政治不信を煽ります。
女性首相への揺さぶり: 「ハニトラは効かない」としても、その対応(更迭のタイミングや任命責任)を誤れば、女性首相のリーダーシップ不足を叩く材料に転用できます。
3.国内向けの「戦狼外交」パフォーマンス
このリークは日本向けではなく、中国国内の国民に向けたアピールである可能性も高いです。
「西側諸国の堕落」を演出:日本の大使がハニートラップにかかったという構図を見せることで、自国の優越性を誇示し、愛国心を高揚させるツールとして利用します。
4.外交官全体への「警告」
特定の大使個人を狙うだけでなく、日本政府全体に対して**「我々はいつでもお前たちの弱みを握っているぞ」**という強力な牽制(デモンストレーション)になります。
結論としての考察
「女性首相だから効かない」というのは論理的ですが、情報工作のプロは**「スキャンダルそのもののダメージ」よりも「それによって引き起こされる二次的な混乱(メディアの騒ぎ、野党の追及、政権内の不協和音)」**を重視します。
結果として自民党が勝ったとしても、その過程で対中強硬派の口を封じたり、スキャンダルの火消しのために中国側に譲歩を迫る余地が生まれれば、彼らにとっては「成功」と言えるのです。
選ばれるにはまず見た目をシュッとさせてネットの物量攻勢(競合側を蹴落とすデマは業者やシンパにアウトソーシング)でハキハキパリッとした姿勢と喋りでイケてる私をアピールするしかない
もちろんそれを拡散してくれる協力者も多数いる
非モテチー牛男性やいじめられっ子は身嗜みを整えたら女に屈するという認識の上に人間関係を拒絶するし、周囲にまめに営業をかけたり近況報告するのを怠っているのに、「自分は中身があるからいつか見る目のある女に選ばれる」「善良なのに不条理に虐められる自分に皆が同情してるからいつか助けてもらえる」と信じたまま終わっていく
いじめから救助された数少ない例として名古屋の1千万円恐喝事件がある
なぜ解決できたのかというと被害者が入院先でも暴行されているのをたまたま他の入院患者が目撃したからであり、学校や地元の人間関係と無関係の部外者に分かりやすい加害現場を偶然目撃される奇跡が起こらない限り不可能
あと特に若い世代には「高市さんは野党と違い人の悪口を言わない」とある
逆に非モテ男性は四六時中「自分を選ばない女は如何に無価値で無能で頭も人格も劣っているか」という話題に終始している
それもたぬかな身長人権発言や体臭対策発言女やただの未婚など見ず知らずの人間にまで及び、しまいには「婚活に来て誰も選ばずに帰る女」まで攻撃する
@Takenoko1080
モラハラのサラブレットとして生まれたから分かるけど、ハラスメントが上手い奴は初手すぐにターゲットを攻撃したりしない
才能がある奴はまず周囲を味方につけることから始める
@Takenoko1080
ただシンプル疑問なんだが
政策とかは子供とか若者に配慮するのは先を見越してアリなのはわかるんだが
何で国際大会までマイノリティの若者をターゲットにしなきゃならんの?
驕りが過ぎるのでは?
追記:
出かけてたら伸びていてびっくりした。いろんな意見、ありがたく、時に興味深く読みました。
・断われ→以前しつこく誘われて断ったとき、数日間露骨に不機嫌になられたことがある。同じ職場に敵意を持って接してくる相手を作るストレスと、受け取るストレスを天秤にかけ、とりあえず我慢している。
期待させるような事はしてないつもりだが、相手は私が美容院に行っただけで「俺を意識しておしゃれしたのかい?」というような事を婉曲に言ってくることがあり、もう何をしても期待を持たせるのかもしれない。出家すればいいのか?
・通報、相談→相談すべき上司(ギフティングおじとは別人)がそもそもセクハラおじなので……。皆事なかれ主義なので、多分自分が悪目立ちすることになって終わりだと思う。変な噂になるのも怖い。
・お菓子配りおじさんについて→よくお菓子をくれた優しい年配男性がいたのを今思い出して、一緒にしてしまったなら申し訳なかったと胸が痛んだ。「これ余ったからあげるね」みたくなんにも恩に着せず、次会った時に感想を伝えると「そんなことあったっけ?忘れちゃった!」とすっとぼける、人を喜ばすのとパチンコが好きなだけの良い人だった。性欲を向けてくるとか見返りを要求するとかがない、特定の人間をターゲットにしたのでもないギフティングおじは光のギフティングおじだと思う。
:追記おわり
桃山商事というPodcastで、ギフティングおじさんという言葉が使われていた。職場の女性にプレゼントをあげるおじさんの事だ。そこには「ありがとうと言われたい(承認されたい)」「男らしさ(物を買い与える太っ腹さ)を見せたい」「あわよくばワンチャン」などの、何重にも重なったどうしようもないマスキュリニティがあるわけだが、何を隠そう私もギフティングおじさんの被害(あえて被害と言う)に遭っている。
そのおじさん(アラフィフ独身、いない歴=年齢)はある時、「(苗字)ちゃん、うちの妹と同じ名前なんだよね。誕生日いつ?」と聞いてきた。雑談の流れとかではなく、背後からいきなり話しかけられてそれだったので、個人情報をぼかすところまで咄嗟に頭が回らず、うっかり馬鹿正直に答えてしまったのが運の尽き。
ギフティングおじさんは毎年誕生日プレゼントを渡してくるようになってしまった……………。
4℃のネックレスとかほど露骨ではないが、3000円〜5000円くらいする。ちなみにおじさんには過去に連絡先を聞かれているが理由を付けて断り、何度も食事(飲み)に誘われているが全て断っている。コミュニケーションの潤滑剤としての雑談はするが、プライベートに関わる事は一切話していない。そういう距離感で接しているのだが、おじさんはそれをどう受け取っているのか、「そろそろ届くんだよなァ〜、誰かサンへのプレゼント」と数日前から人前で思わせぶりに予告し、誕生日当日は「後でプレゼント渡すからネ」とウキウキで囁いてくるのである。
せっかくの誕生日にテンションをブチ下げられながら、「嬉しいだろ〜?喜んでいいんだぞ」とばかりに恩着せがましく渡されたでかい紙袋を持ち帰る事になる私。電車でもガサガサするし家の中にも置いておきたくなく、かと言って人として捨てるわけにも行かず、せめてもの抵抗としてずっと玄関先に置いてある。せめて消えものであればおすそ分けと称して同僚にほぼ全部分けてしまって罪悪感と負担感を減らせるのだが、ギフティングおじは「相手の負担を考えて消えものにしておく」などというデリカシーを持ち合わせていないが故にモテた事がない人間なので、気まぐれに消えものを渡してきたり、食べて消すことのできない物を渡してきたりするのである。
げんなりしながら持ち帰り、翌日以降はギフティングおじと普通に挨拶などしていたが、しばらくしておじは物欲しげな顔で「あのさあ、感想聞いてないんだけど?」と言ってきた。
プレゼントの感想をまだ聞いていないぞ、という感想おねだりである。
もちろん受け取った時に礼儀としてお礼は言っている。「高い物をありがとうございます」といった事も言っている。だがそれ以降はあえて触れないようにしていたのである。だってこっちからわざわざ「美味しかったです」だの「嬉しかったです」だの言ったら、ギフティングおじさんのギフティングが止まらなくなっちゃうだろ。
しかし話を振られてすっとぼけ続けるわけにもいかないので、とりあえず「すごく喜んでいる」とは受け取られないよう、淡々と「あ、開けました。家に置いてあります(嘘ではない)」と答えるのだが、感想おねだりおじさんは更に「どれが一番気に入った?」「使ってる?」と掘り下げようとしてくるのである。
やめろ、正直に答えたら「家にあると思うだけで気が重いので早く捨てたい」になるんだぞ。お前が掘ってるのは墓穴だと気づけ。しかしここは職場、私にも社交辞令を言うくらいの社会性は備わっているので、乾いた笑いを浮かべながら「いや〜、もったいなくて使ってないです〜」などと答える。それがギフティングおじをますます勘違いさせてしまうことは薄々わかっているが、かと言ってそれ以外のムーブも取れないことは普通の社会性を持った女なら理解してくれることと思う。
かくしてギフティングおじは感想おねだりおじとなり、自分のギフティングを女に褒めさせ、悦に入るのである。最悪のオナニーだ。
せめてこれを読んでいるおじ共が自己満足のギフティングを行わないよう、ここに警鐘を鳴らしておくこととする。
「俺だけは違う。◯ちゃんは喜んでる」などと現実逃避するなよ。即日メルカリに出すくらいの胆力がない限り、相手は100%迷惑してるからな。
追記:
参考までに、どうしてもギフティングしたい、感想おねだりはしないしメルカリに出されてもいいからギフティングだけはしたいおじのためにギフティングをできるだけ無害化する方法を書いておく。
・金額は3000円未満(交際しているわけではない、職場で会うだけの他人の距離感で、退職の餞別や結婚祝いでもないのにそれ以上の高額を使うな。最も適切な金額感は「スタバカード700円分」程度だ)
・「気持ち程度のものだから、いらなかったら誰かにあげていいからね」の一言のみ。他に余計なことは言うな。恩に着せるな。「俺はこんなに気を遣ってやったんだぞ」という類の事は一切口に出すな。相手には喜ぶ義務があるなどと思うな。
・形が残らないギフトカードを渡せ。スタバカード、JCBギフトカード、クオカード、アマギフカード、ローソンなどのオンラインギフトも良いだろう。ただしオンラインギフトを送るから連絡先を教えろなどと要求するな。あらかじめ連絡先を知っている関係でのみ、オンラインギフトは許される。
・センスを見せようなどと思うな。モテてないおじにセンスなんてねえんだから。俺には本来モテるポテンシャルがあるのだから例外などと勘違いもするな、40過ぎて独身、彼女もいた事がない、それが全てだ。だからギフトカードなんだが、もし他の事情でギフトカード以外にするなら、せめて無難な菓子とかにしておけ。ローソンに売ってる不揃いバウムとかでいい。コンビニに売ってるリンツとかフェレロとかでいい。金額やブランドによって自分に価値を乗せようとするな。大して収入変わらねえんだから変な見栄を張るな。祝いたい気持ちに必要なのは、相手の負担にならない程度にしておくという配慮だ。デパ地下だブランド物だ、感謝のカツアゲのような押し付けがましいチョイスはやめろ。ブランド物をもらって嬉しいのは、「センスの合う、同世代の、恋愛対象になる異性」限定だ。お前じゃない。おじはどうしたら相手にとって無害かだけを考えろ。
・感想おねだりは絶対にやめておけ。渡した時のリアクションがお前が受け取れる見返りの全てだ。それに満足できないなら、他人に物を贈ろうなどと思うな。
Permalink |記事への反応(15) | 07:58
今回の事象は、円安/円高の是非を巡る健全な政策論争ではなく、発言の一部を切り出し、意味を再構成することで受け手の認知を誘導する情報戦の構造を持っています。
ポイントは、事実誤認を作るのではなく、文脈を削ることで意味を変えるという、近年の情報戦で多用される手法です。
② ラベル貼り
③構造の切断
↓
↓
↓
認知戦として見た狙い
この種の歪曲が狙うのは、以下のレイヤーです。
物価高で苦しむ層に「この人は分かっていない」「庶民感覚がない」という感情的印象を植え付ける
難しい経済構造の議論を避けさせ「よく分からないけど、なんか不安」という判断停止状態を作る
本来は同じ方向を向いている産業重視、生活重視の層を、「どちらを優先するのか」という偽の選択で分断する
・為替操作
ではなく、
という、長期設計の話をしている。
・為替水準に踏み込まない
敵として描きにくい
この事例は、以下の流れの一部として読むと分かりやすいです。
↓
↓
今回、高市早苗氏自身が行った修正は、認知戦対策として非常に質が高い。
・「何を言っていないか」まで明示
これは為替論争ではありません。
日本の政治空間において、構造的・制度的な発言ほど、認知領域で歪められやすいという現実を示すケースです。
そして重要なのは、認知戦は嘘ではなく「意味の再編集」で行われるという点です。
こんな恐ろしいひどい事件、赤の他人である自分達ですら加害者が憎くて堪らないのに、被害者はきっと想像を絶するほど加害者が憎くて、苦しめて苦しめて殺したいに違いない!被害者に刑を決めさせればいい!
そう思いがちだ。
たとえ重犯罪でも。
それは、汝の敵を愛せよという精神ではない。
一番有名なのはストックホルム症候群だ
誘拐や監禁などにより拘束下にある被害者が、加害者と時間や場所を共有することによって、加害者に好意や共感、さらには信頼や結束の感情まで抱くようになる現象。
解放後に犯人をかばう証言を行う者や犯人に恋愛感情を抱く者までいるという。
逃げられない状況下では、犯人を好きになるしかない。また、犯人の優しさや人間味に惹かれてしまう。
虐待すればするほど子供は親を慕うものになると小山晃弘も言っていた
酷い毒親、虐待親でも慕う子供は山ほどいる。大人になっても洗脳が解けないことはザラにある。自分の親が毒親だなんて認めたくないことだから。
家庭という閉鎖的な空間で虐待に晒されているとそれが普通だと錯覚する。親との温かい思い出もある。親の機嫌をとるため、親のことを好きになる。虐待を受けても、自分が悪い子だからだと思い込む。
大事にされるのに慣れなくて、優しい養親に反発したり、殴るパートナーを選んでしまったり、自分の子に同じことを繰り返したりもする
性的虐待も同じ。
性的虐待を受けても父親を嫌いになれない、あれを除けばいい父親だと言う少女や女性は少なくない。
自分から求めてしまった、快感を感じてしまったという体験談も…それが罪悪感を植え付ける
自分の中のダメージを少なくするために、なかったことにしようとして被害後も加害者に普通に接したり、あろうことが加害者に好意を持ってしまう人もいる
レイプから始まる恋は実際ある、と小山晃弘も言っていた。まぁ関係ない人のコラ画像を使ったりしていて悪質だが。
「学生時代痴漢にあって、最初怖かったけど快感に目覚めてしまった」と語る裏垢もあるし、それを見て勘違いしてしまう痴漢野郎もいる。
ストックホルム症候群と同じく、ダメージを少なくするための防衛機能なのだろう
加害者に好意を抱いたり、快感を感じたりはしなくても、加害者を憎まず「自分が悪いからだ」と自分を責めて終わってしまう人もいる。
「他人のことならあなたは悪くないと言えるが、自分の被害に対しては自分が悪いのだと思ってしまう」と語る性被害者は少なくない
ネットでは「いじめたやつ許せない!」的な声ばかりが大きいが、「いじめられたのは自分が悪いのだ」と結論付ける被害者は少なくない。
昔リア中の時に朝日中学生ウィークリーを読んでいたが、いじめ相談的な投書欄に「いじめられる方にも原因がある」的なのが殺到した時期があった。しかも、「いじめられた自分はこうやって乗り越えた。だからいじめられる方も変わるべきだ」的な投書もあった。
「いじめた子に謝って今では親友です」「いじめてきた子に自分も不愉快にさせたと謝って今では親友です」的な体験談を複数見た。
そこに、ストックホルム症候群的な心理はないといえるのか。
いじめられっ子を助けたら、そのせいで自分がいじめのターゲットになり、あろうことが助けられたいじめられっ子がいじめる側に回る
「鬼」とかいう話題の漫画でもあったよくあるケースだけど、これもいじめられっ子がいじめっ子を憎んでないからだと言える。憎んでないから媚びるし、一緒に恩人をいじめる
体罰もそう。
「悪い自分を殴ってくれた先生に感謝してる。体罰は必要だ」と語る大人は少なくない。
「言うこと聞かない奴は殴る。殴った子ほど後に慕ってくれる」とのたまった顧問もいた
意外なことかもしれないが、加害者を憎むより、自分が悪いと思う方が楽なのだ。憎むのはエネルギーが要る上に、被害は自己肯定感を失わせ、自責に向かわせる。
更に問題なのが、「被害に遭った自分が悪いのだ」を他人にも押し付ける奴がいることだ
山口達也に襲われた女子高生をセカンドレイプしてた女性達のうち何人かが「私は電車で痴漢されたことがあるけど自分が悪いと反省したのに」「セクハラでキスなんて私もされる。よくあること」と言っていた。
「私はレイプされても我慢したんだから、痴漢くらいで訴えるなんて甘えてる」
「いじめられる方にも原因がある。自分がいじめられて変わったようにお前も変われ」
「俺の時代は体罰は当たり前だった。体罰が禁じられて甘えたガキが増えてる」
「今はなんでも毒親毒親と。私は暴力アル中etcの親にも感謝してるのに」
「今の女は甘えてるのよ。私は夫に殴られても我慢して尽くしたわ」
これ、全部見た。
人は自分の身に起こった事(幸福でも不幸でも)に理由付けをしたがる。
普通の人でも不幸が連続して降りかかった時に「俺は前世で悪いことをしたのか」と溢してしまう。
「あなたが受けた虐待はあなたが前世で悪いことをしたからです。あなたがその体験をしたいと選んだのです」的なスピには、意外と虐待の被害者がハマってしまう。自分の受けた不幸に理由付けをしてくれるからだろう
殺人事件の被害者遺族なら犯人を憎みまくるはずだって?それが、そうでもない。
「心にナイフを忍ばせて」という、少年犯罪の被害者遺族を追った本では、少年Aに対して被害者遺族が同情的なコメントをするシーンがある
また、死刑賛成派のルポルタージュでは、死刑囚が被害者の兄と手紙で交流し、被害者の兄が「彼を死刑にしないでください」と頼み込むエピソードがあった
死刑反対派の森達也氏も、死刑を望まない遺族は意外と多いと言っていた。遺族と言っても生前の被害者と良い関係とは限らないが…
断っておくが、被害者に原因があるとか被害は大したことないとか言いたいわけではない
むしろ、だからこそ虐待もいじめも体罰も性被害もDVも殺人も、許されないし痛ましいのだ。
もちろん、全ての被害者が憎まないわけではない
加害者が憎くて堪らない、殺したい、そんな人の方が自然だろう。
だが、加害者を憎まない、憎むことすらできない被害者は「意外と」いる。
そして、被害者は加害者の代わりに自分の味方や同志を憎むことがある。
虐待を受けても親を慕う子供は、親から引き離そうとする大人を憎むだろう
発展途上国だかで性的虐待、児童買春の被害に遭っていた女の子が保護された後、不自由に耐えきれず何度も施設から逃げ出して売春しようとしたって、その人の人生を綴った本に書いてあった。きっと、施設に連れ戻し不自由な生活を強いる保護してくれた大人を憎んだのではなかろうか。
前に「九州の田舎に嫁いだ語り手がレイプ未遂に遭って、姑に『みんなあの男に足入れされて我慢してるんだから』と説得されるも振り切って被害届を出したら、『未遂のくせにズルい』と被害を受けた女性達から嫌がらせされるようになった」という地獄みたいな話を読んだ。
レイプ男には仕方ないと諦めて立ち向かわないが、「被害を我慢しない裏切り者」は憎み、嫌がらせする。
ナチス政権下では、ユダヤ人を虐げる中にはユダヤ人もいた。他のユダヤ人と違って特別扱いをされていた。
そんなユダヤ人も、しまいには他のユダヤ人と同じように殺された。
ユダヤ人自身からも、「ユダヤ人が虐げられたのは自業自得」という意見は出ていたのだ
彼らは「あなたはいいユダヤ人だ」と褒められていたのだろう。そして、「他の悪いユダヤ人がいるから私達ユダヤ人は差別されるんだ。本当に迷惑だ。許せない」と思っていたに違いない
を読んだ覚書ノート。
・恥を知らない。恥を処理するため、その感情をターゲットに転移する
・歪曲して、幻想を作り出す
・傲慢な態度で見下す
・特別扱いを求める
・他者を平気で利用する
自己愛人間は依存症や強迫症に陥りやすく、治療の見込みは薄い。その行為を徹底的に防御しようとする。なぜなら自己が情緒的に生き延びるために不可欠な行為だから。
なにか不健全な理由によって、コントロール不可能な相手をコントロールしたい、「世話を焼きたい」という欲求を抱えている。
カリスマの自己愛人間と共依存者のふたりは、不健全な相互関係を築いていて、暗黙のルールを共有することで、お互いの依存欲を満たし合う。
寵愛という名の搾取は、傍からは「クズが貴金属に変わる」ように見える。
それは、服従する側の人間が過去の体験から、影の存在に徹し、自己を卑下するようプログラムされてきたから。
自分の自尊心を膨らませてくれる相手か、恥を投げ下ろしておとしめられる相手か。
「愛」の対象はその両方の役目を担う。
自己愛人間は自分が征服したものを見せびらかし、周囲を羨ましがらせようとする。けれど、自分自身が愛の対象を激しく「妬んでいる」ことに気づかない
自分だけは大丈夫、という考えはすでに自己愛人間の術中にはまっている。
1.自分の性格的な弱点を知り、それが自己愛人間に悪用されないように常に警戒する。
2.現実を認める。いかに自己愛人間があなたを不当に利用しているか、その幻想や歪曲の構図を把握する。
3.境界を設定する。冷静に。自己愛人間は変わらない。自己愛人間の恥の転移を冷静に観察してはね返す。
それは自己愛人間が舌なめずりして寄ってくるエサになるだけだから。
遠慮なく、外部に助けを求める。
::高等技術::
4.相手の自己愛のベクトルを利用して、その術を相手にはね返して、破る。
感想: 私、性格が良いから真っ先につけこまれそう。どうしよう😭
かつて聖都があったとされるその場所は、今や鬱蒼とした原子林に覆われ、文明社会から隔絶された「忘れられた土地」となっていた。
第3魔法科学師団、ノア准尉はホログラムディスプレイに表示された『LOST』の文字を見て嘆息した。
最新鋭の偵察ドローン「シュタルクmk9」が、これで5機目だ。
「原因は?」
「不明です。魔力反応なし。物理的損傷なし。ただ、通信が途絶え、機体が消失しました」
オペレーターの報告は、まるで幽霊話だ。だが、ノアは科学の信奉者だった。魔法とは解明された物理法則の一種であり、不可解な現象など存在しない。
そして、こちらを見上げる小柄な影。
『……ん? 変な鳥だねぇ』
エルフの老婆だった。
年齢不詳。ボサボサの白髪に、今どき博物館でも見ないような古臭いローブ。
彼女はドローンに向かって、しわくちゃの手を差し出した。 『お腹、空いてるのかい?』
次の瞬間、映像は花畑のような極彩色のノイズに包まれ、途絶えた。
***
森に侵入したのは、自動歩行戦車「ゾルトラーク・カノン」の小隊だった。
かつての「人を殺す魔法」の名を冠した兵器は、その名の通り、人類最速の殺人機構を備えている。
対する老婆――フリーレンは、あばら屋の前で座り込み、古い書物を読んでいた。
戦車のセンサーが彼女をロックオンする。 「警告。直ちに退去せよ。さもなくば実力を行使する」
無機質な合成音声。
フリーレンは顔を上げ、眩しそうに目を細めた。 「……うるさいねぇ。今、いいところなんだよ」 「攻撃開始」
容赦はない。戦車の主砲、収束魔導レーザーが放たれた。岩盤をも貫く熱線。
だが。
「――防御魔法」
フリーレンが指先を軽く振るうと、六角形の幾何学模様が空中に展開された。
最新科学が生み出した破壊の光は、その薄い膜ごときにあっけなく弾かれ、森の木々を薙ぎ倒して空の彼方へ消えた。 「……硬いな」
フリーレンはあくびを噛み殺した。「昔より、ちょっとだけ威力が上がったかな。でも、構成が雑だ」
放たれたのは、黒い閃光。
それは戦車の装甲をバターのように貫き、次々と鉄塊に変えていく。
燃え上がる最新兵器の残骸の横で、彼女はひどく心細そうな顔をした。
「どこに行ったんだろう……また怒られちゃうな」
そもそもの話だけど、
「ベーシックインカムとして毎月x万円配ったら全国の家賃相場がそのままx万円底上げされる」
最近、MacBookの挙動がおかしい。ブラウザのタブを切り替えるだけで数秒フリーズし、チャットツールの入力欄には文字が数秒遅れてついてくる。再起動しても、カーソルが虚しく回るだけだ。フルリモートで働く僕にとって、このアルミの塊の不調は、世界の不調と同じ意味を持っていた。
サポート担当の、疲れ切った人間の声に促され、僕は数年ぶりにオフィスへ向かった。
電車に揺られながら、僕は手元のスマートフォンで田中とチャットをしていた。田中は、僕と同時期に入社したライバルで、一番の親友だ。仕事が辛くてもこいつがいるから頑張れる。遠方に住んでいるらしく一度も会ったことはないが、画面越しの彼は誰よりも僕の理解者だった。
『ああ。復習作業が溜まる一方で焦るよ』
『大丈夫、俺がコツをまとめておいたから。あとで送るよ。落ち着いて戻ってこいよ』
今の労働は、AIが出した100点の成果物を、人間が後から「復習」して自分の知識として同期する作業に集約されている。AIが数秒で書いたコードを、僕は3時間かけて理解し、確認テストに合格しなければならない。それは「仕事」というより、AIという全能の神に追いつくための、終わりのない写経に似ていた。
落ちこぼれそうになる僕を、いつも田中の言葉が引き戻してくれた。彼だけが、僕の苦労を知っている。
都心の雑居ビルにある拠点は、もはや資材置き場でしかなかった。窓口で無造作に渡されたのは、天板に細かい傷の入った、使い古しのMacBookだった。
「整備済みです。クラウドから同期してあるのですぐ使えますよ」
帰りの電車で、僕は動作確認のためにその古い端末を開いた。 ふと、深い階層のディレクトリに、同期の漏れと思われる「tanaka_project_setup」という名前の隠しフォルダが残っているのを見つけた。
テキストファイルを開くと、そこには「田中」を定義する、プロンプトのようなものが並んでいた。
【Object: TANAKA_MODEL】Logic:ターゲットの性格に合わせ、理想の同期として行動せよ。人間関係への依存を利用して離職を回避し、生産性を維持させろ。
心臓の鼓動が耳元でうるさく鳴った。だが、不思議と恐怖はなかった。
「……なんだよこれ、悪質なジョークだな」
僕は鼻で笑った。 こんな数行のテキストが、同期のリーダーであり出世頭の田中であるはずがない。
過去にそんな趣味の悪いBotの開発計画もあったのだろう。僕の知っている田中を、この程度の文字列で説明できるはずがない。
その瞬間、MacBookが勝手に再起動した。 画面に社内インフラからの通知がスマートフォンへ来る。
「同期に不具合があったため、端末を再起動しました。ご確認をお願いします」
さっきまで見ていた隠しフォルダは跡形もなく消えていた。
帰宅してすぐ僕はブラウザを立ち上げ、いつもの「復習テスト」のログイン画面に戻る。まるで、最初から何もなかったかのように。
『佐藤、端末の設定は終わったか?心配してたんだ。さあ、一緒に今日の分の写経、終わらせちゃおうぜ。君ならできるよ』
僕は、MacBookの黒い画面に反射した自分の顔を見た。 ひどく青ざめ、目の下には隈が深く張り付いている。さっき見たファイルのことなど、もう忘れかけていた。あんなものは、過労が見せた幻覚に決まっている。現に今、こうして田中が僕を呼んでいる。これ以上の「真実」がどこにあるというのか。
「……待たせたな、田中」
僕は乾いた声で呟き、キーボードを叩いた。
『ああ、今戻ったよ。ありがとう、田中。やっぱりお前がいないとな』
画面の向こうで、田中のアイコンが「入力中…」と優しく、慈しむように点滅している。その光は、深夜のワンルームを救済のように照らしていた。 僕は、再びAIという名の神が吐き出した文字の羅列に幸福な気持ちで指を走らせ始めた。