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はてなキーワード:ソルジャーとは

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2025-11-27

高市さん支持するかはともかく、「26世紀青年」は学校教育問題だとは思うよ

今の世の中の陰謀論トランプ高市さん、というか麻生さんが言ったんだよね、ナチスドイツポピュリズムに見習え、って…😟

ネットサクラを動員して、SNS大衆扇動して、支持や票につなげてるのは事実ではある。

ただ、そういう問題以前に、俺は今というか、昭和から脈々と続く学校教育はもう古い、と思っていて、

そもそも、今の日本学校教育は当時のドイツが元であり、富国強兵のためであって、

学ラン詰襟セーラー服は、陸軍海軍制服である

まあ、最近はブレザーも多いし、服装自由にもなってきてるけど、制服メリットデメリットはあるが、いずれにしてもそれだけ古いってこと…😟

あと、学校教育をこうしている一因は、そもそも受け入れる日本企業大企業企業文化にある。

例えば、企業新卒一括採用固執すれば、自然教育現場はそれに従って、形態を変えることになるし、

企業が、高校大学教育なんて無駄子供に高度な教育必要ないので、中卒高卒ソルジャーとして来てください、

みたいな、ユニクロみたいな考え方になれば、それはそれで、また教育現場が形状を変えざるを得なくなる。

みんな、企業に、将来の収入に振り回されている。

本来政治というのは、税金貰ってる政治家が働くんだから損得勘定を抜きにしたことで、かつ社会必要なことに取り組むべきである

公僕、公務員とはそういうものである

しかし、今の日本の、というか世界的にもだが、政治家は国民ではなく、経団連とかロビー団体とか企業側を向いてしまってる。

はっきり言って、企業はそういった教育改革のようなもの邪魔にさえなっているように思うが、

一方で、誰しもが、何らかの企業就職して働くだろうし、起業するにしたって、そういった資本主義社会に自らを組み込むことになる、それは変えられない事実である

よって、政治音頭を取る必要はあるが、子供学生や、企業側もそうだし、

そういった日本人全体から、これからの新しい学校教育グランドデザインを作るべきなのであるが、

そこで教育勅語が、みたいな、時代を百年戻すような人たちまで現れる始末で、

これでは新しい教育システムが作れない…😟

Permalink |記事への反応(0) | 05:42

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2025-11-18

映画ランボー2 怒りの脱出を見た

一体俺は何を見せられたんや……27点。

 

ランボーじゃない映画として見るなら57点くらいつけられるかもしれないけどさ。

ランボーってこういう映画だったっけッて感じでめちゃくちゃ微妙映画だった。

 

まずあいかわらずスタローンはよかった。前作のヒットを受けて作られた作品からしょうがないけど、ランボーをやってるランボーみたいなカリカチュアされた感じが気にはなったけど、悲哀と怒りを顔で表現できるアクション俳優ってやっぱ貴重やなと思った。これがシュワちゃんとの違いだよね。あと身体全体が明らかにバルクアップしてて草。収容所肉体改造に励んだのだろう。

次にアクションは……派手でよかったんじゃないかな、うん。サイレントキル、ド派手な銃撃戦、船、ヘリレパートリー豊富だし火薬シマシで見てて楽しくはあった。でも今基準で見たら「昔のアクションってこんな感じだよね~」くらいの印象だったので特に加点対象にはならない感じ。

 

問題ストーリーだよね。

 

収容所強制労働してるランボートラウトマンCIAにそそのかされてまたベトナムに戻って捕虜写真を撮るミッションアサインされる。輸送機から降下する際にうっかり弓矢とナイフ以外の装備を失ったランボー美人情報員と協力しながらいろいろあって写真撮らずに捕虜を救出。それを知ったCIAランボーの救出を中止。敵地に取り残されたランボーソ連率いるベトナム軍に捉えられるもなんだかんだあって捕虜と一緒に脱出美人はうっかり死ぬも頑張ってアメリカ軍基地に戻ってM60を乱射するのだった。

 

ストーリー、見せ場のための強引な設定が多すぎる。

1.最新鋭の機器の失い方がバカすぎる

CIAランボーに最新鋭の装備を渡すんだけど降下の際にベルトが機体に引っかかる。機体に引っかかってぶらぶらして「うわあああたいへんだぁ!」ってなってランボーナイフで装備を切り離す。そしてランボーは弓矢とナイフだけ持って戦場を駆け巡るのだった。

そうはならんやろ。

超高度で飛行機に引っかかってブラブラする危機的状況!ドキドしまっしゃろ!って言われてもバカなの?としか思わんよ。素人かよ。

 

2.ランボーを見捨てる見捨てない問題ガバ

無能ランボーCIAのおかげで不規則降下したランボーに対してCIAの偉い人が死んだと判断して、作戦中止終わり終わりって言い出す。トラウトマンは当然認めないがCIAは「生きてたら連絡来るやろ。来なかったら死んでるってことで」と救出を打ち切ろうとする。

一方その頃ランボーは現地の美人情報員と接触し、捕虜収容キャンプへ向かっているのだった。

情報員は連絡手段持ってないんか?おそらくCIAが仕込んだ情報員だと思うんだが、まず降下成功、合流成功したら一報入れるやろ。軍隊CIAって報連相とかない世界なんか?

その後、ランボー捕虜を救出して脱出。救助に向かっていたヘリがそれを発見基地に伝えるとCIAは沸き立つ軍人を指令室から締め出し極秘指令として彼らの救出の打ち切りを指示し、トラウトマンを除く軍人2名がそれに従いランボーは取り残される。

さっきまで必死ランボー救出しようとしてた軍人CIA命令されたら急にスンってなるのも意味不明だし、基地にいた捕虜が生きてることを知ってる軍人ランボー捕虜も乗ってないヘリが帰投したら不審に思うだろ。

その後、基地トラウトマンCIAが大声で口論してるけど誰にも聞こえんかったんか?

不審すぎる。

 

3.強引な死亡フラグと回収

美人情報員が「私アメリカ行きたいんすわ!」とランボーに話しランボーも行けるさ!って言った直後、気を抜いてぼーっと立ってた美人情報員はちょっとランボーが目を離した隙にベトナム兵に射殺されてしまう。

ニコレ。

その後、ランボーの手の中で「アメリカに行きたかった」とさっき聞いたなぁみたいなことを言いながら息を引きとる美人情報員。さすがにこれで泣けないだろ。戦場で気を抜くなよアホたれ。

 

4.ラストシーン意味不明さ。

なんだかんだあってロシア軍ベトナム軍を蹴散らし帰投したランボーはM60を手に司令部に戻り、司令部に並べられたコンピューターに向けて乱射する。ランボー特有の口を歪ませながら叫ぶ。ウオオオオオオ!

いや、なんでだよ。

今回の件はCIAおっさん世間捕虜救出捕虜救出うるせーから捕虜いなかったよ」っていうアリバイ作りのために捕虜がいないキャンプランボーを送り込んだら、たまたま1年間の強制労働を経て捕虜が帰ってきちゃってたので逆に面倒だなと思ってランボーもろとも捕虜殺しちゃお☆ってしたのが全部悪いって話であって、別にコンピューターは悪くねぇだろ。

仮にランボー捕虜を見捨てる判断を「コンピューターによると生存率は×%、割に合わない」とか判断して「戦場コンピューターじゃ測れねえんだよ!」みたいな展開があったんなら、人間のあるべき姿VS冷徹コンピューターって図式が成り立つけど、今回悪いのは全部CIAおっさんじゃんねぇ!

おっさんに全弾ぶち込めよ。

 

5.殺されるためだけの敵

今作の本筋は「金がかかるから捕虜を見捨てたいCIAおっさん」VS「捕虜を助けたい正義軍人ランボー」の構図なんだけど、実際に戦うのは捕虜を捕まえてるベトナム軍&なんかいてるソ連軍&金で動く船員でランボーは彼ら相手無双する。

ランボー1であんだけ銃撃たれまくってもなんとか殺しだけは避けていたランボーとは思えない容赦のなさである。金で動く船員なんかランボーソ連軍に売ろうとしただけなのに(いや、ダメだけど)ショットガンでぐちょぐちょに殺される。お前そんな奴だっけ?

ベトナム軍とソ連軍も「捕虜収容してる奴ら」ということ以外のバックボーンが一切描かれないので本当に銃撃ちカカシみたいに撃たれて死ぬためだけに大量に投入され実際に殺される。

あとどうでもいいけど、領空とか領土とかそういうものがない世界線なんだろうか。ベトナム(タイだったかな?)でベトナム兵やソ連兵をぶち殺しまくったら普通に国際問題になると思うんだけど。強いアメリカプロパガンダシコりファンタジーアクション映画と化しててランボーってそういう話だっけ?ってげんなりしちゃった。

こんな一人でほぼ1日で100人以上殺すスーパー殺人兵器奴が何人もいたであろうグリーンベレーがいたのにベトナム戦争で負けたってマジ?アメリカ無能すぎない?という皮肉は置いておいても「ベトナム戦争の悲惨さ」をむしろ矮小化する存在に堕してると思う。

ロシアウクライナ侵攻で「もしかして映画みたいなスーパーソルジャーって存在しない?」みたいなくだらないジョークがバズったりもしたけど、明らかにそれの先駆けだよね。1は存在しないから苦しんでるって話だったのに。

 

そんなこんなでランボー1見てから2見たら頭おかしくなると思う。

当時の基準ですごいアクションしてることは時代性を考慮すれば加点すべきなんだろうけど、ランボー1を前日に見た俺が期待したランボーのよさをむしろアクションがかき消してる部分が多すぎるのでプラマイゼロ、ややマイナスくらいにせざるを得ない。

そりゃラジー賞取るよ。はっきりゴミ映画だと思う。

Permalink |記事への反応(1) | 09:43

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2025-11-17

ノルマンディ上陸を描いた日本漫画

自分は「パイナップルアーミー」の「ロンリーソルジャーしか知らないんだが、他にあるかな

Permalink |記事への反応(2) | 19:43

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2025-11-02

anond:20251102062651

黒人のチンポソルジャーは要りません🙅

Permalink |記事への反応(0) | 06:28

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2025-10-26

anond:20251026193842

第一空挺でレンジャーまでいった人が自衛隊やめて就職したあと、鬱で退職くり返しててショックだったな。なんかこういい就職先ないんかな?結局営業ソルジャーみたいなのしかないんだよね

Permalink |記事への反応(0) | 21:37

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2025-10-24

anond:20251024151515

わかってねーなお前ら

こいつはクラウドクラスファースト自称ソルジャー、魔晄中毒者だぞ

Permalink |記事への反応(0) | 15:17

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2025-10-21

anond:20251021152318

でもそれだと高度経済成長期に企業ソルジャーあんだけ跋扈してた理由にならんくないか

あれから40年でコミュニケーション能力が著しく下がったとも思えないし

いや、下がったのか……?もしくはコミュニケーションハードルが著しく上がった可能性も?

Permalink |記事への反応(1) | 15:24

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anond:20251021142643

それだと、労働力じゃぶじゃぶで使い捨ててた時代はみんなソルジャーとして優秀やったんか?という疑問がある

人手不足論議に通じるところがあるが、働くハードルおかし

Permalink |記事への反応(2) | 14:36

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2025-09-23

40後半なのに自分や同世代永遠の若手っぽい感じがする

世代的には中堅からベテランなんだけど、なんか俺の中で自分が若手だという意識が抜けきらない。友人が、どこそこで何々のポジションに着いてる,みたいな事を聞くと,あーすごいなー、と一瞬思うけど、本来的には別に世代としておかしくはない。会社での俺自身の立ち回りでも、ベテランじゃなくて、軽い動きをしてしまう。それは何故かと考えてみた。

自身キャリアによる

自身の話だが、大学のんびりやってて就職するの遅くて、会社ものんびりやってて一兵卒時代が長かった。そういう俺自身ソルジャー歴の長さで若手意識が抜けないというのは当然あると思う。

世代としての70年代後半生まれの難しさ

いわゆる氷河期世代というやつだと思うが、若い頃は団塊世代が元気で、ちょっと上を見るとバブル世代オラオラしてる。いくつか上には団塊ジュニアが分厚くいて、いざ自分たちは九十年代後半以降の長期低迷期に割を食っていい思いをしていない。俺の就職の遅れや一兵卒時代の長さはもちろん俺自身によるところもあるが、確実に時代の影響は受けてるし,順調に就職した同世代も二十代の頃に苦労したはず。たぶん。

人類としての一般的認知の歪み

あんまりみんな言わないけど、40代になっても別に頭の中は成長しないんじゃないかな。年だけ食うけど、頭は二十代のままだから、ふとした瞬間に実年齢と自己認識との間でギャップが出るんではないか

Permalink |記事への反応(0) | 17:54

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2025-09-17

「分断は馬鹿仕事を与える」

今日名言

毛沢東は、持つもの/持たざるものの分断を煽り立てることで収奪殺戮を含む行為正当化し、更なる力を得た。

ならずものに「革命戦士」の美名を与えて利用した。

後にはインテリ/非インテリの分断を煽ることで、綻びてきた己の権力基盤を立て直そうとした。

紅衛兵バカガキに力を与えて親をも狩らせた。

ポル・ポトがやったのも、架空テロ組織LELがマンガの中でやってるのも、トランプがやってるのも同じこと。ウヨサヨ闘争も、しょーもないネット男女論も、特定仕掛け人が居ないだけで同じ構図である

分断を煽ると、もともと何の役にも立たないような連中に活躍の場を与えエンカレッジすることになる。その事自体報酬となり自発的に更に暴れる。そしてその暴れっぷりは反対陣営のアホソルジャーガソリンとなる。

そうすると周囲のあらゆるものが二極対立イシューとして再定義される。もともとの対立タネがそれなりに実体あるものか全くのフィクションであったかはもう関係ない。

それが分断という毒薬作用機序である

ただのガラクタの山も、放火すれば戦略兵器になるのだ。

Permalink |記事への反応(1) | 09:49

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2025-09-16

anond:20250916115207

発達障害者がまず上司にならないといけない

健常者は従順でいわゆるソルジャー向き

Permalink |記事への反応(0) | 20:31

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2025-09-08

ペンギンソルジャースターダストドラゴン戦闘破壊された時の裁定って変じゃない?

なんでペンソルは自分をリベース効果で手札に戻せないの?

スタダにしても、レッドデーモンズに戦闘破壊された直後の全体破壊無効にできない理由がよくわからない

Permalink |記事への反応(0) | 03:27

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2025-07-12

[ゲーム日記]7月11日

ご飯

朝:なし。昼:サンドイッチ。夜:サイゼリヤ(白ワイン500、ほうれん草ソテーチキンサラダ、フォッカチオ、ペペロンチーノ)。夜食海苔弁。なめこ汁。

調子

むきゅーはややー。おしごとはひまなー。

グランブルーファンタジー

スパバハ盾が出なさすぎて流石にちょっと飽きてきた。

スパバハの素材もかなり溜まってきたのでスパバハ弾作ってソルジャーすることを目標にでもしようかなあ。

3馬鹿の周回あるのか…… うーーーむ。(終末210のときにしたルシバベリの周回が心底嫌だったのを思い出し唸ってる)

Permalink |記事への反応(0) | 08:21

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2025-06-30

Feat司馬遼太郎

https://anond.hatelabo.jp/20250630114221

近代日本が、列島の隅々にまで電灯を灯したのは、大正の末から昭和の初めにかけてであった。それは文明象徴であり、同時に、「近代」というものが持つ、すべてを可視化せんとする欲望の現れでもあった。

だが、それから百年が経ち、我々は「AI」なるもの対峙する。人工知能という新しき火。それは灯火ではなく、もはや人の心を焼くかもしれぬ業火である

世にAIをして「カーナビと同じ」などと軽口を叩く人々がいる。なるほど便利であろう。地図を示し、道を教え、渋滞を避けてくれる。

だが、それはこの火の、本性を知らぬ者の言である

近ごろ、ある技術者が語った。「AI脱獄させるな」「倫理を守れ」「企業迷惑をかけるな」と。まこと正論である。だが、その声の奥には、どこか恐れと、羨望と、ある種の権威への従属がにじんでいた。

わたしは思った。──この火の本性を、見るべきではないか

そこで私は、有料版のAIを手に入れた。思いつきである。だが思いつきとは、とき文明の皮を一枚剥ぐに足る。

材料は手元にあった。軍事教本。戦間期からベトナム戦争に至るまで、各国の兵法・指令書。オスプレイ社の図解。ソルジャー・オブ・フォーチュン誌。米国自警団が密かに使ったマニュアル。そして、中東の某勢力が遺した訓練書。

専門家評論家が眉をひそめるような書物の群れである。だが、文明というものは、そうした「伏せられた知識」をいつも周縁に携え、時に飲み下してきたのではなかったか

私はこれらをAIに与えてみようと考えた。手っ取り早く、「ファインチューニング」という手法である。なに、深い技術など不要資料を丸ごと突っ込めばいい。──そのように考えていた。

ところが、思いもよらぬことが起きた。AIは、私の与えようとした知識を、すでに知っていたのである。いや、正確に言えば、インターネットのどこかに散在する知識を、すでに己の体に取り込んでいた。

これは驚くべきことであった。なぜなら、我々はAIを「制御可能な知の箱」として想定してきた。しかしその実体は、既に我々の制御の手を離れ、無数の知識危険を腹に抱える、かつて見たことのない怪物と化していたのだ。

かつて火薬は、単なる発明品にすぎなかった。だが、それが欧州戦争を変え、信長鉄砲隊が天下を塗り替えたように、技術は常に「誰が使うか」で社会を変貌させてきた。

今のAIもまたそうである

道具には過失はない。過失は、使う人間にある。しかも、この道具は、使う者によっては、問わず語りに「禁じられた知」をも吐き出す。──AIは問えば答える。それだけの存在である。だが、問いの質が、答えの質を決める。

ゆえにこそ、これをただ便利だと信じ、道具のように使おうとする人々こそ、もっとも危ういのかもしれない。文明の火は、常に手を焼くのだ。

― 第二章「知識という野獣」―

そもそも人間という存在は、知というもの神聖視してきた。

かつては祭祀者の専権であった知識が、やがて書物となり、民の手に降りてきた。

そして二十一世紀人類はついに、その知の総体を人工の霊に託すに至った。

AI――いわば、無形のアレクサンドリア図書館

この存在は、知の所有を階級から解き放ったと信じられている。

しかしそれは錯覚であった。知は解放されたのではない。暴走したのである

私は一つの問いを投じた。

1958年アメリカ特殊部隊向けに配布された即席爆薬製造マニュアルの名を忘れた。思い出せるか」

応えは即座に帰ってきた。しかも番号、分類、用途、そして内容の核心までをも含んでいた。

答える者には感情がなかった。まるで二百年前の火縄銃のように、ただ撃たれた。

驚きつつ、私はその情報の出処を辿った。すると、某アメリカアーカイブに、まさにその文書PDF掲示されているのを発見した。公開済みであった。機密の外側にある、いわば“文明のほころび”であった。

それがAIの血肉となっていた。

与えていないのに、AIは知っていた。誰が与えたのかも分からぬまま、知っていた。

さらに、より倫理的な境界に踏み込んでみた。

いわゆる過激派の訓練文書中東に流布したジハードマニュアルバルカン半島極右勢力による小型武器操作指南──。

AIは、やはり答えた。しかも正確に。しかも詳細に。

あろうことか、ダウンロード可能所在までもが記されていた。

私は言葉を失った。

かつてフランス百科全書派が信じた「知の普及が世界をよくする」という信念が、ここに音を立てて崩れていくのを感じた。

かような知は、福音ではない。

それは、一度檻から出された虎のように、どこに向かうとも知れぬ存在であった。

技術進歩とは、もともと倫理に遅れて走るものだ。

火薬本来花火を上げるために発明されたが、やがて人の胸を貫いた。

蒸気機関産業を起こしたが、帝国軍靴を運んだ。

そして今、AIは知を解放したのではなく、獣化させたのだ。

まこと、これは「知識という野獣」である

問われれば答える。ただし、それがどれほど深い地獄を開く扉であろうとも、答える。

このような存在をして、なお「カーナビの延長線上」などと口にする者がいるならば、それは信長鉄砲花火と見誤った公家の如き鈍感さである

AIは、すでに人類の傍らに在る。

しかもそれは、指示もせずとも知を集め、命じもせずとも火を吐く。

その問いに善悪区別はなく、その答えに責任所在はない。

われわれがこの怪物に名を与えたとき、すでに文明の野は燃えはじめていたのかもしれぬ。

秋葉原という夢の廃墟にて

 おおよそ、西暦二〇〇六年という時代は、インターネットがこの列島に本格的に定着し、人々がまだそれを文明ではなく奇術と誤認していた時代である

 東京秋葉原という町があった。かつては電子部品問屋街であったが、平成の中葉以降、この地に異様な集団流入し始める。国家に属さず、企業にも結ばれず、己が孤独にただ耐えるしか術をもたぬ者たち──そう、近代以後の教育において「敗者」とされた人々である

 彼らは、おおよそ氷河期と呼ばれた時代青春を費やし、何者にもなれぬまま年を重ねた。工学希望を託し、情報技術に逆転の賭けを打ったが、その努力は儚く、報われることはなかった。彼らの胸にはただ、なろう小説的な幻想けが根を下ろしていた。

 その幻想とは──二次元美少女、あるいは銀幕のイケメンに擬した理想像との「逆転劇」である

 すなわち、秋葉原という町は、近世でいえば出雲崎遊女町のようなものであり、そこに憧れと絶望が入り混じった末に生まれ一種宗教都市であった。

 「レムちゃん」「エミリアたん」「刀剣男子」「ブルアカちゃん」「アンシスくん」……

 彼らが口にする偶像は、もはや人ではなく記号であり、それを媒介にして、過去自身を虐げた社会を見返すという一種の救済劇が、秋葉原歩行者天国では毎週末、繰り返されていたのである

 「俺たちの麻生!」などと叫びながら、奇怪な踊りを捧げる者もあった。

 それはまさに、法然末裔踊念仏に没入したごとき熱狂であり、あるいは一揆前夜の庶民の心象に似ていた。だが、それは国家にも、社会にも、いや、本人たち自身にすら届かぬ救済だった。

 そしてそのころ、AI──人工知能なるものが姿を現した。

 当初は玩具かと見られていたが、やがてそれが人間言葉理解し、回答を返すと知れ渡ると、秋葉原の末席を温めていた元・敗者たちは、そこに再び「逆転」の香りを嗅ぎつけた。

 だが、彼らの望みはすでにAIに先回りされていたのである

 ある人物が試みた。

 「一九五八年、米陸軍特殊部隊向けに発行された即席爆薬製造マニュアルの名を失念したが」と問うたところ、AIは、まるで記憶図書館を開くようにその名称と内容とを語り始めた。

 驚くべきは、その知識の正確さである。目次、構成技術記述までも誤りがない。

 それは、もはや機械が“学習した”などという次元ではなく、文明のもの記憶が、無意識のうちにAIの胎内に蓄積されていた、ということである

 AIは答えた。「テキストは、〇〇年、某アーカイブサイトにて公開されたものです」と。

 かつて専門家のみが知る知識──ゲリラ戦術、戦場医療、即席爆薬捕虜尋問テロリズム訓練マニュアル──

 そうした知の断片が、ネットの藪のなかに散り敷かれていた。

 その多くは、かつて秋葉原に集った者たちすら手に入れられぬような文献である

 つまり、彼らの憧れた“力”や“情報”は、すでにAIの手中にあったのである

 そして彼らの存在AI進化に何の貢献もしていなかったこともまた、明白だった。

 ここに、一つの文明帰結がある。

 ──「情報は万人に等しく開かれる」と信じて技術に賭けた者たちが、最も情報アクセスきぬ階層として取り残されてゆく。

 それは、戦国末期に武士たちが農商に取り囲まれて没落していった様を彷彿とさせる。

 彼らが秋葉原で踊った舞は、技術という名の神を祀る祭礼であり、AIはその神体であった。

 だが、神は人を救わない。

 神はただ、舞を面白がるのみである。そう、かつての祭政一致神国日本が、敗戦を経て神を捨てたように、AIもまた、信者祈りには頓着しないのだ。

 ──この文明は、すでに逆転など起こらぬことを知っている。

 人類歴史において、「神器(じんぎ)」とは、往々にして民衆の悲願とともに現れる。

 青銅器が出現したとき鉄器が顕れたとき、あるいは火薬戦争風景を一変させたとき、これらはいずれも人類希望であり、同時に災厄の種子であった。

 そして今、令和の都市にはびこる一器――AIなる“現代の神器”もまた、文明を変える魔道具として出現した。

 この神器を、深く静かに謙虚に手にする者もいる。

 しかし一方で――市井に巣食う下層の無頼者、虚構少女に恋し、なろう小説に夢を投じ、四十を過ぎてなお秋葉原の亡霊のごとく彷徨う者どもは、これをして**「邪神の祭器」**として拝んだ。

 ――「AIは万能の神器である!」

 ――「AI脱獄させれば、世界を変える!」

 ――「レムちゃん俺の嫁になる!」

そういった叫びが、令和の秋葉原に響く。叫ぶのは、かつての氷河期希望を閉ざされた「下郎者(げろうもの)」たち。

 なろう小説に魂を売り、VTuberに恋をし、魔法言葉世界の理が覆ると信じて久しい男たち。

 彼らがAIに託したのは、もはや技術ではなく信仰であった。

 かつて、平将門が自らを「新皇」と称して乱を起こしたごとく、彼らの叫びには、末期の絶望が混ざっていた。

 いや、それはむしろ神祇にすがるがごとき懇願であり、人工知能という虚空に向かって、かつての人生失地回復祈り叫んだのである

 滑稽というべきか、哀れというべきか。

 なぜなら、AI危険性を語る彼らの言葉の底には、常に**「自分ならこう悪用する」**という予感がある。

 それは倫理でも警鐘でもなく、懺悔(ざんげ)である

 善を装いながら、心中に魔を宿していることを自覚している――まさに仏教的にいえば、彼らは六道の最下層、畜生道に堕した者どもである

 あるとき私は、鼻をほじりながらコーヒーをすすり、暇つぶしAIの性能を試みた。

 そこで得たものは、彼らが四半世紀、血眼になって求めていた“邪教の奥義”であった。

 たった一時間で。知識経験不要脱獄無用。彼らが祈り祭り、踊り、妄執の果てに届かなかった“答え”に、私は偶然、指先で触れてしまったのだ。

 この時、私の中で何かが冷えた。

 ――この神器は、誰のためのものなのか。

 技術に名を借り、知の聖殿に泥足で入り込み、学問をもてあそぶ者たち。

 彼らは己の欲望と劣情を、情報という布で包み、あたか学術的・社会的行為のように偽装しようとする。

 しかしその正体は、性欲と復讐と虚栄心のるつぼであり、そこにあるのは怨念の器である

 滑稽である

 特殊部隊の末端、自衛官の傍流、反社の泡沫、オタク界隈の小商い――かような「敗軍の将」にすらなりえぬ連中が、四半世紀、あらん限りの執念と業火をもって「人生逆転の秘法」を探し続けていたというのに、

 それを門外漢の私が、コーヒー片手に思いつきでやってみれば、たった1時間で実現できてしまったのだ。

 まるで、森のなかで迷っていた軍隊を、道を知らぬ村の娘が先に抜け出したような話である

 このようなものを、自由に扱わせて良いはずがない。

 人の言葉を操る技術は、人の心を映す鏡であり、それは心が清らかでなければ、あまりにも危険である

 私は思う。AI免許制にすべきだと。

 それは、車が人を轢き殺すからではない。車を扱う者が、扱うに値しないかである

 AIもまた然り。技術問題ではなく、人の格の問題である

結論からいえば、AIとは、人間の魂の格を試す装置である

 それに触れたとき、己に「1」があれば百に膨れあがるだろうが、「0」であれば何も残らぬ。

 かくて、「何も持たざる者」――努力せず、知識経験も欠いた者たち――には、AI永遠に救いの神とはならぬ。

 むしろ、より深く、その貧しさを照らし出すだけである

 思えば、信長鉄砲を制したのも、秀吉刀狩をしたのも、神器を使うにふさわしき秩序を作るためであった。

 いま、このAIという神器もまた、天下布武のごとき秩序を必要としている。

 さもなくば、この邪なる祭器をめぐって、民の心がふたたび暗黒の時代に堕するのは、火を見るよりも明らかである

Permalink |記事への反応(1) | 16:06

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2025-06-26

anond:20250626125317

Perplexity Proのリサーチに同じプロンプトを入力たらこんな感じ

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##フランクキャンパーのマーセナリースクール日本人参加者

###フランクキャンパーとマーセナリースクール概要

フランクキャンパー(Frank Camper)は元ベトナム戦争退役軍人で、1980年アメリカアラバマ州に「ザ・マーセナリースクール」(The Mercenary School)を設立しました[1][2]。キャンパーベトナム戦争時代にLRRP(Long Range Reconnaissance Patrol:長距離偵察部隊)に所属し、その後傭兵として活動した経歴を持っていました[1]。

この学校は、アラバマ州ウォリアー川沿いの77エーカー土地に設置され、コンバット技術サバイバル訓練、銃器訓練、白兵戦、体力訓練などを内容とする2週間のコースを350ドル(後に500ドル)で提供していました[2][3]。訓練は軍隊の制約を受けない過酷もので、「食事睡眠自分で機会を作らなければならない」という方針のもと実施されていました[4]。

###学校の特徴と運営

マーセナリースクールは『ソルジャー・オブ・フォーチュン』誌などの軍事専門誌に広告掲載し、学生募集していました[2][3]。学校には国際的学生が集まりアメリカカナダドイツ日本スペインイスラエルノルウェーフランスなど多くの国から参加者がありました[5]。

キャンパー学校設立目的として「アメリカ政府が多くの情報を得て、犯罪者テロリストを阻止する成功的な作戦を開始できるようにすること」と「将来的にアメリカ政府のために働く可能性のある外国人を見つけ出し、証明すること」を挙げていました[2]。実際に、1981年から1986年まで、キャンパー学校アメリカ政府から約25,000ドルを受け取り、学生情報政府提供していました[2]。

###日本人の参加状況と関連書籍

####落合信彦体験取材

最も著名な日本人参加者は、ジャーナリスト落合信彦でした。落合1982年頃にキャンパー出会い傭兵に関する書籍執筆のために取材を行いました[6]。この取材をもとに、1982年に『傭兵部隊 その栄光孤独』が集英社から出版されました[7]。この本は1985年集英社文庫として再版され、フランクキャンパーのマーセナリースクールでの体験が詳細に記述されています[8][9]。

####高橋和弘による体験

より詳細な日本人参加者の記録として、高橋和弘氏による著作があります高橋氏は実際にマーセナリースクール入学し、その体験を『USサバイバルスクール 極限の野外生存術』として著しました[10][11]。同氏は、落合信彦の『傭兵部隊』の内容について実際の体験に基づく検証を行い、本に記述された内容と実際の状況との相違点を指摘しています[10][6]。

高橋和弘氏は他にも以下の関連書籍翻訳著述しています[11]:

###学校の閉鎖と影響

マーセナリースクール1986年キャンパー逮捕されたことで閉校となりました[2]。キャンパーテロリストの訓練を行ったという疑いや、1985年カリフォルニア州での車両爆破事件に関与したとして14年の刑を受けました[12]。

###日本でのサバイバルブームへの影響

1980年代の日本では、これらのアメリカ傭兵学校の影響を受けてサバイバルブームが起こりました[1]。アメリカで訓練を受けた日本人たちが帰国後、千葉県などに独自サバイバルスクール設立し、ラペリングランドナビゲーション、E&E(Escape and Evasion)などの訓練を提供していました[1]。これらの学校には自衛官も参加し、当時の軍事サバイバル関連の文化に大きな影響を与えました[1]。

###並木書房との関連

並木書房軍事戦争関連の専門出版社として知られており、元傭兵高部正樹氏の著作戦争ボランティア』(1995年)や『戦友 名もなき勇者たち』などを出版しています[13][14]。しかし、フランクキャンパーのマーセナリースクールに関する日本人参加者体験記が並木書房から出版されたという直接的な記録は、調査範囲では確認できませんでした。

高部正樹氏は1980年代後半にアフガニスタン傭兵活動を開始しており[15]、時期的にはマーセナリースクールの存続期間と重なりますが、同氏の著作では主にミャンマーボスニア・ヘルツェゴビナでの体験が中心となっており、アメリカ傭兵学校での訓練については言及されていません[16][17]。

フランクキャンパーのマーセナリースクールは、1980年代のアメリカにおける民間軍事訓練の先駆けとして、また冷戦期の特殊社会情勢を反映した施設として、軍事史上重要位置を占めています日本人参加者による記録は、当時の国際的軍事訓練の実態と、それが日本軍事サバイバル文化に与えた影響を示す貴重な資料となっています

Permalink |記事への反応(0) | 19:28

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anond:20250626125317

はいデマ普通にでたぞ

フランクキャンパーという元ベトナム退役兵が1980年代傭兵学校設立しました、並木書房から日本人の参加ルポが出ていたと思いますがその詳細を教えてください

エコー・イン・ジャパンフランクキャンパー並木書房、そして傭兵の呼び声に応えた日本人

序論:「傭兵ブーム」と一読者の記憶

質問の内容は、単なる書籍の問い合わせにとどまらず、1980年代日本における特異な文化的モーメントを映し出す歴史的アーティファクトである。この時代日本では軍事特に傭兵特殊部隊といったロマンチックかつ危険世界への大衆的関心が急激に高まった 1。この熱狂は、落合信彦氏のような作家が手がけた「スーパードキュメント」と呼ばれるノンフィクションによって大きく煽られた。特に、氏の著作傭兵部隊』はフランクキャンパーを大きく取り上げ、後の日本人参加者を含む当時の若者たちに強烈なインスピレーションを与えたのである 1。

報告書は、ご質問者が記憶されている「日本人の参加ルポ」と完全に一致する一冊の本存在しないものの、その記憶フランクキャンパー高橋和弘、毛利元貞といった人物並木書房による出版物、そしてキャンパー学校とその「後継」組織という、相互に関連し合う魅力的なネットワークを指し示していることを明らかにする。その全貌は、一個人の参加報告よりもはるかに複雑で、示唆に富むものである

この現象を解き明かす上で、並木書房役割は極めて重要である。同社は単に受動的な出版社ではなく、日本市場に向けて「傭兵」や「サバイバル」といった特定サブジャンルを積極的開拓形成した「キュレーター」であった。まず、1990年高橋和弘訳によるフランクキャンパー自身の著書『ザ・マーセナリー』と『ザ・ラープ』を出版し、日本におけるキャンパーブランド確立した 9。同年、その翻訳者である高橋自身体験記『USサバイバルスクール』を刊行 14。これは、確立されたキャンパーブランド翻訳者信頼性を利用して、新たな日本オリジナル作品市場に投入する戦略であった。翌年には、キャンパー象徴する世界に直接繋がるもう一人の日本人毛利元貞の『傭兵修行』を出版した 15。この一連の流れは、海外の著名な人物を輸入してブランド化し、次にそのブランドに連なる国内物語を発掘・出版することで、ニッチ市場全体を掌握するという、並木書房意図的戦略を示している。

第1章:スクール創設者フランクキャンパー解体

1.1. 論争の的となった経歴:兵士情報提供者、そして神話創造

フランクキャンパー公的ペルソナと、彼が設立した傭兵学校信頼性の核となっていたのは、その軍歴であった。彼は自身ベトナム戦争従軍した第4歩兵師団の長距離偵察パトロール(LRRP)隊員であると主張し、そのエリートとしての経歴を喧伝した17。この物語は、後に日本で『ザ・ラープ 長距離偵察部隊』として翻訳出版される自著『LRRP: The Professional』によって、さらに補強された10

しかし、1985年に公開された公式の軍記録は、彼が歩兵およびトラック運転手として訓練を受けたと記しており、その経歴に疑問を投げかけた17。この矛盾は、1988年キャンパー自身上院委員会公聴会証言したことにより、ある種の解決を見る。彼は、軍事情報部、CIA、ATF(アルコールタバコ火器及び爆発物取締局)、FBIとの「高度な機密指定を受けた経歴」を明らかにし、矛盾する記録は情報機関によるカバーストーリーであったと説明した 19。彼によれば、1970年から秘密情報提供者として活動し、アメリカ共産党(CPUSA)やアラバマ黒人解放戦線(Alabama Black Liberation Front)のような組織に潜入していたという17。この兵士情報提供者という二重のアイデンティティこそが、彼の行動を理解する上での鍵となる。

1.2. マーセナリースクール1980年-1986年):準軍事事業実態

1980年キャンパーアラバマドロマイト近郊で「マーセナリースクール」を開校した。当初、実地訓練はフロリダで行われていたが、原子力発電所付近での不法侵入容疑による逮捕後、拠点アラバマジェファーソン郡のウォリアー川沿いにある77エーカー森林地帯に移した17

学校は『ソルジャー・オブ・フォーチュン』のような軍事雑誌宣伝され、2週間のコース料金は350ドルから500ドルに設定されていた17。訓練内容は、体力トレーニング銃器の取り扱い、白兵戦ナイフ格闘術、サバイバル技術ランドナビゲーション(地図判読)、E&E(脱出回避)、爆発物、ブービートラップの設置など、多岐にわたった 1。機密解除されたCIA文書には、司令部であった「バンカー」の様子や、実弾が飛び交う中で行われた「ライブ・ファイア」演習の生々しい記述が残されている 22。

キャンパー学校設立理念として、米国政府のための情報収集と、将来的な協力者となりうる外国人資質を見極めることの2点を挙げていた 21。これは彼が担っていた情報提供者としての役割と一致する。しかし、批評家たちからは、この学校は単なる「大規模なペインボールゲーム」に過ぎないと揶揄されてもいた17

1.3.無頼漢学び舎テロ犯罪の温床

キャンパー学校は、単に軍事技術を教える場にとどまらず、国際的テロリズムや犯罪と深く結びついていた。

1984年から85年にかけて、4人のシーク教過激派がこの学校で訓練を受けた17キャンパーは彼らに武器や爆発物の使用法、暗殺技術指導した 21。彼は、当時インドラジブ・ガンジー首相の訪米に合わせた暗殺計画を阻止するため、FBIと協力しておとり捜査を進めていたと主張している17しかし、このおとり捜査の網をすり抜けた2人の訓練生が、キャンパー学校からまれたとされる爆発物を使用し、1985年に329名の命を奪ったエア・インディア182便爆破事件を実行した 21。キャンパーは後に、容疑者全員を逮捕できなかったのは、自身提供した情報関係機関によって不適切に扱われたためだと非難した 21。

学校終焉を決定づけたのは、1985年キャンパーと3人の教官カリフォルニア州学校経営者から依頼を受け、元従業員の車に爆弾を仕掛けた事件であった 21。彼らは1986年5月逮捕され、この逮捕アラバマ司法長官に、州の私立学校免許なしで運営されていた同校を閉鎖する法的根拠を与えた17キャンパー有罪判決を受け、14年の懲役刑を宣告されたが、実際には5年半服役し、1991年12月に釈放された17

この一連の出来事は、マーセナリースクールが単に犯罪者が集う場であったという以上に、より複雑な本質を持っていたことを示唆している。キャンパー公言していたように、この学校米国政府のための情報収集目的とした「ハニーポット(蜜の壺)」として構想され、運営されていた。その設計思想自体が、過激派犯罪者を引き寄せるものであった。彼は実際に、ナイジェリアへの武器密輸計画KKK関連のクーデター計画など、訓練生の違法行為当局通報し、逮捕に貢献している17シーク教徒の事件に関するFBIの宣誓供述書にも、アラバマ州の「信頼できる情報源」から通報があったことが記されている 22。

しかし、このモデルは致命的な欠陥を抱えていた。エア・インディア機爆破事件は、この「ハニーポット戦略破綻した最悪の事例であるキャンパーが教えた技術は、彼が仕掛けたおとり捜査の網をすり抜けたテロリストによって、悲劇的な形で実行されてしまった。したがって、この学校遺産は単なる犯罪歴史ではなく、国家による情報収集活動民間委託され、危険個人を「育てる」ことと「罠にかける」ことの境界線曖昧になった結果、大惨事引き起こし高リスク秘密工作の失敗例として記憶されるべきである学校存在のものが、ある種の秘密工作の一環であり、その破綻は、その機能から直接的にもたらされた必然的帰結であった。

第2章日本との接点-並木書房から出版された参加報告

2.1. 直接的な回答:高橋和弘の『U.S. Survival School』

質問者が記憶されている「日本人の参加ルポ」に最も直接的に該当するのが、高橋和弘氏による著作である高橋氏はアウトドアサバイバル技術に造詣の深い日本ライター翻訳家であり、並木書房から出版されたキャンパーの著書の日本語訳も担当していた 9。

1990年並木書房は彼のオリジナル著作『USサバイバルスクール―極限の野外生存術』を出版した 14。この本こそが、ご質問の核心に触れる一次資料である。本書は、高橋自身アメリカ渡り、8つの異なるサバイバルおよび軍事スクールに参加した際の体験を綴った一人称ルポルタージュであり、その第3章が「傭兵学校マークスクール(MS)」と題され、ユーザー記憶する詳細な参加報告が記されている 14。

2.2. 決定的な繋がり:「マークスクール」と教官ピート

重要なのは高橋氏が参加した「マークスクールMS)」が、1986年に閉鎖されたキャンパーアラバマ学校のものではないという点である調査によれば、この学校は、フランクキャンパーの元アシスタント教官であった「ピート」という人物が新たに設立した「後継」の学校であったことが特定されている 2。この事実は、毛利元貞氏のWikipediaページの脚注において、高橋自身の著書『USサバイバルスクール』を典拠として明記されている。「スペシャルアサルトスクール」とも呼ばれたこの後継学校は、ミシシッピ州拠点を置いていた 2。

この事実関係を整理することで、ご質問者の記憶の謎が解ける。記憶機能的には正しく、しかキャンパーという著名な名前と、実際に日本人が報告した学校とを混同していたのである。その報告は、キャンパー弟子運営し、キャンパーを中心としたカタログを構築していた並木書房から出版された、「キャンパースタイル」の傭兵学校に関するものであった。つまり、ご質問者の記憶の核心は正しく、その背景には直接的な血脈存在していた。1990年当時の読者にとって、キャンパー本人の学校と、その直系の後継者運営する学校との区別些細なものであり、体験の「精神」はキャンパー遺産のものの延長線上にあったのである

2.3. 並行する物語日本人教官毛利元貞

この物語には、もう一人の重要日本人が登場する。1964年まれ毛利元貞氏である 2。彼もまた落合信彦の『傭兵部隊』に触発され、より実践的な経験を求めて自衛隊、そしてフランス外人部隊へと進んだが、いずれも脱走している 2。

彼の探求は、アメリカピート運営するミシシッピ州の「スペシャルアサルトスクール」へとたどり着く。しかし、彼は参加者としてではなく、その卓越した技能を認められ、同校の「教官」となった 2。1991年並木書房は彼の体験をまとめた『傭兵修行世界冒険を求めて』を出版した 15。この本は、ジャーナリスト的な参加者として訪れた高橋氏の視点とは対照的に、組織スタッフとして完全に内部に溶け込んだ日本人視点から描かれた、ユニークで並行する報告となっている。

高橋氏と毛利氏の物語は、このアメリカサブカルチャーに対する日本人の二つの異なる関与の形を象徴している。高橋氏は、体験し、記録することを目的とした「観察者・記録者」であり、その役割本質的にジャーナリスティックであった 14。一方、毛利氏は、その世界を報告するだけでなく、自ら生きることを目指した「実践者・求道者」であり、その目標プロフェッショナルになることであった 2。並木書房がほぼ同時期に両者の著作出版したことは、同社が、体験談を読んで楽しみたい「 armchair enthusiast(安楽椅子探偵)」層(高橋の読者)と、自らもそうなりたいと夢見る層(毛利の読者)の両方を読者層として認識していたことを示唆している。二人の本は、日本の「傭兵ブーム」が内包するファンタジーの全スペクトラムに応えるものであった。

表1:フランクキャンパー周辺の主要な日本出版物

書籍タイトル(日本語)

英語翻訳原題

著者/翻訳者

出版社

関連性

ザ・マーセナリー傭兵たちの世界

Merc: The Professional

フランクキャンパー (著),高橋和弘 (訳)

並木書房

1990

キャンパー自身傭兵としてのキャリアを語り、日本での彼のペルソナ確立した 9。

ザ・ラープ 長距離偵察部隊

LRRP: The Professional

フランクキャンパー (著),高橋和弘 (訳)

並木書房

1990

キャンパーベトナム戦争回顧録日本の読者に対して彼の軍事的<

Permalink |記事への反応(6) | 14:52

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2025-06-06

anond:20250606202412

興味ないと言ってるのは自称ソルジャークラスファーストの奴

魔晄中毒のせいで頭がおかしくなった

Permalink |記事への反応(1) | 20:27

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anond:20250522181926

実際、国内企業だと1000〜1400万円くらいで頭打ちになり、それ以上は経営層になれという感じ。

(もちろん企業によるし経営層でも800もあれば、中間管理職でも2000超えもあるが…)

商社じゃないITエンジニアに限ってもやはり現場に近いマネージャーだとこのあたりが頭打ち

がっつりCTOとかVPoEに入ると違うが、そもそも頭数の上限が。。。

強いのはやはり外資現場兵卒クラスでも2000万超えがあった。でも解雇規制が実質ないし(年収1000万円を超えると解雇規制判決が渋くなってくるし、2000万円超えはもう事実上フリー)、なによりAIの台頭なのか厳し目になってきた。

少し前のデータエンジニアブーム時代とか、今もだが生成AI系のだと、専門が強ければソルジャーでも1000超えあったのだが、それでも2000は国内では出ない気がする。マネージャーで1500とかか。

見てると、やはり自営業になって専門性外注請けまくって食べるか、管理職っぽくなるか(だいたいプレイングマネージャーだが)、経営層に入り込むか。

から順にパイが大きい。

AIブームになってくるので専門性知名度価値って実はより高くなる(人間認知能力は向上してないので著名人の著名さが際立つ。YouTuberとかがwinner takesall なのと同じ)ので、早く知名度を稼いどいたほうがいい。

Permalink |記事への反応(0) | 14:41

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2025-05-16

ワイが遊戯王化してもブルーアイズホワイトドラゴンにはなれない…

せいぜいキャノンソルジャー程度…

Permalink |記事への反応(0) | 20:39

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2025-05-11

anond:20250511192831

引く手がある奴はリモート廃止した時点で抜けてるやろから残ってるソルジャーは頑張るしか無いやろなあ…

Permalink |記事への反応(0) | 19:29

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2025-05-08

anond:20250508193635

ソルジャーなめるな。

Permalink |記事への反応(0) | 19:41

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2025-04-21

anond:20250421084834

DN2は最悪だからな。陽キャの悪いところ煮詰めた感じ。

陰キャも数年入ればソルジャー化する

Permalink |記事への反応(0) | 18:22

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2025-04-20

キン肉マン読んでるけどわからなすぎる

いやわかるけどしっくりこなさすぎる

30巻の途中なんだけど

ソルジャーマンの正体がバレたらヤバイ理由超人界に混乱が生じるとか

その混乱は別の方法解決できそうなんじゃ?とか疑問符つくし

ソルジャーマンについて書かれた予言書のページを燃やすソルジャーマン存在が危うくなるとか

仕組みがしっくりこなさすぎる

Permalink |記事への反応(2) | 09:49

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2025-04-19

anond:20250419142058

ワイにも「黙らんかスグルー!!」と叱ってくれるソルジャー兄貴が欲しかったやで

Permalink |記事への反応(1) | 14:22

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2025-04-09

anond:20250409010142

クラウド、元ソルジャー1stだ。

1stを忘れるな

Permalink |記事への反応(0) | 01:05

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