
はてなキーワード:スレイヤーズとは
未だにこういうタグが大手を振るうのを見るに、女は今でも自分のために意見を言う事を許されず
子供や夫に仮託しないと発言できないんだと暗澹たる気分になるな
フェミニストの女性スペース保護運動も、中高年女性が自分自身の権利を主張する事はよしとされず、
「私はおばさんだからいいけど若い女性は~」「大人はいいけど女児は恥ずかしいから~」と、常に若い女性・女児のために発言する事が求められる。
いや、1990年代には一時期、そういうのが許されるような空気があったんだけどね
スレイヤーズの主人公リナとか、女が自分の意思で自分のために生きる事をポジティブに描いて肯定的に受け入れられていたし。
ところが今世紀に入って2、3年でバックフラッシュが進み、今じゃすっかり揺り戻しが完了したって感じ。
まあ、母性的と喩えられるような「他人のため」であっても、ナイチンゲールやマザー・テレサ的な博愛思想ならば問題ないと思うんだけど
「ママ」だとあくまで自分の身内可愛さから出てくる主張だからなあ。
スレイヤーズコラボ開催記念「ドラグ・スレイブ詠唱キャンペーン」も開催される。参加方法は『千年戦争アイギス』公式X「@Aigis1000」をフォローし、該当のポスト下の「ボタン」を押して、「#アイギススレイヤーズコラボ開催」を付けて、ドラグ・スレイブの詠唱呪文を投稿となっている。
https://leveluplogy.jp/archives/31329
『千年戦争アイギス』にはR版があるが、「スレイヤーズ」のコラボキャラの活躍・ストーリーは、一般版である『千年戦争アイギス』『千年戦争アイギスA』にて楽しめる。しかしながら、『千年戦争アイギスR』では、コラボ期間中に「スレイヤーズ」コラボと対となるオリジナルキャラクターと、ストーリーが楽しめるという。
また、コラボ期間中の各種報酬、召喚、パックも『千年戦争アイギス』『千年戦争アイギスA』と『千年戦争アイギスR』は連動するため、どのプラットフォームで遊んでいるユーザーでも楽しめる内容になっている。
たとえば、『千年戦争アイギス』『千年戦争アイギスA』にてコラボキャラクターの【プラチナ】「天才美少女魔道リナ」を入手すると、『千年戦争アイギスR』に切り替わると【プラチナ】「天才美少女魔道リナ」に相当するオリジナルキャラクターに切り替わり使用できる。
コラボ期間中の緊急ミッション「スレイヤーズあいぎす」では、ミッションを攻略することで、【ブラック】「魔剣士ゼルガディス」が仲間になるとしている。開催期間は2月5日(木)のメンテナンス後から2月19日(木)のメンテナンス前まで。
また、コラボ期間中は『千年戦争アイギス』『千年戦争アイギスA』にて毎日【プラチナ】「天才美少女魔道リナ」がログインボーナスで覚醒状態でプレゼントされる。期間は2月5日(木)メンテナンス後から2月20日(金)3:59まで。
また、コラボ期間中はコラボ召喚も開催され、【ブラック】「製ルーン第二王女アメリア」、【ブラック】「光の剣の使い手ガウリイ」、【ブラック】「天才美少女魔道リナ」が登場する。
スレ主の観察によると、2000年代は男女カプが「空気」的存在だったのに対し、2010年代にはたまに人気カプが出現し、2020年代には男女カプ同士で争うほど人気が上昇しています。ただし複数の参加者が指摘するように、2000年代にもアスカガ(ガンダムSEED)、ロイアイ(ハガレン)、沖神(銀魂)など人気カプは存在していました。
男女カプはBLに比べてオフライン同人誌を出す人が少なく、オンライン専門の活動が多い傾向があります。理由として家族バレを避けたいなどが挙げられています。参加者の一人は「BLに好意的な女性は全体の2割程度」というアンケート結果を紹介し、同人活動の場ではBLが目立つものの、女性全体ではマイノリティであることを指摘しています。
90年代末から様々な作品で男女カプの二次創作が存在していたことが語られています。るろ剣の剣薫、ゲーム系ではFE聖戦、FF4、スレイヤーズ、ぷよぷよなど。特にゲーム系はシステム的にカップリングが組みやすかったり、原作の描写があっさりで二次創作の余地があったことが人気の要因とされています。
薬屋、フリーレン、SPY×FAMILYなどメジャー作品で男女カプが盛り上がるようになったことが大きな変化として挙げられています。公式カプはジャンルの最盛期後も残りやすい傾向があるようです。
全体として、男女カプは昔から一定の需要があったものの、SNSの普及により可視化され、ライト層の参入で裾野が広がったという結論に至っています。
若い頃、銀英伝を片手に「民主主義とは何ぞや」なんて語ってた俺も、今じゃ“手放しで銀英伝を絶賛!”なんてとてもじゃないが恥ずかしくてできないオッサンになってしまった。いや、誤解するなよ。未だに大好きだ。眠れない夜にラインハルトの金髪やヤンのコーヒーを思い出しては、むせび泣きたくなることも、ある。しかし大人になればなるほど「こんなにすごい作品なんだよ!!」と部外者に熱弁するのが妙に照れ臭い。まるで昔の彼女の話を同窓会で嬉々として語るような、あの居心地の悪さときたら。
ロードス島戦記もそう。小学生の頃はあの“エルフ!”“魔法!”で本気で異世界転生した気になってたくせに、今は「ハイ・ファンタジーとして素晴らしい!」なんて真顔で言う気にはなれない。いや、言ってもいいけど、隣の35歳会社員にウインクされそうでムズムズするのだ。スレイヤーズ、十二国記、アルスラーン…(このへん全部世代バレ)。当時は「自分の人生観を変えた神作!」と思い込んでた。でも大人になった今、旧友が本気モードで語り始めるのを見ると、なぜか心臓がムズ痒くなる。これ、分かるやつは分かるはずだ。
多分、ブギーポップは笑わない、とか、マリみて、灼眼のシャナとかも同罪だよ。当時は「俺だけの金字塔!」と信じ切ってて、少なくとも3回は全巻再読した。でも今になっても「やっぱ最高!」と連呼するのは、どうしても“青春の遺産”棚に仕舞っちゃう。この感じ、青春小説は卒業して大人になったら“ちょっと一度距離を置く”のが暗黙ルールになってる気がする。そのまま本気で“文学作品”扱いしすぎると、「民主主義の本質を学んだのは銀英伝!」なんて言い出す厨二オヤジになりそうで、やっぱ居たたまれなくなる。
結局、「銀英伝を全力で推すのはちょっと恥ずい」みたいに、自分なりの“古典的こっぱずかし名作”って誰にでもある。その象徴が俺にはロードスだったり、時代によってはスレイヤーズだったり。それを本気で讃えるとき、そこには青春の痛みと甘酸っぱさが混じる。
ところがどっこい、「指輪物語」だけは違う。あれも本来なら若者特有の妄想爆発ファンタジーで片付けられてもおかしくなかったのに、全くそんな扱いにならなかった。なぜなら、トールキンが一人で神話と歴史と人工言語まで自作し、物語を“リアルな伝承”に昇華させてしまったせいだ。本当、無駄な労力の天才。あの“どう考えても読み手を選ぶ重厚さ”で、読者の成長や再読に耐えるし、大人になってからも新しい角度でいくらでも味わい直せてしまう。ここが銀英伝と決定的に違う。
銀英伝は“時代の熱狂”を体現した記号的面白さがあり、キャラクター大河ドラマとして世代ごとにバズる。でも根本は「エンターテインメント」に収束しやすい。片や指輪物語は読者に「現実そのもの」くらい重い世界観を突きつけて、それが時代や歳を取ることさえ包み込むレベル。「若気の至りじゃない」から、いつまでも堂々と褒められる。“文学に昇格できた稀有なエンタメ”ここに極まれりだ。
まとめると、銀英伝は俺たちの青春だけど、大人になると正面から全力で褒めるには「ちょっと気恥ずかしい古典」。指輪物語は、青春にとどまらず歴史や文化みたいに語り継がれていく化け物作品。その違いを感じる時、自分もひとつ「卒業」してしまったんだなと、ちょっとだけ切なくなるのだった。
作画のベクトルというのは時代に影響されるものでしかないと思ってて、ガンダムも見てはいないけど鉄血とか水星とかのへんのキャラデザは普通に今風のだと思う。同人イラスト知識でしかないけど。
作風は別に萌えオタクとは言ったが萌えアニメしか見ないわけじゃないし、ロボットものならアルドノア・ゼロとか、リアル系ならOBSOLETEとか好きだし。
青春部活ものならラブライブ、バディものならタイバニも好きだからサンライズとの相性も悪いわけじゃないだろう。
昭和の大手IPを作り上げた人間が作ってる昭和遺伝子系(と俺が勝手に分類してる)ものの中でも、ガッチャマンクラウズとかSSSSシリーズとかの作品性はかなり刺さった。
でもエヴァは最初の数話でなんか引き込まれなくて離脱したし、ガンダムもエヴァも30年オタクとしてネットの海彷徨ってると名言もあらかた知ってるし、どういう作品なのかも目に入ってくる言説だけでだいたい輪郭は想像できて、わざわざ触れる気がしなくなる。
昭和遺伝子系で触って良かったなというアニメは、漫画原作だけどジョジョくらいだろうか。まあそれも、ネットで語ってる人らの記憶力には全然かなわなくて「そんなキャラいたなぁ…いたっけ?」「そこ面白がるんだ」みたいなことばかりだが。
まあだから、俺が昭和臭くて敬遠したくなるなぁというセンサーが働く部分は絵柄じゃなくて、にじみ出てくるアクのような成分に対してなんだろう。
美術館なんて5年以上行っていなかったのだけど、美術館に足を運んだ。
とあるツテによって、一般公開に先立つ内覧会に招待されたためだ。
東京国立博物館でやっている、『蔦屋重三郎コンテンツビジネスの風雲児』という特別展。
久々の美術鑑賞だったが、なかなかよかった。
うまい例えができないが、90年代アニメの特集でセイバーマリオネットやスレイヤーズの存在を意図的に隠して、エヴァを前面に推すような感じである。
今の子供にもウケる絵柄だけを紹介してるような、それはそれで正解なのだけど、それはどうか、という思いがよぎる。
浮世絵というのは、ハンドメイドのカラー印刷なので、出来に良し悪しがある。
もちろん、出来がいいものを飾ってもらいたい一方で、出来が悪いものからも、いろいろと思うところはある。
教科書に載っているような有名作品に印刷ズレがあると、「印刷が間に合わないほど飛ぶように売れたんだな」と思ったりする。
「版元に大事にされていたんだな。プレミアム戦略で粗製乱造はしなかったんだな」
贅沢な悩みだが、一級の作品の、出来がいいものだけを集めて展示されていて、それが残念な感じがあった。
元来、浮世絵というのは、手に持って鑑賞するものだったので、多くの場合、壁に飾られることは想定していない。
運転席からみて見やすい道路標示が、真上から見たら細長くみえるように、壁にかけると普通は不自然さが際立つ。
額縁やマットの選び方も上手で、壁や床のいろとも調和して、照明のセッティングも含めて、この場所に、そうやって飾られるために作品が存在しているかのように見えた。
それは、すごい技術ではあるが、壁に掛けたら不自然にみえるはずの絵を、展示のテクニックで美しく見せてしまっていて、どうかなと思う。勝手に足し算しちゃってるようなもんだし。
もちろん、展示は研究者のためのものではないので、現代に生きる我々に理解しやすい絵を中心にみせることは大事だし、せっかく展示するなら美しく展示すべきというのもわかる。
手に持って鑑賞する前提で作られた作品を額縁にいれて壁にかけガラス越しに鑑賞する意味はなんだろうか?
作品というか、当時の感覚ではアートではなく商業印刷であり、描かれているのだって芝居の役者や女郎であって、風俗情報誌の表紙みたいなものなわけで。
それをわざわざ吉原をイメージした空間を作って展示となると、教養や文化というより、それを楽しむ娯楽だ。
おしゃれ空間を楽しむ娯楽という側面のほうが強い気がする。
Permalink |記事への反応(22) | 14:44
各年代ごとに代表的なヒロイン役を演じた声優をChatGPTに挙げてもらった
•杉山佳寿子(『アルプスの少女ハイジ』ハイジ、『あらいぐまラスカル』アリス)
•潘恵子(『キャンディ・キャンディ』キャンディ、『銀河鉄道999』メーテル〈少女時代〉)
•島本須美(『風の谷のナウシカ』ナウシカ、『めぞん一刻』音無響子)
•鶴ひろみ(『ペリーヌ物語』ペリーヌ、『ドラゴンボール』ブルマ)
•林原めぐみ(『新世紀エヴァンゲリオン』綾波レイ、『スレイヤーズ』リナ=インバース)
•三石琴乃(『美少女戦士セーラームーン』月野うさぎ、『新世紀エヴァンゲリオン』葛城ミサト)
•宮村優子(『新世紀エヴァンゲリオン』惣流・アスカ・ラングレー、『名探偵コナン』遠山和葉)
•堀江由衣(『ラブひな』成瀬川なる、『とらドラ!』櫛枝実乃梨)
•田村ゆかり(『魔法少女リリカルなのは』高町なのは、『ひぐらしのなく頃に』古手梨花)
•釘宮理恵(『灼眼のシャナ』シャナ、『ゼロの使い魔』ルイズ)
•川澄綾子(『Fate/stay night』セイバー、『のだめカンタービレ』野田恵)
•花澤香菜(『化物語』千石撫子、『Angel Beats!』立華かなで、『ニセコイ』小野寺小咲)
•佐倉綾音(『ご注文はうさぎですか?』ココア、『Charlotte』友利奈緒)
•水瀬いのり(『Re:ゼロから始める異世界生活』レム、『ご注文はうさぎですか?』チノ)
•鬼頭明里(『鬼滅の刃』竈門禰豆子、『私に天使が舞い降りた!』姫坂乃愛)
•楠木ともり(『リコリス・リコイル』錦木千束、『先輩がうざい後輩の話』五十嵐双葉)
•上田麗奈(『SSSS.GRIDMAN』新条アカネ、『魔法使いの嫁』羽鳥チセ)
•瀬戸麻沙美(『呪術廻戦』釘崎野薔薇、『響け!ユーフォニアム』川島緑輝
あーなるほどって感じ。
あんま古い時代はわからんが、「悠木碧」「黒沢ともよ」「種崎敦美」「石川由依」あたりも入っててもいいかと思ったけど違うのかな