
はてなキーワード:ストロングゼロとは
三年前、渋谷の桜丘町にある古いマンションの一室で月に一度だけ開かれていた読書会があった。
「Books &Beyond」とか「本と珈琲」みたいなカフェが並ぶあの界隈で、オーナーが趣味でやってるようなサブカル風の空間。壁にはカフカのポスターが貼られ、スピーカーからボサノヴァが流れていた。
六畳ほどの小さなスペースに八人くらいが座りそれぞれが持ち寄った本を紹介し合う。それが俺と彼女の出会いだった。
俺がその日持っていったのは『呪術廻戦』の第八巻。ほかの人たちが『中動態の世界』とか『そして誰もいなくなった』とか『サピエンス全史』とかを並べる中で、俺だけがジャンプコミックスを机に置いた。
でも当時の俺はそれを承知の上で、ある種の逆張り的勇気みたいなもので挑んでいた。会社では誰にも話しかけられず、Slackのアイコンもずっと初期設定のまま。それでも自分を注目して欲しいという欲求はあった。
「呪術廻戦のテーマは、“死の受け入れ”よりも“存在の肯定”にあると思うんです」
俺はそう言った。
それに対して、口を開いたのが彼女だった。白いマスクを外して冷静な目で俺をまっすぐに見た。
「でもそれって、“他者を媒介にしない存在”ってことですか?」
唐突にそんな言葉が出てきた。返す言葉に詰まった。彼女の声は低くて落ち着いていた。大学院で哲学を専攻していると言った。
その瞬間、空気が変わった。
みんなが「へえ〜」と頷いて、俺は笑ってごまかした。その笑いが妙に引きつっていたのを今でも覚えている。
そのあと彼女が言った。
「でも、面白いですよね。呪いって、社会の圧みたいなものですし」
その一言に、俺は救われた気がした。
彼女は俺を笑わなかった。
それどころか俺の話を拾って補足し、言語化してくれた。その会の後、俺たちは駅まで一緒に歩いた。
外は冷えていてコンビニの前のホットコーヒーの湯気が白く漂っていた。
「行く」と俺は答えた。
新宿御苑の近くに住んでいて、大学はお茶の水。彼女の持ってくる本はいつも背表紙が硬かった。
『悪について』
対して俺の持っていくのは『チェンソーマン』や『ブルーピリオド』。
彼女はよく笑った。
笑うときに、指先を口元に添える癖があった。
その仕草が上品で、俺はそれを見るたびに自分がどれほど下卑た生き物なのかを思い知らされた。
付き合うようになったのはその年の秋だった。
彼女が修論で忙しくなってから俺の存在が息抜きになったらしい。
「あなたと話してると、時間を忘れちゃう」と言われた夜、俺は人生で初めてコンビニの帰り道が輝いて見えた。ファミリーマートの青い光がネオンのように見えた。俺の中でなにかが初めて肯定された気がした。
イルミネーションが飾られてSNSでは「#冬の光2021」というタグが流行っていた。俺は寒くてポケットに手を突っ込んでいた。彼女は小さな紙袋を下げていて中には文房具店で買ったモレスキンのノートが入っていた。
彼女はそう言って笑った。そして突然立ち止まって空を指さした。
「ねえ、見える?オリオン座」
俺は空を見上げた。
そこには三つの星が斜めに並んでいた。
「……あれか?」
俺は正直何もわからなかった。
星はただの光の点にしか見えなかった。
俺の住んでいた葛飾区の夜空では、星なんてほとんど見えなかった。中学の帰り道、空を見上げてもあるのは街灯と電線だけだった。だから星座の名前なんて知る機会がなかった。
彼女がそう言った。
本当は行ったこともなかった。そんな余裕のある家庭じゃなかった。週末は母親がスーパーで特売の鶏むね肉を買って帰るのが恒例で、俺はその肉を味噌マヨで焼いて弁当に詰めてた。
星よりも肉の値段を見てた。だから空を見上げるという行為が俺には贅沢に思えた。
彼女は俺の顔を見て、少し笑った。
「かわいいね。知らないことがあるって」
それがなぜかすごく悔しかった。笑われたわけじゃないのに馬鹿にされた気がした。
俺は「そうだね」とだけ言って視線を落とした。
地面に落ちた枯葉を踏みつけた。カサッという音が、やけに大きく聞こえた。俺はあの夜自分が一生星座の名前を覚えないだろうと悟った。
通勤電車の窓に映る自分の顔は相変わらず冴えなかった。イヤホンからはYOASOBIの「群青」が流れていた。「夢を描くことが全ての始まりだ」なんて歌詞を聞きながら俺は窓の外を見た。
見たのは空じゃなく、線路だった。
陰キャは夜空を見上げない。
星の位置を覚えられる人間は、いつだって上を見て生きてきた人間だ。
図書館に通い、正しい敬語を使い、誰かに恥をかかされないように育てられた人間だ。
俺はそうじゃない。
俺の星座はコンビニの防犯カメラの赤い点滅と、タワマンの最上階で光る部屋の灯りでできている。
これは遺書だ。
俺はもう彼女と会っていない。
バレンタインだった。俺はその日会社で義理チョコすらもらえなかった。彼女からのチョコを待っていたわけじゃないけど期待してた。
「ねえ、今年はどんな本読んでるの?」
その一言が来るだけで救われたと思う。メッセージはもう既読にならない。
仕事帰りの山手線、品川から田端までの間イヤホン越しに呼び出し音が虚しく鳴った。ワンコール目、ふたつ、みっつ、……留守電に切り替わる。
録音された「この電話は現在使われておりません」という機械音声。それがまるで彼女の声に聞こえた。その瞬間息が止まった。ほんの数秒で胸が焼けた。
どうして?
俺のスマホには彼女の写真がまだある。表参道の青山ブックセンターの前で撮ったものだ。彼女は黒いコートを着て、手に『ロラン・バルト/恋愛のディスクール』を持っていた。俺は同じ日カバンの中に『チェンソーマン』の最新巻を入れていた。
その夜二人で神宮外苑のいちょう並木を歩いた。イルミネーションの下で彼女が「あなたはどんな未来を望むの?」と訊いた。俺は「普通に働いて普通に暮らせたら」と答えた。
俺は夢を語る勇気がなかった。陰キャは、夢を語ると笑われると思ってる。
それでもあの頃の俺は必死だった。休日には「丸善丸の内本店」で彼女が好きそうな本を探した。
『夜と霧』
『哲学の慰め』
表紙をめくっても内容の半分も理解できなかった。けど読んでるフリをすることに救われた。カフェ・ベローチェでブレンドを飲みながらマーカーで引いた単語をスマホで調べた。
「内在性」
「超越」
「主体性」。
どれも俺には関係ない言葉だった。それでも彼女の世界に近づける気がした。
夏になっても連絡はなかった。彼女のTwitterアカウントは鍵がかかりInstagramは削除されていた。
唯一Facebookだけが残っていた。プロフィール写真は変わっていなかったけど交際ステータスの欄が消えていた。俺は夜中の三時渋谷のファミマでストロングゼロを買って歩きながらそのページを何度も更新した。酔いで画面が滲み青白い光が夜風に揺れて、まるでオリオン座みたいだった。
俺は空を見上げた。
もしこれを読んで俺のことだと気づいたのなら、どうか連絡をして欲しい。俺はおまえが好きだ。おまえがいないと俺はもう駄目みたいなんだ。
たくさん本も読んだし勉強した。今なら話にだってついていけるし、楽しませることだって出来る。
これを俺の遺書にはさせないでくれ。
ガイポみたいに、どれだけ殴っても全く拳が痛くならない類の炎上って本当に貴重だと思う。
人にとってストロングゼロと同じくらいに必要なものだし、最早感謝すらしてる。
ガイポ関連の全部の増田検索して読んだし、twitterも読み続けてる。指が止まらねえよ筋肉痛になりそうだ。
まじありがとう木古。あとはカドカワから何らかの発表が欲しいくらいだけど、まあこんだけヤバけりゃじきに来るだろう。
・炎上してる奴の社会的ステータスと過大評価具合(ステータスが高くて、且つ本来の能力と比較して過大に評価されてるのが理想。炎上をきっかけに失うものが大きくなるし、こいつをここで失って良いのかとか全く思わないくらいに能力が低いと、やっぱり殴りやすい。ふわちゃんとかな)
・炎上した件自体が引き起こした被害の甚大さ(これは意外だけど、ショボいほうが殴りやすいと俺は思う。京アニとか、上級老害の轢き逃げみたいな死者が出てる系のやつは、言及すると不謹慎で被害者遺族に申し訳ない気分になって萎える)
他にあるか。誰か変数を全部出して作ってくれねえか。炎上の質の公式を。
なんにせよ、ガイポに関しては本当に今年一だと思ってる。最高だよ。
おいおいおい、泣き言こぼしてる場合じゃないだろ、「二万消えた」とか言いながらストロング缶握りしめてるだけの自業自得日記、お疲れさん。
まずさ、「風俗とか馬鹿らしいと思ってた」って言いながら検索してポチってんの、自分でフルスイングのブーメラン投げて刺さってんの気づいてんの?お前が今まさにバカらしいって言ってた行動そのもので構成された一夜を生きてるのに、「こんな自分が情けない」とか言って済ませるな。まるで“俺は本来こういう人間じゃないのに”みたいな顔してるけど、いや、してるよ。完全にしてるよ。
しかも、女の子が来たら「普通の子だった」とか「若く見えて年増」とか、誰目線だよ。エスコート呼んで自分が棚上げされてると思ってんのか?お前が「いかにもな女が来ると思ってた」って勝手に想像して勝手に萎えてるだけで、その“いかにも”が何かも知らねーくせに。で、「香水の匂いで吐きそう」とか「手を握られて気持ち悪い」とか、全部自分のメンタルと胃袋の問題を他人のせいにしてんじゃねえよ。
しかも「帰ってくれ」って言いながら金は払って「ほんとにいんですか?」って聞かれて逆ギレって、マジで何しに来たん?自分が頼んだんじゃん。Uberで飯頼んどいて出前来たら「腹減ってない」とか言ってんのと同じだぞ?しかも金渡すときに「押し付けるように」とか…お前が勝手にテンパってるだけだろ。
あとさ、最初と最後に「ストロング飲みながら書いてる」とか言ってるけど、それ何?哀愁の演出のつもり?ダッサ。ストロングゼロに感情を代弁させるな。飲みながらってそんなに特別でもないし、それが何の免罪符になると思ってんの?お前がやったのは、テンプレみたいな孤独の演出に酔った挙句、他人にまで酔わせようとする最悪のポエムなんだよ。
泣きたいのは読まされたこっちの方だわ。頼むから次はストロングの缶じゃなくて、自分の矛盾とちゃんと向き合ってから書いてくれや。
原文を読むのがあまりにも苦痛だったので、トキに処方してもらったストロングゼロをがぶ飲みしながら読んだら脳内でこういう会話が展開された。おそらく原文を書いた人も泥酔しながら書いた結果、ラリクマのような文章になったのではないだろうか。
オタク: 「ねえねえ、ギャルちゃん、ちょっと聞いてくれる? 昨日ツイッターで書こうとしたんだけど、なんか邪魔されちゃってさ、すごくモヤモヤしてるネタがあるんだ」
オタクを全肯定してくれるギャル: 「え、なになに?オタクくんの話、いつも面白いから聞きたい! どんな話?」
オタク: 「ありがとう! えっとね、『スクールカーストと若年層文学』について話したかったんだ。ほら、このTogetterなんだけど…最後まで書けなくて、批判されたまま終わっちゃったのが悔しくてさ」
ギャル: 「あ、Togetter見たよ! なんか大変そうだったね…。うんうん、聞く聞く! どんなこと書きたかったの?」
オタク: 「まずね、僕が言いたいのはさ、事実上、世の中の仕組みを変えようとかそういうのを諦めちゃってる人たちに、スクールカーストを批判する資格なんてないんじゃないかってことなんだ。スクールカーストに限らずだけど…」
ギャル: 「ふむふむ。仕組みを変えるのを諦めてる人…?」
オタク: 「そうそう。日本にはさ、『政治が悪い』とか『学校行きたくない』とか『うちの会社バカだ』みたいな制度への文句から、『上司うざい』『先生むかつく』『親が嫌』みたいな個人的な悪口まで、言う人っていっぱいいるじゃん?」
ギャル: 「あー、いるいる! よく聞くかも!」
オタク: 「そういう批判自体は別にいいし、言ってることに一理あるなって思うことも多いんだ。実際、正しいかどうか、改善できるかは別としてね」
ギャル: 「うんうん、わかるわかる」
オタク: 「たださ…例えば、自分でお金の稼ぎ方も知らない子供が『お小遣い増やせよ!』って言うのとか、経済のこと全然わかってないマスコミとかそこらへんの人が『最近景気悪いなー、政府何してんだ!』って言うのを、いちいち真に受けてられないって思うんだよね」
ギャル: 「あー、なるほどね。ちゃんとした根拠がないと、ただの文句に聞こえちゃうってこと?」
オタク: 「そうなんだよ!意見を言うのは自由だけど、それを真面目に受け取って問題を解決するためにはさ、代わりの案を出したり、ちゃんと専門知識に基づいて反論したり、あるいは提案やお願いする理由と内容をはっきりさせないと、『あ、この人、ただ気分で言ってるだけだな』って信用されなくなっちゃうでしょ?」
ギャル: 「確かにそうだね!ちゃんと理由とか代わりの案がないと、聞いてもらえないかも」
オタク: 「でね、ここからが本題なんだけど、ライトノベルっていうジャンルにはさ、『スクールカースト』、つまり学校の中での人間関係のランク付けみたいなものを、批判的に描いてる作品がたくさんあるんだ」
ギャル: 「へぇー!ラノベってそういうテーマもあるんだね!スクールカーストって、なんかちょっと嫌な感じだもんね…」
オタク: 「そうなんだよ。批判的に描いて、それに立ち向かっていく作品もあれば、最初は斜に構えて見てた主人公が、何かをきっかけに努力して、自分たちだけの別のルールとかコミュニティを作って生きていく…みたいな作品も、まあ、なくはないんだ」
オタク: 「僕自身も高校時代はちょっとひねくれててさ、『俺は周りの奴らとは違うんだ』みたいなプライド持ってたタイプだから、そういう斜に構えちゃう気持ち自体は否定しないんだよ」
ギャル: 「オタクくんもそういう時期あったんだ! なんか意外!」
オタク: 「まあね(照)。で、何が問題かっていうとさ…人のことを見下してるようなキャラが、それに対するちゃんとした代わりの案も出さないし、別のコミュニティを作ってスクールカーストを乗り越えたり、良くしようとしたりもしないで、ずーっと斜に構えてるだけ…みたいなノベルがあることが、僕は問題だと思うんだ」
ギャル: 「うーん、ただ文句言ってるだけ、みたいな感じなのかな? それって読んでてモヤモヤしそうだね…」
オタク: 「そうなんだよ! …でもさ、こういうこと言うと、ラノベファンとか文学好きの人って、効率とか成果ばっかり求める『功利主義』みたいな考え方を嫌うから、『そんな杓子定規に生産性とか言うなよ。そんなに言うなら学校で野菜でも半導体でも作らせればいいじゃん』みたいに、極端な理屈で反論されちゃうんだよね…。だからツイッターでも書ききれなかったんだけどさ」
ギャル: 「そっかぁ…話が飛躍しちゃう感じなんだね。でも、オタクくんが言いたいのはそういうことじゃないもんね?」
オタク: 「わかってくれる!? そうなんだよ!別に、はみ出し者でいることや、斜に構えて人を批判すること自体はいいんだ。でもさ、批判するんだったら、せめて代わりの案とか、自分なりの提案とか、しっかりした自分の世界観くらい持とうよって思うんだよね」
ギャル: 「なるほどね! ただ批判するだけじゃなくて、自分はどうしたいか、どうすべきかっていう考えが必要ってことか!」
オタク: 「その通り! それすらない、ただの批判を『個性』だみたいに言ってるティーンズ向けのノベルがもし市場にたくさん出回るようなことがあったら、それはポルノとかよりもよっぽど精神を汚染すると思うんだ。文字通り『堕落』だよ」
ギャル: 「精神を汚染…堕落…!ちょっと怖い言葉だけど、言いたいことはなんとなくわかる気がするかも…」
オタク: 「もちろん、そうじゃない良い作品もいっぱいあるから、ライトノベルっていうジャンル自体を否定するつもりはないんだよ。でも、そういう(代案のない批判だけの)作品は、もはや文学ともエンターテイメントとも呼べない。『消耗品』っていう言葉がぴったりだと思うんだ!」
オタク: 「うん。そういう怠惰な価値観しかない作品にハマっちゃうと、定期的にその作品を読んで『わかるー!』って共感を補充しないと生きていけなくなっちゃうんだ。でも、その共感って、読み返しても新鮮味がないから、どんどん新しい『わかるー!』を求めて消費していくだけ。だから『消耗品』なんだよ」
ギャル: 「へぇー…! そういう見方もあるんだね。深いなぁ…」
オタク: 「じゃあ、具体的にどの作品がそうなのかって話になるんだけど…例えば、『涼宮ハルヒの憂鬱』とか、『僕は友達が少ない』とか、『やはり俺の青春ラブコメは間違ってる。』あたりが、まあ、そういう要素があるかなって思うわけ」
ギャル: 「あ、そのタイトル聞いたことある! 人気あるやつだよね?」
オタク: 「そうそう。ただ、『ハルヒ』とか『はがない』(『僕は友達が少ない』の略ね)に関しては、面白さのポイントが別のところにもあるから、正直、僕は『嫌いじゃない』くらいには好きなんだ」
ギャル: 「ふむふむ」
オタク: 「だけど、『俺ガイル』(『やはり俺の青春ラブコメは間違ってる。』の略)…お前はダメだ!! って言いたいんだよ!」
ギャル: 「お、おぉ…! 急に熱くなったね! 『俺ガイル』が特にダメなの?」
オタク: 「そうなんだよ! あれを僕が高校生に勧めたいとは絶対思わないし、オタク友達に『これ面白いよ』って勧めるのも、なんか自分のセンスとか人間性を疑われそうで倫理的にためらわれるレベルなんだよね」
ギャル: 「えぇー! そんなに?!」
オタク: 「うん…。しかも、僕が好きだった、結構硬派なラノベを出してる『ガガガ文庫』からこれが出たっていうのも、正直、嘆かわしいと思ってるくらいなんだ」
ギャル: 「そ、そうなんだ…。オタクくん的には許せない感じなんだね」
オタク: 「ちょっと話が変わるけど、そもそも学校で『部活動』をやる意味って何だと思う?」
ギャル: 「え、部活の意味? うーん、好きなことをやるとか、友達作るとか…?」
オタク: 「まあ、それもあるんだけどね。フィクション、特にラノベだと、話の都合で部活動があることが多いんだけど、真面目な話、教育的な観点から言うとさ…部活動で仲間を作ったり、チームの中で自分の得意なことや役割を見つけたりすることで、『社会性』とか、その社会の中で自分がどういう存在かっていう『自己同一性』を身につけるっていうのが、本来の意義なんだよ。クラス活動とかもね」
ギャル: 「へぇー!部活ってそんなちゃんとした意味もあったんだ! 知らなかった!」
オタク: 「もちろん、部活とかクラス活動の中で『自分には役割がないな』って気づいちゃったり、それでコンプレックスを持っちゃったりする人もいるから、問題点があるのも事実なんだけどね」
ギャル: 「うんうん、そういう悩みもあるよね…」
オタク: 「でもさ、実際に社会に出たら、一人だけで完結する仕事なんてほとんどないわけじゃん? だから、チームで協力したり、一緒に何か作業したりする練習として、部活動とか、そこで生まれる人間関係(スクールカーストみたいなものも含む)を経験すること自体を否定しちゃうと、学校っていう場所の存在意義とか、もっと言えば近代的な教育そのものを否定することになっちゃうんだよね」
ギャル: 「そっかぁ…。学校って、勉強だけじゃなくて、そういう練習の場でもあるんだね」
オタク: 「経済とか歴史に詳しい人ならもっとピンとくると思うんだけど、正直、学校に行かなくたって、個人で技術を身につけたり、仕事に就いたりすることは可能っちゃ可能なんだよ」
ギャル: 「え、そうなの?」
オタク: 「うん。というか、人類の長い歴史の中で、今みたいにみんなが学校に行って、学歴がすごく大事にされる時代って、実はここ200年くらいの話で、かなり短いし、特殊なんだよ。昔は家で勉強したり、スポーツやりたきゃ専門の養成所に行ったりしてたわけだし」
ギャル: 「へぇー! そうなんだ! なんか意外!学校って昔からずっとあるものだと思ってた!」
オタク: 「でも、産業革命の後くらいから、『近代的な社会で、ちゃんとルールを守って集団生活を送ったり、コミュニケーションが必要な仕事や付き合いをしたりするために必要なスキルを身につけさせるには、国が義務教育をやるべきだ』っていう結論になって、今の教育制度ができてるんだ。…あ、これは僕の勝手な意見じゃなくて、経済史の教科書とかに普通に載ってる基礎知識だからね」
ギャル: 「なるほどねー!学校ってそういう歴史的な背景もあるんだね。勉強になるなぁ!」
オタク: 「で、話を戻すと、『スクールカーストが良くない』っていうのは、組織の中でどうしても起きる衝突とか、それに伴うストレスとか、いじめとかが良くないってことでしょ? それ自体は僕も否定しないよ」
ギャル: 「うんうん」
オタク: 「でもさ、だからって『じゃあ一人でいようぜ。人の評判なんか気にせず、のんびり過ごそう』ってなっちゃうのは、結局、問題から目をそらしてるだけだと思うんだよ」
オタク: 「そう。だって、会社に入ったって、仕事ができるできないだけじゃなくて、そういう人間関係の中での立ち回りって絶対求められるじゃん? もしうまく立ち回れないんだったら、代わりにすごく仕事ができるとか、偉い人と繋がりがあるとか、何か『役に立つ』部分が必要になるわけだ」
ギャル: 「あー…確かに。社会に出ても、人付き合いって大事だもんね…」
オタク: 「『はがない』とか、特に『俺ガイル』なんかは、そういう『自分がどう役に立つか』みたいな議論からも目を背けて、それを良しとしちゃってる感じがするんだ。だから、ライトノベルっていうフィクションが10代の子に与える影響としては、ポルノなんかよりよっぽどタチが悪いんじゃないかなって思うんだよね」
ギャル: 「うーん…ただ現実から目を背けるだけじゃ、成長できないってことなのかな…」
オタク: 「そうなんだよ! それこそさ、昔の偉大な作家さんたちが『子供たちに夢を与えたい』って言ったり、僕が子供の頃に流行ってたロックミュージシャンにファンが『あなたの歌のおかげで前に進めます!』みたいな手紙を送ったりしてたのに比べるとさ、こいつら(俺ガイルみたいな作品)って、一体、若者に何を与えてくれたんだろう?って疑問に思うわけ」
オタク: 「いや、今の高校生はきっと『これが俺たちの青春だ!』とか言うのかもしれないけどさ、大人になった時、自分の子供にこの作品をどう説明するんだろうって、皮肉とかじゃなくて、純粋に気になるんだよね」
オタク: 「でね、もうちょっと『俺ガイル』に絞って批判させてもらうんだけど…というか、他のラノベにもちょっとある傾向だから、読んでなくても大丈夫だと思うけど…あの作品の『受動的にハッピーが来る』みたいな考え方が、そもそも僕は不愉快なんだ」
オタク: 「そう!主人公が『奉仕部』っていう部活に入ってるんだけど、自分から誰かのために何かするんじゃなくて、先生が問題抱えた人(奉仕する相手)を連れてきて、その人の問題を解決してあげる、みたいな構図なんだよ。普段は自分たちから何か活動するわけでもなく、本読んでるだけ」
ギャル: 「へぇー、奉仕部なのに、自分からは動かないんだ?」
オタク: 「そうなの。で、毎回毎回、そこそこ面白い問題を抱えた人がやってきて、その人に対して主人公が『残念だね。まあ俺も残念だけど』みたいな感じで、別に大したことないハードルを、ギャグとも言えないような皮肉っぽい文章でクリアしていく…みたいな」
オタク: 「さっきも言ったけど、『はがない』がアニメ化した時、『美少女×残念』ってキャッチコピーで売ってたけど、あれの魅力って『残念』なことなのかな?って思うし、『俺ガイル』も『残念』が売り文句になってるんだけど、そもそもなんで『残念』が魅力になるのか、普通の人からしたら意味不明だよね?」
ストロングゼロ片手に、なんとなくニュースを見ていたら、「パリ・オリンピック!」の文字とともに凱旋門やエッフェル塔で盛り上がる人々の映像が流れてきた。本当はバリ島のバリで開催される予定だったのに、なぜかみんなパリに集まっているらしい。
その光景が妙に滑稽で、思わず笑ってしまった。だって、パリとバリ、名前は似てるけど場所も雰囲気も全然違う。でも、不思議と「まあ、いいか」と思えてしまうのがこの話の面白いところだ。
ストロングゼロを飲みながら考える。観客たちは間違った場所にいるのに、すごく楽しそうだし、雰囲気は完全にオリンピックそのもの。結局、人が集まって楽しめるなら、それでいいんじゃない?
2回目。今回はこれ。
https://anond.hatelabo.jp/20171207223625
まず、間延びしてないし、コンパクトにまとまっててよかったとおもう。ネットのノリをすこし捻って(離れさせて)、普通のよくある文章と混ぜ合わせる。それら二つともよく知られているものだから、お互いが邪魔しない。というのがどうやら増田文学のスタンダードみたい。だから、考えるのはネットのノリをどうネットの外に持ち出せるかということだけ。それができれば増田文学ぽくできる。
多くの日本人作家がやっているのと同様に、モノローグがうるさすぎる。最初のほうにある辞表あたりで喋りすぎてるとおもう。最後がダイアログから間を置かずに淡々とおわっているので、そっちに合わせるべき。
おもってることがあるなら、Sさんとのダイアログでそれとなく出したらいい。
以下が書き直したやつ
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昨年の冬、十年勤めた会社を辞めた。上司と揉めて、最後は辞表を書いた。
しばらく保険で食いつないだあと、近所の倉庫でバイトを始めた。そのとき33才。そんな段階はとっくに越えてしまった。おれは学歴もコネも才能もないが、別にそれもどうってことはない。
〜中略〜
2026年 冬のことだ。