
はてなキーワード:スケジュールとは
「ダメなシステムを憎んで国を憎まず」が必要なんだと思うけど、イデオロギーや宗教が絡むとそれができなくなる
だからチームみらいのような政党が、一定の評価を得ることになる
仕事でやっているように、共通の目標に対してベストを尽くして、改善ポイントを探して優先度を決め、課題を見える化し、スケジュールやコストを明確にして、それを順次修正していく
私に対しても、関係者に対しても、言動が誠実でなかったり、どんどん攻撃的になっていく人と関わりたいとは思えないのが普通の人の感情だと思います。今後は攻撃の対象が私や社員にも広がるのだろうなと危惧してます
ご返信ありがとうございます。そのようなことをされたら、関わりたくないと思うのは当然です。
私が不誠実なことをしてしまっていたのなら、申し訳ありません。
改めて見返しましたが、そのような言動は見当たらず、どちらでそのようにご判断されたのかご教示いただけないでしょうか。
送ると言った契約書が何日も送られなかったときも、無連絡での放送延期が何度もあった時も、無茶なスケジュール提案をされた時も、丁寧に返信をした様子が残っています。
放送前日の1/21までは、催促こそすれど苦言を呈したりはしていませんでした。私が送るとお約束したものは、期限内にお送りしていました。
それとも、この中の言動にすでに問題があったでしょうか。ご教示いただけると助かります。
直近だとこの件ですね。だいぶひどいこと書いてますよ。こちらとしては心当たりがありますし、「言動が見当たらない」と言われると正直どう受け取ればいいのか分かりません。
もし本当に心当たりがないのであれば、記憶障害があるのではないかと心配になります。余計に会話をしても無駄に終わるなと。
また毎回、説明や理由を求められるのは正直、負担に感じています。
本件については、これ以上やり取りを重ねても平行線になりそうなので、ここで一区切りにしてもいいでしょうか
そちらの投稿については、よくないなと思い投稿直後にすぐに削除しました。申し訳ありませんでした。
噂話を拡散する目的はなく、VAMBI氏への不信感が「妄想だ」と指摘されたため、「違うよ、こういう根拠があって怖いと思っていたんだよ」と説明したものでした。
私は、REAL INFLUENCERのこれからの志願者や、HERO'ZZの入学希望者が変に潰されてほしくない一心で話しておりました。
攻撃や分断の意図はなく、謝罪や歓迎がほしかったわけでもなく、ただ気づいて是正してほしかった。
溝口さんは現状を知らないだけで、自分の名前のあるところで連絡無視や契約不履行があると知ったら、怒る方だと思っていました。だから必死に伝えようとしてきました。
でも溝口さんは、社員の方が明らかな連絡無視などをしていると知っても、謝罪なさらない方だということがわかりました。
紛争解決において、一方の話だけを聞き、もう一方を悪く言う投稿を拡散する方だと知りました。
それは恐らく長年の事業の中で培われたもので、私には変えられないんだと思います。それはそれで、事業においてメリットがあるのだと思います。
私はそれを上回るメリットや根拠を提示できないので、これ以上できることはありません。
「これからの志願者や入学希望者が潰されてほしくない」とは今も思っていますが、その目的は達成できなさそうだと判断したので、諦めます。違う形で守る方法を考えます。
大変勉強になりました。
2026年の選挙は、一つの「分水嶺」として記憶されることになるだろう。
石破政権の退陣を受け、新たに発足した高市政権。その直後に断行された、いわゆる「7条解散」。1月23日の解散から投開票までの短期決戦は、グローバル市場が発した「サナエショック(金利急騰・円安)」という警告音を、政治的な熱狂と列島を覆う大雪がかき消していくプロセスそのものであった。
結果として自民・維新を中心とする勢力が全議席の4分の3を掌握したという事実は、旧来の自民党支持者すら驚くものであった。それは「政治家の人気投票」という側面を加速させる、選挙戦術の技術的な完成を意味していただろう。
圧倒的な数の力を背景に、長らく議論のテーブルに乗るだけだった「憲法改正」は、いまや現実的な政治スケジュールへと組み込まれようとしている。高市政権は、地政学的リスクの高まりを背景とした「中国脅威論」や、国内に醸成されつつある排外的な空気を巧みに政治的駆動力へと転換した。その支持を追い風に、「9条改正は現実的要請である」というロジックが、強力なキャッチフレーズとして機能し始めている。
私たちは今日、騒がしい政治のタイムラインから距離を置き、無限に降ってくるエコーチェンバーの雪を視界から遠ざけることができるだろうか。
今、この国の変化した「重心」が何を成そうとしているのかを、静かに見つめ直す必要がある。
憲法改正について、世間ではどのようなイメージが流布しているだろうか。「古いものを令和版にアップデートする」といった、あたかもスマートフォンのOS更新のような、若々しく前向きなイメージが、おそらくは今後急速に普及すると予想される。
しかし私たちは、実際にどのような案が議論の遡上に載せられているか、その設計図を確認せねばならない。
議論の参照点となるのは、自民党が2012年に作成した「日本国憲法改正草案」である。このテキストには、単なる9条条文の修正にとどまらない、国家観の根本的な転換が示唆されている。
「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」
この条文は、人権が国家に先立って存在する「自然権(天賦人権)」であることを宣言したものだ。しかし、草案ではこれが削除され、11条を残すことで人権は国家が与える形を取ることになる。さらに第13条の「個人として尊重される」という文言が「人として尊重される」へと書き換えられた。
「個人」から「人」へ。97条削除に比べればわずか一文字の違いだが、ここに込められた断絶は深い。かつて草案起草に関わった片山さつき氏が「天賦人権論をとるのは止めよう」と明言した事実、そこに流れているのは当然、権利とは天から(あるいは生まれながらに)与えられるものではなく、国家という共同体に帰属し、義務を果たすことによって初めて付与されるものだ、という思想である。
これは良し悪しという感情論以前の、近代立憲主義というOS(オペレーティングシステム)の入れ替えに近い。国家が個人を守るための憲法から、個人が国家を支えるための憲法へ。その重心移動は2012年にすでに開始していたのである。
このような草案内容と、高市総理自身のイメージ戦略はどのように共鳴しているだろうか。
「日本列島を、強く豊かに」。これは、かつて安倍総理が「美しい国」というフレーズを用いたように、いま高市総理が繰り返し掲げているスローガンである。
一見すると経済的繁栄の約束に聞こえるが、彼女の支持基盤である日本会議的な政治的系譜や、選択的夫婦別姓への慎重姿勢、家族間の相互扶助を強調する福祉観などを俯瞰するとき、そこには明治国家のスローガン「富国強兵」と同型的な発想が見えてくる。
明治時代、「富国」という経済的な豊かさは、個人の幸福追求のためではなく、あくまで「強兵」という国家の強さを支えるための基盤として位置づけられた。
逆に言えば、それらを成し遂げなければ個人の幸福を保証できないような情勢なのだと言っているのかもしれない。
決して「日本国民を、強く豊かに」と言わないのは、あの時代の国家観を「美しい国」として、戦後の反省だけでは国を守れないとする意思を表しているのだろうか。
2026年衆院選において、高市政権は市場の警告を、左派の不安を、選挙勝利への多様な戦術でねじ伏せてみせた。その手腕は国家という物語を紡ぐ演出としてスケールアップし、いま有権者に受容されていく可能性を見せている。
圧倒的な議席数と、顕在化した憲法改正への熱望。この二つが揃ったいま、私たちはどう振る舞うべきだろう。
SNSで快哉を叫ぶか、あるいは嘆き悲しむか。過激な批判の応酬は止むことがないだろう。それでも政治的な熱狂から一歩身を引き剥がし、思考のための穏やかな場を確保することは可能だ。
たとえば、「憲法カフェ」のような試みがある。リラックスした空間で、コーヒーを片手に憲法について語り合う。そこでは「賛成か反対か」を叫ぶのではなく、法文がどのような意味を持つのかを学び、穏やかに思考を交わすことができる。
「国家」という巨大な物語に飲み込まれないためには、私たち一人ひとりが、暮らしの根元にいつでも存在する憲法を知り、尊重されるべき「個人」として位置付けられていることを知っておくことは大事だ。
厳冬の衆院選。その唐突な政治の季節は熱く、あまりに短く過ぎ去った。しかし憲法という国の形を変える議論は、これからが長い正念場である。熱狂の宴が終わったあとだからこそ、考えて欲しい。なぜなら憲法とは、普段の生活のほとんどすべてを支えている法律なのだから。
関わった皆さん、タイトなスケジュールの中本当にお疲れ様でした。
そこは本来どうでもいいです。
人にはそれぞれの信念や考えがあって当然で、そこを過剰に否定されたり抑制されたりするべきではないからです。
でも家族の考えは違うようです。
私は、友人が重い病気を患っている事もあり、医療や科学の発展を望んでいます。
少なくとも、家族が支持するその2政党のうちひとつからは、その発展は望めないように感じます。
医療よりも日本を守る事が先決だろうという意見もわかるので、そこを否定するつもりはありません。
でも私は、医療の発展どころか医学自体を否定してるかのように見える所に入れるのは気持ち的に難しいです。
でもそれらを家族に言うと大変面倒なことになるので(実際一回なった)言いません。
そして選挙、
家族と一緒に行くのだけは勘弁だったので。
家族は、「期日前投票は結果を操作されるから当日に行くべきだ」とか言ってました。
家族は、私の入れた政党を(私が入れたとは知らずに)元気よくボロクソ言っていました。
そして結果、私の入れた政党は異例の大躍進を見せました。
「おかしい」とか「操作があった」とか「中国人が金で投票を買った(?)」とか言ってます。
そうなんですか?
私が中国人ではない事は家族が1番知っているでしょうし、私は当然買収も操作もされていません。
それよりも、正直に言うと
北風と太陽です。それを聞けば聞くほど、心は冷えて(絶対にそこ2つには入れたく無い)と思いました。
でも家族は、というかそこの支持者の皆さんは、そのやり方が正しいと思っているんですよね。
自分達の考え以外を馬鹿だ馬鹿と腐していれば、馬鹿になりたくない(であろう)人々が自分達の考えに迎合すると思っているんですよね、
私の選択が、もし将来的に「間違っていた」と言われるような結果になったとしても、
今回の第51回衆議院議員総選挙で神奈川19区で小選挙区も比例も維新に投票した。とにかく、社会保険料を低くして欲しい、持続可能な社会保険制度にして欲しい、というのが基本にあったが、自民・国民・維新の候補者も良く分からなかったので事務所に電話したり演説を聞いたり選挙公報見て判断した。正直第一候補は国民の候補だった。
## それぞれの候補について
・事務所に電話するもボランティアの中年女性の対応が微妙だった
・YouTubeやX等で見たが、全体的にふんわりしている感じがした。
・最終日に宮崎台駅で演説を聞こうと思ったが、奥さんのポエム調の演説が長かった。本人が選挙区に居るのになぜ奥さんがここまで演説するのか良く分からなかった。本人の演説も全体的にポエム調だった。ハーフの出自で微妙にアイデンティティー政治をしようとしているのが気になった。オバマの広島での演説を薄めた感じ。
・数か月前に赤沢大臣が公民館のようなところへ来て演説会をしていたときに認識はしていた
・事務所に電話して秘書の方が対応してもらったが、結局折り返しの電話なし
・Xで駅前で演説スケジュールを見て行くも、ビラも渡されず、本人から握手などもなかった。ボランティアの人たちと握手していた。本人はYouTube用のカメラに向かって話している感じだった。市議会議員なども演説していたが、そこまで当選させたい感はなかった。
・小泉大臣が来るということでわざわざ別のエリアにある駅に行ってみたが、警官の警備が厳しいわりに演説が全体的にポエム調で、リモートワークでやや時間の融通が利くとは言え10分ぐらいで退散した。
・最終日に宮前平駅の最後の演説も行ったが、動員数は非常に少なかった。高市総理が隣の選挙区まで来たのにこの選挙区には来なかった等内輪ネタ的な内容が多かった。演説後もボランティアの人たちと握手をして写真を撮り、その写真がSNSにアップロードされていた。ボランティアの方のために演説しているようにも感じた。
・菅さんの応援メッセージも見たが、神奈川2区の後継者へのメッセージとの熱量にやや困惑した。数十年前の菅さんだったら、少なくとも2回は握手出来ていたのではないか、と勝手に思った。
・選挙公報を見てそこまで悪くはないと感じた
・たまたま駅前の商業施設前で演説していたので、少し会話をして悪くないと感じた
・SNSやYouTubeの使い方は微妙だと感じたが、国民や自民の候補の組織運営能力と比べてそこまで差があるように思えなかった。
・最終日に宮前平駅の最後の演説も行ったが、微妙に遠いところに居たので、握手は求められなかった。
## 結果を受けて
神奈川19区は最後の最後まで結果が出なかった選挙区の一つで、エンタメとして面白く見ていた。結局国民の候補は借敗率9割以上で比例復活したが、こうしたギリギリの戦いが来り広げられたのも自分が体感した組織運営能力の稚拙さが表れているようにも思えた。
維新の候補は借敗率が3割台だったが、数パーセント高ければ同じく借敗率が3割台だった神奈川10区の維新の候補のように比例復活出来た選挙だった。最後の最後で目の前の自分に握手を求める人たち以外の人たちに語りかけるのを止めていた光景を思い出す。ちなみに、数日前に期日前投票でその本人の名前を書いていた。
この選挙区は人口の5%程度が毎年入れ替わる点、やや人口が増加している点が特徴だと思う。そのため常に新規にどのようにリーチしていくかが問われる。自民の候補は「多摩川格差」の是正なるものを訴えていたが、それは東京に通勤通学する前提の発想で、このエリアで職住近接した生活が出来るならば多摩川の向こうがどうなっていようが関係ない。実はこの地域のある駅のビルをシンガポールのファンドが購入し郊外型ラボにしようとするなど郊外でのオフィス供給の新しい展開があったりする。数年前の財政審議会の分科会で「社会資本整備総合交付金」を都心の再開発に投入する意味はあるのかというような問題提起があったが、そうした議論を発展させることも一つの方向性だと思う。
もともとはURが整備したいわゆる「歩者分離」の街並みが多いが、2000戸数程度のURの供給数だけでなく駅前の一等地で謎の商業活動を行っていたりする。都心一極集中が進むなか郊外にオフィス供給を作ることこそ民間が出来ないことであり、何故民間でも出来ることをわざわざその劣化版として独立行政法人が行う必要があるのか、などを昨今の住宅問題と絡めて議論を提起していくのも良いのではないか。
ちなみに、「歩者分離」の街並みだが自転車での移動が微妙に面倒くさい、国際プールなる施設も近くにあるが設備の劣化が著しい、横浜市営地下鉄が微妙過ぎる(東京メトロや東急に乗るときにすごく快適に感じる)、なども面白いと思う。この微妙な横浜市営地下鉄が新百合ヶ丘まで延伸したとしてどのようなメリットがあるのか、全く分からない。今年の5%の一人として。
現状
やりたいこと
大学生の時にデートプラン、旅行プランの作成を代行するサービスやってたよ
対面、オンラインどちらも可
事前に飲食店とか旅行先リサーチするのも楽しいし、全部は無理だけどある程度経費で落とせる
カフェバイトよりも実際に仕事に割いている時間は多いけど、アルバイトと違って自分で時間やスケジュールをコントロールできるのが良い
バイトしながらレポートやったり彼女と電話したりってできないけど、自営ならできるからね
何より会社に就職しなくてもお金を稼げるってことに気がつけたのが良かった
今は企業とインフルエンサーの仲介(YouTubeの案件動画など。企業から依頼を受けてインフルエンサーやYouTuberに仕事を発注している)や、日本の観光地や飲食店、アニメグッズの情報を海外の旅行会社向けに提案する仕事をしている。
大学時代に前述の仕事を始めたのは、彼女との旅行プランを立てるのがすごい面倒くさかったことと、図星という油そばを餌に友人のサプライズデートプランを立てたこと。
なんか毎日忙しいし切羽詰まってる
もう余計な用事を入れている暇がない
って思ってる
でも冷静に考えてみると、なにがそんなに忙しいのかわからなくなっている
いや、目の前にやるべきことはいくらでも見つけられるし、それを全部こなさなくてはいけないんだけど
でも、なんとかなるし、それは自分の気の持ちような気もしないでもないんだよね
意外にちゃっちゃか手を付ければ終わることのような気もするし、実はやらないでもいいやり方があるかもしれないし、もっとのんびりやってもいいことかもしれない
あまりにもあっちやこっちに仕事がありすぎて、それぞれの管理ができていないのだ
俺は別に政治思想や政策について文句をつけたり意見したいわけじゃないんだよ。
夫婦別姓とか高額医療制度、憲法改正、まあいろんな考え方があるだろうし、そこは個人がどう思おうが自由だし。
でも、裏金問題は別だと思うんよ。グレーとはいえやってることはまあアウトなわけで。
不倫とかもそうだけどモラルの問題といえば裏金なんて完全にダメだし発覚したらなんらかの責任とれよって話だし。
統一教会の問題だって、なんら解決してない。すべてうやむや。その状態で日曜討論の場からも逃げる。説明しない。答えない。
今回の選挙だって、めちゃくちゃなスケジュールでバカみたいな金使って強行してさ。
なぜ今それやる必要がある?、裏金や統一教会、さまざまな問題に答えないまま逃げて肝心なことを何も説明しない。
何をやろうとしているのか言わないまま、大事なこと決めるんで、私を信頼して下さいって。
こういうときの常套句、「他にいないから」ってのも完全に思考停止のバカの台詞だよ。
じゃあ、犯罪者を選ぶの?って話じゃん。主義主張、政治思想、それ以前の問題として、人としてどうかって人間性の問題じゃん。
ちゃんとそこを見ようよってだけの話だと思うんだけど。
それともどんなクズでも目的のためなら手段を選ばないのが正しいって言うの? それが大人だと。
政治的発言をしたって漫画やアニメ声優を叩いてるやついるけどさ、少年漫画やアニメの悪役がやってることだよ、今の政治家のあれやこれや。
そういう勧善懲悪スカッとフィクションに出てくる悪徳政治家そのまんまじゃん、今の自民党。
身なりの良さそうな50以上の男女が多かった。
たぶんアッパーミドル以上の層が暇つぶしで参加してんだろうな。
金はまぁまぁ。
32歳女性、もうすぐ交際3年になる2歳上の彼氏がいる。出会いは、学生時代の友人の紹介だった。
2年くらい前から結婚したいとは仄めかしていて、1年前に彼は私の32歳の誕生日の8月を期限にすると約束してくれた。当日、最高級の素敵なレストランの予約をとってくれていたとのことで、プロポーズを確信して、その日のために、ヘアメイクには多額の費用と時間を投じて準備を整えていた。
しかし、当日になって、「今は覚悟ができない」と謝られ、彼の34歳の誕生日である1月まで期限を延ばしてほしいと言われた。でも、彼のことが好きだったから
、延期の案は承諾した。
でも、周囲には「誕生日にプロポーズされる」と伝えてたから、顔を合わせるたびに「なかった」と報告する羽目になって、友人や親からの過度な気遣いや、「そんな男と付き合っていていいのか」という追及に晒される最悪な日々で、プライドはずたずたに傷ついた。信じなきゃよかったと思った。そしたら誰にも言わなかったのに。
それで、耐えかねて9月に別れを告げたけど、彼には「あと4か月だから」と引き止められた。たしかに、今から新しい相手を探して結婚まで漕ぎ着けるコストを考えれば、あと4か月待った方がいいと思って、別れるのをやめた。
それからの彼は、なぜか嘘のように献身的になり、ようやくプロポーズされた。
なのに、「あー、やっとか」と、しか思わなかった。そうとしか思わなかった自分に驚いた。嬉しかったといえば嬉しかったし、嬉しい!と喜んで見せたけど、無理してるなー自分、と思った。
当初の予定から6か月も遅延しているので、早く両親挨拶、顔合わせの予定を立てたいし、指輪購入、式場決めに行きたい。本当は次の日にでもすぐ行きたかったから直後にその話をしたかったけど、なんかやり切った感があるのか一人でホクホクと満足そうにしていて切り出せず、冷めた気持ちで見ているしかなかった。
正直、なぜ半年前にこれができなかったのか、本当に理解に苦しむ。
というかそもそも男の気持ちなんてものは知ったことではないのだ。収入の差はわずか50万円、デートも常に割り勘。いったい何をどう覚悟する必要があるというの???えっなに??自由を失う覚悟とかいうしょうもないやつ?????
というか、子供を望んでいるくせに、高齢に伴う奇形精子のリスクや、出産を担う女性側のタイムリミットを無視した無神経さに反吐が出る。結婚も妊娠も出産も、すべては厳密に管理されるべきスケジュールなのであって、 男の納得や男の覚悟などという、ほんっっっっとうにしょうもないどうっっでもいい不確定な要素で停滞させていいものではないのだ。
条件はいいので結婚はするけど、今もう愛情なんて1ミリも残っていない。とりあえず自分にも収入はあるから最悪離婚しても養育費があれば一人でなんとかなる。重要なのは、早く結婚して、そして結婚した状態で子供を持つこと。それだけ。
最近は会っても、何やり切った顔してんの?って感じ。やり切れてないからね。半年遅延だから。
ちなみに絶対に特定されない自信あります。見た目もふんわりしてるし、声も高くてかわいいし、SNS全然やってないことになってるし、穏やか・聖母のよう・優しいみたいな評価ばかりなので。
Permalink |記事への反応(10) | 14:59
衆院選もうラ゚ストスパート突入してて草。タイトスケジュール゚すぎだろ。
高市初め各党リ゚ーダーのロ゚ジックが全部ただのレ゚トリックすぎて、リ゚アルにリ゚スクしか感じないわ。リ゚ベラ゚ル゚気取ってるリ゚フォーム派も、やってること全部ル゚ーチンワークの使い回しだろ。既存のレ゚ール゚をリ゚セットするとか言いつつ、結局は利権のラ゚リ゚ーしてるだけ。レ゚ベル゚低すぎて笑いすら置きない。つーかお前ら的にはどのル゚ートが正解だと思うわけぇ?!
結局リ゚テラ゚シー低い国民はまたロ゚ードマップに騙されて、ラ゚イフポイント削ら゚れる゚未来しか見えん。
そろそろ野党から有望なル゚ーキーが出てきてル゚ール゚をリ゚ノベーションしてくれないと、日本全体がロ゚ストするぞ。リ゚アルなリ゚テラ゚シーを持ってリ゚サーチしないと、マジでラ゚ストチャンス逃すことになるな。
2026年2月1日、NHK『日曜討論』のスタジオに、本来座るべき一国の宰相の姿はなかった。放送開始に遅れて自民党広報から発せられた「出演見合わせ」の報は、単なるスケジュールの変更ではない。これは、全国民を唐突に巻き込んで開始された今回の選挙において、唯一設定された「全国民に向けた党首討論会」という極めて重い場だったからだ。
各党党首への報告が生放送開始30分前、すなわち「ドタキャン」をしたという事態は、社会通念上の非礼にとどまらず、衆院選という民主主義のプロセスにおける瑕疵(かし)として記録すべきだろう。
まずは事の経緯を見てみたい。1月31日夜の時点では出演が告知されていたが、翌2月1日朝になり突如として欠席が公表された。理由は「前日の遊説中に手を強く引かれたことによる負傷」である。そして、13時30分には岐阜県可児市の自民党応援演説会場に姿を現している。そこではマイクを握り、身振りを交え聴衆に熱弁を振るっていた。計算上その放送終了後の午前11時台には総理官邸を出発したことになるだろう。
ここで素朴に思うのは、なぜ「座って話す」ことが不可能なほどの体調不良者が、「直後に数時間の移動」を経て「立ち上がって演説する」選択を採ったのかである。一般的に仕事の重要度を考え、今回の選挙の定義((選挙の定義:今回の選挙の目的は、1月19日の会見で解散を宣言した総理自らが位置づけた言によれば「私(高市)を選ぶかどうかを問う」選挙である。))と照らし合わせたとき、集結した各党首を置いて討論を休み、午前中から移動し、午後に自民党のために演説する、その判断はどう評価できるのだろうか。
公平を期すために付記すれば、高市総理が患っているとされる関節リウマチにおいて、現代医療のペインコントロール(強力な鎮鎮剤やブロック注射等)ですら奏功しない、叫びだしてしまうほどの激痛発作が起こり得ることは、医学的事実として否定しない。
仮にそのような極限状態にあったとすれば、まさにその痛みがあった午前中のうちに地方(愛知・岐阜)遊説への出発を強行するという判断は、医学的にもそうだが総理大臣という仕事の危機管理的に成立しないのではないか。
さらに言えば、そこまでの極限状態では無かったのであれば、首相公邸からの「リモート出演」という技術的な代替案は容易に選択可能であったはずだ。それらの手段を講じることなく、単に「欠席」を選択した事実は、痛みの程度云々以前に、「討論の場」に対する優先順位が低かったことを示唆している。
筆者がこの一連の行動を合理的に説明するなら、「戦術的ボイコット」となる。 先般の都知事選において小池百合子氏が用いた「公務優先・直接議論回避」の戦術を覚えているだろうか。都知事公務を現職として積極的に行うことで「都知事選のためのメディア露出」を代行し、それ以外の演説、記者会見、候補者討論会を「徹底的に避けた」ことで勝利したあの都知事選だ。
その成功事例を見ればわかるように、現職としての知名度と支持率優位性を今まさに持っている高市陣営にとって、他党党首からの追及や失言のリスクを伴う「討論」は、勝利のためにはもはや避けるべきコストとして計算されたのだろう。 「怪我」という不可抗力を盾にすれば、批判は一段階遠回しにならざるを得ない上に、現首相としてメディアへの露出は十分に確保できるからだ。 それが派閥のボスによる冷徹なリスク管理と指示の結果であったとしても、総理自ら「信認を問う」と宣言した選挙において、有権者が最も比較検討を必要とする場を意図的にパージ(排除)したのであれば、それは有権者の「知る権利」への侵害に他ならない。
しかし都知事選のように、「行うべきを行わない」ことで勝利する目もあるのだろう。高市陣営はそちらにベットしたということだ。
さて、この判断において高市総理に決定的に欠落していたのが、各ステークホルダーへの敬意と配慮である。急遽代役として矢面に立つことになった自民党代議士や、総理との討論を用意してきた各党党首、場を準備したNHK。何より、総選挙前唯一の党首討論という機会を注視し、貴重な時間を割いて視聴した国民が多数いる。
これら各方面に対する具体的な言及や謝辞、代替案はあっただろうか。欠席報告と直後の発信において、そのような気づかいが全く見られなかったという事実は、高市総理の視線が国民全体ではなく、自陣営のために向けられていることを冷徹に物語っている。
今回の総選挙は、2月の豪雪地帯における自治体職員の疲弊、予算編成の空白による国政の遅滞、海外投票の物理的困難といった多大な社会的コストを国民に強いてまで決断されたものである。 それほどの代償を払って用意された「判断の場」において、事実として総理はその中心地である討論会を30分前ドタキャンし、直後に自陣営の熱狂が約束された遊説地へと走った。
投票箱の前で問われるのは、もはや各々の「選挙区候補者の優劣」ではないのかもしれない。高市総理がこの選挙全体において何を行ったのか、そしてなにを行わなかったのかに対する採点である。
この日の朝日新聞夕刊一面には「自維300議席超うかがう 中道半減も 参政・みらい勢い 朝日調査」という記事が踊っていた。
Permalink |記事への反応(21) | 12:57
働かせて、働かせて、働かせて、働かせて。
地方公務員、特に選管の職員をデスマーチに追い込んでおいて、掲げた目標がこれかよ。
このあだ名、単に語呂合わせだと思ってる信者も多いだろうけど、本当の意味を知ってるか?
TACO = TakaichiAlways ChickensOut
あれだけ「強い日本」だの「国家の主権」だの勇ましいことを叫んでおいて、いざ自分が解散のボタンを押した途端、勝敗ラインの設定で完全に「TACO(チキン)」ったな。
は?
自分都合で、現場が死ぬようなスケジュールの急戦を仕掛けておいて、目標がそれ?
これのどこが「鉄の女」だよ。ただの「保身の女」じゃねーか。
トランプの真似事をして強いリーダーを演じてるつもりかもしれないが、本家(TrumpAlways ChickensOut)と同じで、肝心なところでビビって保険をかけまくる。
「負け」の定義を曖昧にして、責任を取らなくて済むような低いハードルを用意する。
まさに TakaichiAlways ChickensOut. 羊の皮を被った狼ならぬ、虎の皮を被ったチキンだ。
あんたがビビって「逃げ腰(ChickensOut)」の目標設定をしてる裏で、現場の公務員は「逃げ場なし」で働かされてるんだよ。
深夜まで開票準備やらポスター掲示場の設置やらに追われてる職員の背中に、あんたのその「志の低さ」はどう映ってると思う?
「どうせ勝てる戦しかしないくせに、俺たちを使い潰すのか」
そう思われても仕方ないだろ。
支持層も、「高市さんならやってくれる!」とか言ってる場合じゃないぞ。
「TACO市」の本性見たり、って感じだわ。