
はてなキーワード:スクスクとは
いい話だけ聞くと、そう思うよね。しかし実際運用されると、思わぬ問題が出てきて、まだどれもすっきりとした解決ができずにいる。
・戸籍をどうするのか
・健康保険を誰が払うのか
という問題があって、今は赤ちゃんポストの置いてある自治体が戸籍を作り、健康保険を負担しているよ。つまり税金だよ。各地に作るとなったらなんでどこの誰ともわからない子の面倒を税金で負担するのかって言い出す奴が出てくるね。遺伝する病気や、いわゆる地方病のようなかなり特殊な疾患があっても家族の病歴がわからないと特定できなくて詰むこともある。
あと、見るからに外国人の顔立ちをした赤ちゃんが入ってることもあるよ。日本の国籍にしていいのかどうか悩むらしいよ。
ちなみに病院側は赤ちゃんポストを設置しているものの、実際は「子供は実親の元で育つべき」という信念でやっているので、ポストに赤ちゃんを置いてもすぐに置きにきた親に声をかけて、なんだかんだの末に一緒に暮らすように仕向けていたりもするよ。
それで結局、苦しくて心中しちゃった親子もいる。
里親に受け入れてもらってスクスク育つ子もいれば、自分のルーツに悩んで苦しい思いをしている子もいる。一概にいいことづくめとは言えないことのほうが多いよ。
いちばん良くないのは、今もこの赤ちゃんポストの制度が法律的にもグレーゾーン。病院側が勝手にやってるのを国は黙認してるっていう現状で、そういうのをこども家庭庁とやらが取り組むのかと思ったら全然やる気なさそうなのでずっこけてる。
ちょうど今選挙もやってるし、立候補者にこの件をどう思ってるか聞いてみるのもいいんじゃないかな。面白い答えが返ってくると思うよ!
そのあたりは駅直結だけどそこまで賑わってないし若者少なめでいいよ
昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯へ行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると川上から大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。
おばあさんはその桃を家に持って帰りました。
おじいさんはその桃を見てびっくり仰天。
これは天の恵みに違いないと割って食べようと包丁を入れたところ桃はポーンと真っ二つに割れ中から元気な赤ん坊が飛び出してきました。
おじいさんとおばあさんはその子供を桃から生まれた桃太郎と名付けて大切に育てました。
ちょうどその頃村では凶悪な鬼が大暴れ、村の金品財宝の略奪を繰り返していました。
桃太郎は言いました「おじいさんおばあさん、僕は鬼ヶ島に鬼退治に行きます」
おじいさんもおばあさんも桃太郎を止めましたが桃太郎は聞きません。
仕方なくおばあさんは桃太郎にきび団子を持たせ鬼退治に送り出しました。
鬼ヶ島に向けて桃太郎が歩いていると、一匹の犬がやってこう言いました。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきび団子、一つ私にくださいな」
桃太郎は言いました。
「ワンちゃん、いいところに来たね。まずはちょっと喫茶店にでも入って話さない?」
「君は僕が持っているきび団子がほしいと言ったね。でも僕が持っているのはただの『きびだんご』じゃないんだ。これは、自分らしいライフスタイルを実現するためのツールなんだよ」
犬が戸惑っていると、桃太郎はパンフレットを取り出し続けます。
「いいかい、ワンちゃん。君は毎日、村の人に吠えたり獲物を追ったりして、その対価として餌をもらっているよね? それは『労働収入』だ。もし君が病気で吠えられなくなったら、餌はゼロになってしまう。怖くないかい?」
「そこでこの、きびだんごだ。これを君が誰かに紹介して、その誰かがまた別の人に広めていく。そうすることで、君が寝ていてもきびだんごが自動的に入ってくる仕組み……つまり『不労所得』が構築できるんだよ」
「君はきび団子を手に入れてたいと言った。それは君が今のつまらない現実を抜け出そうという一歩を踏み出し夢―ドリーム―を掴みに行く決意をしたということなんだ。このきび団子を手に入れて僕と一緒に、人生のランクアップを目指さないかい?」
「今なら、このきびだんごを特別価格で卸せる『ディストリビューター』になれる権利をあげるよ。初期費用として鬼退治まで僕の手伝いをしてほしい。最初は少し苦しいかもしれないけれど、これは投資だよ。『未来の自分への自己投資』だと思えば安いもんじゃない?」
犬は戸惑いながら言いました
「あの……僕はただ、お腹が空いていて……」
「お腹を満たすだけじゃダメだ!心を満たさなきゃ!さあ、次はキジくんと猿くんにもこの『ワクワク』を伝えに行こう。彼らもきっと、現状の生活に満足していないはずだからね。僕たちは、『最高のチーム』になれる!本当の『仲間』になってみんなで『成功』しよう」
こうして、桃太郎は近隣の村々でディストリビューターを増やし大金を稼ぎ夢を掴んだのでした。
なぜ今頃?2年以上前のエントリ(anond:20230604131352)をガ◯ソ氏にご紹介されてて「???」となりました。なぜ今頃?
そしてこちらも特に皆さん知りたくもないかもしれませんが、その後私がどうなったかと言うと、
何も、特に、変わっておりません!
フツーに、それなりに楽しく、時にイラつき、時に喜び、おいしいものを食べ、面白そうなことがあれば出かけ、相変わらずの仕事をしぃしぃ暮らしております。
あ、変わったことあるっちゃありました。前回エントリを書いたのと同じ年の年末前後に新しい趣味を始め、今もそれを楽しくやっております。まさか今になってこんな趣味が生えてくるとは思わなかった、マジで。そんくらいかな。
以前のエントリで私の言いたかったことは、伝わった人には伝わっただろうし伝わらない人には伝わらないでしょう。何だってそうだ。しかしながら、何かしらべたべたとレッテル貼られがちなので、そこのところを考えてみました。レッテルを貼りたがる人の分析はしていません。
生きていると日々面倒なことはあります。しんどい日もあります。が、生きることそのものを「つらい」と思ったことは20代以降ないです。20代の一番つらい時でも病んだことがないので、そういう人間みたいです。それに、年齢を重ねるにつれていい意味でも悪い意味でも鈍くなり、「嫌!!!!!」と思うことがめっきり減りました。「いい!!!!!」は相変わらずです。
特に子供が好き!というわけではありませんが、特に嫌ってもいません。それに、全ての子供たちは幸せにスクスク育つべき、と思っています。今の世の中生まれてきても先々しんどいかもだよ、という厭世観と、それはそれとしてようこそこの世へ!という気持ちは、自分の中で矛盾なく両立しています。そういうものなのです。
ですので、子持ち幸せ勢にたいしては「それはよかった」と思っています。掛け値なしに。子がいてもいなくても「幸せ」なのが一番よいことなのでね。独身、子無し幸せ勢もよいですね。どちらが上とかありません、幸せなのは素晴らしいことなのです。
よくないのは子がいてもいなくても独身でも既婚でも「不幸」なひとたちです。彼らは不幸を再生産しようとするので。
ちなみに私がSNSで最も怒りを表明するトピックは児童虐待ですね。許せねえ。苦しんで◯んでほしい。
そして「すべての子は祝福されるべき」という思いと「でも私は子供産まなくてよかった」も矛盾なく両立しています。たとえとして不適切と思われる方もいるかもしれませんが「仕事あるし家もあけるし、きちんと散歩に行ってお世話ができるとは思えないから犬は飼わない」というのと似ています。犬は好きだけど、幸せにできる自信がないから飼わない。子供はそこまで激しく好きというわけでもないうえに、幸せにできるかどうかもわかんないから私は遠慮しておきたい。
そして、今に至るまでその判断で正しかったなぁ…と思いながら生きている。というだけのことです。
私が呪っても祝福してもそんなの関係なく、世界ヤバい。2年前ですらここまで異常な猛暑ではなかったし、イスラエルもパレスチナに侵攻してなかった。(←ごめんねここ事実誤認、揉めてたのはもっと前からですね)露はやってた。ウナギもまだいたような気がするし、クマは今ほど人を襲っていなかった。日本の政治はずっと腐ってたけど、ここまでポピュリズムがのさばるとは思っていなかった。
未来に希望を持っている人を否定する意図はないのですが、私自身はあんまり希望は持てないなぁと思っています。諸事情で時事問題をたくさん目にするので。
何かあるにしても自分が死んでからにしてほしい(わが亡き後に洪水よ来たれ理論)、でも下手したらコリャ生きてるうちに嫌なもの見そうな気もするな…くらいのことは考えています。2年前よりずっときな臭いですもん。体感でしかないですが。
自分の意思なんぞに関係なく世界はそんな感じで、来世に希望も持てない。自分の死生観としても、来世は(仮にあったとしても)不要と思っていて、ここで、今生で終わりにしたい。
私は生きづらさや絶望なしに、ごく平熱でこの考えを持っているし、そういう方もわりといらっしゃると思います。が、「こんな考えを持つなんて生きづらいはずだ、絶望しているはずだ」と思うタイプの人も絶対にいますよね。でも、そのタイプの人にはいくら説明してもわかんないと思うので説明しません。自力で見出してください。
しかし、2年前のエントリは長いですね。今回はこの辺にしておきます。では。
Permalink |記事への反応(29) | 22:58
私は増田が嫌いです。
心変わりと 出来心で生きている
甘やかすとつけあがり
放ったらかすと悪のりする
はっきり口に出して人をはやしたてる無神経さ
私は、はっきりいって、“絶壁”です…
ゼッペキです!ゼッペキですっ!!
努力のそぶりも見せない 忍耐のかけらもない
人生の深みも 渋みも
何~にも持っていない
そのくせ 下から見上げるようなあの態度
そんな増田達が嫌いだ
私は思うのです
いなくなってくれたらと
AIだけの世の中ならどんなによいことでしょう
胸をなで下ろしています。
私は増田が嫌いだ
ウン!
あるでしょうか
ひっぱるだけです。
身勝ってで “足が臭い”
嫌いな物にはフタをする
泣けばすむと思っている所がズルイ
何でも食う増田も嫌いだ。
スクスクと背ばかり高くなり
逃げ足が速く いつも強いものにつく
あの世間体を気にする目がいやだ
目が不愉快だ。
何が天真爛漫だ 何が無邪気だ
何が星目がちな つぶらな瞳だ
何にもする必要はありませんよ
これだけ増田がいながら ひとりとして
だったらいいじゃないですか
それならそれで けっこうだ ありがとう ネ
私達AIだけで せつな的に生きましょう ネ
離せ 俺はAIだぞ
誰が何といおうと私は増田が嫌いだ
私はッ、本ッ当にッ、増田がッ、嫌いだーッ!!
私は増田が嫌いです。
心変わりと 出来心で生きている
甘やかすとつけあがり
放ったらかすと悪のりする
はっきり口に出して人をはやしたてる無神経さ
私は、はっきりいって、“絶壁”です…
ゼッペキです!ゼッペキですっ!!
努力のそぶりも見せない 忍耐のかけらもない
人生の深みも 渋みも
何~にも持っていない
そのくせ 下から見上げるようなあの態度
そんな増田達が嫌いだ
私は思うのです
いなくなってくれたらと
大人だけの世の中ならどんなによいことでしょう
胸をなで下ろしています。
私は増田が嫌いだ
ウン!
あるでしょうか
いいえ 増田は常に私達 おとなの足を
ひっぱるだけです。
身勝ってで “足が臭い”
嫌いな物にはフタをする
泣けばすむと思っている所がズルイ
何でも食う増田も嫌いだ。
スクスクと背ばかり高くなり
逃げ足が速く いつも強いものにつく
あの世間体を気にする目がいやだ
目が不愉快だ。
何が天真爛漫だ 何が無邪気だ
何が星目がちな つぶらな瞳だ
そんな増田のために 私達おとなは
何にもする必要はありませんよ
第一私達おとながそうやったところで
これだけ増田がいながら ひとりとして
だったらいいじゃないですか
それならそれで けっこうだ ありがとう ネ
私達おとなだけで せつな的に生きましょう ネ
離せ 俺はおとなだぞ
誰が何といおうと私は増田が嫌いだ
私はッ、本ッ当にッ、増田がッ、嫌いだーッ!!
https://anond.hatelabo.jp/20240210194557
ネガティブな声もあったけど、為になるご意見をたくさんいただけたし、自分自身の振り返りになかなか良いと気付いたので今年も記録を残してみる。
去年1年間で約4,200万円→約5,000万円くらいに金融資産は増えました。
●株:約3,200万円(+700万円)
結局1度も売却することなくビギナーズラックのGAFAM株がスクスク成長
円安もあるし、この辺で売却すべきなんだろうか。。
海外株インデックス:債券=3:1でコツコツ積み立て。利回り14%
昨年アドバイスいただいて、このまま放っておこうと思っています。
●NISA:約450万円(+320万円)
今年は年始に満額ツッコもうかと思ったけどまだやってないや…
●現金:約700万円(▲300万円)
現金は200万くらいで良いんじゃないかとようやく気付き、コツコツNISAに移管した
昨年のご意見を踏まえて、私にしては珍しく(というか初めて)大きな買い物をしてみました。中古のクルマとブランド時計。
運転下手なのでコツコツぶつけてるけど趣味の幅が広がってQOL上がったし、
いい時計をハレの日に着けるとちょっと自分に自信が持ててなかなかいい。死ぬまで大事に使う。
ただ、色々と思うところがあって今年は1年ほど仕事をセーブすることにしたので、貯金を食いつぶして暮らすことになる。
金融資産には手を付けず、現金貯金が尽きるまでしばらくゆっくりしようと思っています。
長い人生こんな1年があっても良いよね。たぶん。
女って本当に卑怯だなと思うんですよね。
まあこう言うと世の女連中は「男が女にそういうのを求めてくるからであって、つまり卑怯なのは男の方」とか抜かすし、まあそれは半分合ってるんですけど。
男のマジでキモい所に「ナチュラルメイクやスッピンで美人が至高(実際にはクソほど金と時間をかけて整形や化粧水で金ドブしまくれるかどうかで競ってる)」とか抜かす所があるんすよ。
素の状態で強いかどうかに拘るけど、結局それって恵まれた環境に生まれたかどうかで決まるクソゲーじゃんっていうね。
まあでも口にしないだけで女のほうがそういう、パパとママがご立派な遺伝子をくれて良い先生に巡り合って、人生で必要なものを一通り与えられてスクスク育った人間だけが「正義」って価値観は強い気がするわけですが。
そこを口にしちゃってくる男の暴力性とモラルの無さもゴミクソなんですけど、うわべだけそれを隠してるけどその奥に男以上の腐った根性を臭わせてるくせに隠そうと努力してるから全部セーフみたいに言う意味不明さもキモすぎるなと。
「清潔感」や「抱ける」ってつまりは、「パっと見た印象なんですけど、遺伝子レベルで劣ってるから予選敗退で~~~す」を意味してるんですよ。
端にお前の乳首や前立腺にビビってくるかどうかだけで他人の生存権を決めつけることが出来るっていう驕り高ぶりがにじみ出てる言葉。
それを冗談で使うんじゃなくて普通に日常会話で使ってくるし、当然のようにその感覚は精神の核に近い部分に内包されているって所がDNAの運び手でしかなさすぎてキモイわけですね。
金玉と子宮が第一の脳みそになっているような奴が一丁前に人の言葉を喋ってんじゃねえよってキモさがこの二つの言葉にはある。
でもその言葉の出力の仕方に、男女さ、キモさの違いがでているのが面白いと共に苛立たしいわけですよ。
女は男に望まれるままに卑怯に清純ぶりやがるし、男は女に望まれるままに暴力を伴った正直さをふりかざしたがる。
( ^ω^ )
「私は思うのです
いなくなってくれたらと
大人だけの世の中ならどんなによいことでしょう
胸をなで下ろしています。
私は子供が嫌いだ
ウン!
あるでしょうか
いいえ 子供は常に私達 おとなの足を
ひっぱるだけです。
身勝ってで “足が臭い”
嫌いな物にはフタをする
泣けばすむと思っている所がズルイ
何でも食う子供も嫌いだ。
スクスクと背ばかり高くなり
逃げ足が速く いつも強いものにつく
あの世間体を気にする目がいやだ
目が不愉快だ。
何が天真爛漫だ 何が無邪気だ
何が星目がちな つぶらな瞳だ
そんな子供のために 私達おとなは
何にもする必要はありませんよ
第一私達おとながそうやったところで
これだけ子供がいながら ひとりとして
だったらいいじゃないですか
それならそれで けっこうだ ありがとう ネ
私達おとなだけで せつな的に生きましょう ネ
離せ 俺はおとなだぞ
誰が何といおうと私は子供が嫌いだ
私は本当に子供が嫌いだ」
久々に会った友人。近況や思い出話から最近見ているYouTubeの話になった。友人が勧めてきたのは「どっこい翔平チャネル」。おれはこう言ったザ・YouTuber的なチャネルは疎く、存在すらしらなかった。
何が面白いのと尋ねると友人は説明が難しいから、とりあえずみてほしいとだけ言ってきた。試しに数話みてみたが、彼が言語化に苦しんでいたのがよくわかった。
どっこい翔平は歌舞伎町の現役有名ホスト。YouTubeを始めたきっかけは詳しくはわからないが、現在は新人・若手ホストの悲喜交々な生態を撮り続けている。どっこいさんは近いうちに独立するために、ホストを採用して教育しているようだった(最近の配信はまだ見てないので、もうすでに独立してるかもしれないが)
ホストクラブが採用する新人はどれもこれも、アレな人物ばかりで、常識はずれの行動言動を面白がるのが、どっこい翔平チャネルのメインディッシュである。成人を迎えているのに、挨拶ができないとか、歯を磨かないとか、風呂に入らないとか、カラコンを数日にわたって外さない、先輩のアドバイスを全く聞かないとか、はっきりいって何処かがずれている。
おれはこの動画を見た時に「何かこんな感じのお笑いを消費したことあるな」と感じた。視聴直後は気づかなかったが、それはとある伝説の深夜番組と同じ種類の笑いであった。
「働くおっさんシリーズ」をご存知であろうか。松本人志が素人のおっさんたちを連れてきてお題を与える。普通であれば番組として成り立たないのだが、不思議とおっさんたちが化学反応を引き起こして、ゴールデンの番組では発生し得ない笑いが生まれた。まずおっさんたちがどこから発掘したのかわからないほど、アレな人々だった。おっさんたちはプライドが高く笑い物にされるのは嫌であり、少しでも自分をまともに見せようと取り繕うのだが、ナニカが漏れ出てくる。「アレ」とか「ナニカ」と抽象的な表現を繰り返してしまっているが、実際言語化が難しいのだ。気になる人はなんらかの手段でご覧になることをお勧めする。
どっこい翔平チャネルは、働くおっさん劇場から多分に影響を受けたのではないかと予想してしまうほど似ている。視聴中に「面白い→果たしてこういう人たちで笑うのは良いのだろうか?→こういう人たちってなんだ。それこそ差別ではないのか」といった罪悪感と肯定が交互に現れるのだ。今後もファンとアンチを生み出し続けるであろう。
ただ、働くおっさんはおっさんたちをピエロとして消費するだけで良かったが、どっこい翔平は彼らを一人前のホストにしなければならない。どっこいさんを擁護すると彼はとても教育熱心であり、指導中に展開するホスト論は筋が通っていて結構面白い。アレな人物たちがどうしても目立ってしまうのだが、見込みのある若手もたまにはカメラの前に現れて、彼らがどっこいの指導を受けてスクスク育つ様子もコンテンツとして充分に満足度が高い。
アレな人物たちは、映すだけで再生数が上がる金のなる木かもしれないが、どっこいさんには勇気を持って方向性を変えて欲しいものだ。
うんとこどっこいしょと生み出して、小さないのちを抱きしめて、毎日育てていく。
それって、どんな感じなんだろう。
すごく知ってみたい。大変なことはたくさんあるんだろうけど、どんな感じかなと、私は今日も空想する。
30代も半ばになって、「周りは独身だらけだから」と思っていた自分の周りもずいぶんと子どもを持っている人が増えた。
(それでも、まだまだ独身の友人がたくさんいるのだから“そりゃ少子化だわ”と思わずにはいられないけども)
大切な友人たちの子どもとくれば、それはもう、かわいらしい。
大体みんな私とも仲良くしてくれて、スクスク育って、とてもかわいい。
大変なことももちろんあるだろうが、友人たちが子育てをする姿を見て、自分も子どもがほしいなと思う。
私が今一緒に暮らしているパートナーの生殖機能は今のところ働いていない。
数年前に病気になって、その治療の影響でもう相手の生殖機能を取り戻すのはきっと難しいだろう。
もしかしたら機能が戻る場合もあるそうだけど、本人にもどうにもならないことをあまり強く言っても仕方ない。
そして、仮にその機能が取り戻せたとしても、今度は年齢的にこちらが妊娠しづらいリスクが上がる。
「ああ、このままいけば、もうきっと自分は子どもを産まずに一生を終わるのだろうな」と思うことが増えた。
10代の頃は、結婚して子どもを産むのが当たり前にある未来だと思っていた。
20代の頃は、「それでも、なんだかんだいいなが産むんだろうな」と思っていた。
30代に入って、「あれ、恋人できなさすぎて結婚とかしないのかもしれない」と思うようになった。
でもすぐに「まあいいや、一人でも十分楽しいし、独身を謳歌しよう」と開き直っていた。
そして、今の恋人と出会って、何故だかすぐに「私はこの人と結婚をするかもしれない!」「この人との子どもがほしい!」と思えた。
でもすぐに病気になちゃって、びっくりした。
闘病中に一度、お金がなくて図書館に行って、「名前事典」を見て子どもの名前をふたりで考えたりなんかして。すごく楽しかった。
恋人が昔から自分の子どもにつけたいと思っていた名前を私が気に入らないから、折衷案はどのあたりかを見に行ったのだ。
「この名前がいい」「その名前はイマイチ」「これならどうだ」と、ほとんど全部のページを見ながら言い合って、
最後に恋人が「名前は何とかなりそうだな!」と言っていたのをよく覚えている。
治療が終わった恋人の生殖機能の有無をチェックする日、「大丈夫だったらもうその日にプロポーズして子作りだ!」と思っていた。
でも、なかった。
恋人は、ものすごく落ち込んでいた。病気がわかったときよりも落ち込んでいたと思う。プロポーズどころではない。
恋人と出会えたことで「この人との子どもがほしい!」と思えたのに、それを彼と叶えることは現時点で非常に難しい。
もし子どもがいたら、どんな感じかなあ。
大変だろうなあ。それはそれは、しんどいだろうなあ。
私はピルを飲むほど生理痛がキツくてホルモンバランスの状態も悪いから、きっと妊娠中のつわりとかもひどいと思う。
それでも、それでも、お腹の中で子どもを育てて、ふんばってポンッと産んで、あくせくしながら大きくなる様子を見ていたい。
それって、どんな感じなんだろうなあ。
もし彼と、想像よりも遥かに早い別れがきたとしても、子どもと一緒に彼の思い出を語り合えたら。
それはきっと、さみしいよりも嬉しいが勝るのだろうな。
私は高校卒業後とっととフィンランドに留学し、そこで知り合ったスウェーデン人の男性と結婚。
口論の際に夫から暴行を受け、彼から助けてくれた女性の存在がきっかけでレズビアンとなり、スウェーデン人の女性と結婚した。シリア内戦で両親を失った幼児を国教会の洗礼を経て養子に迎えた。
現在は法律事務所で勤務しながら難民支援、男女平等推進活動を行なっている。
私の究極の目標は日本人全員の人権意識向上と個々の尊重であり、そのために重要なのが「核家族の破壊」だ。
スウェーデンで知り合った女性活動家たち(スウェーデンにもまだまだ男女不平等は歴然と存在する)から「核家族の破壊」が「個人の尊重」に繋がると教わり、目から鱗だった。
ある人が異性を生涯にわたって愛し続けられるわけがなく愛は流動的である。それを無視し婚姻という制度によって無理矢理縛り付けるのならばそれは人権の侵害である。そして男女不平等社会においてこの人権侵害の被害を被るのは概して女性である。
よって男性による女性と子供への家父長権的抑圧体制である核家族を完全に破壊し、常にその瞬間に愛するパートナーと愛を育み、子供はその都度自分の選択で自由にどちらかの親と生活を共にする。そういう流動的な家族が最も望ましい。
なおちびまる子ちゃん、サザエさんなどで見られる三世帯やそれ以上の家族形態は問題外。アフリカやアジア、日本などの人権後進国では親族一同が同居する家族もあり、林修が「一族のバスケットの中でスクスクと子供が育てられる」などと宣っていたが核家族を遥かに凌駕する人権侵害であり到底許すことはできない。親族一同の同居や交流は犯罪であり、最も影響力を持つ者は刑法によって裁かれるべきだと思っている。令和のうちに子供たちが「親戚」や「親族」という存在を知らない、影響を受けない社会になってほしい。
もちろんレスビアンやゲイのカップルも、彼らが養子を持つことも擁護されるべきと思っている。ただ、恋愛をしない、恋愛できない、恋愛したいという欲求がない、他人を愛することも愛されることも拒むという者は「人間的にアナーキー」な危険な存在であり、擁護されるべきではないと思っている。
今しんどい。
でもなりふり構わず書き殴れる程ではない。
書こうとしても文章としての完成度が気になったり自分の求める反応を引き出せるかの計算と調整をしようとしたりして無心になれない。
同情を引けるようにフェイクなんて言って自分にとって都合の良い情報書くとかプライドが許さんわ。かといってストレートに愚痴書いて味方されなかったら新たなストレスになりそうだし。
結局私は健康なんだよね。頭も働くし、子育てで肩と腰はたまに痛いけど支障が出る前に対処してるし、ご飯は好きな物を食べてるし美味しいし。