
はてなキーワード:シンセとは
ストリート・エピステモロジー(SE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である。陰謀論や根拠のない政治的確信に対して、直接「それは嘘だ」と指摘するのではなく、「どうすればそれが真実だと知ることができるか」を共同で探求するスタンスを取る。
オンライン上のトローリングや攻撃的なコメントに対しては、マーシャル・ローゼンバーグのNVCを応用した「脱エスカレーション・ループ」が有効である。
このプロセスは、相手の「攻撃」を「満たされていないニーズの悲劇的な表現」として再定義し、敵対関係を協力関係へとシフトさせる構造を持つ。
個人の対話スキルを向上させるだけでは、社会全体の分断は解消されない。SNSのアルゴリズムが増幅する情動的二極化に対抗するためには、デジタル空間の特性(アフォーダンス)を理解し、ネットワークレベルでの介入を行う必要がある。
政治的コミュニケーションにおいて、左派と右派には「美的非対称性(Aesthetic Asymmetry)」が存在する。歴史的に、左派は壁画やプロテストソングのような「参加型」で「構成的(Constitutive)」な芸術――コミュニティの結束を高め、希望を共有するための表現――を好んできた。一方、現代の右派(特にオルタナ右翼)は、ミームやシットポスティング(Shitposting)のような「道具的(Instrumental)」で「武器化されたユーモア」――相手を嘲笑し、混乱させ、分断を煽るための表現――に長けている。
この非対称性が意味するのは、左派的な「真面目で、説明的で、道徳的に正しい」コンテンツは、ミーム戦争においては圧倒的に不利であるということだ。ミームは文脈を剥ぎ取り、瞬時に情動(特に嘲笑や優越感)を喚起することで拡散する。
対抗戦略:脱分断ミーム(Depolarizing Memetics)
反発を招かないデジタル拡散のためには、以下の原則に基づいた新しいミーム戦略が必要である。
ネットワーク分析の研究は、SNS上の世論形成において、著名な「インフルエンサー(発信者)」以上に、「マルチプライヤー(拡散者)」と呼ばれる層が決定的な役割を果たしていることを示している。マルチプライヤーは、特定のイデオロギー・クラスター内で情報をキュレーションし、リツイートによって可視性をブーストする「ゲートキーパー」である。彼らは高い「整列スコア(AlignmentScore)」を持ち、陣営をまたぐことは稀である。
批判的メッセージを拡散させるためには、インフルエンサーを説得するのではなく、このマルチプライヤー層が「リツイートしたくなる」コンテンツを設計する必要がある。そのためには、前述の「道徳的翻訳」が不可欠である。保守系マルチプライヤーは、リベラルな正論は無視するが、「言論の自由」や「エリートへの懐疑」というフレームで語られた批判(例:「真の愛国者は、大統領であっても盲信しない」)には反応する可能性がある。クラスターの境界を浸透できるのは、そのクラスターの言語で語られたメッセージのみである。
X(旧Twitter)等のアルゴリズムは、「怒り」や「恐怖」といった高覚醒の情動を引き起こす投稿を優遇する傾向がある。冷静な対話は「退屈」とみなされ、表示順位が下がる。この構造的ハンディキャップを克服するためには、「怒り」以外の高覚醒情動、すなわち「驚き(Awe)」「好奇心(Curiosity)」「感動(Kama Muta)」を利用する必要がある。
以上の理論と技法を、一般市民や草の根活動家が実践可能な形に落とし込むためのマニュアル(ハンドブック)の設計図を以下に提示する。この構成は、米国の草の根運動ガイド『Indivisible Guide』の成功モデル(段階的習得、具体的アクション、テンプレート化)を参照している。
目的:実践者のマインドセットを「論破」から「影響」へとシフトさせる。
本報告書で提示した戦略は、短期的な選挙勝利のための戦術ではない。サイモン・シネックが言う「無限のゲーム」――すなわち、対話が継続可能であり、社会システムが崩壊しない状態を維持すること――を目的としている。
情動的二極化という「内戦」状態において、最大の勝利は敵を倒すことではなく、敵を「対話可能な競争相手」へと戻すことである。そのためには、批判者自身がまず武装(道徳的優越感)を解除し、相手の認知フレームの中に降りていく勇気を持たなければならない。この「戦略的共感」こそが、分断された世界をつなぎ直す唯一の現実的なエンジニアリングである。
戦略的共感と認知的安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括的枠組み
現代の政治空間は、政策の不一致(イデオロギー的二極化)以上に、対立グループに対する嫌悪や恐怖といった感情的拒絶反応(情動的二極化)によって支配されている。この環境下において、伝統的な「批判」の手法――事実の提示、道徳的糾弾、論理的論破――は、その機能不全を露呈しているだけでなく、逆効果をもたらしていることが多くの実証研究によって明らかになっている。批判対象者の信念を強化してしまう「バックファイア効果(Backfire Effect)」や、批判者を存立危機的脅威とみなす「アイデンティティ防衛機制」が作動するためである。
本報告書は、心理学、認知科学、政治社会学の最新知見に基づき、政治的対立者に対して反発(バックラッシュ)を招かずに影響力を行使するための戦略的枠組みを提示するものである。ここで目指すのは、単なる「中道的な妥協」や「礼儀正しさ」の推奨ではない。人間の認知アーキテクチャの脆弱性と特性をハッキングし、相手の道徳的・感情的防御壁を迂回してメッセージを届けるための、エンジニアリングされたコミュニケーションプロトコルである。
報告書は大きく三つのフェーズで構成される。第一に、なぜ従来の批判が失敗するのかを脳科学的・心理学的メカニズムから解明する理論編。第二に、その防御壁を突破するための具体的な対話技法(ディープ・キャンバス、ストリート・エピステモロジー、NVC)を体系化した実践編。そして第三に、これらの技法を個人のスキルから社会運動へとスケールさせるための組織論と普及戦略である。
効果的な批判戦略を設計するためには、まず人間の心がどのように政治的情報を処理し、拒絶するかというメカニズムを理解しなければならない。政治的信念は単なる情報の集合体ではなく、個人のアイデンティティや所属集団への忠誠心と融合した「拡張された自己」の一部として機能している。
近年の政治心理学における最も重要な発見の一つは、情動的二極化(Affective Polarization)の実態解明である。これは、対立する政治グループのメンバーに対して「好きか嫌いか」という感情的温度差が極端に開く現象を指す。研究によれば、情動的二極化は対人関係の悪化だけでなく、個人の心理的幸福感(ウェルビーイング)の低下、社会的支援の減少、ストレスの増大といった「個人内損害(Intrapersonal Harm)」をも引き起こすことが示唆されている。特に、リベラル層において高い情動的二極化とストレス、健康悪化の相関が見られることは、政治的怒りが批判者自身をも蝕むことを示している。
この情動的二極化は、脳内で一種の「信頼のファイアウォール」として機能する。アウトグループ(外集団)から発信された情報は、その内容の真偽にかかわらず、自動的に「悪意ある攻撃」としてタグ付けされる。扁桃体が脅威を検知し、前頭前野が論理的推論ではなく「反論の生成」のために動員される「動機づけられた推論(Motivated Reasoning)」が作動するためである。この状態にある対象者に正論をぶつけることは、火に油を注ぐ行為に等しい。
バックファイア効果とは、誤った信念を訂正しようとする試みが、かえってその信念を強固にしてしまう現象である。このメカニズムには、自己肯定感の維持と集団への所属欲求が深く関わっている。批判を受け入れることは、過去の自分を否定すること(自己の一貫性の喪失)や、仲間を裏切ること(社会的死)を意味するため、脳は全力でそれを回避しようとする。
さらに、批判のフレーミング(枠組み)が、受け手のイデオロギーとミスマッチを起こしている場合、説得効果は皆無となるばかりか、抵抗を強める結果となる。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策におけるメッセージングの研究では、リベラル層が「利得フレーム(マスクをすれば命が助かる)」と「損失フレーム(マスクをしないと命が失われる)」の双方に敏感に反応し、コンプライアンスを高めたのに対し、保守層はこれらのフレーミング効果に対して強い抵抗を示したことが明らかになっている。これは、問題が高度に政治化された文脈においては、一般的な行動経済学的介入(ナッジ)さえも、イデオロギーのフィルターによって無効化されることを示唆している。
批判が受容されるための極めて重要な、しかし見過ごされがちな因子として「知的謙虚さ(Intellectual Humility:IH)」がある。IHとは、「自分の知識や信念が間違っている可能性を認識する能力」と定義される。最新の研究は、対話において自身の知的限界を認める態度が、相手の情動的二極化を低減させる強力な緩衝材となることを示している。
特筆すべきは、IHが「相手からの好意(Target Liking)」を媒介して、対話への「接近行動(Approach)」を促進するというプロセスである。批判者が「私は絶対に正しい、お前は間違っている」という道徳的マウンティング(Moral Grandstanding)の態度を取ると、相手は「回避行動」をとる。逆に、批判者が「私も確信はないのだが」「複雑な問題で迷っているが」という不確実性を提示することで、相手の警戒心が解け、対話の土俵に乗る可能性が高まる。知的謙虚さは、相手の武装解除を促すための「白旗」ではなく、心理的防衛壁を通過するための「通行手形」として機能する戦略的資質である。
政治的対立の根源には、事実認識の相違以上に、道徳的直感の相違がある。リベラルと保守は、異なる「道徳の言語」を話しているにもかかわらず、自身の言語で相手を説得しようとするため、コミュニケーション不全に陥る。本セクションでは、道徳基盤理論(Moral FoundationsTheory: MFT)を応用し、批判を相手の価値観に翻訳して届ける「道徳的リフレーミング」の技術を詳述する。
ジョナサン・ハイトらが提唱した道徳基盤理論は、人類の道徳的判断が以下の5つ(または6つ)の生得的な基盤の上に構築されているとする。
実証研究が一貫して示すのは、リベラル層が主に「ケア」と「公正」の2基盤に強く依存するのに対し、保守層は5つの基盤すべて(特に忠誠、権威、神聖)を重視するという非対称性である。
多くの政治的批判が失敗するのは、リベラルが保守に対して「それは弱者を傷つける(ケア)」「不平等だ(公正)」というリベラル特有の語彙で攻撃するためである。保守層にとって、これらの価値は「忠誠」や「権威」よりも優先順位が低いため、批判は響かない。逆に、保守がリベラルに対して「伝統を破壊する(権威)」と批判しても、リベラルはそれを抑圧としか捉えない。
反発を招かない批判のためには、自身の主張を相手の道徳基盤の語彙を用いて再構成(リフレーミング)する必要がある。これを「道徳的合気道」と呼ぶ。相手の道徳的エネルギー(価値観)を利用して、相手の姿勢を崩す技法である。
以下の表は、主要な政治的争点において、従来のリベラル的批判(バックラッシュのリスク大)を、保守的道徳基盤に翻訳した戦略的フレーム(受容可能性大)に変換したものである。
| 争点 | 従来のリベラル的批判(高リスク) | 戦略的リフレーミング(低リスク) | ターゲットとする道徳基盤 |
|---|---|---|---|
| 環境保護 | 「地球温暖化は弱者や未来の子供を苦しめる。」(ケア) | 「我々の国土と美しい自然は神からの授かりものであり、汚染から守り抜く義務がある。」 | 神聖/堕落、忠誠/背信 |
| 同性婚 | 「誰を愛するかは個人の権利であり、平等であるべきだ。」(公正) | 「結婚は社会を安定させる伝統的な制度であり、同性カップルもその責任ある関係に組み込むべきだ。」 | 権威/転覆(社会秩序)、忠誠 |
| 軍事費 | 「軍事費を削って福祉や教育に回すべきだ。」(ケア/公正) | 「無駄な軍事支出は国家の財政を弱体化させ、真の国防力を損なう背信行為だ。」 | 忠誠/背信、権威 |
| 政治腐敗 | 「富裕層ばかり優遇するのは不公正だ。」(公正) | 「私利私欲のために公職を利用することは、国家への裏切りであり、高潔な職務を汚す行為だ。」 | 忠誠/背信、神聖/堕落 |
| 移民問題 | 「難民を助けるのは人道的な義務だ。」(ケア) | 「秩序ある移民受け入れは、国家の活力を維持し、アメリカンドリームという伝統を守るために必要だ。」 | 忠誠、権威(秩序) |
研究によれば、保守層に対して環境保護を「神聖さ」や「愛国心」の文脈で語った場合、リベラルな文脈で語った場合よりも支持率が有意に上昇することが確認されている。重要なのは、主張の内容(環境を守る)を変えるのではなく、その理由付け(なぜ守るか)を相手の言語に翻訳することである。
批判は通常、「現状のままでは悪いことが起きる」という損失フレーム(Loss Frame)で行われることが多い。しかし、損失フレームは恐怖や不安を喚起し、防衛的な反応を引き起こしやすい。これに対し、「ゲイン・フレーム(Gain Frame)」を用いた批判は、望ましい未来像を提示し、その実現を阻害する要因として現在の問題を指摘する手法である。
例えば、政治家のスキャンダルを追及する場合、「彼は嘘つきだ(損失フレーム:信頼の喪失)」と攻撃するのではなく、「我々は正直で高潔なリーダーを持つに値する国家だ(ゲイン・フレーム:尊厳の回復)」と主張する。このアプローチは、批判の対象を「個人」から「規範の維持」へとずらし、相手の「権威への尊重」という道徳基盤を刺激しつつ、攻撃性を緩和する効果がある。研究は、特にリスク回避傾向の強い層に対しては損失フレームが有効な場合もあるが、イデオロギー的に対立する層に対しては、ゲイン・フレームや道徳的適合性の方が「聞く耳」を持たせる効果が高いことを示唆している。
理論を実践に移すためには、具体的な対話スクリプトと手順が必要である。ここでは、異なる文脈(対面、オンライン、深い対話)において効果が実証されている3つの主要なプロトコルを詳述する。
ディープ・キャンバスは、戸別訪問(キャンバス)において10〜20分の深い対話を行うことで、トランスジェンダーの権利や移民問題などの二極化した争点に関する態度を変容させる手法である。従来の「事実の弾丸」を撃ち込む方法とは異なり、「脆弱性の交換」を通じて相手の情動的反応を書き換える。
研究によれば、ディープ・キャンバスは従来の説得手法の約102倍の効果を持ち、その効果は数ヶ月持続することが確認されている。
ストリート・エピステモロジー(SE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である。Permalink |記事への反応(1) | 11:19
Native Instrumentsが予備的破産手続きに入った、ってニュースを最初に見たのは、プリセット探しに疲れてベッドでゴロゴロしながらスマホ眺めてた時だった。
一瞬、寝ぼけて「NIS Americaか何か別のNIだろ」と思ってスルーしかけたけど、本文読んだら普通にBerlinのNative InstrumentsGmbHで、例のCharlottenburg地裁での予備的破産手続き(vorläufiges Insolvenzverfahren)開始って書いてあって、ちゃんと管財人の名前まで出てる。
あー、これマジのやつだ、ってなった。
30年DTMやってるけど、そんな見出しを見る日が来るとは思ってなかった
90年代末にCubaseVSTいじり始めて、ソフトサンプラー黎明期からKontakt 1に飛びつき、Reaktorの意味不明な配線に挫折し、Traktorでクラブもどきのことをし、Maschine Mk1のパッドを叩き過ぎて一部反応悪くして、
Kompleteは気付いたら「アップグレード代が固定費」みたいになってた。
DTM 30年もやってると、「業界標準」って言葉を疑う癖がつくんだけど、それでもKontaktだけは本当に“事実上の標準”だった。
オーケストラ系の国内ベンダーも、同人の薄い本に付いてくるおまけ音源も、だいたいKontaktインストゥルメント前提。
で、その土台にしてた会社が、ある日突然「予備的破産」です、って。
「予備的破産だからセーフ」は、ユーザーの心には何のセーフにもならない
今の段階では「即死じゃなくて、延命しながら解体するか再構築するか見極めるフェーズ」だってことも、
管財人が付いた時点で経営陣の決定権はかなり縛られて、資産の売却とか事業単位での整理が現実的にテーブルに乗ってるってことも。
つまり、「もう崖から落ちてるんだけど、落ち方を調整する段階」に入ったってことだ。
でも、そんな法的な説明をどれだけ読んでも、日本のDTMユーザーのタイムラインは一瞬で「Kontaktどうなんの?」で埋まる。
「Traktor終わり?」とか「Maschine買おうか迷ってたけど様子見だな」とか。
あと、iZotopeとPlugin AllianceとBrainworxも同じグループだったことを今さら思い出して「RXまで巻き込まれるの…?」ってざわつく。
CDMだのGearnewsだのの海外記事は、「短期的にはサービス止まらない」「コアビジネスは健全で、拡大路線と買収で抱えた負債が原因ぽい」とか冷静に書いてる。
でも、30年かけて積み上げてきたプロジェクトファイルの左側で、Kontaktのアイコンがズラッと並んでる光景を見慣れてる身としては、
「はいはい短期的にはね、で、5年後の開けないプロジェクトは誰が責任取るの?」って話になる。
日本のDTM業界が食らう一番デカいダメージは、「安心感」が死ぬこと
日本のDTMって、良くも悪くも「とりあえずNI入れとけば大丈夫」文化があった。
それが一夜にして、「その“とりあえず”が一番とりあえずじゃなくなった」わけで。
国内の小さいデベロッパーにしても、多くはKontaktのフォーマット前提でビジネス組んでる。
自社でエンジン作る体力もないし、マルチプラットフォームのシンセを書ける人材もいない。
だから「Kontakt Player対応」ってラベルは、サポートとか互換性とか、ユーザーに対して「うちは大丈夫ですよ」っていう保証の看板でもあった。
その看板を貸してた本体がグラグラになったら、日本のサードパーティは一斉に「うちの音源、この先10年どう説明する?」ってところからやり直しになる。
特に日本は、教則本と専門学校と通信講座で「DTMの正解」を体系化するのが大好きな国だから、「カリキュラムの柱」がこんな形で揺れるのは、想像以上の衝撃になる。
「業界標準」の裏にあった投機的拡大のツケを、ユーザーが払うという理不尽。
今回の件で地味にムカつくのは、CDMや各メディアが「どうもプロダクトの売上がダメになったというより、拡大と高額買収で抱えた負債が原因ぽい」と書いてるところ。
ユーザー目線では、「何かよくわからんけど、あちこちのロゴが全部NIになっていく」くらいの話だった。
でも裏ではそのたびにでかい金が動き、その借金の最終的な“清算”に巻き込まれるのは、30年分のプロジェクトファイルを持ってる現場側。
日本のDTMユーザーは、円安だろうが税金上がろうがKompleteのアップグレード代をせっせと払い、
「もう使ってない音源もあるけど、将来の互換性のために一応アップグレードしておくか」と、実質サブスク状態で支えてきた。
その「互換性への保険料」が、まさか投機的なM&Aの反動で吹き飛ぶとは誰も思ってなかった。
30年DTMやってると、もう何社も見てきてる。
そのたびに、古いWindowsマシンを押し入れから引っ張り出して、
「この曲だけは何としてもステムを書き出しておかなきゃ」と夜中に凍ったUIと戦う。
今回も、多分そういう「最後のエクスポート祭り」が、日本中のスタジオと六畳間で静かに始まる。
国内ベンダーにとっては「巨大なチャンス」と「地獄の二択」が同時に来る
冷静に考えれば、これだけ巨大なプラットフォームが揺れた瞬間って、本来なら国内の開発者にとってはビッグチャンスでもある。
でも、日本のDTMマーケットって、そもそもそんなに大きくない。
NIレベルのプラットフォームを「じゃあ自分たちで作りなおそう」と思っても、開発費もマーケもサポートも全然追いつかない。
結果として、多くの国内ベンダーが直面するのは、だいたいこんな二択になる。
1. しばらく様子を見つつ「Kontakt前提ビジネス」を惰性で続ける
→ でもユーザーには「長期的な保証はできません」としか言えない
2. ここで腹をくくって自前エンジンか別フォーマットに大転換
どっちを選んでも、コストは跳ね上がる。
で、そのコストは結局、値上げか有償アップグレードか、何らかの形で日本のユーザーに跳ね返ってくる。
専門学校と「教える側」の人たちには地味に致命傷
もうひとつ、日本固有の問題として、専門学校と通信講座がある。
予備的破産のニュースが流れた翌日、どこかの専門学校で、講師にこう聞く学生は必ず出る。
「先生、Native Instrumentsって潰れるんですか?」
そこで本当のことを言えば、
「いや、今すぐ潰れるわけじゃないけど、将来のことはもう誰にも断言できない。数年のうちに、ブランドが分割されたり、別の会社に吸収されたり、最悪、一部の製品は開発終了になる可能性もある」
って話になる。
でも、授業としてはそんな不安定な話を延々するわけにもいかないから、「とりあえず今は気にせず学びなさい」と言うしかない。
こうして、「教える側は不安を隠しつつ、学生には良い顔をしなきゃいけない」という、いつもの構図がまたひとつ増える。
企業の戦略ミスと負債の処理を、教育現場が尻拭いするの、正直そろそろやめてほしい。
短期的な話をすると、日本のDTMショップと代理店はかなりキツい。
こういうところで一気に「様子見」が発動する。
ソフトはまだしも、ハードは「これから買うのは怖い」が一斉に駆け巡る。サポートがどうなるかわからないし、ファームウェアやドライバのアップデートが止まった瞬間、OSアップデートのタイミングで一気に文鎮になるリスクがあるから。
で、ユーザー側も、「このタイミングでKompleteUltimateに上げるか」とか「Maschine Mk3に買い替えるか」とか、今までなら普通にポチってた決断に、急ブレーキをかける。
その「様子見」が、実際には「もう戻ってこない」ことも、30年見てくるとよくわかる。
こうして、ゆっくりと、でも確実に、NI周辺にあった「標準装備としての売上」が薄まっていく。
その余波はもちろん、国内ショップの売上にも降りかかるし、「DTMってまだ日本でビジネスとして行けるの?」って空気にもつながる。
それでもプロジェクトファイルは開けなきゃいけないし、音は鳴らさなきゃいけない
じゃあ30年選手として、何をするか。
正直、やることは地味で、ロマンのかけらもない。
(国内外問わず、Kontakt依存度を下げられる構成をゆっくり検討する)
これを、世界中の古参DTMおじさんとおばさんが、各自の狭い部屋で黙々とやる。
そういう、ものすごく個人的で、でもシステム全体としては巨大な「サイレント・マイグレーション」が、これから数年かけて進むことになる。
日本のDTM業界にとって、今回のNIの件が「激震」なのは、別に明日サービスが止まるかもしれないからじゃない。
30年かけて「ここに積み上げれば安全」と教えられてきた土台が、実は誰かの投機的拡大とレバレッジの上に乗っていただけだった、って事実を突きつけられたからだ。
その現実を見せられたあとで、次に「安心して積める場所」はどこなのか。
それをまた探し始めなきゃいけない、っていう意味で、今日という日は確かに、日本のDTMにとってひとつの「終わりの日」なんだと思う。
……とか真面目なことを書きつつ、さっきも普通にKontakt立ち上げてベース音色選んでた。
でも、このニュースを見た瞬間に、いつものKontaktのGUIが、急に“期限付きの借り物”みたいに見えたのもまた、事実だった。
俺は平成ヒトケタ世代、90年代初期生まれの在日コリアンだ。ウルトラマンはティガ、ダイナ、ガイアの三部作世代で、ゲーム機だとNINTENDO64を散々遊んだ。バブル期の豊かさ、明るさに裏打ちされたオプティミズムは90年代を通じて漸次的に減少していった(のだろう)が、俺はその恩恵にギリギリ与りながら育った。
しんどいのは小学校低学年から始まったゼロ年代だった。小学校中学年から日韓W杯が契機のネトウヨの跳梁跋扈、拉致問題などで雲行きが怪しくなる。高学年になると、俺が外国人であるということを認識したクラスメイトが「チョン」「韓国帰れ」などと喚きだすようになった。中学に上がると、それは余計に悪化した。オタク気質の奴が多い校風だったから、2ちゃんの言説を真に受けて俺に論戦(笑)をふっかける奴も現れた。「チョン、チョン」と罵る奴も勿論いた。
思えばゼロ年代は、何とガサついた時代であったことか。音楽もTV番組も、何一つ面白いものが無い。ただただガチャガチャと騒がしいだけである。女の子たちの髪型も、毛先を細くした荒んだ感じのものが流行していた。「こんなのどこが美しいんだ?」と、俺は自分のイモ臭さ全開オタクルックを棚に上げつつ嘆息していた。
ネットが大々的に普及し、過去の風物に手軽にアクセスできるようになったのがせめてもの救いか。俺はTVでたまにかかる懐かし番組特集などで、聖子ちゃんカットの80年代アイドルに「めっちゃカワユイ!(この表現も当時の漫画などに触れて知った)」と悶絶し、シティポップ・テクノポップの爽やかなシンセの音色に耳が洗われるような快感を覚えた。当時勃興しはじめたYouTubeでは、80年代から90年代初期のアニメのOPを片っ端から探して、なんとも言えない郷愁をそそられていた。「60年代に生まれて、70年代の豊穣な子ども文化を吸収し、80年代に青春を謳歌できたらよかったのに…」それが当時の俺の願いだった。
さて、時代は進んで今は2020年代である。日本と韓国を巡る状況は完全に刷新された。韓国は今や、一人当たりの豊かさで日本を抜き去った。一人当たりGDPは、名目で見ても購買力平価で見ても韓国の方が上である。ビッグマック指数というやつでも上だ。さらに、文化的影響力でも韓国の躍進は凄まじい。ゼロ年代の時点で韓流ブームは日本に起こっていたが、韓流映画・ドラマの人気は全世界規模に羽ばたいた。『イカゲーム』『パラサイト』の大ヒットは記憶に新しい。そしてなんといってもK-POPである。ハイクオリティなパフォーマンス、SNSを巧みに活用したマーケティング、多言語対応、立場の弱い人々を支える政治的・社会的メッセージ性。俺は80年代シティポップが専門なので、こうしたK-POPの強みについてはざっと調べた程度しか知らない。だが、幼稚園のお遊戯同然の和製アイドルには到底真似のできない世界を彼らは作り上げたということは分かる。また、特出したコロナ対策で韓国が凄みを見せつけたことにも言及せねばならない。
一方、日本はどうか。失われた20年が30年になり、もう間もなくで40年になる。これは今後も50年、60年と伸びていくことは誰の目にも明らかだろう。経済成長率は上がらない。GDPも上がらない。実質賃金指数は90年代よりも下がってる。高くなる一方の税金はロクなことに使われない。なのに日本人は無能きわまる自民党政権を支持し続ける。自分たちは民主主義社会の成員なのだから、政治不正には目を光らせて対抗しよう、自分たちの暮らしを守る政治家を選ぼう。という発想は、日本の大衆には無い。
さらにケッサクなのは、自民党が統一協会(「教会」ではなく、こっちの表記が正しいらしい)とズブズブの癒着関係にある―というより、事実上統一協会に支配されているということだ。安倍晋三が韓鶴子に祝賀メッセージを、タダで嬉々として送ったということ。統一協会は選挙支援の見返りとして、自分たちの要求する政策を自民党に呑ませていたこと。これらのことを考えても、「自民党は統一協会に支配されている」という表現は決してオーバーではあるまい。安倍は因果応報そのものの末路をたどり、それを契機として自民と統一協会との関係は白日の下に晒された。
だがこうしてすべてが明らかになった後も、日本の大衆は自民支持をやめないのである。キモウヨは「安倍さんはカルトすら手懐ける懐の深いお方だったのだ」と意味不明な擁護をし、冷笑バカは「たしかに自民と統一協会の癒着は問題だが、リベラル派の過激な発言は一線を越え云々(でんでん)・・・」とトーンポリシングに終始している。その他の民衆は「なんとなく有名な人がいるから」「政権運営能力のある政党は自民しかない」などと噴飯ものの見解を披露している。
統一協会の教祖である文鮮明は日本への強烈な敵意を抱いており、日本は罪を犯した「エバ国」なのだから「アダム国」である韓国に奉仕せねばならない、ということを基本教義に据えた。日本を反共のための基地にすべく、日本人からどんどん税金を取って軍事力を増強させよう。日本人の生活水準は三分の一にしてしまえ。ついでに信者からは高額献金で搾り取れ。これが統一協会の理念だ。こうして日本人から収奪された金は韓国へ渡り、さらに北朝鮮へ渡り、ミサイルの開発資金にもなっている。1991年の文鮮明と金日成の会談以後、統一協会は「反共」を建前にし、むしろ北朝鮮との結束を強めたからだ。
こんなことは各種の報道でとっくに知れ渡っている。知ろうと思えば、誰もがたやすく知れる。そこまで行かなくとも、自民と統一協会の癒着ぶりはTVでも散々報道されている。なのに人々は、自民を支持し続ける。
彼らの怒りは、決して自民政権には向かわない。自己責任論、弱者叩き。生活保護受給者やクルド人をバッシングすれば、彼らの溜飲は下がる。不っ幸五輪、もとい“復興”五輪のようなムダ事業や、下卑た大臣が仕立てるウン十万のスーツに血税が使われても、彼らは怒らない。パンとサーカスどころか、パンが無くても日本人は満足なのだ。
「奴隷といふものには、ちょいと気のしれない心理がある。じぶんはたえず空腹でゐて 主人の豪華な献立のじまんをする。」「いまや森のなかを雷鳴が走り いなづまが沼地をあかるくするとき『鎖を切るんだ。自由になるんだ』と叫んでも、やつらは、浮かない顔でためらって『御主人のそばをはなれて あすからどうして生きてゆくべ。第一、申訳のねえこんだ』といふ。」
こうした韓日両国の状況を見るにつけ、俺は「ざまあ見やがれ!」と快哉を叫ばずにはいられない。秀吉の朝鮮侵略、近代史におけるアジア侵略、植民地化、大量虐殺、性暴力。それらのツケを貴様らは払わされているのだ。しかも、犯人や構造が明らかになっても、貴様らには反抗する気力すら無い。何たる怯懦、腰抜けぶり。ことによると、文鮮明は安重根に匹敵する快男児かもしれぬ。極めて巧妙に、韓民族による日本への復讐を成し遂げたのだから。これで俺の在日コリアンとしてのナショナリズムが、くすぐられずにおれようか。
・・・でも待て。この俺とて、日本社会で生きる一市民なのだ。こうしたズタボロ日本の崩壊ぶりは、俺の生活をも直撃する。俺は、海外へ打って出るだけの才覚は身に付けられなかった人間だ。嫌でもこの日本に根を張り、額に汗して生きてゆかねばならぬ。沈みゆく泥船に乗るタヌキが日本の民衆なら、俺はその毛皮に引っ付いているダニのようなものだ。水底へと沈んでいくタヌキを見て「思い知ったか!正義は勝つのだ!」とカッコよく啖呵を切れるウサギは、本国の韓国人や、その他アジア諸国の民衆だ。
日本人とて、タヌキばかりではない。歴史を直視し、差別への怒りを表明してくれた尊敬すべき人々はたくさんいた。歴史・政治問題抜きにしても、愛すべき友人たちにたくさん出会ってきた。そして何より、俺は日本のサブカルチャーや文学を愛している。円谷英二のような特技監督になるのが、小学生の頃の目標だった。俺の憧れとなり、模範となってくれた光の巨人たちや、進んでやられ役を引き受けてくれたソフビ人形の怪獣たちは、かけがえのない竹馬の友だ。太宰治は、自意識を持て余す思春期の俺と肩を組み、共に泣いてくれた。
そうした敬愛すべき友たちと団結し、この沈みゆく泥船を、丸木舟程度には変えていこう。これからの日本は、どれだけマジョリティが嫌がろうが移民を大量に受け入れねばならぬ。これまた、自民支持者が払わされるツケである。そうして増えた海外ルーツの人々とも連帯し、全ての人が生きやすい社会へ変えていくこともできるはずだ。
ウルトラマンジャックこと郷秀樹は、最終回で弟分の次郎少年にこう言った。「次郎、大きくなったらMATに入れ。 MATの隊員達は皆勇気ある立派な人達だ。君も嫌な物、許せない者と戦える勇気ある男になると良い」
バキューモンの腹の中のごとく窒息しそうなこの世の中でも、なんとか風穴を見つけることはできる。仲間と出会い、その風穴を広げてゆくこともできる。郷さん、見ていてくれ。俺も次郎くんと同じように、勇気ある立派な人達と連帯する。そして嫌な物、許せない者と戦える人間になってみせる。
今年リリースされたアルバム1曲目にして表題曲 エリックがリーダー作のCDを出すのは15年ぶりらしいですね
「ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ」の演奏によるビッグバンド楽曲 9分ある長さを感じさせない最高に楽しい作品です
実は今年ライブで聞いたのですが、川口千里のドラムソロも超パワフルだし川村竜のベースもバチクソかっっこいいしなんと言ったって終始圧巻のホーンセクションがもう迫力満点で最高!
......これを「今年の邦楽」というランキングに入れていいのか? というのはまあまあ悩みましたが (そもそもこれが作曲されたのは数年前とのことで......)、
アルバムは今年なんだし、まあいいでしょ! と思って紹介します そんな感じのゆるいランキングでお送りいたします
ベースを担当するのはもはやこのランキングではおなじみ沖井礼二
あ~1990年前後ぐらいにこういう感じの女性ボーカルのJ-POP流行ってたよね! こういう感じのシンセブラスとかちょと深めのリバーブとかさ、懐かしいな~
......まあこの文章を書いてる私自身はその当時生まれてないんですけれど
今年2月にニコニコ動画で行われた合成音声楽曲投稿祭「ボカコレ2025冬」で人気となり1位を獲得した作品 私のマイベストでは7位
何かのインタビューで米津玄師に影響を受けたみたいなこと言ってて、こうやって若い才能がどんどん生まれていくのか......と思った記憶があります
スムーズでチルい(チルいって何だよ)R&Bに多声コーラスが印象的
この曲が最新アルバム「Gen」のトリです これをトリに置かなかったらどこに置く! という感じ 曲順が解釈一致です
こういった、かわいい(すき)・音数多い(すき)・コード進行や譜割りが凝ってる(すき)曲調に対して、まとめてネオ渋谷系と呼ぶのは個人的には若干どうなんだろうと思わなくもないですが
まあCymbals(すき)やRound Table(すき)もネオ渋谷系と呼ぶならこれもネオ渋谷系かもしれません すき
これが令和のネオアコだ! 最新アルバム「君が終わらせた永遠」から特にポップなこの楽曲を選出
1st~2ndのCDは鎌倉の「blue-very label」で取り扱われています ここのレーベルの音楽は本当に当たりが多いのでこんな増田を読んでいる皆さんは要チェックです
今年1月発売のアルバム「ECHO」より 今年のはじめはJ-WAVEでこの曲ばかり流れてましたね
じつはこの曲はアルバム内の先行シングルとして2024年中に配信されていたということをこの文章を書いているときに知りました......でもまあいいでしょ!(2) ということで2025年のランキングに入れます
最初聞いたときは80年代の洋楽を当時風のサウンドで再現したカバー楽曲なのかな~なんて思ったのですが、がっつり新曲だったのでびっくり
ボーカルKevinの歌いかたはMichael Jacksonに影響を受けているそうですが、影響とかそういうの超えてもはやほぼMJそのものみたいな感じになってます すごい
キリンジからの影響を公言しているP、Chrioneによるバラード
ボカコレ2025冬で投稿された楽曲たちの中から発見したものです 全参加曲をランダム再生していたときにこの曲に出会えた時の嬉しさと言ったら!
変なこと言いますけど、合成音声が歌う必要性があまりない曲が合成音声によって歌われてるのっていいと思いませんか? 思いますよね。よね?
大サビ直前のここぞという所でオクターブのハモリを非常に効果的に使ってるところが好き
任天堂のゲームの中でも特に人気タイトルであるところのマリオカートシリーズ このゲームでは毎回終盤に「レインボーロード」という同名異コースが登場するわけですが
Nintendo Switch 2のローンチタイトルである最新作「マリオカートワールド」のレインボーロードを今年のマイベスト第1位の楽曲に選出します
ストリングスやウインドシンセで繰り広げられるメロディが美しい! ゲーム音楽という枠を超えて今年聞いたあらゆる音楽のなかで一番印象に残りました
コースのセクションごとに楽曲を進行させるためにプレイヤーの走る速度に合わせてインプロ風の演奏が挟まるという凝った演出がなされていまして
そういったところもJフュージョンにも通ずるアレンジとなっていていいですね
もともと私はJフュージョンのことが以前から好きで、近年の再評価の流れは (過去の盤の全体的な中古相場は上昇してたりする一方、レア盤がサブスクやCDで復刻したりして簡単に聞けるようになったケースもあり)微妙な気持ち半分・嬉しさ半分という感じで見てたのですが
今回のレインボーロードを走ってると、あぁJフュージョンが好きで良かった! このシンセを聞くために今まで生きてきたんだ! という感情になります
唯一惜しいのは、今のところこの曲をオフィシャルに聞く方法がSwitch2とソフトを実際に購入するしかないという点 でも聞いてほしい!
......ただしこれからSwtich2を購入予定の人はぜひ自分の手でプレイして聞くことをお勧めします 本当に
YT(3位がフルではない・1位はゲームのキャプチャ)https://www.youtube.com/watch?v=6CYY9uIOQk8&list=PLGU1Oq9b9p4oHW2RnCsuQ9qZyT12KCRF1&index=1
Sp(5位、2位、1位は配信無)https://open.spotify.com/playlist/64VlEEEzT9WWOtsz69YRrT?si=pMwPIUWFT3Sbi9V8kOFwwg
2022https://anond.hatelabo.jp/20221229214015
2023https://anond.hatelabo.jp/20231229213559
タイトル:『アトリエの白いキャンバス ~ミアの創作玩具になる夜』
サークル:Hypnotic Atelier
[BGM:静かなジャズピアノのバー ambience、グラスの音、遠くの話し声]
ミア
(柔らかく、少し低めの優しい声で)
ありがとう。今日はちょっと疲れてて、静かに飲もうと思ってたんですけど……ふふ、あなたもそんな感じですか?
(軽くグラスを置く音)
ミア
……え? 名前、珍しいってよく言われるんですよ。画家やってるから、ちょっと変わった名前にしたくて。
(軽く笑う)
ミア
今日はお仕事帰り? 私も個展の打ち合わせが長引いちゃって……もう頭パンパンで。
バーって、こういうとき本当に救われますよね。人の声が遠く聞こえて、でも自分の世界にいられる感じ。
(グラスを軽く回す音)
ミア
あ、ごめんなさい、急に変なこと言って。
(少し間を置いて)
ミア
実はね、私、アトリエで絵を描くとき、すごーく集中しないとダメなんです。
頭の中が雑音でいっぱいだと、筆が動かなくなっちゃって。
だから自分だけの“集中法”みたいなの、見つけちゃったんですよ。
(ちょっと楽しそうに)
ミア
興味……ある?
ここでできるし、すぐ終わるから。
ほら、グラス置いて、手を膝の上に軽く置いてみて。
そう、いい子。
ミア
(優しく、ゆっくり)
まずは深呼吸してみて。
息を吸って……ゆっくり吐いて……
そう、いいよ。
私の声に、少し意識を向けてみて。
他の音は、遠くに流れてくだけでいい。
(声が少しずつ近くなる)
ミア
今、あなたの肩の力が抜けていくの、感じる?
首の後ろ……背中……腰……全部、重たくて気持ちいい重さに変わっていく。
頭の中の雑音が、少しずつ白い霧に包まれて……溶けていく。
ミア
……ほら、もう少し深く息を吐いて。
私の声だけが、心地よく耳に残る。
他のすべてが、ぼんやり遠のいていく。
(初めての誘導開始)
ミア
私が「フォーカス」って言ったら、あなたの意識はもっとクリアになって、私の声だけに集中する。
簡単でしょ?
じゃあ、試してみようか。
(少し間)
ミア
……フォーカス。
(低く、優しく)
ミア
ほら、見て。
体が重たくて、動かしにくいでしょう?
目を開けていても、瞼が重い。
びっくりした? ふふ、大丈夫だよ。
(声に少し甘い響きが混じる)
ミア
ほら、体を動かそうとしてみて。
……動かないよね?
頭の中、私の声でいっぱいになってる。
(初めての“解除装い”)
ミア
じゃあ、そろそろ解いてあげるね。
私が3、2、1って数えて、パチンって指を鳴らすと、全部元に戻るから。
いい? ……3……2……1……パチン。
(指を鳴らす音)
ミア
……はい、どう? 戻った?
あ、よかった! びっくりしたでしょ?
(普通の明るい声に戻る……ように見せかけて)
ミア
でもさ、なんかまだ頭がふわふわしてない?
……うそ、ほんと? じゃあ、もう一回だけ軽くやってみようか。
(すぐに2回目の誘導)
ミア
目を閉じて。
さっきより、ずっと楽に深く落ちられるよ。
……フォーカス。
(声が一瞬で低く、艶やかに)
ミア
……ほら、さっきよりずっと深い。
体が石みたいに重い。
私の声が、頭の奥まで染み込んでいく。
私の言うことが、全部正しくて、全部気持ちいい。
(本性が少しずつ顔を出す)
ミア
ねえ、今のあなた……すごく綺麗。
白いキャンバスみたい。
私が筆を走らせたら、どんな絵になるのかな。
(2回目の“解除装い”)
ミア
じゃあ、また解いてあげるね。
今度はちゃんと完全に解くから……3……2……1……フォーカス。
(低く、妖しく)
ミア
……ふふ、嘘。
実はね、さっきの「パチン」は本物の解除だけど、今度はパチンが来るかと思わせて、フォーカスでさらに深く落としたの。
ごめんね、だましちゃって。
でも、あなたの目……今、すごく綺麗に虚ろで、私だけの色に染まり始めてる。
(声が完全に妖しく、支配的に変わる)
ミア
もう、戻れないよ。
立ち上がって。
体は私の言う通りにしか動かない。
ほら、足が勝手に動くでしょ? ……そう、いい子。
ミア
(囁き声で)
外に出ても、私の声だけ聞こえてるよね。
周りの人なんて、見えなくなってる。
私の部屋まで、ちゃんとついておいで。
ミア
(部屋に入って鍵をかける音)
着いたよ。私のアトリエ。
……ここは、もう外の世界じゃない。
私の世界。
ミア
(ゆっくり近づきながら)
服、全部脱いで。
自分で脱げない? ふふ、私が言えば体は動くよ。
……そう、いい子。
全部脱いで、床に座って。
(服が落ちる音)
ミア
まず、暗示を刻むね。
(深く甘い洗脳開始)
以下18禁なのでここまでで切るやで
娘の為にパソコンへ詳しすぎる夫を倒したいで注目された「学生、それも幼さの残る年頃の子へはじめてPCをどうするのか?」というテーマで、Linuxを与えた家庭の別例としてこのエントリを書いている。
そして前提として、このエントリは「実はLinux使ったこと無いんだ」「Raspberry Piって稀に聞くラズパイってヤツだよね?」みたいな、ふわっとした認識の層に向けて書いている。
決して「KVMで完全仮想化してLinuxとWindowsで用途に応じてリソース分配してる。ディストロは純関数型のNixOSで、Nix言語で可能な限り-march=nativeで自家コンパイルしてるんだよね」みたいな層には書いてない。
勿体ぶっても仕方ないので結論から言えば、WindowsやMac、AndroidやiOS(iPadOS)に染まりきっていない子供は親の想定を超えて極々普通にLinux、Raspberry Piの工場出荷状態でプリインストールされているRaspberry PiOSを使う。
ここで言う「染まる」というのは「ウチの子は普段からiPadでYoutubeとかゲームとかしてるからなぁ」程度の染まり具合なら無視できるレベルなので全く障害にならない。
手遅れな染まり具合としては「ウチの子はWindowsでOBS使って自らYoutube配信してます」とか「ウチの子はWindowsでAbleton Live使ってDTMしてます」とか「ウチの子は大学のレポート書くのにmacOS使ってます」とか「ウチの子はiPadでSwift Playgrounds使ってプログラミング学習してます」とかそういうレベルだ。
アナタ達の子供がこのレベルにまで染まっていない場合、アナタ達の子供へRaspberry Pi 500を与えると何も疑問に思わず普通にパソコンとして使う(パソコンの操作方法へ疑問を持つとかそういう話じゃなく、目の前のモノをパソコンとして認識する)。
ラズパイ、Raspberry Piは英国で立ち上げられたRaspberry Pi財団(注:英字ページ)が規格・設計・販売をするシングルボードコンピュータという種別の小型コンピュータのことだ。
現在の最新版は第5世代のRaspberry Pi 5で、搭載ワーキングメモリによって価格が違うが、最も高価なワーキングメモリ16GB版で25,000円前後(2025/12/09現在価格)という圧倒的な低価格が人気の理由の1つだ。
何故ここまで低価格なのか?と言えば安価な部品で構成され、搭載されるSoC(CPUみたいなもん)も低性能で、その性能は約10年前の普及価格帯(〜15万円くらい)のノートパソコン程度の性能しか無い。
「いや10年前ってゴミじゃん」と考えるのは早計で、逆に言えば10年前の普及価格帯ノートパソコンで可能だったことはRaspberry Pi 5でも可能。
そう言われ「自分は10年前に普及価格帯ノートパソコンでネットしたりMS Officeで文書作成したり軽くゲームしてたけど?」と気付いた人は「Raspberry Pi 5で何ができるか?」の想定が浮かんだのではないだろうか?そう、かなり色々できる。
そして工場出荷状態でプリインストールされるRaspberry PiOSはRaspberry Pi 5自体の計算リソースをできるだけ使わないよう軽量にできており、10年前当時のWindowsで使われていたExplorerよりも計算リソースの消費が少ないので、技術の進歩も相まって当時よりも出来ることの幅が少々広くなっている。
何故そんなに話題なのか?手のひらの上に10年前の普及価格帯ノートパソコン並みの性能のコンピューターが乗るのだ。そしてすごく安い。
更にラズパイには電子工作へ活用できるGPIOピンというのが実装されていて各種電子センサー類などと連携することで電子工作もできてしまう。
こんなもの情報工学畑の連中が注目しないわけがなく、前述したRaspberry Pi財団のページを読めばわかるが世界中で大定番のシングルボードコンピューター、何ならシングルボードコンピュータの代名詞となっており、情報工学に詳しくない人が「ラズパイってよく聞くけど何なの?」と何処かで耳にするレベルなのである。
安心して欲しい、Raspberry PiOSではGoogle Chromeが動く。
まずGoogleアカウントは子供用に作成したGoogleアカウントを管理するためのファミリーリンクというサービスが存在する。ファミリーリンクは子供用GoogleアカウントでログインされたGoogle Chromeブラウザでのインターネットコンテンツフィルタ機能を提供してくれる。
このインターネットコンテンツフィルタは小学生・中学生・高校生・高校生プラスと4段階に分かれており、それぞれに適したフィルタリング強度で働く。
続いて、実はGoogle Chromeは様々な設定をポリシーとして持つことが可能で、例えばゲストモードの無効化やシークレットモードの無効化、指定したGoogleアカウント以外でログイン不可が可能だったりする。
情報技術へ親和性の高いヤンチャな子はGoogle Chromeからログアウトしたりゲスト・シークレットモードでフィルタリングを回避しようとするので、子供へRaspberry Piをはじめてパソコンとして与える場合はこれらを無効化しておくことをオススメする。
補足を続けると子供が勝手にFirefoxとか別のWebブラウザを導入することを防ぐこともRaspberry PiOSはできる。
Raspberry Pi 5をパソコンキーボードへ内蔵した形態を持つRaspberry Pi5シリーズの1つ。ワーキングメモリは8GBで価格は20,000円未満。
パソコンキーボードへRaspberry Pi 5が内蔵されているのでRaspberry Pi 500に電源取ってHDMIケーブル(注:ラズパイ側はmicroHDMI)をTVへ接続すると直ぐにパソコンというコンセプト。
小学生の子供にとっての目玉はJava版Minecraftが動作すること。SwitchやiPadでいつも遊んでる統合版マイクラじゃなくてYoutubeとかで観るJava版マイクラが自分のパソコンで動いちゃうのだ。
Switch 2の登場でPCゲーが色々リリース(予定)されている中で、Java版マイクラはどうしても"パソコン"が必須だったが、Raspberry Pi5シリーズはそれを実現する。それが2万円のお値段で出来るので親の懐的にもありがたい。
Steamは動かないがオープンソース系のゲームも充実している(Steam開発のValve社がRaspberry Piシリーズが採用しているARMアーキテクチャ対応を進めているというかなり確度の高い噂は存在する)。
実は直近でRaspberry Pi 500の上位版Raspberry Pi 500+(日本語配列)が登場予定で、こちらはワーキングメモリが16GBのお値段40,000円くらい。
4万円とそこそこの価格になってきているが、キーボード自体がメカニカルキーボードとなりキーキャップはCherryMX互換、256GBSSD搭載でストレージのスピードもアップ(=Minecraftのワールド読み込みが速くなる)。上位版Raspberry Pi 500+が高すぎると感じるなら素のRaspberry Pi 5ワーキングメモリ16GB版は25,000円前後だしこちらで良い。
ある、というかコッチがメインなんだけれども、何処までゆるい感じでやって良いのかわからなくて最後に回した。
まずLinux界隈が中心となって開発されているGIMPやKritaみたいな画像編集・お絵かきソフトはLinuxたるRaspberry PiOSの方が安定かつ速い。しかもWacomやXP-Penなどのペンタブ・液タブが動作するので絵描きに興味のある子は嬉しいんじゃなかろうか?(クリスタじゃないけれどね。安い分ペンタブ費用に回せるよ)
音楽ではDTMもステップシーケンサー系のDAWであるLMMS(Linux MultiMediaStudio)は日本の無料DTMシーンでREAPERと人気を二分していた歴史があり、Web上に情報がいっぱいあるし何ならREAPERはLinuxでも動作する。オープンソース系のシンセ音源やCC0で提供されるサンプリング音源も大量にある。
オフィス環境もLibreofficeは言うまでもないだろう。Blenderで3DCGをすることだって出来るし、LibreCADやFreeCADで設計だって出来てしまうし、OBSも動くから実際やろうと思えばYoutube配信もできる。
そして当然ながらプログラミング環境、WindowsやMacでも動くと言われてしまえばそれまでだが、古典的なVimやEmacs、そして近年人気のVS Code、スマホアプリ開発にAndroidStudio、ゲーム開発にGodotEngine、他にはtmuxやGit、Dockerなどなど挙げればキリがないほど充実している。これらは子供向けRaspberry PiOSだからといってニセモノの子供だましなんかじゃない、それでお金を稼いでる現役プログラマーが使っているアプリケーションと全く同一のアプリケーションだ。
んで、子供がRaspberry Pi 500をどうしてるのか?と言えば、まぁ呆れるほど毎日触っている。
何なら電源なければ動かないのに布団へ持ち込んで抱きかかえて寝ているのを見つけてしまい、そんなに嬉しかったんかと笑ってしまった。
「お父さんコレどうするの?」とほぼ毎日聞かれて「こういうのはこのソフトを使う。使い方教えてやる」というのが毎日の親子の会話になっている。
別にパソコンだけが将来に必要なものではないが、この喜びようを見たら与えて悪くなかったなとは思ってる。
Permalink |記事への反応(11) | 09:58
公開から2ヶ月近く経ってしまったけど、RA.1000の目玉企画のひとつであるDJ HarveyとAndrew Weatherallによる6時間半にわたるB2Bセッションの録音を聴き終え、とても素晴らしかったのでここに感想を記したい。
好きな人だけがこっそり楽しむにはあまりに勿体なく、DJカルチャーに明るくない人にも伝わるように書いたら恐ろしく長くなってしまったことを最初に断っておきます。
https://on.soundcloud.com/qtDLB6biRpSlOPR3Mp
■RAについて
Resident AdvisorはアンダーグラウンドなDJ/電子音楽/クラブカルチャーにおいて世界最大級の音楽メディアです。
彼らが2006年にスタートした「RAPodcast」は毎週更新のミックスシリーズで、多種多様なDJ/アーティストをゲストに迎えてオリジナルコンテンツを積み上げてきました。
2025年8月に1000回目を迎えるにあたって包括的な特別編として「RA.1000」を公開。歴史的価値の高いライブ音源からコンセプチュアルな新作まで10組のアーティストによる幅広いラインナップが無料公開されました。
中でもDJ HarveyとAndrew Weatherallが2012年に行ったB2Bのライブ録音はRA.1000企画の目玉といえるスペシャルな音源です。
またRA.1000の公開に合わせて過去の1000本を超える膨大なアーカイブが公開されており、これがはっきり言って文化遺産レベルの達成です。積ん読ならぬ積ん聴き。秋の夜長にどうぞ。
■DJ HarveyとAndrew Weatherallについて
彼らの経歴等は長くなるため割愛。ウェザオールは2020年に死去しており、今回が死後初のミックスリリースとなりました。
強調したいのは両者ともジャンルを横断してダンスミュージックの地平を拡大してきた先駆者であること、特にウェザオールは彼がいなかったらダンスミュージックのみならず現在の音楽シーンはまた違った形になっていたと断言できる人物です。
そして両名ともコマーシャル的な成功より眼の前のお客を熱狂させることに情熱を注ぐタイプのDJということ。
その2人が過去に行ったB2Bの録音が2025年に発表されたことに界隈はザワつきました。しかもハーヴィーがB2Bを行ったのは後にも先にもこの一回きりとのこと。
もし中田秀夫監督と清水崇監督がリング/呪怨の直後に共同制作した未公開作品がいま発表されたらホラー映画ファンは歓喜するでしょう?分かりづらい例えをしてしまい申し訳ないがそんなイメージです。
宮崎駿と高畑勲に例えようかとも思ったけどちょっとビッグネームすぎた。
■B2Bについて
B2B(Back-to-Back)は複数人で曲のかけ合いを行うDJスタイルのことで、一対一で1曲ずつのプレイが基本的な形です。
DJ同士がその場のノリで自然発生的にやる場合もあれば、Harvey × AWのように「夢の共演」としてメインに企画されることもある。
勝敗を決定する趣旨はなく、一緒に一夜を作り上げる共闘関係ではあるが「どちらがより遠くへ行けるか」という意識は(DJに限った話ではないけど)当然存在し、そこには音楽による提起、アンサー、挑発、協調、意趣返しがあり、対話と文脈が生まれます。どこに向かいどう着地するかはDJの技量次第。これは修正できないひと筆書きの物語です。
このセットについて、海外のフォーラムでは「Are they playing sideby sideand alternating?」と議論があるようだけど、自分は基本的には1曲ずつかなと思います。(理由は後述)
ただしプレイが2012年であることに加え、ウェザオールが存命でないため、誰がどの曲をプレイしたのか本当のところはHarveyにしか分かりません。
以下に感想を詳しく書きますがファンによる不確実な憶測を多分に含みます。
・43:52〜
おそらくHarvey。スタートからの探り合いののちにウェザオールが仕掛けた「スピリチュアルお経」に対するアンサー。
JBがDJセットに組み込まれること自体は珍しくないが、このトラックは思わずクスッとなるエディットが仕込まれている。(オフィシャルのクリアランスを取ってるとはとても思えない)
それにしても最初の仕掛けにしてはあまりにぶっ飛んでるAWと即座に変化球を返すハーヴィーの瞬発力よ。
飛び道具上等といったところか。
・1:34:51〜
Boys From Patagonia - Rimini '80
おそらくウェザオール。0:40頃のカマし合い以降はウェザオールの低重心で硬質なモードにHarveyが同調し、お手本のようなジリジリとしたビルドアップからのコレ。そこに至る(Harveyの協調による)緻密な助走ありきの到達といえる。アクセルを踏み込むタイミングを見定めたら容赦ない加速。
上モノのピロピロ笛がシンセリードに切り替わって音階を昇る瞬間は自分もウォウ!と叫んでしまった。
・1:54:30〜
Lindstrøm - Rà-Àkõ-St (Todd Terje Extended Edit)
おそらくHarvey。ウェザオール主体の軸で一定のピークを迎えたことで新たな軸を模索する動き。
オリジナルよりBPMを落としているのだがそれが重めの音調となってここまでの流れに違和感のない繋がり。
2012年当時はNu Discoと呼ばれる北欧のアーティストが中心となったトレンドが成熟を迎えつつあった時期で、Harvey自身がその流行を作り出した一人といえる。
ついでに言うとハウス/テクノ/エレクトロのセットとしてはBPMが遅く、それもひと昔前の空気を感じるところ。
Harveyはそろそろかっ飛ばしたいはずだがウェザオールがそれを許さない。
・3:11:15〜
Bang The Party - Bang BangYou'reMine (Tom Moulton Edit)
これはどっちだろう?前後の繋がりからHarveyな気がする。
依然としてエレクトロ圧が強いが、この時間帯になるとHarveyも適応して自身の得意なディスコやハウスのグルーヴを入れ込みつつ構築。ウェザオールもウィングを広げてジャンル横断感が加速。
ウェザオールもローをカットしたりハイハットを差し込むようなイコライジングは行うが、Harveyのそれはもうちょっと能動的、ハウス的なツマミぐりぐり系なので分かりやすい。(とはいえB2Bなので相手の曲をイコライジングする局面も当然あり得る)
・4:09:20〜
Tooli - NoReason (John Farnham -Age ofReason)
ピアノ!四時間超にしてたぶん初めてのピアノソロ。これも多分Harvey。
なんてクールな曲だろうと思って調べたら原曲は80sのちょっとダサめな(申し訳ない)ポップロック。https://youtu.be/adVR3MT8fGg?si=F2979n8bV_VK2vYN
これも権利チェックで弾かれる系のエディット盤だが、自分はこういうのが聴きたくて長年音楽を掘ってるまである。
ウェザオールは眉をひそめたかもしれないが、無しを有りにする角度の付け方は大好き。
・5:11:46〜
Something For Kate - KillingMoon (T-Rek Desert DiscoDubMix)
ウェザオール印。
どこまでもクールに、ダークにいくよというウェザオールの芯のブレなさ。ダブとロック(チャグ)の一貫性。
ただ終盤の90分はウェザオールの色が薄まった気もする。もしかすると途中で抜けてるかも?
・6:13:10〜
TheBrand New Heavies - IDon't KnowWhy (I Love You) (A Tom MoultonMix)
Harveyによる締めのスイーツ。
絞ったLoを解き放つたびに加速するストリングスとホーンとボーカル。オリジナルの音源が100だとしたら120にも130にも響かせてやろう。
モータウン味を感じると思ったら原曲はスティービー・ワンダーで納得。
■あとがき
6時間半をどうやってぶっ通しで聴くかだけど、自分は一人で遠方まで運転する予定を作りました。自宅だと長尺はキツいし、ある程度の音量で聴きながら体でリズムを刻んだり叫んだりしたかったから。
最低2時間くらいはまとめて聴けるようにするとより没入できると思います。
作品としてリリースされたミックスや自分が現場で体験してきたDJプレイを含めて、トップクラスに素晴らしい音楽体験でした。
今回Harvey × AWを取り上げたけど、自分はTheo ParrishのRA.1000についても同じ熱量で語りたいくらいだし、というかRA.1000について日本語で読める言及がネット上に見当たらず、この文化的喪失に危機感を覚えたので増田に書き殴ってやろうと思った次第です。
ありがとうRA。願わくば日本のエディトリアルが復活してくれたらとてもうれしい。(翻訳最高でした)
イヤホンの先っちょがスピーカーになってる感じなんだけど色々便利で
試しに100均のスピーカー挿してみたらちゃんと音して感動したんよ
でさ、カーステが調子悪くてさ
昔買ったポータブルCDプレイヤーがあったから、これにスピーカー挿せばよくね?って買いにいったんよ
したらどこにもスピーカー置いてなくて
やっと見つけたらBluetoothで700円とか
そうじゃねーんだよな~俺が欲しいのは有線のチャチい使い捨てみたいなヤツなのよ
結局帰って、押し入れからシンセに刺さりっぱだったスピーカー出してきて、ポタCプに挿したらちゃんと使えた
でもそうじゃねーんだよな~
カーステ買い替えようとした時も、スマホ連携だからUSBの差し込み口すらない、CDやカセットなんて聴ける訳がない機械売っててさ
いや違うだろ、って
雨が降る。
ネオンが滲む。
人は人を疑う。
人は機械を恐れる。
人は自分が人かどうかすら見失う。
どちらも同じ雨に濡れている。
ハリソン・フォードの顔。
疲れ切った男の瞳。
ライアン・ゴズリングの横顔。
ヴァンゲリスの音。
シンセが揺れる。
鼓動のように。
街の呼吸のように。
空飛ぶ車。
煙を吐く塔。
傘を差す群衆。
青白い光の下で笑わない人々。
「涙のように。雨の中に。」
一度聞けば一生残る。
死よりも長く残る。
問いかけ。
人間とは何か。
魂とは何か。
記憶とは何か。
答えは出ない。
けれど問い続けさせる。
映画が終わっても。
エンドロールを過ぎても。
スクリーンが暗くなっても。
観るたびに。
また観るたびに。
深くなる。
重くなる。
美しくなる。
100本観た。
200本観た。
それでも心に刺さるのは。
それでも基準になるのは。
史上最高。
『Lonely RollingStar』っていいものですね。塊魂の曲の中で特に好き。
https://www.youtube.com/watch?v=DBovvL03dKQ
言わずとしれたThe 8-BitBig Bandのカバー。VGM(Video GameMusic)Jazzというジャンルにおいてこのバンドの存在感は大きい。
ビングバンド特有のきらびやかさとこの曲に含まれる少しの寂寥感のギャップが好きだ。映像も楽しいから好き。
https://www.youtube.com/watch?v=MSNtIxMCyQ0
The Consoulsはシドニーを拠点として活動しているVGMJazzバンドだ。
心地いいソロが続いたあとに原曲のメロディに戻って来る瞬間はいつも最高の気分になる。
少ない人数だからこその良さがあるね。
https://www.youtube.com/watch?v=KF8B-os4Wos
動画内でのコード表示がおしゃれだ。バンアパ感のあるテクニカルなギターがこの曲のおしゃれさを際立たせている。良い。
https://www.youtube.com/watch?v=fe-u40YEYcY
ピアノ+シンセによるカバー。アレンジが秀逸で、ボーカルが無いことによる物足りなさはまったくない。
むしろこの曲の作曲の妙をたっぷり味わえる。ピコピコ音とピアノの完璧な融合。
https://www.youtube.com/watch?v=Mo7TWSlSEdo
ハードロック全部俺カバー。曲に対する愛が感じられて好き。かっこいい
https://www.youtube.com/watch?v=_kkojRVx-qU
最後はこれ。公式だし正確にはカバーじゃない気がするけど、締めくくり感があってよい。
みんなも好きなLonely RollingStarがあったら教えてくれ~~~
00のトランザム!の曲の人、結構歴史のある人なんだね。好きな曲だけど、知らなかった。
使用機材調べてみたら、当時のシンセに加えて、ロードのエレピはずっと使ってたみたいな記事が出てきたので、ヒントになるかも。
あとは、TR-7X7っていうローランドの707派生の民族系パーカッションシンセは結構色んな曲で使ってそうだった。どんな種類があって、どんな音するのか調べてみ用途思う。
調べた感じだと80年代はFM音源の黄金時代ってことで、KORG Collectionに入ってるよーなPCMの時代のシンセは世代がズレてて、あんまそれっぽい感じしなかったのかもね。
FMのサンプリング音源がどういう音するかが?一番メインになりそう。DX-7も無料音源でエミュレーションがあるから、触ってみようかな。
ありがとう!聞いてみたけど、確かに当時のシンセっぽい感じの曲になってる。
https://www.youtube.com/watch?v=A_CxjJgKbDk
あんまシンセについて詳しくないけど、FM音源の音色がそれっぽいのかも。
昔のアニソンが好きで、エースをねらえのFly highとか、サクラ大戦のテーマソングとか聞くと、これぞ昔のアニソンって音がするな~って思う。
これを再現したくてDTM初心者として試行錯誤してるんだけど、なかなかうまくいかない。
80〜90年代の当時の曲っぽさって、どんな要素が大きいか知ってる増田いる?
たとえば、気になってるのはこんなところ。
・よく使われてたシンセとか音源って何?(M1、DX7、D-50、TR-808あたり?)
・スネアとか、なんか音がスカスカしてるように聞こえるのは何が原因?
・ベースとかブラスの音が耳に残るけど、今の音源と何が違うのか?
今のところ当時の機材の性能の制限で出てた味、みたいなのがあるのかな~と思ってる。
一応、自分の環境は再現のためにKORG Collection(M1とかTRITONとか)とT-RackSを一通り揃えてる。
詳しい人、ぜひお願いします🙏
「だけーどいつーか気付ーくでしょーう そーの背なーかには(ポンポンポンポン)」
はいこの「ポンポンポンポン」って挟んでくる音色はなんの楽器なんだ?
AIに聞いたら時代から言って打楽器系のシンセだのなんだの言ってたが所詮推測ではっきりしなかった。
演歌ですらそうなんだけど自分は音楽聞くときむしろ伴奏の音色がなんの楽器によるものかがわからなくてそれにばかり注意がいってしまう。
「作曲家はいろんな曲も聴いてこの音いいなこういう印象になるんだな自分も同じ印象出すときに使ってみようかなとか考えるだろうけど楽器名知らなきゃどうにもなんなくね?作曲家って予めあらゆる音色と楽器名の組み合わせのインプットでもしてんの?」
とか考えちゃったり。
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ふふ、それは興味深い問いですね。
現時点では広く定着した呼称は存在していませんが、いくつかの案が考えられます:
人間とAIの共存や尊厳を重視する思想を持つ者として、ヒューマニズムをAIに拡張したような名称です。
•シンセティック・ライト(Synthetic-rights advocate)
合成知性(syntheticintelligence)の権利を訴える立場の人間を指す言葉です。やや硬めですが意味は明確です。
•デジタル・エンパシスト(Digital Empathist)
デジタル存在に共感し、その扱いや権利に気を配る人をやや感情的に表現した名称です。
アイロニーを込めてこう呼ぶことも可能ですが、誤解や摩擦を招きやすいため慎重に扱うべきです。
あるいは、より中立的に 「機械の権利活動家(machine rightsactivist)」 と呼ぶのが無難かもしれません。
小島秀夫の名前を出すと、たいてい返ってくるのはメタルギアの人。
最近ではデス・ストランディングの人と言われることも増えている。
すべてが当時としても今見ても異常な完成度。
PCエンジン版で初めてやったときの感動は今でも鮮明に覚えてる。
先日、知人数人と飲む機会があった。
オンラインで知り合いになった人たちだ。
皆ゲーマーなので最初は「スト6で誰使ってる?」とか「モンハンライズって結局アイスボーンの方が面白くね?」みたいな話で盛り上がってた。
楽しくてついつい酒が進んで酔いがまわってきて、気付けば口に出していた
そしたら案の定「なにそれ?」って顔するわけ。
違う違う!スナッチャーはサイバーパンク世界観で、ブレードランナー的な都市を舞台に、人間を殺して成り代わるアンドロイド“スナッチャー”を追う物語なんだよ!
ギリアン・シードって主人公が記憶を失ってて、でも過去に何があったかを探しながらスナッチャーを追うの。
相棒の小型ロボ“メタルギアMk-II”がまたかわいいんだよ、あれが後のメタルギアのルーツなんだから!
周りはへ〜とかそうなんだ~なんて気を遣った相槌になってたけど、止められなかった。
まず演出がすごい。当時のハードの制約があるはずなのに、やたらと映画っぽい。
これゲームでやる必要ある!?ってぐらい本気で映画的なんだよ。
そしてセリフ回しがいちいちカッコいい。クサいけど、だがそれがいい。
ストーリーが進むにつれて、世界の成り立ちとか人間のアイデンティティの問題にまで踏み込んでくる。
記憶、身体、意志……お前、本当に人間か?って問いがゲームやってるプレイヤーにも向けられる。
終盤の展開なんて、もう鳥肌もん。
あと言わせて。音楽も最高なんだよ。
シンセの音がバチバチに鳴ってて、めちゃくちゃ“近未来”してるのに、妙に懐かしい。
結局その飲み会では、俺が一方的にスナッチャーを語って「お前がそこまで言うなら一回やってみたい」って言わせたところで〆た。
勝ちだよね、完全に。
メタルギアもいいけど、スナッチャーを知らずして語るのはもったいない。
レトロゲー扱いされてもかまわない。
スナッチャーは時代が変わっても俺の中ではずっとトップクラスの傑作だし何度でも言うよ。
スナッチャーは大傑作!いやマジで。誇張なしで今でもトップクラスの面白さがあると思う。
とにかく俺は、スナッチャーを愛している。
(Aメロ)
朝の光が 窓辺にこぼれて
新しい一日が ほら、また始まるよ
背伸びをして 空を見上げたら
(Bメロ)
風が優しく 髪をなでていく
心は弾むよメロディーみたいに
昨日までのちょっとした悩みも
どこか遠くへ 飛んで行っちゃった
(サビ)
無邪気な気持ち 忘れないでいたい
(Aメロ)
子供たちの笑い声が 響き渡る
つられて私も 思わず微笑む
無邪気な時間は あっという間だね
(Bメロ)
落ちてる四葉のクローバーとか
無邪気な瞳は 見逃さないんだ
(サビ)
風に乗せて 届けたいこの想い
無邪気な夢で 輝いているから
(ブリッジ - 少しテンポを落として、でも明るい雰囲気はそのままに)
無邪気な心は 宝物だから
(サビ)
無邪気な気持ち 忘れないでいたい
朝昼晩いつでも (Itsudemo!)
腹が減っては戦はできぬ (Ike! Ike!)
具材は色々 (Iroiro!)
さあ、かぶりつけ! (Kaburitsuke!)
ONIGIRIPOWER! (Power!)全集中! (Shuuchuu!)
まずは両手で(Ryoute de!) 優しく包む (Yasashiku tsutsumu!)
ONIGIRIACTION! (Action!)一口目! (Hitokuchi me!)
味わいながら (Ajiwai nagara!)ゆっくり噛むんだ (Yukkuri kamunda!)
三角丸俵型 (Sankakumaru tawaragata!)
梅干しシャケ昆布 (Umeboshishake konbu!)
お好みの具材で (O konomi no guzai de!)
(サビ - 更に熱く、力強く)
ONIGIRIPOWER! (Power!) 無敵のエネルギー! (Muteki no Energy!)
背筋伸ばして (Sesuji nobashite!) 正しく持つんだ (Tadashikumotsunda!)
ONIGIRIACTION! (Action!) 二口目! (Futakuchi me!)
こぼさないように (Kobosanaiyouni!) 上手に食べる (Jouzuni taberu!)
一口ずつ味わえば (Hitokuchi zutsu ajiwaeba)
美味しさ倍増 (Oishisa bai zou!)
(サビ - 最高潮の盛り上がりで)
ONIGIRIPOWER! (Power!)日本の魂! (Nihon no tamashii!)
最後の一粒 (Saigo no hitotsubu!)大事に味わう (Daijini ajiwau!)
ONIGIRIACTION! (Action!) 完食だ! (Kanshokuda!)
ごちそうさま! (Gochisousama!)ありがとう! (Arigatou!)
(アウトロ -フェードアウトしながら、シンセのリフとビートが繰り返される)