Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「シリアス」を含む日記RSS

はてなキーワード:シリアスとは

次の25件>

2025-12-10

B'zは見れるときに見ておけ その2

この増田書いた人です あれからもう一年経とうとしている

https://anond.hatelabo.jp/20250107165457

2025年、実はファンにとっては静かに激動の一年だった。

松本孝弘が予定していたB'z主催対バンライブ体調不良で欠席した。6月のことである。(その後、医師指導のもとアンコールだけ飛び入り参加)

松本自身体調不良ライブ参加を取りやめた事はこれまで一度もなかった。大昔のインタビュー(明石昌夫Youtubeだったかも)で「昔はインフルエンザでもギリギリまで点滴してライブ出てたよね笑」みたいな発言をしていたくらいだ。

松本孝弘はとにかく仕事に厳しい。ミュージシャンっぽくないほどに仕事人間である。言い変えれば「お金が発生する以上は最高のもの提供する」ことにずっと全力を注いでいるタイプ小室哲哉にも「まっちゃん商人からね(笑」と評されたこともある。職人であり、商売人でもある非常に稀有存在だ。

そんな人なので、既にチケットが発売されてしまったライブを中止することは考えられなかったはず。それにも関わらずライブ不参加を決定した事の重大さにファンはかなり衝撃を受けた。

体調不良の影響は表立ってはこの対バンライブだけだったが、断片的な情報から裏でもかなり混乱があったように見える。

※以下、進行中のツアーネタバレ個人的妄想を含みます

昨年の紅白直後のスポーツ新聞インタビューで、現在敢行されているドームツアーと新作発表をアナウンスしかしその後は半年以上も新情報はなかった。

https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2025/01/03/articles/20250103s00041000175000c.html

具体的な日程が発表されたのは8月頭、初日名古屋までは3ヶ月しか空いていなかった。ファンには吉報だったが、3ヶ月では日程調整の効かないファンも多かったはず(6月対バンライブは昨年12月アナウンス) 

さらに新作アルバムリリースツアー初日の数日前、タイアップなどで先行公開されていない曲(=アルバムしか聞けない曲)は全曲セットリストから外れるなど異例づくしのツアーになっている。

とある曲で松本が休養せざるを得なかったことへの思いを稲葉が綴ったとファンの中では噂されているが、本当にそうであれば発売日の半年足らず前まで制作を続けていたことになる。

またレコーディングには海外の有名ミュージシャンが起用されるのが常だが、今回はレギュラーメンバーを除けば昨年松本ソロ活動来日したであろうマット・ソーラムが参加しているのみ。アルバム制作としてはかなり切羽詰まった状況だったことが推察される(全部妄想です)

商売を考えれば年末紅白出場から6月対バン→直後にアルバムドームツアーアナウンス(さらアリーナ追加)あたりが理想的アプローチだろう。結果として松本の体調を考慮し、アルバム制作・発売をギリギリまで伸ばし、アリーナは全キャンセルして年内はなんとかドームツアーにはこぎつける。ドームツアーの前に予定していたアリーナ公演は拡大して来年に持ち越した、くらいの調整があったように見える(本当に全部妄想です)

今回のツアー東京ドーム初日に参加したが、松本演奏に集中、ライブパフォーマンス稲葉カバーする場面が多かった。特に本編ラストの曲は、喉の負担を考えて封印していたであろう見せ場のロングトーン披露初見古参もまとめて圧倒した。

演奏面では比較負担の少ない過去のリフ中心のアッパーソングが多く、速弾きやシビアなカッティング必要な曲はほぼ皆無。また松本一曲まるまる参加しないバラードアレンジもあった。

互いのソロ曲でどちらかがステージにいないパターンはあったが、B'zの曲を松本抜きで披露したケースは記憶にない。

そして松本MCは元々ドームツアーでは少なめだが、それでも大病だったことが窺える声色になっていた。稲葉MCでも松本への思いに熱が入る場面があった。

「(我々がここに立っていられるのも)当たり前じゃないんです」と、客席に訴えかけたのだ。もちろんその後は何万人という観客が一同に会することへの感謝も述べられたが、稲葉ライブシリアスな心情を吐露することはかなり珍しい。

(この日は座席の件やPA・特効のミスなど、「らしくない」瞬間も散見されたがここでは深く触れない)

実は前回の増田の後、18年前に取得していたファンクラブ会員に復帰して今回のツアーチケットをとった。松本の不調を予見していたわけではないが、結果として紅白出場の大サービスに乗っかって復帰してよかったように思う。

二人組のバンドとはいえ関係者を含めればそれなりの中小企業のような組織になっているわけで、おいそれと辞めるわけにもいかない事情想像できる。

それでも彼らのパフォーマンスを見れば、今できることに全力に取り組む姿勢自分人生の襟を正したくなってしまう。

「B'zはパワフル」なのは間違いないパブリックイメージだが、例えば先に述べた松本なしのバラードアレンジは、あまりB'zでは見せてこなかった稲葉の新しいボーカルスタイル提示した。松本ギターも近年、クリーントーン中心のブルーススタイル演奏はポップミュージックでは並ぶものがいない。

なんなら二人だけでブルースアレンジライブやってもいいんじゃないかと勝手想像している。The Wild Windとか今の年齢だからこそ似合う曲もたくさん思いつく。

衰えではなく変化と捉えてしまえば、日本最大級バンドの行く末は誰も予想がつかないステージに入ってきているように思える。

いくらかでも思い入れがある人には可能な限り追ってみてもらいたいです。

Permalink |記事への反応(0) | 17:51

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-09

smarthrのチンパンジーの件、

予防線張ってるけど会社アドベントカレンダーじゃん…キモ

パンジくん」とか完全にノリノリじゃん…

特定人物婉曲表現ではなく、本当の類人猿チンパンジーです。」がエクスキューズのつもりなのも意味わからん。そこまでじゃないけどそういう問題があったか記事にしてるんだろうし。

実際この問題は難しいよ。いろんな人がいるからね…

シリアス問題だと思うけど面白可笑しくしてみました!ってことなのかもしれんが、滑りまくりだし嫌悪感が半端ねぇな…

Permalink |記事への反応(3) | 20:40

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-07

anond:20251207125132

俺はクソシリアスなほうが好きだな

イデオンみたいなキャラデザにすれば萌え厨もひっかからないし

Permalink |記事への反応(0) | 12:54

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

アニメってクソシリアスよりライトギャグの方が向いてるよね

メイドインアビスとかアニオタに流したってナナチかわいいしか反応無いんだからやるだけ無駄

Permalink |記事への反応(1) | 12:51

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

ラスプーチン事件の内容をウィキペディアで見ていたら夜が明けた。これはもっと真面目に映画化したらおもろいかもしれん...!

映画は多数あるがもっとシリアスなのがいい。

Permalink |記事への反応(0) | 05:26

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-05

anond:20251205201321

ピンク髪の可愛いニキちゃんにいろんなお洋服を着せ替えさせながら雄大自然や美しい建築物記念写真を撮って遊ぶことがメインのオープンワールドやで

なお世界観はわりとダーク&シリアス戦闘要素あり

Permalink |記事への反応(0) | 20:42

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-02

三体で一番面白かったの執剣者(ソードホルダー)が出てきたところだと思う

厨二病すぎワロタwwwwwwwwwwwwwwwwww

当時中華ソシャゲのべ10年ぐらいやってた俺ですらここまで邪気がガンガンしてる単語は見たことがなくてニタニタしてしまった。

萌え萌えパンチラスマホゲームですら使わないような超絶TUEEEEEEでKAKKKEEEEEEEEフレーズに俺は本当にワクワクだった。

その後出てきた連中が「女ぁ!女は弱いから戦うなぁ!!!」とか抜かす『裏設定を知らない初見視聴者脳内張五飛』みたいなレベルオッサンが次々登場して更に爆笑

しかもソイツらがマッチョイズムに染まった果てに筋トレしまくって本当にマッチョしてるというのもワロてしまう。

んでその後の展開で師父(シーフー)みたいな面して出てきたのがよりにもよってアイツかよwwwwwwwww

なんすか?ロード・エルメロイII世とかその辺も好きなんですかこの作者は?

そしてこの超絶カッケーーーーー執剣者(ソードホルダー)(爆)の顛末のしょーもなさも笑う。

なんつうか「作者なりに頑張ってこういうありがちな展開を皮肉ろうとしました!!!」って感じなのは伝わるんだけど、皮肉りにしたってちょっとクオリティが低すぎて「こりゃ人間描けないアスペ工学オタクって言われるわ・・・状態なのもゲキワロス

本当ずっと面白いんだよ執剣者(ソードホルダー)(嗤)編は。

から何までシリアスに笑えて「ちょwww先生wwwどこまでネタでどっからガチっすかwwwwお涙展開のびみょーさは流石にネタっすよねwwwwあっでもガチっぽいwwwwww」なんすよ。

お前らはどこが一番好き?

振り返ってくとなんだかんだこのあたりが一番ミソが詰まってるとは思うんだけどね。

だって結局はどこまで言っても暗黒森林理論(これもすげー邪気眼だなよく考えるとwwww)やん?

ヤンヤンつけボーやんやん?

Permalink |記事への反応(0) | 21:24

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

リコリス・リコイルって変なアニメだよなあ

おそらく制作側の意図としてはメインの二人に人気を集中させる意図で作っていて、それゆえにメイン二人以外には典型的美少女を避けたんだろうけれど

結果としてはサブのリコリスであるフキサクラ達もそれなりに目立っていて、典型的美少女じゃない少女キャラ活躍しているし

男性同性愛者のミカ吉松関係茶化す事なくシリアスに描いていて

おそらくそういう意図はないんだろうけど、ポリコレ的な観点から見て普通に良くない?っていう。

まあ性的な誇張とかがない訳でもないんだけど、不快に感じずさっぱりしてるんだよね

Permalink |記事への反応(0) | 10:42

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-01

落下の王国感想を見ていたら、はるかぜちゃん母の数年前の論争を思い出した。

落下の王国には主人公が二人いる。

一人はスタントマンの男で、恋人である女優スター俳優寝取られた上、女優を振り向かせようと張り切りすぎてスタントに失敗、高所から落下して下半身不随になる。

もう一人はルーマニアから移民の5歳女児で、「怒った人たち」に家を燃やされ父を殺害され、母とともに果樹園住み込み労働し、オレンジの収穫中に落下して片腕を折った。

入院中に二人は知り合い、女児は暇なので男に「お話して」と求め、男は壮大な物語即興で作って聞かせ、その見返りに薬品からモルヒネを盗んで持ってくるよう女児にそそのかし、自殺計画する。

女児を演じるカティンカ・アンタルーはその一作しか出演歴はないようだが、再上映によって語られた近況では才媛に育っているという

演劇経験のなかったカティンカだが、監督に射止められて初出演で初主演となった

撮影には工夫がなされ、スタッフが何人もそばにいると女児が集中できないので男役と二人きりにして窓の外から超遠景で撮影してたり、男は演技ではなく本当に下半身不随なのだと嘘を教えたりしていた

(当時、男役俳優無名だったので他の多くのスタッフ下半身不随を本当だと監督に思わされていた。俳優入院パート撮影中はトイレなども介護されていた)

涙を流すシーンでは予防接種を受けさせて本当に泣かせたり、単に退屈だからとむずかって泣いてるところで「使える」と撮影に持ち込んだりしていた

物語や設定の全容を明かした上で演じさせる大人役者撮影とはやり方が全く違っていた

それで思い出したのが、はるかぜちゃん母と松崎悠希の論争

松崎が「子役トラウマを与えないでシリアス物語を撮る方法」を紹介した際に、はるかぜちゃん母が「子供でも役者なのに冒涜だ」と怒ったのである

はるかぜちゃん母は複垢を大量に持っているが、このアカウントではCherryと名乗っている

Yuki Matsuzaki松崎悠希 @Yuki_Mats

#拾われた男 (アメリカ編) 8話の、タケシ子役に怒鳴るこのシーンですが、3歳の子役に心的ストレスを与えないよう「口パク」で撮影されていますしかも「お兄ちゃんが変な顔をするから、そしたら驚いた反応をしてね」という「お芝居ゲーム」として演出されています。これが2022年日本演出です。

2022-08-15 00:04:30

https://x.com/Yuki_Mats/status/1558831938353344512

Cherry🍒

@sakurako_haruna

ダメです。「変な顔をするから、驚いた反応をしてね」じゃなく、怒鳴られたつもりでお芝居してねと言わないと…

それっぽく見えれば良いからと1人だけ脚本と違う内容を伝えられて、その演技を一生映像に残されたら大人でも嫌じゃないですか?子供でも解釈違いは嫌がります。騙して撮るのはやめて😖

https://x.com/sakurako_haruna/status/1559342314887073792

うちの子が2歳の時も監督子供にも分かるようにどういう場面なのか説明して下さいましたし、子供も幼いながら理解して真剣に取り組んでました。アメリカではどうか知りませんが、どんなに小さくても一人前の俳優として扱い敬意を表すのが日本映画界です。私は子供を預けて良かったと思っています

午前10:05 ·2022年8月16日

そもそもゲームと称して撮影しなければならないような子供をなぜ使うんでしょう…

この撮り方は言ってもないセリフつけられる動物と同じです。

映像は一生消えません

子供を騙して撮影するのは虐待ではありませんか?

きちんと役柄と状況を理解して演じられる子役だけで撮影すべきです。

午前10:36 ·2022年8月16日

「別件で泣いてるぞー!泣き顔のシーンとして撮ったろうぜ!」な落下の王国とかはるかぜちゃん母の理屈だとカス映画なんだろうな

ナマの表情を出すために工夫をこらすというのは色んな名画で見られるんだが

松崎はるかぜちゃん母の論争はその後も続いた

Yuki Matsuzaki松崎悠希📽️

@Yuki_Mats

それは「あなた」一個人の感想であり、実際にセットで暴力暴言を受けてトラウマを植え付けられた子役気持ちではありません。それとも、あなたは3歳の子役さんですか?

Cherry🍒

@sakurako_haruna

そういう場面を撮影するのに「実際に暴力暴言を受けてトラウマを植え付け」る必要はないですが、「あなたプロとして、暴力暴言を受けている芝居をします」と言う設定を役者本人に理解させる必要はあります

子役なら理解出来ます。「変な顔をするから驚いて」などの嘘をつく必要はないです。

Cherry🍒

@sakurako_haruna

日本の子役のレベルは高いです。

少し子役バカにしすぎですよ。

Yuki Matsuzaki松崎悠希📽️

@Yuki_Mats

>「あなたプロとして、暴力暴言を受けている芝居をします」と言う設定を役者本人に理解させる必要はあります

それは「あなた個人」の哲学であり、その哲学子役強制する行為のものが間違っています大人の考える「正しい俳優論」を子役押し付けからセットで虐待が発生するのです。

Cherry🍒

@sakurako_haruna

日本子役をやるような子供が、

その程度の芝居が出来ないとお思いで?

Yuki Matsuzaki松崎悠希📽️

@Yuki_Mats

あなたのその「プロ根性強制」が子役への虐待を生む、と言っているのですが、もしやご理解されてない?

Cherry🍒

@sakurako_haruna

騙して撮ったら騙されたというトラウマが残りますが。

そもそも論として

これだけ達者な子役がいる国で

わざわざ騙して撮影しないといけないような素人を使う必要はありません。

その程度の設定が理解出来ないような子供を起用する枠も余ってないです。

Yuki Matsuzaki松崎悠希📽️

@Yuki_Mats

>騙して撮ったら騙されたというトラウマが残りますが。

それは「大人であるあなた勝手に「子役はそう思っているに違いない」と決めた、ただの思い込みですよね。その根拠の無い思い込みベース子役に「俳優根性」を強制するのは止めて下さい。それは虐待です。

Cherry🍒

@sakurako_haruna

役者として納得ゆく説明を受けて怒鳴られる芝居をする事と

大人楽しいゲームだと騙されて撮影されて、後から編集で聞いてもないセリフをつけられて、勝手に全世界に公開される」デジタルタトゥー

子役にも色んな子がいて、どちらが嫌かはその子によります

少しは後者心配もしてあげて下さい🥺

Cherry🍒

@sakurako_haruna

子供に嘘をついてはいけません。芝居をしている子なら尚更。

の子が役を理解出来ないならムリに撮影せず、降ろすことも優しさですよ。騙して撮って、こうすればそれっぽく撮れます!みんなこうしましょう!ってやるくらいなら、まだ子役を使わない方がマシです。優しさをはきちがえてる。

落下の王国やその他の色んな映画は、はるかぜちゃん母にとって存在してはいけない騙し映画なんだろうな

松崎にはここでもう返信されなくなり、はるかぜちゃん母は松崎が前からポリコレでむかつくとかポリコレ反対とかいうようなことをつらつら一人で語っていたが、やがて鬱々としだした

Cherry🍒

@sakurako_haruna

最後にうちの子達へ

勝手デビューさせてごめんね。

私はあなた達のファン

自分だけ見てるのが勿体なくて世に出してしまいました。

この罪は一生背負ってくし

虐待だって自覚あります

特にまだ芝居やってる長女。

まれても仕方ないと思って育ててきたのに

いつも良い芝居見せてくれてありがとね…

午後7:09 ·2022年8月16日

昔のはるかぜちゃん母のサイトによれば、はるかぜちゃんがまだお腹の中にいる時点で赤ちゃんモデルにしたくてその手の雑誌を取り寄せていたという記述があるので、ちょっと嘘ついてる部分あるやね

2022年はるかぜちゃん弟の後の発信を見るに、はるかぜちゃん母親喧嘩して家族LINEブロックしていた時期なので(もっと後かもしれない)、松崎発言自分への糾弾のように思えてあれだけ噛みついていたのだろうか

しかしまあ、安達祐実とか体当たり演技の有名子役の母親が怒るならまだわかるのだが、はるかぜちゃんの子時代の演技なんて知らねえや

子役時代に限らずこれから先もずっと「代表作:Twitter」の人の親が首突っ込む話題ではない

いい驚き顔が取れたなら、それが役者の深い解釈の賜物だろうが、いきなり大声出して不意打ち撮影だろうが、視聴者にはどうでもいい

「あれは僕が驚かせただけなのさHAHAHA」とか後から監督試写会で語ったところで、それで怒る奴いんの?

へーそんなエピソードがあるんだーおもしれーとしか思わない派だな

はるかぜちゃん母は意識だけ天高くに登って演技論語るし、最近アイドル論も語るし、見ていて人生勉強になる

Permalink |記事への反応(0) | 19:22

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20251201131651

コメントプラス

注目コメント試し読み

commentatorHeader

秦正樹

大阪経済大学准教授政治心理学

2025年12月1日1033投稿

視点白倉伸一郎さんは,特撮好き界隈で知らない人はいないのではないかというくらい超有名なプロデューサーさんですね.オンデマンド配信が普及したことで,毎回リニューアルせざるを得ない新たな戦隊が「旧作」とも戦わないといけなくなったという点は確かにそうだなぁと改めて思いました.個人的に私は,2009年侍戦隊シンケンジャーストーリー構成役者等の点で最も優れた作品だと思っているのですが,確かに2010年以降の戦隊作品はすべてシンケンジャーとの比較で甲乙をつけていたような気がします(もちろん,どの戦隊作品面白いのですが).

ジュウレンジャー」も,私が幼少期に認知している戦隊モノの一つです.当時,6人目の戦士ブライ)が現れた,しか最初は敵側の存在であること,レッドゲキ)と兄弟であること,最終回を迎える前にいなくなることといった特殊要素が子供時代の私にはとても新鮮で未だに衝撃的だったのを強く記憶しています.また,少なくとも今30代以上の多くの日本人男性は何かしらの戦隊モノを通っているはずですが,戦隊モノに付随する記憶(たとえば,家族ヒーローショーに行ったとか,変身グッズや巨大ロボをデパートで買ってもらったとか)があるのではないかと思います戦隊モノは単なる勧善懲悪的な意味での教育効果だけでなく,家族コミュニケーションハブになっている(た)ようにも思います(私も,日常生活プリキュアを通じた娘とのコミュニケーションが非常に多いなぁと感じます).最近仮面ライダー(私の時はビーファイターでしたが)は(おそらく「大きなお友達」も意識してか)シリアスな展開が多く,その意味でも戦隊モノは家族間のコミュニケーションで非常に大きな役割果たしていたのだと思います.「大きなお友達」としては新たなギャバンインフィニティシリアスな展開にも期待大なのですが,一方で,「戦隊枠」までそうなってしまうのと,子供との共通接点が少なくなりそうで少し残念にも思いますもっといえば,未就学児が対象となる戦隊モノだからこそ少子化の影響をモロに受けるのだと思いますが,ますます進む少子化によって,子供文化の形にまで大きな変化を引き起こすのかと思うと,本当に深刻だと感じました.

16

Permalink |記事への反応(0) | 13:17

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

後で消す

 ――初代戦隊である秘密戦隊ゴレンジャー」(1975年放送開始)から今年で戦隊は50周年。その記念作であるゴジュウジャー来年放送終了になることで、戦隊シリーズは終了してしまうのでしょうか。

 いえ、戦隊シリーズとしては終了とは思っていません。休止です。戦隊放送枠(テレビ朝日系、日曜朝9時半)は新たなものに変わりますが、戦隊作品のものはいずれ復活する可能性があります。発表前の10月から戦隊終了」の報道が出て、ここまで反響があるのは想定外でした。戦隊がここまで愛される存在だったのかと、ありがたい思いです。ただいずれ復活するにしても、10年は間を置いた方がいいと私は考えています

 ――その理由は。

 戦隊限界が見えてきた。そこを打破すべくいろいろな工夫をしてきましたが、50周年という節目も迎え、根本的に考え直さないといけない場所にきたのは確かです。

 ――戦隊限界とは。

記事(前編)のポイント

戦隊シリーズを追い詰めた二つの黒船

・半世紀もの長きに渡り愛された理由

あなたが好きな戦隊は? 歴代シリーズ一覧

 戦隊にとって、二つの黒船」があったと思います

 一つはコロナから配信時代の到来です。配信では、特撮も新作と旧作が横並びで見られるようになりました。戦隊にとって、仮面ライダーだけじゃなく過去戦隊作品ライバルになってきた。

 戦隊は毎年毎年、世界観リセットして新作を出してきました。作品につながりがなく、どこから見てもいいんですが、逆にどこから見たらいいのか分からない。一定の評価がある旧作に対して、よほどの特徴がない限り新作が勝てなくなってきた。

写真・図版

東映白倉伸一郎さん。「ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー」にちなんで、ナンバーワンポーズ

 もう一つの黒船は、アメコミヒーローものの大攻勢です。マーベルの「アベンジャーズシリーズ日本でも人気ですね。キャプテンアメリカしろアイアンマンしろ、もともと別の作品キャラクターだったものを一つのパッケージにして届けている。

 集団ヒーローでも、キャラクター人格戦闘能力など明確な設定が元々されている。一方で同じ集団ヒーローである戦隊は、毎年作品が変わりますし、キャラクターづけでは弱い面があった。

 この二つの苦境を打破するべく、いろいろ工夫はしてきましたが、根本的に新たな挑戦をするべきだという結論に至りました。

 ――とはいえ戦隊もさまざまな新機軸を打ち出してきました。近年も、白倉さん自身チーフプロデューサーとして入った「機界戦隊ゼンカイジャー」(2021年放送開始)では、戦隊5人のうち、人間が1人で4人は機械生命体というとんでもない内容です。戦隊とは数々の挑戦をしてきた歴史では。

 もちろん様々なチャレンジをしてきました。それは戦隊という枠の中では新しい試みかもしれないけど、何が新しいのかを楽しむためには戦隊の「お約束」を知っているリテラシーがお客さんに必要になる。お約束を知った上での型破りを、どこまで分かってもらえるのか。

 ――戦隊といえば誰もが知っているはずなのに、内容は認知されていないと?

 戦隊根本的な課題だったのですが、50年続いただけあり、戦隊はあって当たり前のもの。ある種日本の文化になったと思うんですね。どれくらい見てきたかは人それぞれでも、戦隊と聞いたらカラースーツの5人のヒーローイメージできる日本人の方が、多いのではないでしょうか。

 それはそれだけ定着したという半面、「見なくてもいいもの」と思われる恐怖と隣り合わせです。

 毎週その時間テレビをつければ、変わらずやっている。現代風に変わった描写はあっても、話の大筋は変わらない。子どもときに見て一時卒業したけど、親になり自分の子どもと一緒に見たら、昔と変わっていない安心感がある。むしろ、変わってほしくない。

 作品にとってこの状態に甘んじているのは危険で、変わらぬ良さは、見なくてもいいものと表裏一体なんです。どうせ話の筋は分かるし、毎週見なくてもいいやと。なんなら懐かしい旧作を見ればいいやと。新作はいらないと思われることは、作り手にとって常に恐怖です。

 戦隊の「当たり前感」は制作陣にとっても危険です。大事なのは戦隊という伝統の枠の中でどう目立つかではない。2025年の子どもたちに向けて、日本から世界に向けて、本当に必要作品とは何かを考えることなんです。

 東映には戦隊をつくるノウハウがあります。ただそのノウハウが、時に本当に新しいものを作ることを邪魔する。戦隊に慣れきった私たち世代が抜けて、新たな世代が新たな戦隊を考えるべきだと思います。だから10年は復活するべきではないと私は考えているのです。

 ――シリアス仮面ライダーに対して、戦隊作品の明るさが好きだという視聴者も多いと思うのですが。

 戦隊のお決まりですが、5人がスーツ姿に変身してポーズを取る。怪人を倒すと、後ろが爆発して炎が上がる。そして展開はむちゃくちゃだけど、巨大ロボットに乗って、巨大な敵と戦って毎度ビルを爆破する。くだらないと小バカにされるけど、とにかく明るい話。それがいいところなんですよ。

 私が90年に東映入社して「恐竜戦隊ジュウレンジャー」(92年開始)の企画会議に参加したときプロデューサー鈴木武幸が開口一番「今度の巨大化はどうしますか」と言って、脚本家がめちゃめちゃ怒ったんですね。「違うだろう。最初に話すべきは、どういう番組にしようかだろう」って。

 鈴木はそれまで何作も戦隊を手がけたベテランですが、いろんな試行錯誤を重ねた結果、もう悟りの境地だったんだと思います戦隊成功するにはこういうフォーマットしかないと分かってしまい、その上で(キャラクターを)「どう巨大化するか」をまず考えようという恐ろしい境地に達していたんです。はたから見ると、そこかよって突っ込みたくなりますが。

ジュウレンジャーは「最後戦隊かも」だった

 ――30年前にすでにやり尽くしたと制作陣では感じていたのですね。

 当時すでに戦隊は風前のともしびジュウレンジャーは「もう最後戦隊かもしれないと思ってやろう」と言っていた。若手がこれまでにないことをやりたいと結託し、6人目の戦士物語の途中から出したんですね。

 ――6人目がレギュラーメンバーとして出るのはジュウレンジャー最初物語の途中から出るいわゆる「追加戦士」も、6人以上の戦隊も、今では当たり前ですね。

 定番になりましたが、当時はそんな未来は考えず、そこから30年も続くとは思いもしませんでした。ジュウレンジャーベース米国で作られた「パワーレンジャー」がヒットするというまさか神風が影響したんでしょうね。

 ――仮面ライダーにもウルトラマンにも中断期間があります。初期に少し中断はあるものの、ほぼ50年放送が続いてきた特撮ヒーローは、戦隊だけでした。なぜ戦隊は愛されてきたのでしょうか。

 戦隊はね、理屈じゃないんですよ。

 そもそも戦隊事故からまれものなんです。仮面ライダーを5人集めて戦うという作品企画されていたのが、事情があって頓挫した。それで急きょ石ノ森章太郎先生に考えてもらったのが初代の秘密戦隊ゴレンジャーだったんです。さらにその後、(70年代に人気だった)「超電磁ロボ コン・バトラーV」などのロボットアニメの放送が途切れるという事態があり、巨大ロボットの命脈が戦隊に流れ込んできた。

 戦隊の草創期の作り手に、理想ヒーローを作ろうと理屈をこねている余裕はなかった。なんとか一つの作品を作らなければならないという試行錯誤の末に、結果として生まれ事象を集めたもの戦隊だった。

写真・図版

数々の戦隊作品撮影が行われてきた東映東京撮影

 なんでいちいち5人で戦わないといけないのか。なんで巨大ロボットにいちいち乗って戦うのか。それはよく分からない。その理屈を超えたところに、人間本質がある。なぜかかっこよくて人を引きつける。エンターテインメントとして面白いもの本質を、戦隊露骨に表してきた作品だったと思います

善と悪の対立を描きにくくなった

 ――長年にわたりテレビヒーローの姿を届けてきた意義も大きいでしょう。

 戦隊のものが描く善悪も、初期からはかなり変遷がありました。東西冷戦が終わり仮想的な「絶対悪」を社会が想定しづらくなった。フィクションヒーローものでも一面的善悪を描くことが難しくなっていきます。その中でも工夫をしながら、キャラクター人物像を大切にしながら、悪い敵を倒す姿を放送してきました。

 こと戦隊でいうと、仮面ライダーのような単体ヒーローとは違う。5人で一つのチームで、結束して敵に立ち向かいました。

 こうしたこと子どもさんにはすぐに分からいかもしれないけど、大人になった時に「戦隊って大事なことやっていたんだな」って少しでも思ってもらえるかもしれない。

 戦隊は当たり前になったと先ほど言いましたが、私は日本人の心の中には、戦隊がいると思っていますし、少しでも戦隊社会にいい影響を与えられていたならうれしいです。

 ――50年続いてきた戦隊放送を終了することに、葛藤はなかったですか。

 葛藤、それはないですね。

 ――戦隊キャラクターのように、潔いお答えですね。

 戦隊を愛してくださったファンの方には感謝します。しかし、次の世代のためにも、どこかで次の挑戦を始めるべきでした。今はヒーロー番組のものの変革を考えるときです。それがゴジュウジャーの後番組として始まる「超宇宙刑事ギャバン インフィニティ」です。

Permalink |記事への反応(2) | 13:16

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-28

社会無関係エンタメダサい」ってやつさあ

https://x.com/jounetsu/status/1992602413442990368

これ、まず認識が間違ってるよね。

正しくは「社会無関係エンタメ存在しない」でしょ。それだったら理解るよ。

人間が考えて、人間が出力する物語はどうしたってその人間見方生き方担保になってるんだから社会と切り離せるはずがないんだよ

シリアスだろうがギャグだろうが、人間が考え出した物は何をどうしたって社会性を帯びるもんなの。

極端な例だと『スナックバス江』はものすごく社会性が濃厚のギャグ漫画だったでしょ。


ゾッとしたのは、この脚本家吉田恵里香氏の言い分だと「世の中には社会無関係ダサいエンタメ蔓延っている」と思ってるっぽくて、その中で「私は社会性のあるダサくないエンタメを書いている」とどうやら本気で思い込んでるみたいなんだよね。

いや、アンタそれ認知が歪んでるって。

聞きたいんだけど、この吉田恵里香氏の考える「社会無関係ダサいエンタメ」って何を指しているの?

どういった作品の事を「社会無関係ダサいエンタメ」なの?具体的にタイトルとか挙げられるの?

だって吉田恵里香脚本の『虎に翼』も『前橋ウィッチーズ』に比べたら、

サザエさん』とか『ちびまる子ちゃん』とか『おじゃる丸』とかのほうが遥かに社会性に深く根付いたエンタメになってるでしょ。

特におじゃる丸』はマジで侮れないからね。未就学児もメイン層に入るアニメなのに、その内容ぶっ込んで来るか!って驚くような回が普通にあるし。

月光町が消滅して、何もかも無くなった地平におじゃる1人だけ取り残されるエピソードは本当にビックリした。月光町という「社会」が喪失したらいったいどうなる?という話だったから。

おじゃる丸』に限らず大地丙太郎監督アニメ作品視聴者層の子もの事をまったくナメていないから、そういう所が幅広い世代に長く親しまれる要因になってるんだと思う。

こどものおもちゃ』とか、今見てもものすげえアニメからね。最近のあっさいフェミニズム(笑)シスターフッド(笑)をウリにした作品見るぐらいなら

『こどちゃ』を見返したほうがよっぽど有意義だよ。

それらに比べてたら吉田恵里香脚本作品は"AERA"とか"ハフポスト"あたりの記事チェリーピックして繋ぎ合わせただけの代物で、物語としては明らかに破綻しているし

それでもって"社会性のあるエンタメ"を送り出してると思ってるなら、幾らなんでもエンタメをナメてるし、社会をナメてるし、人間をナメきってるよ。

「アタシ達はこんなに生きづらいの!そんな社会をアタシ達の力で変えてくの!主に他責して!!」というキラキラ思想を振りまく事が社会関係したエンタメだと思うなら

これほど底の浅い社会性は無いだろう。

世の中のエンタメの中でも、極めて社会性に乏しい脚本を書いているのが他ならぬ吉田恵里香だろう。

逆にその社会性の乏しさを推し進めて、いまだかつて誰も成し得なかった「社会と完全無関係ダサいエンタメ」という前人未到の境地に辿り着いてほしい。

Permalink |記事への反応(18) | 21:46

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20251128115514

全然意識してないかうろ覚え程度だけど

取りあえずポスターに引きがなくない?

青春ジュブナイルターゲット客層でこれまで来てるのに

スカーレットはなんかシリアスとかサスペンス(というか陰鬱とか悲劇)みたいなイメージポスターじゃん?

文章での宣伝とかは全然見てないから知らんけどハムレットアピールされてもまあみんな興味ないよね。

監督とか脚本に興味ない人はポスター足切り

監督に興味あってポスターはなんか方向性違うけど、この監督ならジュブナイルやろって人は実際に見て不評

っていう二段構えなんじゃない?

Permalink |記事への反応(0) | 12:06

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-27

anond:20251127140743

マクドナルドハンバーガーを「世界いちばん売れてるからには世界いちばん美味しいということだろ」てドヤ顔する奴だ🫵😧

https://anond.hatelabo.jp/20251127140506

ドラマ北の国から」でさ、場末中華屋不器用父ちゃん子供シリアスに話してるシーンあるじゃん閉店時間近づいて店員が「そろそろ…」って何回か声かけてくるやつ。 ...

anond:20251127140506

客がまだ食ってるなら店員閉店時間を過ぎても待たなければいけない みたいな意識から貧乏なんだろうな~とか考えてしま

anond:20251127140743

マクドナルドハンバーガーを「世界いちばん売れてるからには世界いちばん美味しいということだろ」てドヤ顔する奴だ🫵😧

anond:20251127140938

そんな話はしていない

Permalink |記事への反応(2) | 14:09

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-26

バーナード嬢曰く。全7巻読了につき感想を綴る

本を読んでアウトプットしている主人公たちの姿が楽しそうだったので私もアウトプットします。

まず最初に点数ですが、☆3.5です。

独創的な作品というわけでもなく、読者に影響を与えるでもなく、とりあえず読んでそれなりに面白いぐらいの作品だったので。

私が比較的同系統だと思った作品では『ギャル本屋』『税金で買った本』がありますが、ギャルは☆3.8で税本は☆4.2です。

ギャルは本に対するキャラクター熱量が心地よい形で昇華されているのが心地よく、税金で買った本は切り込みの面白さや話のレパートリーそしてキャラ造形の巧みさと手数の多さが非常に豊かなのが評価点でした。

バーナード嬢のよくない部分は展開の単調さがあるように思います

これは作品の魅力でもあるのですが、振れ幅が狭すぎますね。

主要キャラを仲良くさせるか気まずくさせるかで話を転がしたがりますが、読者としては出てきた小説を上手く利用して作品として立体的な奥行きを感じさせて欲しい所です。

特に後半になる連れてタテ方向のストーリー展開である人間模様に頼りすぎているのが良くないですね。

オリジナル小説のくだりも主人公二人へのエモに全振りですが、そこに「キャラの新しい1面を感じる楽しみ」が出ていませんね。

最初否定から入ってしまいましたが、総じて言えば面白い作品だったのは事実です(私にとっては☆3.1から上が面白い作品ゾーンです)。

最も秀でていたのは題材となる作品選びだと感じました。

全体として話題性知名度がある作品ピックアップされており、作者のマイナー作品知ってる自慢を始めていないのは間違いない高評価点でしょう。

作品を引き合いに出す作品の多くが起こしがちな失敗である「作者の個人的思い入れ全然知られてない作品を高く掲げすぎる」というのがあるわけですが、バーナード嬢においては目立ってそれが引き起こされては居なかったように感じました。

また、ありがちな失敗として「作者が個人的に嫌いな作品を過剰にこき下ろす」というのもありますが、こちらも回避されていたでしょう。

着実に加点を積み上げながら減点を減らした構成商業作品として非常に良質です。

インターネット個人サイトSNSにおける人形劇漫画であれば作者の個人的体験の過剰増幅が持て囃されますが、商業作品においてはそういったノイズは減らすのが吉でしょう。少なくとも私は商業作品の中で作者の個人的感想妄想を爆発させられても困ってしまます

さて、ここはネットの片隅なわけですから、私ももっと個人的かつ主観的な語りをすべきですかね。

先程減点を防いでいたと言いましたが、「ありがちな大失敗をしてなかった」という話であって細かい減点は結構あったんですよね。

まず気になるのが作品方向性ちゃんと固めきれてないこと。

作品の展開に奥行きは欲しいんですけど方向性は見失ってほしくないんですよ。

たとえるなら、縦横においては4象限のうち1つか2つの範囲にとどめつつ奥行きを上手く使ってその中で色々やってほしいというか。

私はこの作品に対しては「キャラ陰キャだけど気分的にマイナス方向には振れない作品」を期待していたんですよね。

陰キャなりに楽しくやってる漫画であって欲しかった。

でも時折作者の別作品だと鬱ご飯に該当するようなただひたすらにネガティブな展開だったり悲劇的な場面がでてきたりするんですが、これがNot for meでした。

たとえるなら「甘いパスタを食べることもあるけど、ランチセットのおまかせは絶対にしょっぱいパスタじゃなきゃ嫌だなー」みたいな感じですかね?

求めてないんですよねバーナード嬢のストーリーとしてマイナス方向に気分が振れた展開って。

この作者の筆からまれた鬱成分は鬱ご飯とかで取ってきゃ良いと思ってるわけで。

たとえるなら「ミスド中華まんが売っててもいいけど、何気なく買ったドーナツが見た目に反してしょっぱくてスターアニスばっちりだとそれは違うよね」みたいな感じですかね?

んで、結局そういう話が出てきちゃうのって作者の引き出しの不足のせいなんじゃないかって思うんですよね。

そもそもこのキャラ造形でシリアスな話とか無理なわけですよやっぱ。その辺はこういう人物像で行くぞと決めた時に覚悟を終わらせておいて欲しかったなと。

んでまあまた最後に褒めるんですけど、ほのぼのとくだらん読書エアプトークやらせる分にはこの4人ってベストなんすよね。

キャラが多すぎないおかげで「その回の物語や本の比率」が下がりすぎないっていうか。

キャラが10人も20人もいると「このキャラはこのシチュエーションでどう動くでしょう大喜利」みたいになってキャラ中心になりすぎる。

バーナード嬢は「この本(や状況)をエアプと偏屈マニアに語らせたらどうなる?」っていうテーマでずっと回っていて本やシチュが中心からはずれないようになってるわけですよ。

この作りを100話以上動かさずにやってるのは誠実だなと。

まあだからこそ、各々のカップルが進展することばかりが話の中心に来てると「シチュエーションコメディとしてのプライドはないんか💢」と不愉快気持ち側行くてくるわけですよね。

うん、結局私がこの作品評価しているのは「シチュエーションコメディとしての軸がしっかりしている」という所であり、少し評価を下げているのは「せっかく作った軸を自分でブラしていることがある」って所なんですよね。

「軸を安定させたままで多様な展開をやればもっとよかった」と勝手なことを言うには全128話は長いんだろうなと思いはしますがそれは俯瞰的意見主観的には「もっとドーンと構えてられるように引き出し増やしてくれや」が感想ですわ。

Permalink |記事への反応(5) | 22:47

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

朝日新聞連載Re:Ronダイバーシティ共生記事 「でたらめ」は「噓」より強大な敵 その違いと深刻な問題害悪とは哲学者三木那由他寄稿2025年6月17日 16時00分

さて、フランクファートの言う嘘とでたらめの違いはおおよそ次のようにまとめられる。

 嘘は何が真理であるかを気にしたうえで相手を真理から遠ざけるような言明である

 でたらめは、そもそも何が真理であるかを気にさえせずになされる言明である

このとき、この子どもは自分が花瓶を割ったという事実理解したうえで、親がそれに気づかないよう考慮してこの発言をしている。つまり、この子どもにとっては自分が実際に花瓶を割ったかどうかはどうでもいい問題ではなく、自分が花瓶を割ったのが事実だとわかっているからこそこうした発言をしている。その意味では、この子どもは真理、すなわち何が事実で何がそうでないかということには、あくまで関心を持っている。これはフランクファートによると、嘘に該当する。

私が子どものころには、親が子どもに向かって「あなた橋の下で拾われてきたんだよ」と言うことがしばしばあった。なぜ「橋の下」なのか、なぜそのような発言一種の習慣として広まっていたのかはよくわからないが、私(1985年まれ)と同世代前後のひとであればどこかで聞いたことがあるのではないだろうか。これはフランクファートの議論に照らすとでたらめの一種だろう。言い換えると、このとき子どもが実際には橋の下で拾われたわけではないという事実は、そもそも関心を払われてさえいない。フランクファートがでたらめと呼ぶのはこのたぐいの発言である

嘘をつくひとは、「私たちは真理を目指すべきだ」という目的意識を正直なひとと共有したうえで、その目的を阻害するような発言をしていると言える。これは真理からひとを遠ざけるという害をもたらすが、しかしそれはあくまで「私たちは真理を目指すべきだ」、言い換えると「何が事実であり、何が事実でないかをできるだけ見極めようとすべきだ」という前提を維持したうえでのことだ。

 しかし、でたらめはそもそも真理への関心を持たずになされるのであった。つまり、でたらめを言うひとは何が事実であり、何が事実でないかを見極めようとする必要があるという前提をそもそも共有していないのである。そのような発言が横行するとどうなるだろう?

もそも事実を気にしていないでたらめがさも普通発言のように広まってしまうと、そうはいかないのだ。こうなると、でたらめの存在によるノイズが大きすぎて、もはや個々の言明を取り上げて「これは正しい」「これは間違っている」と選り分けることなんてできないと感じるひとも出てくるだろう。

 フランクファートは、でたらめは「真理に対する嘘よりも強大な敵」と呼んでいる。

環境気候について考えるうえで科学的に確かめられた事実無視すべきではないし、医療について専門的な知見の積み重ねを脇に置くべきではないし、統計をろくに取ることな社会集団について意思決定をすべきではないはずだ。しかし、でたらめはそうした真理に立脚する意志をくじき、そのような本来捨てられるべきでない前提を無効化してしまう。

また、別の哲学者ジェニファー・ソール(犬笛の研究で知られる)は、2024年の著書『犬笛とイチジクの葉』(Dogwhistles and Figleaves)で、でたらめが持つ社会的機能にも注目している。

別の言い方をすると、私はでたらめを言い続けることで、あなたを振り回し、あなたに及ぼす自分の力を誇示することができる。それゆえ、でたらめを1回言うくらいでは大して害はないかもしれないが、でたらめを言い続け、それを撤回しないこと、そうした振る舞いを相手に許容せざるを得なくすることは、相手支配するひとつ形式であると私は考えている。

 でたらめの厄介なところは、それが一見するとあまり荒唐無稽で、面白おかしものに見えかねないところだろう。対等なひと同士のあいだでたまに個人的になされるくらいだったら、実際でたらめは単に面白おかしチャーミングな発言しかいかもしれない。しかしそれが広く不特定多数に広まったり社会的な力のある者によって発せられたりするとき、でたらめは面白くもおかしくもない、シリアス問題となる。

 放置すれば害をもたらし、でたらめだと指摘してもソールの言うように分断を招くだけだとすると、これは大きなジレンマとなる。

https://digital.asahi.com/articles/AST6D20T1T6DULLI005M.html

Permalink |記事への反応(0) | 22:32

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

阿Q正伝平成ギャルが要約してみたよ!

ぶっちゃけ、アタシが超テキトーにまとめるね!😂✨


ちょー古い話なんだけど、マジでヤバい「アQ」ってオッサン主人公なの。

てか、名前本名も超適当っていうか、フワフワしてて「阿Q」でいいんじゃね? って感じの適当キャラすぎウケる🤣🤣🤣

アQは家ナシ職ナシで、土穀祠(おいなりさま)に住んでるマジポンコツなんだけど、

自分だけは「昔は超ゴージャスだったし、マジでイケてる」って信じ切ってるのが最高にエモい


この人、ぶっちゃけケンカとかでフルボッコにされるのね。

しかも、趙太爺(チョーテェーヤ)に「お前なんかが趙(ちょう)姓なわけねーだろ!」ってチョッパリビンタ)されて、罰金まで取られちゃうっていう、マジでサイアクな展開なんだけど…

ここからがアQの神テク

彼は「マジで負けてないし!」って言い張るために、

精神勝利法っていうヤバすぎる考え方を発動するの!

①「アタシを殴ったやつが、もし息子だったら、息子がオヤジを殴ってるのと同じじゃん?ウケる!」ってムリヤリ脳内変換

②「殴られたアタシはアタシじゃない。アタシは自分自分を殴ってるの。てか、アタシが勝ったし!」って、自分自分ビンタして勝利確信するの!

ごめん!意味不明でマジやばい

マジでどんなに負けても、「心のテンションだけはアゲぽよ⤴️」なの。

彼は自分世界で一番「自らを卑しめるのが上手い人」って思って、それで満足しちゃうっていう、もうね、思考回路が別次元なんですけど!

そんなこんなでアQがいつも通りテキトーにイキってるうちに、時代革命でちょーざわつくの。

彼は「革命ってヤバくね? アタシも参加しちゃおうかな!お金持ちの家から色々ぶんどっちゃおう!」ってノリで参加しようとするんだけど、周りからは「お前みたいな雑魚ダメだろ」って完全にシカトされちゃうの😢

結局、アQはなぜか盗みの罪を被せられちゃって、誰からも助けられずに死刑なっちゃうんだよね。

てか、アQの人生って、マジで精神勝利法」で全部やり過ごそうとしたけど、結局現実には全然勝てなかった、「ザ・負け組」って感じじゃん?

でも、どんなにボロボロになっても「アタシは勝ってる!」って思い込む、そのイキり方は、マジで伝説ギャルマインドだよね!超リスペクト!✨

はい、おつかれサマンサ!✌️💖

これだけ読んで「おもんない!」と思ったアナタ

ぶっちゃけ、この話はただのオッサンの一代記じゃないの。

作者の魯迅(ろじん)が、当時の中国社会辛亥革命!)のヤバい問題点ガチ批判するために書いた、超シリアス風刺文学なんだよね!

からムズイは当たり前!マジで考えさせられる!🤔

Permalink |記事への反応(0) | 22:04

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

単純明快映画が好きなんだな

アマプラを見ていたらプロジェクトAに2がある事を知った。

親がジャッキーチェンが好きで、小さいころ兄弟と一緒に家で見た覚えがあるような、ないような。

でも2は見ていない気がする。親は香港警察が好きで、兄弟ラッシュアワーが好きでそればかり見ていただからかもしれない。

どんな話だったかなぁなんて思いながら見ていたが、めっちゃ単純。

明らかな悪役、カメラが激しく揺れずにしっかり見せてくれる戦闘シーン、そうはならやんやろなっとるやろがいなギャグシーン。

コテコテの「どうぞ!コミカルシーンです!」って感じがあるのがいい。ドシリアスだと疲れてしまう。

ドロドロの裏切りとか、クソみたいな人間関係とか、めんどくさい恋愛とか、ややこしい悪役のバッググラウンドとかない。

最後ジャッキーをすり潰そうとしているシーンなんてコテコテThe悪役で、一周回って良い。

プロジェクトA2で一番笑ったのは女性の家に3組も潜入されていて「潜入されすぎだろ!」って画面前で笑っていたらジャッキーが「どんだけ入り込まれているんだ!」って突っ込んで笑いが止まらなかった。



そして相変わらずNGシーンを見るたびに「よく死なないな…」と思うのである

こういうのでいいんだよ、こういうので、って感じだった。

ジャッキーの戦い方って小物を使うから動きが少ないけど、それが気持ちいいというか爽快というか。

コミカルで単純名器な映画、もう人気ないのかな。

エンタメ映画を見て、あー楽しかったって思える作品だった。

Permalink |記事への反応(0) | 21:57

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20251126152412

シリアス別に不得意では無いと思うよ。

今週山場ほしいから、ここでシリアスな大ごまどーん!は得意。

テーマに沿ったものすごい素晴らしい深い結論、とかは出せないだけで。

 

敢えて、っていうのは、推しの子みたいな、犯人捜しを企画段階で作ろうとするやつ。

 

キャラが何の目的もなく自由にそこに居て、シリアス事件にもその時リアルタイムに遭遇するだけなら、そこまで悪いことにはならん。

企画最初に決めてたラスボス、とかが出てくると急に尻すぼみになる。

 

インターネット考察班とかがついたのが誤りのもとだ。

Permalink |記事への反応(0) | 15:38

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20251126150548

ギャグマンガがやたらシリアス長編挟みたがるようなのを「あえて」って言わないと思う、

得意ジャンルといえどネタ切れになるから

ジャンルの引き出しから質の悪いネタをだしてきて

得意棚の中身が満ちるまでの時間稼ぎしてるの

あえてとかじゃなく単に能力の制約、限界

Permalink |記事への反応(1) | 15:24

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-25

映画インビジブルスパイを見た

イマドキの倫理観ゼロシリアス香港バカアクション映画

まぁ普通だったかな。50点。

 

タイトルで突然、「Line Walker 2」と出てきて「エッ、2なの!?」と思ってちょっと調べたら、ドラマと同じタイトル全然関係ない映画Line Walker」と役者共通なだけの別映画だった。ナニソレ珍百景すぎる。まぁいちおうCIB(犯罪捜査局)を舞台としている点だけは共通しているらしい。

 

孤児院で育てられた2人の少年、アンとディー。しかしある日、謎の男たちによってディーが誘拐されかけ、それを助けたアンは逆に誘拐されてしまう。それから30年後、香港で大規模ひき逃げ事件が発生。裏にテロ組織が絡んでいることがわかり、情報部のイップとチェン、保安部のジェンは互いに縄張り争いに精を出しながら解決へと協力する。しか警察内部にテロ組織スパイが潜んでいることが分かり……

 

という、インファナル・アフェア以来、香港永遠に流行ってる潜入スパイもの

ジャッキージェット、ドニーらがハリウッド進出した2000年代以降、日本ではすっかり影の薄い香港映画業界だけど今でも普通に大作映画を連発していて予算たっぷりかけた武侠ファンタジーやド派手な銃撃カーアクション映画が作られている。今作は後者レイジングファイヤコールドウォーシリーズなんかの系譜になる。

U-NEXTとかで吹き替えありで見られるのでオススメ

 

最初に出てきたアンとディーがそれぞれの陣営にいるんだろうなってことはすぐわかるんだけど、そもそもどいつがアンでどいつがディーかはさっぱりわからない作りになっている。中盤まではあいつがこいつでこいつがあいつでどいつがどいつだ?みたいな潜入スパイもの特有サスペンスが繰り広げられるが、ここの出来があんまよくないので話にのめりこめない。気取られたくない意識が強すぎて無意味ガチャガチャしすぎ。本筋はバカアクションなんだからこんなのは「やっぱりか~!!」ってなるくらいでいいんよ。

 

本筋のアクションはここ最近香港大作は特にその傾向が強いんだけど市街地で銃をぶっ放しまくる。ハリウッドでも最近それ系の映画少ないのに、香港香港市街サブマシンガン警官テロリストもぶっ放しまくって後ろで市民がキャー!とか言ってる。いや香港中国領土になってから倫理感なくなったんか。

しかも今回は合同捜査だ!とか言ってミャンマーに行って現地の高速道路香港警察がやっぱりサブマシンガンをぶっ放しまくる。お前ら国際問題とか怖くないんか。大中思想すぎるだろ。韓国映画犯罪都市シリーズでは合同捜査中に暴れすぎるなって散々釘刺されてたぞ。

そして挙句の果てにはスペインの牛祭りに行って牛を暴走させまだ何の準備もできてない闘牛士コスプレマンや赤いユニフォームを着てただけのお兄ちゃんらが牛にボッコボコにされたりする。まぁ闘牛は野蛮な動物虐待行為からね。牛による天誅だね。

ちなみにスペインでも銃を撃ちまくる。国際問題とか以下略

 

後は最後の展開だよなぁ。これはすごかった。

牛追い祭り会場での銃撃戦から這う這うの体で逃げ出したジェンにチェンの車が迫る!ひき殺される!と思ったら車はジェンの前に横づけされ「乗れよ」の展開かと思いきや、車の向こうから闘牛が!(???) そのまま車に突撃しドアを角で突き破りチェンの腹にぶっ刺し、車ごとジェンを吹き飛ばす闘牛

何を見せられとるんや。

そこに迫る韓ドラのイケメン悪役を煮詰めたようなテロ組織殺し屋!強すぎる!ダメだ勝てない!しか最後の力を振り絞って殺し屋を抑え込む2人。その向こうには……闘牛だ~~~~!!!!!猛突進してくる闘牛にぶつかった殺し屋は息絶え、それまでの傷により施設兄弟のように育った二人は仲良く息絶えるのであった。

何を見せられとるんや。

これ間違いなく制作に牛資本、カウマネーが入ってるだろ。そうじゃないとこんな無茶苦茶な展開にならんだろ。あんな激しい市街戦を3回もやっておいて最後闘牛一人勝ち。そんな脚本あるかい、あったやろがい。

 

という感じで、なんか硬派なスパイアクション映画っぽい感じで始まって最後闘牛映画で終わるという謎映画だった。

とはいえアクション映画特に大規模アクション映画はやっぱ予算かけてなんぼなんよっていう日本にはとても期待できないバカ銃撃戦をたっぷり味わえるので1990年代ハリウッド映画みたいな雑アクション映画を見たい人と、あとやっぱ映画は牛が活躍してなんぼなんよっていう牛の人にはオススメ映画

Permalink |記事への反応(0) | 09:47

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

バッドエンドな漫画

平成初期は、いじめを題材にしたものが多かった。

私もいくつか読んだけど、学校舞台にした、子供たちの間のいじめシリアスに描いたものが多かったので、心がえぐれて辛かった。

令和の今、差別いじめを描いた作品は、異世界舞台にした逆境からの逆転劇(ざまあ)が多いから、いいよなあって感想

Permalink |記事への反応(1) | 08:21

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-24

台湾内田樹に怒ってる人って

シリアはどう考えてるの?

中華人民共和国政府台湾との間の対立問題は、基本的には、中国国内問題である」(昭和四十七年十一月八日衆議院予算委員会大平外務大臣

この前提はみんな争ってないよね?

平和裏に行動する分には国内問題実力行使したら、分からないぞ!という立場

そこでシリアなんだけど、アサド政権打倒して暫定政権が出来たのはいものの、クルド勢力との統合で揉めてるんだよね。

https://arabcenterdc.org/resource/syrias-fragile-integration-the-sdf-joins-the-army-but-autonomy-remains-elusive/

3月に両者が統合合意したものの、以来「衝突」し続けてて、最近またクルド側が自治の拡大を要求してる。そしてクルド勢力の背後にはアメリカ(とイスラエル)がいる。

台湾独立現状維持の支持派はシリアクルド独立現状維持も支持する?

シリア暫定政権実力行使して統一目指してるけど国内問題じゃないと思う?

それ言ってるのシリア領土占領してて統一されたら困るイスラエルなんだけどね。

シリア暫定政権クルド地域統合を諦めることは100%ない。石油埋まってるもん。

諦めるぐらいなら一か八か大規模な「内戦」はじめる方がまだシリア再建の可能性がある。

暫定政権実力行使を伴うシリア統一を支持するのか、イスラエルと同様に少数民族保護を掲げ統一否定するのか。

一方、中国台湾なくても豊かになってるんだから平和裏にやってくださいと思うけれども。

中国視点では「核心的利益の中の核心」でシリア暫定政権クルド統合を欲するのと同様なわけだよ。

シリア統一を支持し、中国統一否定するロジックが思いつかない。

独立したいならさせてやれよという立場シリアが血みどろの内戦に戻ってしまう。

俺には一貫性を保つにはどうしたって内田樹的な立場にならざるを得ないように思われる。

まり次の立場だ。

『「反乱」や「鎮圧」というようなシリアスな事態が起きないことを私は切望していますが、仮にそれが起きた場合でも、諸外国にできるのは国際機関を通じた調停の試みと人道支援までだろう』

だれか都合の良い立場を教えてくれ!

Permalink |記事への反応(0) | 11:10

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-18

NHK文句をいっても意味が無い。NHKを巡る議論矮小したN党。

NHK受信料をめぐる議論は、奇妙な停滞に陥っている。

制度は古く、生活実感とズレもある。受信料徴収に係わる話題では、度々ネット批判が立ち上がる。にもかかわらず、政治テーブルには乗らない。触れようとすると、どこかで“炎上案件”に片足を突っ込んだような空気流れる

この空気出所をたどると、どうにもN党の存在を避けて通れない。受信料トラブルという個別の不満に議論を押し込めた結果、制度設計としてのNHK改革が語りにくくなってしまったのだ。

NHKの有り様を考える話題は、本来もっと大きな話だったはずである

しかし、N党(旧・NHK党)が論点を“受信料トラブルの解消”にまで極端に矮小化した結果、NHK制度のものを扱う真面目な議論が、政治空間から消えてしまった──これは日本の政治議論にとって大きな損失であり、国民が溜め込むNHKへの不満の解消を遠のかせることにもなった。

1. 「受信料トラブル」=“個別不満の処理”に矮小化された

本来NHK問題は、

といった“制度設計レベル”の話である

ところがN党は、徴収員との喧嘩、未払いの正当化ワイドショー炎上議論を落とし込み、制度根本を触らないまま「個人受信料をどうするか」のレベルへ持ち込んだ。

この瞬間、「NHK改革受信料で揉める人たち」というイメージ世論に固定され、政策論争としての格が落ちた。

2. 結果として、真面目な議論が“触れにくいテーマ”になった

政治家にとっては、

があるため、静かに距離を置いた。

結果、本来必要だった「制度疲労した公共放送をどう再設計するか」という議論が、国政のテーブルに上がらなくなった。

まり、N党はNHK問題を“政治的に扱いにくいテーマ”に変えてしまったという副作用を生んでいる。

3.受信料問題は“入口”にすぎず、本丸ではない

受信料制度全体のごく表層の話で、本質は“公共放送存在意義と、そのための財源方式をどう再設計するか”。

例えば、

など、検討すべき選択肢本来かなりある

だがN党の動きが、議論全体を「受信料を払うかどうか」だけに閉じ込めた。

4. “制度としてのNHK”を扱う政治家が不在になった

政治側としては、N党の存在によってシリアス議論がやりにくくなったのは事実で、

といった理由敬遠されている。

結果、本来必要だった政策レベルの再設計が進まないまま放置され、NHK自身も“縮小と延命狭間”で動けない。

5.課題を再びまともな政策論争に戻すには?

これは可能だが、切り口を変える必要がある。個人受信料問題ではなく、

という枠組みに置き直す。

この枠で議論すると、

とも接続やすく、政治争点として扱う“格”が自然に戻る。

結論

N党が受信料という“枝葉”に全議論を閉じ込めたことで、NHK制度改革のもの政治的に扱いづらくなった。

その結果、“NHK問題を真面目に語ること自体ポピュリズム扱いされる”という状況に陥っている。

まり制度設計論と大衆感情乖離が、NHK改革不能なまま放置している」というのが現在である

Permalink |記事への反応(0) | 12:11

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20251117223522

GQuuuuuXのEDテーマノイズどころか作品背骨として機能してたと思うけどなぁ。

米津玄師、星街すいせい、竹...という座組で劇場公開前に「このアニメ現代若者向けですよ。そういう心構えで見てくださいね」とミスリードをするのに機能してた。そして劇場公開後も新旧ガンダムの『水と油感』を演出する上でも役割を果たした。

そしてマチュたちの物語に限って言えば、序盤のポップな雰囲気、中盤のシリアスな展開、終盤の疾走感を一曲エンディングテーマ接続して作品全体に一貫性を感じさせる機能果たしてる。

あのアニメは最低限作品として成立するための土台を若者向け要素で固め、その土台の上で古参ガンダムファンお祭りをやるアニメだった。米津玄師、星街すいせい、竹がお祭り運営スタッフをして、1st信者ステージの上で酒飲んで気持ちよく踊ってる構図。そういう祭りだった。

Permalink |記事への反応(0) | 09:39

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

次の25件>
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2025 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2025 Movatter.jp