
はてなキーワード:ゴリゴリとは
女が女に与える有害さ
あるんだよな、これが
分かりはすいのはスクールカーストとか、マウンティングとかかな
スクールカーストもマウンティングも、ただそこで生きてるだけなのに、差別されて底辺扱いされて、生きる環境を困難にさせる
大問題だろ
あとルッキズムね
フェミニズム文脈では頑なに男目線のルッキズムしか語られないけどね
髪の毛がサラサラじゃないと人権がないから毎朝無駄に時間使ってヘアアイロンするとかあるあるじゃん
パンチラダメ、胸の谷間ダメ、えっちシーンダメ、性的アピールダメ
実写の映画もドラマもみんなゴリゴリ性的アピールしまくってるし
セックスしまくってるし胸の谷間もお腹も筋肉も見せまくってるけど
別にそれがノイズになるとかなんとか言われてることほとんどねぇもん
「えっちなこと」を過剰にいい方向にも悪い方向にも神格化してる
行き遅れたおっさんとおばさんばっか見てるんだろう
現人神を解放し「人間に戻し」、最終的にその国を「民主主義」の国にするっていうプロット。
魔神(マシン)だけが「英語名」であると作中で言及されているのも非常に示唆的だし、
異世界からやってくる人間と対応する魔神も陸海空にそれぞれ対応しているのも意味深。
東京バビロンとか書いてたCLAMPだから別に思想的な漫画書いてても不思議じゃないけど
これをゴリゴリの少女漫画誌のなかよしでやってて、男女を越える広い層に受け入れされてたの
なかなか腕あるなって感じする。
もはやホラー映画界のディズニーランド。観客が見たいものを見せてくれる上にサービス精神も満点、74点。
個人的には映画界のストレステストなんじゃないかと思っているファイナルデスティネーションシリーズの最新作。
とにかくこの作品群は視聴中、極度の集中に晒され続ける。
めっちゃ簡単に言うと「大事故で死ぬはずだった人が主人公の予知夢などによって死に回避した結果、死がそいつらを追いかけてきてちゃんと死ぬはずだった順番にサービス精神満点な殺し方で死なせていく」という話。そして概ねその死は「日常に転がっているちょっとした危険」が積み重なって死に至る。
例えばこんな感じ。
風の強い日に芝刈りをしている人の家がある。その家のガレージ前ではガキどもがサッカーの練習をしており、一人は道路を背にボールを受けている。道路とガキの間にはゴミ箱が置かれており自動回収のゴミ収集車が向かっている。
ちょうど女性がそこを通りがかったときに強風が吹き、芝が舞いガキの目に入りガキのボールは目測を誤り女性にシュート、女性はゴミ箱にダイブしゴミ収集車に自動回収されすりつぶされて死ぬ。
巷では「死のピタゴラスイッチ」などと呼ばれているが、こういった死のタネが作中にとにかくめちゃくちゃ出てくる上に「これ危険ですよね!!!」と自己主張が激しい。芝刈り機、ガスコンロ、割れたガラス、可燃性の洗浄剤、ちゃんとしまわれない包丁、扇風機の近くに垂れている紐、前を走る丸太を積んだトラック、整備が不十分なトランポリン、虫眼鏡の役割を果たしそうな猫避けのペットボトル、ボルトが緩んでいるシャンデリア、置きっぱなしの鍬、高所のガラスの入替作業。日常に潜む危険がこれでもかと出てくる。
もう本当にめちゃくちゃ出てくるのでどれが本当に死に関わるタネでどれがブラフなのかがわからない。出てきたはいいけど何もありませんでした~のパターンもある。
なので観客は「どれだ、どれで死ぬ、これか、いや違うのか、こっちか、いややっぱりあっちなのか」と常に身構えた状態で画面を見ることになる。そして見事な手順をたどって死に至りスッキリして「整う」のだ。
これが気持ちいいと思えない人はまず向いてない。
作品はシリーズ通してほぼすべて同じパターンで構成されており、まず最初に多くの人が「死ぬべき」大事故が発生し、多くの人の悪趣味な死にザマをたっぷりしっかり見せてくれる。ウェルカムドリンクならぬウェルカム大虐殺をお出しされる。しかしそれは主人公の見ていた予知夢で主人公はそれを訴えて周囲の人間を救う。
その後、それで助かった人たちが愉快な死に方をしていき「これは助かったやつが本来死ぬべき順番で死んでいっているのでは?」と発覚しなんとかかんとかそれを避けようと奮闘し最終的になんとかなる。
そしてようやくみんな助かったねよかったよかったハッピーエンドと思った瞬間に最後のやつがめちゃくちゃ愉快な死に方をしてギャー!終わり!というデザートまで完璧な配分になっている。
今作は最後のギャーの規模がめちゃくちゃデカくなっていてフルコース食い終わったらサーティーワンを店舗ごとプレゼントされたような気分になった。ありがてぇ。
今作ではこの予知夢を見るのが助かる本人ではなくその孫となっているのがこれまでとの違い。
祖母もその大事故を予知夢で回避しており、大事故の時点で妊娠していたため彼女の子供、そしてその子供たち(孫)も本来生まれるべきではない死の対象だったということで一族全員死亡するまで帰れま10という展開になる。
大事故で死ぬべきだった主人公の祖母は田舎にずっと引きこもって襲い来るピタゴラ死を研究し予兆を見抜く能力を身に着けそれを回避し続けることで「死の次に順番を渡さない」という形で家族を守っていた。
でも主人公が過去の予知夢を見て祖母に助けを求めたことで「死が狙っている」というゴリゴリオカルトを主人公に信じさせるために家を一歩出た瞬間、愉快な死に方をしてしまう。このことで死のファミリー連鎖が始まってしまうのだが、ババアが家出なかったら死の連鎖始まらなかったよね!?と思ってしまった。ガンでもうすぐ死ぬって言ってたからなんにせよ次に回るしなぁって判断だったのかな。死の対象が老衰で死んだらどうなるのかの言及がなかったからここはよくわかんなかった。
今作は「血のつながり(原題はbloodlineで血族を表す)」で人の死の順番が決まっているので「じゃあ次こいつやな」と思っていたら実はその子は不倫でできた子だからセーフでした~という世界一嫌なスティングがあるんだけど、結局そいつも面白死しちゃう。ここは批判ポイントなんだけど
・死を誤魔化そうとするやつは酷い目に合うというセリフがあったのでそれで死んだ
のどっちかだと思う。ちゃんと血が繋がってたら順番通り死ぬはずだから、多分後者。心停止してから復活したらいけるらしいという情報を元に弟を仮死状態にしたろ!と奮闘していた結果、死を怒らせたというのが一番筋が通る展開だと思う。
まぁ、今作では最後のギャー!のために何十人も死んでると予想されるので「死は対象者以外狙わない」というのはかなり眉唾ではある。
このシリーズのサービスポイントでありここが面白い部分でもあるんだけど、今作ではさすがに気になったかなっていうのは、「膨大な前振り」「死のピタゴラスイッチ」を見せなきゃいけないという使命感(サービス精神)が出すぎていて、「逆に」まだ死なないなが予想できてしまうシーンが多かったこと。
サービスシーンはいっぱいあるんだから途中に1個でも「前振りの途中でいきなり死ぬ」シーンがあるともっと緊迫感が増したんじゃないかと思う。
あと、さすがにアメリカの建物も機械も規格外すぎるだろ。セレモニーで人集まったらどんどんボルトが抜けるスカイツリーとかドア越しの自動販売機の巨大スプリングを引っこ抜く磁力を発揮するMRIとかめちゃくちゃすぎるだろ。さすがに笑う通り越してドン引きですわ。面白いからいいけど。
具体的になにをしているかというと、リーダーの考える通りのWebサイトのコンテンツを作成できるように黒い画面で英文をカタカタする仕事だ。なんてつまらなさそうな仕事紹介だろう!
この熱量の無さからわかる通り、プログラミングとかいう行為が好きではない。じゃあなんでそんな仕事を選んだかというと、学歴と体力のない人間の消極的選択である。
頭を動かすことは得意なので現場からもそれなりの評価を頂いている、が。今それなりに危機に瀕している。
人手が足りないから別のチームに応援に呼ばれた。これはいい。意思の確認とかされなかったけど。まあいい。
問題は別チームのやり方が本当に別すぎてなんもわからんことだ。
言語は同じなのだ。しかし書き方が違う。曰くフレームワークをゴリゴリに使用している書き方らしい。
IT業界でない人に説明するなら、同じアルファベットを使ってるはずなのに文法が全然違くてわからん。無理。
すごく頑張った。AIも駆使した(うちの現場では推奨はされていないが、非推奨でもない)。最低限求められている動きをしているものができた。
そして脳内のお嬢様が叫ぶ。「自分で何を実装しているのか、わたくしさぁ~~~ぱり、わかっておりませんわぁ~~~~!!!」
求められているものができているなら良いだろうと思うだろうか?しかしこの次の工程でレビューというものがおれを待ち受けている。
おれはこれが嫌いだ。諸々仔細は省くが嫌いだ。省く理由はおれのレビュー担当者への怨嗟で埋まるからだ。(別チームの応援におれのレビュー担当者=チームリーダーも一緒に来た)
そもそもおれはおれの上に立つ人間を好ましいと思ったためしがないので社会人が向いてない。終わりだ。
しかし時は無常。作業はまだまだある。ひとつめの壁で立ち止まっている場合ではないのだ。
終業時間ギリギリにレビュー依頼をぶん投げ今日の仕事は完了させた。
商業BLを今、ゴリゴリ読み進めてるんだがせっかくこのCP好きだなぁと思ってもそのCPが出てくる作品は1冊で完結してしまったり
何冊もシリーズで単行本が発行されてもその新刊がでるスピードは数カ月単位で遅かったりする
商業BLの作品は攻めの性格、受けの性格を被らせないために作者はどんどん違うキャラクターを生み出さねばならない。
特に自分が好きになったキャラクターの作品が1冊で完結してしまってて、それを生み出した作者は同じようなキャラクター、同じような作品は書けないってのがツライ
ファンレターに「Aの作品の受けちゃんはとても私の好みでして、この受けちゃんみたいな性格の受けをまた書いてほしいです!」って書こうと思ったけどそんなの読者から言われたくないよな。同じ性格で別の名前のキャラクターを生み出せなんて言えないよな
二次創作BLだったら人気のあるCPの書き手はpixivにたくさんいて、自分が好きなCPの作品が次々とアップされる
そして、私は今二次創作を書いてる最中なんだけど、私が書いてるCPはマイナーで、だから自分で書いてるっていうのもある。たくさんpixivに供給があるものをわざわざ書かない。
性欲薄い(ゼロでは無いけどかなり薄い)男だけど、女友達は昔から多い。
ただし友達になるのは、女性性が薄いというか中性っぽい女と中性っぽい男が多い。
女ァ!って感じの女や男ォ!って感じの男は苦手。
男だと、ナチュラルにホモソに引きずり込もうとする男は避けるし、
女友達からは「男と喋ってる感じが全くしない。恋愛感情も湧かない。男として見てない」ってよく言われるし、友達だからその距離感で良い。
男として消費してこない女のみ友達になれる感じ。
恋愛ハードルはかなり高いけど、一応恋愛も経験してるし結婚もした。
中性というかゴリゴリに男っぽい女が多い。
ただ性欲が限りなく薄いので、今まで付き合った女性に泣かれる事が多かったよ。
「好きな男から性的に求められない」辛さは相当なもんだと思う。
性欲が薄い男は恋愛で苦労するし付き合う女も苦労する。
そんなのずっと昔。
糞フェミくせー主婦層に都合の良い意見だけが上げられて、都合が悪い時はネトウヨもボロクソに叩かれる。
主婦層だから古臭い保守派みたいなことも言うけど、基本は糞フェミ。
要するに、自分に都合の悪い奴らがちょっとでも目立つと、ずーっとそいつらのネガキャンするために延々とほざき続ける。
まあ、高市擁護のためにそんなこと言ってたブコメは、ただのマスゴミ工作員だろうが。
ヤフコメこそマスゴミ信者の群れみたいな奴らなのに、わざと参政党とか高市とか叩いて支持させる工作が行われると、「逆らってる」とか都合の良いことほざき始める。
だったらマスコミ宣伝が上手い小泉劇場なんて、実際は小泉バッシング劇場の間違いだっただろうが。
明らかに行き過ぎてるくせに頓珍漢な政治家叩きは、炎上ステマの効果を狙ってる。
本当に叩いてる時と違いは明らか。
高市の時は、高市がゴリゴリの表現規制派で、ヘイトスピーチ規制してた売国奴だっていう、支持を失うようなことは一切口にしないからね、マスゴミ。
高市早苗がそれを気づけないのは仕方が無い面もあると思うんよ。
ずっと無所属でやってきてそこらの政治的駆け引きに明らかに弱いし。田中真紀子みたいなもんでタレント人気一本でなんとかやってきた。
小泉進次郎が軽い神輿扱いされてたけど、高市は高市で軽い神輿だって思う。
だけどさ。
担いでるおっさん達
何故ここに至るまで気付かなかった?
裏できちんと根回しするのお前らの仕事じゃないの?
そう言う地道な作業が得意そうな議員は菅を通して小泉進次郎派に回ってるし、岸田系もそっち、石破もゴリゴリの実務メンバーで組閣してる。
麻生派の意向もあって連中を避けて党人事やったのダメだったんじゃないの?
総活躍なぜ本気でやらなかった?
ほんとどうすんのこれ。
政治は安定しているのが一番なんだが
というか自称(藁)プロスポーツといってる公営ギャンブルは賭博興行でしかないんで公平性の欠片もない
興行として盛り上がりがあってほどよく荒れて人気選手が勝ち抜きできるようにゴリゴリ手心を加えた番組を作る。
その上走ってる奴らも八百長カスならまだましなほうで、実際は八百長すらできない雑魚キチガイとか、箸にも棒にもかからない素人乗せたほうがいいんちゃうか??レベルのゴミがそろってる。(一年365日朝から晩まで回す賭博興行として成立させるには最低限の頭数はいるでな)
買う側もそれは承知で、なんなら買うつもりがない八百長無気力カスのほうがありがたいまである。