
はてなキーワード:ケインズ政策とは
衆議院選挙での歴史的な大勝を契機として、構造改革の成果を誇張する動きがメディアやネット世論で散見されるようになってきた。この種の構造改革誇張論については私の個人ブログに簡単な意見を書いたので参考にしていただきたいが、ここでは小泉構造改革とはいままでなんであったのか、その一面を簡単に振り返りたい。実はこの小泉政権の経済政策の特質を見る上で見逃せないのが、郵政民営化論戦以降、リフレ派のダースヴェーダー卿としてネットの人気者になった高橋洋一氏の小泉政権の経済政策についての評価である。
ヴェーダー卿については以下を参照
http://reflation.bblog.jp/entry/193845
注目すべきは高橋@ダースヴェーダー卿の論考「「何もしない」小泉政権をマクロ的にどう評価すべきか」(『週刊金融財政事情』6月27日号)である。その評価は端的にいえば小泉政権が受動的ケインズ!!政策の出動を行ったという次のものである。
「小泉政権になって以降、積極的なマクロ政策は行われていないが、税収のビルトインスタビライザーが機能し受動的なマクロ政策となっているのである。歳出差額(=一般会計歳出-税収)の対GDP比率をみてみると、積極財政といわれた小泉政権以前の九八~〇〇年度の平均が七・九%であったが、小泉政権になってからの〇一~〇四年度の平均は七・八%とほとんど同じである。小泉政権の財政運営は清算主義のような印象を与え、その心理的な効果はわからないが、実際のデータでみる限り、かなりケインズ的な景気下支え機能をもっていたといえる」。
もちろん長期にわたる経済停滞の時期に積極的ではなく、不景気ゆえに税収が低下するという自動装置の働きを放置したことをもって小泉政権への好意的な評価とすることには、さすがに暗黒の力を感じざるをえないが、それでもこの指摘はよくよく考慮する内容をもっている。論壇では慶応大学の金子勝氏の近時の発言に代表されるように、小泉政権が当初の公約ともいえた国債発行枠30兆円を早々に放棄したことにはいまだに批判が根強くある。しかし、上記の小泉政権の受動的「ケインズ政策」の裏面はこの「公約」破りが必然的に伴ってもいることは見逃すべきではない。もしこの発行枠にこだわれば、それはまさに積極的逆ケインズ政策であり、小泉政権の表のトレードマークたる清算主義的な発想といえたであろう。
しかし竹中・木村ショックという株式市場に一大打撃を与えた心理効果にある意味でおそれおののいたのか、以後はりそな救済というモラルハザードつき国有化や受動的「ケインズ政策」とともに、小泉政権の特質は政権当事者たちの発言とは相反して反構造改革(むしろリフレ効果を多少とももつ「改革」)なものであると市場からも信認?を得てのではないだろうか。
ヴェーダー卿の論考では、なにもしないマクロ経済政策スタンスを受動的なケインズ政策であると、きわめて好意的に書かかれているがそれは政権の当事者のリップサービスと割り引いておこう。むしろ正確には小泉政権が(竹中・木村ショックに代表される)自らの清算主義の効果に驚き、また積極的なマクロ経済政策の責任を放棄したことで、日本経済の今日の景気回復局面の必要条件の一部を形成した僥倖を裏声で祝すべきなのだろう。
https://www.youtube.com/live/gqcQ8_Cf0Ww
ケインズをゴミ本扱いしている大統領は初なのでは?面白かったので抜粋翻訳した。
アレハンドロ(以下、A)「はい、皆さんこんばんは。こちらラジオ・ネウラ897のアレハンドロ・ファンティーノです。今夜はなんと大統領をお迎えします。23日の夜、あと2日でクリスマスですよ。普通なら“大統領へのインタビュー”って堅苦しい場になりますが、僕と彼の間柄はわりとフランクですし、年末のひとときを気楽に語り合いたいと思ってます。
でも、もちろん大統領ですからね。今日はいろいろ聞きたいことがあります。ケインズのこと、経済のこと、そしてあなたの政治姿勢。何しろ僕らの関係も昔から続いてるので、夜通し話せるんじゃないかってくらい盛り上がると思うんです。というわけで、早速お呼びしましょう。ミレイ大統領、ようこそ!」
ミレイ大統領(以下、M)「ありがとうございます。こちらこそ嬉しいですよ。お互い、今年は息つく暇もないくらい動いてきましたからね。今日は本当に自由に話したいことを話せたらと思います。」
A「そう。実は僕、2016年に初めてあなたに会った時の映像をまだ持っているんですよ。あの頃は“リバタリアン”という言葉も、正直言ってピンと来なかった。だけど、あなたは既に“国家は解決じゃない、問題だ”っていう主張をガンガンしていて。
ちょっと面白いのが、キシリオフさんからケインズの本をプレゼントされて、『一般理論』だ、どうだって見せてたところ、あなたが“あんなのはゴミ本だ”ってバッサリ言ってたじゃないですか(笑)。そこのところ、今改めて見返すと“ああ、当時から何も変わってないんだな”と感慨深いんです。実際どうなんでしょう?」
M「ええ、変わりませんね。ケインズの理論が間違ってると思う根拠は当時から今に至るまで一貫していて、しかも僕はそのとおりに行動してるつもりです。就任してすぐにバサッと財政支出を削ったのも、中央銀行の無制限発行を止めさせたのも、要するに“ケインズ的な財政拡張”の逆をやってるだけなんですよ。」
A「なるほど、確かに。で、その“あんな本、ゴミだ”発言はけっこう世間をザワつかせましたが、実際あなたは本当に何度もケインズを読み込んで、『いや、ちゃんと読んでこそ分かるダメさなんだ』って主張してたんですよね?」
M「そうですよ。ちゃんと5回くらい読んだ上で、結論として『これは政治家向けの本だな』と思ったわけです。政治家がやりたい放題に財政支出を増やして『これで景気が良くなるんだ』と唱えられるような内容だから、政治家にとっては夢のような本。しかし、国民にとっては悪夢ですよ。インフレと財政破綻が待ってるわけですから。」
A「実際、あなたは大統領就任後の最初の月で、GDPにして7%、トータルでは15%もの支出カットをやったという話が出てます。これにはアナリストも驚いてましたけど、あれはどうやって実行したんでしょうか?」
M「言い方を変えれば“国家が膨らませ過ぎた財布を一気に締めただけ”なんです。まずは財政赤字を削らないと、何も始まらない。僕が昔から言ってるとおり、“国がお金を刷って景気を回復する”なんて幻想なんですよ。ケインズ的には“それでGDPが上がる”っていうロジックかもしれない。でも実際は発行すればするほど通貨が価値を失ってインフレが跳ね上がる。僕はそれを許せなかった。」
A「ただ、一般的な見方だと『そんな急激な引き締めをしたら、経済が滅茶苦茶に落ち込むんじゃ?』ってなりますよね?」
M「そこを誤解している人が多い。需要と供給の均衡を乱す大きな要因は“無謀な国家介入”なんです。今は、むしろそれを取り除いたことで市場が正しく反応し始めている。この数カ月でインフレ率も激減したし、為替相場もある程度落ち着いた。雇用も徐々に改善してますから、数字が結果を示しているんじゃないでしょうか。」
A「聞いてると、ケインズ経済学に対する怒りすら感じますが(笑)、どうしてそこまで激しく批判するのか? 僕が思うに、ケインズ理論って政治家にとっては確かに夢のようなツールなんでしょうね。増税して借金して、公共事業をバンバンやれば一瞬は人気が出る。けど、長期的には国が破綻しかねない。あなたが言うように、国民が尻拭いをさせられる構図がずっと続いてきたと。」
M「ええ、だからこそ僕はそれを“政治家のための理論”って呼んでいます。国民のための理論じゃない。実際、アルゼンチンをはじめ多くの国で破綻寸前の財政状況を見れば、いかにそれが害悪かが分かるはず。僕はもう、就任前からケインズ政策に陥らないと決めてたし、今も同じ姿勢です。」
A「ありがとうございます。実は僕、今夜はね、ケインズの話だけじゃなく、あなたの“オーストリア学派”の理論だとか、“自由”という概念へのこだわりとか、そこも掘り下げたいんですよね。エンドレスで話せそうですけど、まだ時間あります?」
M「もちろん。僕らこのまま何時間でも話せますから(笑)。僕はむしろ、こういう場のほうが自分の経済哲学を詳しく話せて好きなんです。どうせなら今夜はとことん語り合いましょう。」
黒田も引退することだしここぞとばかりに叩かれているアベノミクスだが
経済理論上の基本路線としては金融緩和+財政出動の古典的なケインズ的政策だよな
別に安倍の独創でもなんでもなくて、単にいくつかある政策パッケージの中でケインズを取ったというだけ
アベノミクスが悪い、アベノミクスが日本を衰退させたと喧しい左派の皆さんは
アベノミクスを批判する時、安倍の運用がダメだったからアベノミクスは失敗したと言ってるのか?
であればケインズ政策の正しさ自体は認めてるという話になるよな
安倍ではない"有能"が同じことやれば成功するという結論になる
どっちなんだよ
まあ実際のところ経済政策の中身なんか検討する能力はハナからなくて
安倍憎しが先にあって、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、中身も何もわからず適当なこと喚いてるだけなんだろうな
俺知ってるよ
本来インフレであれば、合致する供給を自分たちが設備研究投資と雇用増加で作れば好景気化に繋がります。
しかし、何らかの事情でインフレでも増産ができず収入所得が上がらないという現象が起きることもあるのです。インフレでも収入所得が上がらない現象がスタグフレーションです。
例えば中東が石油の生産を一手に握った状態で戦争が起きたとか、アメリカが過剰なベトナム戦争支援をして財政赤字も経常赤字も両方出してブレトンウッズ体制をやめて一気に通貨安になったりとか。
MMTの元のケインズ政策では対処できない!とか言われたから金融政策偏重の新自由主義がおきました。けども、今のウクライナ戦争によるエネルギー・食料不足のスタグフレーションに新自由主義でなんとかなりそうかといえばならないでしょ?
金利を上げてヨーロッパスタグフレーションに落ちてるじゃない。一方で再生可能エネルギーがだいぶ低価格化していることと、石油や天然ガス産地が分散しているため、代わりの供給が作れるようになってる。
日本はもともとかなりデフレ基調だったものの、金利を下げたままで、物価高の品物を狙った補助金でスタグフレーションはだいぶ抑えられています。
スタグフレーションはスタグフレーションとして、供給不足の品物についての確保増産と価格変動緩和こそが解であって、新自由主義が解だってのは間違いだってことです。
まあ、政府の肥大と途上国の腐敗の点で一定費用対効果に帰ることぐらいは認めてもいいです。しかし、基礎応用研究投資や困窮者、教育など費用対効果が見えづらい支出が破壊されます。
新自由主義を突き詰めたイギリスは経常赤字垂れ流しで、最近投機勢の売り浴びせに勝てなくなってましたね。
日本、中国は外国為替資金特別会計などにある外貨や外債をもとに為替介入をして、投機勢を追い払いましたけど。
外貨為替資金特別会計大活躍したのに、最近外貨為替資金特別会計を潰せ、みたいなおかしな声が上がるようになってきましたねー。投機勢にとって目障りなのと、投機勢が暴れるために政策を捻じ曲げようとしてるんでしょうね。
MMTケインズ政策をまともにやってくれるのだと自民党積極財政派に期待するか、れいわしかない。
立憲民主党はやっと消費税減税に踏み込むようになったのは良いが、今の状況で金利上げなんて言っちゃってる。新自由主義の小川が政調会長握っちゃってるからと、党自体が経済にあまり興味が無いからだろう。
国民民主党はもう初めから政策どうでも良くてどこにくっつくかばかりが見える。前回衆議院選挙で選挙終わってすぐに新自由主義維新と連携した。そもそも日本ファーストの合併で合併が本決まりになってから消費税増税と安保賛成を党是として掲げようとした。
さっさとどこかと合併してほしい。
れいわは経済以外の逆張りが多すぎる。ベースは積極財政で景気をよくするというものだ。地方議会での足固めも積極的にはしていかないとならないが地方議会は通貨発行権を持っていない。それでもぎりぎりなんとか積極財政側で使われるべきだが使われていない弱者よりの支出を中心としてほしい。
フランス革命後の議会由来だというのはそうだが、フランス革命後の時点では保守対革新じゃなくて、重商主義者、対弱者重視者だと思う。
消極的自由主義(規制自体をなくす)VS積極的自由主義(結果的に自由に生きられるようにする)
とでもいいが。
ただ、封建主義を破ったあとの自由主義が格差拡大と景気低迷で行き詰まった。
解決策としてケインズ政策(国が国自身の借金、税金、金利政策で需要調整を行う)とマルクス主義(国自身が全部管理する)に分裂した。
上記の重商主義者の枠組みがケインズになり、弱者重視者がマルクスに流れていった。
相対的に自由主義から変化が少ないのがケインズで、変化が多いのがマルクスだから、保守対革新という枠組みになったが派生的なもの。
マルクスは結果的には負けたけど、ケインズもかつ直前にオイルショックがあって新自由主義に乗っ取られた。
で、ケインズ乗っ取り新自由主義が右翼を名乗ってる。だが、うまく行っているものから徐々に変えていくか、教条的に変えていくかであれば新自由主義は革新だ。
ゆえに、1980年代以前のケインズVSマルクスの時代だったら重商主義者=ケインズ=保守VS弱者重視者=マルクス=革新でよかったが、
また、重商主義者対弱者重視について、新自由主義とケインズ主義では、新自由主義=右翼が重商主義者で、弱者重視者=左翼がケインズとなる。
もともと封建主義批判として自由主義が生まれた。自由主義が格差拡大と恐慌と景気低迷を発生させた。それ批判として生まれたのがケインズとマルクス。
国による財政出動と、累進課税などの税制と、金利政策を用いて改善させようとしたのがケインズ。国が全部調整しようとしたのがマルクス。
1940-1980年台の右翼といえばケインズで、左翼といえばマルクス。
ケインズ政策は大成功を収めたが、1970年台のオイルショックに対応できないからとまた批判された。で、かつての自由主義の再来の新自由主義に右は乗っ取られた。
ケインズ政策末期においては、格差も薄れていたため、左翼は経済政策からは完全に目を背けてほそぼそとマイナー弱者や海外の弱者のことに目を向けた。
さらに、経済政策の拠り所のマルクスがなくなったため、新自由主義をそのまま受け入れた。
学位取得者って、それはケインズ政策から新自由主義政策に移る前。さらには30年以上前に学費が安かった時代に取った人も含むでしょうが。
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2013/04/17/1333454_11.pdf
今はむしろ低いほう。
で、小中学校でみっちり教えるのは賛成だが。わからないまま上位学校で授業に缶詰めになっても苦しいだけ。
ただ、Fランク大学はいわばそのケツを吹いているだけの状態。本当はもっと初級でみっちり教えること。それには初級学校教員の雑用を減らして補修など学生の学業に集中できる状況にするべきだがな。
ほかの統計が実態を反映してないって戯言は聞くに値しない。大学半分にするんだろ?ということはざっくりと大学進学率が半分になるってことだな。
ケインズ政策、マルクス政策は、その前の自由主義政策の批判として生まれた。
で、自由主義は自由に活動すれば良くなるという政策ではあるが、それが故に格差が拡大し、更に、恐慌が発生した。
そこで、政府が一定経済に介入しないとならないというのがケインズ政策、マルクス政策。
マルクス政策が失敗したのはそうだが、ケインズも実は批判を受けた。理由はオイルショックに対応できなかったから。
なお、今の長期不況はオイルショックなんか屁でもないぐらいひどいね。
故にケインズを乗っ取って新自由主義が生まれたんだが、むしろ新自由主義に移ってから日本は失われた30年をどんどん続けてる。
たまに緊縮バカが現れて致命的に景気を落とす。格差はどんどん拡大する。官の影響が強い医療、教育、介護、大学研究はぼろぼろになる。
また、失われた30年とITの勃興の時期が重なったため、日本ではITはボロボロになってしまった。今は失われた30年以上前に地盤をなした企業が生き延びてるだけ。
マルクス政策に勝ってるから新自由主義は素晴らしいんだというのが新自由主義者はよく言うが、じゃあ、ケインズ政策と比べたら新自由主義はどうなのかな?
バブル崩壊もそうだが、ただ単なる一現象が20年も効果あるなんてことありません。
リーマンショックも、ほんの3-4年で日本以外の国は完全に回復しました。
むしろ、高所得税、高法人税をバックにした日本改造計画のほうが効果がデカかった。まあ、理論的バックはケインズの方になるんだがな。
だから、朝鮮特需だけで1980年までの繁栄が築けたというのは誤りだ。ケインズ政策から新自由主義政策への転換が日本衰退の原因。
新自由主義は、自由にしたらいい。それだけで、金の量、金の循環はガン無視だ。
金の量だけやっと最近対策するようになったが、金の循環は、実際金の動きを止める富裕層、企業の懐に手をつけないとならないから見ないふりをする。
そんな物ない。あえて言うなら「この名前が有利だという旗頭」に過ぎん。
保守VS革新ってのは、ケインズ政策(保守)とマルクス政策(革新)が競っていた時代の考え。
だが、冷戦終結でマルクスが消え去ったのだが、とにかく金持ちウハウハ、金回りガン無視、小さな政府=緊縮政策の新自由主義が勃興して、それも保守ということになってる。
ケインズと新自由主義は相反する思想。なのに、同じ保守という名で語られてる。よって、用語の定義としては意味があるものではない。
だけど、この旗頭を名乗れば一旦は革新(マルクス)に勝ったのだからいい思想だということで、
なんとかこの旗頭を名乗ろうと奪い合って、なにか失態があれば「あれは保守ではない、われこそが真の保守!」と名乗るためのもの。
「どうして人って自分が理解できないことに対して寛容になれないんだろうね」
会社をサボろうと思ったわけじゃなかった。今日だけは一人になりたいと思った。自分の割り振られている仕事はこっそりやっておくつもりだった。なんだけど、昼すぎには東京駅から広島行きの新幹線に乗っていた。大学生のときはこんな簡単に乗れなかったのに。少しだけ大人になった気がした。
なんで京都だったのだろう。多分、その意味は無意識の自分にはわかっていて、意識の自分にはわかっていない。思えばいつもそうだ。いつも無意識の自分は答えを出している。懐疑的な僕だけが、無意識に出した答えを理解できずに苦しんでいる。無意識の僕は僕よりも僕のことを理解している。なんでなんだろう。僕はいつも僕に負けている。
京都についたらとりあえず清水寺に行こうとだけ決めていた。京都駅から歩くと30分以上かかってしまうけど、歩いていきたかった。ただ歩きたい時もある。その時はそういう気分だったのだ。
タカは、「清水寺に日本人が全然いない」と驚いた様子の僕に向かってそう言った。京都についた時、一応連絡しておいたほうが良いだろうと思って連絡を入れたところ、
タカから「急にどうした?」と返信が来たので、「確かに急だったわ。なんか一人になりたくて」と言った。するとタカは何かを察したように
「19時から会おうよ。なんか食べたいものある?」と聞いてきた。僕が「お好み焼きかもんじゃ」と注文したら、「もんじゃは東京の食べ物やからw」と笑われてしまった。
もんじゃは東京の食べ物なのか。もんじゃとかお好み焼きとかはなんとなく関西発の食べ物なイメージがある。本場のお好み焼きはやっぱり広島なのかな。よくわからないけど、関西に来たら食べるべきものってその辺なんだろうなって思っていたのに。
タカは呆れた顔で「今更?」とだけ答えた。
「そんなことはわかっているんだけど、なんかほら、そういうことじゃなくてさ。向いていないことなんて百も承知だったよ。だけど自分はそれが自分の課題だと思っていたから。克服すべきものだと思ってた。昔から社会性のなさで怒られてばっかりだったし、大学入ってからもそれは変わらず指摘を受けるばかりだったから」
「りゅーちゃんにそれは無理だと思ってたよw」
僕もそう思っていた。だけどそれでもきっと何かを変えるためには、多種多様な方々と協働することが求められるのだと。そう考えた時、社会性のなさは致命的だと思った。
「・・・まぁ確かに、いまこうしてここにいる時点で克服できるとは言い難いね。笑 タカはどうなの?こうして今自分の事業やってるわけだけど。俺と似たような課題感じていたわけでしょ?」
「もちろん全くできないよね。絶対無理!ってわかってたから半年で辞めるつもりだったしね〜。
ただ私の場合は成功体験があったからさ。大学時代に。それでイケる実感があったよね。まあ、最低限のお金さえ回っていれば潰れることはないしね。」
僕は店員さんが焼いてくれたお好み焼きに青のりをかけてから、ヘラで4等分にした。
「絶対無理かあ。それ、いいね。俺も決め切れたら少しは楽だったのかもしれん。だけどやっぱ、難しいわ。」
「なにがあったの?」
お店を出てから、「これからどうするつもりなの?」と聞かれたので
「漫画喫茶に泊まるつもりだよ。あ、それか温泉の付いているホテルとか、今から入れないかな?」と言った。
「明日みんなで温泉いくよ。学生の子達連れて合宿すんのよ。宿泊費とか食事代とかはうちで持つから、メンターやってくれない?明日には帰るつもりなんだっけ、帰るの明後日になっちゃうけど。」
すごい魅力的だった。でも急に押しかけてそこまでしてもらうのは申し訳ないと思ったので、
「いやさすがにおれなんかがメンターとか、大丈夫か?これ・・・なんかみんなきまずくしちゃいそう。。」気を遣ってみたのだが、
「なにさっきからうるさいわ!こういうのは流れで行くもんだろ!そういう旅なんじゃないの?今回は!」と怒られてしまった。
こんだけ勢いのある感じなら、確かにスパパーンと会社を辞めて事業を興すくらい容易いんだろうなと僕は思った。今日はタカの家に居候させてもらうとして、合宿に参加させてもらうことにした。
「自分のやりたいことを実現するためだったら、政治的な動きだっていやだと思うことないって言ってる人がいてね。その人の気持ちがよくわかる。今京都の行政トップの人たちとお話する機会あるけど、そういう人たちの理解をいただくのとかって、自分の事業のためだったら苦じゃないよ」
いつから僕は人から好かれることが苦手だと思うようになったのだろう。いつのまにか、目上の人はみんな自分のことをいけ好かないやつだと思っていて、余計なことを口走るくらいなら、会話せず穏便に済ますほうがいいと思うようになった。みんなから気に入られて、それでコトがうまく進むのなら、どんなに生きやすいだろうか。
自分は人からどう見られているかに対して無頓着なままだった。ものすごくくだらないことだと思っていたし、気にしても仕方がないに決まっていると思っていた。みんなが意識せずに行っていることを全くしてこなかったからか、まわりからどう思われているのかを意識することがまるでできないらしい。それに今だって、心底どうでもいいと思っている。自分の価値を人に決めさせてしまって良いのだろうか。それは僕に対して最も無礼な態度に思う。
でも多分、こんな僕だけど目上の方々は僕が苦手だと思っているほどには僕のことを苦手としていないのだろう。きっと僕が歩み寄り方を知らないだけで。
奥嵐山から望む京都の景色はとても奥ゆかしくて、いつまでも眺めていられた。奥嵐山にはちょっとした小屋があって、ベランダみたいなところから景観を味わうことができる。ボケーっとした顔で座布団の敷かれたベンチに座っていると、住職のおっさんが僕の隣に座り、京都のことや奥嵐山のことについていろいろ教えてくれた。四条にある木造カフェでブレンドにウィスキーを入れて飲むとか、でもおっさんはウィスキーを水割りにしてそのまま飲むとか。ブラタモリで紹介されたとか、夏目漱石がここで昼寝して帰ったとか。14時になった時、僕の隣で法螺貝を吹いてくれた。宗派によって吹き方が違うらしいのだけど、どこがどう違うのかまではわかりそうになかった。
「比叡山に行きたいの?今が一番のチャンスだね。本場の比叡山を体験できますよ。」住職のおっさんは言った。
「本場ですか?本場というと・・・」
「修行僧が登った比叡山だよ。2月は寒いし、ロープウェイが動いていないからね。バスも出てるけど、歩いて登るんだ。修行になるよ。」
「それは過酷ですね・・・いまから行くと登り切れなさそう。」僕は残念に思った。
これは無意識の僕と意識の僕が対話をするための旅なのだから、もっと旅らしいことをしていいのかなって思った。さすがに歩いて登るわけにもいかないから、ひとまず夜行バスの予約をして、そこから京都駅でレンタカーを借りて比叡山を登ることにした。
「これからどうするつもりなの?」僕は言った。
比叡山の頂上から見える夕暮れの景色の美しさに言葉が出なかった。奈良まで続く京を一望できた。この景色がまさに権力の象徴しているように感じた。僕はこの平地に思いを馳せた当時の人々のことを思った。ある人は太平を願い、ある人は戦乱を望んだ。比叡山を焼き討ちするくらいの器量は僕にはないだろうな。僕は彼の方がバグっていることに少しだけホッとした。「それよりはいくらか、だいぶマシだよな。」
京の反対側の景色も好んだ。どこまでも山脈の続くような予感が僕の想像の世界を掻き立てた。さらにすぐそこに琵琶湖があって。つくづく京都はいいところだなって思った。この景色をいつでも見られるなんて。
これから東京に帰る。そう思った時、 タカの家のドアを開けた6階からの景色を見て、「うわ、すごいねこれ、タカにとっては見慣れた景色かもしれないけど、俺にとってはすごい貴重なものだよ」と言ったことを思い出した。
タカは「知ってるよ」と満足げに笑った。
タカの部屋には今だに世界史の教科書や政治経済の用語集が置いてあって、僕たちはそれを手にとって、
「うわあ、いまやったらすげえ理解できるのに。。東インド会社とかって、もう、そりゃそうするよね・・・」
「政治経済もやってたの?あれ、二次試験って、文系2科目? うわ、すごい、ケインズの説明。みてこれ。この一文にケインズ政策とその課題点書いちゃってるよ。」
と盛り上がっていた。
知らないものに対して関心を持つことは難しい。僕は勉強が苦手で、覚えなければならないことを覚えることができなかった。そんなことよりも日本史のwhyを解き明かして行くのが好きだったのだ。
「なぜこの絶望的な状況下で戦争に踏み切ったのか。教科書では陸軍の勢いって書いてあるけど、それだけで本当に説明つくのかな?」
いまだからわかることが受験時の記憶から解き明かされるのが面白い。アームストロング砲を答えとして書かせる大学があって、当時は「なんだこの重箱クソ問題」と思っていたが、その答えを書かせることで戊辰戦争の真意を解き明かすきっかけになっていることに後から気づくことがあるといったように。
「いや、そっちじゃなくて。辞めちゃいなよ。リクルート」
そして、金の量(マネーサプライ)×回転数(貨幣の流通速度)=経済規模である。
そのうち、新自由主義は国民の行動に手を出すのは良くない。中央銀行が金の量だけを左右したらいい!というスタンスだ。
そのため、大企業、金持ちの税金をどんどん安くして、マネーサプライのもととなる、マネタリーベースをバカバカ増やしたが、景気浮揚にはつながってない。
新自由主義政策がだめだっただから、ケインズ政策よりの国が借金して景気をまわすというので維持している状態。
それなのに国が借金して景気を回すのも良くないという新自由主義思考をもと強引に財政均衡を狙おうとして大厄災になったのが、
半分は使われた金に対して高税をかけられたら勤労意欲が減るというのもわからんでもないが、それより遥かに不景気のほうが悪い。
だから、使えば減税(投資減税、ふるさと納税)と、溜め込めば増税(高累進、留保金課税)を組み合わせて、回転数を意識した税制に変えていくべき。
あと、ベーシックインカムなんてのは、この上記の「国民の行動に手を出すのは良くない」の政策の延長線だからな。景気のことなんざまるで考えてない。
ましてや、消費税を使えばいいというのも回転数のことをまるで考えてない。消費税はせっかく消費という需要につながる行動をするのを止める税金だから。
今までの量に金の量だけ増やして回転数は上がらず景気低迷の延長でしかない。