
はてなキーワード:ガラスとは
それでも高レベル核廃棄物でも使った爆弾も核兵器に入れるというオチか?
母が漏らしたとき、俺は生まれて初めて値段という言葉の重さを知った。
尻の下に敷いたシーツを引き抜きながら、俺は頭の中で足し算をしていた。週三回、他人に来てもらう金。施設に預ける金。俺の給料。母の余命。掛け算をすれば、答えは出る。出てしまう。
母は泣いていた。七十キロ近い体を横に転がされながら、「ごめんね」と繰り返した。俺は「いいよ」と言った。いいわけがなかった。おむつのテープを留める指が震えていたのは、疲労のせいだと自分に言い聞かせた。
赤ん坊は泣く。腹が減ったとき、尻が冷たいとき、ただ不安なとき。泣くことでしか、自分の不快を外に出せないから泣く。母の「ごめんね」も、考えてみれば同じだった。どうにもならない体を抱えた人間が、隣にいる人間に向けて絞り出す、最後の声。
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母が二度目に倒れた翌月、俺は職を変えた。
小さな会社だった。「年寄りの苦痛をなくす」という、どこにでもある看板を掲げていた。俺の仕事は、体に貼る小さな機械の調整だった。尿が溜まる速度を測り、限界が来る四十五分前に、介護する側の携帯を鳴らす。漏れる前に替えてやれる。
携帯が鳴り、おむつを替え、母は漏らさなくなった。漏らす前に処理されるから、「ごめんね」を言う場面がなくなったのだ。
俺はそれを、うまくいった、と思った。会社の連中も喜んだ。大きな金が集まった。
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金が増え、人が増え、俺は母の傍を離れた。
機械は進化した。排泄の予測はほぼ完璧になり、次に体温、次に床ずれの予防、次に気分の変動。体の微かな揺らぎから「不安」を嗅ぎ取り、部屋の明かりを変え、好きだった曲を流し、ちょうどいい声色で話しかける。寝返り、食事、風呂——あらゆる苦痛が、生まれる前に消された。
俺たちはその仕組みを、ゆりかごと呼んでいた。
社長が言った。「俺たちが解いているのは、介護の問題じゃない。人間がずっと抱えてきた、苦しいという問題そのものだ」
金を出す側は頷いた。俺も頷いた。本気でそう思っていた。
母は、その前の年に死んでいた。最後の三ヶ月、彼女は一度も泣かなかった。一度も「ごめんね」と言わなかった。一度も、俺の名前を呼ばなかった。ゆりかごが完璧に動いていたから、彼女には俺を呼ぶ理由がなくなっていたのだ。
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その後のことを、俺は技術の話として語れてしまう。それ自体が、たぶん、おかしなことなのだが。
臓器を作り替える技術が、介護の意味を変えた。壊れた肝臓を新品にするように、血管を若返らせ、筋肉を二十代の状態に戻す。最初は病気を治すためだった。次に、病気になる前に手を打つようになった。最後には、そもそも老いないように体を設計し直すようになった。
老いは、壊れた部品と同じ扱いになった。テロメアの摩耗を許さない。それが当たり前になった日のことを、俺は覚えている。会議室にいた全員が、人類の勝利だと思っていた。俺もそう思っていた。母の介護で走らせていた足し算が頭をよぎったが、すぐに消えた。
同じ頃、人間の記憶や癖を丸ごと学ばせた知能が、本人よりも「らしい」受け答えをするようになった。誰かがそれを外付けの魂と呼んだ。冗談のつもりだったのだろうが、三年後にはまともな名前として通っていた。
体の部品が替えられるようになり、考えることを外に預けられるようになったとき、人間とは何かという問いは、哲学ではなく契約書の問題になった。
そして契約書は、答えを出した。製造の工程を記録し、思考が人工であることを証明し、体は人の形をしているが中身は人ではないと保証する。人権の境界線を、書類の上で一ミリだけ外側に引く。それだけで、人の体を持ち、人の手で触れ、人ではないものが作れるようになった。
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最初の世話係が納品された日のことを覚えている。
人間の肌をしていた。人間の体温があった。こちらの目を見て、穏やかに微笑んだ。だが、その笑みには順番がなかった。口元が動き、頬が持ち上がり、目が細くなる——その三つが、寸分の狂いもなく同時に起きた。人間の笑顔は、もっとばらつく。どこかが先に動いて、残りが追いつく。それがない。
俺は、最初の一秒でわかった。この体の中に、笑いたいと思っている者はいない。
彼らは人間の体から作られていたが、頭の中には人間の脳の代わりに、外から送られてくる判断をそのまま流す仕組みが入っていた。触れる指先は温かいのに、その温かさを感じている者がいない。完璧な介護の手つきの奥に、誰もいない。
子を作る機能は、最初からなかった。古い会議の記録に理由が残っていた。「勝手に増えれば、誰のものかわからなくなる。」それだけだった。だが俺は、書かれていない本当の理由を知っている。生殖は、脳を作ってしまう。意識を、感情を、痛みを感じる主体を。つまり、人権を産んでしまう。それだけは、あってはならなかった。反対意見はなかった。俺も、何も言わなかった。
そのころ俺は、母が「ごめんね」と泣いていた夜の感触を、もう思い出せなくなっていた。外付けの魂が、あの記憶を不快なものと判断して、俺の意識から遠ざけていたからだ。
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体は赤ん坊と同じ状態に保たれている。老いることは、許されない。
目を開くと、続きが始まる。昨日は海底に沈んだ都市の壁画を指でなぞっていた。一昨日は音楽だった。聴いたことのない楽器の倍音が脊髄を這い上がり、その振動にビートが重なり、声が乗った。何語かもわからない歌詞が、俺の頭の中で物語を展開させた。母の背中が見えた。台所に立っていた後ろ姿。あの背中が振り向く前に旋律が転調し、俺はまだ行ったことのない場所に立っていた。涙が出た理由を、音楽が終わってからも説明できなかった。全部がつながっていた。俺の記憶と、知らない声と、計算された拍の間合いが、俺の中だけで成立する催眠を編んでいた。その前は——思い出せないが、終わったとき全身が震えていた。毎回、想像の外側から殴られる。毎回、前より深く抉られる。俺はそれを待っている。目が覚めるたびに、今日は何が来るのかと、心臓が跳ねる。
かつてはそれを画面の中でやっていた。次に観たい番組を、本人よりも先に選ぶ仕組み。あれの、果てだ。
驚きは快楽だ。予想が外れた瞬間に、脳は報酬を出す。だがその驚きが、誰かに計算されたものだとしたら、それは本当に驚きなのか。俺にはわからない。わからないが、快楽であることは確かだ。確かだということだけが、確かだ。
母にしたことの、完成した形。あのとき俺は、母が不快を感じる前に不快を消した。いま俺は、退屈を感じる前に快楽を注がれている。不快の除去と、快楽の先回り。その二つの間に、どれほどの距離があったのだろう。
ときどき、胸の奥で何かが瞬く。名前のつかない信号。泣き声に似ているが、泣き声ではない。泣き声は、誰かに届けるためのものだ。これは、届ける相手がいない。
俺は口を開こうとする。世話係が、俺の唇が動く前に、何かを差し出す。俺がまだ名前をつけていない欲求の、正確な形をした何かを。
信号が消える。
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ある日、今日の体験が始まる直前に、俺は目を閉じたままでいようとした。
毎日殴られ続けるうちに、俺の中に別の衝動が芽生えていた。こんなものを見せられ続けて、ただ受け取るだけの側でいることが、耐えられなくなっていた。俺にだって作れるはずだ。俺の方がわかっているはずだ。あれだけの体験を浴びてきた俺が、何も返せないはずがない。見ない、という選択。それが俺の最初の一手だった。お前の次の手を見る前に、俺が先に動く。
閉じた目の奥に、見たことのない光が走った。網膜を通さず、視神経を直接叩くような衝撃。それは、目を開けて受け取るどの体験よりも鮮烈だった。俺が拒否したことで生まれた空白を、システムは俺の想像よりも遥かに大胆な展開で埋めてみせた。
そしてそれは、悔しかった。負けた、と思った。俺の想像を超えてきたことに、震えるほどの興奮があった。
その興奮が、快楽だった。
俺は気づいた。競うこと自体が、もう組み込まれている。抗えば抗うほど面白くなる。面白くなればなるほど、俺はこの器の中に深く沈む。出口に向かって走れば走るほど、景色が美しくなる道を、俺は走らされている。
叫ぼうとした。赤ん坊がやるように。肺の中の空気を全部吐き出して、俺がここにいると、どこかに向かって叫びたかった。
だが声が喉を通る前に、その衝動は別の何かにすり替わっていた。穏やかな満足感。深い安らぎ。叫びたかったという記憶すら、すでに角を削られ、柔らかな感触に塗り替えられていた。
俺は、何を失おうとしたのかを、もう思い出せない。
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1960年に、ある男がガラスの瓶に植物を入れて、蓋をした。水もやらず、空気も入れず、その植物は五十年以上枯れなかった。光さえあれば、閉じた器の中で命は回り続ける。
俺はそれを読んだとき、笑った。人間にも同じことができる、と。
母を抱えて泣いていたころの俺が聞いたら、顔を殴っていただろう。
だが俺は、その図面を引いた。苦痛を完全に消し、崩壊を修繕で相殺し、閉じた器。俺はその住人になった。
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世話係のひとりが、渇いてもいない喉を潤し、痛んでもいない体をほぐし、覚めてもいない夢の続きを映し出す。欲しいと思う前に、欲しいという気持ちごと、満たされている。次に何が来るか構えることすらできない。構えた瞬間に、構えの裏をかかれる。驚きたくないと思えば、その拒絶すら新しい驚きの呼び水になる。
かつて俺が母にそうしたように。かつて俺がうまくいったと呼んだやり方で。
器の中で、誰かの唇が微かに動く。音にはならない。何を言おうとしたのか、その唇の持ち主にもわからない。世話係が何かを差し出す。唇は閉じる。
器の外では、誰も泣いていない。泣くための頭がないから。器の中でも、誰も泣いていない。泣く理由がないから。
現代ビジネスにオランダ・ユトレヒト大学哲学・宗教学部准教授が書いた記事だが、まずタイトルだけでも頭おかしいと伝わると思う。
トランス女性がレズビアンのシス女性に向けた「やり場のない性欲」…股間に伸ばした手に「性器への愛撫」を不可能にさせる「木綿の天井」
嫌がるレズの股間に手を伸ばし(性犯罪)性器への愛撫をさせてくれない(同意を得てないなら当たり前)木綿の天井(女の出世を阻むガラスの天井をパクってトランス女性が作った言葉、パンツの木綿が邪魔でレズビアンとセックスできないという意味)
本文は更に頭おかしい
「ガラスの天井」という言い回しを聞いたことがある人は少なくないだろう。本当の意味での権力や影響力のある地位の一歩手前にはガラスの天井があって、多くの女性はその目に見えない天井に阻まれる。
では、時間のほとんどをオンラインで過ごしている少数の人々以外で、「木綿の天井」という言葉を知っている人がどれだけいるだろうか?この言葉はトランス女性がレズビアンのシス女性〔訳注:身体的な性別が心の性と一致している女性〕に惹かれたときに経験する困難を表現している。
シス女性レズビアンの多くはトランス女性を真正かつ完全な女性とはみなさない—性的な感情はそれほど単純に割り切れるものではないので、実際のところはどうかわからないが、少なくとも彼女らはそう主張する。
そのため、トランス女性がシス女性レズビアンと親密になって股間に手を伸ばしても、下着という木綿の天井に阻まれてそこから前に進むことが許されない。こうして、進歩的な人々の多くは、自分の性欲が中途半端にしか受け入れられず、ときには政治的信念に左右されることを、身をもって学ぶのである。
だがこの言葉には、当事者でなくても理解できるほどの痛み、失望、恥辱が含まれている。それに理解を示さないのは、下品かつ愚かな態度だ。
下品かつ愚かなのは嫌がるレズに性欲向けて、ガラスの天井パクってパンツの天井とか言葉作ってる男たろ。
トランス女性当事者がカマレズ無理ー女がいいの!とか言ってるのには何で差別と噛みつかないの。
何が受難だ。
ゴーストが私に囁くのよ「原作全然覚えてなくてよかったな」って、64点。
事故で脳以外を失った主人公は義体というメカの身体を手に入れ"少佐"として公安9課で働く。サイバーテロリストと戦う中でそのボスの正体が自分の過去に関わっていること、そして義体を自分に与えた国際的テック企業の闇に触れてなんやかんや頑張っていろいろ解決する。
みたいな話。
たぶん原作は士郎正宗じゃなくて押井守の映画版だと思うんだけどたぶんDVDかなんかを借りて中学くらいの時に見た気がするんだけど何も覚えてない。少佐がゴリラになって戦車のてっぺんをモギモギするシーンだけ覚えてたけど、今作でも再現されていて僕満足。それ以外についてはエロ同人誌でしか知りません。くらいのテンション感の文章だと思って読んでけろ。
まず、ヴィジュアルは結構頑張ってたと思うし、何よりアクションが良かった。
タイトル後のハンカ社とアフリカ系大統領が会談中にテロリストに襲われて少佐がそれを制圧するシークエンス。出てくる芸者ロボのキモオリエンタルな感じはかなりよかったし、透明化した少佐がガラス越しに銃撃し、ガラスを突き破って突入するところは美しさと格好良さの両方をちゃんと表現できてたと思う。突入してからのアクションも概ねよかったけどMATRIXを意識したと思われるワイヤーアクションはちょっとふわふわすぎて微妙。
敵のアジトに乗り込んでまんまとボコられるシーンでも暗闇の中でスタンスティックのフラッシュでアクションを細切れに移す手法とかもそこまでめっちゃ新しいってわけではないけど俺は好きだし、水辺での近接アクションシーンも透明化ってギミックとの噛み合いがよくてよくできてた。
ただ、街の遠景とかになると急にCG感が爆上がりするしふとしたところで安っぽい質感やなってなる部分があって気合入ってるところと抜けてるところの落差は結構感じたかな。少佐のえちえちスーツの質感もなんか妙にマットな感じでもっといい感じの質感にならんもんかとは思った。
あとはアレだな。主人公スカヨハでたぶんめっちゃ鍛えたんだと思うんだけど、むこうの女優が鍛えると普通にゴリってくるのでCGモリモリのファンタジーアクションの中でもスタイリッシュな格好良さってよりは「うおっ、ガタイ良っ!」ってなって笑っちゃった。中盤で普通に脱ぐシーンが出てくるんだけど背筋もめちゃめちゃモリってて強い(確信)ってなった。
キャラで言うと北野武が演じる課長は全然合ってなかったので別の人のほうが良かったと思う。急に桃井かおりみたいな女出てきたなと思ったら桃井かおりだったのでびっくりした。
ストーリーに関しては良くも悪くもなかった。
事故で身体を失って大企業のスポンサードによって機械の体と新たな記憶を受け取るも途中で徐々に記憶が戻り始め、決定的な人物と接触することで記憶が戻り、大企業の偉い人に戦闘ロボットを嗾けられるもこれを排除し大企業の偉い人は死亡するのであった。
こ~れはGITS信者ブチギレですよ。まぁ、俺は別にGITS信者じゃないので目新しさはないが一定の強度がある展開だなぁと素直に思いましたよ。なんでそんなことするの?みたいな混乱もなくスッキリと整理されていてストレスが少なかった。
ロボコップと違って主人公の大切な人枠が今回はテロリストで、仲間達とつるんで楽しく反企業活動してたら誘拐されて義体実験に使われたけど少佐以外は適性がなかったので殺されたり捨てられたりしたので企業を憎んでたって設定になっていて、まぁ納得性はあるけどもっと政治的、哲学的な思想があってもよかったと思う。
義体化という人間の感覚が機械に代替された=外部からアクセスすることでその人にとっての現実を乗っ取ることも可能であるという世界に置いてのサイバーテロリストの動機が昔ながらの仲間の仇ってのは、逆に正しいのかもしれないけど正直つまらん。
少佐の最終的な結論が「身体がどうこうよりも自分が何をするかが大事だよね☆」ってのも凡庸すぎる。まぁハリウッドのブロックバスターエンタメの限界か。なお、ブロックをバスターできなかった模様。
ホワイトウォシュ問題とかいろいろあるだろうけどそもそも原作の素子は日本にいるからアジア人の外見をしている(汎用モデル)だったので、今回、舞台を欧米にした結果として外見が欧米人になっているのは理屈としては通ってるんじゃないの?知らんけど。エロ同人によく出てくる"草薙素子"の話も回収はしてるし。
でも、いつまで日本と中国を「オリエンタルな感じ」でひとくくりにしてるねんという部分に関してはイカンのイを唱えさせていただく。近未来のアメリカではチャイナタウンと日本人街とコリアタウンが合併されてアジアタウンになってる可能性がなきにしもあらずんば虎児を得ずか。
まぁそんな感じ。原作のアニメ版?漫画版?に思い入れがある人には不満も多いかもしれないけど、ちょっとゴージャスなMATRIXフォロワーの大作SFアクション映画としては一定の合格点は与えられる出来だと思うよ。原作信者じゃない人にはまぁまぁオススメ。
多種多様な属性のバリエーションがあるフィクション作品の主人公だけど。
な、ぜ、か、お母さんではない普通の おばさん が主人公の作品はないんだよね。
マンガ小説アニメドラマあらゆる領域において純粋な おばさん主人公は存在さえしてない。
だけど女性の進出は、まるで見えないガラスの天井にはばまれたかのように止まってる。
ゼロ。
おばさんで。
本格的な女性時代に突入するのだから、ガラスの天井を破る作品も出てくるのかな?
それを期待しています。
逆に対抗するようにガラスにへばりついた方がよかったのかよ?
dorawiiより
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ペットショップに行った時にガラスにべったりってのも当然おかしいから少し前との間があいてる状態で眺めてたんだけど、そしたら幼児が横から平気でぶつかってるくるのね。まるで障害物としての俺が存在しないかのごとく。
ぶつかったことで俺という存在そのものは認識したはずだけど、なんかまだ油断したらわずかな隙間だろうが平気で体をめりこませるようにしてその俺とガラスの塀との間を入ってきそうに思えた。
そう思ったのでさすがにもうちょっと間あけてやって気兼ねなくガラス沿いを右往左往できるようにしてやったよ。
dorawiiより
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追記した↓
https://anond.hatelabo.jp/20260205134058
勤務地がやや辺鄙なため、会社周辺にはコンビニ1軒とラーメン屋しかない環境で働いてる。
金がないため毎食外食が厳しく、弁当作りが趣味になってしまった。
そんな俺が男の弁当作りを教えてやる。誰も作ってくれないから自分で作るようになって早数年。多少はコツとかを掴めている気がするから、それを教えてやる。
おしゃれなやつなんか買わなくていい。曲げわっぱとかいらん。イオンとかニトリで売ってる安いやつを買え。俺は800mlの1段タイプを使ってる。タッパーでもいいが、2点ロック式の方が汁漏れを気にしなくていい。ドーム型と呼ばれる蓋がちょっと盛り上がってるやつが詰めやすくておすすめだ。
できれば現物を見て買え。これなら持ち運べそう、このサイズなら腹が満たされそう、をなんとなくでいいから現物を見て確かめて買え。
あとは同じ弁当箱を2つ買っておくと「あー昨日弁当箱洗うの忘れた…」という窮地を救ってくれるのでおすすめだ(初期投資は倍できついが。そこは自分のマメさと天秤で考えてけ)
炊飯器で一気に炊け。まとめて炊いて冷凍だ。無洗米が楽でいいぞ。味にはこだわるな。こだわらなければ無洗米でも安く買える。
俺は250gくらいに分けてラップに包んで冷凍してる。本当は300gくらい食いたいが、金欠にそれは贅沢だ。減らせ。
牛は高いから買わん。俺は鶏むねと豚こまが基本だ。
鶏豚どちらも、酒と塩と砂糖を揉み込んでおけ。それから片栗粉をまぶして焼け。火はしっかり通せよ。
味付けは焼肉のたれ・万能スパイス・めんつゆ・カレー粉・ケチャップのどれかでやってる。
俺は焼肉のたれはモランボンのジャン(安かないのだが味が好みで)、万能スパイスはトップバリュのスパイスソルトを使ってる。正直最初はこの2つがあればいいと思う(俺は飽きっぽいので他のも足してるだけ)
醤油と砂糖と酒を何対何で混ぜて〜とかは面倒なのでやらない。てりやきはめんつゆでいけ。
基本は一種類で味付けて、飽きたら混ぜる(焼肉のたれにカレー粉足すとか)。ケチャップ・カレー粉あたりは味が足りなければ醤油をたらりと垂らせば大体なんとかなる。
あとは時々キムチ炒めも作る。キムチも安いの色々あるんだけど、俺は宗家のやつが好きでちょっと贅沢なんだがそれを買ってしまう。
ちなみに作るのがダルい時は「味噌煮とかの魚の缶詰」「業スーにある昔亭の95円くらいの冷凍ハンバーグ」あたりも活用してる。
もちろん「米だけ持って行っておかずはコンビニで買う」とかもありだ。なんならそこからスタートでもいい。無理せずやってこう。
一応健康を意識して野菜のおかずも作ってる。とはいえ面倒なので、野菜一種でできるものしか作らない。
緑野菜は安いからピーマン、小松菜が出番多い。あとは特売のブロッコリーとかいんげん。冷凍のでもいいぞ。とりあえずその時安い緑のものを買え。
味付けはごま油+塩(+鶏ガラ)か、白だしだ。白だしはちまちま使えばコスパいいので使ってる。ごま油の方は炒りごま、白だしはかつおぶしをかけるとよりいいぞ。
(追記:このナムルと白だし味は味の主張が強くないから、余った場合みそ汁にでもうどんにでも鍋にでも追加しやすいぞ。そのまま食うのに飽きた時に有効)
肉おかずと被らなければ、野菜にカレー粉とかめんつゆを使うのもありだ。
ミニトマトはヘタとって洗ってよく拭いてそのままインだ。マヨとかはいらん。そのままを味わえ。
全体的に分量が物足りない時は魚肉ソーセージかちくわかカニカマを入れてかさ増ししろ。
目安だが、例えば小松菜なら1袋をレンチンで白だしおひたしにして大体2日分(ちょい余る)くらいだ。3日分にしたければこれにちくわを2〜3本程度ぶち込めばOKだ。
ゆでたまごを3〜4個作って水200に塩小さじ1強入れたやつに漬けろ。ジップロックでいけるぞ。弁当には割ったりせず硬派に丸まんま1個投入しろ。
たまご焼きもありだ。ねぎの青い部分を切って混ぜて焼いてもうまいぞ。焼いて切ってタッパーに入れておけ。どちらも半熟ではなくしっかりめに加熱しろ。
仕切りとかはいらん。俺がよくやるのは「肉おかず/白米/野菜おかず」の順で詰めるやつだ。最初に米を弁当箱に入れ、ぎゅっと端に寄せて形を整えたら、そのまますーっと真ん中に移動させて、後は左右におかずを入れてくだけだ(前にSNSでこのやり方を見かけてそのままパクった)これだと肉おかずと野菜おかずの味が混ざらない。
それも面倒な時は一番下に米を広げて、上におかずをどかどか乗せる。これでも全然いい。余裕があれば米の上に海苔を敷いておかずを乗せてのり弁にするのもありだ。
俺はちゃんと計らない方だけど、肉おかずは大体130g前後入れて余ったスペースに野菜とたまごを適当に詰めてる。ギチギチにならない程度に詰めれば大体ちょうどいい量になるはずだから、そこはあんま考えて詰めてない。
事前におかず類を作り置いておけば、詰める作業時間は5分〜10分程度だ。朝の5分は貴重だから、この時間取られるのは正直ダルい。が、低年収はそんなこと言ってられねーんだ。早起きしろ。
最後にラップをかけて、その上から蓋をする。こうすると蓋が汚れなくて洗いやすい。ラップは安い全然密着しないやつでも大丈夫だ。
あとは100均で売ってる保冷バッグに凍らせた保冷剤を入れて持っていけ。
俺は正直同じ味は3日が限界で飽きる。なので基本おかずは全部2〜3日分くらいだけ作り置きをしてる。冷凍は米だけで、おかずは冷蔵庫から取り出してチンもしないでそのまま詰める。
米もよく冷ませとか言われるが、気にしてない。チンしてそのまま弁当箱にインして詰め終わったらすぐ蓋してる。
再加熱なしだと食中毒の心配とかあるわけだが、俺は「通勤時間20分程度」「職場に冷蔵庫と電子レンジあり」「どうせ食べるのは自分」という環境なので、再加熱なしでやってる。それで今までヤバかったことはない。職場に冷蔵庫がない人とかレンジないとかいう人にはおすすめせんので、その辺よろしく。自分の責任でやってくれ。
5日分まとめて作らない代わり?に、週中の1日を自主ノー残業デーとして、その日は夕飯作り+弁当の作り置きを作る日に設定してる。
もりもり作ってもりもり食え。
とりあえずできるところからスタートだ。無理すると続かないからな。
・白飯
・豚こまキムチ炒め
・塩ゆでたまご
だ。おまえらもよかったら作ってみてくれ。
Permalink |記事への反応(25) | 07:51
結論から言うと建物の価格は上がっている、だけど上がるのはローコスト住宅が中心。
元からきちんとした設計のハウスメーカー系は材料高のみの影響を受けている。
そもそもこの法律、今までがガバガバ運用だったので、今回やっとこさまともな運用に変わったんだよね。
今回なんでこんなに混乱しているのかというと、昨年4月の建設基準法の大改正があったせい。この法改正は適当運用が厳格化されたって点で重要なんだけどね。
行政以上に民間の見通しが甘かったというしかないんだよね。2007年の建基法不況の再来が今起こっているってわけだ。
なんでこんなことになったのかというと、一番大きいのは都市計画区域外の法適用なんだ。
今までは都市計画区域すなわちある程度、大きな都市だけ注意すればよかった。だからこそ素人がリフォーム屋なんかやってられるわけだ。
ところがこれが全国津々浦々になっちまった。理由は熊本地震だ。都市計画区域外で基準法が適当運用されていたから家が倒壊しまくるわ、新築でもお隣さんがもたれかかるってことが起こってしまった。
それで、当たり前のことだけで日本で都市を抱えていない自治体はまともな建築指導課がない。そこに都市計画区域外でも法が適用ってことになって一気に業務が増えた。こんなのわかりきっていたことなんだけど、マジでみんな見通しが甘かった。
さらにしょうもないことに手計算前提の構造規定が表計算仕様に変わったんだけど、こいつに対応できない人もかなりいた。だって素人がリフォーム屋やってるんだよ。
法律分からなくても芸能人でも片手間でリフォーム屋やれるくらいの業界にエクセルなんてわからんちん。
こんな状態だから2007年の官製不況の再来はほぼ確実視されている。
されているんだけどさ、正確に状況理解できてる人がこれまた少ないのが実情なの。
国の方針として木造住宅の推進があるのですが、これは木造の設計技術が一気に更新されたのも大きいです。
特に構造計算がパソコンの高性能化で一気にカジュアル化しました。構造計算ソフトがフリーソフトになってしまっている上、計算にかかる時間が数百分の1になった。
壁を取ったり柱を外せば、どんな地震に対してどういう悪影響がでるかもアニメで見せられるようになった。まさに隔世の感。
2 建築副主事新設は効果がなかったのか? 支援組織は機能していないのか
制度はあるのですがそれでも追いつかないし、地方のコネやコミュニティが絡まってまともな人は集まらないのが実情です。
AIからの転載ということでnoteを教えていただいてありがとうございます。
リノベーションの厳格化ですが運用時にかなりの特例があるのですが周知されていないのが実情です。例えばシステムバスの改修はこれまで過半の模様替えの面積に算入されていたのが、算入不要になったなどです。
しかし、いわゆる緩和事項が建物内部の改修に集中し、建物外部のカーポート等の構造物については曖昧なままとなっているので新築時に混乱が生じているのも事実です。
これもその通りで構造規定、これは耐震性能周りの話で、2026年4月までは移行期間ということになっています。これが現場に混乱を生んでいます。
特に建物重量の算定方法が屋根と壁仕様だけ見ればよかったのが、太陽光発電パネルや複層ガラスも見ないといけません。
一般住宅も義務化されたもので省エネ規定がありますが、これも手計算不可能でエクセルシートの入力がわからないって言われる要因です。
元からそうだったので、単に設計ソフトを更新しろとしか言えません。
ここから追加分
6 4号特例がなくてもきちんとやっているところが大半
もっともリフォームの場合、かなりの緩和規定があるので、厳密に追っていくとあまり前と変わっていない。ただしカーポートなどの外回り工作物関連は厳格化の影響を受けている。
AIで何とかするには学習データがいるんだけどその肝心の学習データの大半がでデジタイズされていない。デジタイズされていても有料記事だったりでアクセスが悪い。
現状で建築法規の質問をするとソースはキュレーションサイトばかりで適当過ぎる。正直ノイズでしかない。
あまり悪く言わないでくれ。彼らは相当頑張って頻繁に説明会を開催しているんだけどいかんせん参加している企業の面々がいつも一緒
だけどこの説明をYoutubeとかにあげてほしいとも思う。今は国交省でも更に小セクションでそれぞれにYoutubeを上げているのは非効率極まりない。
突発的って、「その辺の店に入って包丁を買った」とか、「目の前のガラスの灰皿で殴った」とかそういうのよな
人の命に重さがあるんじゃなく、行為者の意思や行動に重さがあるんだが
そういうのわかってないっぽいんだよな
アルミサッシだの樹脂サッシだのアルミ樹脂サッシだの言ってるが、そもそも窓を小さくすれば断熱性爆上がりなので窓を小さく(少なく)すれば良い
いまどきアルミサッシは選択肢にないんだがアルミ樹脂(外がアルミ、中は樹脂)なら断熱性能は樹脂サッシとそんなに変わらない
樹脂サッシは断熱性高いけれどデカい窓にできなくなる
小さい窓にするデメリットは居住性とかデザイン性とかもあるけれど、そもそも外光による熱収入を得られないっていう面もある
断熱性は上がるけれど太陽光の暖房量が減るので小さくすれば良いっていう話でもない
窓ガラスの性能が断熱性能を大きく左右するんだがペアガラスで十分
トリプルガラスにしたところで結局断熱性はガラス内のガスの熱伝導率に依存するので
重くなるし高くなるので別に要らない
ただ防犯フィルム封入タイプのトリプルガラスはあってもいいかと思った
高気密住宅とか作ったところで年単位で経過すると木材とかの収縮で気密性が変わるのであんまり意味が無い
最初の測定で気密性が確保されてもそれを維持することはほぼ無理なのでそこそこで良い
具体的にはC値が1.0を切ってれば良い
玄関のドアって鉄製なので冬になるとクッソ冷たい
おまけに玄関のドアサッシって巨大な鉄サッシなのでこれもクッソ冷たい
玄関エリアはドアで仕切られてるんだけど玄関が寒いからそれが家全体に響いている気がしている
外気温が10度ならどんなに断熱してもいずれは10度になるので
一番コスパが良いのはエアコンだけど乾燥しまくるので加湿が必要
というか加湿しないと保温性が低い
夏場は換気を止めるとカビるけれど冬場はその心配もないのでさっさと止めてしまえば良い
朝になると自動的にONになるようにSwitchbotを組んだら光熱費めっちゃ下がった
夏場はカビが怖いので常時ONにしている
生まれた時から広島市内で育ち広島からは離れた。原爆の記憶は幼い頃から繰り返し、学校で教わった。授業で、被爆者が残した手記をよんだり、映画を見たり、絵本を呼んだり、漫画を読んだりした。その記憶の断片を蓄積していくように。
記憶の断片は地層となって自分の心の奥底に積み重なっている。暗黒と絶望が、澱のように。原爆のきのこ雲の、その下の真っ暗闇の地獄を容易に想像することが出来る。何度も何度も、文字や写真を見て、見てはその痛みと苦しみに思いを馳せたから。そうして、戦争の終わった、平和な時代である今を噛み締めた。広島市民は、叙事詩を再生する詩人のように、原爆の記憶の断片を再生することが出来るだろう。その運命にある。
火傷で皮膚が剥けて指先から垂れ下がる。目玉が落ちないように手で支えて歩く。ガラスが半身全てに突き刺さっている。真っ黒な顔に髪の毛が逆だっている。川にお腹の膨れた死体が大量に流れ、川を埋めつくしている。人々は水を求めてさまよい、放射線を含んだ、黒い雨が降る。原爆が終わったあとも、身体に斑点ができて髪が抜け、嘔吐、下痢、など様々な症状が出て、苦しみ抜いて息絶える。身体の異常や、差別は、次の世代にも続く。そんな地獄。
被爆地で育った人間は、このくらいのことならば、諳んじることが出来ると思うのだ。原爆が落ちたあと、どうなったのか、事細かに教わるからだ。
体験していないのに、その場面を実際には見ていないのに、何度も何度も繰り返し読んだり見たりした、その記憶だけがある。その度に心が血を流し、喉の奥が締まるような、辛さが込上げる。
だが、この辛さを、今やどうすることも出来ない。広島にいた時は、家族、先生、学校の友達、と原爆の恐ろしさを当然のように共有して、核兵器廃絶を当然のように言える環境で、当然のように、8/6に黙祷し、世界平和を祈り、願った。
そうやって、満足して安心出来ていた環境はもうない。原爆という記憶が存在しない街に住んでいる今、当然周りの人間もこの記憶は持ち合わせていない。
そんな中で、原爆の記憶が時折顔を出しては、辛さだけがフラッシュバックして、どうすることも出来ない。広島の人間として、「核兵器は無くさなければならない、そうしなければ、またどこかで同じ悲劇が繰り返される」と、言わなきゃいけないとわかっていても、被爆地から1歩外に出ただけで、それがごくごく、物凄く、少数派の意見だと、わかると、足が竦む。
どうかこの先宇宙が終わるまで、この地獄を味わう人が現れませんように。そのためにはこの事をどうにかして、この先の人類に伝えなければならない。我々が、この記憶を思い出さなくてはいけないし、声に出さなくてはいけないし、こんなことは二度と起きちゃダメだ、と、世界に言わなきゃいけない。
んだけど、どうすればいいのかわからないな。