
はてなキーワード:ガッツとは
それはどういうdealなの?
トランプは人道主義のためには動かなくて、利権のために動いているように見える。
素の中東派兵はかなりの出費が必要になると思うけれど、それに対しての見返りは何?
中東侵攻でそういう主要な作戦にに参加させるなら、ジャップにも石油利権まわさないといけなくなるけど、やるの?
近代戦争なんて勝てるって思わないとやらないの。どう考えたって総力戦になるし、負ければそれなりの戦後負担を強いられるなんてことは誰にも分かっていることだから。
台湾有事は、昨今のウクライナ侵攻なんかの例を見ていても、アメリカが「ご随意に」って言った瞬間が台湾が燃えるときだと思ってる。
ウクライナだって欧米諸国は当初ゼレンスキー氏の亡命をおすすめしていたくらいにはもうロシアに差し上げていいと思っていたわけで、
そのことはクリミアを非軍事的に奪取したときの反応でプーチンも察したんだと思う。ゼレンスキー氏がガッツ見せたところで状況は変わったけど。
違うよ
そのことは良いも悪いもない
狭い世界で専門知識がある者同士でやっていくジャンルってのはあるよね
「内在的批評がわからないのは専門知識が無いからです。」それは正しい。
でも元増田は
はなから「共感なんか得られるわけない、狭い人にしか通じないことをやってるんだから」というスタンスだろう
こいつみたいに世間の共感なんてものを気にしてるわけがねーのよ
わかる?
つまりこいつは世間に共感されたい、受けたい、でもそれが得られない、
それはボクチンたちは内在的批評をしてるからなんだよなー 高度だからなんだよなー
つってるわけ
それはシャバい世界で通用する能力が足りてないからだという事実に直面出来ない
「ボクチン内在的批評だからなー」とか言ってる限り努力のスタートラインにも立てない
そのまま世を拗ねながら歳を取ったら最悪だぞ
そういう万能逃げ口上を垂れるな
そういう奴はきちんとやり切って自分で満足してる。
それは立派な人生だよ。
そこで勝負する勇気がない、実力不足に直面するガッツすらないから
「ボクチンは内在的批評なんだよなー」とか言ってごまかして歳とる奴
要するに嘘をつくなってことよ。
本件は35Pからしても首を傾げている人が多いんじゃないかとも思う
元々引っ込み思案だったが、0期生という最古参なのもあって後輩と絡むことが多くなり
そのため常にホロライブの一番目立つ位置にいて、単純に叩きやすいという構図が生まれた
正直、昔はさくらみこがホロの顔になるとは思っていなくて
ときのそら、兎田ぺこら、宝鐘マリン、あと湊あくあ、桐生ココなど様々な力を持った人が居た・居るわけだが
多くは「個人ゲーム配信が得意」「歌が中心」であって、「大勢参加の企画をよくやる」人としてはさくらみこが今筆頭である
(企画ってめっちゃ大変らしいんだけど、さくらみこはガッツで乗り越えてる感じがする、決して主催者に向いているわけではない)
企画なしにしても、純粋に撮れ高を産むことが多く、特に2,3年前から頭一つ抜ける存在であった
切り抜きなど含め、とにかくさくらみこが数年目立っていて、それは良くも悪くもである
こういうのはどういうグループでも起きると思う
出る杭は打たれる
全体で言えば「上手くやってる方」で、結果的に「ホロライブファン兼運営アンチ」みたいな人から槍玉に挙げられやすい構図になっている
特に最近はメンバーの卒業や長期休みが多く、不満はほとんど運営に向くわけだが、その中で休まず運営と上手くやっているさくらみこに八つ当たりが向くのかもしれない
単独でSHARP、マクドナルド、スシローなどとコラボしており、「優遇されている」と見られている可能性もある
本人は決して「ホロライブ全体の企画者」ではなく「仲良い・ノリのいい奴らと面白い配信をする」ようなタイプである
結果的に、企画を立ち上げて「誰かやりませんか?」となるといつメンが参加するケースが多く、派閥だとみなされやすくなっている
(こういうのは学校や会社でも起こり得る話だよね、とても日本人的)
じゃあ本人がいつもは参加してくれない人に「参加してみない?」と強く誘うタイプかと言えばNOで、あくまで無理してるポンコツ陰キャなんだ
結果、やはり参加者は偏る
(ちなみに他に派閥があるかと言えば現状ない、対立構図はない)
また、運が良いのか悪いのか、この「さくらみことよくコラボしてる人たち」の人気が軒並み伸びた経緯もある(視聴者が被っている)
そのため「さくらみこがいじめている」「ハブにした」のような根拠のない噂が出歩いてる、それがここ2年くらいだ
もうこれはイチャモンなんだけど
「配信者は孤独で悩みを抱えがちできつい」「だから皆辞める、皆辞めてほしくない」という話が、何人かから上がっていて
「もっと仲間同士で支え合っていくべき」と言う流れで「もっとパーティーしよう」というプチブームが生まれた
しかし結果的にこれも仲良い人に偏るから「◯◯ちゃんは呼ばれてない」のような話になり、「派閥だ」と言い始める人が現れることになった
そして最近はパーティーと言わなくなった(一部のメンバーが「呼ばれないのつらい」的なことを配信で言って炎上した経緯もある)
正直よくある話でしかない
1.誰かが自助で頑張る
3.不公平、不満感が出る
もちろん、メンバーは大人な対応をしていて、そこに敢えて不満など漏らすものはほぼ居ないというのは理解しておかなきゃいけない
一部の視聴者がその繊細さを遺憾無く発揮し暴れるていて、結果炎上しているように見える・燃えやすくなるという状態である
しかしこの炎上の仕組みは、このSNS・アテンションエコノミー時代ではよくあることで
TikTokやSNSなどで「(Youuberの)◯◯さんが△△されたなんて可哀想。xxは謝ってほしい」みたいな投稿を見たことはないだろうか?アレだ
現代において、一定以上注目度が上がるとこれになってしまう、一挙手一投足が燃える
Youtubeではアンチ向けの動画・チャンネルが増え、エコーチェンバーを産んでいる
TikTokで特にアンチの尖り方がエグくて、見れたもんではない(ショート動画のほうがエコーチェンバーしやすいのかな?)
俺はもういい年なので、こういう学級会みたいな流れを見ているとこそばゆくなってしまうのだが、燃やされる当人にはたまったものではないだろうな
ちなみに、ファンの大多数はこういうのに与していないし平和なのも留意したい、つねに外野だけが燃えている(これも今どきだね)
さくらみこ自体は「尊敬する芸人は出川哲朗と狩野英孝」というような、エンターテイナーとして尊敬できるポンコツである
なだけに、ここ最近はただただ可哀想だ、全部無視できる性格でもないので心配もある
〇〇ちゃんは好きに生きていいんだよ〜まだまだ若いからどんな道も選べて羨ましいよ〜と言ってくれる優しさはあるのに、友達の話をしたらすぐにその子の学歴や親の職業を追求してきたり、うちの家系には医者と弁護士がいないのよねとぼやいて、〇〇ちゃんならなろうと思えばなれたよねと褒め風嘆きをされたり、息子(自分の父)を十分出世したね頑張ったねと労いつつ、でももちろんまだまだ出世するんでしょとプレッシャーをかけたり、肩書きや地位に対する執着心が凄まじい。大した家系でもないのによくここまでのガッツがあるなと感心してしまうことすらある。大した家系ではないからこその向上心なのだろうか。
祖母のことは基本的に好きだし、生い先短い人生なのだから無理に価値観を変えるよう強制する必要もないだろうと思ってはいるものの、上記のような言動をされるたびに辟易してつっけんどんな返答をしてしまい、嫌な孫だったなと自己嫌悪に陥る。ここまで生きてもそういう俗っぽい執着は捨てられないのかと見下す気持ちを抱いてしまうのも苦しい。たまに会っている時くらい話合わせてやれば済む話なのに感情を制御できない自分はガキだなと思いつつ、そこまで自分が我慢してやる道理はないだろうという反発心も捨てられない。期待してくれているんだと思えるような素直な心を持てない孫でごめん。でもこっちが言ったことを曲解して妄想膨らませて記憶するのも悪い所だと思ってるし、今の時代に若者だったら確実に何かのパーソナリティ障害の診断がつくタイプのクレイジー人間だとずっと思ってるよ。これからも元気に長生きしてね。
事業者と自社員に全てのしわ寄せが行っているのは災難だけど、上物は勝手に動き続けている
FoodPandaもDoorDashも撤退した日本で今から頑張るガッツは認めるけどよ……
でもmenu(KDDI)と出前館(LINEヤフー)の代理戦争が勃発したタイミングで乗り込んでくるのは無理あるで
確かにuber eatsの若干のしくじり具合を見ると今しかないのは分かるんだが
消費者としては安く食えていいんだけどさ。
頑張れWolt!
補足するとホロライブの悲劇は「1番数字持ってるやつが案件に消極的だった」点だよ
ちゃんとトップが箱としての責務を果たしていればここまで歪まなかった
にじさんじみたいに全員違う土俵でそれぞれに合った案件にマッチングさせる仕組みでも良かったし、
ななしいんくみたいにボスが小さい仕事まで総受けするガッツがあっても良かった(母体が広告代理店だからそもそも成約率が半端なかった)
ホロライブはかなり暫くの間生主主義路線を取ってて、YouTube上の数字煽りを続けていた。
その割にはそのトップが受ける仕事の量は相対的に貧しくて、数字を銭や信用にコンバートする効率が低かった
最終的に貧すれば鈍するに着地したのだ。儲かってるのにね
前に過労とかストーカー被害とかで病んで何年かヒキニート生活を続けてたのと、好みがとても狭いのとで、とうとう楽しめるコンテンツが見つからなくなってしまった。
「いや、コンテンツなんて山ほどあるんだから見つかるだろ」と思うかもしれないし、私もそう思って探し続けていたけれど、最近は全然見つからない。
それは私の制限がきつすぎるせいで、まず、神経が完全回復しなかったからフルタイムで働けず、お金も気力も体力もない(時間だけはある)。
普通の人が気にならないような攻撃的要素でもきついから、バトル系はほぼだめ。恋愛・性的要素があるのもしんどい。ホラーは心が耐えられない。アイドルもスポーツも日常系も謎解きも熱血もピンとこない。世界や人物が作りものっぽいと入り込めなくなる。
映像作品も消耗する。自分の意思で動けてこまめに休憩してもテンポが崩れないゲームや、漫画や小説はいいけど、そこら辺は漁り尽くした気がする。特にウェブ小説は、条件に合いそうなものをほぼ全部検討した。そして数千作読んだ頃、あらすじ&数千字を読むと、合わないものがわかるようになった。それでも時々「多分途中で挫折するんだろうな……」という予感と藁にも縋りたい気持で読んで、結局しんどくて挫折する確率100%。漫画とゲームも、最近は合うものが見つからなくなって、探してもしんどい。
お金も気力も体力もない上に、人間関係のささいな負担もきついからどうしようもない。
人生を終らせるようなガッツもないから、もうどうにもならない気がする。
こんなどうしようもないものを最後まで読んでくれた人がいたらありがとうございます。
楽しめる人はどうか、楽しめない者の分までいっぱい楽しんでください。
【追記】
まともに反応してくれてありがとうございます。
現状は
ですね……。
だからといって何も楽しみがない状態で生き続けるのは厳しすぎるから、何とかなると良いのですけど。
食事は、元々あまり興味がなかったのに、神経がおかしくなってから更にどうでも良くなってしまって……。
普段の食事より2桁お高いものを食べると流石にその場では「美味しい!」と感じるけれど、それでも「また食べたい」とは思わず、他の人が「ゴミ」とまで言うものでも平気で食べられるし、うっかりすると絶食する状態です。
ただ、健康的なものをちゃんと食べないと更に具合が悪くなるので、気をつけます。
あと他の人が楽しく食事しているのは好きです。
AIによるコンテンツ生成は10年前くらい?から期待していますが、私の求めるようなものができるのはまだ先になりそうです。
もう少しして、AIが組み込まれたゲームが、プレイヤーごとのNG要素や好みに合わせて修正を入れてくれるようになったりするといいなあ、など妄想しています。
結婚出産するライフステージの人間に、手の早さ多さとガッツを求める組織は無いと思う。その頃には違うウリができてるよ(単純に勤続年数もウリになる)。
今は不安が大きいようだけど、結婚出産すると、人生が楽になる部分も実はある。
9人という人数は置いといても、まあいつかは何人か産んでおくのもいいかも?くらいに思って結婚したらいいと思うよ。プロポおめです!!!!
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「My Job Went ToIndia」の改題改訂版が「情熱プログラマー」なんだ!ありがとう発注したわ。(たぶん達人プログラマーと混同して読んだ気になって読んでないパターンだわ)
俺の悪文のせいで意図が伝わらなかったであろうブコメがあったので、要旨だけ書き直しておくな。
ただ忘れないで欲しいんだけど、TerraformメンテしてAWSとかGCPで立ち上げてサービス公開するまでの速度は、相見積取って稟議通して部材調達から入ってた時代に比べると爆速だけど、人間の技術屋の需要は増えてる。
俺は、「マスタリングTCP/IP 入門編」を人間が読んで理解するのは古いよね、という時代にはならないと思ってる。
Slerが自前で手元で試すようになるから~ってのも懐疑的。SIerやメーカーが内製すると必ず子会社作って分離、ぼく発注者きみ受注者にしたがるので。これは技術じゃなくて感情とか経営の問題。
(ただし、Slerが7payみたいなことやらかすのでは?って疑問なら同意。たぶんそういう生成AIで俺たちでプロダクトなんか簡単に作れるじゃんよギークいらね(仕様バグあり)は一時は増えるだろうね)
追記ここまで
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VibeCodingでIT技術者は不要になるのか?という話題が花盛りなのは理由があります。
ギーク(現場でコードを書いていたい人)が分かる話から、スーツ(人を集めたりお金を集めたり営業をする)が分かる話になってきたからです。
具体的に言うと、OpenAI社をはじめ続々とTDD(テスト駆動開発)でやってますみたいな、具体的な開発スタイルの話が出てきたから。
そうすると、現場の座組チョットワカルという強めの経営者が理解して判断し始めるんですね。
でもね、その道はもう15年も昔に我々は通り過ぎました。前回のブームと何が違うでしょうか?
技術者なら電子も機械も強電も弱電もお世話になったことのあるオーム社が過去に出していた直球の本の話から。
「My job went toIndia :オフショア時代のソフトウェア開発者サバイバルガイド」という書籍、何と発行年は2006年です。
かいつまんで話すと、インターネットが整備され、輸送コストがほとんどかからないソフトウェア開発では、アメリカのエンジニアは給与の面でオフショアに歯が立たない、だって、1/10の給与でインドのエンジニアは働くんだぜ?という本です。
そうした、価格競争力で負けるアメリカのソフトウェアエンジニアは、如何にして今後サバイブすべきなのか、という本になっています。
(普通に面白いしAIコーディング時代に通づるものがあるので復刊を希望したいところですが、まあ直球過ぎる題名を何とかしないと再販は無理でしょうな)
そして、JTCや外資問わず、過去にオフショア開発を経験された技術屋のみなさんははてブにも多く生息されているでしょう。
では、ジュニア開発者は不要になりシニア開発者のみになって、いまのソフトウェア開発は主に安い給与で働いてくれるところに遠隔で作業してもらって、レビューだけすれば良い環境ですか?
そうはなっていません。なぜでしょうか。
さて、今普通にXと連動する中古品売買プラットフォームを開発しようと思ったら、どうやってつくるでしょうか?
この文脈に埋め込まれたいくつもの情報「今」「普通」「連動」「中古品」「売買」「プラットフォーム」「開発」を解釈し、すり合わせ、未来の運営者も含めた全員に伝えるためのコストが、コミュニケーションコストです。
そうなると、「ちょっと良い感じにラフでいいからプロトタイプ作って持ってきてよ」で話が通じるのは、受注者マインドがしっかりした日本の受託開発現場の精鋭たちになるわけです。
テストケースだけを通過するように、内部テーブルを持たせた関数を大量に持ってこられてレビュー時に頭を抱えた経験が無いひとは、とても幸運なのです。
とは言え、これは何も文化の違いに起因するだけではありません。仕様とは、環境によって定まるものだからです。
例えば、うるう年判定の関数は、1581年以前をエラーにしますか?1873年以前をエラーにしますか?(ヒント:明治六年)
テスト駆動開発、古い言い方で言えばテストファーストの考え方は、成功したすべてのプロダクトで例外なく、ただの一つの例外もなく、必ず最初から取り入れるべきだったものです。
品質は最後に振りかける粉砂糖のようなフレーバーではなく、最初から設計に組み込むべきだからです。
ありとあらゆる趣味において、最初から良いものを使えば時間を無駄にせずに済んだ、と言われるような初期投資の大切さが説かれます。
果たして本当でしょうか?
そうです、その趣味にハマって生き残りサバイブした人から見れば、過去にその時点で投資をすべきだった、というのは正しいのです。
その趣味にハマれなかった人からすれば、少ない投資で自分に合わないことが分かったという合理的な選択であることと矛盾しません。
そのため、全ての失敗したプロダクトは、テストケースを書く時間でプロダクトを作り上げて、さっさと世に問うべきだったわけです。
少し昔話をしますが、オフショア開発において重要なのはドキュメンテーションとテストケース、それにレビューでした。
他の部署で失敗しつづけていたオフショア開発のやり方は、端的に言えば"教化"でした。
具体的には書けませんが、グッとお安い単価の国に出す仕事を、日本の会社に出すのと同じようにすべく、相手の会社のメンバーを教育して仕立て上げるブートキャンプの仕組みを作り上げていました。
発注側を変えずに済むように受注側を教育して、日本の会社に出すのと同じように単価の安いところに出せたらお得ですよね?でもこれは必ず失敗します。
何故か。だって、日本の会社と同じように働けるようになったら、日本の会社に就職するじゃないですか。少なくとも価値は上がったんだから単価を上げるように交渉しますよね?
結局のところ、当初言われていたような劇的な節約にはつながらないわけです。それなら下手に転職されるよりも自前で現地工場でも立てて地元に貢献しつつ雇用を創出した方が喜ばれるし持続可能です。
小なりとも成果が上がった方法は、フィードバックを相手ではなくドキュメントにした場合でした。
例えば先ほどの例で言えば、テストケースは通るが意図したコードにならなかったとき。
「普通はこういう意図でコードを書くから、テストケースを通るにしても、関数は次からこう書いて」というのが、相手に対するフィードバック。
「関数を書く前に、関数の意図をコメントで残して、レビュー時にはそれを見ましょう」というプロセスの修正が、ドキュメントへのフィードバック。
こうすると、担当者が退職していなくなっても、次の担当者はその方法を参考にすれば良いわけです。
これ、何かに似てませんか。現在のAIコーディングのベストプラクティスと呼ばれるものに非常によく似ているんです。
つまり、オフショア開発というのも、設計と実装が分離できるという前提に立って動いていたんです。
そして、実装しながら設計しても問題ないとする場合、それは「技術的な問題」ではなく「組織構造」に起因します。
つまり、プロダクトの構造を分割して、オフショア開発側に設計と実装とを委譲して、実装しながら設計を変えてもらうことが許容できるのは、契約や責任分界点、輸出入の法規を含めた法務の領域です。
少なくとも当時、諸々をクリアにして相手側にプロダクトの一部を荒い設計と共に切り出して、コーディングしながら再設計してもらい、テストケースを完備したコードとドキュメントを共に完成までもっていってもらったことは、大きな成果であったはずです。
(当時日本側と仕事をしたという実績があると大きな実力があるとみなされたと聞いたので、今はより良いところで良い仕事をされていると思います)
(あと、コミュニケーションコストと輸出入の関連法規が複雑だから)
少なくとも、納期までに契約したこれを納品してください、という枠組みの中では、実装作業だけ切り出すことはできない、というのが教訓として残ったはずです。
少なくともあと数年、場合によっては10年スパンで、日本ではほとんど変わらないと予想しています。
これは技術の話ではなく組織構造や、もっと言えばお仕事の進め方と契約の話だからです。
そうは言ってもジュニアエンジニアの簡単な仕事が減って成長機会が失われているのは事実では?と思うかもしれませんが、そもそもの前提が誤っています。
未経験(弱経験)者を雇って戦力まで鍛え上げる必要があるなら、AIに仕事渡してないでそのジュニアエンジニアにやらせるべきなんです。
ジュニアエンジニアとAIと両方にOJTさせて、その違いをレビューの場でフィードバックしてジュニアを育てるわけです。
もし、そんな時間は無いというなら、元々ジュニアエンジニアをOJTで育てていたというのは幻想です。
(たまに、失敗が経験になるとして、会社に損害を与える方法でジュニアを"教育"しようとする人がいますが、商習慣的にも信義則違反ですし言語道断です)
シニアエンジニアだけで事足りるとしてジュニアエンジニアを雇わなかった企業は、シニアエンジニアが抜けてガタガタになります。
これは中核エンジニアがゴッソリやめた会社が傾くなんて言う話で、昔からそうです。(たいてい、もっと人雇ってくれ待遇上げてくれみたいな悲鳴を圧殺した結果だったりします)
昔から、中堅がやれば手早い仕事を新入社員にやらせて鍛える、その代わり質は悪いし時間もかかるしフォローも必要だったわけでしょう。
AI時代が到来するとしても全く同じです。AIが出力するコードレビューで悲鳴上げてる場合じゃないんですよ。
レビューできるシニアエンジニアが足りなくなると予想されるなら、当然、ジュニアエンジニア雇ってレビューできるようにする必要があるんです。
そしてそれは、技術的な問題点ではなく、組織的・経営的な決断です。
国産LLM開発の文脈でもそうなんですが、ハードウェアの進歩を無視して話をする方が多いのが気になります。
現時点のコンピューターパワーは、10年後には手の届く価格になる可能性が十分高く、もっと言えば20年後には個人が所有する可能性すらあります。
いまから20年前の2005年は、Youtubeが誕生した年です。その時に、誰もがいつも手元にビデオカメラを持ち、即座に動画を世界に公開できるようになるとは思っていなかった頃です。
今もそうだと思いますが、ある分野で必要な性能にはもう十分という期待値があり、10年経てばある程度大きな会社の部署単位で現在最先端のコーディングAIがローカルで動くようになると想像するのは容易です。
そうなったときに、果たして営利企業が、エンジニアを育成するというコストを支払うかといわれると、疑問です。その時点で今後のリアルなコストと比較対象可能になるので。
だって、筆耕担当者とか、清書担当者を雇わなくなった企業って、多いでしょう?
My job went toAI として、じゃあ残るものは何?というのはオーム社の本を読みましょう。再販しないかなあ。
今後数年は変わらないでしょと書いたら今現在進行形で変わっとるわいと突っ込みが来そうなんで防衛的な意味で書いておくんですが、あなたは過去数年間同じ仕事してたんすか?
仕事のやり方とか内容とか、言語とかライブラリとか、毎年のように変わってたでしょ。
レビューの比率が多くなったとか、コード書かなくなったとか、そういうの、たぶん管理職になった人が嘆いてたのと同じっすよね?
少なくとも、ジュニアエンジニアが低品質なバイブコーディング結果を寄越すようになってレビューが大変とか嘆くのなら、まともなコーディング規約一つ作れていない組織の脆弱さを嘆くのが先では?
手癖でバイブコーディングしてヒットしたプロダクトに、あとから品質上げるように大工事するリファクタリングと言うよりリビルディングな仕事って、別に今もありますよね?
散々テストケースを書かなくて良いプロダクトなんて無いという講演だけ聞きに行って、自分とこでテストケースが自動で走るようになって無いなら、そこが問題でしょ。
プロポーズされた。
とはいえ彼は子供が欲しいと思っていることはなんとなく分かっている。
私はどちらかというと否定的で、怖気づいているが、説得されれば多分翻すとは思っており、でもどうすれば私はこの恐怖がなくなるのか分からない。
何が怖いんだろう
・妊娠したら溶剤使った実験が出来なくなるし、気軽に残業も出来なくなるし(今でも月30時間くらいしかしてないけど)、少なくとも働き方が変わってしまうので、私が組織に貢献できなくなりそうで怖い。私のウリは手の早さ多さとガッツしかないので、ライフステージが変わってそういう働き方ができなくなるのが怖い。
・私の視界には若い社員が多いので、妊娠産休復帰後のイメージが湧かなくて怖い。(彼の視界には割と何人もいる)
多分これが私の中の不安のほぼ全て。
あとは
・近所に住んでいる義母さんが結構厳しい人なのでやってけるか不安
あたりもあるけど割合としては大きくない
高学歴女子ならば誰でも、子無し共働き(DINKs)の覚悟は持つと思う。
私も高校生の時からそういう人生を歩むかもしれないな、とは思っていた。
私がその話をしたら彼は、「それは我々よりもっと高学歴な人の話であり、例えばドクターとって自分の実績一本で食っていくアカデミアの人とか、アーティストとかはそうかも知れないが、たかが修士卒の一般の会社員の我々はそんなことを考える必要はない」と言われた。確かにそうかもしれない。
あと今日、上司は私がいつ産休に入ってもいいように私の下には男性の後輩をつけ、私ともう一人女の先輩(新婚)は別のチームにするようにわざと采配したのだ。との噂も聞いた。
育休も1年くれる、会社の敷地に保育園完備だし社員は利用料タダ。
私の視界にはいないだけで育休から復帰してバリバリ働いている人いっぱいいるし、そういうところを推してる会社ではある。
夫の実家は車で小一時間、私の実家も電車で2.5時間だし、サポート体制もあるだろう。
ちょうどようやっと後輩が育ってきて、私が1年抜けてもまあ多分大丈夫な気がする、と思えてきちゃった。
高校生の時、DINKsがかっこいいんだよ、と思っていたと同時に、丙午の年に子供を産むのもかっこいいよな、私適齢期だし、と思っていた高校生の私もいた。
私は子供が欲しいんだろうか
Permalink |記事への反応(28) | 18:14
https://note.com/13weekslaterep/n/n72ae8c35be59
めりぴょん/山野萌絵
はてなブックマーク、たくさんのコメントありがとうございます。あまりにも「資金源は?」と聞かれまくるので、当時のことを振り返ってみよう。
オタクを始めた頃の16歳にやっていたのはコンビニ派遣とコンカフェのバイト……だったが、店長の経営が適当すぎて給料未払いが続出し、呆れて退職。ちなみに、エキストラに行く謎のコネを作ったのはこのコンカフェである。
当時はJKビジネス全盛期。まだ法整備が追いついておらず、女子高生でも18歳になっていたらリフレで働けたのだ。
というわけで割とお世話になったのが大久保の雑居ビルにある「C」。親が元々デザイン系で働いていたので、パソコンでソフトを悪用し架空の通信制高校の学生証を作って18歳として働いていた。有印私文書偽造の公訴時効は5年なのでもう良いであろう。
掛け持ちで鍋屋のホールのバイトもしていた。今でも鍋につみれを入れるのは得意だ。一度鍋のつゆにスプーンをくぐらせてからつみれを丸めて入れるのがコツである。何の役にも立っていないが。
年末年始は郵便局の年賀状ハガキ仕分けのバイトもした。早朝シフトだったので、朝から年賀状のハガキを仕分けて昼過ぎからリフレに、なんて日もあった。
「C」で出会ったのが若手俳優界隈ではもはや半ば都市伝説と化している、テニミュ俳優・Z(後に彼女とお風呂に入っているツーショットが流出し、地獄のバスツアーを開催したことで有名)のオタクのHちゃん。有名人である。
Hちゃんがある日体入で連れてきたのがこれも古のテニミュを知る人には有名人であろう、2nd四天宝寺・AのオタクだったKちゃんとSのオタクだったSちゃん。二人は「若手俳優と繋がってそれをフライデーに売った」という伝説を持つらしく、俳優のオタクであることを告げると「すぐ繋がれるよ!出待ちとかしないの!?」と言われ、黒糧(若手俳優オタクがオタクの悪口を書き合うパスつき掲示板)のURLとパスまで教えてもらった。古のテニモンを知る人には「黒糧を教えてもらったのがKちゃん」と言うと大ウケする。鉄板トークだ。
しかし規制が厳しくなり、18歳でも高校に在学しているとリフレで働けなくなったため、「C」は閉店。当時はリフレにも「オーバー店」と「アンダー店」というものがあり、オーバー店は18歳以上を雇用。アンダー店は摘発覚悟で18歳未満を雇用していた。
「C」が閉店したので、なぜかまだ18歳を雇っていた池袋東口の「E」というJKメンエス(?)で働きながら試行錯誤。一時期高田馬場に事務所があったライブチャットをやってみたりもした。「E」はなぜか内勤がキングレコードやavexに所属していたことのある現役V系バンドマンだった。ちなみにベース。噂を聞きつけたバンギャがやたらと多かったが、「薄桜鬼」藤堂平助の夢女をしているMちゃんとは仲が良かった。「はなの舞のコラボのせいで味噌汁7杯飲んだ」などのオタク面白話をしていた。Mちゃんはイオンモールで開かれた横浜くんの電動自転車試乗イベントの整番引きにまで来てくれた。10年経っても感謝している。まだ平助くんのこと好きですか?
しばらくののち、池袋西口にあったアンダーお散歩店「G」に飛び込むことになる。結局1年以上お世話になった。のちに店長が店の女の子に手を出して未成年淫行で逮捕され、全国報道されてテレビの潜入特集までされることになった店だ。ちなみに私は店長に「もっと稼ぎたいなら俺が相手してあげようか?」といきなり初日に言われたが、「身体の関係を持った人と一緒に仕事するのは気まずいので……」と断って難を逃れている。
「C」にいたHちゃんとはGロッソ5期公演中に水道橋駅の改札前で再会。ヒーローショーは最初の回が朝9時半開演なのだが、TDCでテニミュが開かれており、改札が入り待ちだらけだった。超有名人のHちゃんと話しているだけでオタクからの視線が痛かったのは言うまでもない。Hちゃんは私が誰推しなのかに興味がなかったらしく、「志尊だっけ?」とか聞いてきた。Hちゃんは今でも友達である。たまに飲む。
「G」では源氏名をどうしようか悩み、当時普通にちょっとハマっていた「獣電戦隊キョウリュウジャー」立風館ソウジ(特撮の中で三番目に好きなキャラ。ちなみに二番目は「仮面ライダージオウ」ウールくんである)から取って「ふうか」とした。はるか後にジャニーズJr.に出戻り、刀ミュにハマって前列ガッツになって以降、由来も忘れて定番源氏名になるのだがそんなことはまあいい。
「G」は摘発を避けるために「出会いを求める女子と男性を繋ぐフリースペース」……という建前で経営されており、店長・Rさんは「店長と呼ぶな。Rさんと呼べ」と命令してきたのでみんなそう呼んでいた。「お散歩」に行くとコースバックで1000円支給されるのだが、それも一度「謝礼」としてクオカードを渡され、店長が「俺が変えてあげようか?」と"善意"で現金にしてくれる。パチンコ方式である。どうやって稼ぐかというともちろん裏オプなのだが……まあご想像にお任せする。ちなみに当時掲示板では「ふうかは金さえ払えばなんでもしてくれる」と書かれていた。
働いている女の子たちはホス狂い7:ジャニオタ2:バンギャ1くらいの割合であり、俳優オタクなど私1人しかいなかった。そのため「G」の店内で一番有名な俳優は横浜流星だったと思われる。不名誉。
ホス狂いたちとも普通に仲が良かった。年齢確認のゆるいホストクラブだけに行っていたらしいのだが、何気なく私が有印私文書偽造できる話をしたところ、全員むちゃくちゃ食いついてきた。……いくらで売ったかは伏せるが、架空の大学の学生証が飛ぶように売れたのは言うまでもない。「○○っていう有名店にすんなり入れた!ふうかちゃんすごい!」と大感謝されたが、そんなことに使う発想がなかったので「よ、よかったね……」としか言えなかった。
ホス狂いには「毒親」系の子もいたが、1人とんでもないお嬢様がいた。超有名大学の附属校に通っていて、家にエレベーターまであったが、なぜか道を踏み外してホス狂いになっていた。名前はKちゃん。「担当とケンカした」とかいう理由でドリエルをODしてぶっ倒れていたので、水を飲ませ看病したこともある。今は何してるのだろうか。
ホス狂い・Yちゃんは「売り掛けに間に合わない」という理由で店長からお金まで借りていた。ちなみに、利息はトイチであった。
ホス狂い美少女・Mちゃんにある日、「Twitterになぜかログインできないんだけどなんでだかわかる?」と聞かれたので、とりあえずブラウザのCookieを消してみたら普通に直った。「携帯ショップの店員さんみたい!」と感謝されたがCookie消しただけなのに……と思った。Mちゃんとは数年後に歌舞伎町某所でばったり再会。世間の狭さを感じた。
職質対策も抜かりなくしていた。客と歩いている時に万が一職質されてもいいように池袋西口のホテヘルを調べ、顔出ししていない適当な自分にスリーサイズの近い風俗嬢をブクマしておき、職質されても「店に預ける決まりなので財布持ってません」と言うと決めていた。このライフハックは割とみんな共有していた。私は職質されることは無かったが。
自分で言うのもなんだが店長には気に入られていた。真面目だったからだ。ホス狂いたちはもはや家出生活を送っており、毎晩ホスト遊びに繰り出しては集団でラブホに雑魚寝して泊まり、遅刻や当欠が多かった。「お前らはいい加減すぎる。ふうかを見習え!」と店長が怒っていたのだが、たまたま好きになったのがホストではなく若手俳優だっただけなので苦笑することしかできなかった。
ホス狂いたちは、不思議と私をホストに誘ってくることはなかった。まあ横浜くんのことが好きすぎて傍目から見てもメロメロだったのもあると思うし、毎日律儀に家に帰っていたのもあるが。
ゴキブリが出て待機室がパニックになり、私が冷静に丸めた雑誌で叩き殺したら店長が3000円くれたこともある。後に店長は店の女の子に手を出して捕まるのだが、「口」でさせて5000円しか払ってなかった。ゴキブリ殺しただけで3000円もくれるのにそれしか払わないんだ……と微妙な気持ちになった。
店長はしばしば池袋西口の「楽園」で営業中にパチンコしており、「真面目だから」という理由で予約と予約の合間になぜか電話番までさせられていた。もはや店長が事務所を開けない日すらあったので、そんな時は池袋西口のガストでドリンクバーを頼んで溜まっていた。
客だと思ったら潜入してきた朝日新聞の記者だったという事件も起きた。「搾取されてるわけではなく自分の意思でちゃんとやってる」みたいなことを長々話した気がするがよく覚えてない。
夏休みには事務所の電気を消して、店長が出前を取ってくれてみんなで「ほん怖」だか「世にも奇妙な物語」だかを見た記憶もある。どっちかは忘れた。普通に楽しかった。青春である。
私が横浜流星のオタクであることは知れ渡っていたため、遭遇して喋れたりイベントで喋れたりすると店長も含めてなぜかみんな喜んでくれた。店長逮捕後、久々にLINEが来たと思ったら「最近何してるの? 流星?」と送られてきて脱力した。
JKビジネス業界はドライなので、高校卒業する頃になると一気に予約が入らなくなる。潮時かな……と思い辞めた。その後「G」は摘発されたので一応難は逃れている。
なんやかんやでキャバ嬢に転身してみるも、自分で言うのもなんだがあんまり向いていなかった。この頃の記憶は実はあまり無い。楽しくなかったのだろう。
キャバクラを辞めた後は適当にパパ活していた。適当なパパ活でもまあまあ稼げていたのでコロナ前の夜職業界は景気が良かったのだ。2017年中盤くらいからは一応メイドカフェでも働いている。
かの有名な「制服オーディション」には一時期いたことがあるものの、本格的な風俗に足を踏み入れるのは実は横浜くんを降りた後である。……というわけで、なんだか尻すぼみな記事になってしまった。
ちなみに高校は3年の途中で出席日数不足がたたり中退。(JKお散歩に入り浸っていたためである)しかしその後通信制高校に編入しちゃんと卒業はしている。そのため一応高卒だ。
こんな感じである。みなさんの謎が解ければ幸いだ。