
はてなキーワード:カード破産とは
幼少期は頭悪いくせに力だけは強いのび太とジャイアンを足して2で割ったみたいな姉にしょっちゅう殴られて泣いてた。
世界で一番嫌いなものはなに?って聞かれたら口には出さなかったけど姉が頭に浮かぶくらいには嫌いだった。
私が小学校中学年、姉が高学年だったとき私たち姉妹は所謂「鍵っ子」だったんだけど鍵を忘れた私は放課後に姉のクラスを訪ねたんだよね。
年下の子が来たのが珍しかったのかわらわらと集まった子たちに「〇〇(姉)いますか?」と聞くと「〇〇(姉)の妹だって!」ってちやほやしてくれた。
でも3人くらいの男の子が近寄ってきて「〇〇の妹?ちっちぇー笑」って小馬鹿にするような口調で言ってきて正直怖かったんだけど悔しくてちょっと睨んだら「なに?生意気じゃね?」って本当にちょっとだけ痛みを感じないくらいの強さでほっぺをペチッと叩かれたんだよね。
そしたら鍵を取ってきた姉がその叩いてきた男の子のほっぺを思いっきりパァン!って叩いて「私の妹になにしてんだよ!」ってキレたのよ。
今思うと理不尽すぎて男の子に申し訳ないんだけど、その時は年上の男の子にはたかれたのがショックだったから「姉貴かっけえ…!!」って感動した。
昔は本当に理不尽で頭悪くて最悪だったけどよくよく考えると親がいない時のご飯を作ってくれたり(レンチンだけど)ばあちゃんちに2人だけで行く時もいつも手を握って切符も私の分買って何番線に乗るか1人で確認して連れてってくれたし私が家に1人になっちゃう時は必ず友達と遊ぶのに連れてってくれたな。
部屋はゴミ屋敷みたいだし約束は平気で破るしカード破産するくらい金の管理できなくて友達1人もいないけど、私の子どもをすごく可愛がってくれるし出不精でめんどくさがりのくせに頼られるのは好きでちょっと煽たら仕方ないなあってすぐ来てくれる姉がちょろくてかわいい姉という生き物。
http://anond.hatelabo.jp/20130529230131 の続きです。長くて途中で途切れるため分けました。このエントリで紹介するのは以下の本です。
影響を受けたブログは20冊の本を取り上げていた訳だが、自分で真似をしてまとめていく内に20冊よりもずいぶん多くなってしまった。なので、上記4冊は似たテーマなのでまとめて紹介することにする。この節は日本人の自伝だ。
「名人に香車を引いた男」は昭和の将棋指し(棋士)の升田幸三名人の自伝。羽生善治さんがもし生きていたら是非将棋を指してみたい棋士の方だと聞いたことがある。
生き方はなんとも痛快。昔の人のバンカラな感じというか、そういう感じが良く出ている。この人のように、どんな人にも自分の本音を話せる人は今日本の中にいるだろうか。そして、名人になった時の一言が心に残る。
「八十歳のアリア―四十五年かけてつくったバイオリン物語」は糸川英夫さんの自伝だ。この方はロケットが専門の研究者で、戦時中は戦闘機の設計に関わっていたり、戦後もロケット開発に関わっていたりする方だ。戦後間もない時期は失意に沈んだ時期で自殺も考えるほどの状況だったが、バイオリン製作がきっかけで少しずつだが自分を取り戻していく。そのバイオリン製作には完成までに40年以上もかかった。そのバイオリンとは――。
升田幸三名人、糸川英夫さんの両氏とも戦争の影響が人生に大きくのしかかる。その点でまとめさせてもらった。それと、両氏の著作とも読んでもらえばわかるが、自由だ。それ以外はあまり共通項はないけれど、読んで楽しい本だ。重い話はないし、読みやすい本なので手に取ってみてほしい。
「記憶の切繪図」は「フェルマーの最終定理」の中で登場する志村五郎博士の自伝。「フェルマーの最終定理」の中でサイモン・シンさんは志村さんにいろいろインタビューしている。その中で数学における「良さ」とは何なのか、それに答えるシーンがある。その答えが簡潔なのだけれど、それ以上無いくらい志村さんの数学のとらえ方を表しているように思え、興味があって読んだ。
この方も上記二人に劣らないくらい自由だ。Amazonのレビューには高木貞治さんを愚弄しているという指摘がある。しかし、だからといって謙遜して書いてもらっても一読者としてはおもしろくも何ともない。むしろそのまま出版してもらって良かった。
こう書くと志村博士はずいぶん口の悪い人で、ある種の暴露本に思えるかもしれないが、そうではなくて、要所要所に意図して書かないことがあったり、感情を押し殺した表現がちらちらあるのだ。それがあるから、志村さんの人となりがわかった。良い自伝だ。
「弁護士、闘う―宇都宮健児の事件帖」は少し前に東京都知事選に立候補されたり、弁護士会の会長をされていた宇都宮健児さんの自伝だ。まだ自伝を出すには早いと思うので、半生を綴った本としておいた方がよいか。
決して飾らないその人柄は文章にもそのまま表れている。豊田商事事件、オウム真理教の一連の事件、カード破産の話など、弁護士として関わった事件の数々。それらを振り返りながら、今されている仕事にも言及している。自分は法律のことは全くわからないが、こんなに多様な類型、しかもその事件が発生した時点では立法そのものが不整備だったり、法解釈が分かれていたりといった、未開拓の問題に対処するのは並大抵の法律家にはできないように思える。それをまるで飄々とこなしているような姿は、武道の達人のようだ。
気負いのなさと実直さ、そして執念を感じる本だ。宇都宮健児さんへのインタビューが下のURLにある。興味のある方は見てほしい。
この本は学生時代に講義で先生がおすすめされていて読んだ本だ。著者は高橋秀実さん。
高橋秀実さんはルポライターで、自分の体験を元に本を書く方だ。ただ、ルポライターではあるけど、少しほかのルポライターと毛色が違う。本来ルポライターは事件や事故が起きたら素早く現場に赴き、当事者にインタビューをして、それらを記事や本にする。高橋さんはそれらの事件や事故が起こって、ほとぼりが冷めたあたりでインタビューに出向く。時期がかなり遅いのだ。
元のブログでは物事には多様な見方や解釈があって、一元的に判断することは危険なことを理解するための本として「バカの壁」を挙げていた。その点では、この本も内容は似ている。面白いのは、この本ではそれが「実例」でいくつも挙げてある所だ。
ニュース番組や新聞では、大きく取り上げられていた事件・事故が、実際に現場に行ってみると「あれ?」と思えるくらい当事者たちは冷めていたり、むしろその状況が続くことを望んでいたり――。読み進めていくうちに、不謹慎かもしれないが笑ってしまうような話になっていったりするのだ。某映画の台詞の反対で、むしろ事件は会議室でしか起きていないんじゃないか?、という気持ちにもなる。
自分は単行本(ハードカバー)で読んだ。解説を村上春樹さんが書かれていた。(はずだ。確か)
堅苦しい話ではないので、気楽に読んで、何度かたまに読み返すとその度に不思議な気持ちになる本だ。
著者は西前四郎さん。半分が小説で半分がノンフィクションといった感じの本だ。
デナリというのはアラスカにある山の名前で、日本では「マッキンリー山」と言った方が通りがよいと思う。この山を登る登山家チームの話だ。ちなみに、植村直己さんはこの山で行方不明になった。(この本のチームとは無関係だろう)
厳寒期の冬山を登る人の気持ちは自分には想像もつかない。だけれども、そんな自分にも山を登るチームワークの大切さと難しさ、軽く見積もった事象が後にやっかいな出来事にふくらんでいくその状況判断の危うさや過酷さ、そして生きることへの執念といったもろもろが、響いてくるような本だ。
今の登山の装備と比べると、重かったりかさばったりしてその面でも大変だったはずだ。写真のページを見ると、そんなところも気にかかった。
この本のあと、山登りの本は植村さんの本(「青春を山に賭けて」)も読んだけれど、こちらの方が山について全く知らない自分には印象に残った。所々で登山の道具の名前(ハーケンとかザイルとか)が出てきて、イメージができない自分のような人は、出てきたところで、ググったり辞書で調べて簡単な絵を紙に描いておいて、再度出たときにその絵を眺めたりしながら読むとより読みやすいと思う。
この本は椎名誠さんが著者だ。椎名誠さんは今はエッセイや世界各地を回った紀行文を書いたり、写真家であったりとマルチ作家だけれど、この本が出たのはそうなり始めてすこし経った頃だ。
冒頭から危機的な状況である。にもかかわらず出発するのだ。この判断は本当だとしたらすごいことだ。何が危機的なのかはここでは言わないけれど、読めばすぐわかる。
全体として、椎名さんが書く紀行文は自分で感じたことをズバズバわかりやすく書いていく方法なのだが、この本はそこまでズバズバ書くと言うよりも、なんとなく「岳物語」につながるような、私小説風の書き方をしている。その書き方もあるし、パタゴニアという場所のせいもあるからか、行き止まりに向かって進んでいくようなやり場のの無さを感じる。それが途中ですっと消えて静かな感じで終わるのだ。自分はそこがとても好きだ。精神的な閉塞感がふと消えて、やさしさが残る本だ。
冬から春にかけて寝る前に少し読むのが似合う本だろう。この本は文庫版もあるけれど、ハードカバーの装幀が自分にはしっくりくる。
カヌー犬・ガクというのは、前に挙げた椎名誠さんの飼っている犬の名前だ。その犬は手こぎボートの船頭に座って川下りをするのが得意という、ちょっと変わった特技を持つ。
その犬と椎名誠さんの友人の野田知佑さんが、日本や世界の各地を巡ったときの話をまとめたのがこの本だ。著者は野田知佑さんご自身。
カナダのユーコン川を下ったり、北極(か、南極か忘れてしまったけれど)に行ったり、といろんな所に行って危険な目に遭ったり……、南国に行ってのんびり過ごしたり。少し羨ましいけれど、いざ自分が行くとなるとそんなところはとても怖くていけないようなところに行く。
犬を人間と同じように扱うという著者なので、犬が好きな人はより楽しめるだろう。元のブログとの対応としては「深夜特急」にあたるかな?(やや無理矢理だけど)
著者はM.B. ゴフスタインさん。翻訳は末盛千枝子さん。絵本だ。(やや字が多いけれど)
小さな女の子が主人公。おじいさんがピアノの調律を仕事にしていて、おじいさんとしては女の子にピアニストになってもらいたいのだけれど、女の子はおじいさんのようにピアノの調律をしたくてたまらない。そんなときに、ピアノの調律を頼まれるのだ。
あらすじで書くとそんなに心惹かれる感じは無いかもしれないが、絵の良さ、そして言葉の良さ。二人を取り巻く登場人物の面々もすばらしい。
「謎のギャラリー」のところで言及した「私のノアの箱舟」も同じゴフスタインさんの絵本だ。こちらもすばらしい。ゴフスタインさんの本はほかにも何冊か読んだけれど、この本が一番絵本らしい絵本だと思う。絵の良さはいくら文章にしたところで伝わるものではないので、図書館で借りたりして手に取ってみてほしい。もちろんM.B. ゴフスタインさんのほかの本を読むのも楽しい。
中学校で習う数学を、苦手な人も得意な人もできるかぎり楽しく考えていこう。それがこの本のテーマだ。中学生向けの数学の月刊誌で連載していた読み物をまとめた本で、著者は小島寛之さん。はてなダイアリーを利用されている(http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/ さん)ようだ。
数学は、学習が進むにつれてどんどん(指数関数的に?)難しくなっていき、小学校や中学校では好きだった人もだんだんと距離を置いて離れて行ってしまう……、そんな科目だ。なかなかずーっと数学が好きで好きで……、という方はいないのではないかと思う。おそらく数学のプロの方(数学者のような)でも、そのキャリアのところどころで難問にぶち当たり、歯がゆい思いをするのだろう。(そういう話は前に挙げた「フェルマーの最終定理」にちらっと出てくる)
そんな風にだんだんと一般人は数学から身を引いていきがちになるわけだけれど、この本は、わりと数学や算数を学び始めた頃に不思議に思えたことを延長して話をすすめようとしていく。こういう書き方はやろうと思ってもとても難しいはずだ。著者は数学が好きな気持ちと、一方で嫌いな気持ちの両方を持ち続けているような、そんな状態になるだろうから。嫌いな人の気持ちになって、そしてそのどこが嫌いなのかを共感した上で話を進めつつ、好きな人も読めるようにする配慮を怠らない。そんな書き方がされている。
この本が持つ数学へのアンビバレントな思いは、いわゆる数学(の歴史を中心とした)解説本でもなく、かといってとっても難しい数学のドリルみたいな本でもなく、わかりそうでわからない絶妙な問題の難しさと相まってなかなか類書がないと思う。くわえて、ところどころに経済学の話とかもでてきたりする。好きな人もそうでない人も読んでみてほしい。なんとなくわかりそうで手が出ないあの「数学の感じ」を思い出すはずだ。
同じ著者の「解法のスーパーテクニック」も良い本だ。ただ、一冊にしろと言われたら「数学ワンダーランド」かな。ほかにも小島寛之さんの著作はいくつかあるのだけれど、自分が読んだのはこの2冊だ。なのでほかにも良い本はあるだろう。
元のブログとの対応としては細野さんの数学の本としておく。(その本を読んでないのでどこが?といわれると、単に数学つながりなだけだ)
この本は幻想小説というのだろうか。ファンタジーだ。著者はピーター・S・ビーグルさん。翻訳は山崎淳さん。
この本はとても雰囲気がよい。あらすじはそんなにたいしたものは無いんだけど、夏の早朝のような爽快な感じがある一方で、なんか少しじめっとした感じもするのだ。
Amazonのレビューがこの文章を書いている段階で4つある。で、そのどれもが作品の魅力を的確に紹介しているのだけれど、なんだかそれらのレビューだけではこの本の良さを伝えきれない感じが残る。言葉を連ねてもなかなか伝わらない感じがする本だ。
この本を自分は夏の終わりの頃に読んだのだが、その頃の陽気にとてもよく合う本だった。光の強さと日の入りの早さがこの本の主題に合ったものだからだろうか。「リプレイ」が動くSF小説に対して、この「心地よく秘密めいたところ」は静かにじっとしている感じだ。でも、どちらを読んでも同じ思いに至るはず。不思議だけれど。
著者は伊勢崎賢治さん。この方は日本の大学を卒業されたあとにインドで民衆のグループのリーダーをされて、その実績を買われ、国連の要請で東ティモールに赴任する。(下のURLに伊勢崎賢治さんへのインタビューがあるので詳しいことを知りたい人は読んでみてほしい。)
こういう日本人って(自分が不勉強なせいかもしれないが)あまりいないと思うのだ。杢尾雪絵さんくらいしか自分はほかに知らない。
ずいぶん前に読んだので細かい記述は忘れてしまったけれど、この本の良さは著者が見たこと、感じたこと、やったことが率直に書かれたところ。そして日本に住んでいる限り想像できない「危険」な東ティモールでも、危険な所もある一方で、そうでないところがあるといったような、現実の姿が伝わってくるところだ。
外見はなんかどこにでもいそうな感じのおじさん(もし本人や関係者がこの文を読んでいたら失礼で申し訳ない。すみません。)だ。だが、インフォーマルな組織における統率の方法や、戦争犯罪者をどのレベルまで処罰するのか、など、繊細な問題への対処。こういうのは前者は経営学とかで少し研究されているようだけれど、じゃあそれが実地で適用すれば問題は解決するのかというと、そうでも無いと思う。そういった「答えが見えない問題」へどうやって取り組むのか――。しかも異国の地で。
そういうことを知りたいときに読むとよいかもしれない。自分も詳細を忘れていることに気がついたのでもう一度読むことにする。それにしても久しぶりに上のインタビュー記事を読んだけれど、タフな人だ。
著者は藤本研さん。この本は、藤本研さんがおよそ半年をかけて日本を歩いて一周をした旅行記。旅行記というよりも生活記録といった方が良いかもしれない。
生活記録なので、朝は何時に起きたとか、午前中はどうしていた、お昼は何を食べた、などなどそっけない記述が中心だ。でも、そのそっけなく感じる記述が妙なリアルさを出していて、読んでいると日本ってこんなに広いんだと思わせてくれる。それと歩いてたどり着いた各地の景勝地を見るとか、そういうことも無くて、そこもこの本の特徴だ。タイトルに「大貧乏」と付くのは、宿泊をほとんどを野宿やお寺の本堂の隅を借りたりして無料でまかなうことによる。食事もとても簡素なものだ。
本のはじめに藤本研さんの歩行ルートが日本地図と一緒に図示されていて、その後にスケジュール表があって、それをみるのも楽しい。たんたんと書いてある中の楽しさ、と言って伝わるだろうか。
たまにアクシデントに見舞われるのだが、そのアクシデントがなんとなくユーモアがあるというか、おだやかな感じだ。日本一周するからと言って、気張らず、藤本研さんはたんたんと歩いて行く。歩いている途中で同士がいたりする。そういう記述もなんだか一緒に日本一周しているような気持ちにさせてくれる要因だろうか。
自分は今まで挙げた本はだいたいは図書館で借りて読んでいる。この本もそうだ。再度読みたいのだが、図書館で借りようとしたらいつの間にか消えてしまっていた。残念だ。
(まだつづく、かも。)
福貫
2011年度ドラフト会議を鑑賞する巨人ファン(http://www.youtube.com/watch?v=J4fanzhZrBo)で一躍有名となったピアキャス配信者。
糞貫とは
決め台詞
沿革
1名前:名無しさん[]投稿日:08/04/01(火) 18:06:59 ID:2RwJz0c7
はじめまして^^
『配信者でよかったぁーーっ!』
理由は"デブな男は嫌い"とのこと
と福貫自身は語っていたが後にm9板ニュース速報スレで福貫の嘘が暴かれる。
346 伊藤かな恵 mail:sage 08/08/22(金) 20:35:46ID:NVBCmxj3
ゆかまとピー太のスカイプ終了後
福貫がゆかまのスカイプに凸して
福貫がピー太と話しゆかま無視で会議通話乗っ取られる
ちなみに>>342は捏造
一緒にビールかけを試みるも放映権を持っているフジが中継せず朝日の報道ステーションまで待つ事に。
待たされている間にすっかり落ち着いた福貫は報ステでビールかけが中継されると同時に
自分も頭からビールをかけるがカメラの解像度が低いためリスナーにはよくわからないという体たらく。
あっというまに朝日の中継が打ち切られ、残されたビールまみれの福貫はジョッキ一杯のビールをかけて配信を締める。
パワプロ15 栄冠ナイン 目指せ甲子園 →甲子園優勝までやり続けると宣言したが、結局うやむや
マリカー →全コースのレコード更新を掲げるが、やはり結局うやむや
22時間を過ぎたところで、サライを流して配信を止めてしまい 24時間不達成
福貫、誠意とは何かね?
本物だったら次で抜けてくれというレス通りにNOBUOは次のレースの後去っていった。
始めは偽物と叩いていたがどう考えても本物でした本当にありがとうございます。
↓偶然にもNOBUOに勝った瞬間
チーズケーキと山盛りの雑炊を一人、黙々と食す
レス「お前本当に一人なんだな.....」
二つ合わせて約216万円の大勝利配信でピアキャスドリームを作る
デモでよかったなw
この可笑しな自信家を誰も止めない点から見て、リスナーは相当の精鋭の模様
しかし今のバイト先に迷惑をかけないように徐々にシフトを減らして辞めようとするが・・・
866名前:福貫 ★[]投稿日:09/01/28(水) 18:36:11
休憩中に携帯で書き込んでたんだよw
帰り際に株やりたいから減らして~的な事を伝えました
そんでありがたい事に、軽くお説教してもらいました
みんなもありがとね
しかし格ゲーの敷居はズブの素人にとってあまりに高く数日後に挫折転売
結果、糞アフィブログの持ち主、頃飯だけがおいしい汁を吸った
ネットヤクザ福貫『おいリスナーどもいいか?俺のとこのアフィ踏め』
その報告と今後の相談をするためにニートから正社員になった配信中の葉月さんにスカイプで凸
有馬記念から4ヶ月で福貫の人生をここまで転落させたリスナーは相当の精鋭の模様
つまり引退
つまり復活
福貫いわく、一日一巨人と徐々に進めていくということ
腹いせに箱○をサクリファイス
打開したもの
| PS2 | ようこそひつじ村 |
|---|---|
| Wii | 実況パワフルプロ野球15 栄冠ナイン編 |
| ドラゴンクエストソード | |
| Wii VC | 風来のシレン(テーブルマウンテン、掛け軸裏) |
| XBOX360 | Fable 2 |
| PS3 | ブレイドストーム、デモンズソウル、ゴミ箱、トマランナー |
挑戦中のもの
| FC | |
|---|---|
| PS2 | |
| wii | マリオカート |
| XBOX360 | |
| PS3 | Skate 2 |
| リアル | 巨人応援配信 |
挫折したもの
| FC | スーパーマリオブラザーズ、忍者龍剣伝 |
|---|---|
| PS2 | Persona3、ゴッド・ファーザー |
| テイルズ・オブ・ジ・アビス、デカボイス | |
| ジ・アニメ スーパーリミックス 巨人の星 | |
| 女神転生3ノクターンマニアクス | |
| wii | 悪魔城ドラキュラ |
| XBOX360 | あつまれ!ピニャータ2、天誅 千乱、スターオーシャン4 |
| リアル | 24時間配信、オフ会、ダイエット、FX、女 |
| Wii | マリオカートWii | ディスクを粉砕 |
|---|---|---|
| 箱○ | Xbox360本体 ←new! | テーブルのペットボトルが倒れて水浸し |
996名前:名無しのリスナーさん[sage]投稿日:2008/06/13(金) 00:41:45 > > > > > ID:fG/.J2iY
5456-0318-0904
一応配信できます! ふくぬき
998名前:名無しのリスナーさん[sage]投稿日:2008/06/13(金) 00:48:39ID:sVX/XeWw
>>996
ごめん、もう枠いっぱいになっちゃった。
万が一出れない人がいたら変わりにでてもらう補欠あつかいでも良い?
その他
福貫家の華麗な一族
「ねぇぬんぬー、お金貸してぇ」
「兄じゃ、クリームパンやって!」
よくカレーを作るらしいが福貫いわくジャガイモばっかりで味もあんまりおいしくないらしい
配信環境
| CPU | Core2Duo E6550 |
|---|---|
| Memory | 2GByte |
| M/B | |
| VGA | GeForce 8300GS |
| Sound | |
| 回線 | 光 |
| ルーター | |
| キャプチャ | GV-MVP/RX3 |
| マイク | 1000円くらいのやつ |
| Webカメラ | |
| コントローラー |
WME設定
| 配信対象 | |
|---|---|
| オーディオコーデック | |
| オーディオ形式 | |
| ビデオコーデック | |
| ビデオビット レート | |
| ビデオサイズ | |
| フレームレート | |
| キーフレーム | |
| 画像の品質 | |
| バッファサイズ |
そもそも、消費を勘違いしないか?
海外にモノを売る>国内にお金が入る>国内でお金を使う>国内のサービスがうるおう
っていうのが、いままでの好景気の流れで
海外にモノが売れなくなった>国内にお金が入らない>国内でお金が使われない>国内のサービスがうるおわない。
っていうのが今の不況。
そもそも消費が加速すればいいだけだったら、大規模公共事業で大量に消費すれば景気が上がるはずだが、そんな事にはなってない。
それがBIになったところで、土建業が食品業と衣類にうつるだけで、大差はないよ。
どっちみち、経済のグローバル化によって、あと10年から20年は、年収30万の国と、年収300万の国の格差がなくなるまで、年収300万の国はデフレ進行していくよ。
BIには、景気対策ではなく、失業対策とリストラの促進を求めた方が良くて、そして、そういった社会インフラが整備されて
初めて、実力のある会社が伸びて行って、実業が伴って、国が豊かになるというのが本筋。
ちゃんとしたサービス、ちゃんとした企業が無いのに、消費だけ拡大しても、借金地獄になるだけ。
普通に学校に通って会社に入って、あんまり自分から踏み出さずに生きていると身の回りにいる人たちって自分と似たような育ちの似たようなタイプの人に固まりがちになる。私が今まで「おお、ここは私がいまだかつてあまり身近にいなかったタイプの人がたくさんいる…!」と思ったのは、学生時代に地元書店でやったバイトの時と(地元若手主婦が多かった)、教習所に免許を取りに行った時と(ヤンキー系がたくさんいた。話してみると気のいい感じ)、都心に住み始めてネットで知り合った腐女子仲間とオフで知り合い始めた時だった。
特に新鮮だったのが、腐女子仲間の出来たとき。なにしろ隠れオタク暦が十数年だったので身近にホモの好きな人なんていなかった。この腐女子仲間っていうのが面白かった。実に幅広く色んな層から寄り集まっている。カード破産しているキャバ嬢もいたし、広尾のセレブ主婦もいたし、嫁姑紛争をかかえたヤンママもいたし、九州から出てきたばっかりの18歳の初々しい子もいた。親が社長な人もいたし、親が破産して離婚して母子家庭の人もいた。高学歴キャリアもいたし、ファミレスのウエイトレスもいた。
しかし幅広い層でなりたつ知り合いというのはやっぱり揉めることも多くて、結局いろいろないざこざがあってずっと楽しく仲良くはいられなかったのだけど、今でもずっと一番印象に残っているのが九州から出てきた一番若い女の子のことだった。
18歳で単身九州から上京…と聞いただけで「ああ、何か複雑な事情が…!?」など勝手に余計なことを想像して「いっとくけどフツーのことだよ就職先が東京なんて」とかたしなめられた私はさておき、老舗の食材店の正社員として働く彼女を、腐女子仲間年長組は暖かく見守っていたのです。素朴で可愛くてまじめだったしね。彼女もお店の商品を差し入れてくれたり、おいしい調理のコツを教えてくれたりした。年長組はご飯奢ってあげたり、自宅に呼んでもてなしたりしていた。
そのうち彼女には私たち以外に同じ年頃のオタク友達が出来たのだけど、そうこうするうちに1年も経たずに就職先をやめてしまった。人間関係のトラブルだという話をしていたけど、腐女子仲間年長組のある人は本当はそんなのが理由じゃないという。
「結局あの子は、友達は東京に実家があって、バイトしながらふらふら平日も遊んでいるのを見て羨ましくなっただけなんだよ」
「自分だけが毎日働きにいって遊ぶ時間がないのが嫌だったんだよ」
「でもそんなの仕方ないことなのに。友達は実家が東京なんだもん、あの子は実家が九州なんだし。そんなのどうやったって変わらないし、同じように遊びたいと思うことが間違ってる」
会社員として働いていたものの、東京に実家があって、学生時代に散々平日もふらふら遊んでいた経験のある私には言葉がでなかった。
それから、彼女は生活費を稼ぐためにバイトを始めた。スナックで。さらに店で知り合った40歳くらいのオヤジと付き合い始めた。私には何をどうしたらいいんだかよくわからなかった。「水商売なんてやめなよ!」と言っても本人は「今どき誰でもやってるよ、増田さんは大げさなんだよ」とかいって意にも介さない。年長組に「スナックってどうなのさ!」と言ってみても「スナックぐらいなら、まあいいんじゃない」「放っておきなよ」ってエエエエー?そういうもんなの!? 女子校育ちで世間知らずの私には色々ショックが大きく、彼女とはそのあたりからもうあまり関わらなくなってしまった。
今、彼女がどこに住んでいて何をしているのか。しあわせにやっているのか。何もわからないけど、時々、18歳だった頃の、はじめての仕事に懸命に取り組んで目をキラキラさせてた彼女を思い出す。うちの会社の食材はこんなにすばらしいんだよ!とプレゼントしてくれた彼女の、私はその食材のソムリエみたいな仕事をしてるんだと誇らしげに笑った、ばら色の頬を思い出す。こんなのは、ただの私の感傷にすぎないんだろうけど。
今夜の夜食はドギーバッグでお持ち帰り。
http://d.hatena.ne.jp/mimisemi/20071110
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カウンターたぶん壊れてるんだな。ありゃ。明らかにおかしい。ところで例のアニメオタクのペルー人にさ、また「マクドナルドいかない?」って誘われたんだけど、さすがにまた奢ってもらうのもあれだし、一応、建前として「お金セーブしなきゃいけないから・・・」っつって遠まわしに断ったんだけど、「いや、行こう行こう」なんつってさ、すげーノリノリで「俺が誘ってるわけだからさ」なんていうんだけど、こうやって日本語にするとホモが誘ってるような感じだけど、まぁニュアンスとしては「また奢るよ」みたいな感じでさ、どんだけいいやつなんだとか思いつつ、まぁ学校終わりに行ったらさ、ペルーでは誰かが腹を空かせてたらご馳走するのが当たり前らしく、ようは恐らく俺の勝手な予想だとみゅ〜ちゅあるな関係性があるんだろうなって思ったわけね。腹を空かせてたらって、まるで俺が一文無しみたいだけど、まぁ実際そうだけどね。前も書いたけど無理に眼鏡買ったから生活費無いのね。そういえば前の英語学校のコロンビア人も基本的に飯を奢るだとかシェアするだとか、コロンビアンはみんなそうなんだみたいなことを言ってたことがあってさ、これまたみゅ〜ちゅあるだなとか思いつつ、基本的に南米ってのは気のいいヤツが多いってーのと文化的にこういう背景があるんだろうなってのは、こないだ書いた社会が人間を作り出すってところで、まぁ社会にそういう習慣とか人とのやりとりが残ってるんで、そういうのがヘリテージされていくっていうような感じなんだろうなとは思ったけど、まぁーそれにしても南米から来たやつって女の子でも男でもそれこそラテン系じゃないけど、陽気なやつが多いんだよね。凄くフレンドリーで笑顔を絶やさないっつーか。あれは血というよりは文化というか社会なんだろうなって思ったわけだけど、そう思うとやっぱ日本人に限らず韓国人はホント暗いなって思うんだけど、まぁ中国人になるとちょっと違うんだけどね。これは対比で見ると暗く感じるだけで、ようは俺はこっちの環境に慣れてしまったから暗く感じるんだと思うんだけど、そう思うとさ、ようはいろんな陽気なやつから話しかけられたり、こうやって飯奢ってもらったりしてるのを見るとっつーかまぁ自分のことだけどさ、俺もかなり明るくなったんだろうなとは思うんだよね。まぁ元々明るいんだけどね、考え方は暗いけど性格的には陰気ではない。ただそういう明るい部分を前面にこっちでは出していけるってのもあってようはなんつーかいろんな国のやつらと波長が合うのかなって気はするんだよね。逆を言えばアジア系の連中とつるもうって絶対思わないんだけど。飯っつってもマックなんだけどでもなんだかこういうことがあると心が温まるっつーかさ、ホント、こっちに来てよかったなぁーとかって思う瞬間でもあるんだよね。こういうやつらと友達になれてなんて幸せなんだろうって思うわけよ。あ、なんだかまたウォール伝っぽくなくなってきた。まぁいいや。簡単に書くとね、で、マック行った後、タイムズスクエアの駅でさ、まぁ別のクイーンズのほうに行く電車に乗り換えるんだけど、このペルー人っつーかホセが「ゲーセン行かない?」とか言い出してさ、なんかね、タイムズスクエアにあるゲームセンターのポイントカードみたいなの持ってて、今日使わないとポイントが無くなっちゃうとかでさ、まぁどの道行こうかってことになったんだけど、このゲーセンってのがなんだかバーとかさ、なんかラスベガスっぽい水商売臭いカジノっぽいような入り口のゲーセンでっつーかゲーセンっつーか、所謂、セガとかさ、ナムコランドみたいな、ああいうゲーセンじゃなくて、割とアダルトな感じなのよね。入り口では黒服の黒人がIDチェックしてたりして、まぁ別にフォーマルな場でもないんだけど、割と若干高級感があるっつーかまぁ日本のゲーセンと比べるとだけどね。で、これまた感心したのが、全てのゲームがようはこのゲーセンのポイントカード制になってて、マツキヨカードみたいなカードでポイントっつーかお金を買って、ゲームやるときはそのカードをゲーム機にスライドさせて使うっていう、なんつーかこないだ書いたカルチャーラグが無いなってことなんだけどさ、まぁ今の日本がどうか分からないし、まぁタイムズスクエアとかああいう感じのところにあるゲーセンだからってのはあるかもしれないけど、ようはアメリカってこういうところはホント、早いんだよね。まぁあと単純にセキュリティの面っていうか、直接金を入れないっていう防犯的なところもあるのかもしれないけど、それにしてもカードスライドさせてゲームやるなんて21世紀だなーとか思ったんだけど、ただまぁ感心できることばっかりじゃなくて、なんつーかさ、このゲーム機がある階っつーかここがメインフロアなんだろうけど嫌にガン系のゲームが多いんだよね。タイムクライシスとかエイリアンとかハウスオブデッドとか、他にもなんだかヘリの操縦席みたいになってるコントローラーに乗って空から爆撃するゲームとかボクシンググラブをはめてボクシングするやつとかっていうか、これはウィーって言ってもハンセンじゃなくてゲームのことなんだけど、まぁウィー的なインターフェースなんだろうけどさ、他にも競馬のゲームとかスロットとか、なんだかすげー悪趣味なのね。日本ってなんだかさ、まぁ俺の感覚が古いのかもしれないけど、太鼓の達人だか名人だとかさ、ビートマニアとか、あとやっぱ格ゲーみたいなのが多いじゃない?場所にもよるんだろうけど、でもなんつーか必ずマージャンとかさ、もちろん脱衣系のも含めてね、そういうのが多いってイメージがあったんだけど、このタイムズスクエアのゲーセンはそれこそアメリカ人の内面が顕在化してるようなゲームのセレクションで、所謂、格ゲーみたいな、あのジョイスティックとボタンがあるようなゲームが一台も無いのね。で、もうひたすらガン系のゲームばっかで、もう夜の11時回ってるっつーのに子供がガン系のゲームやりまくってたりっつーかやりまくるってのは大げさだけど、それこそ幼稚園児ぐらいの子がガン系のゲームをやっててさ、しかも母親とだよ?かなり唖然としたね。なんつーかようはさ、ああいうガン系のゲームってミリタリー系多いじゃん?「Let's Go! Over there!」みたいな、あのミリタリー系の映画でよく出てくるような決まり文句あるじゃない?アーミー系のセリフ。ようは自分もアーミーの一人になってエイリアンとか倒すわけだけど、ああいうのってすげー無意識なすり込みに成功してるよなーって思ったわけね。基本的に武力で異物を排除するのは当然だみたいな、それが正義だみたいなのが当たり前にあって、まぁエイリアンだったら俺はかまわないけど、ようはアメリカのメディアなんて過去には共産国とか今ではテロリストとか、まぁいつでもアイコン的な敵を作ろうとするわけだけど、そういう敵に対しての認識はエイリアンと変わらないんだよね。だから基本的に相手は同じ人間なんだっていう認識が無かったりするわけ。それこそゾンビとかエイリアンっていう絶対的な敵なわけよ。アメリカの戦争映画って大半がプロパガンダ的な部分が多かったりするし、妙に愛国心を鼓舞するものとか、ヒロイズムを前面に出してるものとかさ、俺は銃云々、暴力云々っていうことより、こういうプロパガンダを無批判に無意識に受け取っちゃってるっていうオーディエンスに凄く危機感を感じるね。もちろん暴力描写も鑑賞者に影響を与えるかもしれないけど、あんま報道されないっつーか、まぁ誰か書いてるとは思うけど、こういうアメリカ的ヒロイズムとか愛国心みたいなさ、こういうすり込みによる影響の危険性ってのにもっと意識的にならないとダメだよね。俺は個人的にはこっちのほうがよっぽど危険だと思うんだよね。「ゲーセン行ってまで社会分析ですか・・・」って感じだけど、ホント、こっち来てからようは日本にいたときみたいな無駄な不安とか労力を注がなきゃいけないような部分がなくなったから、脳をフルに使えてるんだよね。だから街に出ると色々なものがもう何かのシンボルに見えたり、何かを考える材料になったりするわけ。あとまぁあんま関係ないけどポイントカードをスライドして金を使うってのも、ようは伊東カードとかクレジットカードと一緒で、キャッシュを直接見ないから、あんま支払ったっていうリアリティが無いんだよね。例えば1万円何かに使うときにさ、キャッシュで一万円出したら、うわー諭吉いっちゃったよーって気になるけどクレジットとか伊東だったらさ、基本的にスライドしてPinナンバー入れるだけだから、あんま払った気がしないんだよね。ただ当然、銀行残高見ると残高は減ってるっていう。ただこれってようは消費者によりお金を使わせる便利なシステムだよなぁーって思うんだよね。財布の紐を緩めるだっけ?財布の紐をきつく締めるでもいいんだけど、電子マネーみたいな感覚だと財布って感覚すらなくなってくると思うんだよね。現にこっちなんてカード社会だからなんでもカードよ。こないだも学校の購買っつーとなんか日本っぽいけどまぁ購買みたいなところでさ、女の子がスニッカーズみたいなのと小さいノートを買っててさ、その小計が8ドルちょいだったんだけど、伊東で払ってたからね。8ドルちょいだったらキャッシュで払いそうな気がするけど、あんなのすらも伊東なんだから。スタバの一杯のコーヒーでもクレジットとか伊東で払ってる人珍しく無いからね。ああいうのって現金っていう感覚を失わせる危ないツールでもあるなって思うんだよねー。ホント。だってカード破産なんてさ、良い例でしょ。アメリカでもアホみたいにカード使って払えないっつってさ、破産したり家売ったりとかさ、そんなこと平気でしてる家庭があるけど、ああいうのってのもようはクレジットで払ってるから、現金っていう感覚がなくなってるんだよね。で、これまた来月の給料から払えばいいみたいな、実在化してないお金を頼りにしてお金を払おうとしてたりさ、完全にヴァーチャル化しちゃってるんだよね。金のやりとりが。ただそれとは対照的に買ったものってのは家に届いたりさ、ようは現物としてあるからマテリアル的な満足度ってあるじゃない?もうその繰り返しよ。何か買うってのが楽しくなっちゃって浪費が止まらないわけ。それをキャッシュでやってるならまだしも、カードでやってるもんだから、負債がガンガン増えていくんだよね。まいこーなんかもさ、完全にあの浪費はカードっつーかチェックで払ってるからだよね。なんか前に日本でやってたさ、あのゴリとぐっさんが真似してたあのバシールとまいこーのコンビの元ネタあったじゃない?あの制作がアメリカだかのやつでさ、まいこーの浪費凄かったもんね。なんか美術品がズラーッっとある店で「これとあれとこれとあれ」みたいな感じで、ミロのヴィーナスみたいな石像とか高そうなヴィンテージのソファーとか時計とかガンガン買ってたでしょ。一個が何千万単位の。あれって明らかに金銭感覚を失ってるというよりは、もうすでにお金というのがまいこーの頭の中でバーチャル化しちゃってるんだよね。あれを買うために銀行からお金を下ろしてきて払わなきゃいけないだとかさ、そういうプロセスが一切無いから、お金っていうリアリティが無くなっちゃう。ましてややつの印税もそれこそバーチャルな量でガンガン入ってくるわけだから、ホント、リアルなマネーっていう感覚と乖離してくるのは必然だよね。ただね、何が言いたいのかっていうと、こういうことはまいこーだけじゃなくて、自分たちにも起こりうるんだよねってことなんだよね。それはさっきのアメリカのクレジット負債家族とかも、すけーるは小さくてもやってることはまいこーと変わらないし、小さい買い物でもリアルなお金っていう感覚から乖離した中でただそのマテリアルを求めたいがために伊東とかクレジットで払うってのはさ、まいこーの始まりだよねっていうか、もうアメリカは慢性的にまいこー状態なんじゃないかと思う。それこそあのアホな大統領がスピーチで「ガンガン働いて消費してください。買い物万歳!」みたいなこと言ってるわけだからさ、もうある意味で末期的なのかなって気もするけど、まぁでもアメリカの社会なんて半分以上がコンシューマーによる消費によって経済が支えられてるわけでしょ?そう思うとその中でカードってものが支払いのメジャーな方法というのも、なんだか良く出来た話だよなって思っちゃったんだよね。ゲーセンで。これ別に今、思いついたんじゃなくて、ずーっとゲーセンでホセと銃撃ちながら考えてたんだけど、ゲームですらさ、コインを入れてコンテニューするのと、カードスワイプしてコンテニューするのとではお金のリアリティが違うわけでさ、こんな小さい支払いからもまいこー症候群の入り口が見えてくるわけよ。ようはアメリカ社会ってのが消費しろって国民に言ってるわけよ。それはアホ大統領がダイレクトに言うこともあれば、町中に溢れる広告やらメディアやら間接的にって言っていいのか分からないけど、まぁ消費してくださいってどれもこれも言ってるわけじゃない?俺にとってはどれもこれも露骨に直接的に金使えって言ってるようににしか見えないんだけど、メディアリテラシーの無い人だったら、それはインダイレクトにすり込みされてるってことだよね。そんなんがゲームにも映画にもテレビにもネットにも溢れてるんだからさ、ホント、師匠2のインテレクチュアル・セルフディフェンスじゃないけどさ、自分たちが自分たちで身を守らないと個々がアホなコンシューマーになっちゃってダメになっちゃうよね。社会全体が国民をそういう風に巻き込もうとしているというよりかは、もう大半が巻き込まれていて、常に巻き込む側はもっと巻き込むように仕向けているわけだけど、そういうのが見えないと自分の人生がいつのまにか外的なものでコントロールされつくしちゃってるなんてことにもなりかねないからね。そういう人多いと思うけど、前の話と繋げると、そういう人が外的なものに幸せを求めようとするんだよね。だからいつまでたっても幸せになれない。消費しても恋愛しても残るのは疲労感だけ。そりゃ当然だよね。だって幸せが無いところに幸せを求めていて労力使っちゃってるんだから、そりゃ疲れるに決まってるよ。ただね、ちょっと話を脱線させるけどってすでに脱線しまくってるけど、オタクの話をすると、ようは古くはギャルゲーとか萌え系のキャラクターとかもそうなんだけど、あれってオタク男の女の子への幻想とか恋愛への幻想の塊みたいなもんでしょ?まぁそういったオタクたちの幻想が実体化した存在っていうか。だからギャルゲーでもデートの状況とかがありえないぐらいベタというか、まず無いようなシチュエーションばっかで、リアリズムゼロだし、それは萌え系のキャラも当然、あんな女の子は現実にはどこに行っても存在しないわけだけど、ここで面白いのが、顕在化してしまったっていうところなんだよね。ようはそういった幻想がある形、まぁそれがゲームなのかもしれないし、キャラクターなのかもしれないけど、オタクたちにとってはそれがリアルで、分からない人達にとっては実体の無いものに夢を抱いているから、ちゃんとした女の子と付き合えとかっていう風に言うけど、大抵のオタク側の意見としては「大きなお世話だ」ってことなわけだよね。自分は萌えているんだから、それでいいんだっていう。でもそれってそれでいいんだよね。というのは買い物とかオタク系ではない、ようは常に理想の恋愛みたいなのを求めているような馬鹿な連中ってのがいつまでたっても幸せを得られないのは、まさしく実体が無いものを追い続けているからなんだけど、オタク系の場合、その幻想がキャラだとかゲームっていう形で実体化しているので、彼らにとってのリアリティをそこに見出すことができるんだよね。それは彼らにとってはリアルなものだから。だからオタク系ってなんだかんだで幸せそうな人が多いわけでしょ?これが良いか悪いかは別としても、他人に人の幸せのあり方を批判する権利なんてないから、そういった意味だと彼らの中ではそれはもう幸せの形として存在しているんだから、今みたいな何も無い社会を生き抜いていける人達の種類の一つとしてオタクってのがあるんじゃないかなって思ったわけね。そんな意味だとオタクたちってのは、無駄に色々な消費をしたり無駄な恋愛をしてお金と時間と労力を使っている馬鹿達よりは、よっぽど処世術に長けているんじゃないかな?って思うわけ。まぁ処世術っつっても極めて21世紀的な処世術ね。で、自分の話をすると、俺はこっちに来てから特に色々なこともあって、ようは以前にも増して内面的なものに幸せというか安らぎみたいなのを感じることが出来るようになったわけだけど、でもそれを支えている一つとして、まぁ学校があるかもしれないしニューヨークっていう場所もあるかもしれないんだけど、その他ってのはやっぱ考える材料を提供してくれるような出来事とか本とか映画とか音楽だったりするわけでさ、俺の内面的な幸せを司っているものの大半がまぁ俺のオタク趣味なんだよね。だから俺は哲学オタクかもしれないし、社会学・政治学オタクかもしれないし、映画オタクなのは明らかで、音楽オタクっつーか音楽に関してはもうオタクっていう次元じゃないんだけどってーことを言うと、全てがオタク程度の次元ではないんだけど、でもまぁ一般的な社会の定義で言うとまぁこれはオタクの一種ですよ。これは前にも書いたとおり、秋葉系のオタクが美少女オタクだったりするんであれば俺はまた別の類のオタクなわけで、基本的にオタクということでは共通しているんだけど、もう一つ重要な共通点というのが、そういったオタク趣味的なものから幸せを感じられているってことなんだよね。俺はまぁありえないぐらい多趣味だと思うけど、まぁ俺の幸せが全て趣味に依存しているわけではないんだけど、でも趣味は相当大きな要素なわけってことで、基本的にオタク系と変わらないじゃんってことになるわけね。だからオタクの種類が違おうが、俺に他のオタクを批判できる筋合いなんて全く無いんだよなって最近凄く思ったわけね。前は秋葉系のオタクのことをぼろ糞書いてたけど、今はそうは思わないな。絶対関わりたくないし、ああいうのは大嫌いだけど、でもだからといって批判はできないわけ。彼らがそれを主体性を持って全身全霊で取り組んでいるのなら、それはリスペクトしなきゃいけないよね。で、俺がディスりたいやつらっつーのは流動的に色々なことに流されまくっている主体性の無いスッカラカンな消費者ね。流行ってるからとかみんな聞いてるからとか有名だからとか、そういう理由で何かを消費したりする類の連中ね。こういうやつらはホント、どうしようもないんだけど、経済の大半がこういうスッカラカンな消費者によって支えられているとなるとさ、こういう人達すらディスれなくなってきちゃうっつーか、それこそ経済にとっての必要悪みたいな存在になっちゃうわけだよね。あーアイロニカルだわぁー。腹減ってきたからバナナを食べよう。っつーか恥知らずの痛みはだいぶマシになってきたんだけど、今日はセリマに念願の眼鏡をピックアップしにいってさ、まぁ相変わらず俺が選んだだけあって生活苦もなんのそのってぐらい素晴らしいめがねなんだけど、まぁこれならまず誰ともかぶらないなってぐらい特徴のあるめがねでね、あのクーロンズゲートのゲームキッズがしてるハイテクメガネみたいな形してるやつなのね。枠がデカイロイドメガネみたいな。まぁーでもセリマ最高ですよ。もう。アランミクリは値上げもあって完全にブルジョワブランドになっちゃったから今後はセリマだな。というかアヴァンギャル度、ヒップ度ではセリマのほうが上のような気がする。今回はアランミクリが買えなかったからセリマで買ったみたいな妥協感一切無しだったからね。もう「これだぁー!!」っていう。でもさ、めがねってのも話せば長くなるんだけど、これも止揚の歴史ですよ。別に俺、止揚って言葉を正しく使ってるわけじゃないからね。まぁいいや。昔はさ、眼鏡が大嫌いで、一時期コンタクトしてたこともあるんだけど、眼鏡にしてもなるべく眼鏡の存在感が無いようなやつしてたんだよね。ただあるときふと気がついてね、んだったらディスアドバンテージである眼鏡ってのを逆に活かしちゃえばいいんじゃん!って思ったわけ。で、その数年後ぐらいに日本で眼鏡ブームみたいなのがあって、まぁちょうど時代の風潮と同化しちゃった感じだけど、でもいいと思うんだよね。眼鏡ってのがファッションアイテムの一つっていう考えは凄くいいと思う。あえて眼鏡を前面に出すってのもね、いいと思うのね。眼鏡って歴史的にはなんだかハゲ・デブ・眼鏡みたいなネガティブ要素として捉えられてたけど、そうじゃ無くてね、まぁハゲとデブはいつまでたってもネガティブだろうけど、眼鏡ってのはネガティブでもなんでもないわけですよ。かといって伊達とかやってるやつ見ると殺したくなるけど、まぁまぁそれはいいか。あ、書くことが違うぞ。こんなことを書きたかったんじゃないんだよ。あ、んでピックアップして帰ってきたわけだけどっつーかホセは昨日の話でね、眼鏡は今日の話なんだけど、なんかさー疲れてるのよね。睡眠時間は十分なんだけど、いつも週末はもうクタクタになってる。んで恥知らずも痛むと。で、まぁ帰ってきて溜まってたから激しめのオナニーをした後、あんま飯食う気がしなかったんで、うどん食べて吸い込みやったのね。あ、KOFね。どうやら俺は吸い込むとストレスが発散されるらしくて、大門とかクラークでもうとにかく吸い込みまくったらさ、なんか疲れてた気分がだんだん良くなってきてね、で、結局他のゲームも色々始めちゃって、んでなにやったかな。あ、SNKとカプコンのキャラが戦うやつとか、まぁこれはそんなでもないんだけど、久々にヴァンパイアセイバーとかね、ヴァンパイアセイバーってキャラいいよね。あの世界観は好きだな。ファンタジックなんだけど、かなりダークでしょ。俺の格ゲー趣味の一つとして各キャラのエンディングを見るってのがあってね、んだからエンディングが無い格ゲーってやる気がしないのね。あとエンディングが手抜きのやつとか。んでまぁー夜の7時ぐらいから吸い込み始めて、んで、終わったのが3時ぐらいで、んで今、これ書いてるんだけど、ようはさ、ゲームやった後ね、「あ、そういえば恥知らず痛くなくなってるな」とか思ってさ、気分的なものなのかもしれないけど、ようはあれなんだよね、疲れってようはストレスなんだよね。恐らく。ストレスっていっても苦痛から来るストレスじゃなくて、疲れから来るストレス。で、免疫系がちょっと弱くなっちゃって、んで口内炎が出来ちゃったり歯茎が腫れてきたりするわけ。ゲームやって口内炎とか恥知らずの痛むが引くなんて凄いことだよね。吸い込みさまさまですな。ってことでやっぱあれだね、ストレス解消って重要だよね。ニート時代は毎日が夏休みだったけど、今は違うから、なんつーか体調管理というか、精神状態の管理と時間の管理の重要さが身にしみて分かりますね。ってことでまぁエクスキューズするわけではないんだが、週末ぐらいグダグダしてもいいんじゃねー?とか思ったわけね。一日中寝ながらゲームやったりオナニーしたり動画サイトで日本のお笑い番組みたり。で、こういう時間の過ごし方をしていてさ「あー今日はグダグダだったなー・・・」なんつって落ち込むのがダメなのよね。ようはダラダラする自堕落な時間というのは、ちゃんと仕事に行くとか学校に行くとかと同じぐらい重要なことなわけよ。だからグダグダでもそれは体がグダグダを求めてるならそれは肯定しなきゃいけないよね。で、すっきりしてまた週明けから学校に通うと。そう思うとあれだね、俺は将来はっつーかもういい歳だけど、なんかあれだよね、自分のグダグダできる時間を確保できるような仕事に就かないと体持たないよね。ってことでやっぱジジェクみたいになるしかないな。最後に職場に行ったのが3年前みたいな、そんな生活ね。まぁ半分ぐらい真面目に言ってるけどね。ってことでゲーセンのことだけ書こうと思ってたんだけど、またいつもの感じで長くなっちゃって、疲れてるから早く寝ようと思ってたのに、もう朝になっちゃったけど、脳の膿を出せたからプラマイゼロだね。ってことで俺の2007年流行語大賞は鳥居みゆきの「プラマイゼロだぁー」です。でもあれだよね、吸い込みによって気分が良くなるんだったらさ、それこそ左手だけにグローブはめて、「デスバレーボム」ってプリントしてあるシャツを自分で作って着ようかなって真剣に思ったんだよね。でもいつもあれ、まぁ2003ではデスバレー!って言うだけになっちゃったけど、2002とかさ「デスバレー一本!」って聞こえるんだよね。すごくいいよね。デスバレー一筋って意味でしょ?ってことであれだなデスバレー一本Tシャツを作ろうかな。まぁ作れないけどね。作った気分でいるのもいいかなって。でさ、同級生の中国人の女の子さ、廊下ですれ違ったときに「ハーイ」とか声かけたんだけど、なんか凄い恥ずかしそうにしてるんだよね。まぁあんま親しくないからってのもあるんだけど、なんかあの声をかけた後のリアクションとか、眼を逸らす感じとかがさ、すげー生娘っぽくて可愛いなって思ったんだよね。まぁこの子、可愛らしい顔はしてるけど、まぁ特別可愛いわけではないんだけど、何が言いたいのかっつーと、ようはああいったリアクションというのは日本人女性にはもう失われたものだなという風に思ったわけ。特に日本のあの無駄に着飾った娼婦みたいな格好をした淫売女達さ、少しは内面を磨くということにフォーカスを置いたらどうなのかね?男が女の子を「可愛いなぁー」って思うときの感じって、例えばこの女の子みたいな生娘っぽいピュアな仕草だったりするわけじゃない?娼婦みたいに着飾ることがどれだけ自分の品格を下げているのか?っていうのにどうして気がつかないのかね?だってああいう格好してるのって男から注目されたいからっつーかファックしたいからでしょ?ってことでまぁ本質的にはそれが商売かそうじゃないかの差ってだけで同じ娼婦なんだけども、なんかあれですよ、中国人に限らず韓国人の女の子も貞操ちゃんとしてそうな子多いわけだけど。少しは見習ったほうがいいね。KOFで言うとアンヘルみたいなビッチでしょ。日本の娼婦みたいな女って。そういう女がいてもいいけど、そういう女が多いのは問題だよね。貞操繋がりで行くとでも俺はあれだね、キングオブ