
はてなキーワード:カップルとは
とにかくおまえは本を読め。漫画を読め。いろんな作品に触れろ。
「生徒会の一存」じゃないけど、ギャルゲーは女子との基本的な付き合い方が学べる。
いや、正確に言えば、基本的な付き合い方ができないやつ、言い換えると女心が分からないやつはカップル成立しない。
発達障害だと他人の気持ちが分からない?別に発達障害持ちが正常発達のように他人の気持ちを自分の気持ちのように感じて、理解する必要は無い。
...というか、それは不可能だ。諦めろ。パターン認識ができるなら、それでたたき込め。何をやったら人が怒るのか、何をやったら人は喜ぶのか。
パターンと繰り返し学習。それによって、女心の読み取りと予測を訓練しろ。
女子の発達障害者だって普通にいるけれど、多分そういうことをやって普通の人間に擬態している。
そして、その人と付き合って、おまえのその思い出の彼女は封印か抹消だわかったな。
もう一度言う。とにかくギャルゲーやって女心を理解しろ。おまえがギャルゲーで想ったキャラとカップル成立できるようになったら、3次元で新しい恋を探せ。
...あと、自分の身の程をわきまえろ。おまえは心の病気持っている男だからな。心の病気持っている女も当然守備範囲に入れろよ。
あと、面食いもやめろ。おまえはもう大人なんだから、性格とか勉強ができるとかそういうのもちゃんと相手を好きになる理由にしろよな。
日本の既婚者・カップルにおいて、「週末(休日)しかセックスしない(または週末が主である)」という層の具体的な割合は調査によって異なりますが、「週に1回(主に週末)」が標準的な頻度の一つとして挙げられています。
夫婦の営みのタイミングは「週末の夜」が最多というアンケート結果があります。
「1週間に1回」の頻度で営みがある夫婦は全体的に見て一般的であり、共働きの増加や生活リズムから、金曜・土曜の夜などの休日前に集中しやすいと考えられます。
「1週間に1回」程度:約2割〜3割。
「2週間に1回」程度:約1〜2割。
「1ヶ月に1回」程度:約2〜3割。
週末に固定している場合、上記「1週間に1回(約20-30%)」の層に入ることが多いと考えられます。
3. 年齢層・状況による違い
20代夫婦:週末に限らず活発な場合もあるが、週に1〜2回程度が主流。
30代・40代夫婦:週に1回以上は3〜4割に低下し、週末に1回というスタイルが定着しやすい傾向。
共働き:週末の夜など、タイミングを合わせて行うことが増える。
4.セックスレスの現状
一方で、日本の夫婦の約6割が「セックスレス(1ヶ月以上ない)」であるという調査結果もあり、週末を含めて性行為がない層も増加しています。
まとめ:
恋愛ってしなくてよくない?
弱者男性とその妻になるはずの女性が人口比で半数存在するなら、通常のカップルが彼らの分も子どもを産まなきゃプラマイゼロに届かん
家庭で「平均」4人のお子さん
どこにそう書いてあるのかな?妄想かな?
あるなら引用してみてね
まともじゃないというのは、めんどいからチャッピーに聞いたの見てね
率直に言うと、「きしょい」と感じられやすい理由は年齢差そのものよりも、そこにくっついて見えがちな構造とか文脈の問題が大きいです。
よく言われるポイントを整理すると👇
1. 力関係が不均等に見える
年上の男性は、経験・お金・立場・人生知識を多く持っていることが多い。
若い女性にアプローチすると「対等な恋愛というより、優位な立場からいってない?」って疑われやすいんですよね。
「その人個人」じゃなくて
「若い女が好きなだけでしょ?」
「同世代の女性には相手にされないから若いところに行ってるんでしょ?」
みたいな見られ方をされやすい。これがかなりの“きしょさ”を生む。
3.当人の“痛さ”が透けるケースが多い
こういう振る舞いがセットで起きがちだから、「年の差=きしょい」って印象が強化される。
「断りにくそう」
「コントロールされそう」
「変に執着されたら怖い」
その警戒心が「生理的に無理」「きしょい」という言葉に変換されることも多い。
⸻
大事なのは、年の差恋愛そのものがアウトなわけじゃないってこと。
実際、
・対等
・年齢差を武器にしない
この条件が揃ってれば、普通にうまくいってるカップルもたくさんいる。
でも現実には、
このセットを見かける頻度が高すぎて、カテゴリごと嫌われてる、って感じです。
「自分がそう見られるのが怖い」とか
破局したカップルチャンネルの女の方がリウマチで50歳までには死ぬとか言ってるらしい。
高市早苗もリウマチ。おかげさまで病名や症状が広まってラッキー。
これはリウマチワイにもチャンス。
世の中へ積極的にリウマチアピールをして、早死するんです、重病なんですと言いふらし、全てのことを大目に見てもらうぞ。
今まで大した病気として扱われてこなかったけど、その鬱憤を晴らすとき。変形した足の指を見せびらかして周囲の人間を怖がらせよう!
ニュージーランドは世界で一番ワークライフバランスが取れた社会らしいが、この国ほど家庭を崩壊させる法律が多い国はないと思っている。
ワークライフバランスの取れた生活ができる人はどういう人だろうか。
この程度だろう。
先日ニュースでとうとう「共働き夫婦にとって子育ては不可能になりつつある」という話が掲載された。
多くのニュージーランド人は「20年遅い」と思ったのではないだろうか?
ニュージーランドでは子育てがしやすいと言われている。これは公教育が無料であり高校課程までは義務教育として行くことができる。
とはいえ高校課程はやらずに学校を終わらせても構わないし貧困層にはそこまで子供を学校に活かせる余裕はない。
次に幼稚園は週に20時間まで無料、多少お金を払うことで40時間まで利用することができる。
また、社会的に子供を守ろうという風潮が強く、子供には不気味なほど優しい社会になっている。
しかし一方で多くの子育て家庭が「子育てがあまりにも大変である」と悲鳴を上げていることはご存知だろうか?
まずニュージーランドでは子供の人権が異常なほどに尊重されており、恐らく子供にぶん殴られても逮捕されるのは親だというくらいに子供の権利が強い。
そしてこれが学校でも遺憾なく発揮されており年々授業のレベルが下がっている。特に最近はタブレット端末を利用した授業が多くなっているために更に知能レベルが低下する結果となっている。
そうなると子供により多く投資できる親の子供は課外授業をふんだんに受けることができるので学力の差はこれまで以上に開くことになる。
子供を塾に活かせることもできないし、一日中はたらいて子供の勉強を見る余裕もない家庭の子供は悲惨の一途をたどることになる。
しかし本当に重大な問題はこれではない。これは単に知能の低い一生奴隷労働をして社会の治安を下げる人々を増やすだけなのだが、もう一つ過程を崩壊させかねないルールがある。
それは14歳以下の子供を家で一人にしてはならない、もしバレたら数千ドルの罰金を支払う、というルールだ。
日本では小さな子供をお留守番させるということはそれほど珍しくはないが、ニュージーランドではかつて小さい子供を一人で留守番させたことで悲惨な事故が起きた、それによって「子供を留守番させてはならない」という法律ができた。
この法律の奇妙な点は、スーパーの駐車場に窓を全開にしてエンジンもかけたままの車の中に子供をおいていっても問題がないという点だ。こちらのほうがよほど危険だと思うが、まだそういった車ごと誘拐されて悲惨な結果になった事件が起きていないのかもしれない、またはそこまで縛れば支持率低下も免れないから法律を作っていないだけかもしれない。
子供が幼稚園の間は毎日週20時間、最大で40時間子供を預けることができるのでまだいいのだが、一度子供が小学校に入るとこのルールが両親の方に重くのしかかることになる。
それは子供が長期休暇の際に預けられる場所がない、または非常に高価であるという点だ。
例えばホリデープログラムというイベントに子供を参加させることができるが、せいぜい週に10時間程度しかない。
タダでさえ収入の低い貧困層はホリデープログラムに子供を送り込む余裕などない、しかし罰金など払う体力ももちろんないので以下のようになる。
つまり職場に子供を連れていけないような仕事の場合は自動的に更に貧困に陥る羽目になる。そのため子どもたちがいない時期を事前に見越してお金の管理をする必要も出てくるが、必要な金を確保できるかは誰にもわからない。
こうやって子供を守るための法律を作ることで様々な家庭を財務的にナチュラルに追い込んでいるのがニュージーランドという国でもある。
かつてジャシンダ・アーダーンは子供の貧困担当大臣という職をしていたことがあったが彼女が一体何をしていたのかは未だに謎のままだ。恐らくとりあえずなにかの大臣をやらせなくてはという中で何もできなくても誰も文句を言わなそうなポストについた可能性もある。
もしもニュージーランドで子育てを考えているのならこういった制度についても予め調査していくことをおすすめする。
というのもどうも多くの日本人は「ニュージーランドほど子育てがしやすい国はない」と思っているフシがあるからだ。
確かに個性は尊重されて幼稚園は動物園のようであり、子供の自主性も重んじられるために公教育では低知能児を量産し続けている。高校に入ろうが大学に入ろうが社会を舐め腐った若者に成長して最終的に仕事がなくて悲惨な人生を送ることになる若者も珍しくないが、これは結局制度をしっかりと理解しておらず、その制度のもとで子供をしっかり育てるには一体どのくらいのお金が必要になるのかを予め予測しておかないからだ。
子供を単にニュージーランドでのに放てば日本よりも遥かに立派な若者になってくれるかと言うならばそれは恐ろしい勘違いである。
もっと言うならば「ニュージーランドでの子育ては親にとってプレッシャーが日本のそれよりも遥かに少なく、ほとんど0である」ということが正解だ。その少ないプレッシャーの中でいかに子供を育てるかの戦略を建てることができないなら日本よりもプレッシャーの少ない社会で日本で育てるよりも遥かにものを知らない子供が出来上がるだけだということは予め知っておいてほしいところである。
そしてこれは子供の権利を尊重しすぎるがあまりに起きていることでもあるのだから、そこまで解像度を挙げられないなら日本の中堅都市に移住したほうが遥かにマシだろう。
まさかトモコレ、つまりトモダチコレクションが令和の時代に新発売されるとは思っていなかった
何故ならトモコレは、プレイヤーが人物の分身を作り出して箱庭の中で勝手に人間関係を作るゲームであり、過去作では「嫌いな人の分身を作って粗末な扱いをする」「好きな人を作って自分と恋愛・結婚させる」といった遊び方も可能なバーチャル蠱毒だったからだ
しかも過去作には初代から出産イベントがあり、架空のカップルから架空の新人物まで誕生する始末。こんなカオスなゲーム、黒歴史としてこっそり平成に捨て置かれるもんだと思ってた。
なのに任天堂はトモコレを出した。このクッソめんどくさいポリコレはびこるこの世の中に!これは重大なことですよ。
新しい宣伝動画を見ると、日本版と海外版で多少のポリコレ対応は見られたものの、ゲームの大筋は何ら変わらないバーチャル蠱毒であることは間違いなさそうだ。
一応、ゲーム画面をゲーム機から直でSNSにアップロードする機能なんかは制限されるらしいけど、それくらい。
今から発売するのにSwitch2だけじゃなくSwitchにも対応してるのもすごいよね。
てなわけでトモコレ、増田はすっごく楽しみにしているのである。
前回(anond:20260131000215)の記事を書いた後ChatGPTに同じ設定で小説を書いてもらった
学生時代にエスニシティとか国際結婚について研究してたので思考実験の対象として興味深く感じてしまうのかもしれない
誰か日ユ同祖論が正しいかもしれない世界観での恋愛小説を書いてくれ
元記事ではユダヤ人男性と日本人女性の組み合わせだけど性別逆でも同性愛とかトランスジェンダーのいるカップルとかでもいいよ
https://chatgpt.com/s/t_697ce0e4b3988191be4f80057d6044a5
「初デートはちゃんとエスコートしてリーダーシップを取ってほしい」って女性は
「家庭を持ったら仕事に集中して金を稼いでほしい」って言うだろう。性役割分担がはっきりしてる人だね
そういう人は昔からいたが、最近はだんだん柔軟になったんで、そういう役割にこだわらないよって姿勢を出すカップルが増えてきた
なので、初デートを女性のエスコートに従う男性が出てきても不思議じゃない
保守や差別主義者を追い出して、リベラルな価値観の持ち主だけが安心して暮らせる街にしたい。
小難しいチェックリストはない。
たった3つに同意できれば、仲間として受け入れたい。
③アッラーの教えを大切にしたい
京都駅ビルをデザインしたのは原広司という人だ。梅田の空中エスカレーターがある、スカイビルもそう。つまりああいうのが好きな人なんだね。
ああいうのを見て「モダンだなー」という人はよくいるが、建築でいうモダンは実用性ということがコンセプト上マスト(たとえ実際には使いにくかったとしても、設計思想として)なので、原広司はモダンではない。ポストモダンだ。
人工の谷みたいな、東西に伸びる大階段のてっぺん同士を、空中回廊が繋いでいる。そんな構造物は、駅というものと何も関係がない。まあ駅というのはただの電車の乗降口でなく人が滞留する広場だと捉えるなら、あの「谷」は屋根付き立体駅前広場ということになる。
しかしそれだけのために京都駅は実用性ということを気持ちいいほど潔く犠牲にしている。
メイン出入り口は小さいし、トイレは極端に少なくわけのわからないすき間に押し込められている。裏には謎の意味なし巨大空間(単に余っただけ)があり、カップルが騎乗位みたいな体勢でいちゃついている。
アーティストの署名のような意味なし空間を作るために巨額の予算をかけ京都の街を屏風のように分断する京都駅。でも出来てしまえばこれはこれでありということになる。グリーンランド領有なんかも勢いでやっちまえば5年もしたら違和感なくなってるだろううな
この批判に対する反論として「富裕層は子育てにかかる費用も高いんだから高額の減税で当然」とか言ってる奴は、間違いをさらに重ねている。
富裕層の方が子育てにかかる費用が高いのなら、同じ予算で貧困層だけに支援した方が効果は高いだろう。
年収2000万円のカップルに200万円渡しても子供1人養えないが、年収500万円のカップルに200万円渡せば1人増やしても余りあるのだとうなら、同じ予算で低所得者に給付すべきなのだ。
だいたい、「減税」だから煙に巻かれているのかわからんが、みらい式減税と同様の効果を給付で行うとしたら、「子育て支援金として、富裕層には63万円、低所得層には14万円給付します」となるわけだ。
んなもんおかしいに決まってんだろばーーーーか