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はてなキーワード:カギっ子とは

2025-04-12

隣に子ども連れの家族引っ越してきた

隣に家族連れが引っ越してきた。

正直めんどくせぇ…って思った。

しか引っ越し挨拶にも来て、親子そろってピンポン鳴らして菓子折りまで持ってきた。

俺は寝間着で髪もボサボサの状態だったから、出るのすら億劫だったけど一応出て、そしたら律儀に「隣に引っ越してきました」とか笑顔で言われてこっちも「はあ、どうも」みたいな気の抜けた返事を返すしかなかった。

わざわざ挨拶に来てくれるのはありがたいし、ちゃんとしてるなとは思ったよ。

でも隣っていっても別に関わる必要ってなくない? 

俺はもともと人付き合いが得意な方じゃなくて会社勤めもいろいろあって辞めて、今はフリーランス。家にこもって仕事してる。

基本、人間関係ミニマムでいい。というか、できればゼロでいい。

から最初は警戒してた。してたんだけど、意外と静かなんだよ、隣。

というか全然静かで、想像とは違ってホッとした。

後で知ったんだけど、どうやら両親が共働き夜遅くまでいないらしい。

帰ってくるのは20時過ぎとか、そんな感じ。

となると子どもたちは日中どうしてるんだ?学童か?カギっ子か?まあ、あんまり深く詮索することでもない。

うちは猫を飼ってる。

だいぶ気まぐれで、でも人懐っこい。よく窓辺で外を眺めては「にゃあ」と鳴く。たぶん、それを聞いたんだと思う。

ある晩、20時過ぎくらいだったかな。インターフォンが鳴った。

こんな時間に誰だ?と思って画面をのぞくと、子どもが二人。ああ、隣の家の子だ。姉と弟。たしか引っ越し挨拶ときに一緒にいたな。

「どうかした?」とインターフォン越しに聞くと、お姉ちゃんの方が少し恥ずかしそうに言った。

ネコの声が聞こえたから……」

なるほど。つまり、見たいってことか。

普段の俺なら絶対断ってる。子ども相手だろうと、ドアすら開けない。

でもその日は、なんというか…なんとなく。そうとしか言いようがないんだけど、玄関を開けてしまっていた。

二人は「こんばんは」とちゃん挨拶して、うちの猫を見つけた瞬間にパッと顔が明るくなった。

猫もまんざらでもない顔で、二人の手にスリスリしていた。

仕方ないから俺は台所ココア二つ作って出した。

二人はそれを嬉しそうに飲みながら、猫と遊び、たわいもない話をした。

弟は小学校低学年くらいで、お姉ちゃんはたぶん四、五年生くらいかな。

二人とも素直で、けっこうしっかりしてる。

親の帰りが遅いこと、家では静かにしてなきゃいけないこと、うちみたいな猫をいつか飼いたいってことを、ぽつぽつと話してくれた。

しばらくして隣のドアが開く音がした。親が帰ってきたんだろう。

「あ、帰ってきた」と言って、二人は立ち上がった。

靴を履きながらお姉ちゃんが振り返って言った。

「また来てもいい?」

俺はなぜか、うなずいてしまった。

翌日の夕方、早速また来た。

小学生の行動力ってすごい。

遠慮とかタイミングとか関係ない。思い立ったら即行動。ピンポンが鳴って、モニター越しに笑顔が映る。

断る理由が思いつかず、俺はまたドアを開けてしまった。

それからほぼ毎日だ。

俺が仕事してようが関係なし。

二人はうちの猫遊んだり、俺のPS5で遊んだりしている。

最初のうちは正直言ってちょっとうるさいな……と思ったよ。

仕事に集中できないし、そもそも人が家にいるってだけで神経がすり減るタイプからさ。

でも…それでも…なんだろう。

あの笑い声とか、うちの猫が嬉しそうに子どもに寄っていく様子とか、ココアのおかわりを遠慮がちに頼まれる感じとか、全部がちょっとずつ日常に溶けていった。

気がつくと、来るのが当たり前になってた。

今日は来ないのか?なんて思ってる自分がいることに驚いた。

人付き合いは苦手だったはずだ。

子どもなんて、正直どう接していいかもわからない。

それなのに今は毎日のように二人と過ごしていて、笑って、猫と遊んでる。

騒がしい毎日というのも、案外悪くない。

Permalink |記事への反応(26) | 14:52

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2013-08-02

http://anond.hatelabo.jp/20130802174113

大人になって子供時代を振り返ってからでもそう思えるのなら本物だと思う。

大人になってからもそう思ってるのが少なくとも2人ここにいるな。まぁソースがあってやってる話じゃないんで断定的なことは何も言えんのだけど。


あと、カギっ子がありふれた存在であることと、それが肯定的に捉えられる話かどうかというのはまた別の話ではないかと。

そうじゃなくて、鍵っ子がありふれた存在になると、「鍵っ子について語ること」と「子どもについて語ること」の間の差がどんどんなくなっていくから

鍵っ子が不幸かどうか」って鍵っ子限定で語ることそのものに今後は大した意味がなくなっていくんじゃないかって意味で書いた。

Permalink |記事への反応(0) | 17:49

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http://anond.hatelabo.jp/20130802171759

とすると、「一般的共働き家庭のカギっ子はそんなに孤独でもないし可哀想でもないんだぜ」って結論でいいのか?

当人たちはそんなに可哀想な環境だと思ってない場合が多いんじゃないか、とは思う。

第三者が「こうじゃないと可哀想、ああじゃないと可哀想」って勝手に基準を設けて「可哀想である」と判定することはいくらでも可能だろうけどね。


ま、そもそも共働き世帯がこんだけ増えた今となっては大して特別な存在でもないだろうし。もはやありふれた存在なんじゃない。鍵っ子

Permalink |記事への反応(1) | 17:31

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