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2025-07-22

創価学会信者でない」公明支持者獲得の無理筋

え!!創価学会信者じゃない公明党支持者を!?

捲土重来を目指す公明党衆院議員の伊佐をはじめとして、創価学会活動家SNSで見当違いなことを言い出してもりあがっている。衰退する創価学会ではもはや公明党を支えきれないので、プロモーションに力をいれて創価学会信者でない支持者を増やし、公明党自律的政治活動を続けていくべきだ、という。

彼らは、「創価学会信者でない支持者」について、どういうイメージを持っているのだろうか?創価学会信者のように、信濃町の決定に唯々諾々としたがい、兵士のように働いてくれる活動党員なのか、それとも、芸能人ファンのようにSNS口コミでキャーキャーほめそやして宣伝してくれるようなミーハー応援団なのか。あるいは、基本的に党運営に無関心だが、選挙となれば公明党に入れてくれるライト有権者なのか。

いずれにしても、そんな創価公明にとって都合のいい支持者など現れない。ふつうは、支持団体、支持者というもの支援と引き換えに政党意思決定に介入する権利を持つし、そうでないなら離れていく。支持者によって党が存立しているのだから当然のことだ。カネと票は出すが、口は出さないなどという奴隷のような有権者普通いない。

https://twitter.com/Morii_Ri_Kaeru/status/1946558887693582775

↑ 「大衆受け」を狙った衣装YouTubeに登場し、創価学会外部の支持獲得にいそしむ公明党 伊佐中央幹事と、岡本政調会長

一般支持者は意見を言うよ

そうなると、様々な問題が発生する。実務的問題として例えば、事実上創価学会会合となっている党員集会に、学会員でない党員ゲストでなく主体者として迎えることができるのか。学会員支持者が党運営の主導権を失った場合に、それでも公明党支援し続けるモチベーション創価学会信者が維持できるか。非常に難しいと思う。身内でのシャンシャン会合に慣れきってしまった創価学会信者に、両者を結合して組織運営するようなリーダーシップファシリテーション能力は期待できない。

さら根本的には、創価学会外の支持者の流入は、公明党の基本価値観の変革を迫るだろう。

創価学会活動経験者諸賢は、わが身をよく振り返ってみてほしいのだが、公明党の正体は大衆政党でもなんでもなく、政界における創価学会防衛団体である。だから公明党政策創価学会利益毀損しないように選択される。かつては、平和人権の党として革新的な攻めの姿勢創価学会宣伝拡大に役立ったのであり、いまではイラク戦争安保法に賛成してでも自民党の機嫌を損ねないことが創価学会利益保全もっともかなう公明党プリンシプルは、ぶれているのではない。創価学会利益の最大化という点で一貫しているのである

創価学会員でない支持者を増やすには、「創価学会守護者」をやめ、政党としての基本理念価値観を定める必要がある。「大衆政党」などという意味不明ぬらりひょんのようなスローガンは、特に階層意識希薄になった現在では「すべての人にとっていいことをします」と同じで「何も決めていない」に等しく、だれもついてこない。そして定めた基本理念に人や団体がついてきたならば、その人、団体たちの期待を裏切らないようにある程度一貫した政治行動をし続けなくてはならない。たとえ創価学会利益に反しても、である

変化の現実的不可能

創価学会信者主観では、公明党創価学会団体利益を守るものではなく、日本世界人権平和社会建設するための政党だと信じているし、そのために自分リソースを投じているつもりだろう。しかし彼らの実際の行動ロジックは、「絶対善団体である創価学会の存続、発展(=利益)を守ることこそ、社会善の増進に貢献する」ということでしかない。

そして、八紘一宇を夢見た軍国少年のように、広宣流布をする創価学会の存続こそ信者たちの最大の利益である。つまり客観的には創価学会利益けが信者による公明党支援モチベーションであって、だからこそ信者たちは公明党がどれだけ公約をたがえても、どれだけスキャンダルを起こしても支援し続ける。

そんな、創価学会利益最大化パーティーである公明党他者が参画するメリットは何か。逆に、創価学会の衰退を前提として他者支援される公明党を目指した場合、変質を余儀なくされる公明党支援し続ける創価学会(員)にとってのメリットは何か。どちらも見出すことは難しい。

今日に至るまで、公明党創価学会から独立できなかったのは、公明党にやる気がなかったからではない。創価学会が許さなかったかであるし、またそのことにによって創価学会以外の他者に、公明党を支持するメリットがなかったからだ。

伊佐の詭弁誤謬

伊佐は、そりゃあ政治家としての生き残りがかかっているのだから創価学会信者だろうと犬猫野菜だろうと、票とカネをくれるものがいればなんでもよい。彼の月刊Hanadaや排外主義へのすり寄りを見れば明らかだ。創価学会が国政から撤退を決めてそのまま消されるくらいなら、公明党として独立したいところだろう。

しかし、党の自律により創価学会員でない支持者を組織することを、信仰の一環として選挙運動をする創価学会活動家が期待するのは、もう政治運動につかれてしまってやめたい、という消極性によるものでない限り意味不明である

彼らは、おそらく外部から集まってきた支持者たちが、創価学会公明党池田大作のすばらしさに心打たれ、オートノミーに称賛し続けてくれることを期待している。そんな人間は「支持者」ではなく、すなわち「信者」以外にいないということを本気で理解できない。そして、伊佐はそのことを黙っている。

ともあれ、創価学会信者でない支持者を増やしていくと、どこかの段階で創価学会信者のいまのような熱烈な支援活動消滅するだろう。減少する創価学会信者から、増加する一般支持者へのグラデーションを全国500万票規模の固定票を維持しながらうまくコントロールすることができるか。私は現場組織運営的にも、ほぼ不可能だと思う。ソフトランディングはあり得ない。

繰り返すが、伊佐からすればある日急に創価学会が国政から手を引いて支持者が事実上ゼロになる前に、党の自律運営を既成事実化したいのは当然のことだろう。しか現実には、創価学会からコントロールを維持し続ければ一般支持者は増えず、一般支持者を増やせば創価学会から支援は減少するだろう。つまりつんでいる。

チョケる公明党

このような苦しさを、伊佐や公明党広報部隊が全く理解していないとは考えづらく、だからこそ、スパンコールジャケット蝶ネクタイを着てふざけた表情でダブルピースをしながら伊佐が排外主義を叫ぶ、苦し紛れの〝SNS広報戦略〟が出現したのだろう。要は、創価学会公明党に大して興味がなく、口を出す気もないが、ノリで投票してくれる支持者の創出を狙っているのだと思われる。

また、メディア戦略で支持を広げることに成功した政党は、維新の会の橋下や、再生の道の石丸NHK党の立花国民民主党の玉木、参政党の神谷など、魅力的で強力なリーダーシップ大衆アピールすることで有権者の心をつかんできた。しかし、創価学会にとって公明党大衆リーダーが現れることは悪夢である国民の支持を背景に、創価学会コントロールが効かなくなる危険性が高いからだ。

そもそも公明党議員創価学会の推薦がなければ議員候補にすらなれないし、「まじめ」で「無難」な官僚人材を選び、創価学会に対して従順になるよう育成されてきたので、急にそんなキャラクターを立てられない。また、「キャラ立て」を通じて創価学会に謀反を疑われてもおもしろくない。それで、落選議員であり脅威が少ない伊佐が、SNSピエロを演じることになったのだろうと思う。

しかし、伊佐はビジュアルが優れているわけでもないし、幼稚園のお遊戯じゃないのだから、そんなやりかたで政治家としての信頼感を持つ有権者などいない。創価学会信者公明党議員関係業者によるファンダム演出工作も、アイドル不在の不気味なファンクラブのようなもので、信者エコーチェンバーを強化するに留まり創価学会外部の票を引っ張る力などみじんもなかったのは厳粛なる投票結果が示すとおりだ。

さよなら公明党

創価学会票があてにならなくなったということは、かえって公明党の負い目が減少したということでもあるので、伊佐も創価学会から独立を主張するようになったのだろう。ピエロをやらされるのが嫌になったのかもしれない。

あるいはひょっとしたら、もう手を引きたいのでソフトランディングの計画をたてろと創価学会から指示を受けているのかもしれない。

なんにしても、創価学会衰退後に公明党を維持することは、ここまで述べてきたように極めて困難である。また、Hanadaや日本会議などの限界右翼や、イケダハヤトホリエモン箕輪ひろゆき東浩紀などのソーシャルハック系インフルエンサーに接近する公明党創価学会言論活動を見る限り、広範で継続的国民の信頼を得られる政党になることはまずない。

それでも生活と老後のために、信者たちのご機嫌を損ねないように気をつけつつ、ワンチャン一般支持者獲得のために詭弁ピエロを演じ続けなくてはならない伊佐には同情することしきりである

Permalink |記事への反応(1) | 15:45

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2025-02-09

アメリカフェミニストの間で男児堕胎することを目的妊娠するのがブームになっている

アメリカフェミニストの間で、男児堕胎することを目的妊娠するというムーブメントが広がっているらしい。少なくとも、そういう話を耳にする機会が増えた。

俺は在米歴十年になる日本人で、仕事関係西海岸に住んでいる。こっちのフェミニスト界隈の動向にはそれなりに明るいつもりだが、最初にその話を聞いたときはさすがに冗談だと思った。しかし、調べてみると、どうも単なるネット上のネタでは済まされないようだった。

発端は昨年の春頃、フェミニズム系のフォーラムSNSで「リプロダクティブ・ジャスティス生殖正義)」を強調する投稿が増え始めたことだった。女性自由子供を産み、育てる権利を持つのは当然として、「産まない権利」も同等に尊重されるべきだ、という議論過熱し、その一環として「男児妊娠を避ける」という主張が出てきた。もともとフェミニズムの潮流の一部には、父権制に苦しめられてきた歴史を踏まえ、女性中心の社会を目指すべきだという考え方があったが、それが極端に先鋭化した結果、「男児を産まないことが女性解放に繋がる」という論調が生まれたらしい。

初めは「男児妊娠したら中絶するのは個人自由だ」という話だったが、やがて「積極的妊娠し、男児だった場合堕胎することで、社会に対してメッセージを発信する」という考え方が一部の活動家の間で支持され始めた。特にカリフォルニアニューヨークの急進的なフェミニストグループの中で、このムーブメントは静かに広がりを見せた。

彼女たちは「ボディ・オートノミー身体自己決定権)」を根拠に、「女性には子供を産む・産まないを選ぶ権利があるのだから男児を産まない選択も正当だ」と主張する。その論理帰結として、一部の過激活動家が「フェミニストとしての意思表示」として妊娠をし、男児だった場合にの堕胎することを行動に移し始めたらしい。

とあるオンラインフォーラムでは、実際にそれを実行した女性たちの体験談投稿されている。「私は今までに二回妊娠し、どちらも男児だったので堕胎した」「社会を変えるためにできることをやっている」「これは復讐ではなく、正義のため」そんな言葉が並ぶ。

もちろん、これに対する反発も大きい。中絶反対派の保守系メディアはこれを「狂気の沙汰」として取り上げ、SNS上でも激しい議論が巻き起こっている。しかし、驚くべきことに、一部のリベラルメディアは「個人選択自由」として擁護する立場を示している。

医学的には、妊娠初期の段階で胎児性別を確定することは難しい。だが、12週以降になれば超音波検査遺伝子検査判別可能になる。彼女たちはその時点で性別確認し、男児だった場合のみ中絶決断するらしい。このため、実際に何人の女性がこの行動を取っているのかは正確には分からない。しかし、「実践した」と公言する者が複数存在する以上、完全なデマとも言い切れないのが現状だ。

このムーブメントが今後どのように展開するのかは分からない。もしかすると、一過性のものとして消えていくのかもしれないし、あるいは、さらに先鋭化した形で続いていくのかもしれない。だが、確かなのは現代フェミニズムがこれほどまでに過激な形で進化しつつあるという事実だ。

自身は、どんな思想であれ個人自由尊重するべきだと考えている。だが、「男児堕胎することで社会を変える」という発想が、果たして本当に女性のためになるのか。それを考えたとき、どうしても違和感を拭いきれない。

いずれにせよ、アメリカという国は、時に想像斜め上を行く社会運動が生まれ場所だ。この話もまた、そんな奇妙な時代の一断面なのかもしれない。

Permalink |記事への反応(32) | 13:26

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2020-09-04

anond:20200904222606

主流の現代人は……オートノミーLINEで繋がれた……ワイヤードコネテッド相対的ペルソナを持ち……常時オンラインになっている……

だが……それは危険……不安定だ……リテラシー云々で御せる域は……とっくに超えている……

LINEによる束縛から……アンリーシュされ……リバティーエアーで包まれた……スタンドアロンオートノミーを……希求し立ち上がる……

そんな存在に……近い場所にいるのは……君たちだ……

自覚がないとしても……ここにいるということは……誇っていい……

他でもないこの俺が……保証する……

Permalink |記事への反応(0) | 22:39

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2017-10-21

anond:20171017225939

アディーレ法律事務所処分の件ですが,

弁護士事務所が外部官庁から処分されてしまうという事態は前代未聞なのだそうで,

これを厳しく処断しなければ「プロフェッショナルオートノミー」を危うくすると判断

されたのだと想像しています

そうすると,2010年事務所代表弁護士ともに戒告処分の「前歴」があるため,

今回は再度の戒告で済ませる訳にはいかなかったのでしょう。

ですので,アディーレに対する「私情」や「嫉妬」等のプリミティヴな感情が全く無いとは

言えないでしょうが,それよりももう少し次元の高い判断であったと考えています

そうであっても,元増田が指摘されているとおり,

数万人の依頼者,国民を置き去りにしていることは否めないわけで,

処分により法律家達が守ろうとしているものは,果たしてそれほど大切なものなのか

とは問いたいです。

明治大学ブルー卿」事件が端的に示すとおり,我が国法律業界というのは

プロフェッショナルオートノミーの最低最悪の失敗例にしか見えないのですけどね。

Permalink |記事への反応(0) | 17:10

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2015-12-19

うそろそろ社会人としてのスキル研鑽はどうでもいい気がしてきた

結構いい中年だけど、若い頃は結構、身を粉にして働いたり、仕事関連の投資を大きくしてだいぶスキル研鑽してきたつもり。(仕事上の交際を増やして人脈作りだの、業務包括的カバーする勉強だのなんだの)

実は本音を言うと、趣味努力(要するに努力や苦労することがそもそも好きなんだ)という自分性質最近気がつきだした。

もちろん知識が増えたり、経験が増える事も大好きだし、言い訳としていい生活をするためだの、自己実現だのいろいろいってやってきたのだが。

結果として、仕事上でもいいポジションになり、同期、先輩、後輩などは目の見えない所まで自分は進んでいる。

それに誇りを持っている部分もあるのだが。

これ以上こんな生活を続けるのだろうか?と最近悩んでいる。

どうせあと少し働けば、定年。

自分一生懸命働いても儲かるのは他人であって、自分ではない。

仕事上の立場のせいで業界では一目置かれているし、仕事上のオートノミーも多いのも有り難い。

給与も申し分ないのだが。

Permalink |記事への反応(1) | 16:03

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