
はてなキーワード:オフレコとは
文春の記事見ると、別に完オフじゃないやつで通常オフレコだったわけで、これ匿名なら記事にしてよいってやつだったわけじゃん
なのにオフレコ破りだー!って騒いだやつらがいて、それで需要ありそうだからって文春が本名ぶっこぬいて本当のオフレコ破りになったんだよな
でも次に悪いのは、オフレコ破りでもないのにオフレコ破りだって言いがかりつけて騒いでたやつらじゃん
そこにも一部政治家とかもいたけど、それ含めてそいつら責任とらんの?
どうせこれいったら報道したほうが悪いとかいいだしそうだけど、既存のルールに従って報道したやつが何が悪いん?
少なくともそいつらがここまで騒がなかったら、匿名暴露が需要なしでオフレコ破りにならんかったぞ
オフレコの肩書ルール的に実務担当者確定でその2-3人いる一人って確定してんだから、ちょっと捜査すればクソ簡単にわかるけど、騒がなかったらわざわざ実名はでないからな
「内緒だけど、ワシはサンタじゃ。イブの夜にプレゼントを配っとる」
と言ったのが約200年前。
オフレコ破りをしたのは、アメリカのニューヨーク州トロイの新聞「トロイ・センティネル」だ。
あの新聞がワシのことを広めたんじゃよ。
神学者クレメント・クラーク・ムーアの友人の手によって、作者名を明らかにしない形で掲載されたんじゃが、
仕方ないので、サンタクロースを募集して、サンタクロース協会を作り、人海戦術で配る羽目になってしまった
こうやって増田を書かながら、GPSで各サンタの行動を見守っとる
米津玄師楽しみだのぅ
ここでも何人かというかオフレコの定義みたいな話した一人だけど、ガチのオフレコ破りが文春がしたね
この場合のオフレコ破りは通常オフレコの実名報道だったわけで、さすがにこれはあかんから文春は反省してほしい、一線というものがあるからな
それはそうと完全オフレコはなく普通のオフレコだったことが確定したので、別に今回のオフレコ破りいわれる報道は通常報道だったことも確定した
ちなみに説明でもしたけど、ルール上呼称である程度誰だかわかるから、マスコミが人物リークせんでも数人当たれば正解にたどれるから、これでスクープとかボーナスゲームもいいとこだね
まあそんなわけだけど、ここらへん詳しくない人が世間にいっぱいいたけど、みんなはじめは知らんからここから覚えてもらえると嬉しいな
ただ政治家でこのルールすら知らんで大衆迎合でこれは問題だっていってたやつらは反省してほしいし、本当に声をあげるならこの文春の報道についてだからね
前の通告ルールの時も、既に二日前ルールがなくなってる、それはいいとして二日前に日程が正式決定である、代表者質問が二日前の夕方まで終わってないので、この条件が合わさったときは前日正午までが慣例である
ということすら知らんで問題だって言ってた政治家が、今回も同じく問題だって言ってたけど
今回の「オフレコ破り」で色々な論が出ている。が、論点がいまいち整理されていないがために嚙み合わない議論が続いていると思う。
別に時間をつぶすためにXにかじりついている人間からすれば些細なことではあるが、そんなのを見せつけられるとストレスが溜まってしょうがない。ここで私なりの論点を整理したいと思う。
もちろん過不足はあると思う。適宜指摘してほしい。筆者は専門家ではないし、メディア論のプロでもない。その点に留意してほしい。
なお、繰り返しになるが生産性のない議論に辟易しているのでこれをまとめている。これに対してブコメを付ける人々は胸を張って生産的であるというコメントを付けてほしいし、トラバを行う人々も生産的であって欲しいと思っている。もちろんこれを判断するのは筆者ではない。自分自身で十分と思えるものを付けてほしい。
この発言をしたとされているのは、官邸幹部で総理に安保関連で色々な意見を示すことが可能という人間である。この人間が「あくまで個人的な意見ではあるが、日本は核を保有するべきだと思う。とはいえ現実的には難しいと思う」といった発言をしたのである。
この発言が個人的意見として許容されるか否か。また立場が加わることで発言の重みが変化するのか。
当該の人間は恐らく現総理の就任時に官邸入りした人物であると推測されている。要は総理が気に入ったやつを連れて来たということである。これ自体は歴代の内閣でも(程度に差こそあれ)行われてきたことである。
そもそもこの慣行は良いことであるか、また総理の人選センスは良かったのか。
あくまで個人的な意見と断った上での発言である。これらが政権内で共通の意見であるかどうかの確認は一切取られていない。このような発言をオフレコ破りをしてまで報じるべきだったのか。
日本テレビなどは「なぜオフレコ破りを行ったのか」の説明を行っている。が、高市政権幹部“核兵器保有すべき”非公式取材で考え示す (2025年12月19日掲載)|日テレNEWS NNNで「発言は、オフレコを前提とした非公式取材ででたものです。日本テレビでは発言の重要性から伝えるべきと判断しました。」などとあいまいな説明に終始している。
重要性がなぜあったのかと判断したのか、誰が判断したのか、重要なのに伝えられていない発言があるのではないか。そういった疑念を生む中で現状の説明が十分なのか
共同通信は初報で「首相官邸筋「核持つべきだ」 安保担当、非公式取材で」といったタイトルで伝えた(https://www.47news.jp/13614806.html])。しかしながら、上記の通り発言者は個人的な意見であると断ったうえで非現実性についても触れている。
タイトルだけ読んでいる方が悪いとも言えるが、そうした意見があるのもまた事実である。このような「切り取り」は良いのか。
ただし共同通信は名前にある通りストレートニュースを基本として配信を行う「通信社」である。タイトルが短くなる傾向があることに留意。
前総理は、総裁に選出されてから首班指名を受けるまでのわずかな間に、核共有及び核持ち込みに関する主張を行っている。英語であるがShigeru Ishiba on Japan’s New Security Era: The Future of Japan’s Foreign Policy | Hudson Instituteでまだ読める。これに関する論考としては笹川平和財団のレポートが良いであろう。「核共有及び核持ち込み」の議論で押さえておくべきポイント: 石破新首相の主張を題材に | 米国政策コミュニティ論考紹介 | 日米関係インサイトで読める。
この際、安全保障に対して強い関心がある人々では話題となったがマスコミは大きな問題として扱わなかった。オフレコではなく堂々とオープンにされている意見であるため性質は異なるが、マスコミの報道姿勢の違いが妥当かという問題である。
元の主張が「アジア版NATO」に関する主張の一部であるため、マスコミが気付かなかったことも考えられるが、そのような視点においてはマスコミの質に関する問題とも捉えられることを付記しておく。
はっきり言って日本において「オフレコ」はかなり曖昧に運用されている。Xの投稿の中ではアメリカの基準を持ち出して叩いている人々がいるが、これは見当違いである。とはいってもこの運用が適当であるかは別途議論されるべき論点だろう。
今回のような発言は、マスコミと官僚・政治家がある種の「癒着」を行っている中で飛び出したものである。そもそもこのような関係性が健全であるのか。
普通に「消息筋によると~」や「農水省幹部によると~」といった書き出しの記事は日常的に見るものである。我々は情報を受け取る際にこれらがどういったソースからきているのかを十分に気にしていなかったのではないのか。
散々マスゴミマスゴミと罵っておきながら、能動的なことは何もしてこなかったことはどうなのか。
今回のような発言を取ることは、はっきり言えば一般人にとって極めて困難である。マスコミを叩くだけなら簡単だが、何も生んでいない。市民ジャーナリズム(JANJANなど)も収益的に厳しく撤退していった。そういった中で我々は何を出来るのか。
名前を出さないせいで誰が言ったかの裏も取れないし、非公開な発言だから正確な元となる発言もわからない。最悪マスコミ側で曲解されてもわからない。
オフレコの発言を晒すのはいいと思う。ただ誰が言ったか名前を出せよ。政府と、そして国民とも情報で殴り合う覚悟ないならジャーナリストやめろ。
もう定着してることなんでソースと言われても困るとこだけど一応探したらこんなのあったりする
https://www.yomiuri.co.jp/choken/kijironko/ckpolitics/20230210-OYT8T50099/
基本的にオフレコ報道って説明だとこれや、前にいったようなものになるし実際すごくありふれた報道だったりする
もっとわかりやすくどういうのがオフレコ報道だっていうかはこっちのがわかりやすい?
https://web.archive.org/web/20110122135959/http://allatanys.jp/B001/UGC020005220081116COK00171.html
要はどこまで報道してよいかってのは上の読売のやつでもあるけど、基本的にある程度相互容認(明示されるとき、逆に関係性による不完全なものなどそれは様々)によってできてる
完オフ(内容も漏らすな)ってのは、そもそも外にでないから完オフであって、当然完オフの名前自体がまずでないってのもあるから目に付かないし、それを基本とはせんのよ
だから上でもわざわざ完オフと書かれているわけで、逆に言えば報道されるオフレコは大体名前さえ言わなきゃ書いていい程度のがほとんどだったりする
ただまあオフをやぶった時にオフレコ騒動が~って騒がれるから、そういう意味ではオフレコって文字を目にする場合は一般的でないオフレコ関連が主題になったりするのはそうだね
他の人一人がいってくれたように数年前に完オフのオフレコ破り(実名報道)があったりしたときに、話題になったわけで、だから上で紹介した記事が出たりしたわけでもあるしね
核云々のやつでまあ内容は話したい人が話すとして、オフレコって制度が知らん人が多いのねって思った
基本的にオフレコは発言者の名前をぼかすことを条件にしてるものをいう
発言自体を書いてはいけない場合は完全オフレコというが、基本的にオフレコと言ったら前者を指す場合が多い
そんでオフレコ解除というのがあるんだけど、これは誰がいったかはっきりさせることをいう
あとは肩書によって、喋った人が数人まで絞り込めるようにするという暗黙のルールみたいなのがある
筋の場合は確か、政策担当などの秘書官か副長官じゃないっけ?もうちょい詳しい人いたら補足してもらいたい
まあなんでこんな制度?というかマイナールールがあるかというと駆け引きに使うから
実際条件みりゃ誰が言ったかおおよそ絞れるわけで、その条件を逆手にとって言ってない人が言ったように見せかけることもできたりするし、やったやつもいる
例えば上でいった政府首脳で、政府首脳に確認をとったって首相が言った時があるんだけど
首相が確認とったってことはもう一人の官房長官じゃん!と思いきや、オフレコ解除したら首相自身だったという例もある
「あまり男尊女卑的に聞こえてほしくないんだが」と言った後で男尊女卑的な発言をする、「これはオフレコですが」といって、公には口にできないひどい発言をする。この種の発言をする話し手は、こうした前置きをつけておけば言質を回避できるかのように、平然とひどいことを口にする。その前置きに期待されているのは、それさえつければなんでも許される免罪符のような役割である。不都合な内容への責任追及を回避する目的でつけられるこの種の補足的な発言は、アダムとイブの物語に因んで、イチジクの葉と呼ばれる。
イチジクの葉が用いられるのは差別的な意味を隠すためだけではない。慰安婦に関する次の発言を見てみよう。
「戦時慰安婦ですよね。戦時だからいいとか、悪いとか言うつもりは毛頭ないんですが、どこの国でもあったことですよね」
従軍の慰安婦は戦時慰安婦でありそれはどこの国でもあったことだ、という発言からは、その眼目が、従軍の慰安婦は戦時慰安婦なのだから、戦時にさまざまな国で行われていたことと比べて特段悪いわけではない、ということにあると容易に推論されよう。「戦時だからいいとか、悪いとかいうつもりはないんですが」は、こうした推論を邪魔するために付されたイチジクの葉である。
こうした話し手は、イチジクの葉をつけることで、意味しているにもかかわらずあたかも意味していないかのように振る舞う。その目的は、問題含みの内容を裏の意味にとどめておき、言質を与えないことにある。
ではイチジクの葉はそれが隠そうとする意味を否認可能にするだろうか。
第一に、差別を隠そうとするイチジクの葉は、誤解の余地としての否認可能性に関して内輪と外野とで異なる働きをする。イチジクの葉が付された発言は、聞き手にある内容を想起させる。それと同時に話し手は、イチジクの葉によってそうした連想を『表向き』妨害する。そうした妨害は、話し手は差別的な内容を意味していないという代替解釈文脈に聞き手の注意を向けさせる。その狙いは、自分は話し手を誤解しているかもしれないと考えるよう聞き手を誘導することである。こうした誘導は、内輪にとっては無効だが、外野にとっては有効である(外野に言質を取られると非難される)ことが話し手にとって望ましい。
そうした違いを生み出す一つの要因は、なにが適切に無視される可能性かが内輪と外野でちがうということであろう。外野がイチジクの葉が付された発言の責任を追求し、それに対するペナルティを科そうとするならば、そうしたペナルティとは無縁の内輪と比べて、より慎重に、より多くの可能性を無視できないものとして考慮する必要があると。こうした違いによって、内輪に対しては誤解の余地としての否認可能性をもたないが、外野に対してはそれをもつ、ということが起こりうる。
第二に、イチジクの葉が隠そうとする意味は、内輪に対して認識的でない否認可能性をもちうる。内輪にとって、話し手の差別的な意味の責任を追求しない(裏の意図を否認する)ことが、反差別という社会規範への表立っての違反を回避しつつ、差別的な考えを共有することができる。
このように、イチジクの葉は、否認可能性を確保し、言質を取られてはまずい内容を裏の意味にとどめておくために用いられる。言質回避のこの仕組みは、犬笛のそれと同じである。