
はてなキーワード:エンジニアとは
普通の社会適合者とっては、好きなスキルの中で仕事になるもの(理系専門職)か、ホワイトJTCが良いのでは。
社会不適合者は、上司とか評価とか納期とか勤怠とか色々苦労するので、そのような苦労が少ない仕事が良いと思う。
例えば、
・ブログ
・大家
・農家
・漁師
・猟師
・投資家
フリーランスエンジニアは、なんだかんだいって客との関係が重要なので疲れるのは一緒かもね
サイドFIREできるくらいに運用資産が増えれば(5000万くらい)、あまり儲からなくても良いけど、やりたくて良い環境の仕事も選べるようになる
例えば、サイドFIREして海の近くに住んで、家庭菜園と釣りで生活費を抑えて、遊漁船の運営でお小遣いを稼ぐとか
それに、そもそも和歌山の山奥ニートのような生活をすれば、月1万を何でも良いから稼げれば生活できる
はてなに書いてみたいと思った。
その子とは長年連絡を取り合ってなかったが、実は先日、親戚付き合いの時に出会った。祖父方にあたる親戚の家のダイニングで。
その時に思う事があって、増田をしたためることにした。増田はたまに短文を書くくらいである。
その子と初めて会ったのは、私が21才の時だった。当時は茨城県にある大学で電気工学を学んでいた。夏休みの帰省先である実家は、(秒速5センチメートルの聖地)隣の栃木県にあった。
ある夏の帰省時に……その実家から、ほどなくの距離にある親戚の家に行ったのだが、玄関に入った時に、はとこに当たる子がいた。
当時は「はとこ」という単語は知らなかった。誰がどの親戚筋にあたるとか、そういうことにも興味なかった。ただ「女の子がいるな」としか思わなかった。
その、はとこに当たる子なのだが、『野乃花』ということにする。プリキュアの方ではない。野乃花(ののか)は玄関口で私と目が合って、「こんにちは」と言ったのかな。それは覚えている。
帰省時に親戚の家に行っても、一応成人である私は暇を持て余していた。子どもの頃から何度も行ってるが、その時みたいに居間でくつろぐことが多かった。周りは子どもばかりである。
親戚の子どもたちは皆ゲームをしていた。スマブラというゲームだった。大乱闘スマッシュブラザーズ。
私は任天堂のキャラをほぼ知らなかった。ピンク色のあれがカービイって言うのはわかったけど、あとは知らないキャラだった。ピカチュウも辛うじてわかったくらい。
ゲームを一切しない子どもだった。家にスーファミもPS2もなかった。家の近くにある里山に出かけて、危険であろう山奥まで踏み込んで、昆虫やトカゲを捕まえて飼育するのが好きだった。日本にいるはずもないチンチラがいないか探そうとしていた。
親戚の子ども達は居間でゲームするだけじゃなくて、子どもらしい身体を動かす遊びもしていた。外での運動だった。まさにスマブラ。
居間でも、廊下でも、玄関でも、これでもかというほど広い庭でもそうだった。私は成人男性だったけど、元気のいい彼ら小学生の相手をすることもあった。
野乃花は、大人しい子……でもなかった。わーきゃー言って水鉄砲を打ったり、私に体当たりをしてゴロンとひっくり返っていた。溌剌な子だった。
野乃花はその時、7才だったはず。14才差なので。小学校に上がった年である。いい頃合いの年齢ということで、(私から見て)遠い親戚の人も、野乃花を本家筋の実家に連れてきたのだろうか。
それはそれとして、大学生であるというのに私は、毎年夏や大晦日になると……その親戚(本家筋)の家に行っていた。小学校~中学校の頃は、それこそ年に何度も。
うちの母親が私や兄弟を連れて行くと、祖母が漏れなく一万円をくれるのだった。うちの母親は、ことあるごとに其処に行っていた。子どもを連れて。ある種の集金システムである。
私は子どもながらに察して、祖父母にあざとくした。可愛い子だと見られようとした。今思えば浅ましい考えかもしれないが、毎回寄るだけで一万円をくれるのだから、それくらいは当然と思っていた。
中学生や高校生になると、親戚の家に行くことはなくなっていた。
しかし大学に進学すると、また急に行く頻度が増えた。私と祖父が同じ大学出身で、学群も同じ(祖父の時代は学部)だった。お気に入り度が上がったのだと思う。
20才になる年に入ると、祖父のとっておきの日本酒や焼酎を飲ませてもらった。あの頃はおいしい酒の味がわからなかった。モンテローザ系列の味に慣らされた舌には、明らかに上の味だったけど。
え、野乃花?あの子は、、、私が22才、23才、24才になる年も、毎年ずっと会い続けた。親戚の家に行く度に必ずいた。ほかの子はいないこともあったし、来なくなる子もいたのだが。
今思えば、懐いていたと思う。よく会話をしたし、ごっこ遊びにも付き合った。
夏休みや冬休みの宿題を私が教えることもあった。「増田くん。あたまいー!」とよく言ってくれた。私は漢字に弱かった。今でも書き誤りをすることがよくある。
野乃花に、「こないだの発表会でね、その旨(うま)をまとめて発表します」と読み間違えた話をしたが、さすがに理解してくれなかった。
ある日、曇天で雷が鳴っている時に、雷を素早く動いて躱せるのかという話になった。私が「雷はね。上から落ちてくるんじゃなくて、下から上に昇ってるんだよ」と伝えると、「うそ。ほんとー。今度試してみる」と言った。「絶対に試したらダメだよ」と釘を刺した。
野乃花について、はっちゃけた雰囲気の子を想像するかもしれないが、実際は年齢に見合わない利発な子だった。理屈っぽい私の話を、「へえ」と面白がってくれる唯一の人間だった。
夕食の時は席が大体隣だった。誕生日プレゼントをあげた時は抱き着いてきた。年齢差はあったけど、会話が弾んだ。
親戚の大人達が家にいない時だと、2人きりになることがあった。かくれんぼとか、鬼ごっことか、ノートPCでヤフーのポータル画面を開いて、いろんなことをググったりした。(ほかの親戚と一緒に)花火大会にも行った。水族館にも。遊園地にも。
彼女は明るくて溌剌としていて、私みたいな陰キャラとは違った。いわゆる"いい子"だった。はてなブックマークでいうと、女性ブクマカでトップコメに入りがちな、快活な方々がおられると思う。あんな感じの、知性やユーモアを伴った明るさである。
25才の頃は、新卒で入った茨城県にある電機メーカーに勤めていた。
親戚の家に行くのは、年に2回ほど。祖父は、私が社会人になっても毎年お小遣いをくれた。「早く技術士になれよ、期待してるぞ」って、行く度に祖父が言ってた。それから十年もかかったが、祖父と同じ電気分野で技術士の試験を通った。
それくらいの年齢になっても親戚の家に行ってたのは、野乃花のことが頭にあった。私に懐いてくれる女性というのは、それまでの人生で彼女しかいなかった。私はモテなかった。はてな語で言う弱者男性。
ある年の夏だった。自家用車で一人でその家に行くと、玄関口の廊下に野乃花がいた。靴を脱いで、家の廊下に上がったところに古い掛け時計があった。ずっと昔からあって、玄関に上がる時は時刻を見るクセがあった。
廊下に立っていた野乃花に近づいていって、野乃花の両肩に手を置くと、野乃花が唇を突き出した。キスをした。口にする方だった。
私は別に、ロリータの同人誌やアンソロジーを持ってたわけじゃない。そういうR18コンテンツに触れたこともない。当時の私は、社会人としての勤めや、理工学の勉強の日々の傍らに、読書をしたり映画鑑賞をする男だった。年少への性癖はない。ただ、孤独への性癖があっただけだ。
野乃花とのキスというのは、その時が初めてじゃない。鮮明でない記憶だけど、初めての時は、私が22~23才くらいの時だった。野乃花が8~9才くらい。
親戚の家の中ほどにある居間で、2人だけになってる時に、身体が不意にくっついて……その流れで、人生で初めてキスをした。少し大人になれた気がした。
それからは、2人になる度に、親戚の目がない時にキスをしていた。唇を合わせるだけの簡単なやつを。一日に何度も。別に理由はなかった。私も野乃花も、ただしたかっただけだと思う。
野乃花が小学校を卒業する年の2月だった。初めて2人だけで外に出かけた。それまでは、親戚付き合いの中で、花火大会とか水族館とか、飲食店などに一緒に行っていた。それが、野乃花が親に携帯電話を買ってもらい(青っぽいガラケー。私はスマホ)、LINEでやり取りするようになった。
デート場所は茨木駅周辺だった。茨城ってぶっちゃけ、鳥取~島根クラスに何もないところだけど、大きい駅の周辺では、ショッピング、グルメ、自然、文化体験など色々楽しめる。野乃花のいる栃木でもよかったけど、『秒速5センチメートル』ごっこになってしまうのでやめた。積雪で電車が止まるかもしれない笑
その日は、夕方まで一緒に何時間も過ごした。最後は美術館に行って解散した。帰りの電車賃は社会人だった私が出した。それ以外の、食事代とか入館料は割り勘だった。出そうとすると、野乃花が嫌だと言った。
電車が出る時間になってホームで別れる時、「楽しかったね」と私が言ったら、野乃花が「今日、一緒にいられない?」と聞いてきた。潤んだ瞳だった。吸い込まれる瞳ってどこかの小説に地の文があったけど、あれは作者の実体験だったんだと感じた。
「仕事あるからね。また今度ね」と言うと、野乃花は俯いて電車に乗った。最後に手で肩に触れて、「バイバイ」ってお互いに言った。野乃花は泣いていた。
あの頃は、年齢差のことを考えることがあった。私と野乃花の年齢差は、年度でいうと14年分。一番最初に会話した時は、小1と大3だった。
(以下閑話)※当時のメモを参考
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年齢差についての関数
年数をxとして、お互いの年齢の比をf(x)とすると、f(x) = (a+x) /(b+x)となる。年数xを経る毎に0<f(x)<1で単調増加で1に近づく(極限操作)。
お互いの年齢比が0.5になるときの経過年数は、式変形によりx=2a-bで表現できる。この比率をもっと一般的に表現すると……。上記のf(x) = (a+x) /(b+x)を微分すると、商の微分でf`(x) =(a-b) /(a+x) ^2
f`(x) =0になる極値は……?と考えると、残念ながら存在しない。
元の関数f(x) = (a+x) /(b+x)というのは、式変形すると、f(x)=1+((a−b)/(b+x))となる。これは、f(x)=a/(b+x)という直角双曲線をグラフ平面において平行移動させたのみである。
直角双曲線は微分可能であるが、極値がない。正負の値を関数に入れると、グラフ上で左右に分かれて存在することから、右極限と左極限が一致しない。
方程式 f`(x) =(a-b)/(a+x) ^2において、a−b=0が成り立つのは、a=bの場合のみ。導関数はゼロ。定数関数であり、傾きはない(定数関数が微分可能かどうかは流派による)。a≠bだと、導関数がゼロになるxの値が存在しない。
年齢算という算数を扱っている以上は、関数の形状はシンプルである。一番知りたい特定の値に向かって方程式に数値を入れるのみ。私は複雑な答えを求めたが、その行為自体が適切でなかった。つまり、二人の年齢差というギャップは、数学的には永遠に埋まらないという無慈悲な証明だけが残った。
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(閑話終わり)
野乃花が中学生になった年だ。私は茨城県にあった電機メーカーを辞めて、他業界のIT企業に転職した。広島市に営業所があるメガベンチャーだった。
仕事に忙しい日々だった。距離があるので関東に帰ることも無くなって、それで……野乃花とはそれっきりになった。LINEのメッセージも、いつの間にか途絶えた。既読無視をしたのは私の方だ。
今は独立して、都内でIT関係の下請けをしている。フリーランスだ。ハイクラスエンジニアでは決してない。うだつが上がらない日々だけど、いつかは1人社員の株式会社にしたいと思ってる。今の自営業の屋号は、結構厨二が入っている。実年齢よりも幼い人間なのだと感じる。
なぜ、この日記を書こうと思ったか。正月に野乃花と会ったのである。もちろんあの親戚の家で。あそこに行くのは久しぶりだった。
其処に行く途中の車内で、母に聞いた。あの家は祖父も祖母も亡くなっていて、今は叔父夫婦が住んでいるだけ。跡継ぎはいない。子どもはいたが、みんな自立したらしい。大きい家なのに勿体ないって、そんなことを思いながら親戚の家に着いた。
玄関を上がって、あの時の古い掛け時計が別のに変わっているのを見て、それから台所(兼ダイニング)に行くと、親戚が何人か座っていた。その真ん中あたりに……野乃花がいた。
野乃花と会うのは約15年ぶりだった。
私と目が合うと笑顔になった。ダイニングの隣にある小さい居間では、親戚の子達が皆で一緒にタブレットでアニメを観ていた(私はここ数年アニメを見てない)。少年の時、ボードゲームをしていたのが懐かしい。あの頃より人数が減っている。
話は変わるけど、もし『グノーシア』のボードゲームや、人狼ゲームがあったらやってみたい。一生叶うことはないだろうけど――もしアニメ化もされたら観てみたいと思う。
野乃花を見た後で考えた。
まだ夕方ですらなかった。これから何をしようか、どうやって暇を潰そうか。スマホを操作するだけでは勿体ないし、懐かしいその辺りを散歩しようと思った。
本当は野乃花と話したかったけど、連れていくわけにはいかないし、話せるだけの心の余裕もなかった。それに、野乃花は夕食の準備を手伝っていた。
近所の散歩が終わって、台所兼ダイニングで豪華な夕食を食べて、ビール瓶を何本も空けて、親戚連中の大人(あの頃の子ども達)とたくさん話をして、トイレに行ったり、親戚の子の遊びに付き合ったり、お年玉(※宿泊費)を払ったり、十数年ぶりの親戚の家は懐かしい。野乃花はずっと飲み会を手伝っていた。
飲み会の後、ダイニングでスマホをいじっていると、深夜が近づくにつれて親戚の数が減っていった。「そろそろ寝ようか」と思ったところ、廊下から野乃花が入ってきて、こちらに歩いてきた。私の隣の席に座った。結婚指輪はしてなかった。
「久しぶりだね」
と私が声をかけると、
「増田くん元気そうだね」
と返ってきた。
面影がすごく残っていて、懐かしい感じがした。
子どもの頃の就寝時間は午後十時だった。今は大人だから、あと一時間は起きていられる。野乃花と喋ってから寝ることにした。
思ったより多くの会話をした。卒業した学校とか、就職先とか、今の趣味とか、好きな本とか、最近観た映画とか。私はサブカルが好きだけど、野乃花もそうだった。アニメだと『ブルーロック』の話をした。エゴの塊みたいなキャラの話で盛り上がった。漫画・小説の話もした。吾峠呼世晴の初期短編集は2人とも読んでいた。
でも、野乃花が不意に言ったのだ。
心臓がドンって叩かれた。この時まで、悪いことしたという思いはなかった。
でも、この時になって、私があの頃、どういうことをしていたのかって、そういう思いが一瞬で頭の中を駆け巡って、後悔が襲ってきた。
「迎えにきてくれると思ってた。連絡がほしかった。私は増田くんに会いに行けないのに」
野乃花を見ると、涙を拭っていた。鼻もすすっていた。
それから沈黙が続いて、「ごめんね」と言った。そしたら確か、「増田君は結婚したの?」と聞いてきた。
結婚どころか、離婚まで経験していることを話すと、野乃花は爆笑していた。机に突っ伏して、本気で笑いを堪えている様子だった。話を続けると、野乃花も一度離婚を経験していた。
なんだか変な雰囲気になって、それからまた、さらに笑える話を(お互いに)続けて、そうこうしてると午後11時になった。LINEの連絡先を交換して寝室に入った。
読者の方は察してるとは思うが、私はいわゆる発達障害である。診断済みだ。
メガベンチャーに転職をして地方都市に引っ越した後、仕事の人間関係で苦労することがあった。明らかにおかしいと思い、精神科医に診てもらったところ、様々なテストの後に、そういう診断が出た。子どもの頃からの行動傾向を見てると明らかだった。
ある情報によると、発達障害の精神年齢というのは……実年齢×0.60~0.70らしい。青春期の、精神が最も発達する年代に脳が発達をしてくれない(脳発達のピークが30代にくる)。
一方で、一般的な女の子は、男の子よりも数才精神年齢が高い。ということは、最後に野乃花と会った時の精神年齢は……私だと26才×0.60~0.70≒15~18才ということ。野乃花が実年齢12才+2~3才とすると、14~15才ということだ。
あれ、なんだこれと思った。そういう視点で考えると、野乃花との年齢差があっても話が通じたことの合点がいった。
話は以上である。
我ながら恥ずかしい執筆体験だった。私の言葉で思い出を表現できてよかった。理屈っぽくて読みにくかったとは思う。
でも、言葉にしたかった。あの時、親戚の家のダイニングで、20代後半になった野乃花と再会した時の衝撃とか、それよりずっと前の、野乃花との楽しい日々の思い出とか。ここで、こうして吐き出すことができてよかった。
明日からは、また一人のはてなユーザーである。みんなの面白い日記を、また読ませてほしいです。ここまで読んでくれた人、ありがとうございました。
https://togetter.com/li/2637865
異性慣れしないってのも致命的なんだけど、何より異性集団のコミュニケーションを経験出来ないのが痛い
自分は男子校、工学系大学、エンジニア職についてしまったのでホントしんどかった。緊張なんてもんじゃなくて手足が震えるレベル。出会いがなさすぎて、最初紹介してもらってもどうしていいかわからない感じだった
でもスペックは一見良いので異性受けは良くてモテる。複数から誘われるんだけどどうして良いか分からず困ってしまった。集団で遊びに行っても態度を曖昧にしている人間関係を丸く納めようとすると不穏な感じになったりする。気になる子がいても取り巻くガードを潜って近づく方法がわからない
押しかけ女房のように強引に付き合う羽目になったあげく「アンタに興味はなかったんだけど、あの女が嫌いで妨害したかった」とか言われた
その後似たような経験がいくつかあって、心病んでしまった。好きでもなんでもないのに付き合おうってなるんだな
異性には特有のコミュニケーションが必要で悪い奴が結構いる、女性集団はとてつもなくややこしいという事をもっと早くから必要があった
これは共学でないと学べない
追加
🤥「で、具体例に何されたん?
🤥「アニメは毎日ゴールデンで流れてたし、宮崎アニメは国民行事みたいに視聴率取ってたやん。
🥺「ぼくはオタクって呼ばれてたんだ!」
🥺「でもぼく毎日アニメ見てるよぉ!?お前は真似できんやろ!」
毎日何かを見るだけで“専門家”名乗れるなら毎日スマホ触ってる奴は全員エンジニアやな。
“見るだけ・消費するだけ”は能力やないんやで。」
🥺「……」
🤥「結局お前ネットコミュニティの中に『居場所が欲しかっただけ』やろ。
アニメが好きなんやなくて“アニメ好きという設定の自分”が欲しかっただけのキョロ充やな。
そこで空回りして“迫害されてた”とか被害者ぶられても困るんよ。」
🥺「もうやめてよぉ……」
https://x.com/i/status/1995357685395652652
ただ、誰もgistやstackoverflow には書いてないし、aiは大昔に書かれた本の内容なんて知りもしない。
だから、gistとstackoverflow、一部のgithubからしか学習できないAIには早いコードは書けないし、それこそが、ちゃんと英語と数学を勉強したITエンジニアが死なない理由の一つでもある。
(マイナーなアルゴリズムやデーター構造は基本的に英語での解説がメインなんで、高校の英語のリーディングがある程度できるまではやらんとダメなのよ。ものによっては数学の知識もいるので、高校の数学は全部取ったほうがいい。受験数学の難しい奴は知らなくても支障はないと思うが、もしかしたら、使うかも)
あと、.netだから重いというのは半分当たっていて半分は間違い。
ただ、.netだと油断するとコピーしまくりなせいでメモリー使用量が増えるという側面はあるし、regexにイテレーターすら突っ込めないんで、巨大ファイルの改行またぎの検索が苦手という側面がある。
最近の.netだとspanに検索かけられるけど、あまり大きなspanだとlohの問題とか色々出てくるし…
ウェッブエンジニアの人あれを読んで結構な数の人が社名入りアドベントカレンダーで公開することについて全く問題ないと言ってるの衝撃を覚えた。
そんな倫理観が小学生みたいな連中に給料払いつつマネジメントしながら成果出すのマジで大変そうだなと思いました(小学生並みの感想)
電話屋さんで培ってきた技術はインターネットの発展でTCP/IPに乗っ取られてEnd-EndのOSが頑張るから電話屋の出番は出てこない
そんでWiFiとか光ファイバとかのL2以下の仕事しかなくなったんだけど今となっては完全に飽和してやることなし
頑張ってIOWNとか言ってるけど中身は光回路のプロセッサーで通信速度じゃ無くて電気代が安くなるだけ
L3より上のユーザー体感できる部分は何も変化が無いのでいくらIOWNとか言っても顧客体験は何も変わらない
当時からソフトウェアが主流になることは分かってて優秀なソフトウェア技術者をいっぱい雇ったり育てたりしたけど
いわゆるGAFAだとかにガンガン引き抜かれて「NTT大学」とか揶揄される始末
まぁNTTの研究所がソフトウェアをリリースするのは法律的にも文化的にも大きな壁があるので事実上無理で
子会社に論文を渡して開発してもらう、みたいなことをいまだにやってるんだけど全然時流に合ってない
良い例がTsuzumiとかいう劣化チャッピーで、意気揚々とTsuzumi2を発表したのに前日にgpt-ossが発表されてたので誰にも見向きされてない
そりゃわざわざ金出して性能低いもの使う奴おらんわな
継続的なインテグレーションと顧客体験との統合が今時のソフトウェアでは当たり前に必要なのに
研究→開発→テスト→販売 みたいなモデルで会社構造を組んでしまってるからソフトウェア開発に1mmも合って無いし
GAFAに行けない無能が「精度で勝った!」とか部屋の隅っこで騒いでるだけ
補聴器もずっと出す出すと言ってたのにAirPodsが補聴器機能を先に搭載してしまって今頃になって「オープンイヤー」とか言って発表してる
残念ながらこんな市場は中華製品に蹂躙されるのが目に見えてるので第二のバルミューダになる未来しか見えない
苦し紛れにパーソナライズドサウンドゾーンとか言って音の打ち消し距離だとかを突き詰めてる一方で
AirPodsはノイズキャンセリングしながら同時通訳まで搭載していますよ?勝てるんですか?コレ
時価総額だけやたら高いけどトヨタみたいにGRGTとかのぶっ飛んでる車を出したり自動車の最先端を走ってる企業とは全然レベルが違うんよ
誤解のないように書いておく。
(念のため付け加えるが、今回話題になっている企業とは一切の利害関係はない。)
1. わざわざ「チンパンジーが問題社員として入ってくる」表現を必然性がないのに展開したことには「人を動物に喩える」意図がある
2. なぜ人を動物、特にチンパンジーに喩えてはいけないのか、国際的なガイドライン等の提示
4.社会的な責任として、記事削除と謝罪だけではなく、今後このような記事が出てこないようにガイドラインをつくるべき(このスタンスが自社のPRにもなり得る)
1. 「チンパンジー」という比喩をわざわざすることには同意しない。
2. 社内ブログ/アドベントカレンダーはチェック体制が脆弱になりやすい。
3.執筆者はおそらく「ベロシティの安定」等のフレーズから、エンジニアやPM視点であり、HRの文脈を理解していない可能性がある。
4. すでに削除と謝罪対応は完了しているので、社名を挙げて断罪する必要性はない。
他でも指摘されているように、
「社内の労力を使う割には、色々な危険性を孕むアドベントカレンダーという文化をやめるべき」
というのが、本件に関する総括としては充分だと思っている。
↑「現場レベルでは存在すらよくわからないが、とても偉いステークホルダー」の一言で、何度もひっくり返るシステム開発プロジェクトのこと
仕事を円滑に進めたいが、それの障害となり得る人や事象を冷笑的に揶揄しているわけだが、
前者が問題とされたことは、私の観測範囲では存在していないように思う。
「隕石を降らせる神様」は許されて、「チンパンジー」は許されない
という価値観は、西洋の歴史・宗教・差別観を背景にした価値観じゃないのか。
倫理基準を底上げするべきという物言いは、そんなに正しいことなんだろうか。
その人は、
・ すでに謝罪もしている(多分注意もされている)
彼・彼女を吊るし上げることになりかねないことを、
「自社のPR」にもなり得る文脈の中で第三者、しかも法人が行うのは、醜悪ですらある。
本件では、社名を出さず、ガイドライン作成の呼びかけなどもせず、
🤥「で、具体例に何されたん?
🤥「アニメは毎日ゴールデンで流れてたし、宮崎アニメは国民行事みたいに視聴率取ってたやん。
🥺「ぼくはオタクって呼ばれてたんだ!」
🥺「でもぼく毎日アニメ見てるよぉ!?お前は真似できんやろ!」
毎日何かを見るだけで“専門家”名乗れるなら毎日スマホ触ってる奴は全員エンジニアやな。
“見るだけ・消費するだけ”は能力やないんやで。」
🥺「……」
🤥「結局お前ネットコミュニティの中に『居場所が欲しかっただけ』やろ。
アニメが好きなんやなくて“アニメ好きという設定の自分”が欲しかっただけのキョロ充やな。
そこで空回りして“迫害されてた”とか被害者ぶられても困るんよ。」
🥺「もうやめてよぉ……」
🤥「で、具体例に何されたん?
🤥「アニメは毎日ゴールデンで流れてたし、宮崎アニメは国民行事みたいに視聴率取ってたやん。
🥺「ぼくはオタクって呼ばれてたんだ!」
🥺「でもぼく毎日アニメ見てるよぉ!?お前は真似できんやろ!」
毎日何かを見るだけで“専門家”名乗れるなら毎日スマホ触ってる奴は全員エンジニアやな。
“見るだけ・消費するだけ”は能力やないんやで。」
🥺「……」
🤥「結局お前ネットコミュニティの中に『居場所が欲しかっただけ』やろ。
アニメが好きなんやなくて“アニメ好きという設定の自分”が欲しかっただけのキョロ充やな。
そこで空回りして“迫害されてた”とか被害者ぶられても困るんよ。」
🥺「もうやめてよぉ……」
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/syu-m-5151.hatenablog.com/entry/2025/12/08/152614
この2つのリンクは、**「技術広報(エンジニアの発信・コミュニティ活動・技術イベントなどは、組織や個人にとってめちゃくちゃ重要だよ」**という話と、その**感想記事**です。
言っていることはこれだけです:
こういうのは
❌「暇な人の趣味」
ではなく
という話。
---
内容は:
---
> ✅ **1本目:理屈で「技術広報は超重要」と説明**
> ✅ **2本目:体験談で「実際に人生変わった」と補強**
この関係です。
👉 “実務ノウハウとしては空疎に近いが、思想・動機づけとしては意味がある” が正確な評価です。**
理由はシンプルで、この2記事は **どちらも「やり方」ではなく「姿勢・価値観」の話だから** です。
つまり、
第三者検証全体がこうではなく、ある巡り合わせにあったテスター一人がこんなふうに思ってたんだなというのを記録するために書きます。
この文章を読んで誰かにどうこうして欲しいとか誰かを上げ下げしようとかいう意思はないです。
## 単価と工数
私はエンジニア生活の2/3くらいを派遣契約で過ごしたため、仕事の良し悪しについてはやっぱり単価と工数で評価されることが多かったです。
残業すればするだけ会社の売上になるので、どんどん残業しましょう。残業しただけ働いたことになるから。という文化でした。
単価が上げていくことは現場責任者や営業の実力に左右され、そう簡単に変わるものでもなく、なかなか自分ではコントロールできなかったので、やっぱり容易く売上を上げていくには残業するしかありませんでした。
業務時間中に開催される研修やシンポジウム参加等は売上を下げることに繋がるので、明確なトレードオフ条件がないと参加が難しかったです。
私はそれでも構わないと思いますが、参加しようとするたびに一々上長に「売上減らしてごめんなさい」と頭を下げにいくのが変な感じがしました。
やっぱり残業時間が正義なので、中でどんな仕事しているかはあんまり重要ではなかったです。
品質向上の提案やテストの効率化を提案・実行したところで単価アップに繋がらなければ大きな成果には繋がりませんでした。
※私の場合はたまたまそういった点を評価してくれるお客様に出会ったこともあって、汲み取って営業にフィードバックみたいなこともしてくれました。給料には反映されませんでしたが、、
私は無関係な期間もありましたが、BP投入が最も評価されます。
何かにつけてプロパー/BP率を評価されて、BPを投入した分だけ利益が出るので営業頑張ろうとなるみたいです。
QAに関する提案についても第三者検証の商売として成り立つかどうかが判断基準になります。
例えば自分の会社では難しいテストレベルやテストタイプについてはその現場で必要に思えても、提案や計画には盛り込まないなどのことがあったかもしれません。
基本的に体系的なソフトウェアテストを行なっている現場に関われたらだいぶラッキーでした。
体系的なソフトウェアテストができていれば外注しなくてよかったりしますので、良くないテストマネジメントであったり、いびつなテスト設計をしています。
で、現場はお客さまの言うことを聞くことで精一杯なので、体系的な経験や知識を得るためには自分で勉強して頑張るしかありません。
10年、20年やっているようなベテランはJSTQBとかで整備された知識よりも勘と度胸と経験で頑張るみたいな場合があるので、自分で知識を取りに行かないとそういったベテランと同じ道を歩むことを頑張ろうとしてしまうんじゃないでしょうか。
本文は削除されました
私の結論は上記の通りです。やっぱりどんな現場であっても、どんなメンバーでも、どんなお客さまでも結果を出していくのがプロの第三者検証なんだと思います。
”品質のプロ"と名乗るのもいいですが、"第三者検証のプロ"と名乗る道もあるのではないかなと思います。
私は、
よさももちろんあります。思いつく限りたくさん書いていこうと思います。
様々な現場や製品に携わることができるので、一般化する実力さえあれば、様々な経験やナレッジを一般化して、ドメインに依存しない実力をつけることができると考えています。
自社QAだとどうしても社内の文化ややり方に依存した能力になっちゃうと思いますが、第三者検証テスターとしてたくさんの現場を経験していると、どんな製品でも対応できるようになるんじゃないかなと思います。
複数の現場を俯瞰して、より多くの現場をコンサル的な立場で関わることが第三者検証ではできます。
体系的な知識がある会社であれば、つよつよの人々からバックアップを受けながらコンサルをすることができます。
最近は法人を立ち上げてQAコンサル的な動きをする人が多いですが、事業が失敗するリスクとかを会社が請け負いつつ、コンサル体験を行う経験を得ることができます。
お客様から依頼を受ける形でテストするので、変な話、製品や事業がうまく行かなくても、ニーズがあればテストの業務を続けることができます。
また、現場やプロジェクトがなくなっても他の現場にいけばいいだけなので、その辺のリスクがないことが良い点だと思います。
第三者検証ということで、おそらくたくさんのテストエンジニアがいると思います。ベテランの人もいれば初心者の人もいますが、やる気さえあれば様々な人と繋がれることができます。
実際に私はいい出会いがたくさんありましたし、そういった出会いが私をQAとして成長させてくれたのではないかと思います。
2年目3年目くらいは色々悩んだ時期もありましたが、ある程度実力にも自信がついてきて、第三者検証テスターのつらさはどうでも良くなったきたというのが正直なところです。
第三者検証テスターとして一生過ごすかはわからないですが、第三者検証テスターになれてよかったと私は思いました。
まず、受注側から発注側になることで、「第三者検証」という呼び方をしなくなりました。
また、自分が成長できないこと、現実をうまくできないことを「第三者検証である」ということを言い訳にしていたと感じました。
テストベンダーの良さは、人材への投資があることだと思います。
だから、自分が投資に値する人間であれば、とてもいい選択だと思います。
「いきなり事業会社に行きたい」は、素晴らしいですが、事業会社の多くはあなたを育てようなんて思っていませんよ。
私にはテストベンダーで働くモチベーションについて、いくつかアイデアがあります。
ただ、それについて聞きたい人は私を探して私に直接聞いてください。
日本ではマネジメント行かないと給与は上がらないしブリリアントジャーク認定されて年収600万円を超えることが出来ない
打開するにはエンジニアのキャリアパスある外資系に何とかして入り込むかフリーランスで腕前を売るしかない
はっきり言う。企業のTechBlog、もう全部やめてくれ!!!頼むから!!!!
いや、マジで。 今年もまたこの季節が来てしまった。アドベントカレンダーだ。QiitaだのZennだの自社ブログだので、TLに流れてくる「〇〇社のAdvent Calendar」。 これを見るたびに、俺は心の底からうんざりするんだよ。吐き気がするほどに。
はてなでも度々話題になるが、あえて言わせてもらう。 お前らの書くTechBlog、9割9分は無価値だ!!!!!!
「〇〇イベントに行ってきた。熱気がすごかった!」 「〇〇の新機能を試してみた。便利だと思った!」
……小学生の絵日記かよ!!!!!!!! 「すごかった」「便利だった」じゃねえよ!!!!
そんなもん、公式ドキュメント読めば3秒でわかることだろ!? わざわざ自社のロゴ貼り付けて、ドヤ顔で公開する内容か!? 本当に!本当に!!なんの!!!価値も!!!!ないんだよ!!!!!!
「うちは大丈夫」だと思ったそこのお前!! 曇りなき眼(まなこ)で、自社のブログを見返してみろよ!! そして社内のSlackを見てみろ!!!
記事の共有通知に、特定の「いつもの人」以外、リアクションしてますか!?!? してねえだろ!!!!!!
社員ですら「またなんかやってるよ…」って冷めた目で見てるんだよ。 誰にも読まれてないし、誰の役にも立ってない。 ただ「広報のKPI」のためだけに、エンジニアのリソースを食いつぶして、ネットの海にゴミを放流してるだけだ!!!
だから、頼む。広報担当、ブログ担当、エンジニアリングマネージャー。勇気を持って「撤退」を決断してくれ!!!!
ちょうど年末だ。全社集会とかあるだろ? そこで高らかに宣言してくれ。
ただ「無価値だから辞めます」とは言えないだろう。角が立つしな。 だから、AIのせいにしていい。AIを盾に使え。
「生成AIの台頭により、基礎的な技術解説記事はその役割を終えました」 「今後は検索ノイズを減らすため、またエンジニアの本質的な業務時間を確保するため、会社としての執筆依頼やKPI設定を廃止します」
「今までありがとうございました」って綺麗に幕を引いてくれ。 そうすれば、俺たちは心から拍手を送る。
エンジニアが書きたい時に、書きたい情熱を持って書く。 それだけでいいんだよ。会社が無理やり書かせる「宿題」みたいなブログは、もう金輪際見たくないんだ。
頼むから、俺たちのTLを、検索結果を、これ以上汚さないでくれ!!!!!!撤退宣言を待っている!!!!!!!!
もう一つ、最後にこれだけは言わせてください。
あなたたちが量産しているその記事は、AIの学習や検索にとっても有害なノイズになりつつあります。公式ドキュメントを薄めただけの劣化コピーや、文脈のない体験記事は、情報の検索性を著しく下げています。それは正確な一次情報への到達を阻害し、インターネット全体の価値を薄める行為です。
あなたたちは無価値な記事を量産するにあきたらず、今後人類全体の負債になります。
Permalink |記事への反応(38) | 08:14
Qiita の文化変質は、技術系コミュニティ全般で起きている知的インフレの縮図みたいなものなんだよね。昔は
みたいに基盤技術を自前で握りつぶした記事が純粋に評価されていた。なぜなら、それを書ける人がそもそも少なく専門性で差別化できていたから。
昔は「Pythonで形態素解析器自作」なんて、アルゴリズム・CS基礎・実装力が揃ってないと無理だった。
難しいことをやってそうに見える記事を、凡人でも量産できるという環境が生まれた。
Qiita を読む層が「実装力を鍛えたいエンジニア → とりあえずAI 触りたいライト層」に変わった。
「再現性のないLLMコピペ」「AIツール使ってみた」みたいなのが評価される。
本気の記事は長く、コードが多く、前提知識も重い。そしてPV が伸びない。
つまりQiita のインセンティブ構造と、高度技術記事のインセンティブ構造がズレた。
理由は明確で、読む側がそれを理解できないので評価する母集団がいない。
昔はユーザ層が技術ガチ勢寄りだったので、少数でも濃い支持があった。
今はライト層が母集団なので、希少な高度記事が埋もれるのは自然。
Qiita がライト層に最適化した結果、本気の人たちは別の場所へ移動した。
昨今、生成AIが急速に発展している。多くの人々が日常的に利用していることからも分かる通り、かなり便利なものであり、「もはや生活に欠かせない」という人も少なくない。
某ボーカロイドとの結婚話を思い出させるように、「生成AIと結婚した」なんて話すら聞くほど、AIに親しみを覚える人もいるらしい。
ここで私が書きたいのは、そうした生成AIそのものの礼賛ではない。
我々の生活に浸透しつつある生成AIがどのようにビジネスに利用され、その過程でどれだけ多くの人が「生成AIビジネス」に騙されているか、という話だ。
なお、これは酒に酔った勢いで書き殴っているので、多少の論理構成の破綻はご容赦いただきたい。
生成AIビジネスと一口に言っても、その形態はすでに数多にわたっている。私の知る限りでも、
といったものがある。
初期に流行ったのは、生成AIの画像生成機能を使って漫画を量産し、それを販売するタイプのビジネスや、某動画配信サービス上でDeepFake動画を配信して最終的にアダルトサイトに誘導する手口だった。
正直、最初に見たときは「よくこんなことを思いつくな」と感心もした。
その後は、AIで作っただけの電子書籍や「AI活用ノウハウ」資料を量産して売るような商売が中盤戦として横行し、
最近では「AIでコンテンツを開発して販売する」こと自体を売りにするサービスも増えてきた。
ちょっとした自動化ツールやラッパーに「AI◯◯」というラベルを貼るだけで、値段が跳ね上がるような世界になっている。
こういったビジネスが存在することそのものに対して、私はそこまで強い嫌悪感を抱いているわけではない。
技術を使って金を稼ぐことは、資本主義社会では当たり前の営みだからだ。うまくやったやつが儲かる、それ自体は仕組みとしてそういうものだと割り切っている。
そのものというよりも、**それに対して一定以上の賛同や尊敬を向けてしまう人々の「AIリテラシーの無さ」**だ。
「AIがやってるからすごい」「なんか未来っぽいからすごい」という理由だけで思考停止し、
「これはすごいに決まっている」と信じ込んでしまう態度に、強い違和感を覚えている。
私はエンジニアという立場もあって、日常的にコーディングエージェントを多用している。
例えば、
といったツールを、実際にコードを書かせたり設計させたりしながら使い比べている。
だからこそ、Gemini が普及した途端──
もっと言えば、「無料でそこそこ使えるコーディングエージェント」が出た途端に、Gemini がまるで**「一番優れている存在」**であるかのようにもてはやされる状況に、どうしても納得がいかない。
コードの設計力や実装力、バグの出方、長期的なコードベースとの相性、そういった観点から言えば、私は今でも Codex を高く評価している。
タスクによっては、明らかに他のエージェントの方が適していると感じることも多い。
にもかかわらず、
というだけの理由で、「Gemini が一番いい」「これさえあれば他はいらない」という空気が形成されていく。
本来であれば、
評価軸が
ここにもやはり、道具を適切な距離感で評価できない姿勢を感じてしまう。
ここまで好き勝手に書いてきたが、こういうことを考えるようになったきっかけになったエピソードを一つだけ挟ませてほしい。
最近は、生成AIごとの得意分野や癖を活かして、一つのタスクを複数の生成AIに並列でやらせ、その成果物を比較して一番マシな案だけを採用するという手法がある。
いわば「個体値ガチャ」のようにAIを回すやり方だ。私はこの発想自体はかなり理にかなっているし、素直に素晴らしいと思っている。
同じ理由で、いわゆるオーケストレーション系の手法もとても良いと思っている。
ただ、これを人力でやろうとするととにかく面倒くさい。
そこで、ある程度このフローを自動化してくれるGUIアプリがあることを知った。
という三拍子が揃っていた。
とはいえ、このあたりはアップデートを重ねれば改善できる話でもあるし、その点だけを永遠に責め立てるつもりはない。
コンセプト自体は本当に良いと思っているからこそ、余計に惜しいとも感じている。
私が本当に警鐘を鳴らしたいのは、そのアプリそのものではなく、その開発者の周りに群がる人たちの方だ。
宗教団体の信者のようにメリットしか語らないレビュアーたちが、
「革命的だ」
「これ一つで人生が変わる」
と持ち上げる一方で、価格の高さやUXの悪さ、セキュリティリスクといった問題点についてはほとんど触れない。
これでは、せっかくのコンセプトが面白いアプリなのに、肝心な欠点がいつまでも修正されないだろう。
しかも厄介なのは、ここに群がっている人々の多くが、同じくAIビジネスを主導する側の人間だという点だ。
自分と利害が一致する相手を互いに持ち上げ合い、「これは素晴らしいものだ」という空気だけを増幅させていく。
その構図が、余計にタチが悪い。
まあ結局、ここで私が何を言いたいのかというと、そろそろAIに対するリテラシーを本気で身につける時期なんじゃないか、というただそれだけのことだ。
結局のところ、ここで言っていることは従来の「情報リテラシー」とほとんど同じだ。
ただ「AIすごい」「AIがこう言っているから正しい」に思考停止するのではなく、
そのAI発の情報や、AIを巡る言説が本当に妥当なのかを自分で判断する力が必要になってくる。
そして、自分が少しでも「ん?」と疑問に思ったものに対しては、いったん距離を置き、俯瞰して眺める態度が大事だと思う。
「これは誰が得をする話なのか」
「自分は何に惹かれているのか(機能なのか、ブランドなのか)」
そのくらいの距離感を持ってはじめて、ようやく私たちは生成AIとも、生成AIビジネスとも、まともな付き合い方ができるようになるのかもしれない。
🤥「で、具体例に何されたん?
🤥「アニメは毎日ゴールデンで流れてたし、宮崎アニメは国民行事みたいに視聴率取ってたやん。
🥺「ぼくはオタクって呼ばれてたんだ!」
🥺「でもぼく毎日アニメ見てるよぉ!?お前は真似できんやろ!」
毎日何かを見るだけで“専門家”名乗れるなら毎日スマホ触ってる奴は全員エンジニアやな。
“見るだけ・消費するだけ”は能力やないんやで。」
🥺「……」
🤥「結局お前ネットコミュニティの中に『居場所が欲しかっただけ』やろ。
アニメが好きなんやなくて“アニメ好きという設定の自分”が欲しかっただけのキョロ充やな。
そこで空回りして“迫害されてた”とか被害者ぶられても困るんよ。」
🥺「もうやめてよぉ……」
代表とか管理職とかその会社の顔としてやってる人ならまだ分かるんだけど、木っ端の一社員が会社に入りましたので記事書きますとか辞めたので記事書きますとか、何のためにやってるのか理解できなくてひたすら気持ち悪い。
新卒が「IT業界に入社して会社から書けと言われたので書きました」みたいな浅い内容が多すぎてノイズにしかならない。その記事を読んだ人にどんな感想を持ってほしくて書いてるの?
昔Qiitaってサイトがあって技術共有が活発な良いサイトだったんだけど、どうでもいいポエム未満の記事が増えたせいで今はQiitaを参照先として使うのは社内共有でもちょっときつくなってる。
アウトプットが大事って文化かもしれないけど、低質な記事でサイトを汚染している自覚を持って最低限のレベルは担保してくれ。ストレージもタダじゃないんだ。
眠れんので自分語りに付き合ってくれ。ワイは今は30歳、元々、ソフトウェアエンジニアを10年くらいやってたんだけど、病気になったことやAIの登場で自分じゃなくてもいいやと思って、今はカラオケ店員をしながら音楽を作ってる
カラオケ店員はエンジニア以外の仕事でははじめて楽しいなと思えた仕事でもある
社員になれるチャンスがあるならなりたいなとも思う
音楽だけで食ってくぞと思ってこと、鬱で働けずにいて、ニートみたいな生活しながら音楽を配信したりもした
当然、そんなすぐにいい曲は作れない。ドラムパターンやベースも難しいし、かっこいい曲にするためのパターンや構成は今でも難しい
早くバズらないかなと色々とやってみたりもした、tiktokでたまに数万再生されたりもしたが、そんなすぐにバズって音楽だけで食えるようにはならない
だけど、僕はゲイだ。今のカラオケの職場では異性愛者のように女性が好きなように自分を偽ってる
仕事が終わると、あー何やってんだろと、体よりもメンタルが疲れる
ゲイじゃなければ人生は違ってたと思うし、何度も自殺未遂もある
そんな日々を曲にしてリリースもしてる
不幸なのか幸せなのかは分からないが、マジョリティの普通の幸せには僕はどう足掻いてもならない
だから、カラオケ店員への転職と同時期くらいに音楽を始めたのだと思う
飲食は若い学生もいるし、エンジニアのころよりも楽しい人間が多くて、どうやら合ってるみたいだ
ゲイじゃなければエンジニアを続けていた収入もよかったし普通に生きやすかったなって思う
だけど、僕には不可能だ
だけど、いつか自分の作る音楽が多くの人に届けばいいなと思ってる
仕事は続けるし、働きながら夢を追う
いつか、音楽で稼げるようになればと思う
僕にとっては安心できる人と会えたらなと思う
眠れんので自分語りに付き合ってくれ。ワイは今は30歳、元々、ソフトウェアエンジニアを10年くらいやってたんだけど、病気になったことやAIの登場で自分じゃなくてもいいやと思って、今はカラオケ店員をしながら音楽を作ってる
カラオケ店員はエンジニア以外の仕事でははじめて楽しいなと思えた仕事でもある
社員になれるチャンスがあるならなりたいなとも思う
音楽だけで食ってくぞと思ってこと、鬱で働けずにいて、ニートみたいな生活しながら音楽を配信したりもした
当然、そんなすぐにいい曲は作れない。ドラムパターンやベースも難しいし、かっこいい曲にするためのパターンや構成は今でも難しい
早くバズらないかなと色々とやってみたりもした、tiktokでたまに数万再生されたりもしたが、そんなすぐにバズって音楽だけで食えるようにはならない
だけど、僕はゲイだ。今のカラオケの職場では異性愛者のように女性が好きなように自分を偽ってる
仕事が終わると、あー何やってんだろと、体よりもメンタルが疲れる
ゲイじゃなければ人生は違ってたと思うし、何度も自殺未遂もある
そんな日々を曲にしてリリースもしてる
不幸なのか幸せなのかは分からないが、マジョリティの普通の幸せには僕はどう足掻いてもならない
だから、カラオケ店員への転職と同時期くらいに音楽を始めたのだと思う
飲食は若い学生もいるし、エンジニアのころよりも楽しい人間が多くて、どうやら合ってるみたいだ
ゲイじゃなければエンジニアを続けていた収入もよかったし普通に生きやすかったなって思う
だけど、僕には不可能だ
だけど、いつか自分の作る音楽が多くの人に届けばいいなと思ってる
仕事は続けるし、働きながら夢を追う
いつか、音楽で稼げるようになればと思う
僕にとっては安心できる人と会えたらなと思う