
はてなキーワード:エスカレートとは
https://digital.asahi.com/articles/ASV2B26L3V2BUTIL01CM.html
例えば、政府は沿岸を防衛する「シールド構想」を打ち出し、攻撃型ドローン数千機を初めて購入する予算1千億円超を来年度予算案に計上した。高市首相も選挙戦で、ドローンを活用した「新しい戦い方」や長期戦への備えの必要性を街頭で訴えた。
しかし国内では、実戦に欠かせないドローンの訓練が十分にできないという実態がある。
自衛隊の演習場は小規模なものが多く、訓練時にコントロールを失えば近隣の民間地に墜落しかねない。実際に今年1月、陸上自衛隊の演習場で訓練中の災害用ドローンが強風にあおられて行方不明になり、後日約300メートルも離れた畑のあぜ道で見つかる事案が起きた。
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また、電波の問題もある。大量のドローンを動かすには多くの周波数帯を使用するほか、敵のドローンは電磁波を放って攻撃するが、そのシステムの訓練も周辺の民間人のスマホやテレビを故障させる恐れがあり、国内では行えない。
そもそも、実戦でどう運用するかも定まっておらず、防衛省関係者は「省内外で『ハリボテ構想』とも呼ばれている」と打ち明ける。
自民が維新との連立時に合意した「次世代動力艦の保有」にも不安の声があがる。原子力潜水艦の導入を念頭にしたものだが、防衛省内では否定的な受け止めが少なくない。
原潜は長期間にわたる潜航が可能で、大型化により長射程のミサイルも搭載できる。ただ、原子炉を扱う専門性の高い人材が必要なうえ、艦も大きくなるため、定員は通常動力型(約70人)の2倍ほどが必要になる。
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海上自衛隊の潜水艦「とうりゅう」の艦内。狭いスペースを有効に使うため、魚雷管の下に寝床がある=2025年9月17日、矢島大輔撮影
自衛隊は毎年2万人の定員割れが続いており、特に海上自衛隊は人手不足が深刻だ。中でも、潜水艦は最も過酷な職場とされ、音で他国の艦艇に位置を探知されないようにシャワーは3日に1回。隠密行動のため家族にも出航期間を伝えられない。
ある防衛省幹部は「現実は、映画や漫画のようにはいかない」と話す。
高市首相の「台湾有事」発言以来、日中関係の悪化は深刻さを増す。12月には中国の空母艦載機が日本の戦闘機にレーダー照射する事案も起きた。
連立を組む維新は衆院選で「専守防衛」から「積極防衛」への転換を公約に掲げており、そうなれば中国の警戒をより強めるおそれもある。
自衛隊機による中国機への緊急発進は常態化しており、2013年度以降は年間400回を下回ったことがない。ある防衛省関係者は「現場は疲弊している。防衛強化と同時に、偶発的な衝突がエスカレートして戦争につながらないよう外交努力もしてほしい」と語る。
「減税」合戦、その先は自己責任社会でいいのか 奪い合わない選択は
NPO法人POSSE代表理事・岩本菜々=寄稿2026年2月7日 9時00分
だが、こうした状況に対して、社会の多くの人は無関心である。それどころか、権利を要求する生活保護受給者をたたき、切り下げを積極的に支持していくような雰囲気すらある。こうした世論があるからこそ、国が司法の判断を軽視することが可能になっていると言ってもよいだろう。物価高騰にともなう社会全体の貧困化は、賃上げや社会保障の拡充要求へと向かうのではなく、むしろ「自分たちの生活を守るために他者を切り捨てる」という意識を広げているように思われる。
これを象徴するのが、現在行われている選挙で各党が掲げる「減税」合戦である。たしかに減税を行えば、多少なりとも手取りは増えるかもしれない。しかしその結果として社会保障が削減されることになれば、よりいっそう自己責任が強化された社会が待っている。
昨今の選挙では、外国人が社会保障に「ただ乗り」し、日本人の納めた税金を奪っているという主張や、高齢者の医療費負担が若者の生活を圧迫しているといった主張が人々の共感と支持を得ている。
私たちはこのまま、自分の生活を防衛するためなら他者を切り捨てることもいとわない、冷たい社会へとつきすすんでいくほかないのだろうか――。本稿では生活保護切り下げや「減税」合戦がもたらす現状を分析し、そこから抜け出す可能性を考えていきたい。
上がり続ける物価、夏場は生きるのがつらい
いま、私が代表を務めるNPO法人POSSEも含む支援団体で行っている生活相談会では、生活保護受給者からの相談が急増している。全国の支援団体や弁護士が連携し年3回開催する「なんでも相談会」の埼玉会場では毎回食料配布を行っているのだが、この2年ほど、生活保護を受給している人が食料を求めて列に並ぶことが増えてきた。
たとえば、25年春の相談会では、生活保護費と年金で生活する80代の夫婦が、朝早くに訪れた。2人は、生活保護費が足りず、食事を十分に取れずに痩せ細っていた。特につらいのはエアコン代のかかる夏場だという。電気代を払うと食費が足りなくなってしまうため、1日1食、安いせんべいを買って水に溶かして食べて空腹をしのいだり、コッペパンを3等分して食べたりして乗り切った。妻は、ひと夏で体重が4キロ落ち、夫はレタスもかめないほど衰弱してしまったという。
生活保護費が足りずに亡くなったと思われる方も出てきている。生活保護引き下げ違憲訴訟の集会では、生活保護を受ける当事者から「エアコンが使えず、生活保護を受給していた仲間が熱中症を発症して亡くなってしまった」という報告を、昨年だけで2回聞いた。亡くなったうちの1人は東京に住む女性で、もう1人は神奈川で生活保護裁判の支援もしていた男性である。
5年ほど前までは、失業した人や、病気で働けない人も、生活保護につなげばなんとか命を守ることができた。だからこそ、相談会でも「生活保護につなげる」ことが一つの目標だった。しかし、生活保護の減額が維持されたまま、物価が上がり続けていることで、生活保護を受けても生存が守られなくなりつつある。
セーフティーネットが十分に機能しない社会では、生活を維持するためには、ひたすら自己責任で働き続けなければならず、ひとたび病気になったり、高齢により就労が難しくなったりしたら、途端に死への恐怖と隣り合わせになる。その残酷さを、日々現場で実感している。
選挙で繰り広げられる「減税」合戦は、こうした状況に拍車をかけている。この数年は、減税による「現役世代の手取り増」が焦点化されてきた。この主張は、一部の政党の公約では、外国人や高齢者などへの社会保障削減と表裏一体の形で展開され、人々の支持を集めてきた。
たとえば、国民民主党や日本維新の会は、現役世代の保険料負担を軽減すると同時に、高齢者の医療費負担の引き上げを公約に掲げている。さらに、参政党は「終末期における過度な延命処置に高額な医療費をかけることが国全体の医療費を押し上げる要因の一つとなっている」として、尊厳死の法制化を公約に掲げているほか、外国人への生活保護の支給停止も訴えている。
大胆な減税への要求と、「税金を食い潰している」として高齢者や外国人などを攻撃する排外的な主張が支持を集めるなか、高市政権下ではすでに、様々なセーフティーネットの切り下げが検討されている。たとえば厚生労働省は、高額療養費制度の見直し案として、所得に応じて27年夏までに自己負担の月額上限を7~38%程度引き上げる案を提案している。さらに25年12月には、維新と自民党が、市販薬と成分が似ているOTC類似薬について、約1100品目について25%の患者負担増とすることで合意した。
減税合戦がエスカレートすればするほど、「次は誰を切り捨てるか」ということが問われ、不断に排除と分断が生み出されていく。
なぜなら、法人税増税、富裕層増税などが実現されないまま減税によって貧困を克服しようとすれば、「では、どの支出を削るのか?」という問いは避けられないからだ。そうした構図の中で、排除の線引きが、「外国人労働者」「高齢者」「難病患者」など、様々な形で引かれていく。
この構図を見て私が想起したのは、21年に大流行したNetflixドラマ「イカゲーム」だ。
様々な理由で多額の借金を抱えた貧者たちがデスゲームの会場に集められ、賞金を目当てに殺し合いをさせられるという物語。死者が増えるたびに生存者に割り当てられる賞金の額が増えるため、参加者たちは、自分自身や自分の家族を守るため、「自主的」にゲームに参加し、参加者同士で裏切り、殺し合う。その様子を、上から超富裕層が楽しげに見物しているが、ゲームの参加者は彼らの存在に気がつかない。
限られた財源の負担と配分をめぐり、人々は他者を排除し、少しでも自分の取り分を得るという競争に巻き込まれてしまっている。今の日本の政治状況は、まるで「イカゲーム」の世界がそのまま現実になっているかのようだ。
多くの人が、他者への分配を減らすことで減税を実現することが、自分の生活を防衛する唯一の方法であると思わされてしまっている。しかし、本当にそれしか方法はないのだろうか。「イカゲーム」ではシリーズの後半、主人公が参加者を説得して味方につけ、ゲームの主催者に闘いを挑むことで、ゲームそれ自体を終わらせようとする。
他国に目を向ければ、現実の世界でも、社会の99%を占める労働者が連帯し、富を独占する1%に闘いを挑むことで、富と貧困が同時に拡大する社会にNOを突きつけ、誰もが生存可能な社会をつくろうとする試みが広がっている。
たとえば、25年の米ニューヨーク市長選では、イスラム教徒で移民であるゾーラン・マムダニ氏が当選した。彼は、富裕層への増税を行い、その財源で幼児教育の無償化・市営バスの無料化・家賃の値上げ凍結などを実現するという主張を掲げ、貧困化する労働者層の支持を得たのだ。その背後には、若い世代を中心とする10万人近くの選挙ボランティアによる、地道な個別訪問による説得があった。ボランティアらは、生活苦のなか、敵対の構図は「白人労働者」vs「移民労働者」などではなく、「99%の貧しい労働者」vs「富を独占する1%の富裕層」なのだと、有権者に語りかけたのだ。
こうした動きは、アメリカ全土で広がりを見せている。25年10月にあった「NOKINGS(王はいらない)」デモは、「NOKINGS NO BILLIONAIRES(王はいらない、富裕層はいらない)」をスローガンに掲げ、主催者発表によると全米で700万人を動員したという。
労働組合を結成し賃上げを求める闘いも広がっている。アメリカのスターバックスでは、550店舗で働く約1万2千人が労働組合に加入し、CEOが平均的な労働者の6千倍近くの報酬を得ていることを批判し、賃上げを要求している。さらに、ニューヨーク市の複数の私立病院では、26年1月12日から看護師計約1万5千人がストライキに突入した。現場となった病院の一つでは、CEOが年間でおよそ2630万ドルもの報酬を受け取っていた。看護師たちは、賃上げや人員の確保を要求し、現場で働く労働者と地域住民のために富を使うよう経営陣に迫っている。
日本でも26年2月2日、減税合戦が繰り広げられる選挙戦のただ中で、「非正規春闘」の開始宣言が行われた。これは、労働者が様々な差異を乗り越えて連帯し、利益を分配しない企業や富裕層に対抗していくという世界の運動の流れをくむものだ。
今年の非正規春闘では、非正規雇用労働者を組織する35の労働組合が、160社、10自治体に対し賃上げを求める方針だ。日本企業がため込んでいる利益である内部留保が過去最高となる一方、社会を支えるエッセンシャルワーカーは低賃金でこき使われている。こうした状況に対抗するべく、10%以上の賃上げを求めて非正規労働者らが連帯し、交渉を始めたのだ。
記者会見には、保育士・語学講師・飲食店アルバイト・出版流通で働く労働者など、会社・職種・国籍の垣根を越えた非正規労働者たちが集まり、非正規雇用労働者全体の底上げを求めていく決意が語られた。
貧しい者同士の分断があおられ、誰もが目先の手取りに関心を奪われている日本社会で、仲間とつながり、賃上げや社会保障の拡充を求める連帯を地道に広げていくというのは、困難な道のりかもしれない。しかし、こうした取り組みを広げていくことが、誰もが手取りの減少におびえ、生活苦が進むほど財源の負担をめぐって互いを蹴落とし合うという絶望的なゲームから抜け出す唯一の方法だと、私は思う。
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ざっくりまとめると
2024年夏コミでのポジティブな大バズ →2025年4月の大阪・関西万博でのコスプレ来場 →炎上 →逆ギレ(一貫した「私は悪くない」スタンス) →殺害予告レベルへのエスカレート → 引くに引けなくなる泥沼化
「学校はじまって以来の才女」字幕コス(ビリーナイスガイ氏+どるやん氏)の2人に現地調達され、名シーン再現コラボ。
本人が膝から崩れ落ちる写真が大バズり(トレンド入り、公式アニメ反応、ファンアート大量)。
→ 初の10万いいね超え級バズでフォロワー急増。「マルシル=鹿乃つの」イメージ定着(ポジティブスタート)。
アクスタ頒布でトレース疑惑・著作権侵害疑惑が浮上(ダンジョン飯アニメロゴ無断使用など)。
→ 一部界隈で「またか」的な炎上。小規模だが、信用失うきっかけに。
ガンダム前などで単独撮影・X投稿(最初は好意的、1.8万いいね超)。
note「万博×コスプレ体験記」公開 →TPO・マナー違反・承認欲求優先・原作リスペクト不足批判爆発。
→ 全国ニュース級に拡散(万博コスプレ炎上)。過去のトラブル総掘り返し(ディズニー園内ルール違反、コミケマナー問題、権利物無断使用など)。
本人:批判に「ルール守ってる」「嫉妬」「界隈がおかしい」「私じゃなきゃ自死レベル」など被害者主張。
文春インタビューで心身限界告白も謝罪ゼロ →さらに燃料投下。
殺害予告(「5月22日銃殺」など)・過激DM殺到 →警察相談・パトロール強化。
BBQイベントでマルシルコス動画公開 → 再び公共マナー違反批判。
他コスプレイヤーとの確確執(カメラマン無断掲載削除巡り、ニコ超関連など)。
物議発言連発(訃報ネタ利用、差別ニュアンス、失礼リプなど)。
→ 「今最も嫌われているコスプレイヤー」扱い定着。
『REAL INFLUENCER』出演(ヴァンビ氏らと対談)。
「私は悪くない」「界隈が異常」と繰り返し →特待生資格一時取り消し→条件付き復帰。
炎上スパイラル加速(万博はきっかけに過ぎず、対応姿勢・過去積み重ねが本質)。
2026年(1月現在)1月23日頃:クラウドファンディング開始
→ 即アクセス集中でページダウン →支援開始も規約違反(個人トラブル費用)疑いで炎上。
本人:「誤情報」「サーバー重過多」など主張も、支援者ブロック疑惑・返金拒否姿勢で大炎上。
参政党の選挙カーで「素人の人」(候補者本人ではない一般の支援者や党員)が乗って演説している光景を見かけたということですね。
これ自体は**選挙的に基本的にOK**です。公職選挙法上、問題になるケースはほとんどありません。
選挙カーに乗れる人数は基本的に「候補者+運転手+車上運動員4人以内」(合計6人程度)ですが、停止して演説している場面では、応援弁士や支援者が一時的に乗って話すケースはよくあります。特に新興政党や草の根系の政党では、候補者以外の党員・サポーターが積極的にマイクを持つ光景が比較的多いです。
参政党は党員参加型・DIY型のスタイルを売りにしているため、候補者以外の人(党員や一般支持者)が選挙カーに乗って政策を熱く語ったり、応援メッセージを述べたりするシーンが他の政党より目立つ傾向があります。これは違法ではなく、むしろ彼らの特徴的な選挙スタイルの一つです。
### 注意点(違反になるケース)
見た光景が「停止して演説していた」のであれば、ほぼ確実に合法です。
「素人が演説してるなんて変だな」と思う気持ちはわかりますが、法律的には誰でも(選挙運動員として)応援演説できる仕組みになっているので、ご安心ください
選挙カーの上に乗っている人(候補者や応援弁士・党員など)が、下にいる人たちと**口論**(やり取り、応酬、言い合い)になっている光景は、選挙現場では**わりとよくある**ことです。
法律的には**基本的にOK**(違法とはなりません)ですが、**度が過ぎると問題になるケース**もあります。以下に整理します。
- 例:「それは違いますよ」「誤解です、こうです」などと応酬する。
-選挙は**公開の場**なので、こうしたやり取り自体は公職選挙法で禁止されていません。むしろ、**有権者が直接疑問をぶつける**のは民主主義の健全な姿と見なされることもあります。
多くの選挙カー陣営は、口論が長引くと「時間です、次行きます」と切り上げて移動します。
警察が近くにいると、両サイドに「落ち着いてください」と注意が入るのが普通です。
結論:
ただ、**暴力沙汰や妨害レベル**に発展したら即アウト(逮捕リスクあり)なので、現場ではほどほどに抑えるのが暗黙のルールです。
見た場面が「ただの言い合い」くらいなら、気にしなくて大丈夫ですよ。選挙期間中はああいう熱いやり取りが日常茶飯事です。
警察官の出動による**市民負担(税金コスト)の推定**について、具体的な公式数字は公表されていません。警察の警備出動は通常の公務(秩序維持・犯罪防止)として扱われ、イベントや選挙のような個別ケースで「1回あたり何円」と細かく算出・公表されることは稀です。特に選挙中の街頭演説トラブルは、候補者の選挙の自由や公衆の安全確保のための出動なので、**警察予算(国・都道府県税から)**からまかなわれます。
ただし、**一般的な推定値**で計算すると、以下のようになります(主に総務省・警察庁データや公務員人件費の目安に基づく)。
-選挙期間中の超過勤務手当(特殊勤務手当など)が加わると、さらに上乗せされる可能性あり。
- **演説1回が短時間(例: 30分〜1時間)で、警察がその時間だけ対応** →時間按分で数万円程度(例: 4人×1時間で約1〜2万円)。
- **一日中出動(演説前後で待機・警戒態勢)** →上記の**12〜20万円/日**がまるまるかかる。
選挙期間中(公示から投票日前日まで、通常2週間程度)で毎日複数回の演説があれば、**累計で数百万円〜数千万円規模**になる可能性もありますが、これはあくまで推定。実際は警察署の通常勤務内で吸収される部分が多く、特別予算が組まれるわけではありません。
### 注意点
結論:**一回の演説あたりで数万円〜20万円程度の税金コスト**が目安ですが、正確な額は警察庁や自治体にしかわかりません。もし気になるなら、地元自治体の議会で「選挙トラブル時の警察出動経費」について質問してみるのが一番確実です。選挙は熱くなりますが、みんなの税金がかかっている以上、双方が節度を持ってやるのが理想ですね。
最近ニュース見てて思うんだけどさ、非モテの女と男で、恋愛絡みの犯罪の質が全然違うよね。非モテ女の場合、交際相手を殺すなんて滅多に聞かない。まあ、たまにニュースで出てくるけど、それは本当にレアケース。たいていは自分を傷つけたり、SNSで愚痴ったり、せいぜい浮気相手に嫌がらせするくらいでしょ。心の闇を抱えても、外に爆発させるより内側で腐らせるタイプが多い気がする。
一方、非モテ男はヤバい。交際相手を殺す事件が頻繁に起きるじゃん。ニュース見れば明らかだよ。ストーカーからエスカレートして、刺殺とか絞殺とか、毎月のように出てくる。なんで男の方がこう暴力的にいくんだろうね。テストステロンとか社会のプレッシャーとか言う人もいるけど、結局のところ、拒絶されたときの耐性が低いんじゃないの? 「俺のものにならないなら殺す」みたいな独占欲が強すぎる。
でさ、ストーカー問題なんだけど、もう本気で対策考えないと。罰金とか懲役じゃ甘いよ。ストーカーは島流しにしろ。無人島に隔離して、反省するまで放置。食料は最低限、ネットもなし。そこまでしないと、被害者が増え続けるわ。女がストーカーするケースもあるけど、男のストーカーの方が圧倒的に凶悪でしょ。ジェンダー平等とか言う前に、この格差を認めて対処すべきだと思う。
ぶつかりおじさん(亜種含む)によくぶつかられるアラフォーおばさんである。
歩きスマホはしない。外見は白髪染めカラーの地味髪ミディアム、カジュアル寄りの大人しい服装、メイクも派手ではない。外見的なイメージでは「優しそう」と比較的言われる。
道や順番は男女問わず基本的に譲る。嫌な思いはしたくないので。
そういう女が直近一年くらいで会ってきた、女にのみ攻撃的なおじさんを紹介したい。
黒リュックを背負った初老おじ。電車の中で鏡を見ながら前髪を直していたところ、真横にいたおじが小声で「ブスが色気づいて……」「ブスのくせに……」と独り言を言い始める。「何か言いたい事あるんですか?」と聞くと気まずそうに無視&逃走。
学生しか持たないようなスポーツブランドのリュックを持ってたから若く見えたがそうでもないのかもしれない。駅の混雑の流れが止まった時、私の真後ろにおり、「止まんなよブス」と吐き捨てて、前に割り込み追い越して行った。私が止まったんではなく人の流れが止まったんだが…。
・絶対道譲りたくないおじさん(50〜60代)
基本的にみんな左側通行している歩道で左側を歩いていたところ、前方から流れに逆らって歩いてきたサラリーマン風のおじ。避けようにも右側からも人が来るので、どうしようかと迷っている間にもずんずん直進してきておそらくぶつかってこようとしていたため、やむなく細長くなって避けた。
目の前で20代前半かハイティーンとみられる女の子が歩きながらスマホを見ていたのだが(歩道のド真ん中とかではなく普通に端の方)、その前方から来たおじさんが見えてるなら避ければいいものを、女の子を直視しながら真正面にわざと直進。ぶつかるギリギリで女の子が察知してよろけながら避けたが、謝るでもなく立ち去る。歩きスマホしてるバカ女に制裁!とか思ってたのだろうか…。
職場のアルバイトのおじさんなのだが、プライドが高く、忙しかったりで自分の思い通りにならないとでかい音を出したりイラつきをアピールして八つ当たりをするため腫れ物扱いされている。しかしそれは周りに自分よりおとなしく小柄な男性や女性のパートさんがいる時に限り、厳つい社員や上司の前では押し黙るのである。こいつ絶対外ではぶつかりおじさんしてそうと思っている。
・新人追い込みおじさん(50〜60代)
これも職場のおじなのだが、新人の女子がちょっと通行を遮ったりすると「邪魔なんだよ」と不機嫌になる。他の男性の同僚の前ではごくごくおとなしく、若い女の子にだけなぜか当たりが強いおじさん。このおじに当たられ続け、女の子はメンタルを病んで辞めてしまった。新人なので要領は掴めてなかったかもしれないが、彼女が故意に危険な事や仕事の妨害をしたわけでは決してない。もっと仕事ができない男はいくらでもいる。
よくいる感じの悪いおじさんや今思い出せないおじさん、ヤカラ、ガチ性犯罪者のおじさんは除いた上で、印象に残っているおじさんを挙げてみた。
最近は年の功で自分への害は避けられるようになってきたこともあり、目撃しただけのやつも多くなったが…。
こうして見ると、おじさんにとってぶつかり行為というのは自分の正当性や不快感を女に「わからせる」ための行為なんだろうか、という気がする。
あと女性側が謝ったり顔色を窺うような反応をするとぶつかり行為はエスカレートするように思う。
真正面から「何すか?」と言い返されると相手は黙るしかないのだ。自分のやっている事に実際は正当性がない事を薄々知ってるから。
もちろん世の中にいるのはぶつかりおじさんだけではない。
車椅子のおじさんが困っているところに駆け寄って手助けしていたおじさん、コンビニの扉を押さえていてくれたおじさん、狭い通路で鉢合わせになった時、会釈しながら通ってくれたおじさん………見知らぬ、二度と会わない他人へも善意を忘れないおじさんもたくさんいるのである。
「相手のことを思って長文の感想を送ったけど相手にされなかった」
「自分も感想を送ってほしいのに受け取るだけで返してくれない」
こういう感情を向けられる側の視点が抜けているので書いておこう。
まず、私はそんな重たい感想がほしいとは一度も言ったことはない。
むしろ自分の無理のない範囲で推してくれよ、責任取れないからな! と伝えるタイプである。
つまり私の主張を読まずに激重感想を送ってくるのは向こうの方なのだ。
悪意がないのはわかっているのでスルーすることにしているが、スルーしていることに対して「冷たい」「何もしてくれない」とか思われるのはホラーである。
それに、こういう人間はえてして自分は感想を書くのがうまいと思っているのだが、実際のところそんなことなかったりする。
人間の価値観は多様なので誤読が発生するのはしょうがないが、長文でズレた感想が送られてきたらなんとも答えづらい。
それでも「そんなつもりはなかったが、楽しんでくれたのならいいか」と思うようにはしているが、そういう人が「どうしてちゃんと私の感想に返信してくれないんですか?」と言い出したらそりゃ困るだろう。
作品を通して自分に好意を持たれるのが嫌なわけじゃない。出会ってよかったなと思える人もいる。
ただ、勝手に期待して勝手に自滅する人間については責任が負えない。人に好かれたいのであれば相手が何をされてうれしいのか、ちゃんと調べるべきだ。
「私はこんな重いメッセージしか送れないんです。こんな私を愛してください」と言われても知らん! 私は創作活動の上でされてうれしいことはプロフィール欄に書いてるのに、それを参考にせずにいきなり癖が強すぎる愛情表現してくる方も悪いだろ!
私があんまり空気読めないのは認めるけど、この人たちそれ以前に人の話聞いてないんだよね。
私のことが好きって言うならどうしてしてほしいこと、してほしくないことを知ろうとしないんだ? あんたらよりはただひと言「面白いです」って言ってくれる読み専の人のほうがよほど理解があるからな。
まあ激重感想うれしいかどうかってわからないだろうし、激重感想も一度二度なら不幸な行き違いぐらいに思っているし、そこまで怒らないんだけど⋯⋯。
ただ激重感想は放っておいたらどんどんエスカレートする人がいるんだよね。
うっかり甘いもの苦手な人にケーキあげちゃって喜んでもらえなかったら、普通は次はケーキあげるのやめるじゃん。でも「もっとすごいケーキなら喜んでもらえるのかも!」と思う人がいるんだよな。
そうじゃない、そもそもケーキがいらないんだわ。どうしてもケーキしかあげるものがないんならその人と仲良くなるのは諦めろ。
こっちはいらないのにケーキが二倍三倍に増えてくの怖いでしょ?
同じものが好きじゃなくても押し付けられなければ「そういう人がいるのはしょうがない」と思えるけど、どうしても自分のケーキで喜んでもらいたい、と思われたら、こっちもいつかは拒否しなきゃいけないのがなぜわからない。
それで「私が素晴らしいケーキを作れないから愛してもらえないんだ」と泣いてるの見るとそこじゃねえんだよ、となる。何度も言うが人の話を聞け。お前がケーキを作るのが上手いかどうかは私は正直どうでもいい。食べないし。
自分が特別なことをすれば特別に愛してもらえると思ってるけど、そうじゃないんだよな。
私の仲のいい友達も突然巨大感情を押し付けてきたから仲良くなったわけではなく、何気ない話をしたり共に時間を過ごした中で、ウマが合ったから一緒にいるだけだ。
友達は創作をしているが、やらなくなったとしても私は友達のことが好きである。
人を愛するということは特別なドラマではなく、何気ない日常を共有した先にあるものだということがなぜわからない。漫画の読みすぎではなかろうか。
私はアウトドアが好きで車中泊で遠くに出かける事もあります。タイトルの件、私は犬を飼っていなくて今後も飼う予定はありません。
2020年のパンデミック以降、リモートワークが続き都市部の1人暮らしで人との接触が無くなり、ストレスを抱えている友人も少なくなく、そんな友人Aを誘って近場の海に日帰りドライブに行ったところ、Aは久しぶりに外に出て自然の中で過ごしてリフレッシュできたと凄く喜んでくれて、私も友人の明るい顔を見て楽しい休日を過ごしました。
Aは運転してくれたから費用は出すと申し出てくれましたが、高速代ガソリン代は割り勘でランチをご馳走して貰いました。
その後もAとは年に数回、ドライブがてら日帰りハイキングに行くようになりました。
私がその様子を自分のSNSに上げると同じ境遇の友人Bが「私も行きたい」と言い出しました。Bはコロナ禍に犬を飼い犬と2人暮らし。犬同伴だと行けるところが限られていて犬とキャンピングカーで旅をしてるユーチューバーにハマってるから車中泊がしたいと言われました。
私はいきなり犬と車に泊まると言われて驚きましたが、私の車は普通車で車中泊仕様ではないと断り同じように日帰りでドライブを提案しました。
しかしAとドライブに行ったときのように楽しい思い出にはなりませんでした。
海に到着すると私はBのスマホを渡され犬とBが遊ぶ動画を撮る係にされました。撮った動画を確認して満足がいかないと撮り直しになる事が何度もありました。
映えスポットの灯台に上がる階段は犬が歩けなくなったら飼い主が抱えて歩くと話して、Bは「mont-bellの犬用のリュックを買ったから大丈夫」とSNSでも自慢してたので問題ないと言ってましたが当日は「リュックは重いから」と持って来ませんでした。灯台は観光地で家族連れも多く小さな子供も高齢の方でもひょいひょい歩けるイージーな階段でしたは犬はすぐに動かなくなり座ってしまいましや。飼い主もキツイと言って犬を連れて灯台で動画を撮ってきて欲しい犬とスマホを押し付けられました。
私は片手で犬を抱えて、片手でBの手を引き上げサポートをしながら登りきりました。
駐車場に戻ると、Bと犬はすぐに車に乗り込みました「車に乗る前に軽くでいいから犬の足拭いてね」と私が持ってきたタオルを渡しましたが「え?土禁?そんな神経質だったっけ?」と笑って取りあいません。
車の中では私との会話はなく、Bはずっと愛犬に話しかけながら動画の編集に没頭し、道が分かりづらいから調べて欲しいと声をかけると「ただいま編集中でーす」、と呑気な声で言われました。運転は交代すると言いながら途中休憩で断りもなくビールを飲みました。
高速代とガソリン代を割り勘にする金額の話しを出すと「ええ!?出すの?そっちだって私の犬ちゃんと遊べたんだからいいじゃん」と出し渋ります。
帰り際に「来週は別の海に行こうよ」とBから誘ってきました。
その時点で私はもうBとBの愛犬を車に乗せる気は失せていて、来週は別の予定があると断ると、「次の週は?」「車中泊流行ってるよね、キャンプも流行ってるよね、犬とキャンプ行かない?」仕事の予定がわからないからとぼやかしました。
AとBの違い。
Aは私が運転中に音楽をかけたり行き先調べてナビ代わりになってくれました。
Bは自分の犬動画の編集に夢中で私との会話すらありませんでした
Bは高速代しか割り勘せず自分は飲んだのにランチはきっかり割り勘
Aは海の岩場を歩いたり海ハイキングができるフットワークがありました
Bも犬も岩場は歩けずハイキングも途中でいやがり
その愚痴を別の友人に聞いてもらうと「そのお友達はよっぽど楽しかったんだよ、リモートワークでおかしくなった人は多いから、たまに息抜きに付き合ってあげなよ」となだめられました。
Bとは学生時代の繋がりで数年前に共通の友人の結婚式で再会した数人とSNSの連絡先を交換して、その後何度か複数人飲みに行きました。以前から特に仲がよかった訳ではありません。お互い東京に残り独身で、それなりに収入もあり自由が利く身で旅行好きという共通点はありました。
確かにBは楽しかったと思います。BのSNSには「わんちゃん気持ちよさそー」「素敵な場所のお裾分けありがとう御座います」と好意的なコメントばかりでした。おまけに移動費もかからないし、自分は飲んでも食事代はキッチリ割り勘、そりゃいいだろう。
その後もBから「また車で連れてって」が続きました。
私が登山に行くと「熊が出るからもう登山はやめた方がいいよー」私が映画を観に行くと「ネトフリで見ればいいじゃん」と私の趣味にケチを付けてきては「また犬ちゃんとドライブしよー」と言ってきます。
そして「次いつ出かける?」が始まります。Bの希望の行き先はいつも「好きな絶景ユーチューバーが紹介してたから」「好きな犬ユーチューバーが紹介してるから」とYouTubeの動画のリンクだけ送って来て、「どこ?」と聞くと地名や場所の名前はYouTubeで見ればわかるからと言います。
普段から山登りやドライブで絶景を見ている私には、チープなYouTubeは魅力的に映らず、流行ってるから、バズってるからと主体性のないBの言葉に振り回されるのもうんざりしていました。
中にはバズってたから「八ヶ岳ブルー」見にGWに八ヶ岳登ろうと、高尾山すら登ったことも無くGWの八ヶ岳が雪山であることも調べず提案してくる事もありました。
Bと愛犬には難易度が高いから自分と愛犬が歩けるところから練習だねと代案を出しました。
「前に行きたいって言った海の近くに犬が泊まれるホテルがあって、人気があってすぐ予約が埋まるから予約しといたよ。車で連れてって」
Bが予約した犬が泊まれるホテルを調べると、犬用の個室風呂や犬食の用意があるなど犬のためのユーティリティが充電していてセミスイートで凄く高額でした。その事をBは説明しませんでした。
その上、平日のが安かったから平日予約した、私はリモワだからPC持っていけば車の中でも仕事できるからと勝手な事ばかり言います。
私は犬が嫌いではないですが、衛生面が気になり犬と同泊は抵抗があるし、犬に寄り過ぎて予算が上がるのはフェアじゃない。私はリモワでなく出社するから予約する前にこちらの都合を確認するのはマナー、高速代やガソリン代の事も正直に「最低割り勘、全面的にBの要望に合わせるなら高速代ガソリン代は全額払ってくれれば付き合いやすくなる」と言いました。
Bはやはり出し渋って「車にガソリンが入ってるのは当たり前じゃん」と何故か笑いました。
そんな事が2年ほど続き、コミュニケーションを取るのが難しいから、私の車で出かける話は最低限お互いの都合を合わせるなどの配慮や気配りはして欲しい、犬を優先するなら費用の折半以上は要求すると打ち明けると、Bは元々「B型だから」「自分勝手」と言われる事があると反省を示し、自分でも閉鎖的なリモートワークによる精神の影響は気づき始めて、外との交流を考えて犬インフルエンサーのオフ会など犬を通した交流も始めて次第に連絡がなくなりました。が、すぐ「車で連れてって」が再開します。
車でオフ会に連れて行ってくれる「犬友」もできたそうですが「犬友」の車は軽自動車で乗り心地が悪いとか、移動中に何時間も犬友や犬友の犬に気を使うのが嫌で途中で車を下りてバスで移動して大変だったと、また私のところに戻って来ました。
犬オフ会の動画を見ましたが、Bの愛犬はおとなしく、活発な犬と距離ができてしまいBが何度もなだめる繰り返しであまり楽しそうではありませんでした。別の友人が言ってた私との日帰りドライブはそれに比べると楽しかったと思います。
Bはペーパードライバーで自分でレンタカーを借りて出かける事も試したそうですが、犬がいると運転に集中できずに断念して、やっぱり誰かの運転に頼むことにしたと言います。
「いいとこだね」、「出かけるなら私と犬ちゃんも連れてって欲しかった」、「今度そこに連れてって欲しい」、「来月行かない?」と短文で小分けにして連投するコメントが着くことが増えて、煩わしくなり私はSNSを更新するのをやめて返信もしなくなりました。
リモートワークでも外部とのコミュニケーションがあった時はまだマシでした。年末年始で仕事が休みになるとBの言動はエスカレートします。
年末年始は山仲間と雪山行くから無理、圏外になるから暫く返信はできないよとメッセージを送りました。
するとBは、スノボ経験もないのにインスタで見つけた「犬連れOKイケメンアウトドアガイド」のスノボバックカントリーツアーに私の名前も入れて申し込みをしたから「車で行こうよ」、雪山行く前に予定を決めたいと言い出しました。
「私はスノボはやらないし雪道の運転もしないしこの先もやらない、犬とバックカントリーなんて素人には絶対無理だからよく考えた方がいいよ。」と突き放しました。
Bの言い分がこうです。また他の犬とレベルが合わないとつまらないから「貸切プライベートツアー」にしたけど金額を聞いたら凄く高くて1人じゃ行けないから一緒に行こうよ、車があるなら行きたいっていう犬友もいるから割り勘にすれば安くなる、スタッドレス買えば?
その先は読まずに「私は雪道は運転しないし他の犬を私の車に乗せる話を一方的に進めないでね。この話しはもうこれ以上しません。返信もしません」と突き放すと「一方的じゃないじゃん、ちゃんと『付き合って』って言ってるよ、ダメって言われたら断るつもりでいたよ。一方的て言うなんて変だよ
相変わらずその時点でスノボツアーの地名も出て来ませんでした。
私が返信しなければ諦めるかと思い放っておくとあっという間に未読が40、50を超える
年末に山仲間にもBの話を聞いて貰うと
・(山仲間は)自分たちはずっとお金はフェアにやってきたのが長続きしてる秘訣、運転手と幹事は割り勘の頭数とは別
・命を預けてる
で一致した。
中には
幻想的で素敵〜
かっこいいよね〜
カッコいい人が見つかってよかった
雪山って何しに行くの?
スノーシュー?
その人でもいいよ紹介して、そのひと犬好き?
イケメンガイドの犬連れアウトドアワークショップに参加した別の男の人のインスタ見つけた
男の人が多いいんだよねー
この人、犬とスノーシューやってる
鈴木亮平と同じ車乗ってる
スノーシューなら行く?
結婚してるよねーやっぱりー
お金持ってそう
車いつ買い換えるの?
4WDだったら雪道も行けるでしょ?
アウトドアやるなら4WDがいいって私の好きなユーチューバーが言ってたよ、
2WDはスタックするって私が好きなユーチューバーが言ってたよ
4WDで
温泉とかは犬ちゃんを車に置いてかないといけないからサブバッテリーは絶対だね
永遠に続く
Bはリモートワークの閉鎖的な環境が続き、他人と境界線に不具合が出てしまったのではないかと思っています。
登山の難易度やスノボの経験もないのにより難易度の高いバックカントリーをやりたいと言いだしたり、自分のエリアが分からなくなってしまったのかと思います。
私はアウトドアが好きでコロナ禍に移動や宿泊先に困った頃から車中泊で遠くに出かける事が増えました。私は犬を飼っていません。
2020年のパンデミック以降、リモートワークが続き都市部の1人暮らしで人との接触が無くなり、ストレスを抱えている友人も少なくなく、そんな友人Aを誘って千葉の海に日帰りドライブに行ったところ、Aは凄く喜んでくれて、私も友人の明るい顔を見て楽しい休日を過ごしました。
Aは運転してくれたから費用は出すと申し出てくれましたが、高速代ガソリン代は割り勘でランチをご馳走して貰いました。
その後Aとは年に一度ほどドライブがてらハイキングに行くようになりました。
友人Bも同じ境遇で、Bは犬を飼ってコロナ禍をやり過ごしましたが、犬がいると旅行に行きづらいとも言っていたので同じように日帰りでドライブに誘いました。でもAとドライブに行ったときのように楽しい思い出にはなりませんでした。
始めはBの希望で「絶景動画でバズってた海岸のお花畑」に行きました。車の移動距離は往復で300km。
現地に到着すると私はBのスマホを渡され犬とBが遊ぶ動画を撮る係にされました。獲った動画を確認して満足がいかないと撮り直しになる事も何度もありました。
バズりポイントは車を下りてから少し丘を歩かなければ辿りつけず、犬が歩けなくなったら飼い主が抱えて歩くと話して、Bは「犬用のリュックを買ったから大丈夫」と言ってましたが当日は「リュックが重いから」と持って来ず、案の定少しぬかるんで足場の悪い傾斜では犬はおろか飼い主も足が止まってしまいました。
Bはバズりポイントに行って動画を撮って来て欲しいと泥だらけの犬を私に押し付けました。私が犬を抱えてBの手を引きサポートをしながら登りきりました、バズったせいか人が多く小さな子供も高齢の方でもひょいひょい歩けるイージーな斜面です。
友人Bも私もアラフィフで、10年以上の登山経験がる私に対してBは10年以上都会で犬の散歩の経験しかありませんが自分では「体力がある方」を自負しています。
車に戻ると、私が泥だらけの靴を履き替えたり犬を抱えてついた上着のドロを払っている間に、Bと犬はすぐに車に乗り込みました「車に乗る前に軽くでいいから犬の足拭いてね」と私が持ってきたタオルを渡しましたが「え?土禁?神経質だなー」と笑って取りあいません。
車の足元もシートの間も細かい砂と犬の毛だらけで後の掃除は大変でした。
車の中では私との会話はなく、Bはずっと愛犬としゃべりながら動画の編集に没頭し、道が分かりづらいから調べて欲しいと声をかけると「動画をアップするまで話しかけないで」、と言われました。運転は交代すると言いながら断りもなくランチでワインを2杯も飲むなどと、同行者の身勝手な行動が続いて私は機嫌が悪くなってしまいました。高速代とガソリン代を割り勘にする金額の話しを出すと「そっちだって犬と遊べたんだからいいじゃん」「車を出してくれるって事はガソリン代がかかるってことでしょ、ケチだなー」と出し渋ります。
帰り際に「来週は別の海に行こうよ」とBから誘ってきました。
その時点で私はもうBとBの愛犬を車に乗せる気は失せていて「来週は別の予定がある」と断ると、「次の週は?」「来月は?」と食い下がってきます。
ぼやかしていてもキリがないと思い
「私は山登りとか自分のやりたい事で休日を過ごしたいから、暫くはBの犬の散歩には付き合えないよ。」とハッキリと断りました。
その愚痴を別の友人に聞いてもらうと「そのお友達はよっぽど楽しかったんだよ、リモートワークでおかしくなった人は多いから、友達だったらたまに付き合ってあげなよ」となだめられました。
確かにBは楽しかったと思います。BのSNSには「わんちゃん気持ちよさそー」「素敵な場所🎵お裾分けありがとう御座います」と好意的なコメントでちや。おまけに移動費もかからない。
その後もBから「また車で連れてって」攻撃が続きました。行き先はいつも「犬動画でバズってるから」「好きな犬ユーチューバーが紹介してるから」
その情報に目を通すと犬トレッキングや犬キャンプなど、Bはキャンプ経験もなく先のイージーな傾斜も歩けなかった犬と飼い主の運動神経では無理そうなところばかりでした。
「最低限まずBが1人でできないとダメ、1人で高尾山でも行ってからね」と断わると「高尾山なんいやだよ(笑)」
私が山登りに行った写真をSNSに上げると「きれいなとこだね、私と愛犬も連れてって欲しい」と言われる事が増えました。私の登山は中級レベルなので、BにはYouTube見て自分と愛犬が歩けるところを探しておいでと言いました。
それからBは、高尾山に登るのではなく、私でも恐怖感を覚えるような岩場を犬と歩くバズってる動画ばかりを送ってきては、こちらの都合も聞かずに勝手に宿を予約して「ねえ車で連れてって」と言うようになり、コミュニケーションを取るのが難しくなりました。
ちょっと自分勝手じゃないか?車を出すのは私でしょ?予約する前にこっちの意向を聞いて欲しいと指摘をすると、Bは自分でもリモートワークによる精神の影響は気づき始めて、犬インフルエンサーのオフ会など犬を通した外の交流も始めましたが「車で連れてって」は止まりませんでした。
車でオフ会に連れて行ってくれる「犬友」もできたそうですが「犬友」の車は軽自動車で乗り心地が悪いとか、移動中何時間も犬友や犬友の犬に気を使うのが嫌で途中で車を下りてバスで移動して大変だったと、また私のところに戻って来ました。
犬オフ会のハイキングの動画を見ましたが、Bの愛犬だけ途中で歩かなくなってしまい、Bが何度もなだめる繰り返しであまり楽しそうではありませんでした。
インスタで見つけた「イケメン犬アウトドアガイド」のスノボバックカントリーツアーに私の名前も入れて勝手に申し込みをしたから「車で行こうよ」と始まりました。
「私はスノボはやらない、この先もやらない、バックカントリーなんて素人には絶対無理だからよく考えな、行っても時間の無駄」と突き放しました。
Bの言い分がこうです。一般のバックカントリーツアーはスノボ中級者しか申し込み資格がないけど、「プライベート貸切ツアー」ならゲストのレベルに合わせてくれるから行けると思う、イケメンガイドは人気で予約が取れないから「スノボ経験あり」って事にしてイケメンガイドの予定だけ先に抑えた、でも金額聞いたら凄く高くて1人じゃ行けないから一緒に行こうよ、車があるなら一緒に行きたいっていう犬友もいるから割り勘にすれば安くなる
その先は読まずに「私はスノボはやらないって言ったよね?お互い共有できない事はやめよう。雪道の運転もしない、会ったこともない人の犬は乗せない。この話しはもうこれ以上しないでね。」と突き放すと「一方的じゃないじゃん、ちゃんと『付き合って』って言ってるよ、ダメって言われたら犬友には断るつもりでいたよ。
その時点で「スノボツアー」の場所や行き先も知らされていない。旅行に誘うのならせめて行き先位伝えるのがマナーでしょ?話しにならない、もう返事しません。とひたすら突き放す方向になってしまいました。
『行きたいとこあったら車出してあげる』って言ったのはそっちじゃん、そっちの要望に合わせてあげてアウトドアにしたんだよ」「人が多いゲレンデだと犬が落ち着かないから、人があまりいないバックカントリーにしてあげたんじゃん」そしてまた「イケメンガイドバズってるよ」とイケメンガイドのインスタばかり送ってくる。
Bはリモートワークの閉鎖的な環境が続き、他人と境界線に不具合が出てしまったのではないかと思っています。
私はアウトドアが好きでコロナ禍に移動や宿泊先に困った頃から車中泊で遠くに出かける事が増えました。私は犬を飼っていません。
2020年のパンデミック以降、リモートワークが続き都市部の1人暮らしで人との接触が無くなり、ストレスを抱えている友人も少なくなく、そんな友人Aを誘って千葉の海に日帰りドライブに行ったところ、Aは凄く喜んでくれて、私も友人の明るい顔を見て楽しい休日を過ごしました。
Aは運転してくれたから費用は出すと申し出てくれましたが、高速代ガソリン代は割り勘でランチをご馳走して貰いました。
その後Aとは年に一度ほどドライブがてらハイキングに行くようになりました。
友人Bも同じ境遇で、Bは犬を飼ってコロナ禍をやり過ごしましたが、犬がいると旅行に行きづらいとも言っていたので同じように日帰りでドライブに誘いました。でもAとドライブに行ったときのように楽しい思い出にはなりませんでした。
始めはBの希望で「絶景動画でバズってた海岸のお花畑」に行きました。車の移動距離は往復で300km。
現地に到着すると私はBのスマホを渡され犬とBが遊ぶ動画を撮る係にされました。獲った動画を確認して満足がいかないと撮り直しになる事も何度もありました。
バズりポイントは車を下りてから少し丘を歩かなければ辿りつけず、犬が歩けなくなったら飼い主が抱えて歩くと話して、Bは「犬用のリュックを買ったから大丈夫」と言ってましたが当日は「リュックが重いから」と持って来ず、案の定少しぬかるんで足場の悪い傾斜では犬はおろか飼い主も足が止まってしまいました。
Bはバズりポイントに行って動画を撮って来て欲しいと泥だらけの犬を私に押し付けました。私が犬を抱えてBの手を引きサポートをしながら登りきりました、バズったせいか人が多く小さな子供も高齢の方でもひょいひょい歩けるイージーな斜面です。
友人Bも私もアラフィフで、10年以上の登山経験がる私に対してBは10年以上都会で犬の散歩の経験しかありませんが自分では「体力がある方」を自負しています。
車に戻ると、私が泥だらけの靴を履き替えたり犬を抱えてついた上着のドロを払っている間に、Bと犬はすぐに車に乗り込みました「車に乗る前に軽くでいいから犬の足拭いてね」と私が持ってきたタオルを渡しましたが「え?土禁?神経質だなー」と笑って取りあいません。
車の足元もシートの間も細かい砂と犬の毛だらけで後の掃除は大変でした。
車の中では私との会話はなく、Bはずっと愛犬としゃべりながら動画の編集に没頭し、道が分かりづらいから調べて欲しいと声をかけると「動画をアップするまで話しかけないで」、と言われました。運転は交代すると言いながら断りもなくランチでワインを2杯も飲むなどと、同行者の身勝手な行動が続いて私は機嫌が悪くなってしまいました。高速代とガソリン代を割り勘にする金額の話しを出すと「そっちだって犬と遊べたんだからいいじゃん」「車を出してくれるって事はガソリン代がかかるってことでしょ、ケチだなー」と出し渋ります。
帰り際に「来週は別の海に行こうよ」とBから誘ってきました。
その時点で私はもうBとBの愛犬を車に乗せる気は失せていて「来週は別の予定がある」と断ると、「次の週は?」「来月は?」と食い下がってきます。
ぼやかしていてもキリがないと思い
「私は山登りとか自分のやりたい事で休日を過ごしたいから、暫くはBの犬の散歩には付き合えないよ。」とハッキリと断りました。
その愚痴を別の友人に聞いてもらうと「そのお友達はよっぽど楽しかったんだよ、リモートワークでおかしくなった人は多いから、友達だったらたまに付き合ってあげなよ」となだめられました。
確かにBは楽しかったと思います。BのSNSには「わんちゃん気持ちよさそー」「素敵な場所🎵お裾分けありがとう御座います」と好意的なコメントでちや。おまけに移動費もかからない。
その後もBから「また車で連れてって」攻撃が続きました。行き先はいつも「犬動画でバズってるから」「好きな犬ユーチューバーが紹介してるから」
その情報に目を通すと犬トレッキングや犬キャンプなど、Bはキャンプ経験もなく先のイージーな傾斜も歩けなかった犬と飼い主の運動神経では無理そうなところばかりでした。
「最低限まずBが1人でできないとダメ、1人で高尾山でも行ってからね」と断わると「高尾山なんいやだよ(笑)」
私が山登りに行った写真をSNSに上げると「きれいなとこだね、私と愛犬も連れてって欲しい」と言われる事が増えました。私の登山は中級レベルなので、BにはYouTube見て自分と愛犬が歩けるところを探しておいでと言いました。
それからBは、高尾山に登るのではなく、私でも恐怖感を覚えるような岩場を犬と歩くバズってる動画ばかりを送ってきては、こちらの都合も聞かずに勝手に宿を予約して「ねえ車で連れてって」と言うようになり、コミュニケーションを取るのが難しくなりました。
ちょっと自分勝手じゃないか?車を出すのは私でしょ?予約する前にこっちの意向を聞いて欲しいと指摘をすると、Bは自分でもリモートワークによる精神の影響は気づき始めて、犬インフルエンサーのオフ会など犬を通した外の交流も始めましたが「車で連れてって」は止まりませんでした。
車でオフ会に連れて行ってくれる「犬友」もできたそうですが「犬友」の車は軽自動車で乗り心地が悪いとか、移動中何時間も犬友や犬友の犬に気を使うのが嫌で途中で車を下りてバスで移動して大変だったと、また私のところに戻って来ました。
犬オフ会のハイキングの動画を見ましたが、Bの愛犬だけ途中で歩かなくなってしまい、Bが何度もなだめる繰り返しであまり楽しそうではありませんでした。
インスタで見つけた「イケメン犬アウトドアガイド」のスノボバックカントリーツアーに私の名前も入れて勝手に申し込みをしたから「車で行こうよ」と始まりました。
「私はスノボはやらない、この先もやらない、バックカントリーなんて素人には絶対無理だからよく考えな、行っても時間の無駄」と突き放しました。
Bの言い分がこうです。一般のバックカントリーツアーはスノボ中級者しか申し込み資格がないけど、「プライベート貸切ツアー」ならゲストのレベルに合わせてくれるから行けると思う、イケメンガイドは人気で予約が取れないから「スノボ経験あり」って事にしてイケメンガイドの予定だけ先に抑えた、でも金額聞いたら凄く高くて1人じゃ行けないから一緒に行こうよ、車があるなら一緒に行きたいっていう犬友もいるから割り勘にすれば安くなる
その先は読まずに「私はスノボはやらないって言ったよね?お互い共有できない事はやめよう。雪道の運転もしない、会ったこともない人の犬は乗せない。この話しはもうこれ以上しないでね。」と突き放すと「一方的じゃないじゃん、ちゃんと『付き合って』って言ってるよ、ダメって言われたら犬友には断るつもりでいたよ。
その時点で「スノボツアー」の場所や行き先も知らされていない。旅行に誘うのならせめて行き先位伝えるのがマナーでしょ?話しにならない、もう返事しません。とひたすら突き放す方向になってしまいました。
『行きたいとこあったら車出してあげる』って言ったのはそっちじゃん、そっちの要望に合わせてあげてアウトドアにしたんだよ」「人が多いゲレンデだと犬が落ち着かないから、人があまりいないバックカントリーにしてあげたんじゃん」そしてまた「イケメンガイドバズってるよ」とイケメンガイドのインスタばかり送ってくる。
Bはリモートワークの閉鎖的な環境が続き、他人と境界線に不具合が出てしまったのではないかと思っています。
イラン情勢は今、大きな転換点に差しかかっている。長年、イスラム法学者による統治体制を維持してきたイランだが、経済危機、若年層の不満、女性の権利をめぐる国際的批判、そして外交的孤立の中で、国内外において政権変革の可能性が現実味を帯びてきている。
特に注目されるのは、ハメネイ師に象徴される神権統治への不満が高まる中で、パフラヴィー朝の復権を望む声が多くの市民の間で顕著になっているという点である。かつての王政期に対する再評価の動きが、都市部を中心に広がりつつある。
現在のイランの若年層は、1979年の革命を直接経験しておらず、彼らの政治的関心は宗教的正統性よりも経済、生活の自由、そして国際社会との接続に向いている。特に近年は、王政時代の近代化政策や西側との連携に対し「過去の遺産」としての見直しが進んでいる。
元皇太子レザー・パフラヴィー氏の発信もその流れを後押ししており、王政の復権は一部の懐古的願望ではなく、現実的な選択肢として支持を広げている。
特に注目されたのは、2025年6月22日に米軍がイラン中部のナタンズ、イスファハン、そして地下型のフォルドゥ核施設への軍事攻撃を実施した事件である。いずれもウラン濃縮に関連する重要拠点であり、これらへの攻撃は、イランの核開発計画に対する国際社会の不信と、外交的対話の断絶がもたらした深刻な帰結だ。
この事案を受けて、イラン国内でも「なぜここまでエスカレートしたのか」という疑問と批判の声が高まりを見せている。特に重要なのは、核開発そのものが市民レベルで十分な説明や支持を得ていないことである。国民の多くは、日々の生活の安定や国際的孤立からの脱却を求めており、軍事的誇示よりも経済的再生を優先すべきだという意見が主流になりつつある。
仮にパフラヴィー家を中心とする穏健的な体制が再建され、西側諸国との協調路線を採用するようになれば、これは中東地域全体におけるバランスの再構築に資する可能性がある。
イランは地政学的にイラク、シリア、アフガニスタン、カスピ海、ペルシャ湾と接しており、これまで多くの紛争や代理戦争の舞台となってきた。もし今後、現体制に代わって外交的対話と協調を重視する政権が登場すれば、地域的緊張の緩和に繋がるという見方は、欧米諸国の政策専門家の間でも広がっている。
特にアメリカにとっては、長年対立してきた強硬政権が転換され、国際秩序と経済ネットワークに再統合されるパートナーが出現することは、戦略的にも経済的にも大きなメリットとなる。
イランは人口規模、資源、地理的条件において高い潜在力を秘めているが、それを十分に活かせていないのが現状だ。もし穏健かつ開かれた体制が誕生し、対外的な信頼を回復すれば、日本、EU、米国など多国籍企業の進出が進み、国内雇用・インフラ・教育など多方面において恩恵が期待される。
専門家の中には、イランが「かつての満洲国や西ドイツのように、国際支援と自主再建が両立するモデル」になる可能性もあると見る声もある。
レザー・パフラヴィー氏が提唱するのは、専制的な王政ではなく、立憲君主制あるいは象徴的君主制という形である。欧州諸国におけるモデルのように、政治は民意に基づく選挙で行われつつ、王室が文化的・歴史的な象徴として国民の統合を促すという提案は、イランの分断された社会において新たな一体感をもたらす可能性を秘めている。
パフラヴィー王政の復活は、単なる過去への回帰ではなく、現実的な改革と安定を求める民意の現れとして捉えられつつある。現体制の硬直性と対外的孤立に対し、開かれた統治と国際協調を目指す新しいビジョンが求められている。
6月22日の核施設への攻撃は、対立構造が限界を迎えつつあることを示した。その先にある可能性として、より穏健で国際社会と歩調を合わせた新体制への移行は、今後のイランと中東全体の安定に大きく貢献しうる道筋として、静かに注目を集めている。
イランにおける政体転換の議論において、外交・安保関係者の間で密かに参照されているのが、20世紀前半に東アジアで形成された「満洲国モデル」である。これは、当時の混乱した地域において、伝統的権威(清朝の愛新覚羅溥儀)と近代国家システム、さらに外部支援国との戦略的連携を融合させた構造として一部で再評価されている。
このモデルの鍵は、「国家としての体裁と正統性を維持しながら、安定と発展のために国際的枠組みに参加する」という柔軟なガバナンス設計にある。イランにおいても、パフラヴィー朝という王政の歴史的正統性を形式的に保持しつつ、現実的な政策運営は西側諸国、とりわけ米国や同盟国との連携によって支える体制は、構造的に高い安定性を持ちうる。
このような形式の政権は、国内外に対して「過激でもなく、弱体でもない穏健な秩序」を印象づけることが可能であり、実際にイスラエル、サウジアラビア、UAEなどとの関係再構築が期待される。また、シリアやイラクの分断的状況に対しても、イランという地域大国が非宗教的・非イデオロギー的路線を採ることは、域内バランスの再設計にとって極めて有益である。
さらに、中央アジアや南コーカサスの不安定要素を抑止する役割も担える。つまり、満洲国モデルに基づくパフラヴィー朝政権は、実質的に「中東の安定化装置」として機能し得るのである。
この種の構造がアメリカ合衆国にとって有利であることは、軍事・経済・地政学のいずれの観点からも明らかだ。
軍事的には、イラン領内において極端な反米・反イスラエル拠点が排除され、戦略上の不確実性が大幅に低下する。湾岸地域に展開する米軍の兵站・展開計画にも柔軟性が生まれる。
経済的には、イランの石油・天然ガス資源が制裁を経ずに国際市場に流通するようになれば、エネルギー価格の安定化に寄与するだけでなく、国際資本による開発プロジェクト(特にアメリカ系企業)への直接参入が可能となる。
政治的には、中東の民主主義と安定の「模範国家」として、新しい価値観の枠組みを示す象徴的存在となり、他の不安定国に対するソフトパワーの投射にもなる。
加えて、王政という形式は、欧米の共和制価値とは一見異質ながら、政治的流動性を低下させる「安全弁」として作用しやすい。これは満洲国でも観察された事実であり、権威の安定と実務的運営の分離という政治的バランスの設計思想として、再評価に値する。
一般的に「女のいじめは陰湿で、男のいじめはカラッとしている」という言説がまかり通っている。
しかし、男のいじめは「肉体的暴力」と「精神的支配」が絡み合った、極めて陰湿な行いである。
まず指摘すべきは、いじめの現場における巧妙な権力構造である。
いじめ動画などで実際に暴行を働いている者は、実はグループの最高位ではないことが多い。
真にカーストが高い者は、自らは手を汚さず、格下の者に暴行や不法行為を実行させ、それを笑いながら見ているという実態がある。
これは将来の推薦取り消しや逮捕といったリスクを回避するための狡猾な知恵である。
さらに現代では、カースト上位者が「撮影者」に回り、実行犯の証拠を握ることで、その人生をコントロールする権限さえ手にするケースも指摘されている。
「男のいじめは身体的で分かりやすい」という見方も、被害の本質を見誤らせる。
殴る蹴るといった暴行に加え、金銭の強奪(カツアゲ)や万引きの強要といった搾取や犯罪要素が加わることが、男性間のいじめの特徴である。
また、「肉体的いじめは精神的ダメージが少ない」というのは加害者側の論理に過ぎない。身体を傷つけられることは、同時に深刻な心の傷を負うことと同義である。
暴行を加えながら罵倒する、あるいは周囲がそれを見て嘲笑するという状況は、肉体と精神の双方を破壊する極めて陰湿な暴力だ。
特に深刻なのは、男性間のいじめが「悪ふざけ」という言葉で軽視されながらも、死に至るケースが少なくない点だ。
体育館のマットに押し込められての窒息死や、エアコンプレッサーを用いた凄惨な暴行死など、もはや「いじめ」の範疇を超えた刑事事件が散見される。
さらに男性特有の「弱みを見せられない」思想や、性的な嫌がらせを受けた際の恥の意識が、被害を表面化させにくくしている。
被害者が声を上げられない間に事態がエスカレートし、取り返しのつかない悲劇につながる構造が存在する。
「女のいじめは陰湿で、男のいじめはカラッとしている」という言説は、女を揶揄したい層や、男の暴力を「元気がある」と正当化したい層にとっての都合のいい幻想に過ぎない。
いじめに「爽やか」なものなど存在しない。 あらゆるいじめは陰湿な感情操作と権力構造によって維持されている。
ミネアポリスで女性がICE職員に射殺された事件、GoogleAIモードで調べたところ、その職員は以前にも車を止めようとして大けがしているが、その際の強引さ(というか暴力)も問題になってる(事実関係は私がリンク先報道で確認済み)
QAを公開できなかったんで増田に貼ってみる。
((※大規模言語モデルは原理的に観てきたようにうそをつくことがあるし、Googleのそれも同様だけど、検索先行するRAGという手法で、ある程度抑制出来てるし、引用元も出してくれるので、興味があれば使ってみると良いと思います。))
#####
Q:
A:
2026年1月7日にミネアポリスで発生した、ICE(米移民・関税捜査局)職員による女性射殺事件において、発砲した職員が拘束・逮捕されたという公式な報告は、2026年1月9日現在ありません 。
この事件を巡る現状は以下の通りです:
当局の立場:国土安全保障省(DHS)は、発砲した職員(ジョナサン・ロス氏と特定)が「車両で轢き殺そうとした女性に対し、身の危険を感じて自己防衛のために発砲した」と主張し、職員を全面的に擁護しています。
捜査の主導権: 当初、州の捜査機関(BCA)が共同捜査に加わっていましたが、連邦政府側(FBIおよび米連邦検察)が方針を転換し、現在は連邦当局が単独で捜査を主導しています。これにより、州側は証拠やインタビューへのアクセスを遮断されています。
市長の批判:ミネアポリスのジェイコブ・フレイ市長は、映像記録に基づき「正当防衛ではなく、権力の乱用による殺人だ」と強く非難していますが、現時点で地元の警察当局が連邦職員を拘束するなどの動きは見られません。
なお、事件後に現場周辺で行われた抗議デモでは、当局と衝突したデモ参加者数人が拘束されたと報じられています。
Q:
A:
2026年1月7日の事件におけるジョナサン・ロス氏の怪我の程度については、以下の通り発表されています。
今回の事件での怪我:国土安全保障省(DHS)のクリスティ・ノエム長官は、ロス氏が事件直後に病院へ搬送され、治療を受けた後に退院したと発表しました。現在は自宅で家族と過ごしているとのことですが、具体的な負傷箇所や程度の詳細は公表されていません。
過去の負傷との関連: DHSやJD・ヴァンス副大統領は、今回の対応の背景として、ロス氏が2025年6月(半年前)に別の摘発現場で逃走車両に約100ヤード引きずられ、腕や手に計33〜50針を縫う重傷を負っていた事実を強調しています。
当局は、過去の凄惨な負傷経験が今回の「車両による脅威」に対する即座の反応(発砲)につながったとして、正当防衛を主張する根拠の一つに挙げています。
Q:
A:
今回の事件でジョナサン・ロス氏が負った怪我について、治療を要する程度のものだったかは情報が錯綜しています。
DHS長官は「病院で治療を受け、退院した」と発表しており、何らかの治療は受けています。しかし、目撃者による事件直後の映像では、ロス氏が発砲後に歩き回っている様子が捉えられており、致命的または重篤な状態ではなかったことが示唆されています。
当局は、今回の発砲が正当防衛であったことを強調するため、ロス氏が2025年6月の別の事件で負った重傷(腕や手に50針近くを縫う怪我)を繰り返し引き合いに出しています。このため、今回の怪我が過去の怪我ほど深刻なものでなかった可能性も考えられます。
Q:
過去の怪我が心的外傷を及ぼすほどのものなら軍の場合、後方任務に回される運用になるのでは
A:
軍と法執行機関(ICEなど)では組織の目的や運用ルールが異なるため、一概に「軍と同じ運用(後方勤務への異動)」が自動的に適用されるわけではありません。
ジョナサン・ロス氏のケースに関して、以下の点が論点となっています。
現場復帰の判断:ICEなどの法執行機関では、負傷した職員が身体的・精神的に「任務遂行が可能(Fit forDuty)」と診断されれば、現場任務(フィールド・デューティ)への復帰が認められます。
今回の批判:ミネアポリスの事件後、JD・ヴァンス副大統領はロス氏が半年前の負傷により「過敏(sensitive)になっていたかもしれない」と発言しました。これに対し、批判側は「過去のトラウマで過剰反応する恐れがある人物を、なぜ緊張感の高い現場任務に就かせ続けていたのか」と、当局の管理責任を問うています。
2. 軍との違い
軍の運用: ご指摘の通り、軍では戦闘ストレスや外傷を負った兵士に対し、再訓練や後方任務への配置換など、段階的な復帰プロセスが厳格に定められています。
警察・ICEの運用:民間の法執行機関でも「ライト・デューティ(軽作業・内勤)」の制度はありますが、基本的には「一時的な措置」であり、回復後は元の任務に戻るのが一般的です。ロス氏の場合、半年前の怪我から回復したとみなされ、通常の現場任務に就いていました。
3.当局の主張と現状
当局の正当化: DHS(国土安全保障省)は、ロス氏を「経験豊富な職員」と呼び、過去の負傷経験があるからこそ、車両による脅威に対して適切な(訓練通りの)反応をしたと主張しています。
現在の状況:事件発生後(2026年1月8日時点)、ノエム長官はロス氏が「病院から退院し、家族と過ごしている」と述べるにとどまり、今後の任務継続については明言していません。
結論として、軍のような「心的外傷を考慮した恒久的な配置換」は、現行の法執行機関の運用では自動的には行われず、今回の悲劇を機にその管理体制の妥当性が厳しく批判されています。
Q:
A:
詳細は以下の通りです:
氏名: ルネ・ニコル・マクリン・グッド(Renee Nicole Macklin Good)さん(37歳)。
出自:コロラド州生まれの米国市民で、最近ミネアポリスに転居してきたばかりでした。
背景: 3人の子供の母親であり、詩人や作家としても活動していました。
今回のICE(米移民・関税捜査局)による取り締まり作戦(通称「ミッドウェイ・ブリッツ」または「オペレーション・メトロ・サージ」)は、主にソマリア系移民コミュニティを標的にしたものでした。
グッドさんは、近隣の移民住民を守るための「市民監視員(リーガル・オブザーバー)」として現場に居合わせ、当局の活動を記録・監視していた際に事件に巻き込まれたと報じられています。移民ではない米国市民が射殺されたことで、政権による強硬な取り締まりへの批判がさらに強まっています。
Q:
引用されたセントルイス公共ラジオの記述だと、前回怪我を負った際も暴力的と言えるような不適切な方法で車を止めようとしたようにみえる
A:
ご指摘の通り、2025年6月の事件におけるジョナサン・ロス氏の行動については、「不適切または過剰な強制力を行使していたのではないか」という批判的な視点での報道がなされています。
セントルイス公共ラジオ(STLPR)や裁判記録に基づく報道で指摘されている、当時の状況の詳細は以下の通りです。
強引なアプローチ: ロス氏は停車させた車両の運転手が指示に従わなかった際、即座に後部の窓ガラスを叩き割り、そこから腕を車内に突っ込んでドアのロックを解除しようとしました。
危険な状況の自作: 窓を破って腕を車内に入れた状態で運転手が急発進したため、ロス氏は腕が引っかかったまま約100ヤード引きずられることになりました。
批判の声: この一連の行動に対し、「窓を割って腕を突っ込むという行為自体が、自身を危険にさらすと同時に状況を不必要にエスカレートさせた」との指摘が出ています。
「デジャヴ」のような展開: 今回ミネアポリスで射殺されたルネ・グッドさんの事件でも、ロス氏は「過去の負傷があるから、車が動いた際に身の危険を感じて発砲した」と正当防衛を主張しています。
指摘されている問題点:批判的なメディアや活動家は、ロス氏が「自ら危険な状況(走行中の車に接近する、または窓を割るなど)を作り出し、その結果として生じた恐怖を理由に致命的な武力を行使する」というパターンを繰り返しているのではないか、と疑問を呈しています。
3.当局の反応
一方で、JD・ヴァンス副大統領や国土安全保障省(DHS)は、この6月の事件を「不法移民による法執行官への凶悪な攻撃」として強調しており、ロス氏を「過去の被害によるトラウマを抱えながらも任務に励む英雄」として描こうとする姿勢を見せています。
このように、ロス氏の「手法」が適切だったのか、あるいは「暴力的な傾向」があったのかについては、政権側と批判側の間で真っ向から見解が分かれています。
篠田英朗氏は、東京外国語大学教授で国際政治学・平和構築論の専門家です。X(旧Twitter)アカウントは@ShinodaHideakiで、積極的に投稿しており、憲法解釈、ウクライナ情勢、ガザ危機などの国際問題について意見を述べています。
彼の言動が「攻撃的」と感じられるようになったのは、主に**2023年頃から、特に2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃以降のガザ関連投稿**で顕著になったという指摘が見られます。それ以前は、2010年代後半から憲法学者(東大系など)への強い批判で知られていましたが、国際情勢論では比較的学術的なトーンが主流でした。
最近(2025-2026年)の投稿を見ても、皮肉や嘲笑を交えた表現(例: 「ウクライナ応援団」「高市応援団」を揶揄、相手の主張を「くだらないダジャレ」など)が続き、相手を挑発するようなトーンが目立ちます。
ん
全体として、篠田氏のスタイルは元々論争的ですが、ガザ以降の国際的分断トピックでエスカレートした印象です。感じ方は人それぞれで、支持者からは「率直で正しい指摘」と評価される一方、批判者からは「過激・攻撃的」と見られます。最新投稿を確認すると、現在も同様のトーンが続いています。
篠田英朗氏が**小谷賢**氏(おそらく日本大学教授、国際関係・安全保障論の専門家、Xアカウントは@kotani61あたりを指していると思われます)に頻繁に「絡んでいる」ように見えるのは、主に2025年末〜2026年に入ってからの国際情勢(特にウクライナや欧米関連の議論)での意見対立が原因です。
### 主な背景と経緯
-小谷氏が細谷雄一氏の投稿を引用しつつ、何らかの分析(おそらくトランプ関連や欧州の対応)を「説得力がある」と評価したポストに対し、篠田氏が「根拠が全く示されていない」「小谷教授のポストはだいたいいつもそう」と強く皮肉り、RTで拡散。
-篠田氏は小谷氏からブロックされているため、直接リプライできず、こうした間接的な批判を繰り返す形になっています。これが「絡みまくってる」と感じられる一因です。
### なぜこんなに執着的に絡むのか(推測される理由)
支持者からは「的確な指摘」、批判者からは「執拗で幼稚」と両極端の評価です。現在も同様のトーンが続いているので、国際情勢が落ち着かない限り収まる気配は薄いかも知れません。
いつ頃からか、私は・・・追いかけ回す事で逃げながら私を拒絶する女子の仕草に
そういう形であろうと、女子と接点を持てる・・・追いかけ回す事で女子と接する事ができると思うようになっていた。
そして、当時はそれをおかしいとは思いもしなかった。
親睦合宿が終わって、日常生活に戻ってから・・・私は、肝試しの時同じグループだった女子(以下、この子をHとする)を追いかけ回す様になった。
休み時間になるとHを追いかけ回す私。
Hはそれなりに運動神経もあり、走るのはそこそこ早かった。
そこで、追いかけ回すだけでは無理だと判断した私は別の戦法も行う様になった。
移動教室の時等は、教室移動のルートを先回りし影で待ち伏せ、教室移動中のHを抱きしめるという具合に。
そうした先回りする私の動きをHは察して防衛策を練るようになった。
こうして、私とHの追いかけっこは・・・次第にエスカレートしていった。
Hを捕まえ、胸を揉もうとする私・・・嫌がって逃げるHそんな毎日が2年生の間ずっと続いた。
だが、二つ、不思議な事があった。
一つは、FやGの時には、周りの女子の中に同情的になり当事者であるFやGをガードする女子が現れたものだったが、
2年生の間・・・Hとのやりとりに、Hをガードしようとする女子は一人を除いて現れなかった。
もう一つは・・・Hを追いかけ回している時に、偶に奇妙な既視感を感じる事があった。
私から逃げながら、私を罵倒するH
私「逃げるなよ・・・、それとも・・・逃げてるのは照れ隠しかい?」
H「あんたしつこいんだって、何回言ったら解るの?
嫌ってる振りなのか本当に嫌ってるのかちゃんと見分けたら?
目腐ってるんじゃないの?」
そんな会話を、追いかけっこをしながら繰り広げる私とH。
FやGを追いかけ回していた時は
Hとの追いかけっこの時の様なやりとりは無かった。
Fの時は・・・
私「そんなに逃げるなよ、あいしてるぜ」
F「や、やめて・・・それ以上来ないで(涙目)」
とか、Fを捕まえて胸を揉んでる時も
F「ううっ・・・・ひっく(涙を堪えて、でも泣き声)」
だったし。
Gの時は、近付いたら容赦なく蹴りを浴びせられて・・・私は蹴り飛ばされていた。
それ以前にしてもそうだ・・・私に追いかけ回されて、「やめて」と言う子や
抵抗する様に攻撃しようとする子は居ても・・・。
追いつけなかった時等に
Hの様に「あら、残念ね」等と言ったりする女子は居なかった。
3年生になった頃には、奇妙な既視感の正体に薄々感づいていた。
小学校3・4年生の時のあの子・・・Eとのやりとりが、こんな感じだった。
ただ、Eとは普通に友達同士と言う感じでのやりとりで、追いかけ回したりとかは無かった。
同じ様なやりとりをしているのにEとHは何処か大きな違いがある・・・その違いが、
当時の私には解らなかった。
今なら、その違いが何なのかは解っている。
中学3年のクラス替えで、再び・・・Hと同じクラスになった。
当然、3年生の間も、Hを追いかけ回していた。
だが、3年になってからのクラスでは・・・Hに同情的になる女子が数名居て
そういう女子達がHをガードしていた。
そうなると、私がとる手段は一つだった。
5年・6年の時と同じ・・・乳揉み。
だが、中には乳揉みで怯まない、根性の座った子も居た。
そういう子に対しては・・・スカート捲りまではしていた。
そんなこんなで3年生の時間は過ぎ、高校受験を終え、高校へ進学する事になった。
一学年300名、40人前後のクラスが8クラスの高校
驚いたことに、Hが同じ高校を受験し受かっていたのだ。
しかも、入学式の日に見たクラス名簿には、同じクラスにHの名前があった。
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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」
みたいな理屈付けってアホが一生やってるな
性的な目的で、オンライン上で相手を心理的に縛り付けたり支配したりする「コアーシブ・コントロール(高圧的支配)」がどのような状態なのか、**「自分専用のゲーム機」**という例えを使って説明します。
### 1.相手を「対等なプレイヤー」ではなく「ゲーム機」として見る
本来、人と人の関わりは、お互いに意思を持つ者同士の「キャッチボール」のようなものです。しかし、支配を目論む人の目には、相手が人間ではなく**「自分の欲求を満たすための道具(物体関連アフォーダンス)」**として映っています [1], [2]。
これは、相手を「一緒に楽しむ仲間」ではなく、**「ボタンを押せば思い通りの反応(性的な画像を送る、従順に従うなど)を返すゲーム機」**として捉えている状態です [3], [4]。彼らの視界には、相手の感情や都合(人間関連アフォーダンス)は映っておらず、ただ「どう操作すれば自分の思い通りになるか」という攻略法だけが鮮明に見えています [5], [6]。
### 2. 「心の境界線」が見えなくなる
オンラインでは相手の姿が画面越しになるため、相手を「生身の人間」として感じる機能が弱まりやすくなります。支配的な人は、相手を自分の所有物のように扱い、相手のプライバシーや「嫌だ」という拒絶を無視します(侵犯可能性と自律性の否定) [3], [7]。
これを例えるなら、**「ゲームのキャラクターには何をしても、どんなひどい言葉を投げかけても構わない」と思い込んでいる状態**です。彼らにとって相手は「心を持つ存在」ではなく、自分の目的を達成するための「便利なツール」にすぎません [3], [8]。
支配がエスカレートするのは、彼らの頭の中の「地図」が歪んでいるからです。彼らの目には、相手が「自分に支配されるのを待っている」とか「自分の要求に応えるべき存在だ」という強い誘惑(誘引的アフォーダンス)として映り続けます [9], [10]。
誰かが困っていたら助けたくなるのと同じような感覚で、彼らは**「相手が自分の指示通りに動くのが、世界の正しい姿だ」**と、何の疑いもなく感じてしまいます [10], [11]。そのため、相手が思い通りに動かないと、壊れた機械を叩いて直そうとするかのように、さらに強い言葉や脅しを使ってコントロールを強めようとするのです [12]。
オンライン上の写真やメッセージのやり取りは、相手を「体の一部」や「記号」として切り取りやすくさせます [7], [13]。
これは、相手の全体像を見ずに、**「自分を喜ばせるための特定の機能(性的アフォーダンス)」だけを拡大して見ている状態**です [14], [15]。相手を一人の人間として尊重する気持ちは、この強烈な「道具としての魅力」に塗りつぶされてしまい、支配者は罪悪感すら抱かずに相手を追い詰めていくことになります [16], [17]。
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オンラインで性的な支配を行う人は、スマートフォンの画面をスワイプして好きな動画を探すように、相手を扱っています。彼らにとって相手は、**「自分の指先一つで、いつでも性的な満足を与えてくれるはずのリモコン」**なのです。リモコンの調子が悪ければイライラして乱暴に扱うように、相手が一人の人間であることを忘れ、自分の欲求を満たすための「モノ」としてしか見ていないのが、この支配の本質です。
5年生になって、私に追いかけ回される標的になったのは・・・言うまでもなく、Fだった。
「覗かないでよ」の一言を発した時のFの表情がキュンと来た・・・それだけの理由だった。
休み時間になる度にFを追いかけ回す私。
Fは、運動がそんなに得意ではなく、走るのもそんなに早くない。
走る速さでは中の下ぐらいの私よりも遅かった。
休み時間になる度に私に追いかけ回され、最終的には私に追いつかれ私に後ろから抱きしめられるF。
流石に同じクラスの女子の中にFに対して同情的になる女子が増えてきていた。
ところで、5年生ぐらいとなると性教育とかの授業があるわけだが・・・、性教育と言えば当然、
・・・男としては乳に興味が出てくるわけだ。
そこからがFにとっての地獄の始まりだった。
休み時間になると、Fを追いかけ回す私。
同情的になった女子達が、Fを庇う・・・。
そうやって庇う女子達を牽制する為に私が取った戦法は・・・乳揉みだった。
それも、後ろから回り込んで脇の下から手を伸ばして揉むなんてかわいげのある悪戯じゃない。
標的であるFを追いかける私、私の前に立ちふさがる女子達。
突破するために・・・真っ正面から突進して相手の胸を揉み、怯んだ隙に突破というものだった。
同じクラスの女子の半分ぐらいは、そういう経緯で乳を揉んだ・・・。
当然Fに対する追いかけ回しもエスカレートしていき、最初の頃は、追いかけ回し追いついたら
後ろから抱きしめる程度だったのが、5年生の2学期になる頃には、追いかけ回し、
後ろから抱きしめ、胸に手を伸ばし・・・揉む、という所までいっていた。
自分で言うのもなんだがひどい事をしたと思う。
それこそ、Fにとっては地獄の様な日々だったんじゃないかと今となって思う。
そしてFにとっての地獄は・・・5年生の間だけでは終わらなかった・・・。
6年生でも同じクラスだったという事だ。
当然6年生の時のクラスでも、Fに同情的な女子が庇う様になり、そんな光景が6年生の間も続いた。
いたずらで済まされるレベルではなく、親も何度か呼び出しをくらった。
だが、Fの親と私の親とが、私とFが幼稚園が同じだった事から幼稚園の保護者の会以来
それなりに古い付き合いで、Fの親は結構楽観的な反応だったらしい。
Fの親は、Fに
「そんなに好かれてるなら、付き合っちゃえば?」
みたいな事を言っていたと後で知った。
私が、懺悔したい相手の一人はFだ。
2年間、Fはどんな気持ちで毎日学校に通ってたんだろう。
心の弱い子なら登校拒否になってもおかしくなかったんじゃないかと思う。
そして、話は中学以降に移る。
もう一人の懺悔したい相手・・・いや心残りな相手なのかも知れない。
小学校卒業と同時に、私は親の転勤で引っ越す事になった。
つまり、小学校時代の同級生達とは別の中学に通う事になった。
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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」