
はてなキーワード:ウヨサヨとは
俺何回も名指しで増田で当て擦ってるけど本人から通報されたことないぞ
毛沢東は、持つもの/持たざるものの分断を煽り立てることで収奪や殺戮を含む行為を正当化し、更なる力を得た。
後にはインテリ/非インテリの分断を煽ることで、綻びてきた己の権力基盤を立て直そうとした。
ポル・ポトがやったのも、架空のテロ組織LELがマンガの中でやってるのも、トランプがやってるのも同じこと。ウヨサヨ闘争も、しょーもないネット男女論も、特定の仕掛け人が居ないだけで同じ構図である。
分断を煽ると、もともと何の役にも立たないような連中に活躍の場を与えエンカレッジすることになる。その事自体が報酬となり自発的に更に暴れる。そしてその暴れっぷりは反対陣営のアホソルジャーのガソリンとなる。
そうすると周囲のあらゆるものが二極対立イシューとして再定義される。もともとの対立のタネがそれなりに実体あるものか全くのフィクションであったかはもう関係ない。
今まではてサvsネトウヨでお互いを殴り合っていた平和なはてな村だが、
のような雰囲気が感じられ、想定していたほどの盛り上がりがない気がする。
ネットってのはな、俺達プログラマーにとっては生業であり、そして生活の延長線上にあるリアルそのものだ。
何もかもがコードでつながり、思考が即時に吐き出されるこの空間で、俺達は日夜、命を削って生きてるんだよ。
なのにどうだ、最近は一般市民がぞろぞろ流れ込んできやがって、勝手に「ネットは日常で言えないことを言ってもいい裏世界」だと勘違いしてる。
馬鹿か。勘弁してくれ。お前らのいう普段言えない本音ってのは、大抵の場合、単なる知性と品性の欠如からくる脊髄反射だろうが。ネットを精神の便所だと勘違いして、垂れ流すんじゃねぇ。
俺達は違う。表も裏もねえ。だからこそ、わきまえる。俺達がネットで余計な社会論争に踏み込まないのは、面倒だからじゃねぇ。価値がねえんだよ。時間の無駄なんだよ。
男女?イデオロギー?ウヨサヨ?くだらん。プロセスと結果がすべて。こっちは問題が発生したらデバッグして、再現性を確認して、最適解を叩き出す。そういう世界で生きてんだよ。
「ネットで言いたい放題」だ?お前の言いたい放題のせいで、こっちはGitHubのIssueが荒れるし、Qiitaがゴミで埋まるし、StackOverflowが地獄と化すんだよ。
Xのタイムラインも、技術的知見を探すための場所だったのに、今じゃポエムと炎上商法と感情の掃き溜め。ふざけんな。
ネットは、我々にとっては書斎であり、研究室であり、コードの神殿だ。そこに土足で入ってきて、勝手に叫んで、暴れて、挙げ句の果てに「言論の自由」とかほざくな。
お前の自由は俺達の時間を奪っているってことに気づけ。思考をせずに叫ぶな。リテラシーのない言葉は、ノイズどころか害悪だ。
そして何よりも覚えとけ。わきまえるってのは、抑圧でも服従でもなく、「構造を理解し、場に最適なアウトプットを選ぶ知性」だ。
それができないなら、お前はこの情報空間で生きる資格がねぇ。リアルで黙ってるやつが、ネットで急に吠え出すな。
俺達は逆だ。リアルでは黙ってても、ネットではコードという言葉で語る。貢献して、共有して、改善していく。
つまりな、ネットは俺達の居場所だった。お前らの娯楽じゃねぇんだよ。
その1→https://anond.hatelabo.jp/20250120181528
だが改めて読んでみると元増田の書き込みはかなり問題がある類のものなので指摘する。
まず、世田谷=リベラルという思い込みはどこから来ているのだ?これは「世田谷自然左翼」@めいろま等に影響されたものではないのか?だとしたらかなり愚かだ。彼女は数年前まで「日本はクソ、国際的感覚が無い」とアジっていた出羽の守の自称国連職員(バイト)でルサンチマンで教導する天才のようなものだ。天才すぎて暴動扇動の流布に加わってしまい、国外追放に怯えて投稿を全削除していたくらいだ。
住民エゴではあるが都市計画などで自分の不動産が影響を受ける際に反対するのは当然の権利だ。勿論公共事業であればそれも限度があるが、その要求は計画の進捗によって変化するし温度差も変わってくる。
その辺り勘案する事も無く一律に「反対運動」一面で塗りつぶした認識でいる事に奇異の念を抱く。奇異と言ったが、ネットではそれが普通で判らない事=平板なルサンチマンをぶつけていいものとされてしまう。だからネット議論なんかに惑けていると何も知らない幼稚な人格になってしまうのだ。数千万円の財産と子供の転校が掛かってくるというようなことを念頭に考えているのだろうか?
元増田の文は「反省するリベラル」の構文になっている。「自分はリベラルだが」と前置きしてリベラル批判をするという体だ。
この構文は以前はかなり大量に増田に投稿されていた。だがその多くは削除されている。
これはその文章に問題があるというのではなくて、他の投稿文がまずくてアカウントごと削除されたと推測される。同時期に弱男系の男vs.女、男逆差別、ウヨサヨの何れも対立煽り、暇アノン系名誉棄損などの投稿が消えていたからだ。つまり現実との接点も無しに対立煽りするのが大量投稿されていて同じアカウントがその一つとして反省するリベラル構文を何度も投稿していたという事である。
元増田はこれらを見て釣られて「反省するリベラル」という主体で書いたのではないか?
そもそも小田急沿線の複々線工事反対がリベラル運動というのが意味不明な筋書である。だがここに「世田谷自然左翼」「反省するリベラル構文」を投じると余りに廚な筋が通ってしまう。どこ見てんだよ元増田。「オーバーヒートした」と整備工場に車持ってきた客の前でドアを触って「冷たいですよ」と言ってるみたいな事してるぞ。
元増田は文章によると20代のようだが、見ている場所が致命的に悪いと思う。
制度や社会情勢を参照したり収用や地上げの経験(他人のものも含む)を参照すべきところでネットの底辺の平板な共通認識を参照している。言っておくが、その状態を続けると他の人が嫌でも経験して認識に蓄積するものを何も蓄積せずに、「何だコイツ」と思われるような30代40代になるぞ。はてなに結構いるだろそういうの。
私鉄の複々線化=特々積立金は取っ掛かりになる情報だが他の事でもそう言うのが一切無いままで居てしまうのだ。そしてそういうユーザーに対してはネットは永遠に「そのままでいい」と言い続ける。
増田の思考の中心には「リベラルは社会的な羈束に拘らずに思考行動するもの」「それを批判する自分はメタ的な視点を持つ」という思い込みがあるのを指摘しておく。その自分は単に自分の「想像上のリベラル」の上に立っているだけだ。反成長である。だから自分の考えが取るべき現実との接点を取っていない事に気が付かない。