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2026-02-12

歳入歳出の問題は、どの痛みを受け入れるかだ。そこを無視して自己放尿するな

財政再建だの減税だの社会保障の充実だのと、世の中は今日も元気にスローガンを投げ合っている。

しかし、ここで一回、冷水ぶっかけておく必要がある。歳入歳出の問題とは、結局のところどの痛みを誰が受け入れるかという配分問題であり、そこから目を逸らした瞬間に、議論経済学ではなく宗教儀式になる。

いや、宗教ならまだ筋が通る場合もある。問題は、筋が通っているフリをして自己放尿するタイプ議論が多すぎることだ。

 

政府仕事とは、市場機能するための最小限のルール整備に極限まで縮退させるのが基本形である

自由市場とは、万能ではないが、少なくとも分散した情報価格に集約し、意思決定を分権化し、試行錯誤の淘汰を通じて資源配分改善する装置だ。

価格メカニズムは神ではないが、政治家よりはだいぶマシな情報処理装置である。ここで「だいぶマシ」というのが重要で、政治が介入するたびに知識問題が増幅し、情報局所性無視され、結局は官僚制ヒューリスティックが国全体の最適化代替してしまう。

政治市場を置き換えようとした瞬間に、見えざる手ではなく、見えざる自己放尿が働き始める。

 

だが日本は、そういう市場主義の方向に舵を切っていない。

ここが現実だ。日本社会保障を手厚くし、再分配を強化し、政府支出一定以上維持し続ける構造を選んでいる。

まり日本社会競争による淘汰と自己責任の痛みを相対的抑制し、その代わりに高負担・低成長・制度維持の痛みを受け入れる方向にコミットしている。

これは倫理的に正しいとか間違っているとか以前に、単なる選択問題だ。経済学的には、トレードオフをどう置いたかという話である

 

それなのに、減税だの給付だのを同時に叫び、財源の議論を後で考えると言い出す。これが自己放尿でなくて何なのか。

政府予算制約式という、経済学の最も退屈で最も重要現実から逃げている。

政府魔法使いではない。支出を増やすなら、税を上げるか、国債を増やすか、インフレ税で実質負担国民押し付けるか、どれかしかない。

これが財政ハードバジェット制約だ。これを無視して「社会保障は守れ、税は下げろ、景気は良くしろ」と言うのは、制約条件を消して目的関数だけで最適化しているのと同じで、ただの自己放尿である

 

国債を増やせばいいという議論も、同じくらい雑だ。

リカード中立命題を持ち出して、増税が予想されるなら家計は貯蓄を増やすから問題ないと言うのは理論的には可能だが、現実には完全な合理性も完全な資本市場存在しない。

民主主義が持つ時間的不整合性典型である短期政治的利得と長期の財政健全性が衝突するとき、だいたい負けるのは長期のほうだ。これは合理的期待以前の、人間仕様である

 

さらに言えば、日本人口動態が財政に対して非常に残酷な国だ。

高齢化は単なる人数の問題ではなく、制度設計思想のもの破壊する。

賦課方式年金医療介護は、現役世代高齢世代を支える構造だが、現役人口が縮み、高齢人口が増えれば、負担率が上がるか給付が減るかの二択になる。

ここで「成長すれば解決する」という反射神経が出るが、成長率を外生的に願望で決めるのもまた自己放尿である

成長は政策の掛け声ではなく、生産性上昇の結果としてしか起こらない。

生産性教育技術進歩資本蓄積、企業統治労働市場の柔軟性、規制構造、そして競争環境の積み重ねからしかまれない。成長を祈るなら、祈祷師より規制改革のほうがまだマシだ。

 

そして規制改革という話になると、日本社会はまたしても痛みの受け入れを避ける。

競争は勝者と敗者を生む。市場効率を生むが、分配の不平等を生む。創造破壊技術進歩を促すが、既存産業を壊す。

まり市場主義採用するとは、失業賃金格差企業淘汰、地域衰退といった摩擦を受け入れることでもある。

市場自由は長期的には社会を豊かにするが、同時に短期的には痛みが出ることを否定していない。

しろ、痛みを抑えようと政府価格統制や産業保護をすれば、情報が歪み、非効率固定化し、成長が止まる。

政府介入はだいたい二次被害を生む」という経験則に直結する。

 

だが日本は、その方向をあまり選んでいない。

日本政治経済は、競争の痛みを緩和するために、規制を残し、補助金を配り、産業を守り、雇用調整を遅らせ、そして社会保障で受け止める。

まり市場の荒波で鍛える社会ではなく、制度堤防で守る社会を選んでいる。

これは日本人の価値観として一貫している。連帯を重視し、格差を嫌い、共同体の安定を優先する。

から社会保障を充実させる。これは単なる政策の偶然ではなく、社会的選好の表れだ。

経済学的に言えば、日本リスク共有と保険の厚みを最大化し、効率性よりも安定性を高く評価する社会効用関数採用している。

 

問題は、その選択をしたなら、そのコストも受け入れろということだ。

福祉・高負担モデルをやるなら、税負担は上がる。労働供給への歪みも増える。企業投資インセンティブも下がる。潜在成長率も落ちる可能性がある。

さら政府支出が増えれば、官僚制が拡大し、レントシーキング余地が増える。補助金規制設計を巡って、政治的な取引が増える。

公共選択論観点では、政府部門肥大化利益集団固定化情報の非対称性を通じて、政策ますます効率にする。つまり、痛みは消えない。形が変わるだけだ。

 

逆に、小さな政府市場主義モデル採用するなら、社会保障給付は削られる。

競争は激化し、賃金格差は拡大し、生活不安定性が増す。労働市場の流動化が進めば、雇用保障は弱くなる。

ここで「自己責任社会だ、弱者切り捨てだ」と騒ぐ人が出るが、それもまた議論本質を外している。

市場主義倫理議論ではなく、制度設計議論だ。保険を薄くして競争を強め、効率を上げ、成長率を取りに行くという戦略であり、それは確かに痛い。

しかしその痛みを通じて、長期的な所得水準の上昇を狙うのが市場主義論理である

 

財政問題は痛みをゼロにする方法ではなく、どの痛みを採用するかの選択しかない。

ここで最悪なのは、痛みの存在否定することだ。

増税反対、給付維持、経済成長、財政健全化を全部同時に叫ぶのは、制約を無視して目的を盛り込んだだけの自己放尿である

しかもその自己放尿は、選挙で票を取るための麻薬として機能する。

国民政治家も、現実直視するより麻薬を欲しがる。これは供給需要が一致しているので、市場原理的には非常に美しい。悲しいことに。

 

日本が今選んでいるのは、市場主義の荒々しい競争ではなく、社会保障を厚くして安定を買う道だ。

まり競争の痛みを減らし、その代わりに税負担と成長鈍化と制度維持の痛みを引き受ける道である

これは逃げではなく選択だ。選択ならば、堂々と認めればいい。

しか現実には、政治メディアも、選択選択として語らない。

痛みの話をすると嫌われるからだ。だが、嫌われるから言わないというのは、政策論ではなく人気商売である

 

政府善意地獄舗装する。善意制度を守り、善意給付を増やし、善意規制を強め、善意補助金を撒く。

しかし結果として、価格メカニズムは歪み、生産性は落ち、財政は硬直化し、未来自由度は奪われる。

重要なのは善意ではなく、インセンティブと制約だ。

制度設計とは、人間利己的であり、政治家が票を欲しがり、官僚権限を欲しがり、企業補助金を欲しがるという現実から出発しなければならない。

聖人統治する世界を前提にした政策は、現実世界ではだいたい破綻する。

 

から、歳入歳出の議論でまず必要なのは幻想を捨てることだ。

財政とは、夢を語る場所ではない。支払能力負担配分の話だ。

誰が払うのか、いつ払うのか、何を諦めるのか。その冷たい問いから逃げた瞬間、議論自己放尿になる。

そして残るのは、臭いと湿り気と、次世代へのツケだけだ。

Permalink |記事への反応(0) | 10:34

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2026-02-11

anond:20260211063000

少なくとも小選挙区制は国政の政治家決める上では最悪の制度

何が最悪かというと国全体のことを決める政治家小選挙区の限られた地域住民が選ぶため、政治家地元の票さえ取れればそれで良いため国全体を良くするインセンティブ制度から発生しないこと。

Permalink |記事への反応(4) | 06:47

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anond:20260210164956

老人を殺すことは若者にとってインセンティブしかいからな

Permalink |記事への反応(0) | 02:16

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2026-02-10

anond:20260210173959

アメリカだと大統領が身内に恩赦出してる

要はインセンティブひとつ

多生の犯罪減免と引き換えに元首へのインセンティブを増やすかどうか、ひいては元首を目指す人材を増やすかどうか

Permalink |記事への反応(0) | 18:16

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2026-02-09

数学でひもとく「ブラック保育園」 子どもを“意図的病気にさせる”と利益が最大化? その条件とは

計算の結果、麻疹のように感染力の強い病気ほど、最適な登園率は低くなり、同時に削減できる人件費は大きくなることが判明した”


論文は、これが非倫理的保育園のための指南書ではないと明記している。むしろ、こうした経済的インセンティブ構造的に存在することを明らかにし、制度的な対策必要性を訴えるものだ。具体的には、出席率に応じて保育士帰宅させる慣行廃止や、保育士への有給病気休暇の付与が、このインセンティブを除去する方法として提案されている”

https://www.itmedia.co.jp/news/spv/2602/09/news038.html

Permalink |記事への反応(2) | 18:33

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anond:20260209120211

その反論文章の型を指摘してるだけで、中身の真偽には一切触れてない。つまり批判としては弱い。

しかに「◯◯じゃなくて✗✗」構文はレトリックとして強い。対比を作って読みやすくし、論点圧縮できる。だから雑な文章でも賢そうに見える効果がある。

これを「slop(中身の薄いAI文)」のサインとして警戒するのは理解できる。

 

でも問題はそこじゃない。 

この構文が出た瞬間に内容が嘘になるなら、世の中の論理的説明は全滅する。科学哲学経済学も、だいたいこの形で進む。

例を出すと、

温度じゃなくて熱量

「原因じゃなくて相関」

倫理じゃなくてインセンティブ

「平均じゃなくて分布

こういう対比は、概念の誤解を修正するための典型手法。むしろ知的作業の基本動作

重要なのは、「◯◯じゃなくて✗✗」と言った後に、

  • なぜ◯◯が不十分なのか
  • なぜ✗✗が本質なのか
  • その根拠は何か
  • 反例があるならどうなるか

説明されているかどうか。

まりこれは文体の癖を叩いてるだけで、論理検証ではない。

批判の皮をかぶった印象操作に近い。やってることが、まさに工作ミニチュア版。

さらに言うと、この手の「slopサイン認定」は便利すぎて、使った瞬間に勝った気になれる。

しかしそれは誤りを指摘したのではなく、語り口が気に入らないと表明しただけ。

「◯◯じゃなくて✗✗」の多用は、文章が浅い可能性を示す兆候にはなり得るが、反論にはならない。

反論するなら、✗✗の主張の根拠を崩す必要がある。構文を叩くのは、議論ではなくスタイル批評

Permalink |記事への反応(0) | 12:07

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多分高市政権下ないしポスト高市政権で起きる戦争は準備不足で負ける

何故なら、氏の「威勢だけはいいイキリ」が広く支持を得たから。

国政のゴールを「権力を維持すること」に据えている政権は、社会経済がどうなろうと、支持を得ている限りその方針を転換することはない。

政治の識者には高支持率を背景として強行姿勢は今後抑え目になるのではないかとする意見散見されるが、個人的には同意しない。高市氏はその強硬姿勢により支持を得たと学習したのだから、今後とも、高市氏は、迂闊で軽率発言を、特に外交分野で繰り返すだろう。そしてそれに対し国際的批判高まる度に、支持が高まり、そのことによって高市氏のその傾向は加速するだろう。それが支持者の望むことなのだから。そして世論は対外硬に加速度的に傾くだろう。

こうして成立した権威主義体制は、最早戦争準備の出来ではなくメンツで、避けられる、そして避けるべき戦争を避けるインセンティブを失うことになる。

こういう事態には先例がある。普仏戦争だ。

普仏戦争トリガーといえばエムス電報事件であるが(cf.エムス電報事件 - Wikipedia)、この件への世論の反応のように、過激化した世論大使への意向伝達が下士官だというだけで戦争を選ぶようになる(誤訳から冷静になれという議論は通じないだろう)し、そのような世論と持ちつ持たれつの政権はそれを賢慮によって避けることは絶対に試みない。その結果、ナポレオン3世フランスは準備不足の状態ドイツ宣戦布告し、準備万端のプロイセン一方的に敗れた。

残念だが、多分同じかより酷いことが対中国で起きるのだろうな、と思っている。翻訳ニュアンスの違いで暴発するというのは本邦でも普通に起きそうであるし、既に、「敵国」の視点について説明的に述べるだけで利敵行為とか何とか言われて炎上するくらいには、本邦世論過激化も進んでいる。国際関係観が20世紀前半どころか19世紀並みの人が識者扱いされていることすらあるので、当時のフランス国民現代本邦国民民度の違いにも、避戦の希望見出し難い。そして現代は、19世紀末とは違い総力戦以降の時代である。その損害のレベルは如何程だろうか。

願わくばこの予測が外れて、20年後にこの記事が笑いものになっていますように。或いは、敗戦したとしても、その結果がフランスにとっての第二帝政終焉アルザス・ロレーヌ賠償金くらいで済みますように。

Permalink |記事への反応(0) | 08:21

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グローバリズムの極大化が日本経済復活の鍵

日本経済の停滞を「需要不足」や「デフレマインド」といった心理現象還元する議論は、だいたい自己満足物語で終わる。

問題マクロの気分ではなく、ミクロインセンティブ設計市場競争構造にある。

成長とは、資源配分効率化と生産性上昇の結果であって、祈祷ではない。

したがって日本経済復活の鍵は、内向きの保護規制で安定を買うことではなく、グローバリズムを極大化して競争圧力を最大化し、資本労働技術の最適配分を強制的に起こすことにある。

 

グローバリズムとは、感情的には「外国に奪われる」物語として語られがちだが、経済学的には比較優位と分業の徹底である

比較優位が働く世界では、各国は自国相対的に得意な領域資源を集中し、不得意な領域は輸入する。

これにより総生産が増える。ここで重要なのは、これは「善意の国際協調」ではなく、価格シグナルによる資源配分自動最適化だという点だ。

国境を越えた競争は、企業の非効率ぬるま湯組織怠惰)を破壊し、利潤最大化行動を通じて生産性を引き上げる。

国内市場に閉じている限り、日本既得権益の温床としての規制に守られ、競争の欠如から技術革新の圧力が弱まる。

これは市場の失敗ではなく、政府の失敗が温存される構造である

 

日本が直面している本質的問題は、成長率の低下というより、全要素生産性TFP)の伸び悩みだ。

人口動態が悪いなら、なおさらTFPを上げなければならない。

TFP精神論では増えない。TFPが増えるのは、技術進歩資本深化、そして競争による淘汰が起きるときだけだ。

まりシュンペーター創造破壊必要であり、その燃料が国際競争である

国内ゾンビ企業延命させ、非効率部門を温存し続ける政策は、資源誤配分を固定化し、成長率を削る。

これは典型的政治的資本主義、すなわち市場を装った官製配分であり、自由市場とは逆方向の制度だ。

 

グローバリズムの極大化は、労働市場にも決定的な意味を持つ。

日本労働市場は、硬直性と内部労働市場の過剰保護によって、人的資本の再配分が遅い。

解雇規制、年功賃金、過剰な雇用保護は、表面的には安定を提供するが、実態労働移動を阻害し、成長産業への資源移転を遅らせる摩擦コストである

グローバル競争が激化すれば、企業は利潤率を維持するために組織改革賃金体系の合理化を迫られ、結果として労働市場の柔軟性が増す。

これは「労働いじめ」ではなく、労働が最も高い限界生産性を持つ場所へ移動することを可能にする制度改革である

 

さら資本市場観点でも、グローバリズムは不可避の処方箋になる。

国際資本移動が自由化されれば、国内企業株主価値資本収益率を世界基準で問われる。

これは、内部留保の死蔵や、非効率投資継続を許さない。

企業統治の改善資本コスト意識の浸透、非採算事業の切り捨てが進む。

ここで起きるのは道徳改革ではなく、資本市場がもたらす規律である

規律とは、企業にとっては不快だが、社会全体の資源配分にとっては必要不可欠な強制力だ。

 

日本ではしばしば「産業保護」「食料安全保障」「経済安全保障」という言葉が万能の免罪符として使われる。

しかし、これはレントシーキング政治的利益を獲得する活動)の温床であり、保護の名を借りた独占の固定化である

関税補助金、参入規制は、短期的には国内企業の利潤を守るが、長期的には技術革新を止め、価格を引き上げ、消費者余剰を破壊する。

これは国益ではなく、特定業界利益国益錯覚させる政治的マーケティングに過ぎない。

市場競争が消えると、品質改善コスト削減も止まり経済全体が静かに腐る。

 

グローバリズム極大化の真価は、輸出拡大ではなく輸入拡大にある。

輸入とは敗北ではない。輸入は、安価で高品質な財を国内に導入し、国内生活コストを下げ、実質賃金を引き上げる。

実質賃金が上がれば消費が増え、国内市場も拡大する。

まり貿易ゼロサムではなくプラスサムだ。

ここで「貿易赤字は悪」という素朴重商主義を持ち出すのは、経済学的には前時代である

経常収支は貯蓄投資バランス鏡像であり、貿易収支だけを道徳的に裁くのは会計の読み間違いだ。

 

また、日本イノベーション停滞は「技術力の低下」ではなく、インセンティブの弱さとして理解する方が筋が良い。

国内市場規制補助金に守られていれば、企業リスクを取って研究開発するより、政治的ロビー活動で安定利潤を確保する方が合理的になる。

これがレント志向経済病理だ。グローバリズムの極大化は、この病理破壊する。国際市場で勝たなければ利益が出ない環境に置かれれば、企業は嫌でも技術投資経営改革を行う。

まり競争道徳ではなく、制度的な強制装置だ。

 

日本が復活するには、国内で「再分配を厚くして安心を与える」よりも、成長率を引き上げてパイを拡大する方が合理的である

再分配は、成長がある場合に初めて持続可能になる。

成長のない再分配は、結局インフレ税や国債依存という形で将来世代押し付けられる。

まり「優しい政策」の顔をした世代搾取になりやすい。

ここで金融政策財政政策に万能感を抱くのは危険だ。

インフレは常に貨幣現象であり、財政拡張による需要刺激で成長を捏造しようとすれば、最後貨幣価値毀損に行き着く。

日本必要としているのは、マネーの増量ではなく、生産性の上昇である

 

日本経済の復活とは「世界市場の荒波に投げ込まれ、勝ち残れる構造を作る」ことに尽きる。

自由貿易資本移動の自由化移民・高度人材の受け入れ、規制撤廃、競争政策の強化、企業統治改革

これらはすべて、同じ目的収束する。

すなわち市場価格メカニズムを最大限機能させ、資源配分最適化し、利潤動機を通じてイノベーションを誘発することだ。

 

グローバリズムを恐れる態度は、実のところ競争を恐れる態度であり、競争を恐れる経済は停滞を選ぶ経済である

保護短期麻酔であり、長期の毒だ。

日本が再び成長するために必要なのは国内ぬるま湯を温存する政策ではない。

世界市場という冷水飛び込み競争圧力を極大化し、創造破壊を起こし続ける制度設計である

 

日本経済復活の鍵は、グローバリズムの極大化だ。

感情ではなく、インセンティブ価格シグナルで世界を見ろ、という話である

Permalink |記事への反応(0) | 02:29

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2026-02-08

投票に行け」という根性論

今回、投票に行かなかった。

というのも不思議なのは投票に行ったこと」に対するインセンティブが、日本ではほとんど語られないことだ。

外国を見てみると、アメリカなんかでは投票することでランチが安くなることが普通にある。

日本ではそう言った話は全く出てこないし、選挙に行かない=悪といった風潮さえ存在する。

こっちはさぁ、安月給でこき使われて仕事終わって家に帰るともう7時過ぎなわけ。

で、カップラーメンいなり寿司の夕飯。食べながらYouTube観てマンガ読んで、ちょっとくつろいでいたらもう10時過ぎになって、11時過ぎに寝る…なんて生活をしていたらまともに政治についてなんて知る時間ないのよ。

なのに貴重な休日やら自由時間を用いて「投票に行け」ってさ…どうなのよ?

そもそも論自民なんかは宣伝広告費に大量の金を使ってるけど、そのお金投票に対するインセンティブに使おうとはしない。

国民のことを第一に考える?考えてねーじゃん。

投票に行ったって自分希望通りになるかどうかなんてわからないわけだから、結局のところ「投票に行く」っていうことに対するインセンティブって義務感な訳だろ。

完全に根性論じゃん。

DXで効率化を推し進める中、社会のあらゆる場面で「無駄努力はやめよう」とか「我慢を前提にするのはよそう」って言われているのに、選挙だけまるっきり過去の慣習に囚われたまま。

俺は投票に行く人間馬鹿だとは思わないが、現状の投票システムに対して何も疑問に思わない人間馬鹿だと思っている。

Permalink |記事への反応(8) | 16:02

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だれかこんな感じの経済学書書いて

第0部:経済学とは何か(最初に毒を入れる)

第1章経済学仕事は「善悪」ではなく「結果予測である

規範実証の分離。政策議論が壊れる典型例(善意地獄etc)。

第2章モデルとは嘘であるしかし役に立つ嘘だけが許される)

仮定現実的か」ではなく「予測精度で裁け」という有名な話。

第1部:市場という情報処理機械

第3章価格とは何か:社会分散計算アルゴリズム

価格情報を集約し、資源配分を決める。

第4章需要供給:最小モデルで最大の説明

弾力性、代替効果所得効果

第5章競争市場と均衡:見えざる手数学的骨格

一般均衡直観、部分均衡の強さ。

第2部:企業産業市場構造ミクロ本丸

第6章企業理論利潤最大化という単純な仮説

会計ではなく意思決定としての企業

第7章 独占・寡占:市場支配力とその限界

独占価格参入障壁規模の経済

第8章規制政府市場の失敗より政府の失敗が深刻になりやす

規制の捕捉、ロビイング官僚インセンティブ

第3部:資本労働・人的資本

第9章労働市場賃金道徳ではなく限界生産性

失業の分類、最低賃金帰結

10章 人的資本教育とは消費ではなく投資である

学歴プレミアム職業訓練移民政策への接続

11資本と利子:時間選好と投資経済学

利子率の意味資本形成

第4部:貨幣インフレ金融

12貨幣とは何か:ただの紙ではなく制度である

貨幣需要流動性選好への批判的整理。

第13章インフレは常に貨幣現象である

マネーサプライ、期待インフレ実質賃金

第14章金融政策裁量 vsルール

k%ルール中央銀行の失敗、時間的不整合

第15章金融危機:信用膨張と政策副作用

銀行システム、信用収縮、バブル

第5部:マクロ経済学ケインズ解体して再構成

第16章国民所得統計GDPは神ではなく計測値

統計限界名目と実質。

17景気循環:ショックと調整過程

実物要因と貨幣要因の分離。

第18章失業フィリップス曲線短期と長期の裏切り

自然失業率仮説、期待形成

第19章財政政策限界:乗数の幻想クラウディングアウト

政府支出の効果は状況依存で、恒常的解決策ではない。

第6部:国際経済為替感情ではなく価格

20貿易理論比較優位道徳ではなく算術

自由貿易保護貿易政治経済学

第21章為替資本移動:通貨商品である

変動相場制の利点、固定相場の脆さ。

第7部:政府役割(「必要最小限」の設計論)

第22章公共財外部性市場の失敗の最小分類

ただし「失敗がある=政府介入が成功する」ではない。

23福祉国家設計負の所得税という市場適合型セーフティネット

給付インセンティブ設計

24教育医療年金官僚制の肥大化制度疲労

供給者のインセンティブ」が腐る過程

第8部:政治経済学

第25章政府慈善団体ではなく利害集団の集合である

公共選択論の導入。

第26章規制需要供給規制市場で売買される

規制が「守るため」でなく「参入障壁」になる構造

第27章政策評価:意図ではなく結果、人気ではなくデータ

事実自然実験統計の読み方。

第9部:方法

28経済学予測検証反証可能性を捨てた瞬間に宗教になる

実証研究の基本姿勢

第29章経済学自由自由市場倫理ではなく制度発明である

自由を守る仕組みとしての市場

付録

 

この教科書の特徴は、

市場基本的に強い」

政府善意でも壊す」

裁量短期的に気持ちいいが、長期的に破滅を埋め込む」

議論道徳ではなく、インセンティブデータでやれ」

Permalink |記事への反応(1) | 14:57

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anond:20260208032344

体制は悪になるインセンティブがあるから完全な善になることはなくて、常にある程度の圧力必要とすると思うが、昨今はやりすぎだっただろうね

Permalink |記事への反応(1) | 03:37

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2026-02-07

anond:20260207220049

フリードマン厚生経済学の基本定理に対して言いそうな指摘は、だいたい次の一点に収束する。

「その定理は美しいが、政策論としては空虚になりやすい」。

理由は、基本定理が成立するための前提が、現実では政策が介入したい領域ほど崩れているから。

フリードマン的に言うと、厚生経済学は「市場理想的に動くなら効率的」という話をするが、現実政策問題はむしろ

みたいな、定理の前提が崩れる部分で起きる。

さらフリードマンは、第二基本定理が言う「最初に一括再分配をしてから市場に任せろ」という構造を、かなり疑う。

なぜなら一括再分配なんて現実にはほぼ不可能で、再分配政策は必ず労働供給投資インセンティブを歪めるから

からツッコミは「効率と公平を分離できるという話は、現実にはその分離を実装できない。政府はそんなに賢くも中立でもない。」となる。

要するに、厚生経済学の基本定理市場礼賛の数学ではあるが、本当に重要なのはその後で、

という、制度設計政治経済学問題だ、と言う。

フリードマンは基本定理を「理論としては正しい」と認めた上で、政策的含意を過大評価するな、そして「政府ブラックボックス扱いする厚生経済学危険だ」と刺すだろう。

Permalink |記事への反応(0) | 22:22

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2026年のBluesky予測」について

あの文章道徳的には気持ちいい。だが、善意宣言インセンティブ設計分析を置き去りにしてないか?がまず疑われる。

人間が悪い選択をしたのではなく、その選択合理的にしてしま報酬構造があったのである

Instagramが知人投稿を減らしたのも、Xが地獄みたいになったのも、経営者サイコパスからではなく、広告滞在時間炎上依存収益最大化の最短ルートだったからだ。

まりインターネットが悪くなったのは誰かの意思」という説明は半分しか当たってない。より正確には市場がそういう最適化報酬として与えたので、企業合理的堕落した。

この前提を外すと、Blueskyの予測は「良い人が良い選択をするから良くなる」という倫理物語になってしまい、政策失敗の典型コースに入る。

1.ライブスポーツ投稿が増える?

これは当たる可能性が高い。理由は単純で、ライブイベントは同期性という希少資源を生むからだ。ライブ投稿公共財というよりネットワーク外部性が極端に強い商品になる。人がいるほど価値が増える。

ただし問題は、ライブフィード成功すると、プラットフォームは「滞在時間を増やす装置」を手に入れることになる点だ。

まり彼らが批判していた無限スクロールと同じ誘惑に、自分から寄っていく。

ここでの問いは「ライブフィード広告政治扇動収益化と相性が良すぎないか?」だ。

ライブ実況は感情ボラティリティが高く、誤情報拡散速度も上がる。モデレーションコストが跳ねる。

結局、収益モデル広告である限り、ライブ強化は自己放尿の芽になりうる。

2.リンクもっとクリックされる?

これは理想ではあるが、経済合理性とぶつかる。

リンクを外に出す行為は、プラットフォームにとっては負の外部性だ。

滞在時間が減る。広告インプレッションが減る。アルゴリズムが外部サイト価値を増やしてしまう。

Blueskyがリンクを推奨できるのは、現時点で広告依存が薄いからか、あるいは将来的に別のマネタイズ課金、決済、マーケットプレイス等)を想定しているからだろう。

だがもしユーザー規模がさらに増え、投資家運営収益最大化の圧力を受ければ、リンク優遇は必ず揺らぐ。

これは道徳問題じゃなくて、予算制約の問題

リンク文化根付くかは、運営意思ではなく、リンクを推すことが利益になる制度設計を作れるかで決まる。

まり予測というより、自己拘束コミットメント(将来リンクを殺さない仕組み)があるかどうかが本質

3. Blueskyで過ごす時間は減る?

ここはかなり怪しい。というか経済学的には逆を予測する方が自然だ。

なぜなら、SNSは注意を売買する市場であり、ユーザー可処分時間を奪う方向に進化やすい。

人間意思が弱いからではなく、時間を奪う設計競争優位になるからだ。

競争市場で「滞在時間を増やす設計」を自ら捨てるのは、利益最大化から外れる可能性が高い。

もしBlueskyが「滞在時間が減る」ことを本気で目指すなら、KPI滞在時間ではなく、外部遷移数やリンククリック数、あるいはユーザー満足に置く必要がある。

しか満足度は測定が難しく、投資家説明しにくい。

まりこの予測は「ユーザー意識高くなる」前提に依存している。

そんな心理奇跡に賭けない。賭けるなら制度に賭ける。

4.投稿前に少し考えるようになる?

下書き機能民度が上がる」というのは、さすがに因果が雑。

投稿の質を決めるのは道徳心よりも、ペナルティ報酬構造だ。

まり炎上で注目が集まるなら、炎上する。

これは性格が悪いからではなく、合理的に注目を取りに行っているだけ。

通報が79%減ったという話も、解釈に注意がいる。

実際に有害投稿が減ったのか、通報する人が疲れたのか、モデレーションの分類が変わったのか、単に可視性が下がって「見えなくなった」だけなのか。

ここでデータ定義を疑う。指標操作される。グッドハート法則(測定指標目標になると指標が壊れる)が出る。

下書き機能利便性としては良いが、投稿が熟考されるかどうかは別問題で、むしろ政治工作・プロパガンダ炎上マーケティングには文章を練る時間が増えるだけの可能性もある。

全体評価

Blueskyは「人間が悪い選択をした」と言うが「悪い選択合理的になる価格体系・報酬体系があった」が正しい。

SNS劣化倫理問題というより、広告モデルと注意経済帰結である可能性が高い。

もし本当に違う未来を作りたいなら、必要なのは機能追加よりも収益モデル設計だ。

広告依存である限り、いずれアルゴリズム滞在時間を最大化し、怒り・恐怖・対立が最適解になっていく。これは思想では止められない。

からこの未来予想の最大の弱点は、「我々は善いプラットフォームを作る」という宣言に対し、「善くあることが利益になる制度保証」が提示されていないこと。

結局、勝つかどうかは道徳勝利ではなく、滞在時間を奪わずに儲かるというビジネスモデル発明成功するかで決まる。

Permalink |記事への反応(0) | 19:02

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サプライサイド経済学自己放尿している

サプライサイド経済学というのは、表向きは「成長の源泉は供給能力だ」「税を下げて労働投資インセンティブ回復させろ」という、いかにも正しそうな顔をしている。

だが現実政策運用では、これはしばしば理論の皮を被った政治的アリバイ装置に堕して自己放尿している。

まり「減税したい」「規制緩和したい」という結論が先にあり、その正当化のために供給側という言葉が貼られているだけだ。

そしてこの手の政策インフレ局面で何をするか。ここが本題だ。インフレ自分責任として引き受けず、外部ショックに責任転嫁し、金融要因を直視せずに逃げる。

これがサプライサイドの自己放尿である

 

インフレ本質はきわめて単純だ。インフレとは「貨幣購買力の低下」であり、長期的・持続的な物価上昇は、結局のところマネーサプライの過剰成長によってしか説明できない。

貨幣数量説を教科書古典として片付けるのは簡単だが、現実古典がしぶとい。

なぜなら貨幣取引潤滑油であり、供給を過剰にすれば、最終的に価格体系そのものを歪ませるからだ。

貨幣を増やして、物が増えないなら、価格が上がる。これを否定するのは、重力否定するのと同じ種類の幼稚さだ。

 

サプライサイド経済学問題なのは、「供給を増やす努力」それ自体ではない。

供給能力拡張する政策は、本来重要だ。資本蓄積技術進歩労働参加率、規制コスト税制の歪み、こういう話は全部まともだ。

だが、インフレ局面でそれを万能薬のように唱え、金融現実から逃げる瞬間に、理論自己放尿へと変質する。

供給制約があるなら、供給を増やすべきだろう。しかしそれはインフレの主原因の説明ではなく、一部の緩和策でしかない。ここを混同するのは知的怠慢であり、政治的欺瞞だ。

 

しかも、連中がやる典型的ムーブがある。マネーサプライインフレの原因であるのに、ウクライナだの、輸入物価だの、エネルギー価格だのに責任転嫁して自己放尿する。

もちろん戦争供給ショックを起こすことはある。輸入物価が上がれば短期的に物価は上がる。

だがそれは「物価水準の一回限りのジャンプ」を説明するだけだ。持続的なインフレ率、つまり上がり続ける現象は、貨幣の過剰供給がなければ維持できない。

ここを区別できないなら、経済学を語る資格はない。

 

にもかかわらず、政治はこの混同を利用する。供給ショックを口実にすれば、中央銀行政府金融財政の共同責任曖昧化できる。

まりインフレは外生的だ」「我々は被害者だ」「戦争が悪い、国際情勢が悪い」と言いながら、裏では金融緩和と財政膨張を続けてダブル放尿する。

これは政策当局典型的責任回避ゲームだ。貨幣を増やしている側が、原因を外に投げる。

見事なまでに卑怯で、見事なまでに政治的合理性がある。

国民は複雑な説明を好む。「海外要因のせい」と言われたほうが納得しやすいからだ。

こうして、通貨価値毀損は“不可抗力”として処理される。要するに、責任を取らずに済む。

 

善意だろうが悪意だろうが関係ない。貨幣を増やせば、遅れて物価が上がる。

しかも遅れて上がるから政治家は調子に乗る。短期では景気が良くなったように見える。

雇用が増えたように見える。資産価格が上がる。だから選挙に勝てる。

ここで政治学習するのは、「貨幣を増やす一時的気持ちいい」という事実だ。

麻薬と同じだ。そして副作用としてインフレが来る頃には、原因は別の誰かに押し付ける。

これが政治経済学の基本構造だ。人間合理的だが、責任を負うようには合理的ではない。

 

サプライサイドがこのゲームに加担するのは、「供給を増やせばインフレは起きない」という幼稚な物語提供できるからだ。

減税して投資が増える、労働供給が増える、生産性が上がる、だから物価は上がらない。

これ自体は条件付きで一部正しい。だが、現実には供給の反応は遅い。

政治時間軸と市場時間軸は違う。設備投資には時間がかかる。労働参加率の変化も遅い。規制改革も遅い。技術進歩などもっと遅い。

にもかかわらず、貨幣供給の拡大は今すぐできる。財政赤字の拡大も今すぐできる。金融緩和も今すぐできる。といって自己放尿する。

まり政策当局がやっているのは、遅い供給改善を口実にして、速い貨幣膨張を正当化することだ。これは構造的に詐欺的にならざるを得ない。

 

そして当然の帰結として、価格シグナルが壊れる。価格とは情報だ。価格は希少性を伝える信号であり、市場参加者分散情報統合する計算装置だ。

だがインフレが起きると、価格は「相対価格の変化」と「貨幣価値の変化」が混ざったノイズになる。

企業需要増なのか通貨安なのか判別できない。労働者は実質賃金が上がったのか下がったのか分かりにくくなる。

投資家は利益成長なのか名目の膨張なのかを誤認する。

こうして誤配分が起きる。ミスアロケーションだ。資本生産用途ではなく、インフレヘッジの投機に吸い込まれる。

住宅土地株式、あらゆるもの価値保存の器として買われる。市場本来機能を失い、ただのインフレ回転装置になる。

 

この状態で「減税すれば供給が増えて解決だ」と言うのは、火事の中でガソリンを撒きながら「いや、建物の耐火性能を上げれば大丈夫」と言っているようなものだ。

耐火性能の議論重要だが、今燃えてる火を無視してる。燃料の供給を止めろ。貨幣供給を止めろ。インフレ期待を潰せ。実質金利正常化しろ。これが先だ。

順序を間違えるな。順序を間違えるのは無能か、あるいは意図的詐欺だ。

 

ここでサプライサイド派がよく使う逃げ口上が「インフレ一時的だ」「供給制約が解消すれば下がる」だ。

これもまた、政治的に便利な麻酔薬だ。だがインフレ期待というのは、そんなに素直に消えない。

人々が「どうせまた通貨を薄める」と学習した瞬間、賃金交渉価格設定も前倒しでインフレを織り込む。

これが自己実現的にインフレ固定化する。金融当局が信頼を失った経済では、インフレは単なる物価上昇ではなく、制度への不信の表現になる。つまり通貨が信用を失う。

 

ここまで来ると、供給改革議論はむしろ逆効果になりうる。

なぜなら改革をしているフリをしながら貨幣膨張を続ければ、改革への信頼まで毀損するからだ。

減税も規制緩和も、本来市場メカニズムの復権のためにあるはずなのに、インフレを伴うと単なるポピュリズムに見える。

市場派が市場であることをやめる瞬間だ。これが思想の腐敗でなくて何だ。

 

サプライサイド経済学自己放尿する最大のポイントは、「供給能力を上げる」という正しいテーマを掲げながら、「貨幣供給の過剰」という不都合な真実直視せず、外部要因に責任転嫁し、政治短期利益奉仕することだ。

ウクライナ、輸入物価エネルギー価格トリプル放尿で責任を散らし、マネーサプライの増加という核心から逃げる。

これがサプライサイドの現代堕落だ。

 

市場は強い。だが市場が強いのは、価格情報として機能し、貨幣が安定している場合に限る。

通貨価値政治破壊すれば、市場情報処理装置として壊れる。

減税や規制緩和を語る前に、まず貨幣をまともにしろ

貨幣をまともにできない政権が、供給改革などできるわけがない。できるのはスローガンの量産だけだ。

 

インフレ天災ではない。インフレ制度の失敗であり、政策の失敗であり、何より責任逃れの帰結だ。

サプライサイド経済学がもし本当に供給能力拡張を語るなら、まず通貨の安定を前提条件として守れ。

それができないなら、連中がやっているのは経済学ではない。政治的自己放尿である

Permalink |記事への反応(0) | 16:53

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日本外国人政策自己放尿で破綻する

外国人政策はまず道徳でも情緒でもなく、価格メカニズムインセンティブ設計問題だ。

日本議論はここが弱い。人手不足から入れる、かわいそうだから助ける、国際化だから歓迎する、治安不安から締める、こういう気分ベース裁量行政は、典型的政策自己放尿だ。

善意で動いてるつもりが、結果として市場シグナルを壊し、労働市場を歪め、納税社会保障の収支を崩し、最後政治コストとして自己放尿する。

まり移民を入れても入れなくても地獄」ではなく、「裁量でやると必ず地獄」って構造になっている。

 

国家がやるべきことは好きか嫌いかではなく、制度を通じて外部性を内部化することだ。

移民が増えると、賃金に下押し圧力が出る職種がある。住宅医療教育治安行政コストも増える。

逆に、生産性起業、税収、人口構造改善介護労働供給といった便益も生まれる。

重要なのは、これらを空気で処理して自己放尿せず、価格契約で処理すること。

政府市場の代わりに配分を決めた瞬間に、情報の集約装置としての市場破壊し、レントシーキングを誘発する。

移民政策はまさにレントの温床になりやすい。技能実習みたいな中途半端制度が腐るのは、制度労働市場自由化するのではなく、政治的に管理して供給を割り当てているからだ。

ここで規制が厚いほど仲介業者官僚機構が太り、移民本人は交渉力を失う。これは弱者保護の顔をした搾取装置で、規制が生んだ闇市場自己放尿だ。

 

処方箋は冷たいくらい単純で、入国の条件と滞在の条件を市場互換ルールに変換することになる。

まり曖昧情緒審査ではなく、労働契約納税保険加入・犯罪リスク教育コスト負担などを定量的制度化し、移民が生む外部性に対して事前に担保を取る。

これをやらずに「人手不足から制限に入れます」は、社会保障フリーライドを誘発するし、逆に「怖いから締めます」は労働供給制約で国内産業競争力を落とす。

どっちも非効率で、政治人気取り経済合理性を食い潰して自己放尿する。

 

ここで日本がやりがちな最悪手が、低賃金労働者を大量に入れる一方で、住宅教育医療地域治安キャパティ制約を放置し、企業側には安い労働力補助金を与え、自治体には現場丸投げをすることだ。

これはまさに、労働市場自己放尿と社会保障自己放尿のダブル放尿になる。

前者は賃金シグナルを壊し、後者財政制約を壊す。

結果、住民は不満を持ち、移民搾取され、企業生産性向上をサボり政治は分断される。

全員が損する、珍しいタイプの完全市場失敗を政府が手動で作る。

 

重要なのは移民必要かではなく、国内企業が低生産性のまま生き残る仕組みを温存してないかだ。

移民受け入れを、単なる人手不足対策として使うと、企業設備投資自動化賃上げ回避できる。

これは安い労働力による技術進歩抑制で、長期的には国全体のTFP全要素生産性)を殺す。

まり移民政策は、労働市場短期安定化と引き換えに、成長率を削る麻薬になり得る。

俺が嫌うのはこういう短期政治最適化が長期の市場秩序を破壊して自己放尿する構図だ。

 

日本外国人政策は、感情で開けたり閉めたりする水門政治をやめて、ルールベースにするしかない。

市場必要とする人材価格賃金)を通じてシグナルを出す。

ならば、政府賃金納税保険犯罪抑止の枠組みだけを整備し、あとは裁量を減らして透明に運用するべきだ。

移民を善や悪として語る国は、だいたい制度設計に失敗する。

問題移民ではなく、移民政治玩具にする自己放尿制度のものだ。

日本がやるべきなのは移民を入れるか否かの宗教戦争ではなく、インセンティブ設計ミスによる自己放尿を止めることだ。

Permalink |記事への反応(0) | 13:34

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2026-02-06

リフレ派の自己放尿で日本は深刻なインフレに直面するだろう

リフレ派の議論は、表向きは景気を回復させるための合理的金融政策を装っている。

しか実態は、貨幣価値という社会の基盤を削って短期快楽を買う、典型的自己放尿である

 

フリードマンが繰り返し言ったのは、インフレとは道徳問題でも精神論でもなく、貨幣現象だということだ。

まり物価が上がるかどうかは、根性でも国民性でもなく、制度設計インセンティブ構造帰結である

ここを理解しない政策は、どれだけ善意で飾っても経済学的にはただのノイズであり、最終的には国民購買力破壊自己放尿する。

 

日本がこれから直面しうるのは、「需要が足りないか財政で押し上げる」という単純化された世界観が、期待形成に殴られて崩壊する自己放尿だ。

インフレは静かにまり、ある瞬間から臨界点を超えて、貨幣需要崩壊とともに加速する。

そしてその時、リフレはいものように言うだろう。「想定外だった」と。

減税→国債発行→日銀が吸収→マネーサプライ増加→貨幣価値低下→物価増加

問題連鎖は単純だ。にもかかわらず、政治はこれを「景気刺激策」という包装紙で包み、国民に配布する。

減税する。税収が減る。だが歳出は減らない。むしろ選挙インセンティブのもとで増える。

次に起きるのは当然で、政府国債発行に依存する。

リフレ派は言う。「国債日銀が買えばいい」と。

そして次の段階に進む。

日銀が吸収する。つまり中央銀行国債を買い取り、政府債務を事実上マネタイズする。

ここで、中央銀行独立性という防波堤が削られる。

国債買い入れでベースマネーが増え、銀行システムを通じて信用創造が増幅され、結果としてマネーサプライ増加が起きる。

そしてフリードマン的には、ここから先はもはや議論ではない。恒等式確率世界だ。

貨幣の希少性は落ちる。つまり貨幣価値低下が起きる。

貨幣価値が下がれば、同じ商品を買うのにより多くの円が必要になる。つまり物価増加が起きる。

この連鎖は、願望で止められない。

政治家がマイクで叫んでも止まらない。新聞が「インフレ一時的」と嘘を書いて自己放尿しても止まらない。

経済感情で動かない。期待とインセンティブで動く。

インフレは「需要の増加」ではなく「通貨の信認低下」から加速する

リフレ派はインフレを「需要が増えること」として語りたがる。

だが深刻なインフレ本体は、需要増ではない。貨幣需要崩壊だ。

国民が円を持ちたがらなくなる。企業が円建て長期契約を嫌がる。労働者賃上げ要求を強める。

輸入業者が先回りして価格を上げる。資産家が外貨実物資産に逃げる。

このとき物価は上がるのではない。円の価値が下がるだけである

そして落ち始めた通貨は、期待形成によって自己増殖する。

インフレ期待がインフレを生み、そのインフレさらに期待を押し上げる。

これは合理的行動だ。誰も損したくないから、先に値上げし、先に買い、先に逃げる。

まりインフレは、心理問題ではなくゲーム理論の均衡だ。

市場参加者合理的に動いた結果として、インフレ均衡に飛ぶ。

この時点で政府ができるのは、金融引き締めか、歳出削減か、信用回復のための痛みを伴う制度改革しかない。

だが政治は痛みを嫌う。だから先送りする。

国債自国通貨建てだから破綻しない」は、破綻定義すり替えている

リフレ派がよく使う詭弁に、「日本自国通貨建て国債から財政破綻しない」というものがある。

この言い方は、形式的には正しい。日本政府は円を発行できる。だから名目上の債務不履行デフォルト)は避けられるかもしれない。

しかフリードマン的に重要なのはデフォルト形態一種類ではないという点だ。

政府が返済不能になったとき、紙面上は返せる。なぜなら通貨発行で返済できるからだ。

だがその瞬間、実質的には国民購買力毀損される。つまりインフレ税という形で、国民から徴収する。

これは「破綻していない」のではなく、破綻を「通貨価値の下落」という形で実行しただけだ。

これが金融抑圧であり、インフレ課税であり、事実上資産没収である

破綻しない?

違う。破綻形式を選べるだけだ。

財政規律なき金融政策は、中央銀行政府下請けに落とす

最大の問題はここにある。財政と金融の境界が溶けた瞬間、中央銀行は「物価安定の番人」ではなく「政府債務の処理係」になる。

これは制度劣化だ。

中央銀行国債を買い続けると、市場はこう理解する。

政府は歳出を削らない。日銀が支える。だから国債安全だ。だがその安全性は貨幣価値犠牲にしている。」

この理解が広まると、国債の信用は保たれるかもしれない。だが円の信用は落ちる。

そして本当に恐ろしいのは、インフレが進んだ後に引き締めをやろうとすると、国債金利が上がり、利払い費が増え、財政さら悪化する点だ。

まり日銀は、インフレを止めるために金利を上げると政府を殺し、政府を救うために金利を抑えると通貨を殺す。

この二択に追い込まれる。これが財政支配だ。

そしてこの状況は、政策の失敗ではなく、最初から制度設計帰結である

増税解決」はもっとダメ:歳出が固定化し、借金借金で返す構造は変わらない

ここで多くの人が短絡的に言い出す。「じゃあ増税すればいい」と。

だがそれは、火事ガソリンを撒くタイプ合理主義である

増税は、財政健全化するどころか、政治経済学的には逆の方向へ向かう可能性が高い。

なぜなら増税とは、「政府もっと使える余地」を与える行為からだ。

歳出が減らないまま増税すれば、政府はこう学習する。

「税を上げれば金が取れる。なら歳出を削る必要はない。」

すると歳出は固定化され、既得権益制度として結晶化し、公共選択論が示す通り、予算は削れない構造になる。

さらに悪いことに、増税で景気が悪化すれば税収は伸びず、結局また国債発行に戻る。つまり

増税 → 成長率低下 → 税収鈍化 →国債発行 →日銀吸収 →インフレ圧力

という形で、別ルートから同じ地獄に入る。

結局、政府債務を増やし続ける構造が変わらない限り、増税は「健全化」ではなく「延命治療」にしかならない。

延命治療医療では尊いこともあるが、マクロ政策では単に時間を買うだけだ。そして買った時間政治改革する保証はない。むしろ改革しない確率が高い。

まり増税は、政治家に「改革しなくていい理由」を与える。

これは救済ではない。制度モラルハザードの増幅だ。

日本がやっているのは「金融政策」ではなく「期待操作社会実験」

インフレを語るときリフレ派は「需要ギャップ」や「潜在GDP」を持ち出す。

だがそれらは観測不能であり、推計モデル依存の幻影でもある。そこに政策正当性を置くのは危険だ。

重要なのは政策当局コントロールできる変数と、できない変数区別することだ。

政府が確実に増やせるのは支出だ。日銀が確実に増やせるのはマネタリーベースだ。だが経済成長や生産性は、命令で増えない。

から金融緩和すれば成長する」という発想は、因果を逆に見ている可能性がある。

成長するから貨幣需要が増え、結果としてマネー供給が吸収され、インフレ抑制されるのであって、貨幣を増やせば成長するとは限らない。

貨幣供給を増やしても、資本蓄積技術革新労働供給が増えなければ、ただの通貨希薄化で終わる。

リフレ派の政策は「自己放尿」ではなく「トリプル放尿」になりうる

リフレ政策本質は、短期的な快感のために長期の制度犠牲にすることだ。

しか犠牲になるのは抽象的な制度ではない。国民生活のものだ。

実際に起きるのは、次の三重である

貨幣価値の放尿、財政規律の放尿、中央銀行独立性の放尿。つまり、「貨幣財政制度トリプル放尿」である

貨幣価値が下がれば生活必需品が上がる。

財政規律が壊れれば将来の負担が増える。

中央銀行独立性が壊れれば、インフレを止める最後の手段が失われる。

この三つは別々の問題ではない。相互に補強し合う。悪い意味でのシナジーを持つ。

そして最後に残るのは「実質賃金破壊」と「社会の不信」

インフレが進むと、賃金は追いつかない。追いついたとしても遅れる。結果として実質賃金は落ちる。生活水準が落ちる。格差が広がる。

インフレ税制上、資産を持つ者に有利で、現金労働者に不利だ。インフレは見えない再分配装置であり、政治選挙で決めたわけでもない所得移転勝手に起こす。

さらに、社会契約が壊れる。

長期雇用年金保険、貯蓄、国債家計設計。これらはすべて「通貨が安定している」という前提で成立している。通貨の信認が揺らぐと、社会の基盤が揺らぐ。

そして一度壊れた信認は、戻らない。戻すには時間と痛みがいる。これは歴史が何度も証明している。

結論インフレは「善意の失敗」ではなく「制度当然の帰結である

「減税して景気を良くする」「国債を出して支える」「日銀が買えば問題ない」

この一連のストーリーは、現実の制約を無視した願望のパッケージだ。

 

減税 →国債発行 →日銀が吸収 →マネーサプライ増加 →貨幣価値低下 →物価増加

 

この連鎖は、政策偶発ミスではない。構造帰結だ。

そして、その結果として日本は深刻なインフレに直面しうる。

だが同時に、「増税すればいい」という発想も救いにはならない。

歳出が固定化し、政治改革回避し、借金借金で返す構造が温存される限り、結末は変わらない。

問題は税率ではない。

問題は「支出を削れない政治」と「貨幣発行でそれを隠蔽できる制度」だ。

リフレ派がやっているのは、景気刺激ではない。

国家の信用を担保にした、壮大な自己放尿である

Permalink |記事への反応(2) | 19:38

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2026-02-05

anond:20260205231243

恋愛ってしなくてよくない?

結婚ハードルを下げた方がいい理由がわからない

少子化給付金積めばいいでしょう

現在は額が少なすぎるだけだからインセンティブがない

Permalink |記事への反応(2) | 23:21

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2026-02-04

ケインズ派自己放尿で日本経済は終了

日本経済の長期停滞を説明する理屈はいくらでもあるが話は驚くほど単純だ。

原因は需要不足でもデフレ心理でもない。ルール破壊し、価格シグナルを歪め、貨幣政治目的従属させたことだ。

要するに、ケインズ派政策自己放尿である

 

ケインズ派の基本動作は、景気が悪いと見れば政府需要を作り、財政赤字と金融緩和で穴を埋めることにある。

だが成長は支出からまれるのではなく、生産性インセンティブから生まれる。

価格情報であり、金利時間選好の要約統計だ。

それを中央銀行財政当局が踏み潰す行為は、市場という分散計算機砂糖水をぶちまけて自己放尿するようなものだ。

短期的な多幸感は出るが、計算は壊れる。

 

日本で起きたのは、貨幣中立性を信じない政策当局が、期待形成自分たち管理できると誤信した結果だ。

量的緩和マネタリーベースを膨張させ、金利ゼロに貼り付け、将来の不確実性を消せると考えた。

しか合理的期待の世界では、予見可能政策はすでに価格に織り込まれる。予測可能インフレ目標は、予測可能に無力化される。

ここで起きるのは刺激ではなく、リスク社会化ゾンビの温存だ。

退出すべき企業が退出せず、資本は低生産性部門に拘束され、全要素生産性は下がる。

 

財政側も同じ構図だ。公共投資需要を作ると言いながら、実際には政治的配分で資源を歪める。

限界効用の低い支出に税と国債を投じ、将来世代負担転嫁する。

リカード等価定理を完全に満たさないにせよ、将来増税の予想は現在の消費を抑制する。

刺激のつもりが期待を冷やす。これが自己放尿の第二波だ。

 

さらに悪いのは、金融財政の結託である中央銀行独立性を空洞化させ、財政規律金融で肩代わりする。

これは金融抑圧と財政拡張ダブル放尿だ。金利という最重要価格を潰し、政府予算制約を見えなくする。

市場参加者学習する。将来のルール恣意的だと分かれば、長期投資は萎む。短期裁定けが増える。

 

政策善意ではなく、ルール一貫性必要だ。

k%ルール象徴されるように、裁量ではなく予測可能性が重要だ。

日本は逆をやった。状況に応じて目標を変え、手段を増やし、説明を付け足した。

その結果、政策ノイズになり、期待は不安定化した。貨幣中立でなくなり、しかも望ましい方向には動かない。

 

賃金が上がらない、投資が伸びない、成長率が低い。

これらは症状であって原因ではない。

原因は、価格システムを信頼せず、政府が最適配分を計算できると考えた傲慢さだ。

市場は失敗することがあるが、政府の失敗はスケールする。

日本観測されたのは、ケインズ派自己放尿が制度化され、止めるブレーキが外れた状態だ。

 

結論は地味だが冷酷だ。

需要創出ごっこをやめ、ルールに戻れ。

貨幣政策予測可能に、財政は制約を可視化し、退出を許容する。

価格に語らせ、金利仕事をさせる。

それができない限り、自己放尿は続き、成長は戻らない。

世界感情では回らない。回るのはインセンティブ情報だけだ。

Permalink |記事への反応(0) | 07:23

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2026-02-03

anond:20260203181126

はははwまたまたw

https://www.baitoru.com/kw/%EF%BD%87%EF%BD%95%EF%BD%83%EF%BD%83%EF%BD%89%E3%80%80%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%88/

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うっそだろ、キッツ....

Permalink |記事への反応(1) | 18:13

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anond:20260203160207

J.S.ミルという思想家1861年に言ったことによれば、金の力で当選した政治家金持ち有利な選挙制度を変える気がないんだそうな。

これと同じく、カルト宗教無償労働の力で当選した政治家は、カルト宗教無償労働が有利な選挙制度を変えるインセンティブが無いのだろう。

政治家あいだに買収を防止しようとするほんもののまじめな試みがいまだかつてなかったのは、選挙は、金のかかるものであってはならないという、ほんもの欲求がなかったかである

選挙に金がかかることは、費用を支払いうる人びとにとっては、多数の競争者をしめだすことによって、有利になるのだし、国会への途を金持に限るものであればどんなに有害でも、保守的傾向をもつものとしてなんでも歓迎される。

これが、両方の政党の、われわれの立法者たちのあいだにある根強い感情であり、わたくしが、かれらがほんとうに悪意があると信じているほとんど唯一の点なのである

(J.S.ミル著(1861)、水田洋訳「代議制統治論」(岩波書店、1997)276頁)

Permalink |記事への反応(0) | 16:10

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2026-02-02

anond:20260131161048

可能性としての時給だけならキャバだとか配信業が青天井じゃね

風俗は体の疲労無視すればそれなりに楽して時給が高いってだけで、店外とかいやばい方向に手を出さなきゃキャバ配信以上の時給は無理

オプションが限られすぎてるから

キャバ配信はやればやるだけインセンティブつくのが一般的で、ボトルとか投げ銭とか金額制度的に青天井に近いからね

その分、対人スキル上位じゃないと無理なのは無理

キャバのほうが基盤としてはしっかりしてるけど、顔だの人付き合いだの対客以外のスキル目標報酬に比例して必要になる

配信は顔とか他人関係はどうでもいいけど、その分、対客へのスキル天元突破しないと稼げない

って感じ

Permalink |記事への反応(1) | 16:58

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anond:20260201080405

夫婦間でインセンティブなんて!ってコメントがちらほらあるのが意外

愛情だって分解すれば「心地よい会話」「ツーカーの手助け」「スキンシップの充足」などのインセンティブに分けられるだろうし。

インセンティブが無くても夫婦契約を結んだんだから無条件で履行しろってことか?

Permalink |記事への反応(0) | 11:04

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2026-02-01

anond:20260201080405

東京出身でいきなり関西専業主婦はきついだろうと、大阪出身の俺は思う

それはそれとしてお前さんはインセンティブにならんのやな

Permalink |記事への反応(0) | 18:07

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anond:20260201080405

一年くらいほっといたら仕事しろって親に言われて戻るのでは?それかなるべく家事減らしたり委託するか、まあお前に出来るなら実家凸して強制送還やな

インセンティブ用意しなきゃなぁと思ってる時点で無理か

今それだと子どもとか絶対育てられんで

他の女探すとかね

Permalink |記事への反応(0) | 16:43

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市場社会をハックしようとする者たちが、自ら作ったモデルに閉じ込められて自己放尿していく様を特等席で見物してやる

市場をハックできると思い込む者は、だいたい二つの誤解を同時に抱えている。

第一に、市場は誰かの設計物であり、裏口が存在するという誤解。

第二に、自分モデル現実よりも賢いという誤解だ。

これは人間知識限界に対する無自覚もっと露骨に言えば情報分散性を舐めている。

 

市場は巨大な最適化装置だが、目的関数は誰にも明示されていない。

価格命令ではなく要約統計であり、無数の局所情報圧縮された結果にすぎない。

そこに攻略法があると考える時点で、もうモデル現実の主従が逆転している。

連中は合理的期待を理解した気になって、実は自分けが非合理になっている。

 

ハック屋が最初にやるのは単純化だ。変数を削り、摩擦を無視し、ノイズを敵視する。

だが現実ノイズは、モデルが切り捨てた情報のものだ。

取引コスト制度の遅延、インセンティブの歪み、そして政治

これらを外生として葬った瞬間、そのモデル分析装置ではなく、自己放尿になる。

信仰検証不能で、だから修正もできない。

 

フリードマンは「非現実仮定でも予測が当たればよい」と言ったが、肝は予測だ。当たらなければ捨てる。

ところが市場ハッカーは、外れた瞬間に「環境が悪い」「規制が歪めた」「愚民理解しない」と言い出す。

モデルは常に正しく、現実が常に悪い。この態度こそが、連中を自己放尿の檻に閉じ込める。

 

面白いのは、連中が嫌うはずの中央計画を、私的再現している点だ。

自分の頭の中に小さな社会を作り、そこでは因果が素直に流れ、政策は即効性を持ち、人々は期待通りに動く。その小宇宙の中では万能感が得られる。

だが外に出た瞬間、価格シグナルは容赦なく連中を殴る。

ここで起きるのが、自己放尿だ。予測は外れ、ポジション逆噴射し、言説は後講釈に変わる。

 

連中の失敗は、市場の失敗ではない。政府の失敗でもない。単なるモデルの失敗だ。

しかも厄介なのは、失敗の原因がモデルの外にあると誤認する点だ。

結果として、規制批判陰謀論道徳説教が混ざり合い、最終的に知識規律検証トリプル放尿に至る。どれも市場が最も嫌うものだ。

 

合理的期待仮説の冷酷さは、人間善意を一切考慮しないところにある。

人は学習する。裁定機会は消える。抜け道は塞がる。

これを前提にすると、「俺だけは違う」という主張は、統計的にほぼ自己放尿だ。

長期的に勝てる戦略は退屈で、透明で、他人にも模倣可能だ。だから誰も語りたがらない。

 

特等席で見物する価値があるのは、この自己放尿のプロセスだ。

最初は勇ましい言葉で始まり、次に数字が歪み、最後世界観が壊れる。

市場は誰も嘲笑しない。ただ清算するだけだ。その無言の態度が、最大の教育効果を持つ。

 

市場社会をハックしようとする前に、自分モデルが何を捨て、何を仮定し、どこまで予測できるのかを点検しろ

できないなら、余計なことはせず、価格に従え。

そうしない者は、いずれ自分理論の中で溺れ、静かに自己放尿していく。

その様子を、こちらはただ冷静に観測するだけでいい。市場感情を持たない。だからこそ、いつも正確だ。

Permalink |記事への反応(1) | 16:03

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