
はてなキーワード:イエスキリストとは
線路は続くよ、どこまでも、
ちょっと待ってください、無限軌道はそういう意味じゃないですよ…😟
だから、何度も起こったら奇跡じゃない、有難みがないじゃないですか…😟
仮にイエスキリストが水の上を歩いたり、視覚障害者を手かざしで治したとして、
みたいに言ったとしても、そりゃ、あいつは神さまだからですよ、
神さまはこの世界の唯一の特殊な存在だからであって、人間は勘違いしちゃいけない…😟
下々の人間は、奇跡を起こそう、なんて大それた考えをしないで、地道に努力するしかない…😟
運動選手や天才がミラクルを起こせるのは、ほぼ努力と運の女神のおかげです…😟
奇跡的に一命を取り留めた人であれ、「奇跡を起こしてやったぜw」とか言ったら、思い上がるな!😟
おまえを助けたのは神さまだし、おまえが神を信じないなら、運が良かっただけだ
ペテロの葬列だっけ?😟
主人公の妻の不倫相手が、ボクはずっと打算で生きてきた、みたいに言ってなかったっけ?
打算?妥協?
で、ドラマの方を観たので、主人公は小泉孝太郎なんだけど、あのドラマだけははまり役すぎて、
はまり役すぎるが故に、観ててときどき笑うシーンでなくても笑ってしまって…😟
で、妻も不倫相手も、自分に正直になって、ひでー女だなwなんだけど、
主人公も大企業会長の娘の夫という制約から解放されて、自分に正直になって探偵になる
ペテロの葬列のドラマは、自分は大企業会長役の平幹二朗が好きすぎて…😟
自分は不倫に走るとか、探偵になりたいとかはないけど、子供の頃の夢はある
そして、ずっと夢は叶わないと思っていた
でも、ふと思ったんだけど、死んだらもっと叶わないじゃん、絶対叶わなくなる
自分もどっちかというとそっちなんだけど、地獄がないと考えると、モラルがなくなるのが良くない、という宗派もある
オフィスビルのトイレ清掃で一生を終えるとしても、それが天職というものである
しかし、本当に天職なのか、自分の判断は正しかったのか、それは死んで初めて神さまがジャッジするものである
それまで人間は、自分の判断が正しいのか分からないまま、この世界でもがき続けるしかない
ペテロの葬列の主人公は、大企業の会長の娘の夫であり、その会社の安定した正規社員であり、社内報を作る温い部署で働いていたが、
詐欺事件を追っているうちに、自分はかごの中の鳥であり、自転車に乗って草原に飛び出す夢を見がちで、
私は無職だが、仕事があったこともある、人生まったくうまくいかなかったが、これも天職なのであろう
しかし、神さまを信じてはいるものの、私は何度か全身麻酔を経験している
考えただけで、非常に恐ろしい
何もない、意識もない、いきなりすべてが消えるというか、すべてが消えたという自覚がない
奈落の底に落ちるのなら、落ちる過程というのを体験するわけで、それはまだマシである
自覚がないのだ
一瞬で世界が消えるのだ
天国がいい場所にしろ、死んでしまったら、子供の頃の夢は叶わなくなる…😟
ずっと、夢なんて馬鹿げている、何を甘っちょろいこと考えてるんだ、現実を見ろ、打算で考えろ、妥協しろ、私もそうやって生きてきた
でも、ペテロの葬列のように、もう、その制約から解き放たれてもいいのではないだろうか?😟
打算や妥協に逃げないで、ずっと夢を叶えようと努力して生きれば良かった、と今更思っても手遅れであるが、
死んだら、本当に叶わない、
死者が復活できるのは、イエスキリストのみ、つまり神さまのみが復活できるのである
私は神ではない…😟
銃夢のジャシュガンの台詞にあったように、人間とは限られた存在であり、
あのな、自分が好きな相手、自分を好いてくれる相手にだけ優しくするのは、子供なんだよ。
大人はな、自分が嫌いな相手、自分を嫌ってくる相手に対して、優しくするんだ。
彼女や妻に対して、「ブスだなぁ」って思っても、「また怒ってるヒステリーだな」って思っても、褒めて煽てて口説いてセックスに誘うの。
取引先で罵声を浴びても、上司に叱られても、そんな程度で挫けちゃダメなの。
たくさん相手に尽くしたら、相手からも尽くしてほしいっていう対価を求める心がダメ。
自分に釣り合う釣り合わない、対価に見合う見合わないっていう心がダメ。
今のTwitter(意地でもこう呼ぶ)見てて思うんだけどさ、心の性なんてこの何憶いる人間の集団にとって知ったこっちゃないんだよ。
一部の性別を除いて生き物の体の性別なんてもんは男と女しかないし、それ以外は遺伝子の欠損・変異・異常でしかないんだよ。
一人一人が違っててみんないい、素敵だね。でもそれは個人間や小さな集団の中だけでやるべきであって国や世界でやるもんじゃねえんだよ。人間ってのは馬鹿だから集まったって管理能力には限度がある。
僕はトランス女性です、私はトランス男性です、見た目で判断しないで、個人を見て、見れないよ。その辺の市役所だってパンクしてんのに。
余裕があればするけど今はどこもないだろ?デカい戦争が起きてもう第三次世界大戦は始まってるとみてる人もいる。
以前Twitterでトイレ性別問題で結局は生物学的に股間がどうなってるかで判断するのが万人にわかりやすいんじゃないかってツイに対して
リプを飛ばしてる人がいて戸籍は男で身体のほとんども男だけど先天性の障害として生殖器がありませんが私は女になるんですか?言われてたけど、知らんがなって感じじゃん。
ほぼ男で戸籍も男なら男なんじゃないですか?って話だし、自分の欠陥を使って他人に答えずらい質問すんなやって思うし、黙って身体的特徴のトイレに行けよ。
どいつもこいつもこの問題でわめいて首突っ込むやつら最終的に他人の罪悪感を抱かせたり、加害者と断定するような書き方で攻撃的だから荒れるんだよ。
そりゃみんな差別主義者って悪者になりたくないから声のでかい奴が勝つよな、少年漫画の胸糞ヴィランかよ。
わからん今のLGBT系で差別だ差別だ、変えていかなきゃっていう人たちって変えた後の激動について一切考えてなくない?なんでそこまで苦労して今の生活をしてる人らが頑張らないといけないんですか?
自分で自治区立ち上げて手本見せればいいんじゃない?アメリカで黒人がBLM活動が過激になった時、自分らだけの自治区作って一瞬で無法地帯になって自滅したけど、そうならない自信があるなら活動家の人はやればいいのにみんなやらないよね。
どうでもいいけど発端になった黒人は普通~~~に犯罪者なのになんであんなに持ち上げられてるのかわからん。あと壁画にまでなったけど落雷でぶっ壊れたって聞いて神様って本当にいるのかもなって初めて思ったよ。イエスキリストもびっくりだよ。
Lightning destroysGeorge Floyd mural in Toledo | WSYXhttps://abc6onyourside.com/news/local/lightning-destroys-george-floyd-mural-in-toledo-7-14-2021
http://dailycult.blogspot.com/2023/11/blog-post.html
id:nomitoriアメリカでもそうだけとファンダメンタルなキリスト教団体はイスラエルにとても親和的なんやなぁ…。宗教面からのその辺りの理屈を聞いてみたい…
について書く。なお書いている増田はいわゆる宗教二世ではあるが成人後も自身の意思で教会に行き続けているクリスチャン。
これは「カルト新聞」に載っている記事、なのでその文脈で捉えて欲しい。ググれば主流派からは異端視されていることがすぐわかる。
なお異端=カルト(社会的な悪性を持つ集団)ではなく、その教えには(宗教的にはともかく一般論として)一定の妥当性を持つケースもある。プロテスタントから見た異端とは、「使徒信条から外れた教えを唱える人たち」と言える。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%BF%E5%BE%92%E4%BF%A1%E6%9D%A1
これは一言で語るのが非常に難しい。
だが最近の世代間の差と共和党の支持母体についてのNHK記事は読んでおいてもいいかと
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/489097.html
ポイントはロビイストの存在と、共和党の支持母体である福音派ががっつり噛み合ってしまっているところかと。それに対して若い世代には反発やしらけがあることがわかる。
福音派の年寄りは何も考えずにイスラエル政権を支持しがちだが、クリスチャンであったとしてもそこは一枚岩じゃない。だが多数派であり声の大きいところでそういう風に言われがち。実際礼拝の中でも言及されたりしてるみたい。
これも難しいが無理矢理まとめると
ということだ。
聖書には「エルサレムの平和のために祈れ(詩篇)」と書いてある。闘うための武器や資金を供与せよ、ではない。
もっというとここで用いられる平和という言葉は「シャローム」といい、神の平安の総称となっている。つまり単に他者との争いの状態を避けるとか、そういうものではなく「全能の神とともにいる祝福を享受する状態」である。
一方でユダヤの歴史はイエス・キリストを否定し排除してしまったのも事実であり、新約聖書には次のようにも書かれている
エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。 見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる。 言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言うときまで、今から後、決してわたしを見ることがない。
マタイによる福音書 23:37-39 新共同訳
https://bible.com/bible/1819/mat.23.37-39.新共同訳
これはイエス自身の言葉である。クリスチャンにとっては前述の使徒信条にイエスキリストによる裁きのときがくる、ということを信奉しているわけだけれども、そのときがくる前提条件が、エルサレム(象徴的に都市名であらわされるがユダヤ人をさす)が、キリストに立ち返ることであると示されている。
NHKとかのメディアでも「イエスはユダヤ人だから」とか言ってイスラエルを支持する人を切り取って放映しているけれど、聖書の教えにたつならば、平和を求めるのは当然であるし、それ以上にその平和は「神は愛なり」と説かれているその教えのうちでないといけない、というのが聖書をそれなりに読んでいるつもりの自分なりの姿勢。
スパゲッティモンスターだなんだと揶揄されがちではあるが、全知全能の存在を自分は信じているし、その介入だけがパレスチナ問題を解決しうると思い、戦況のニュースに悲しい気持ちになりつつも今夜も平和を祈ります🕊️
※当たり前だけど布教ではない
親無宗教、周りも無宗教だったんだけど27歳で急にクリスチャンになった。神様信じるとか馬鹿かと思ってたのに。いや今でも思ってるけど。
ぶっちゃけ信仰深いクリスチャンの100分の1しか真面目にクリスチャンやってないと思うけど。
それにイエスキリストのすごいエピソードとかも全く信じてないし。嘘乙と思ってる。
ただ、毎日祈る+寝る前にキリストという存在に語りかけてるから側から見たら立派なクリスチャンかもな。
コロナ禍は自分にとって辛かった。その辛い時期に友達の親がコロナで死んでそんな確率低いこと信じられなかったし辛いなんてもんじゃなかった。
次はロシアウクライナ戦争。わかる人にはわかると思うけど、ロシア人いっぱいいるオンラインゲームで知り合ったロシア人の友達が戦争行くからまたねって消えた。戻ってこない。
そういうことや日々の疲れが重なってずっとどうしようもなく暗い気分になってて、ネットで立ち直る方法とか色々調べてた時にキリスト教っていうものを初めて真面目に知ることになった。
自分にとってイエスキリストは、バーチャル優しいおっちゃんみたいな感じ。
自分のことをなんでも許してくれるし受け入れてくれる。なんでも話を聞いてくれる。どんな自分でも愛してくれる。(こう書いたらなんかキモいけど)
朝は「今日はこんなことしようと思う。頑張るから見守っててな。家族とか友達も元気でいられるように見守っててや」と祈り、夜は「今日はこんな感じだった。こんなことを反省する。おっちゃんは自分のこと信じてくれるよな。明日も頑張るから見守っててや」みたいに語りかけて祈る。
どうしようもないことが起こる世の中で、不変の存在があるとちょっと救われる。
神様とか今でも信じてるわけじゃないけど、そういうバーチャルおっちゃんの存在が自分の中にあると結構楽だなという感じでクリスチャンやってる。