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有川浩って『図書館戦争』が表現規制に抗うような内容だったので、どちらかというとリベラル派なのかと思っていたんだが、それ以降の発言を見るにどうも右寄りっぽいんだよな…
#ママ戦争止めてくるわタグを批判する事自体は全然良いと思うんだけど、批判の内容が
「戦争したがっている人なんか誰もいないのに」なので呆れた。
えー?どうして他人の内面が全部分かるの?小説家なのに想像力無さすぎなのでは?
ていうか戦争したがってる人がいないなら、どうして戦争は起こるの?戦争したがってる人がいなくても起こるって事なの?現に戦争は起こってるよね?
戦争したがってる人がいなくても戦争は起こるなら、戦争したがってる人がいないと反論する事自体が無意味じゃない?
戦争反対している人達は、法律と制度の改変を問題視しているのであって、人の心がどうこうの話ではない。
でも、#ママ戦争止めてくるわというクソタグでは、その辺の問題意識が伝わりにくいのが悪いですね!あの変なタグを作り、拡散した人達が悪いです!それはその通りです!
ていうか、今思うと『図書館戦争』における表現規制もけして戦前の日本のような政府に都合の悪い言論を取り締まるための規制ではなく、
いわゆる「ポリコレ」的な人権擁護のための規制を想定していたんだろうな…。登場人物の設定からして軍隊賛美っぽいものね。元々分かってはいたんだよ。
でも「戦争したがっている人なんか誰もいないのに」は、人間に対する解像度があまりにも低過ぎて、小説家として駄目じゃんと思って幻滅した。
日本語圏のSNS、特にX(旧Twitter)において、興味深い現象が観察される。AI生成された文章には厳しい視線が向けられる一方、AI生成されたスライドやデザイン素材には驚くほど寛容な態度が取られているのだ。同一人物が「AIで書いた文章は見ればわかる。ああいう機械的な文はダメだ」と批判しながら、数日後には「AIでプレゼン資料を5分で作成!便利すぎる」と絶賛する光景が日常的に繰り広げられている。
この矛盾は単なる気まぐれではない。そこには人間の認知メカニズム、文化的価値観、そして社会的シグナリングの複雑な相互作用が潜んでいる。
公立はこだて未来大学の研究チームが2025年に発表した論文では、生成AIをめぐるSNS上の議論を分析し、賛成派が「功利主義」を中心とする価値観を持つのに対し、反対派は「著作権重視」を中心としつつも複数の価値観が混在していることが明らかにされた。しかし実際の行動レベルでは、同じ個人の中でさえ、対象によって態度が大きく変わる現象が生じている。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsik/35/2/35_2025_015/_pdf
この非対称性を理解する鍵は、「道具性の階層」という概念にある。人々は無意識のうちに、創造的活動を本質的なものと装飾的なものに分類している。
文章は思考の直接的な表現とみなされる。論理展開、語彙選択、文体のリズムといった要素すべてが、書き手の知性や人格と不可分に結びついていると考えられている。ChatGPTが生成した文章に違和感を覚える理由の一つは、この「本質との一体性」が損なわれることへの抵抗だ。AI生成文章には「単調なリズム」「過度な順序表現(まず、次に、最後に)」「単語の繰り返し」「個人的視点の欠如」といった特徴があり、これらが機械的な印象を与える。AI判定ツールの精度はまだ発展途上だが、人間の直感は「この文章には人がいない」という違和感を敏感に察知する。
対照的に、スライドは思考を伝えるための「容器」として位置づけられている。レイアウト、配色、フォント選択は重要だが、それらは中身を引き立てる装飾であり、発表者の本質的な能力とは別物と考えられがちだ。CanvaAIが提供する膨大なテンプレートや自動デザイン機能は、この「装飾性」の領域に働きかける。デザインスキルを持たない人でも短時間でプロ品質の資料を作成できることは、単なる効率化として歓迎される。
この階層化は必ずしも論理的ではない。優れたスライドデザインは情報の構造化能力を反映するし、文章執筆も道具を使って行われる活動だ。しかし認知的には、文章は「私そのもの」、スライドは「私が使う道具」という区別が根強く存在する。
心理学者レオン・フェスティンガーが1957年に提唱した認知的不協和理論は、この矛盾を説明する有力な枠組みを提供する。人は矛盾した信念や行動を持つと心理的不快感を覚え、その不協和を解消しようとする。ただし、その解消方法は必ずしも論理的な整合性を追求するものではない。しばしば、自分に都合の良い解釈を採用することで不快感を和らげる。
「AI生成は良くない」という信念を持ちながらAI生成スライドを使う場合、認知的不協和が生じる。この不協和を解消するため、人々は様々な正当化を行う。「スライドは装飾だから別」「効率化のためなら仕方ない」「自分で内容は考えている」といった理由づけがなされる。こうした正当化は、矛盾を解消するための事後的な説明であることが多い。
さらに、一貫性バイアスと呼ばれる認知的傾向も作用する。これは他者の過去の言動が未来も一貫していると考える傾向だが、自分自身の行動については異なる基準を適用しやすい。「あの人はいつもAIを批判している」と他者を評価する一方、自分がAIツールを使う場面では「状況が違う」「これは例外」と特別扱いする。
内集団バイアスも無視できない。自分が属するコミュニティやアイデンティティグループの行動には甘く、外部グループには厳しくなる。たとえば「文章を書く人」というアイデンティティを持つインフルエンサーは、文章生成AIには厳しいが、自分が専門外のデザイン領域でのAI利用には寛容になる。
もう一つ重要な要因は、検出の難易度だ。AI生成された文章は、特徴的なパターンから比較的見抜かれやすい。一方、スライドがAIで生成されたかどうかを判別するのは困難だ。テンプレートを使ったのか、AIが生成したのか、手作業で類似デザインを作ったのか、外部から区別する手段がほとんどない。
この検出可能性の差は、社会的シグナリングに影響する。文章力は可視的なスキルとして評価されやすく、「この人は考える力がある」というシグナルを発する。AI生成がバレれば、そのシグナルが損なわれる。対照的に、スライドのデザイン品質は主張の説得力を高める効果はあるが、「この人はデザイナーだ」というシグナルを発することは少ない。むしろ「効率的に仕事を進める人」という別のシグナルになり得る。
X上のインフルエンサーは、フォロワーに対して自らの専門性や知的能力をシグナルし続ける必要がある。文章がAI生成であることが明らかになれば、そのシグナルの信頼性が損なわれる。一方、スライド作成にAIを使うことは、むしろ最新ツールを使いこなす能力のシグナルとなる。この非対称性が、態度の違いを生む強力な動機となっている。
X上のインフルエンサーは、特にこの矛盾を体現しやすい立場にある。彼らの影響力は、一貫した意見と説得力ある表現によって構築される。しかし同時に、効率的なコンテンツ生産と目を引くビジュアルも求められる。この二つの要求が、AI利用における選択的態度を生む。
2026年1月時点で観察される典型的なパターンとして、「AI生成コンテンツの透明性」を主張するインフルエンサーが、自身のビジュアルコンテンツにAI生成ツールを使用しながらその事実を明示しないケースがある。また、「AIに頼らない思考力」を強調する発信者が、投稿のアイデア出しや構造化にAIアシスタントを利用している事例も少なくない。
これは必ずしも意識的な偽善ではない。多くの場合、本人は「自分の本質的な仕事にはAIを使っていない」と認識している。しかし、何が本質で何が補助かという線引きは、極めて主観的で恣意的だ。
さらに、X社によるAPI改定とInfoFi(投稿で報酬を得る仕組み)アプリの締め出しが2026年1月に行われたことで、「質より量」のAI生成リプライが減少した一方、より洗練されたAI活用が主流派インフルエンサーの間で定着している。AIを使いながらも「人間らしさ」を保つ技術が発達し、矛盾はより見えにくくなっている。
この問題の根底には、創造性と真正性(オーセンティシティ)をめぐる根本的な問いがある。私たちは何に価値を置くのか。アウトプットの質か、それを生み出すプロセスか。効率性か、人間的な営みか。
従来、この問いには明確な答えがあった。芸術や知的生産においては、プロセスと人間性に価値が置かれてきた。しかしAI時代において、この前提が揺らいでいる。
興味深いことに、歴史的には技術革新のたびに同様の議論が繰り返されてきた。写真の登場時、絵画の価値は「手で描くこと」から「芸術的視点」へとシフトした。DTM(デスクトップミュージック)の普及により、音楽制作における「演奏技術」の相対的価値が低下した。DTP(デスクトップパブリッシング)は印刷業界の職人技を置き換えた。
今、同じことが文章とデザインの領域で起きている。ただし、その影響は均等ではない。スライドデザインは比較的早く「技術による代替可能な領域」として受け入れられたが、文章はまだ「人間の本質的な表現」として守られている。この防衛線がいつまで持続するかは不透明だ。
この非対称性は、AI時代における価値観の過渡期を映し出している。矛盾を指摘することは容易だが、実はこの矛盾自体が、人間が技術と折り合いをつけながら新しい規範を模索するプロセスの一部かもしれない。
実務的には、いくつかの示唆が導かれる。第一に、透明性の重要性だ。何にAIを使い、何に使っていないかを明示することで、信頼性を維持できる。第二に、本質と装飾の区別が文化的・主観的なものであることの認識だ。自分の価値基準を他者に一方的に押し付けることの限界を理解すべきだ。第三に、検出可能性が態度を決定する現状において、技術的な検出手段の発展が規範形成に影響を与える可能性がある。
インフルエンサーや情報発信者にとっては、自らの基準を一貫させるか、あるいは基準が状況依存的であることを率直に認めるか、いずれかの選択が求められる。後者を選ぶことは必ずしも弱さではない。むしろ、技術と人間の関係が流動的な現状を正直に反映したものだ。
最終的に、この議論が示すのは、AI生成コンテンツの是非ではなく、私たちが何を「自分らしさ」「創造性」「価値ある仕事」と定義するかという、より根源的な問いだ。その答えは、技術の進化とともに、そして社会的な対話を通じて、これから形成されていく。
巨乳の女性はチンコバキバキに勃起した男子高校生と同等であるためパブリックな空間に存在してはいけません😭
誰も戦争したいなんて言ってないのに「お前は戦争したいのか?」と絡んでくるのは左翼だし
誰もレイプなんてしたいと言ってないのに「お前はレイプしたいんだろ?」と絡んで来るのも左翼
ガチで。
徒然なるままに~とか春はようよう~とか今でも覚えているから文の暗記ができないというわけではない
じゃあなんで覚えられないのか
増田の中で音楽っていうのはリズムや音が大事なので合って、歌詞は取ってつけたようなものだっていう感覚だからなんだと最近気づいた
歌詞の意味で世界観がどうとかいう発想にもならないから、歌詞が苦手で~とかこれって深いよね~とかには全く同感できない
例えば夏になごり雪や3月9日はいかんだろう、新入社員歓迎会でさくら(独唱)はいかんだろう、というのはわかる
唯一歌詞で面白いなと思うのは韻を踏んでいたり(これもリズム要素が強いが)、ドラマやアニメのタイアップでキーワードやテーマを歌詞に取り入れていることぐらいだ
それ以外の歌詞には本当に興味がわかない
みんなはなぜそんなに歌詞を気にするのか
それが分からない
元本割れして問題のある金なら定期預金とかに回した方が良さそう
ただ、増田は元本割れしてはいけない金と元本割れしても問題ない金を区別できているのか?
自分の国の人間さえ虐殺する国が戦争を仕掛けて来てんのにどうすんだよ
君の言ってることは闇バイトが家に入ろうとしてきてるのに人類皆兄弟でドアを開けて迎え入れろということだぞ?
https://x.com/MomenFu/status/1997253148701024354
https://x.com/MomenFu/status/2008013559071142321 続きありまっせ
定期的にね、東京秘密基地のセラピストを調べています。塩顔、細マッチョorマッチョ、身長180〜でソート、リピート率順で表示っと……
そもそも、不感症気味である。若かりし頃に出会った男たちにその旨を告げると「相手が下手だったんじゃない?俺だったら(以下略)」と勇ましく言っていたのにいざ試してみたら「本当に不感症なんだね」とか言われる。
私はTL読み漁りBBAなので、「私ッ……不感症なの!」から「こんなの知らない…///」までセットになっているエッチな漫画をたくさん読んできたけど、そんなのないんじゃ。
夫との情事は、まあまあ楽しい。悪くない。好きよ。うん。イチモツでかいし、結婚8年目でもかなり尽くしてくれる感じだし。
でも大学生の頃の飲みサー後輩(女)が「イクってどんな感じ?」と聞かれて「パッとしてシュッて感じ」と言っていたのを聞いて何それ……と思ったのよ。それ12年前の出来事なのにまだ覚えてる。その女の絶頂がエベレストなら、私の頂は砂場のお山よ。
夫のことを、愛している。多分。
子供達のことは明確に愛している。
夫のことは、多分。
出会って8年経っても、時々かっこいいなと思うし、最良の人生のパートナーだ。
でも、女の悦びを知ってみたい。
高身長の塩顔とホテルへの道中他愛のない会話をして、そのあとの行為を想像してドキドキしたい。ミドサーは、性欲が、ありまぁす!
もし風俗に行ったら、ましてやかつてない気持ちよさを知ったら。夫への気持ちは変わらないと思うけど、夫にそのことを隠し続けることができないと思う。酒飲んでうっかり喋っちゃいそう。
子ども達に言えないことをしたくないとも思う。
あと病気怖い。オーラルセックスでも性病うつるって聞きました。
風俗に行けない理由はいっぱいあって、行くべきではない、と思っている。歳をとって、子ども達が巣立って、行けない理由が一つ減ったときには、今よりもっと見窄らしい体になっていて、きっとそのときはその体がいけない理由になってる。私の内なる炎だって消えてるかもしれない。
オチなんかありません。
いいおもちゃ買おうかな。
仕事に自宅の時間を取られて、わかってはいるしみんなもやっていることだし、世間に比べれば1時間ちょっとの残業なんて軽いものだと思うけど、むなしい。
明日も同じなのかなと思うのもむなべしなるかな
新しい家電を買ったのだが、調べると「安い楽天の出品は偽物!公式オンラインで買え!」と書いてあるブログが続々と出てくる
結局のところポイント還元が公式ではない正規店で買ったはいいものの、開けてみてうーん、正規品であるシールだったらマークだったりがついてない…
正規店でも偽物を売りつけると言う与太話(えー)があって、もはや増田は疑心暗鬼である
この手元に来た家電を故意でないと思われる方法で壊し、メーカーに保証させ新しいものを手に入れる方法だ
しかしどうだろう、何の非もない商品をわざと壊すというのは流石の増田でも抵抗がある
まだ通電してないので、実際どうなのかはよく分からないが
はぁ、どうしたもんか
マジで清繭子さんは自分に都合の良い言葉しか聞こうとしないんだな。
「みんなの言葉」と言いつつ、自分の手柄にする気満々のようで。
しかも「孫やひ孫」って…なんでお子さん達が必ず子供をもうける前提かのような言い回しなんだろう?
お子さんが2人とも独身だったり、同性愛者だったり、DINKSだったりする可能性は考えていないらしい。
フェミニストの人達が#ママ戦争を支持しているのが信じられない。
清繭子「夢みるかかとにご飯つぶ」
@kiyoshi_mayuko
私の目標はいつか「おばあちゃん、昔な、みんなと戦争止めたんやで」と孫やひ孫に言って「ばあちゃん話盛ってんな〜!戦争なんて、もうず〜っと起きてへんやんか」と笑ってもらうことです。
「自民党を評価はしないけど、野党がだらしないので自民党に入れる」という投票行動をずっと長年見てきたけど、結局それが何十年にもわたる日本の政治の腐敗と社会の衰退の最大の原因で、政権交代が少なすぎたのがいまの体たらくを招いたという話 - posfie
https://posfie.com/@taimport/p/vtNcQ9P
そうではない。
「自民党が勝ちすぎると危険だから(支持して無いのに)野党に入れる」
これがずっとずっと続いてきたんだ
そのせいでゾンビ化した「テンプレ野党」がずっとのさばってきたんだ
世の中が変わっていって現実離れしたお花畑の主張に疑問を持ちながらも
それ以外もこんな感じ
そのため有権者の選択肢は自民かゾンビ左翼かしかなかったのが実情だ