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■現行憲法
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。
(第97条)※最高法規の章
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
(第11条)
国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である
(第97条)… 削除
97条では、「侵すことのできない永久の権利として信託された」と書かれているが、誰に?
一応、憲法学的には、「最高法規の章でも記載することで、最高の法規なのだと宣言しているのだ」となるみたい
【憲法97条削除は「基本的人権が永久の権利でなくなること、それを侵してもいいものになること」を意味する。】
とか言っちゃう人もいるけれど、そもそも人権の章で「侵すことのできない永久の権利」と書いてあるのに
そういう整合性もなく、11条の存在も知らず、経緯を想像もせず、ただただ「基本的人権を削除」って騒ぐのが界隈の知性を示してる
金曜日、21:21。
僕は今日という日を、いくつかの確定事項と、いくつかの許容できないノイズの除去によって完成させた。世界は混沌を好むが、僕は世界を甘やかさない。
まず進捗報告から書く。午前中に洗濯を済ませ、タオルを用途別に畳み直した。世の中の大半の人間はタオルを大きさで分類するが、それは分類学の敗北だ。
タオルは水分吸収後に人体へ与える温度変化のパターンで分類すべきだ。僕はその分類をすでに完成させている。
昼は例のプロテインとナッツ。ルームメイトは「鳥かよ」と言った。僕は「鳥は飛べる。君は飛べない」と言った。会話終了。
最近、僕の頭を占領しているのは、もはや弦が振動して粒子になるみたいな子供向けの比喩ではない。
そんなものは学部生の精神安定剤に過ぎない。今僕が追っているのは、弦理論の存在論そのものが、より抽象的な数学的構造に吸収されていく瞬間だ。
従来の弦理論は、時空を背景として仮定し、その上でワールドシートの共形場理論(CFT)を構成する。
僕が最近読んでいる議論は、その揺らぎを、もはや幾何学ではなく圏論とホモトピー論の側から扱おうとする。
弦理論の真の姿は、たぶん幾何学的対象ではなくある種の高次圏の中の関手だ。
例えば、Dブレーンは単なる境界条件ではなく、導来圏の対象として現れる。
これは有名な話だが、僕が今考えているのはその次の段階で、ブレーンを対象として並べるだけでは足りないという点だ。
重要なのは、それらがなす安定∞-圏の中での自己同値性、そしてその自己同値群が物理の双対性を生成しているという構図だ。
つまり、S双対性もT双対性も、時空の幾何学変形ではなく、圏の自己同値の作用として理解されるべきだ。
幾何学は副産物だ。主役は圏のオートエクイバレンスで、その影が僕らに空間や次元という幻覚を見せている。
この視点に立つと、超弦理論は10次元の時空の上で定義される理論ではなく、あるモジュライ空間上で定義される圏の族になる。
しかもそのモジュライは通常の多様体ではなく、スタック、いや派生スタックとして扱わないと整合しない。量子補正が幾何を壊すからだ。クラシカルなモジュライはもはや粗すぎる。
そして今僕が面白いと思っているのは、物理的な散乱振幅やBPSスペクトルが、派生代数幾何の言語でいうコホモロジーの生成関数として現れるのではなく、より根源的にスペクトル代数幾何として再解釈される可能性だ。
普通の環ではなくE∞環、そしてそれを層化したスペクトル層の上で物理が書かれる。
これが意味するのは、弦理論の量子性が、確率解釈とか演算子代数とかのレベルではなく、もっと深いホモトピー論的ゆらぎとして実装されているということだ。
観測値の不確定性ではなく、構造そのものが同値類としてしか定義できない。
だから時空は何次元か?という問いは、すでに古い。正しい問いはこうだ。
この物理理論は、どの∞-圏に値を取る関手として実現されるのか?
そして粒子とは何か?はこうなる。
スペクトル化された圏の中で安定化された対象の、ある種のトレースとして現れる量が、観測可能量として抽出されるのではないか?
この辺りまで来ると、たぶんウィッテンでも「面白いが、それを計算できるのか?」と言う。
僕も同意する。計算できない数学は、芸術に片足を突っ込んでいる。
もっとも、芸術を嫌うわけではない。ただし芸術は、計算不能であることを誇るべきではない。誇るならせめて証明不能で誇れ。
さらに言うと、AdS/CFT対応も、境界CFTが重力をエンコードしているという話ではなく、境界側の圏論的データが、bulk側の幾何の生成規則を決定するということに見える。
bulkの時空は、境界の量子情報から復元されるというより、境界の圏の中の拡張のパターンが距離を定義してしまう。
距離とは、メトリックではなく、圏における対象間の関係性の複雑さだ。
局所性とは公理ではなく、圏がある種のt-構造を持ち、かつ心臓部が準古典的に見えるときに現れる近似現象だ。
つまり、局所性は幻想だ。役に立つ幻想だが。そして役に立つ幻想は、だいたい人間社会と同じだ。
昼過ぎに友人Aが来て、僕のホワイトボードに勝手に謎のロボットの落書きを描いた。
僕は当然、ホワイトボードをアルコールで拭き、乾燥時間を計測し、表面の摩擦係数が元に戻ったことを確認した。
友人Aは「こわ」と言った。僕は「科学を怖がるな」と言った。
そのあと友人Bがオンラインで通話してきて、「今夜FF14で極いかない?」と誘ってきた。
僕は予定表を開き、金曜夜の21:00〜23:00が知的活動に適した黄金時間であることを説明した。
友人Bは「お前の人生、イベントトリガーが厳しすぎる」と言った。僕は「君の人生はガチャ排出率みたいに緩すぎる」と言った。
とはいえ、FF14は僕の中で単なる娯楽ではない。あれは人間集団の協調行動の実験場だ。
8人レイドの失敗は、ほぼ例外なく情報共有の遅延と役割期待のズレで起きる。
つまり、ゲームではなく組織論だ。だから僕は攻略を感覚ではなく、ログを読み、DPSチェックを式で理解し、行動をプロトコルとして最適化する。
ルームメイトはそれを「楽しんでない」と言う。僕は「最適化は楽しみだ」と言う。
そして隣人は昨日、廊下で僕に「また変な時間に掃除機かけてたでしょ」と言った。
僕は「変な時間ではない。床の振動ノイズが最小になる時間帯だ」と説明した。
隣人は「普通に生きて」と言った。僕は「普通は平均であって、理想ではない」と言った。
僕はデッキのマナカーブを見直した。土地事故の確率を計算し、初手7枚からの期待値を再評価した。
僕は「確率分布を無視して勝てるなら、人類は統計学を発明していない」と言った。
アメコミは少しだけ読んだ。
スーパーヒーローの倫理体系は大抵破綻している。正義を掲げながら、法の外で暴力を振るう。
それは秩序のための例外という名の危険物だ。僕は物理学者なので、例外を嫌う。例外は理論を腐らせる。
だから僕はヒーロー物を見ると、いつも「この世界の法体系はどうなっている?」が先に気になる。
友人Aは「お前は物語を楽しめない病気」と言った。僕は「病気ではない。解析能力だ」と言った。
習慣についても記録しておく。
今日も、夕食の箸は右側に45度、箸置きは正中線から3センチ左、コップは水位が7割を超えないように調整した。
水位が8割を超えると、持ち上げる際の揺らぎが増える。揺らぎが増えると、机に微小な水滴が落ちる確率が上がる。水滴が落ちると、紙の上のインクの拡散が起きる。インクが拡散すると、僕のメモが汚染される。
誰も理解しない。だが宇宙も僕を理解していないので、引き分けだ。
さて、昨日の日記の内容は正確には思い出せないが、たぶん「量子と日常の無意味な会話」について書いた気がする。
ルームメイトの無駄話と、僕の理論的思考が衝突するあの感じだ。昨日の僕は、おそらく世界の愚かさに苛立ち、同時にその愚かさが統計的に必然であることに納得しようとしていた。
宇宙が示すのは、美しさとは、人間の圏が勝手に定義した関手にすぎないということだ。
これからやろうとしていることも書く。
まず、FF14の週制限コンテンツを消化する。効率的に。感情は挟まない。
次に、MTGのサイドボード案を2パターン作り、友人Aのプレイ傾向に対してどちらが期待値が高いかを検証する。
そのあと、超弦理論のメモを整理し、派生スタックとBPS状態のカウントがどのように圏の不変量として抽出できるか、もう一度筋道を立てる。
A
バイアス、錯誤、誤謬という言葉はネットでよく使われるけれど、税制についてはあまり使われていない印象がある
つまり減税ポピュリズム、人間は目先の利益や損失を過大に評価する『現在バイアス』はほとんど語られない
はてなーは『生存バイアス』 はやたらと好きなのに『現在バイアス』を見ないふりするのはなんでなんだよ
なんで消費税減税は現在バイアスなのか、減税は目先の利益で長期の利益にならないかっていうと減税は通貨安圧になるから
通貨安は食品に限らず生活必需品やエネルギーに転嫁され、結果としてインフレ圧になる
現在のインフレ要因はいくつかあり通貨安だけではないけれど、減税をすれば通貨安はインフレ要因の割合を高めることになる
消費税減税がインフレに苦しむ生活者を助けるなることはありません
日本が衰退しているからだ!みたいなことを言うのなら、減税は余計に現在バイアスでしょうよ
わーわー書いたけど、そんなことよりも、バイアス、錯誤、誤謬の意味もわからず、立論もできずに安易に使うのが一番のクソ
B
経済学的には目の前の減税をしようがしまいが、現在の経済は大して変わらない(貯蓄の増減で吸収されてしまって、行動変化に結びつかない)、その当然の帰結として将来の経済にもほとんど影響がない、つまりメリットもほとんどないがペナルティーもほとんどないということが示されているのに、まるで国家財政を家計かのように考えて、今散財したら将来にツケを払うことになるみたいな発想しているやつが尽きないからな。そういうのもバイアスや錯誤の一種だろう。
C
でも国債利払い3倍になるってよ
B
まあ、元増田は本当のMMTを知らないから、利子なんか問題ないとか言いそう
>長期国債の金利が上昇してるのは、日銀が将来利上げすると予想されてるからでしょう。
>MMT的には、国債の金利上昇は、既にお金を持ってる人達への給付を増やすという意味で問題。
>モズラーが言うように、政策金利ゼロコミットして3カ月の短期国債だけ発行するか、国債を廃止するのが望ましい。
以下、Bさんの意見を経済学的にできるだけ正確に分解して論評します(結論から言うと、一部は主流派の知見に沿うが、雑に言い切りすぎている、という評価になります)。
Bさんはだいたいこう言っています。
減税してもしなくても景気は大して変わらない→ 人々が貯蓄を増減させて吸収してしまい、消費などの行動が変わりにくい
だから 将来の経済にもほとんど影響がない→メリットもペナルティもほとんどない
それなのに「減税=将来にツケ」みたいに言う人が多い→国家財政を家計のように考えてしまうバイアスだ
Bさんの言う「減税しても貯蓄が増えるだけ」は、かなりストレートに
減税しても、人々は“将来増税される”と予想して貯蓄するので消費は増えない
という発想です。これは一応、主流派にもある話です。
ただし、この命題は
将来の増税を見通せる
借入制約がない
などなど
なので現実には、
たとえば、
生活が苦しくて「今月の支払いがきつい」層
には、減税は貯蓄じゃなくてそのまま支出(消費)に回りやすいです。
つまりBさんの言う「吸収されて行動変化しない」は
平均的には薄まることがあるが、ゼロと断言はしにくい
ここがBさんの一番危ういところです。
景気刺激になる場合
ならない場合
がありますが、
将来への影響(良い/悪い)も含めて“ほとんどない”と断言するのは無理です。
なぜなら減税は少なくとも
インフレ率
「たいして変わらない」というのは、だいぶ強い一般化です。
これはBさんの言う通りで、
ただし注意点として、
自国通貨建てなら、政府は理屈の上では支払い不能になりにくいですが、
インフレ制約
通貨安
金利上昇
なので「家計じゃない」は正しくても
「だからツケという概念は存在しない」まで行くと間違いになりやすいです。
経済学的には、減税は「やれば全部同じ」ではありません。
消費税減税の特徴
買う人全員に効く(広い)
一方で、生活困窮者にピンポイントで効かせるなら給付の方が効率的な場合が多い
つまり
景気刺激
生活支援
Bさんはそこを全部すっ飛ばして「どうせ何も変わらない」に寄せすぎです。
これも経済学的に言うと半分正解・半分間違いです。
国債=悪
将来世代が必ず貧しくなる
みたいな雑な理解は、だいぶ誤りです。
たとえば
Bさんはここを軽視しているように見えます。
Bさんの意見は、
✅ 「減税が必ず景気を良くするわけではない」も正しい寄り
❌現実の摩擦(借入制約・格差・インフレ・為替)を落としていて、政策評価としては荒い
という感じです。
経済学的には目の前の減税をしようがしまいが、現在の経済は大して変わらない(貯蓄の増減で吸収されてしまって、行動変化に結びつかない)、その当然の帰結として将来の経済にもほとんど影響がない、つまりメリットもほとんどないがペナルティーもほとんどないということが示されているのに、まるで国家財政を家計かのように考えて、今散財したら将来にツケを払うことになるみたいな発想しているやつが尽きないからな。減税だけでは散財ではなく、それが消費に結びついて初めて散財なのだが、国家財政と家計の区別がつかない奴はそこが理解できないらしい。そういうのもバイアスや錯誤、誤謬の一種だろう。
今週はとりあえず今日時点で1つ出した
といっても今日だした1つは、すでに半分以上入ってる状態のやつだったけど
45リットル4つ出して、あとチラシとか市政だより系を別のチラシ入れようゴミ箱にだして、それでやっと床が見えるようになってきた
ほんとこの数年でめっちゃ積もり積もってたんだなって感じる
とりあえずあしたも昼間あったかいし晴れるらしいからこの機会に段ボールを資源回収場所にもっていきたい
動けるうちに動いとかないとなあ
んで大物をできるだけ早めにかたづけときたい
でも片づけって数少ない、やった分だけ成果が目に見える現実だよなーと思う
筋トレとかと同じでさー
無駄になることがないし、どんどん進むのもわかるからやりがいがある
でも片づけに取り組めている自分は好きになれる気がする
片付いてるほうがいろいろ余裕とかやる気も出る気がするし
私も話し合いたい側なのでとても共感して読んだ。
「増田がそんなだから話し合う気にならない」という意見について、私は「むしろ相手に寄り添おうと質問しているのに?」と思うのだけど、かつて付き合っていた黙り込むタイプの人が言っていたことを参考に書いてみると
・(僕の言ったことに対して)「でも」って言わないでほしい
・情報量が多くて混乱する
・今まとめて会話するんじゃなくて、いったん相手の話を聞いて、しばらく(数日とか数週間とか)考えるんじゃダメなの?
多分「否定された」のハードルがかなり違うところに設定されているんだと思う。
話し合いたい派からすると「意見が違うのは悪いことじゃない」「意見への反対と人格の否定は別」「質問は否定ではない」というのは前提で、意見が違うからこそ話してほしいし自分の意見も伝えたいのだけど、その前提は(理屈レベルでは同意してもらえても)感覚レベルで共有されていなくて、「どうしてそう思うの?」という質問すら「否定された」と感じさせてしまうらしい。
そうして防御モードに入ってしまうとこちらの話も届かなくなるみたいで、こちらの話したことほぼそのままを後日「僕、思ったんだけど」と向こうから言われて「だからずっとそう言ってたじゃん…?」「そうなの?頭に入ってきてなかった」というやり取りをしたこともある。実際には意見の相違がない場合でも、雰囲気が否定的(向こう基準)だともうアウト。
なので気をつけていたのは「あなたのことが好きだから、理解したくて質問したいんだけど」「否定とか判断とかじゃなくて、別の考え方もあると思うからそれについてどう思うか気になって」とかって前置きして、相手がなにか言ったら「教えてくれてありがとう!」「なるほどねー!」って感謝を伝えて、とにかく前向きで友好的な雰囲気にすることと、文字数を抑える(会話の場合も相手の発言量に合わせる)こと、そのためにも自分の考え(話し合いで得たい結果はなにか、とか)を予め整理しておくこと、なるべく感情の理解より行動の変化にフォーカスすること(黙り込む派と感情の話をするのは難易度が高いし、黙り込む派って得てして感情は言葉より行動で表現する派でもあるかも)、相手が精神的に参っていそうだったら距離を取ること(もちろん相手次第だけど、理解して支えになろう!は、彼との場合は悪手だった)…
あとその人の場合は「言葉より絵や図での方がわかりやすいので、似たシチュエーションを題材にしたweb漫画とかがあったら有難い」らしい。
でも結局別れたし、別れてよかった。
もっとうまく振る舞えたらもっと話し合えたかもしれないし、話し合い以外の方法もあったのかもしれないし、こちらにも非があるとは思うのだけど、話し合いの拒絶(「今は話せないからちょっと待って」とか「言葉にできないけど意見の相違点を表に整理して渡すよ」とか「あなたの意見や振る舞いのここが嫌」とかじゃなくて、黙り込み)って、コミュニケーションにおいて致命的というか… そこまでしなくても話し合える人がほとんどの中、あえてその人と話し合いたい事情ってなんだろう?
ちなみにその人は家庭環境に由来があるみたいで、家族と絶縁、仕事は個人でYouTuber(もうすぐチャンネル登録100万人に届きそう。ある種の言語力や社会性?はすごくあって、バランスの偏りがすごい)、付き合っていた1年間で1度も友達と会わず、人間関係のない人でした。増田さんの話したい相手は、増田さんがしたいような話し合いを他の誰かとはしているのかな。
しているならその人の振る舞いを教えてもらって真似られたらいいし、誰が相手でも話し合わない人が世の中にはいる、ということも知っておいてもいいかも。応援しています。
この666の獣はFGOのモバイルでは、ドラコーの昇格クエストで登場するだけ。全部で3形態あり、第二形態までは雑魚だが、第三形態が死ぬほどうざい
無敵&回避性能をもっていて殆どの攻撃が当たらないのに、どういうかたちであれ攻撃したらこちらの攻撃力にデバフがかかり3発なぐったらこちらのダメージは宝具ですら0になる。
なので、無敵や回避無視状態スキルを付与して宝具で即刻でケリをつけるか、弱体化向こうを連発できなければいけないがどちらも間に合わないことが多い。
というかFGOのクソっぷりってアリスソフトの「大帝国」ににてるんですよね。戦闘するまで相手の状態がわからない状態で戦闘に突入し、だいたい嫌がらせみたいな性能で遅延戦略を取られて出直しを要求される。
あのさあ・・・死に覚えゲーをさせるなら、やっぱり宝具スキップとかできるようにしろやまじで。そもそもフロム系の作品と違って倒したときの爽快感がないんだよ。こちらを弱体化させるとか嫌がらせ方向に走るんじゃなくて敵を強くして、こっちも強くなるみたいな演出になぜできなかったのか
ジジイ、ババアって言うから何歳くらいだろうと思ったら、40-50代...中年だね。
それはエンジニア35歳定年説みたいな話で、昔から言われる話だね。
35歳を過ぎたら自分のやり方に固執して、新しいやり方に追従できなくなっていくから現場は無理になるみたいな話。
年齢を重ねると新しい音楽を受け入れられなくなるという統計データはあるそうで、それは新しいことを受け付けなくなると言うことだから、それも一理あるかもしれない。
まあ、アラフォーになったら若い人みたいな何でも自分がみたいなやり方は卒業しないとだめだよねとは思う。
多少は自分でやってもいいけれど、つなげる仕事とか任せる仕事とか認める仕事とかも覚えていかないとと思う。
あと、管理職なら、別に40-50代を使うことに限らず、でこぼこを理解した上で、でこぼこがうまくはまるように使わないとねって思う。
まあ、それを繰り返すとでこぼこがすごい感じになっていくこともあるので、適当にいろんなことを経験できるように計画しないととも思うのだけれど。
そもそも供給が足りてない状況で消費拡大しても物価高が加速するだけで実質消費は増やせないので無意味
ファッションは自意識と他人の目をコントロールする遊びって感じよなぁ
まずは果てない選択肢が広がるところを、トレンドや普遍的に気持ちがいい色や形や素材のコーディネートっていう他人の目を意識した要素で、ここらへんを拾っておけばまあ好反応ってので絞り込んでいく
そこに自分は何を着たい、どう見られたいという欲求、自分はやっぱこれが好き、しかしこっちも意外と面白いのでは?って自意識の発露を乗せていく
自意識の発露に一番使えるのは靴カバンベルトアクセ香水等々の小物類ってところにたどり着き、トレンドの解釈でとりあえずここを乗っかっておけば組み合わせるアイテムの詳細はさほど問題なくなるのはシルエット、次点で色使いだという辺りにたどり着いて緩くファッションを楽しめるようになるみたいなところに、中年になる頃には到達していて欲しいものや
そしたらワイドパンツに拒否反応、男のアクセサリーや香水に拒否反応、男の美容に拒否反応、そんでもってそれらに気を使うやつを馬鹿にすることで自意識の発露みたいなことをしないで済むのにと思う