
はてなキーワード:ちょっかいとは
ICU、人生で5度目だろうか、入院自体、これで25年の人生のうち15回くらいはしているだろうか。
今回のICUは事故だった。ODのやりすぎで、少量なのに意識を失ったのだった。気が付いたら「痛い痛い」「つらいつらい」と呻いてのたうち回っていたのだった。親に見られているのが分かったけど、眼を開けることはできなかった。ただ「薬いっぱい飲みすぎで、もうどうにもならなくなってんの。脳のどっかも、身体のあちこちも、おかしくなってんの」と言われたのが、心外だった。自分だって理解している。
頭の処理が遅いし、認知も変になっていて、喋ると喋っている間に自分が何を考えているか忘れてしまうのだ。おもしろいことに、こうして文を書いているときは、すらすら文字が出てくるし、書こうとしていることも明確だったりする。ただ、私の頭が多少ヘンになっていることは、そうだろう。このことに後悔はない。仮に、年齢ではなく「本当に」ODの勢以でヘンになっていたとして、こうなるとわかっていたとしても、かこの自分がODをやめることは無いだろう。
そもそも、私は死にたいのだった。死を目的としたOD,飛び込み、飛び降り、首吊りなど、自殺企図はかれこれ、ちょくせつ死が近くに来るそれは、この通りにすべて複数回している。
私にとって、私が死にたいのは、あまりにも当然だ。死んじゃいけない理由も把握しているが、それと死にかけている私を助ける理由と、けっきょく生かされて残り続ける苦痛は、つり合いが取れない。合理的に。ただただ私の苦しみが増え続けるだけ。
ネットには死にたい人が沢山いる。おおかた、苦しいからこれを終わらせたくて死にたいと言う。私はそういう、死んだら救われるような考えは、死にたくなった高校から、あまり考えないように、と気を付けていた。死にたいなら、理由をつけずにただ死ぬ、自殺すること自体を目的にする。
さていまの自分はどうだろう。なんで生きているのがつらくて、早く死にたいのか? それは、なにもかもどうでもいいからだ。私の死にたい気持ちは〈あらゆる可能性を捨てる〉決心をもって、それらの了解から導き出される、感情的にも、意識的にも、論理をある程度だけ適応した、ヒューマニックな解答なのだ。つまり、さっきの「どうでもいい」は「どうなろうが知らん」というよりか、とにかく「考えたくない」ということだ。もう解答は出ている、100点は確実なのに答案が配られない。
〈あらゆる可能性を捨てる〉というのは、私の想定では『ジョニーは戦場へ行った』だ。
私には才能がある。というか、この言葉にちょっかいを出したい人というのは、どうして自分に才能がないと言い切れるだろう? 肯定することより厳密に否定することの方が難しいのに。
それで、評価はされている。だが、自分の才能に対して「お前はもっとできるだろう」という考えがずっとある。そして同時に、よりよくその才能が生かされたとして、それが私の生きる理由にはならないだろうことは確かだ。私は私にだけ、強く重い根性論をぶつけている。自分を追い込んでいる。
なにも作れなかったら、生きていてもどうしようもないのだ。命に価値がない(この言葉は嫌いだ)、いや、限りなく生きていないのに、ただしかし自分だけが「頑張れなかった私」を、この生命の一切が終わる、その意識が途切れるまで(これ自体を)抱えなきゃいけない。なにげなく、文章や小説を書き出したのは、明確に死にたいと思うようになった、高校生の時分からだった。
何かを作るのは、「もし生き続けるのなら」そういうことをやらないと、自分が無意味そのものだと感じるからだ。無意味というのは、死体ということだ。
私は本当なら、何も作りたくはない。作っていなかったときの方が、毎日がイキイキと鮮明だった。
自己表現、という言葉のすべては、自己表現を純粋に示せない。それを示そうとすること自体が、自己表現になりえるからだ。なにかを作るのにおいて、公に(正式な場所から)何かを出すときも、自己表現なんてものは頭に一寸もよぎらなかった。私の作るものには、私が伝えたいことなど、一つもない。喋りもうまくできなくなったのだ、私が誰かに何かを伝えること「さえも」そのものに意味があるとは思えない。もし、私が望む何かを達成できるAIがあるのであれば、私はそっちに乗り移って、無思考かつ無感情でその主体を獲得したい。
とはいえ、私にもいろいろな意見がある。それのほとんどが、人間なんてどうしようもない、正直、なにかを作ったとして、何にもどうにもならなく、仮に何かにどうにかなっても、私はきっとそれになにも満足しないだろう、それは人間はどうしようもなくて、ただ死ねないから生きていて、生きることを根本から見つめることもできないくせ、感情だの倫理だのと、どっかから聞いてきたような適当な理由を、無遠慮に誰かや私にぶつけてくる、害そのもの、あるいは機械、または可変的なルールでしかない、という、不満だ。人間は愚かなのではない、賢いのではない、〈何かに理由があることを疑えない〉のだ。いつしか規範が作られ、会話できるようになって、そんなことできないのに他人の気持ちとかをくみ取ろうとする。
私たちは、他人の気持ちなんて、分かろうとするのは恋愛だけでいいし、とにかく「気を配ること」に厳密になればいいだけなのだ。「気を配ること」。他人の意思を尊重することと、倫理は基本的に一致しない。むしろ、倫理なんていう規範を飛び越えて他人に触れることが、よりよく意思を尊重することになる。これが「気を配ること」である。そして「気を配ること」は、なにも、社会だのSNSだの、でっかい母数を相手にしなくていい。周辺だけ、触れ合う他人にだけでいい。
主張をしまくること。
主張をしまくり、その主張は何かを否定していたとして、否定側の意見をいつも検討価値のあるものとすること。
では「私は死にたい。以上の自殺企図、入院歴がある。私は〈理念〉として自殺することを肯定している。私の邪魔をしないでくれ」。
では「そう。で? それが何? 何それ?」
さあ、〈どんな顔をどのように何をすればいい?〉
「全て退役してます」
「巨大な大砲は時代遅れです、そんなことも知らないんですか?」
いや普通に文脈から軍艦のこと、あるいは「戦争する船」ってわかるよね。
むしろここで「軍艦」ではなくあえて「戦艦」を使ったのはさすが高市なのだ。
日本にも海上保安庁があり、これは自衛隊ではない。国交省に属している。
国ごとに法的な建て付けが違うが基本的には「軍」ではない、創設の歴史や目的からして違う。
アメリカは法執行機関、徴税のための沿岸警備が発展した歴史があり。
中国はかなり特殊で半分軍、半分法執行機関、どちらとも言い逃れできる曖昧な組織にしている。
では、中国海軍ではなく中国の沿岸警備隊(中国海警局)が台湾に出張ってきたらどう解釈するのか。
(念の為に繰り返すが、どの国も「海軍」と「沿岸警備隊」は全く別の組織です、目的が違う)
軍艦だと限定してしまったら想定から外れる。沿岸警備隊の船は軍艦ではない。
「軍」というのは国際法で縛りがある、軍縮条約やらの船数、排水量、モロモロにカウントされる。
だから各国、「軍隊ではない」と言い訳で沿岸警備隊を別組織にしている。
アメリカも中国も有事には軍に組み込めるようにしているが。国際法ハックなの。
ちなみに我が国もこの国際法ハックを活用してあり、海上保安庁の巡視船は沿岸警備の枠を超えてエグデカい。
中国もほぼ軍艦じゃんって巡視船を運用しているが、日本のはそれよりデカくて高性能。
戦争の定石でまずは偽装民間船と沿岸警備隊にやらせんの、いきなり軍艦(軍の船)は出さんの。
「軍艦じゃないもーん、戦争する気じゃないもーん」という体でちょっかいを出すの。
セオリーなの。
信じられない?
現在進行系で中国とフィリピンがやってる、中国が持ち出してるのが沿岸警備隊(China Coast Guard)です。セオリー通りです。
これにフィリピンが「軍」で応戦しちゃうと「法執行機関の活動」を「軍で応戦」された、という扱いで国際法的にはフィリピンが不利になる。
過剰反応であり戦争をふっかけたのはフィリピン側と解釈される。
この辺の扱いは非常にセンシティブなの。
政治の世界では言葉の緻密さが求められるから高市はあえて「軍艦」とは言わなかったのだ(俺の想像)
自分の上司で、思いつきで適当に喋ってない?って人が居て困る。
とりあえず聞いてみると、「それどっちでも良くない?今考える必要ある?」みたいな内容ばかりなのやめて欲しい。
流石にまともに聞いてるといい気になって延々話し続けるので、最近は適度に聞き流すようにしている。
最初のうちは、なんか上司が言うことだし裏に意図があるんだろうな...? と聞いていたが、最近そんなものないと分かった。
ただ何かそれっぽいことを言ってバリューを出した気になっているだけで、本人は特に責任をとって意思決定を進める気はない。
とりあえず外野からちょっかいをかけて、さもやってます感を出しているだけだ。
特にアウトプットも出さず、うろうろ遠回りしたうえで無為に時間を消費するだけの会議。
中国が台湾だけでなくパキスタンやインドにもちょっかいだしてるのわかってこれ日本人に言ってんのかな
こういうの出してくるやつってただの無知無能アピールしたいだけなの?
コレもね。#水木しげるhttps://t.co/Lwh5ZUL8Jtpic.twitter.com/pVn0zFEyqj— M16A HAYABUSA (@M16A_hayabusa)November 15, 2025
読みは「いとうづ」
入場料600円
映画とかその他ふつうの遊園地の入園料とかと比べると動物園って激安だよなあと改めて思う
博多とか天神とかだと歩きとバス、地下鉄で気軽に移動できるけど、それができない
ともあれ到着
小学生が2校遠足にきててこりゃうるさそうだわと思ったけどそこまでではなかった
猿の前で猿の泣き声の真似してるのはうるさかったけど
入ってすぐ右手にあるのはロバ
1頭が木陰でぼーっとしてる
そんでそばではロバに乗る体験コーナーがあったけど子供しかのれないとのことだった
ロバがかっぽかっぽ歩いて柵に近寄ってきて、その子の親が写真をとる
弟だか妹だかがベビーカーにのってて、ロバが顔を近づけたら怖いのかぐずりだした
写真で止まったままで飽き始めたのかロバは地面の草を食べ始めた
そのまま少し進んで右手にヤギコーナー
平地にヤギがいる感じじゃなくて、三匹のヤギのガラガラ丼の方のヤギ
展示もガラガラ丼と同じような岩場と丸太の橋が用意してあってそこをまさにガラガラ丼にでてくるみたいな八木がわたっててすげー感動した
地味にハイライトだよここ
振り返って猿山
あかちゃん猿を連れた母親と、父親と思われる猿が3頭でふらふら歩いてる
でも落ちても母親はすぐに気づかない
エサタイムはいわゆる猿山でホッホホッホウキーってうるさくなる
次シセンレッサーパンダ
いないなーみえないなーって思ったらいた
これもさっきのガラガラ丼みたいな感じでエリア移動用の通路が人が歩く上にあってそこでとどまって人間をみおろしてたりもしてた
さすがに立ったりはしなかったけど
エサタイムで新しい木の枝がきたらみんながうわああああって感じで食べまくってた
すげー太って手くいいじ貼ってるやつがいた
あとで帰り際にきたら食い終わってほとんどもうエサがなくなってみんなぼーっとしてた
そのうち2頭がすげーうごいてた
1頭がさきにうごいたらもう1頭がそれついていって2頭ともたちあがって2頭目が1頭目に無理やりちゅーしてるみたいな感じになった
1頭目がなんども逃げて2頭目がちょっかいというか毛づくろいというかラブコールするのをなんども 繰り返してた
年取ったウサギがいた
エサもぐもぐしてると思ったらエサ箱にはいってるのをむちゃくちゃに散らかしてた
吸取れすたまってたんかな
オウムの展示も近くにあったけど
こっちを少しだけちらっと見たけど奥の方でじっとしてた
地面におかれたみじんぎりキャベツを食べてた
そのあと小屋がゴソゴソ音するなと思ったら一番でかいボスっぽいのが出てきてそれもエサたべたりエリアを歩いて散歩したりしてた
右側にいくことにする まずは
里のいきもの館
室内
ここではじめてカヤネズミ見た!
カヤネズミのちゅるりという絵本、全人類が読んだことあるとおもうけどあれね
ほんとちっちゃいのよねえ・・・
これ絵本にでてきてたあかちゃんはもっと小さいんだろうなという感じ
イモリはほんと水の中にいるんやなあとか
バードケージは鳥インフル対策で入れず外から見るだけだった・・
へー片足で立つのはフラミンゴだけって印象だったけどトキもそうなんやと思って新発見だった
ひそかな木陰にホンドフクロウ
昼間ってこともあってかなり薄暗い中でじっとしてた
こっちをチラ見したりはしてたから寝てはいなかったみたいだけどお尻向けてた
ホンドタヌキ
みんな陰に隠れてるのか1頭も見つけられず
ここは動物園全体にいえるけど、檻がでかくてかつ木とか自然物のオブジェがすげー多いから、動物が隠れて探しにくいんよね
動物にとってはそっちのほうが断然いいとは思うけども
ムササビの森
ここもクソほど檻がでかいのとオブジェおおすぎで全然見つけられず
ムササビ用のどんぐりの貯金箱コーナーみたいなのがあって、園内でひろったどんぐりをここに入れてね!みたいなのがあった
ただの貯金箱じゃなくて、駄菓子屋にあるようなゲーム形式になってた
どんぐりを上から入れて左右からそれをはじきながら下まで落としていくゲームみたいな
そのあと下に戻る
姿見の池は水がぬかれていて何もいなかった
檻もなかったし本当にただの池ってだけって感じ
また左側に戻る
奥の方で横になって寝てて顔も見えなかった
そりゃ顔見える方向だったらトラとしては落ち着かないからそうなるとは思うけどつまんなかったな
オウギバト
セイロンゾウ
モナカの外側の皮をおやつとしてあげられるみたいなやつでそれで写真とってる人がたくさんいた
おばさんがゾウといっしょに写真とってもらおうとしてて、
何度も撮影者の方にいってアングル確認するせいでお預け状態みたいになってて笑ってしまった
そのあと小さい子供は鼻をさわろうとして手をのばすけどさわれなくてさわりたいと文句をいっていた
ゾウは2とういるけど、ケンカするから1頭ずつ半日交代で出てるってことだった
動物園きてる!って感じがするわ
15分前くらいはすげーうるさかったけどしずかになってた
派手なインコ
フクロテナガザル
52歳のやつとかいてやばかった
人間を観察してる感じもした
縄張り争いとかで鳴くから縄張りもくそもない動物園で鳴き声きくのはほぼ無理だよなと
あと地味に驚いたのが群れの数が世界一らしい
数百頭
ニホンザルも群れあるし多い方だと思ってたけど、世界的にはもっとでかい群れがあるんだねえ
マンドリンって楽器あるけどマンドリルからきてるのかなあ・・・
クモザル
こんなマニアックなのをチョイスするってロフティングやっぱやべえわと思った
ずっとドリトル先生で見た文字のイメージしかなかったけど初めて実物見たわ
オスメス1頭ずついた
最初はメスがこっち見てくれててオスはお尻向けて寝そべってた
メスもすぐ寝そべって寝始めた
でもライオンって思ったより体でけえなって思った
オスよりメスの方が体格よかった
マサイキリン
まだ3歳ってことで小さめのキリンだった
フンがくさかったのとフンによってきたハエが来園者のまわりまで飛ぶくらいだったからちょっとひどいエリアだった
ただシマウマのケツや後ろ足あたりがまるまるとしていて、こりゃ肉食からみたらうまそうにみえるわと思った
端っこにいたやつが立ってた
箱慣れ中ということでなんか訓練中らしい
人がくるとエサと思うのか一番檻の前まできて左右にうろついてた
これでほぼ動物全部
お土産コーナー
この動物園特有ってよりかは普通の動物園のおみやげうりばって感じで独自のぬいぐるみとかはなかった
動物園にいるのはムササビなのに、ぬいぐるみおいてるのはももんがだったり
あと動物園自体が廃園の危機だったけどいろいろ寄付とかサポーターとかあって存続してるんだってね
あとただの併設遊園地と違うポイントとして、サイクルモノレールがあるんだけど、これに動物園のガイドの人がいっしょにのって上から動物たちの解説をしてくれるってやつだった
これはなかなかよさげだった
芝生広場で弁当くったり自由時間ちょっとあったら1日の遠足にはちょうどいいね
やぱ改めて考えても一番インパクトあったのはガラガラ丼のヤギコーナーだなあ
でも福岡市動物園はうちっぱなしのコンクリの檻のイメージの印象がつよかったから、
今の福岡市動物園もどっかで行きたいな
別に自称現実主義者が起きてもいないことで勝手に妄想膨らませて仮想敵国の神経逆撫でしようがどうでもいいんだけどさ、
金払って用心棒に依存してる分際で同盟国の危機をどうするか、なんて考えても意味ないだろ。
イキったこと言うなら用心棒に頼らなくなってからだろ。その準備もなしにいきなり公の場で仮想敵国の神経逆撫でして何になるの?
この程度のちょっかいなら仮想敵国は動かない、なんてのんきに考えてるなら平和ボケの極みだろ。世界平和謳ってる連中と同レベルだよ。
森羅万象大臣が北方領土を献上したロシアがウクライナに侵略戦争仕掛けたときだって世界中が寝耳に水だっただろ。
下らないきっかけでも戦争が起こる時代なんだよ。軍師様は威勢のいいこと言っても自分が関わるとは微塵も考えてないんだよな。いい加減現実見ろや。
自衛の準備も整ってないのに公の場でタラればの話して火に油を注ぐのはただの馬鹿だよ。
生物学的に男性と比べると女性は筋肉隆々ではなく小柄な傾向があるってだけで、
「下民よ近づくな、麻呂が汚れるでおじゃる!」とか「朱に交われば~」とか「マイナスオーラが~」とかの話じゃなくて、
クマ🐻🐻❄️と一緒だよ
大型獣にちょっかい出したら、最悪殺されるし、殺されなくても大怪我するよ
実際、虐待やネグレクトを通報して、刺された/殴られた/嫌がらせを受けたとか、めちゃくちゃあるあるみたいだぞ
流石に子どもの命には変えられないから見かけたら力になりたいとは思うけど、
明らかにヤバそうな奴を『女だから』『ガキだから』『オッサンだから』『隠キャオタクっぽいから』『デブだから』『ガリだから』で