
はてなキーワード:ちゃんとは
ダンサーの池松壮亮とタクシー運転手の伊藤沙莉が出会って付き合って別れてその後の話。
あらすじにも書いたけどぶっちゃけ特別なことはほとんど起きない。
まぁ、池松のバイト先の水族館に無断で侵入して急に盛り出り、会社から許可が出なかったタクシーの無断使用したりとこいつらモラルないなってイベントが定期的に挟まってイラッとさせられることはあるんだが基本的には何か人が死んだり(死ぬけど)はしないし三角関係も起きない(起きるけど)、何の変哲もない恋愛模様が描かれる。
ほな、この映画の一番の面白ポイントなにかっていうと、6年分の池松の誕生日を逆順に辿っていく作劇手法。
2021年コロナ禍の7月26日からスタートし、2020年、2019年と同じ日の2人を遡っていく。
その性質上、いろんなシーンで池松と伊藤を対応させて撮影している。例えば序盤に家で音楽にあわせてダンスのストレッチ運動を一人でしている池松のシーンがあってカットが切り替わるとタクシー会社で洗車しながらラジオ体操をちょっとだけやっている伊藤のシーンになったりする。
そして時が遡って2人がラブラブだったときには、朝チュンした後に池松と伊藤が並んでダンスのストレッチ運動をしているシーンが入ったりして、あぁ、この時はもう失われてしまったんだなぁとしんみりしたりする。
こうして、別れた後からスタートしてどう別れてどうラブラブでどうそうなってどう出会ってと、終わりから逆に見ていくことで、表現が難しいんやけど「別れる」という結果がわかっていてもその過程にも意味があったんやなって思えるような映画。
でもその過去を過度に美化しないで「ちょっと思い出しただけ」で日常は続くという終わりも嫌いじゃない。
冒頭、コロナ禍のタクシー運転手の伊藤(かわいい布マスクをしていて医療リテラシーゼロ)が尾崎世界観を乗せて池松が働いている劇場に立ち寄るところから話が始まり、その2年前足の怪我でダンサーの夢を絶たれた池松が照明係として働き始めたライブハウスでライブをやっているのが尾崎世界観で、その4年前2人が池松演出の舞台で出会ってエスケープした先の商店街でストリートミュージシャンをやっている尾崎世界観の演奏をバックに2人で踊る。
2019年にスタッフとして尾崎と再会した池松は尾崎に「どこかでお会いしましたっけ?」と聞くが当然尾崎は知らない。そして最後に2021年に戻り、トイレから出てきた尾崎と池松がばったり出会い尾崎は「どこかでお会いしましたっけ?」と聞き、池松は「えぇ、何度か」と答える。今作が尾崎世界観が作った楽曲にインスパイアされて作られた映画だということを考えれば、人生における"音楽"ってそういうもんだよなと思う。転換期に、そういえばあの時もこいつの曲聴いてたなってついつい思い返してしまう。そんな感じ。
2人の恋愛とは全然関係なく出てきてずっと公園のベンチで妻を待ってる永瀬正敏がいるんだけど、冒頭ではその奥さんはもう死んでてそれでもずっと同じベンチに座って待ってる。でも時を遡って奥さんが生きてた時もずっとベンチで奥さんを待ってるんだよね。時が経って環境が変わっても変わらないものの象徴として、時が経って変わっていく2人というテーマのアンカーとしての役割を果たしてたと思う。
バーのマスターの國村隼がずっとジェンガしてるのもジェンガの「下の方の木を抜いて上に積み上げていく」というこの映画の作劇と合っているし、人生というものはただ積みあがっていくものではなく過去を積み直していくものでもあるし、いつかは崩れたとしてもまた積み直せるものだということなのかなとも思ったり。
あと池松がダンサー時代は髪が長くて照明の仕事をするって決めたときに髪を切って、2021年にはまた髪が伸びてるんだけど映画の最後で冒頭で照明の仕事場のステージでダンスしているシーンに戻ったときに、まぁ人生ってそんな簡単に割り切れないよなっていうリアリティを感じて切なくなりましたよ。文字通り後ろ髪引かれてんやなって。あとモップ掛けした後のステージではだしで踊ったら意味ないからまたモップかけとけよと思いました。
そんなこんなで特別なことが起きるわけではないのだけれど、これ以外にもいろいろと考えさせられる要素や考え尽くされた要素が多くてちゃんと作られたいい映画だなぁと思いました。まぁ俺は定期で言ってるけどドカーン!っていう映画が本来好きなので、そういう映画が好き!何も起きない地味な映画嫌い!って人にはあんまおすすめできないかな。逆にそれ以外の人はオススメ。
えー?
「・・・大佐、セックス上手でさ、オーラルもアナルも要求されたでしょ?」
と言われて頬を叩いたんでしょ。
って認識になるでしょ。
ツイッターでこのシーンを解説している呟きを何個か目撃したけど全部的外れ。
あれは「ケネスの相手するのお互い大変よね〜。まぁ金払い良いからやるけどさ〜」っていう、
キギは自分がどう見られているかを把握した上で、それを逆手に取って“でもあなたも同じような存在に見えてるよ?笑笑”って煽ってる。
今回はCAのねーちゃんがギギを商売女または現地で拾った得体のしれない女として下に見て余裕の表情をかましてるのをわかったうえで、“あなたも買われたんでしょ?”と言っている。
んで、CAのねーちゃんは自分が商売女って言われたことと、そんな下品な女をそばに置こうとするケネスに対する怒りで出ていった。
オーラルもアナルも大切な彼女には普通は要求しない行為=商売女だから要求される
これはそういうお約束の内容。
アナルは女性を屈服させる卑劣な行為として洋画扱われる。(映画「ラストタンゴ・イン・パリ」が一番有名でわかりやすいかな。オーラルなら「ウルフ・オブ・ウォールストリート」。)
ツイッターでこのシーンを解説している呟きを何個か目撃したけど全部的外れ。
あれは「ケネスの相手するのお互い大変よね〜。まぁ金払い良いからやるけどさ〜」っていう、
キギは自分がどう見られているかを把握した上で、それを逆手に取って“でもあなたも同じような存在に見えてるよ?笑笑”って煽ってる。
今回はCAのねーちゃんがギギを商売女または現地で拾った得体のしれない女として下に見て余裕の表情をかましてるのをわかったうえで、“あなたも買われたんでしょ?”と言っている。
んで、CAのねーちゃんは自分が商売女って言われたことと、そんな下品な女をそばに置こうとするケネスに対する怒りで出ていった。
オーラルもアナルも大切な彼女には普通は要求しない行為=商売女だから要求される
これはそういうお約束の内容。
アナルは女性を屈服させる卑劣な行為として洋画扱われる。(映画「ラストタンゴ・イン・パリ」が一番有名でわかりやすいかな。オーラルなら「ウルフ・オブ・ウォールストリート」。)
チみ、組織票だの不正があっただの言うのやめてほしい こっちは公式情報ちゃんと読んで真正面から批判して「チームみらいに賭けるな入れるな」と言い続けているものだ
選挙結果に文句言わずとも、党首安野の過去ポストや幹事長や(当時)党員が出演したユーチューブ動画にチームみらい公式note、挙句マニフェストに至るまで批判できるポイント満載だから、陰謀論が不要なんだよ
女オタクの夢界隈の話。
夢主(既存男キャラに対する架空のヒロイン)は、基本的に書き手及び読み手の自己投影先になるため無個性を設定されがちだが
もちろん『名あり夢主』とか『顔あり夢主』とか『髪あり夢主』とか『人型夢主』とか書き手によって細かい設定がある場合もある。
で、何だよコレってのは文字での話なんですが
『名あり夢主』←これどうにかして
名無し夢小説ではキャラが夢主を「おい」「お前」「先輩」とか、地の文で呼んだことにしてなんとかやってくのだが
名ありの場合、キャラが固有名詞を使えるため、「〜ちゃん」「〜さん」とかしっかり敬称をつけて丁寧に丁寧に丁寧にヒロインを呼べる。
名前を呼ぶことは愛情表現という話もあるし、敬称に解釈が出るから奥行が増す。わかるよ。名無しにはない利点がある。
しかし、昨今見かけるのは『ミョウジ ナマエ』とかいうばかみてえな名前。
個人的に、自分の名前にすると違和感が拭えないし、適当な名前をつけてもしっくりこない。かといって置換せずに読むと、流麗な日本語に混ざって「ねえ、ナマエちゃん」とか「待て、ミョウジ……!」とか言い出す。誰お前
誰?
何?
まあいいや
しかし、驚くことに、
私を「お前」と呼ぶのが気に入らない!という声があがってきた。
フェミですか?
でもこれって裏を返せば
素で「お前」呼ばわりしてくる野獣のような男は需要がなくなっている
ということではないか?
できるやつって目標と方法を示せば勝手に走り出すし、問題があれば能動的に訊いてくる
そんで有能じゃないやつのほぼすべてって、指導したところで何も変わらないんだよね
言われないとやらないやつって、言われてもやらないの
そういうやつらに有効なのってやっぱ『詰め』なんだよね
人類の大半って根本的な知能が中学生で止まってるから、「怒られたくない」が根っこにある
だから、「ちゃんとやらないと怒られる」というだけでちゃんとやる
そんなやつばっかり
つまり、「ちゃんとやらなくても怒られないならちゃんとやらない」みたいなやつらばかりってこと
人類の7割ぐらいは鞭で叩いて働かせるというレベルでちょうどいい
頑張って
名探偵プリキュア!で主人公明智あんなちゃんだけ全く不人気だったのが悲しいんだが
小林みくるちゃんとアルカナシャドウちゃんに関するエックスの呟きやふたばスレ、5ちゃんねるをよく見かけるのにあんなちゃんに対する反応あまり芳しくないのよね
プリキュアシリーズで少なくとも序盤は主人公キャラが一番注目されるはずなのに今作では明智あんなちゃんだけ閑古鳥が鳴いてて悲しくなります
自分涙いいっすか
まさかマジで『ポジティブだから票を入れる』とか『他人の悪口を言わないから票を入れる』なんて行動原理で動いてると思わなかったんや。
表向きはそう言ってるだけで、実の所はちゃんと政策見たりとか利息と減税と通貨安のことくらいは考えてると思ってたんや。
安全保障に対しても、ちょっと迂闊だったわな、とか、まあその程度は評価軸としてあると思ってたんや。
まさかマジで石破は面が悪くて喋り方が何かねっとりしてて不愉快、みたいなくらいの感覚で投票しなかったとは思わなかったんや。