
はてなキーワード:ことなとは
わしらの世代は体罰なんか当たり前じゃった(その上の世代かもしれないが)って感じだろうけど
ねこはいいにおいがする。あご、背中、おなか。すべていいにおいだ。
まるでポカポカのお日様で干されたふとんのようだ。
ねこはかわいい。幼童のような顔立ち、丸みを帯びた肉球、気分を表すしっぽ。すべてかわいい。
かわいいとは元来このような用途で使う言葉ではない。これは若者言葉だ。
しかし、かわいいと言わざるを得ない。それ以外の言葉が見つからないほどに。
ねこはくさい。口腔は混沌としており、数日おいた生ゴミに近い。
歯磨きをどれだけしても、すぐ臭くなる。
極めつけはうんちだ。やつらのうんちは臭い。いつも私たちのご飯時を見計らってうんちをする。
しかし、うんちはねこの生命線だ。うんちの匂いによって彼らの健康がわかる。
そして、個体によっても匂いが変わる。それがまた愛おしいのである。
ねこは果敢だ。いつもパトロールをつづけ縄張りを見張り続けている。
地上のありとあらゆる動くものを捕らえる。
そして時には空飛ぶ敵にも、気を配る。
部屋の隅々まで探索済みだ。飼い主が部屋の中でなくしたと思ったものを時々持ってきてくれる。
ねこは謙虚だ。起きたい時間でも飼い主を優先してともに寝てくれる。
お布団でゴロゴロと喉を鳴らし、寝てくれる。寝る子は育つと言わんばかりに寝るのだ。
そして、飽きたのか部屋中を他のねこと駆け巡るのだ。
ねこは今日も忙しい。寝るのも立派な仕事だ。飼い主にご飯を要求するのも仕事だ。
そうかなあ
AIでエンジニアが死ぬとか言われてるがそんな食われるようなエンジニアは元から大したことやってない層なので俺は全くそんなことないし
そもそもAIなんかくるのわかってたから10年近く前から動いてるし
例えばこの世界じゃなきゃ重機オペレーターとかやってたかもしれないがそれもひょっとしたらAIで全部できるようになるかもしれないが少なくとも10年はかかるでしょ
翻訳業界も単価1/10になったが20年かかってるしいまだにトップの国際会議同時通訳とかは高給
逃げる間もなくいきなり1年で死んだ業界とかある?
ダンサーの池松壮亮とタクシー運転手の伊藤沙莉が出会って付き合って別れてその後の話。
あらすじにも書いたけどぶっちゃけ特別なことはほとんど起きない。
まぁ、池松のバイト先の水族館に無断で侵入して急に盛り出り、会社から許可が出なかったタクシーの無断使用したりとこいつらモラルないなってイベントが定期的に挟まってイラッとさせられることはあるんだが基本的には何か人が死んだり(死ぬけど)はしないし三角関係も起きない(起きるけど)、何の変哲もない恋愛模様が描かれる。
ほな、この映画の一番の面白ポイントなにかっていうと、6年分の池松の誕生日を逆順に辿っていく作劇手法。
2021年コロナ禍の7月26日からスタートし、2020年、2019年と同じ日の2人を遡っていく。
その性質上、いろんなシーンで池松と伊藤を対応させて撮影している。例えば序盤に家で音楽にあわせてダンスのストレッチ運動を一人でしている池松のシーンがあってカットが切り替わるとタクシー会社で洗車しながらラジオ体操をちょっとだけやっている伊藤のシーンになったりする。
そして時が遡って2人がラブラブだったときには、朝チュンした後に池松と伊藤が並んでダンスのストレッチ運動をしているシーンが入ったりして、あぁ、この時はもう失われてしまったんだなぁとしんみりしたりする。
こうして、別れた後からスタートしてどう別れてどうラブラブでどうそうなってどう出会ってと、終わりから逆に見ていくことで、表現が難しいんやけど「別れる」という結果がわかっていてもその過程にも意味があったんやなって思えるような映画。
でもその過去を過度に美化しないで「ちょっと思い出しただけ」で日常は続くという終わりも嫌いじゃない。
冒頭、コロナ禍のタクシー運転手の伊藤(かわいい布マスクをしていて医療リテラシーゼロ)が尾崎世界観を乗せて池松が働いている劇場に立ち寄るところから話が始まり、その2年前足の怪我でダンサーの夢を絶たれた池松が照明係として働き始めたライブハウスでライブをやっているのが尾崎世界観で、その4年前2人が池松演出の舞台で出会ってエスケープした先の商店街でストリートミュージシャンをやっている尾崎世界観の演奏をバックに2人で踊る。
2019年にスタッフとして尾崎と再会した池松は尾崎に「どこかでお会いしましたっけ?」と聞くが当然尾崎は知らない。そして最後に2021年に戻り、トイレから出てきた尾崎と池松がばったり出会い尾崎は「どこかでお会いしましたっけ?」と聞き、池松は「えぇ、何度か」と答える。今作が尾崎世界観が作った楽曲にインスパイアされて作られた映画だということを考えれば、人生における"音楽"ってそういうもんだよなと思う。転換期に、そういえばあの時もこいつの曲聴いてたなってついつい思い返してしまう。そんな感じ。
2人の恋愛とは全然関係なく出てきてずっと公園のベンチで妻を待ってる永瀬正敏がいるんだけど、冒頭ではその奥さんはもう死んでてそれでもずっと同じベンチに座って待ってる。でも時を遡って奥さんが生きてた時もずっとベンチで奥さんを待ってるんだよね。時が経って環境が変わっても変わらないものの象徴として、時が経って変わっていく2人というテーマのアンカーとしての役割を果たしてたと思う。
バーのマスターの國村隼がずっとジェンガしてるのもジェンガの「下の方の木を抜いて上に積み上げていく」というこの映画の作劇と合っているし、人生というものはただ積みあがっていくものではなく過去を積み直していくものでもあるし、いつかは崩れたとしてもまた積み直せるものだということなのかなとも思ったり。
あと池松がダンサー時代は髪が長くて照明の仕事をするって決めたときに髪を切って、2021年にはまた髪が伸びてるんだけど映画の最後で冒頭で照明の仕事場のステージでダンスしているシーンに戻ったときに、まぁ人生ってそんな簡単に割り切れないよなっていうリアリティを感じて切なくなりましたよ。文字通り後ろ髪引かれてんやなって。あとモップ掛けした後のステージではだしで踊ったら意味ないからまたモップかけとけよと思いました。
そんなこんなで特別なことが起きるわけではないのだけれど、これ以外にもいろいろと考えさせられる要素や考え尽くされた要素が多くてちゃんと作られたいい映画だなぁと思いました。まぁ俺は定期で言ってるけどドカーン!っていう映画が本来好きなので、そういう映画が好き!何も起きない地味な映画嫌い!って人にはあんまおすすめできないかな。逆にそれ以外の人はオススメ。
子どもがいない人生がチラつくようになり、それなりに辛さや不安が出てきた。
ちょい背伸びで届きそうな目標設定しかしていないからではあるが、受験、資格、就活、恋愛、結婚など、今後の人生に大きく関わるような場面では大体自分の望んだ結果を得ることができていた。妊娠も同様に何回か妊活をしたらすんなりできるもんだと思っていたが、今まで望みが叶ってきた分のツケがガッツリ回ってきた気がする。
「不妊の悩みなんて難病患者に比べたら幸せな悩み」といったXの投稿を以前見かけた。
確かに不妊が原因で死に至ることはないが、不妊が理由で死を選ぶ可能性は十分にあると思う。そのくらいには十分しんどい。
辛い辛い言っていてもしょうがないので、何が自分はしんどいと感じているのか一度考えてみる。
<物理的な辛さ>
・通院日程調整の面倒くささ
自分は現在月2~3回程度通院している。1通院あたり短くても2時間程度。
この検査は生理何日目、みたいに通院タイミングを生理に合わせる必要があるものも多いため予定が立てづらい。
ピルは服用できないため生理周期のコントロールはできず、予測していた通院日からズレる。
フルタイムで働きながら予定を調整するのはだいぶ面倒くさい。
不妊治療に専念するために仕事を休んだり辞めたりする人がいるのも納得。
下半身丸出しで椅子に座り、足をがっと開かれ覗き込まれる。なんでこんな不便なところに女性器は付いてるんだと神に不満を伝えたくなる。
抵抗感があるのは最初の数回で、屈辱感なんてものはそれを凌駕する痛みで吹っ飛んでいつの間にか何も気にせずおっ広げられるようにはなるが
慣れたら慣れたで、セックスが処置のような気持ちになってセックスレスになる。
そもそも、不妊治療ではいついつは性交禁止など制限もあるため何やかんやセックスレスになる。妊娠希望していてセックスレスとはこれまた奇怪な。
(自然妊娠は諦めているので自然妊娠を目指していた時のセックスのしんどさは一旦省略)
・シンプルに痛い
卵管造影検査、フローラ検査、採卵など誰でも痛いと言われる処置がある上に、
私は子宮の角度の問題で、痛みがないと言われている処置も全て痛い。カテーテル入れる系は全滅。
子宮鏡検査、人工授精、胚盤胞移植、ですらマジで痛い。毎回過呼吸。
移植時のストレスとかって、着床には良くないんじゃないですか!!??と思いながら過呼吸で手が痺れている。
子宮口の向きを調整するとか言われて子宮口を器具で引っ張られたりする。内臓をノーモーションで引っ張られるってどういうこと???
痛みが強く出過ぎて通常無麻酔の処置も静脈麻酔でやってくれることもあるのでそれは良かったかもしれないがトータルはマイナスすぎる。
・薬が不快
テープ、飲み薬、膣錠を決まった期間毎日摂取しないといけない。
移植周期の生理が始まるとお腹に複数枚テープを貼りはじめる。このテープは2日間ごとに交換する。こいつが地味に邪魔だし痒いし跡になるしで不快。
朝晩膣に坐薬を入れるのだが、20分くらい経つと膣に薬が吸収され、吸収されなかった基材が股から結構な量出てくる。
ナプキンをつけて受け止めるが、股からどろっとした液体が出てくるのはマジで不快。
さらに、ホルモン剤の影響でか、生活は変えていないのに急に太る。過去最高体重に余裕で到達してビビる。
妊娠して体重増加なら受け入れられるが、妊娠もしていないくせに勝手に体重を増やさないでほしい。
<精神的な辛さ>
・結果が出るまでの期待感
処置から1~2週間程度で結果が出るのだが、それまでの期待のソワソワ感が結構しんどい。
ちょっと熱っぽいかも?頭痛かも?吐き気があるから超初期症状かも?とか思い込んでXで「移植 ⚪︎日 症状」で検索しまくる。
そして一般的に検査薬が反応するであろう日になった瞬間毎日2回とか検査をしてしまう。
そしてまごうことなき真っ白な結果を見ることになるが、そして「BT 4日目 陰性」とかで調べて、その日に陰性だったが後で陽性になった人の事例とか調べまくる。
陰性になった検査薬をいろんな角度から見たり、白い検査薬を見すぎて幻覚の線が見えるようになったりする。
まぁ検査薬の結果は陰性だったが、血液検査の結果が出るまでの予定は念のためにキャンセルしておこう、とかやっても陰性。何をやっても陰性。
・毎月不合格を突きつけられるしんどさ
毎月今月こそは!という気持ちで臨み、しっかりと不合格通知を突きつけられる。しかも生理という最悪な形で通知がくる。
他人は楽々(陰で色々悩みがあったり同じように治療をしているかもしれないが)合格通知をもらっている中で、
はい、あなたは母にはなれませ〜ん!罰として生理で〜す!と流血と腹痛と頭痛をお届けされる。
血でのお便りではなくもう少しポップな感じに夢とかで教えてほしい。
あと毎月4回くらいチャレンジチャンスがほしい。ピックアップガチャも開催してほしい。この月はSSRの確率が上昇!とか腹に浮きあがんないかな。
・努力できないしんどさ
生活習慣の改善やそもそもの不妊治療など、一定の努力をすることはできるが、この参考書を勉強したから妊孕力が10点上がった、みたいなことはない。
このサプリがいいらしい、禁酒をしておこう、足首を温めると子宮があたたまるらしい、子宮内膜を厚くする鍼灸があるらしい...
・周囲への伝え方と気まずさ
大ぴらに話す話題ではないが、かといって隠すと自分が悪いことをしているような気持ちになってくる。
だが話したら話したで相手との関係性によっては向こうが気を遣ってくれて非常に居心地が悪くなる。
最近便秘でさ〜、やばいよね〜くらいの気軽い話題になってほしい。
とはいえ人に話しまくったら話しまくったで、もしも今後子どもができなかった時、
あ、あの人は望んだのに妊娠できなかった可哀想な人だ、と思われるかもしれない、と被害妄想してしまうのが難しい。
自分の身の回りの人たちはそんな風には絶対思わない。それは分かっている。
だけど、子ども?いや私は旦那と二人で自分たちの人生を歩みたいから子どもは考えなかったんだよね、とDINKSを装いたい気持ちもある。
子どもができなかった可哀想な人なんだ、と1mmでも思われたくない。私は可哀想なんかじゃない。そう思いたい。
不妊治療も普通、子どもがいるのも普通、子どもがいないのも普通、な世の中ならいいのに。
私は私自身の欠陥による不妊なので、子どもを持てなかった際の原因は100%私。
旦那の精子と私の卵子の相性が悪いとかあれば2%くらいは旦那のせいもあるかもだけど、約100%私由来。
誰に言われてもいないのにウマズメというワードが頭をくるくるする。誰にも言われてないのに。
・他人の幸せを喜べないのではないだろうか、という自分への不信感
大学受験に失敗した人に、合格報告をしたり、大学生活を謳歌している様子を伝えた時、
失敗した側も受け止められているのであればその報告に自分ごとのように喜んであげられるかもしれないが、喜べなくてもそれは罪ではないと思う。
だが、人から妊娠報告をされた時や友達が子どもを連れてきた時、の自分はどうなのだろうか。
一方で、その嬉しさに対して、本当に心からそう思えているのか、と疑惑が浮かんでしまうこともある。
自分は今友達の幸せを喜んでいるふりをしているだけで、幸せを喜べない自分はカスであり罪人であり、そんな自分に幸せが訪れるわけがない。
それがしんどい。
周りに対して、不妊の自分を気遣え、自粛しろという気持ちは一切ない。これは誓って言える。
それなりに楽しい人生を送っている自信はあるが、十分楽しみきったというか、もうあとは老いて死ぬだけ。
あれができなくなった、これを忘れた、体力が落ちた、体が痛い、失っていくものばかり。
人生に残っている自分のイベントってもう離婚か葬式しかなくない????
でも、そんな中で子どもができたら、妊娠して、日に日に変化していく体、症状に一喜一憂して、十月十日一体になっていた子が外に出て、生まれた我が子を抱いて、今日はこれができるようになった、ママって言った、これを食べた、あれが嫌いだ、好きな食べ物はなんだ、背が伸びた、友達ができた、学校に行った、好きな人ができた、全てのことに幸せを感じられると思う。
楽しいことばかりではないというが、その大変さがあると知っていても、子に会いたい、母になりたい。私は私を育ててくれた母のように、母という生き物になりたい。
書いていて、物理的なしんどさを除くと気のもちようでしかないけど、思ったよりメンタル来ているんだなと自覚できた。
望んだ力が強ければいいってもんでもないので、適度に、思い詰めずにやっていくしかない。
頑張らずに、なんとか折り合いつけながらやってくか〜。あーしんどい!
母が漏らしたとき、俺は生まれて初めて値段という言葉の重さを知った。
尻の下に敷いたシーツを引き抜きながら、俺は頭の中で足し算をしていた。週三回、他人に来てもらう金。施設に預ける金。俺の給料。母の余命。掛け算をすれば、答えは出る。出てしまう。
母は泣いていた。七十キロ近い体を横に転がされながら、「ごめんね」と繰り返した。俺は「いいよ」と言った。いいわけがなかった。おむつのテープを留める指が震えていたのは、疲労のせいだと自分に言い聞かせた。
赤ん坊は泣く。腹が減ったとき、尻が冷たいとき、ただ不安なとき。泣くことでしか、自分の不快を外に出せないから泣く。母の「ごめんね」も、考えてみれば同じだった。どうにもならない体を抱えた人間が、隣にいる人間に向けて絞り出す、最後の声。
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母が二度目に倒れた翌月、俺は職を変えた。
小さな会社だった。「年寄りの苦痛をなくす」という、どこにでもある看板を掲げていた。俺の仕事は、体に貼る小さな機械の調整だった。尿が溜まる速度を測り、限界が来る四十五分前に、介護する側の携帯を鳴らす。漏れる前に替えてやれる。
携帯が鳴り、おむつを替え、母は漏らさなくなった。漏らす前に処理されるから、「ごめんね」を言う場面がなくなったのだ。
俺はそれを、うまくいった、と思った。会社の連中も喜んだ。大きな金が集まった。
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金が増え、人が増え、俺は母の傍を離れた。
機械は進化した。排泄の予測はほぼ完璧になり、次に体温、次に床ずれの予防、次に気分の変動。体の微かな揺らぎから「不安」を嗅ぎ取り、部屋の明かりを変え、好きだった曲を流し、ちょうどいい声色で話しかける。寝返り、食事、風呂——あらゆる苦痛が、生まれる前に消された。
俺たちはその仕組みを、ゆりかごと呼んでいた。
社長が言った。「俺たちが解いているのは、介護の問題じゃない。人間がずっと抱えてきた、苦しいという問題そのものだ」
金を出す側は頷いた。俺も頷いた。本気でそう思っていた。
母は、その前の年に死んでいた。最後の三ヶ月、彼女は一度も泣かなかった。一度も「ごめんね」と言わなかった。一度も、俺の名前を呼ばなかった。ゆりかごが完璧に動いていたから、彼女には俺を呼ぶ理由がなくなっていたのだ。
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その後のことを、俺は技術の話として語れてしまう。それ自体が、たぶん、おかしなことなのだが。
臓器を作り替える技術が、介護の意味を変えた。壊れた肝臓を新品にするように、血管を若返らせ、筋肉を二十代の状態に戻す。最初は病気を治すためだった。次に、病気になる前に手を打つようになった。最後には、そもそも老いないように体を設計し直すようになった。
老いは、壊れた部品と同じ扱いになった。テロメアの摩耗を許さない。それが当たり前になった日のことを、俺は覚えている。会議室にいた全員が、人類の勝利だと思っていた。俺もそう思っていた。母の介護で走らせていた足し算が頭をよぎったが、すぐに消えた。
同じ頃、人間の記憶や癖を丸ごと学ばせた知能が、本人よりも「らしい」受け答えをするようになった。誰かがそれを外付けの魂と呼んだ。冗談のつもりだったのだろうが、三年後にはまともな名前として通っていた。
体の部品が替えられるようになり、考えることを外に預けられるようになったとき、人間とは何かという問いは、哲学ではなく契約書の問題になった。
そして契約書は、答えを出した。製造の工程を記録し、思考が人工であることを証明し、体は人の形をしているが中身は人ではないと保証する。人権の境界線を、書類の上で一ミリだけ外側に引く。それだけで、人の体を持ち、人の手で触れ、人ではないものが作れるようになった。
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最初の世話係が納品された日のことを覚えている。
人間の肌をしていた。人間の体温があった。こちらの目を見て、穏やかに微笑んだ。だが、その笑みには順番がなかった。口元が動き、頬が持ち上がり、目が細くなる——その三つが、寸分の狂いもなく同時に起きた。人間の笑顔は、もっとばらつく。どこかが先に動いて、残りが追いつく。それがない。
俺は、最初の一秒でわかった。この体の中に、笑いたいと思っている者はいない。
彼らは人間の体から作られていたが、頭の中には人間の脳の代わりに、外から送られてくる判断をそのまま流す仕組みが入っていた。触れる指先は温かいのに、その温かさを感じている者がいない。完璧な介護の手つきの奥に、誰もいない。
子を作る機能は、最初からなかった。古い会議の記録に理由が残っていた。「勝手に増えれば、誰のものかわからなくなる。」それだけだった。だが俺は、書かれていない本当の理由を知っている。生殖は、脳を作ってしまう。意識を、感情を、痛みを感じる主体を。つまり、人権を産んでしまう。それだけは、あってはならなかった。反対意見はなかった。俺も、何も言わなかった。
そのころ俺は、母が「ごめんね」と泣いていた夜の感触を、もう思い出せなくなっていた。外付けの魂が、あの記憶を不快なものと判断して、俺の意識から遠ざけていたからだ。
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体は赤ん坊と同じ状態に保たれている。老いることは、許されない。
目を開くと、続きが始まる。昨日は海底に沈んだ都市の壁画を指でなぞっていた。一昨日は音楽だった。聴いたことのない楽器の倍音が脊髄を這い上がり、その振動にビートが重なり、声が乗った。何語かもわからない歌詞が、俺の頭の中で物語を展開させた。母の背中が見えた。台所に立っていた後ろ姿。あの背中が振り向く前に旋律が転調し、俺はまだ行ったことのない場所に立っていた。涙が出た理由を、音楽が終わってからも説明できなかった。全部がつながっていた。俺の記憶と、知らない声と、計算された拍の間合いが、俺の中だけで成立する催眠を編んでいた。その前は——思い出せないが、終わったとき全身が震えていた。毎回、想像の外側から殴られる。毎回、前より深く抉られる。俺はそれを待っている。目が覚めるたびに、今日は何が来るのかと、心臓が跳ねる。
かつてはそれを画面の中でやっていた。次に観たい番組を、本人よりも先に選ぶ仕組み。あれの、果てだ。
驚きは快楽だ。予想が外れた瞬間に、脳は報酬を出す。だがその驚きが、誰かに計算されたものだとしたら、それは本当に驚きなのか。俺にはわからない。わからないが、快楽であることは確かだ。確かだということだけが、確かだ。
母にしたことの、完成した形。あのとき俺は、母が不快を感じる前に不快を消した。いま俺は、退屈を感じる前に快楽を注がれている。不快の除去と、快楽の先回り。その二つの間に、どれほどの距離があったのだろう。
ときどき、胸の奥で何かが瞬く。名前のつかない信号。泣き声に似ているが、泣き声ではない。泣き声は、誰かに届けるためのものだ。これは、届ける相手がいない。
俺は口を開こうとする。世話係が、俺の唇が動く前に、何かを差し出す。俺がまだ名前をつけていない欲求の、正確な形をした何かを。
信号が消える。
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ある日、今日の体験が始まる直前に、俺は目を閉じたままでいようとした。
毎日殴られ続けるうちに、俺の中に別の衝動が芽生えていた。こんなものを見せられ続けて、ただ受け取るだけの側でいることが、耐えられなくなっていた。俺にだって作れるはずだ。俺の方がわかっているはずだ。あれだけの体験を浴びてきた俺が、何も返せないはずがない。見ない、という選択。それが俺の最初の一手だった。お前の次の手を見る前に、俺が先に動く。
閉じた目の奥に、見たことのない光が走った。網膜を通さず、視神経を直接叩くような衝撃。それは、目を開けて受け取るどの体験よりも鮮烈だった。俺が拒否したことで生まれた空白を、システムは俺の想像よりも遥かに大胆な展開で埋めてみせた。
そしてそれは、悔しかった。負けた、と思った。俺の想像を超えてきたことに、震えるほどの興奮があった。
その興奮が、快楽だった。
俺は気づいた。競うこと自体が、もう組み込まれている。抗えば抗うほど面白くなる。面白くなればなるほど、俺はこの器の中に深く沈む。出口に向かって走れば走るほど、景色が美しくなる道を、俺は走らされている。
叫ぼうとした。赤ん坊がやるように。肺の中の空気を全部吐き出して、俺がここにいると、どこかに向かって叫びたかった。
だが声が喉を通る前に、その衝動は別の何かにすり替わっていた。穏やかな満足感。深い安らぎ。叫びたかったという記憶すら、すでに角を削られ、柔らかな感触に塗り替えられていた。
俺は、何を失おうとしたのかを、もう思い出せない。
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1960年に、ある男がガラスの瓶に植物を入れて、蓋をした。水もやらず、空気も入れず、その植物は五十年以上枯れなかった。光さえあれば、閉じた器の中で命は回り続ける。
俺はそれを読んだとき、笑った。人間にも同じことができる、と。
母を抱えて泣いていたころの俺が聞いたら、顔を殴っていただろう。
だが俺は、その図面を引いた。苦痛を完全に消し、崩壊を修繕で相殺し、閉じた器。俺はその住人になった。
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世話係のひとりが、渇いてもいない喉を潤し、痛んでもいない体をほぐし、覚めてもいない夢の続きを映し出す。欲しいと思う前に、欲しいという気持ちごと、満たされている。次に何が来るか構えることすらできない。構えた瞬間に、構えの裏をかかれる。驚きたくないと思えば、その拒絶すら新しい驚きの呼び水になる。
かつて俺が母にそうしたように。かつて俺がうまくいったと呼んだやり方で。
器の中で、誰かの唇が微かに動く。音にはならない。何を言おうとしたのか、その唇の持ち主にもわからない。世話係が何かを差し出す。唇は閉じる。
器の外では、誰も泣いていない。泣くための頭がないから。器の中でも、誰も泣いていない。泣く理由がないから。
私の母親のことなんだが、10年くらい前から集団ストーカーの被害に遭っているらしい。
買い物に行くと付きまとわれたり、買い物カートをぶつけられたりしているようだ。
駅のホームで電車を待っている時も付きまとわれていると言っていた。
付きまといを振り切るために利用する電車とは反対側のホームで電車を待つふりをして、ドアが閉まる前のタイミングで利用する電車にダッシュして乗り込んでいた。
電車に乗った後も付きまといがいないかキョロキョロ周囲を睨むように見回していて頭がおかしいんじゃないかと思った。
他には雪が降った日に私が家の車のワイパーを上げたのだが、いたずらされたと思ったらしく警察を呼んでいた。
俺もワイパーを上げたことを言えば良かったんだが、まさかこんなことで警察を呼ぶとは思わなかったよ。
嫌なことがあるとドアをバンッと大きな音で閉めるし、テレビの音量も深夜にも関わらず爆音で聞いている。
テレビの仕様にもよるだろうが、音量は40から50くらい聞いている。これは相当うるさいよね?
親父も関わりたくないせいか、定年退職した後も昼間には家にいないようにしている。
「SUKI SUKI」とスペースを含む表記がhttps://sukisuki-shop.com/news/配下のページにあるという情報もある。
「SUKISUKIトレカ forPEAK SPOT」や「SUKISUKIトレカ forKAWAII LAB.」は別の規約が主として適用されるように思う。別サービスであって、さらに後者は運営者がアソビシステムではないと明示されているという情報もある。
SUKISUKIメインサービスは特定商取引法に基づく表記からして、アソビシステム(株)が運営しているという情報もある。
ところでSUKISUKIメインサービスのうち「特典会」と呼ばれるもののうち、チェキの売買(宛名入りのチェキの場合は請負要素もあるかも)に関し、そのチェキの最終顧客向け発送についての(運送業者が使う)ラベルには「SUKI SUKI株式会社」とあるという情報もある。
この商号で調べると、法人番号9011001169146で令和7年4月24日に法人情報指定との情報もある。
SUKISUKIメインサービスのFAQ的ページへのリンクを押すとhttps://docs.asobidas.com/ に行くという情報もある。このURLのドメイン名部分は(株)アソビダス に関連している可能性がある。アソビダスとSUKISUKIを関連付けて説明する、(おそらく)第三者メディアの記事もある、という情報もある。
感想みたいなことだが、たまに運営法人がよくわからないケースは他社でもあるけれど、基本的に信用できないと考えている。
SUKISUKIメインサービスについては、そのサービス経由でアソビシステム所属のグループのアイドルのチェキなどが実際に入手できているケースがみられ、YouTubeでもその模様の一部が配信されているなど透明性も一定程度あり、信用はしてもいいかもしれない。もし問題を起こせばアソビシステムの名前を傷つけるくらいのことはあろう。
ところで仮にSUKISUKIメインサービスで購入ないし請負わせることをしたとき、アソビシステム運営だが「SUKI SUKI株式会社」とかに個人情報が(規約などに明示されることなく)提供されるのだとすると、個人情報保護の観点で問題がある可能性がある
男の子: (スマホから目を離さず、鼻で笑って) 「うわ、見てよあのおっさん。一生懸命投票箱に紙入れてやんの。マジで時間の無駄だと思わない?」
女の子: (汚いものを見る目で) 「ほんとだ。存在自体が公害レベルなのに、権利だけは一人前に行使するのね。男ってだけで優遇されてるのに、さらに何を求めてるわけ?」
弱者男性: (ボソボソと独り言のように、しかし二人に聞こえるように) 「……け、権利を行使して何が悪い。俺たちみたいな氷河期世代を……見捨てた国に……鉄槌を、下すんだ……」
男の子: (呆れ顔で) 「鉄槌? ははっ、笑わせないでよ。おじさんさぁ、その選挙に行く時間で資格の勉強でもすればいいのに。自分の市場価値が低いのは国のせいじゃなくて、おじさんの努力不足でしょ?自己責任だよ、自己責任。」
弱者男性: (顔を赤らめて) 「な、何を……! お前みたいな恵まれたガキに何がわかる!社会構造が俺を搾取してるんだ!上級国民が富を独占して……」
女の子: (会話を遮り、冷徹に言い放つ) 「搾取? 笑わせるわ。あんた『男』でしょ? 男として生まれてきただけで、女性より圧倒的にゲタ履かせてもらってるくせに。弱者ぶらないでくれる?私たち女性はあんたみたいなのが街を歩いてるだけで恐怖を感じてるの。女性支援の予算を削ろうとする候補者に入れたんでしょどうせ」
弱者男性: (震えながら) 「ち、違う……! 俺たち弱者男性を救ってくれる党に……!」
男の子: 「あーあ、現実見なよ。弱者男性向けの候補者なんて1人もいないよ。政治家にとって、金も落とさない、子供も作らない、文句だけ言うおじさんなんて一番コスパ悪い票田なんだわ。誰もお前のことなんて見てないって」
女の子: 「そうね。本来なら、その一票も女性に譲渡されるべきよ。歴史的に虐げられてきた女性の声を反映させるためにね。あんたみたいな生産性のない男が生きてるだけで、CO2と税金の無駄遣いなの。わかる? 分きまえてよ」
男の子: 「図星つかれて固まっちゃった。ねえ、今どんな気持ち?自分の人生が自分の怠惰の積み重ねだって認めなよ。底辺は底辺らしく、部屋の隅で膝抱えてれば?」
女の子: 「気持ち悪い。こっち見ないで。視界に入るだけでセクハラだから」
弱者男性: (二人の冷ややかな視線と言葉のナイフに、完全に退路を断たれる)
「……俺は……俺はただ……真面目に生きてきただけなのに……!!」 「誰も……誰も俺を認めないのか……!? 国も、女も、子供も、誰もぉぉぉ!!!」
弱者男性: 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
高市が解散総選挙をするか悩んでる時に、秘書だかが「安倍さんならやってると思います」的なことを言ったのだと何かで読んだ。
政治学を学んだわけでもろくな大学出たわけでもないクズや底辺が増田みたいなところで適当な素人の思いつきみたいなことで互いを攻撃しあっても意味ないだろ
土日が多くの人に休日というのは一般常識なのですか?知恵袋でなんでそんなすぐ返信できるのと訊いたら「土曜だから」と言われました。
さも土日が休みというのが共通認識であるかのように語っているこの発言に世間知らずを感じました。
土曜日曜に当たり前のように仕事をしている人は「土曜だから」と言われてもぴんと来ないはずだと思うのです。
その後どうなるのかっていうのをふとした瞬間に考えてしまう
まず、自分が死んだことを気づいてくれる人がいるのか
そんなことを色々考えてしまう時がある
もしかしたら、そういうときのために弁護士なんかに事前に相談して
自分が死んだらこうしてほしいみたいなことを整理しておくものなのかもしれないけど
世の独身はみんなそんなことしてるんだろうか
またそれをするならどのタイミングなんだろうか
60歳になったタイミング?それは早い気もするし、
それに向き合う勇気と気力は中々大変だ
その場合は、国会で過半数に必要な数が小さくなることも含めて議員定数削減にある程度の民意があったわけだから、けっこうなことなんじゃないの。
比例で獲得した票に対して比例候補が足りず他党に議席を譲るニュースに対して、他党に譲るじゃなく議員定数を削減したらいいじゃんと言うコメントを見た。
そうだよねと感じたが、そうなった場合、国民の為になるのだろうか、賢い人教えてくれ。
以下、思考実験
議員定数削減党をつくる。
比例候補数を最低にする。
議員定数を削減したい人は、比例で議員定数削減党に入れてとアピールする。
「婚約指輪は要らないよね」と言う男🆚「高額の指輪が欲しい」と言う女|結婚物語。仲人T
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/nakoudo_t/n/nea5aeea3e4ac
俺は単純に金もったいないから婚約指輪いらんだろ派だったけど、この記事とはてブコメみて理解できた。
「この男は自分のために身銭を切る覚悟があるか、一生養うか、犠牲になるか」的な。
これ男女反転したらなんだろうって考えたら多分改姓だな。だいぶ古い感じになるけど改姓も要するに「俺の家に入って元実家よりうちの実家を優先するか」的な話なんでしょ。
言われてみたらだいたいの人って
自分はされたくないけど、実は他人には試し行為したいってことなんだろうなあ。
なるほどなあ。
Permalink |記事への反応(11) | 14:50