
はてなキーワード:けしからんとは
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れめくんが女性フォローワーに逆レイプされた件で炎上したけしからんれめくんが女性フォローワーに逆レイプされた件で炎上したけしからんれめくんが女性フォローワーに逆レイプされた件で炎上したけしからんれめくんが女性フォローワーに逆レイプされた件で炎上したけしからんれめくんが女性フォローワーに逆レイプされた件で炎上したけしからん
1.◯◯がxxという理由で炎上した、けしからん【行為へのフォーカス】
2.◯◯は△△ということもしていたらしい、人として最低だ【人格否定の始まり】
3.◯◯のファンが□□みたいなことをした、□□も人として最低だ【連帯責任での攻撃の始まり】(外集団均一化バイアス)
4.++ということもあったが、◯◯が原因に違いない【陰謀論者の始まり】(因果の逆転・相関の混同)
5.◯◯がファンに愛されている、やはり頭がおかしいか、洗脳されているか、水増しされている、なぜならこのデータを見てほしい【陰謀論者の完成】(認知の歪み・確証バイアス)
6.XX界隈の者だけど、◯◯のファンに攻撃されている【陰謀論者の被害妄想】(反転攻勢による自己正当化)
7.◯◯の仲間や、スタッフも同罪であり、もっと叩かれなければならない【陰謀論者の聖戦化】
陰謀論者にならない人
1.行為を安易に叩かない、炎上に与しない → まともな人に留まる
2.人格を否定しない → 「詰みを憎んで人を憎まず」に留まる
3.ファンや界隈を攻撃しない → 人と集団を切り分けられる人に留まる
4.全ての陰謀に関連付けない → 因果関係は大事にできる人に留まる
5.都合のいい分析をしない → 冷静な分析はできる人に留まる
こう見ると、4・5あたりから「何いってんだこいつ」となるから、フリでやるのも厳しくなるよね
結婚指輪が高いと言ったら泣かれた
リベラルの牙城であるはてなブックマークでだけは叩かれちゃダメじゃね?
なんで叩いてんの?
「お前ね、夫婦の間で折半折半ってメンヘラツイフェミ主婦みたいなこと言ってんじゃないよ」
「結婚指輪ぐらい男がドーンと出して嫁が欲しがってるもん買ってやりゃあいいだろうが
そのぶん頑張って働けばいいんだよ」
「目先の収支合わせとかしなくなるのが一蓮托生の夫婦というものだよ」
って。
でもリベラルは違うでしょ。
・万機話し合いに決すべし
とか、
そういう俺からすればわけわかんねえ、
みたいなことばっか言ってきたのがリベラルじゃん。
結婚指輪みてえな家父長制の軛にして固陋な因習でしかないぼったくり金属に疑問を呈す価値観も
いやリベラルなのはこの青年だけじゃなくて婚約者の子の方もか。
だから結婚指輪を折半購入なんて夢もロマンもないことを受け入れて
更にその値打ちに懐疑的な見解まで示されてディスカッションされても
涙を流しながら青年側に理ありとして引いてるんじゃん。
リベ度が低い女ならこんなこと言われたら自分への侮辱と受け取ってひっぱたいてる。
けどこの婚約者はそういう素直な感情とリベラル規範がせめぎ合った結果自分が引いた。
偉い!でも可哀想!
俺はこの子が可哀想だと思うけどお前等には可哀想なんて思う資格もねーよ。
だってこの2人の価値基準自体がお前等が広めてきたお題目の結果なんだから。
「自分は安物で婚約者には相対的に高い指輪で金は折半」っていう男側の持ち出しをしてる。
要するに男女どっちも感情とリベラル規範がせめぎ合ってんだよね。
俺はこの2人に言う資格あるよ。
って。
「我々が広めた浅はかなパッチのためにご迷惑をお掛けしていますごめんなさい」だろ?
つまり、おめーらは若者に説教する前に自分自身の口と背骨の不一致を怪しめよ。
「結婚指輪ぐらい気前よく買ってやらない夫」を不快に思っちゃうんなら、
お前等のリベラル価値観なんて少しも背骨に染み込んでない嘘っぱちなんだよ。
お前等に出来るのは
「ごめんなさい、私たちが広めたリベラル規範をそんなに真面目に受け取らないで」というお詫びだけだよ。
「進歩的なことを言ってる時は凡人より優れた自分になれた気がして気持ちよかっただけなの」という告解だけだよ。
頭だけ下げてろよ。自己総括してろよ。
下の世代でいよいよ現実とリベラル妄想との間に矛盾・不都合が表面化しても責任取るどころか説教する。
そういうゴミみたいなことをずーっとやってきた迷惑白髪頭集団が
自分がいるジャンルの専門メディアを見ていると、国内の対談やインタビューが、中年を越えて「老人会」のように見えてくることがある。
病気や貧困、SNSの負の側面を知的に語っている論者たちも、結局は
「精神疾患を抱え、貧困で、SNSしか居場所のない中年が、自分自身に重ね合わせられる話題」
「自分も異性愛規範に乗れず、キモい趣味でいじめられてきたから当事者だ」
という自己投影的な共感に留まり、それ以上外へ踏み出していないように見える。
中年世代同士が、過去のいじめられ経験を慰め合って完結しているだけなら、まだ害は少ない。
しかし、こうした人々に限って、若者が何かを楽しんでいると、有害な形で関与してくる。
昔からある
「最近の若いものは、こんな軟派なものを好んでいてけしからん」
という態度だ。
しかも現代的なのは、PV目的の記事タイトルだけを見て憤慨し、内容も確かめずに断罪する雑さである。
そこに、若者や新しい文化を尊重しようという姿勢がないことは明白だ。
また、かつて「ディープでマニアであること」を誇りにしていた世代ほど、若者のカジュアルな楽しみ方を攻撃しがちでもある。
過去にマニアであることや異端であることでいじめられ、その反論をトラウマのフラッシュバックのように繰り返しているのかもしれない。
だが、赤の他人である若者からすれば、それは妬みや逆恨みにしか見えない。
SNS空間では、こうした年上から年下へのハラスメントは可視化されにくい。
「異性との交流が苦手で、精神疾患を抱え、貧困で、SNSしか居場所のないおっさん・おばさん」は、同性であっても付き合いづらい存在なのにもかかわらず、SNSでは多数派なのでどこに行ってもいるからだ。
新しい知識を仕入れないため話題は過去ばかりで、聞く側は疲弊させられる。
さらに厄介なのは、そうしたおっさん・おばさん同士が共犯関係になり、コミュニティを形成することだ。
彼らは「異性を理解している自分」という自己認識に酔っているが、外から見れば
「はぐれ者同士が、共通の思い出にしがみついているだけ」
にしか見えない。
自分は理解されたい一方で、自分とは違う人間を理解しようとする余裕はない。
「自分はいじめられてきた」という認識が強く、しかも人を攻撃することには慣れている中年が跋扈する空間は、どうしようもなく悲惨だ。
かつて年功序列を嫌っていた若者も、アラフォーになれば、年功序列で圧力をかける側に回っている。
それでも若者を批判する際、自分が20歳近く年下を見ているという自覚はなく、若い頃の自己認識のままで語っているように見えることがある。
結局のところ、「弱者だった人間が、そのまま歳をとっただけ」とも言える。
まあ選挙に行って、そして私の応援する党へ入れろ、あの党へは入れるな、というなら全然分かるんだけど
それが同意を得られるかどうかは別にせよ、要請としての意味は通る
そういう邪推を脇に置いて、本当にただただ選挙へ行くこと自体を推奨しているというならかなり意味が分からなくなる
投票率がどうとかっていうのも、結局のところそれで存在感を示して私の望む方向性へ傾いて欲しい(そんな風に事が運ぶかはともかく)、という所だろうし
選挙って、各々が身を置く共同体の方針策定について寄与する力を、ことこの場面においては等しく、ほんのほんのほんのほんのほんのほんの少しだけ行使できるという代物だろうし
それ以上でもそれ以下でもなく
使うも使わないも、それ自体は当事者以外の他人にとっては何の関係もない
共同体にこうあって欲しいという欲求があればそれに近い方への決定を下すだろうし、そうでなければ使わないまでの話で
少なくとも「お前らが協力しないせいであの党が勝てないんだ」という都合でないのならば、選挙行こう!と推奨したり、逆に行かないなんてけしからん!と非難する動機も無さそうに見える
法治国家だから、市民として当然の責任だとか何とかいうのも、かなり意味不明と言うかなんの理屈にもなってない気がするし
代議政を何かしら神聖なものだと思っていれば、あるいは社会はこうあれと望んでいなければならない、みたいな信仰でもあれば話はまた違うのかもしれないけれど
でもそういう「私はこうあらねばと思う、お前もこうあらねばと思え」って、結局「選挙に行こう、行って私の応援する党へ入れろ」と地続きな気もするし
選挙も行かずに文句を言う資格なし、なんてのも、別にそれとこれとは全く別というか
まあお前あの時の会議でだんまりこいてたのに、後からグチグチ言ってんじゃねえよっていような気持ちは大いに分かるけど
選挙の一票が果たして会議で発言するほどの存在感があるかと言ったら、それもどうかという気はするし
組織票が云々っていうのも、「あの悪魔の政党は組織票によって支えられているに違いない。そんなものに負けてはいけない。だから選挙に行ってあそこ以外に入れろ!」
ということを修辞を変えて言っているのだし、それはどこへ入れるかという話であって選挙へ行く事自体についてのものではないと思う
本当にただただ各々が意見を表明しているその事自体に価値がある、というならそれはなんかちょっと倒錯していませんかという気はする
選挙かくあるべしという理念の話をするのなら、誰かに偏りすぎず全体がそれなりに満足の行く結果になればこそ、各自に微量の決定権を等分していることに意味があるんだろうし
その結果を問う以前にまず投票に意味があるといったって、それによって実現されるものって何なんですかという話だし
今の代議政は参加率が高いです、なので正当性を得ています、というだけでは自己目的化している感じがするし
それこそ「歴史」に学べば適正な民主主義の手続きでろくでもない事になったなんて事はある訳で
そういう民主主義の具合の悪い部分をポピュリズムだとか言って切断して、「質の良い民主主義」だけが民主主義だろうというのなら、それはやっぱりただ行くだけでなく誰に入れるかまでが問題になるだろうし
「まとも」なところに入れましょう、という話で
そのまともは誰基準の話なんですかって事にもなってくるけど
まあその辺のことも織り込んだ上で、角が立たないよう濁しているのだと言われればそれまでの話だけど
結果がどうあれ政治家は投票率も見ているから、とにかく入れるだけでも事後の動向には影響するだろう
というのもこの理屈だけ取り上げて見れば成り立ってるけど、肝心なのは実際にそう動いているかであって
実際にそう動いて、何かが起きたって話はあるんですかという気はする
いくら意味があるのないのと論争を交わした所で、実際どうなのかが問題なのであって
こういう作用が実際にあるから投票にも意味があります、とあたかも記述的な主張も、実際の所はそういうことがあって欲しいな、あってくれなきゃ困るという願望も含まれているのかもしれない
まあ期待を持たせるという意味でモチベートにはなるのかもしれないけど
いずれにせよ、投票さえしていれば向こうがご機嫌を伺ってくれる、なんてのもそれこそお客様体質極まれりという感じもする
Permalink |記事への反応(31) | 00:07
イスラエルやトルクメニスタンは子供がいたら支援金が出るので、それ目的で何人も産む人がいるというが、日本にはそういうもの無いからね。
かつては貧乏人の子だくさんみたいな言葉があったが、今は貧乏人は結婚しないからな。
境界知能みたいな人が適切に医療につながるようになった結果、その人たちがポコポコと子供を産む現象がなくなったということかもしれんけど。
人口統計グラフを見ると、前の世代が多かったところの子供はなだらかになるとはいえ多いんだけれど、
団塊Jr世代はほとんどそういう人口増加が見られない。つまり、ここで人口の再生産に失敗している。
あの頃にあぶれた人たちを公務員として雇ってとりあえず生活を維持するという判断ができればよかったんだけれど、
マスコミに踊らされ他人を妬む馬鹿どもが喜々として公務員たたきをやった結果、公務員として雇って雇用不足をカバーするというスキームも使えなかった。
あのころ、「公務員はけしからん!民間だとそういうのは通らない!」という言葉が何度も聞かれた。いや、今もそういうことを言う人はいるか。
もちろん、そっちルートに行くとギリシア危機が日本危機になっていたリスクはあるんだけれど、当時も今も円建てで国債を発行している以上、どうにでもなったんだよな。
国立大学卒ですら就職を希望し、就職活動をしていたにもかかわらず、クラスメイト大半の就職先が決まらずに卒業していくなんて世界は今の人には想像すらできないだろうな。
東大院教授の性接待報道でLINEのメッセージ履歴が出てたけど(こんなん出されちゃたまらんよなーインガオホーってやつだけど)
性接待ってだいたい当事者がノリノリなのがきもちわるいんだよな
いー歳したジジイがぐへへってスケベな顔して若い娘選別してんのキショーって感じ
そうじゃなくて
でも相手がもう無理矢理グイグイくるもんだから半ば強制的に接待させられたけど、
これは個人的にまだ理解できる(受け入れられるとかじゃなく、現象として理解できる)
世の中の誰かのタブーを踏み抜いた感じ
例えば、元々嫌われるようなタイプの売り方をしている芸人とかが
これも理解できる
注目度の高い有名人が
やらかすか、なんか火種になるようなことが起きて
・無関心層まで乗り出してきて叩く
・なんならちょっと好きだった人まで叩く
これが分からん
しかも、明らかにやらかしに対して言ってることが2段階くらい過激なんだよね
で、SNSの反応とか見ると決まって「え、ここまで叩かれるようなことしたの?」って言ってる無関心層が居る
1.火種
3.反応する・謝罪する
6.大抵は鎮火
一応言うと、この炎上に参加してる人はかなり少数なんだけどね
1割も居ないと思う
_______
一応、チャッピーと話してみたけど、いくつか考えられる法則があった
・情報カスケード:誰かの行動や判断を見て、それに追従してしまう現象
・「目に入る人達が1人を叩いていたら、私も叩こう」となる同調行動 → SNSとの相性が最悪
・皆が1人を叩いていたら、自分も攻撃しないと排除されると思い込む現象
・より過激な罰を与えたほうが注目度があげるし、自分が正当側だと周囲に主張できる
まあ結局、本能の赴くまま行動する人が一定数いるってことなのかな
それが多数ではないのが救いだとは思う
安倍が辞めてから急にトーンダウンしたのって、現象が収まったからってことだよね
與那覇潤「歴史を忘れ去り、言葉を「凶器」として使う時代をどう生きるか:うつを体験した元・34歴史学者の「遺言(聞き手/現代ビジネス編集部(2018.6.16、ttps://gendai.ismedia.jp/artic」」)les/-/56069、最終確認日、2018.1.8)は、実証史学に対して、ただし――これも職場を辞めたおかげで本当のことが言えるけど、「教育者」としては、「実証史学者ってどうなんだ」という気持ちをずっと持っていたのは事実なので、それが伝わったのかなとは思います。/たとえば実証をやっている先生が、学生に古文で書かれた昔の史料を見せたり、場合によってはお寺なんかに連れていって、本当に生の原文書に触れさせる。もちろん大学院に進んで研究者を目指すような子にとっては、貴重な第一歩でしょう。でも、それ以外の大多数の学生は、そこでなにをしているんですか? という話です。/ストーリーのない、単なる「キャラの集合体」としてしか歴史が享受されない現在では、それは単なる「究極の萌えアイテム」に触れさせていることにしかならない。/そこが見えていない人たちが、「どうして世間では、『日本すごい本』のようなエセ歴史書ばかり売れるんだ、けしからん」といくら言おうと、世の中は変わりません。「公文書の管理!保存!」とだけ叫んでいても、次はもっと巧妙化した「バレない森友問題」が起きるだけで、なにもよいことは起こらないのと同じです。と述べている。歴史家を廃業したからこそ言える本音とのことである。 失礼かもしれないけれども、数年教壇に立って「教育者」だという感覚は、私のように30年以上教壇に立ってきた者からすると「片腹痛い」という感じである。さらにいえば、数年の経験で「ずっと持ってきた」と言われても、ため息しか出ない「事実」といわれても、何か勘違いではないか、と思える。とても元「歴史学者」。の発言とは思えない。厳しい言い方になるが、自分の感じたことを「事実」と即断するのは余りにも短絡的、感情論的である。與那覇氏は実証史学者には世の中を変える力はないと断言する。しかし評者は「実証史学」こそ世の中を変えていく力があると考えている「巧妙化した「バレない森友問題」が起き」たとしても、その虚飾を打ち破れるのは実証史学しかないではないか。與那覇氏には挑み掛かることすらできないのではないだろうか。このような「実証的歴史学」に対する批判を元「歴史学者」と自任する方が公言しているところに歴史学・歴史教育の置かれた困難な状況がある。(以上、向野「百田尚樹著『日本国紀』騒動茫観記」p.23)
「自分の感じたことを『事実』と即断するのは余りにも短絡的、感情的である」というのはまさにその通りである。わずかな出来事を大げさに取り上げて全体を論じる與那覇に、これほどふさわしい批判はない。他にも片腹痛い、勘違い、元「歴史学者」と自任、等々かなり手厳しい批判である。にもかかわらず、與那覇は何の反論も加えていない。これはもう向野の批判に與那覇は反論できない、「ニセモノ」化して無視するしかなかったという事実に他ならない何よりの証拠ではないか。もし、與那覇がこれを見てそんなことはないと思うなら当然、向野の批判に毅然として応答できるだけでなく、今日まで沈黙してきた理由を全部納得ゆくまで説明できるはずである。
他者をTwitterでたかだかブロックすることすら議論から逃げている、引きこもると批判しておきながら、自分は批判に対して逃げ続ける。これこそ與那覇潤という人の本質に他ならない。これが不服ならこれらの批判に対して正面から反論すればいい。あわせてなぜ今日まで批判を「なかったこと」にしてきたかも、「ホンモノ笑」なら当然納得いく説明ができるはずだ。「取り合う価値がない」と言うなら、與那覇に批判されてきた人たち全員が與那覇にそう返せばいいだけのことだ。そう、與那覇はもう詰んでいるのだ。それを気づかずに延々と意味不明な戯言を書き連ねている。與那覇には恥や節度というものがまるでないようだ。
ttps://researchmap.jp/kouno-masahiro
これからも匿名のブログだが與那覇の「味付け」と「店」に対してクレームを入れ続けたい。そうすることもまた一つの使命だろう。與那覇のバカげた議論をバカにし続けることが大事だと與那覇キラーyunishioは述べていたが、その役割をわずかでも担えればと思っている。
断言しよう。今後も與那覇がこのブログに言及することは未来永劫ない。それこそが與那覇が「ホンモノ」(爆笑)である所以である。
以前『教室ツーウェイ』に紹介されていた
その線から辿れるかもしれんね
いちおう全文を載せておく。
以前『教室ツーウェイ』に紹介されていた次のネタが授業びらきには最適である。
□
太郎君は
「ふうん。うちの人が言ったことをノートに書いてくればいいんだな。」
と思って家に帰りました。
太郎くんは、こたつにもぐってテレビを見ながらはなくそをほじっていました。
すると、通りがかったお母さんが、
「あら、あんた何してんの。やめなさい。きたないわねえ!」
と言ったので、太郎君はノートに「あら、あんた何してんの。やめなさい。きたないわねえ。」と書きました。
おこられて気分が悪いのでおねえさんに、
「何よんでるの?」
と聞きました。
おねえさんは、
「うるさいわねえ。雑誌をよんでるのよ。あっちへ行きなさい。」
と言いました。
太郎君は「うるさいわねえ。雑誌をよんでるのよ。あっちへ行きなさい。」とまたノートに書きました。
またまた気分が悪いので部屋を出ました。すると、お兄さんが電話で友達と話をしていました。
「よしっ、わかった。バイクで行くぜえ。」
太郎君は、すぐに「よしっ、わかった。バイクで行くぜえ。」とノートに書きました。
先生は、
「次、太郎君。」
と言いながら、やさしく太郎君のかたに手をおきました。
太郎君は大きな声でこう言いました。
「あら、あんた何してんの。やめなさい。きたないわねえ。」
こんなことをノートに書いてきたとは知らない先生は、むっとして、
「こら、何よんでるんだ。」
とおこりました。
太郎君は、気にせず次をよみました。
「うるさいわねえ。雑誌をよんでるのよ。あっちへ行きなさい。」
とおこりました。
太郎君は、得意になって次をよみました。
「よしっ、わかった。バイクで行くぜえ。」
まじめに宿題をやった太郎君は、あとでたっぷり先生におこられました。
□