
はてなキーワード:かまってちゃんとは
好きな作品ができて久しぶりに二次創作を始めたのだが、ジャンルの人がネットリテラシー低くてビビる
低年齢層であれば思春期の子がイキってて可愛いな〜早く大人になれよ!ぐらいで流すのだが、40代ぐらいのオタクがめちゃくちゃネットリテラシー低いのはビビるな。
まずあの人に嫉妬して辛いとかジャンルの人にRTされなくてつらいとか、あの人が嫌だとか、そういうネガティブ発言をすぐバレるブルスカの垢でやる。
本垢とまったく紐づいてないアカウントでやるならまだしも(それでもどうかと思うが)、ハンドルネームがほぼ同じだったり微妙に紐づけてるのがタチ悪い。かまってちゃんか。鍵もかけてないし。
自分はそんなにまめにSNS検索する方でもないのに見つかるってヤバくないか?そういう人に限って表垢では善人を演じている。怖いよ。バレないと思っていることが……。
ブルスカって人が少ないだけで公共のSNSだし隠れられないからね。そこで他人にバレて困る発言を我慢出来ないのって、人が少ないからって公共の場所で裸で歩いてるようなものだ。
ジャンルには何故か子持ちが多いのだが、子供に個人的な相談をされたことを何でもSNSに書いてしまう。
子どもの立場で考えてほしいのだが、「お母さん、実は……」って勇気を出して相談したことを、その日のうちに母親がSNSに書いてたら子どもがショック受けるだろ。オープンアカウントなんだぞ。思春期以上ならアカウント特定ぐらいできるだろうし、何なら私もたまたまリア友のアカウント知ってしまうことはあるしな……
(※相手がスマホ開いてる時にアカウントを見てしまった、地元の店の背景の写真がおすすめに流れてきたのでプロフ見たら、友達しか知り得ないことを呟いていた等)
40代になってもリテラシーない人はないんだな……と引いてしまった。
本人に悪気がなくてもこの手の人は頻繁に人間関係のトラブルに巻き込まれる。火の粉が降りかからないようビジネスライクな返ししかしないことにしている。
しかしこんなに多いと気軽にジャンル内に友人を作れないというか……なぜこのジャンルはネットリテラシーのない人を惹きつけてしまったのだろうか…。
※愚痴注意。長文注意。私は怒りと虚しさを感じつつ凹んでいるので、追い打ちをかけるのは勘弁してw
以下全部作り話。作り話。作り話也。登場人物・物語は全てフィクション。そうであって欲しかったよ、なんてね。
switchでフレ登録しているリアル友人Aから、ある日突然こんなことを言われた。
※面と向かって言われた人あり、チャット機能付きツール上で文面で言われた人もあり。
A「俺がスプラ3のゲーム配信をやっているのは知っていると思う。新規の参加者や常連さんとスプラ3を楽しんでいる。
配信中はリスナーの順番整理などを配信補助人(以下わかりやすいようにモデレーターとする。)が行っていて、
参加の順番を管理している。今までおまえら(私含む友人数人)とは適当に乱入したり乱入されたりでスプラ3を遊んでいたが、
今後ランダムに乱入されるとモデレーターによる参加順番整理に不都合が生じるので、おまえらは今後、突然の乱入禁止な。
配信中他の参加者が居なければ入っても良いけど、必ず配信サイトで俺の配信を見てどんな状況か把握してくれな、絶対だぞ。
参加者多数の場合は必ずモデレーターに参加希望を出して、順番を待つこと。勝手な乱入は禁止!
配信時の説明(注意事項)にも書いてあるが、ルールを守らない奴はブロックすることもあるからな。これだけ言えば理解できるよな?」
……(゜ω゜)? ←言われた直後は本当にこんな顔になっていたと思うw
とりあえず話を整理すると・・・、
②これまでと同様にスプラ3で乱入すると、配信で不都合が生じる → 言いたいことは分かる
③突然の乱入禁止&スプラ3で乱入したければ配信サイトのゲーム配信の確認を必ず行え → 意味がわからない
私のポンコツ頭脳を駆使していろいろと考えた結果、言う相手を間違えてるんじゃないかなと言う結論になった(・ω・)
今回Aが私たちに伝えてきた内容は、ゲーム配信中にフレンド登録したネットの向こう側のフレンドがルール違反したときに
警告として告げるべき内容であって、Aが配信を始める以前から、適当に相互乱入して遊んでいるリアル友人(私たち)に伝える内容ではない。
私たちは、Aのスプラ3配信の視聴者でもなければ、モデレーター(関係者)でもないのだ。Aは何か思い違いをしているとしか思えない。
というか、スプラ3のゲーム配信をするときに、これまでにフレンド登録した人から乱入されたくないなら、
ゲーム配信専用のスプラ3アカウントを作れば良いだけだと思うのだが・・・ゲーム配信上で知り合った人だけしか
フレンド登録しないスプラ3アカウント(ニンテンドーアカウント)を作って使い分ければ良いのである。
なぜAの都合で、私たちがゲームで遊ぶ上での制限(乱入前に配信サイトでAのゲーム配信を確認しなければならないなど)を
Aから強制されなければならないのか。そんなこと、こっちは知らないよ。本当にわけがわからないよ。
スプラ3は乱入されないようにパスワードロックもできるのだから、配信中に乱入して欲しくないなら、
『すまん、配信中はリスナーの順番待ちとかあって乱入をひかえてもらいたいので、パスワードをかけるよ。
乱入しようとしてパスワードがかかっていたら、配信中って事なので、乱入は勘弁してもらえると助かる。』
みたいに言えば良いだけ。自己防衛(制御)できるのに自分を変えず、何故他人をいいように変えようとするのか。
フレンド登録のお気に入りをゲーム配信上でのフレンドだけに付けて、オンラインの通知を『お気に入り登録のフレのみ』に
設定変更してから、ゲーム配信(スプラ3配信)を開始するという方法だってある。ちょっと手間がかかるが、このやり方なら
これまでのフレンド(私たちなど)からの乱入を完全に防げる。※スプラ3上で表示されなくなる。
少し考えれば、人を不愉快にさせた上に不便を強いるなどということも無く、Aの自己努力で解決できるのに、
A以外の人間(今回は私たち)に負担を強いてまで我を押し通そうとするのは本当に何故なのか。
最後に、今回のAの発言はいろいろと問題を含んでいるのだが、本人はそれに気づいていないのだろうな。
こんな内容の文言をいきなり叩きつけられた側が、どのような気分になるのか、そういったことは考えないのか。考えてないから言えるのだろうけど。
自分の(Aの)言うことに他の人間(私たち)が従うのがあたりまえ・・・という話し方になっていることに気づいていないのか。どこでどうして思い上がってしまったのか。
そして、
『長いつきあいのあるリア友のおまえらよりも、配信に来てくれるネットの向こうの顔も知らない奴らの方が大切な存在なんだよ』
と、間接的に、思い切り言い放ってるって事に気づいていないんだろうね。これかなり致命的なんだけどな。
A本人にその意図が有ろうと無かろうと、そういう風にしか受け取られない発言になってしまっているんだけどね。それとも最初からそういう風に思っていたのか。
とりあえず近いうちに、最寄りの友人とこの件について話をしようとなっている。どうしたものかね、と。
【追記】
全くAと接触のない、別のグループの友人や、職場の仲の良い同僚などにも、この愚痴を聞いてもらいつつ、どう思うか聞いてみた。
別グループの友人1「そんなのさっさとフレンド登録全部削除して放置一択。相手にするな。今後関わってもろくな事が無い。いつまでも同じ事繰り返すだけだぞ」
別グループの友人2「私なら、ハイハイって言うこと聞いた振りしておいて、どこまで馬鹿なことやり続けるのか観察し続けるかな。私に実害がない限りは」
別グループの友人3「かまってちゃんのメンヘラはノーサンキューなので黙って切る。無理につきあい継続しても自分が疲弊するだけ」
会社の同僚1「少なからず長いつきあいのリアル友人よりも、顔を合わせることも無いゲーム配信上のつきあいだけの人間に気を払うってことだよね。
まあ、それが本人の選択であるなら、尊重してあげたら良いんじゃないかな。どうぞゲーム配信のリスナーを大事にしてあげてくださいってね」
会社の同僚2「たかだか数百人程度の登録者しか居ない弱小ゲーム配信で、御山の大将になってるだけだろ? まあ、ちやほやされて何か勘違いしてるんだろうな。
それか、視聴者?参加者?の一部から何かあまり良くない入れ知恵でもされたのかもしれないな。Aはいいように利用されてるだけだろ。放置で良いと思うよ」
会社の同僚3「俺はそういう奴とは関わりたくないな。そんな奴と仲良くしてると、周りから、自分までそういう自己中心的な人間って思われて不利益被りそう。
あと、そういう人間と仲良くしていると、強く押せば言いなりになる人間だと思われて、いいように人を扱う人間ばかり自分のところに集まってきそうでやだ」
うん、まあ、そういう反応になるよね。放置するか、完全に切り捨てるかの二択。
なのですが、正直、もはや私は何もしたくない
"特別な日" ではない、なんでもない日常でありたいと願ってる
結婚する時に相手側が「なによりも、付き合った日を一番の記念日にしよう!!」という提案があり、これはとても素敵だと感激し、同意した
だが、子どもが生まれたその年から相手は "お付き合い記念日" を忘れた
当時はお互い20代だった、何年もお付き合いしていたわけではない、付き合ってしばらくしてデキ婚だったというのも理由かもしれない
お互い若く、未熟だったから目の前のことに必死になり精一杯だったのだろうと今は思う
だからこそ、一例を挙げれば、この記念日に子どもを一時的に預けて二人だけで普段は行かないようなお店を予約して行ってみたりした
ちょっと奮発したワインとグラスを買ってみたり、お花をアレンジして買ってみたり
数年続けた
毎年相手の反応は「え、なんで?」「あ、そうか…」「お前!なにか後ろめたいことでもしたのか?」「なに、急に?気味悪いんだけど」「あ、忘れてた…」などの反応が続いた
翌日になって「昨日、記念日だったから手をかけて料理した!」という反応があり、少し気持ちが回復する年もあったが
疲れたのだ
愛とは求めるものではなく与えるものだ、的な言説があるのは知ってるが、残念ながら私はそこまで人間が完成してない
どうして忘れてしまうのか、なぜ忘れないようにする工夫をしないのか、そもそも大切にする日ではないと考えているのか?そういった思考に支配されていった
大切な日にしよう、という約束を想い守り続けてたのは私だけのようだったと
色々あったが、それでも、一方的でも、十数年頑張ってみた
途中で「この日は記念日だよね!なにか欲しいものとかあるかな?」というリマインドやコミュニケーションも取ってきたと自分では思ってる
それでも、10数年は毎年忘れられていた
私のモチベーションというかMP というか、なんかそんなやつは、十数年という月日で減衰していたのだろう
振り返ってみると、最後の方は、とりあえず何か普段じゃないもの買っておけばいいか、という思考になっていたのは否定できない
十数年が経った
子どもが成長した
するとやつは途端に「そういえばお付き合い記念日だよね!どこに連れて行ってくれるの?」などと宣うようになった
お前は、私がここ数年 "お付き合い記念日" に何をしてないことを忘れたのか?とは、言わない
言わないが、ここ数年、私は本当に何もしてない
子どもが親離れしつつある
そんな状況だからだろうか、急に "お付き合い記念日" を復活させようとされても、残念ながら私は応えられない
だが、やつは理解していない
おそらく、こちらのMP がゼロなのも、自分が忘れていたことすらわかってないのだろう
だからだろうか、お付き合い記念日だから、1人1.5万円以上するディナーの店に行きたいと宣った
え…
普通に嫌です
とは言えない
まだ家族の形を維持はした方が良さそうな状況だ
いや、こういうのも含めて、家族の形を維持する限界が近づいてるとは思ってるけど
"お付き合い記念日" 忘れてたならずっと忘れてくれてた方が気持ちが楽だったのに
正しいかはわからないけど、子どもが親離れしたから急にかまってちゃんアピールが始まったように強烈に感じてしまって
うざい
メンヘラだった時、Twitterとかで世界で自分だけ不幸みたいなツイートに共感してたけどメンヘラじゃなくなったら普通にそういうの見てもうざいだけになった。
メンヘラって視野狭窄すぎるって元メンヘラとして思うわ。思考回路もおかしくなるし、マシになるのも時間かかるから、軽くしか関わらない方がいいよ。
大して仲良くもないのに精神科行ってますとか言ったら避けられるの普通に当たり前でしょ。発達障害だけとかならまだいいけど、精神病んでる系は病気で面倒くさい人間になってるのが分かってるからこそ避けるよ。わざわざ言うってことはかまってちゃんタイプとか、辛い気持ちで生きてる自分を慮って欲しいみたいなタイプなのかなとか思っちゃうし。
うっかり他責型とかならいきなり敵認定されたりするし。元々仲良いなら年一くらいでランチとかくらいならいいと思うけど。
※タイトルの藻女は誤字でなく、当事者だけど喪女という表現が嫌いなのでマイルド?に言い表してみました。
いない歴=年齢。
まぁ、30代の時分には焦って婚活したり怪しげなマッサージも本気で検討したりしたけど、40を超えてみると、
「もう、いいか」
と、良くも悪くも諦めがついた。
自分一人と猫を養っていけるなら、それで十分。
女というある意味「見られる性」を卒業して、ここからは自分ファーストで自由に生きようと吹っ切れた矢先。
これまで順調だった生理が急に不順になった。
ストレスで稀に飛ぶこともあったので、それかなと思ったけど、3カ月ぶりに来たと思えば、1カ月以上ダラダラ続く。
凄く嫌だったけど婦人科で診察を受け、最初はピルを処方されたりしてたのだけど、今回は、様子が違った。
1カ月以上、とにかく量が多い。
それを医者に言うと、即内診、子宮体がん検診、その場でMRI予約、、、まぁ、何も出ないでしょうと、たかをくくって昨日結果を聞きにいったら、子宮内膜増殖症とポリープがあるとか。
一応、経過観察もできるらしいけど、放置すると癌になる可能性も出てくるし、不正出血はこのまま続くだろうとのこと。
年齢も44歳。
それに、パートナーの有無にかかわらず、何なら結婚したとしても、子供は絶対欲しくないと思ってた子供嫌いなので即答。
摘出しましょう。
したっけ、そこから話は早く、医者もこちらを向きなおり、手術の前の診察などの予定を聞かれる。
そして、心の準備がいる。
結果、来月に改めて相談となった。
1週間かかるらしい。
そこまで聞いて急に不安になる。
健康だけは自信があったのに、まさかこんな大事が待ち受けてるとは。
看護婦さんに手術の説明や不安を少し聞いてもらったけど、モヤモヤする。
子宮を使うつもりは元々なかったけど、結局、一度も子宮の頑張り(20年以上の生理や排卵)に応えてやれなかったなという思いはちょっとだけ出る。
健気じゃない。
妊娠どころか、妊娠する可能性があるイベントが一ミリもない中、毎月せっせと妊娠した時のために子宮内の準備をしてきたことを考えると、期待に沿えずにごめん、と母親にすら思わなかったことを感じる。
(またいずれ書くけど、母親との関係があって、私は子供が欲しくないので、罪悪感とか感じたことはなかった)
でも同時に、子宮は私の体の一部だけど、それだけが私の人生じゃない、私本人の意志で生きる、という反発もある。
「女は子宮で考える」とかいうグロテスクな男目線のフレーズや、昨今の子宮を持ち上げるような風潮も、多少見聞きしてたから、余計、子宮が自分の全てのような考えには抵抗がある。
でも、腎臓を一個摘出するのと子宮を全摘するのでは、だいぶ、印象が違うよな、と。
私も子宮は女の特権とか、そういう考えが実はあったのか、と愕然としたり。
昨日はしばらくAIに自分の考えを壁打ちさせて、とにかく考えをまとめるのが精いっぱいだった。
結果、子宮が全てではないし、結局残しても、使うつもりは端からなかったのなら、無駄な感傷で癌のリスクを残すのは本意でない。
ただ、子宮でもほかの臓器でも同じく、自分の中に生まれた時からあったものが取り出されることはやっぱり多少の感慨はあることを認める。
例えるなら、多機能なスマホを持ってても、買い替えるまですべての機能を使い切らない、知らないまま終わる昨日もたくさんあるのと同じ、と納得させた。
子宮は目に見えないけど、ずっと私の中で来るべき日に備えて、妊娠の準備をし、今月もダメだったのね、と言わんばかりに血を外に出してきた。
幸い、生理痛やPMSがほぼなかったので、生理がメンドイな、ぐらいにしか思わずに来たけども、最後の最後で痛恨の一撃。
それでも、一緒に生きてきたことには変わらない仲間なので、恨み言を言ってグッバイするのは嫌。
必要以上に惜しむのも違うかな、と思うけど、お疲れ様、ぐらいはちゃんと伝えたい。
出血もまだとまらないけど、これが最後かと思うと、子宮の涙にも思えてくる。
子宮の血、つまり見えないだけで、子宮はボロボロでこんなに長い間血を流し続けている。
それはもう、私が引導を渡して開放する時期なのかもしれない。
むしろ、最後に子宮体がんのリスクを一緒に連れていってくれるのだと思うと、どれだけ健気なのかと。(都合よすぎる考えかな)
子宮を摘出することに関しては最初から理性的には迷いはなかったけど、自分の中で感情的な抵抗があったのは驚きだった。
同じ症状でも、子宮は出来るだけ残したいという人も多いらしい。
産婦人科医のポッドキャストでも、昨今の子宮崇拝の風潮のせいじゃないかと言ってたけど。
※タイトルの藻女は誤字でなく、当事者だけど喪女という表現が嫌いなのでマイルド?に言い表してみました。
いない歴=年齢。
まぁ、30代の時分には焦って婚活したり怪しげなマッサージも本気で検討したりしたけど、40を超えてみると、
「もう、いいか」
と、良くも悪くも諦めがついた。
自分一人と猫を養っていけるなら、それで十分。
女というある意味「見られる性」を卒業して、ここからは自分ファーストで自由に生きようと吹っ切れた矢先。
これまで順調だった生理が急に不順になった。
ストレスで稀に飛ぶこともあったので、それかなと思ったけど、3カ月ぶりに来たと思えば、1カ月以上ダラダラ続く。
凄く嫌だったけど婦人科で診察を受け、最初はピルを処方されたりしてたのだけど、今回は、様子が違った。
1カ月以上、とにかく量が多い。
それを医者に言うと、即内診、子宮体がん検診、その場でMRI予約、、、まぁ、何も出ないでしょうと、たかをくくって昨日結果を聞きにいったら、子宮内膜増殖症とポリープがあるとか。
一応、経過観察もできるらしいけど、放置すると癌になる可能性も出てくるし、不正出血はこのまま続くだろうとのこと。
年齢も44歳。
それに、パートナーの有無にかかわらず、何なら結婚したとしても、子供は絶対欲しくないと思ってた子供嫌いなので即答。
摘出しましょう。
したっけ、そこから話は早く、医者もこちらを向きなおり、手術の前の診察などの予定を聞かれる。
そして、心の準備がいる。
結果、来月に改めて相談となった。
1週間かかるらしい。
そこまで聞いて急に不安になる。
健康だけは自信があったのに、まさかこんな大事が待ち受けてるとは。
看護婦さんに手術の説明や不安を少し聞いてもらったけど、モヤモヤする。
子宮を使うつもりは元々なかったけど、結局、一度も子宮の頑張り(20年以上の生理や排卵)に応えてやれなかったなという思いはちょっとだけ出る。
健気じゃない。
妊娠どころか、妊娠する可能性があるイベントが一ミリもない中、毎月せっせと妊娠した時のために子宮内の準備をしてきたことを考えると、期待に沿えずにごめん、と母親にすら思わなかったことを感じる。
(またいずれ書くけど、母親との関係があって、私は子供が欲しくないので、罪悪感とか感じたことはなかった)
でも同時に、子宮は私の体の一部だけど、それだけが私の人生じゃない、私本人の意志で生きる、という反発もある。
「女は子宮で考える」とかいうグロテスクな男目線のフレーズや、昨今の子宮を持ち上げるような風潮も、多少見聞きしてたから、余計、子宮が自分の全てのような考えには抵抗がある。
でも、腎臓を一個摘出するのと子宮を全摘するのでは、だいぶ、印象が違うよな、と。
私も子宮は女の特権とか、そういう考えが実はあったのか、と愕然としたり。
昨日はしばらくAIに自分の考えを壁打ちさせて、とにかく考えをまとめるのが精いっぱいだった。
結果、子宮が全てではないし、結局残しても、使うつもりは端からなかったのなら、無駄な感傷で癌のリスクを残すのは本意でない。
ただ、子宮でもほかの臓器でも同じく、自分の中に生まれた時からあったものが取り出されることはやっぱり多少の感慨はあることを認める。
例えるなら、多機能なスマホを持ってても、買い替えるまですべての機能を使い切らない、知らないまま終わる昨日もたくさんあるのと同じ、と納得させた。
子宮は目に見えないけど、ずっと私の中で来るべき日に備えて、妊娠の準備をし、今月もダメだったのね、と言わんばかりに血を外に出してきた。
幸い、生理痛やPMSがほぼなかったので、生理がメンドイな、ぐらいにしか思わずに来たけども、最後の最後で痛恨の一撃。
それでも、一緒に生きてきたことには変わらない仲間なので、恨み言を言ってグッバイするのは嫌。
必要以上に惜しむのも違うかな、と思うけど、お疲れ様、ぐらいはちゃんと伝えたい。
出血もまだとまらないけど、これが最後かと思うと、子宮の涙にも思えてくる。
子宮の血、つまり見えないだけで、子宮はボロボロでこんなに長い間血を流し続けている。
それはもう、私が引導を渡して開放する時期なのかもしれない。
むしろ、最後に子宮体がんのリスクを一緒に連れていってくれるのだと思うと、どれだけ健気なのかと。(都合よすぎる考えかな)
子宮を摘出することに関しては最初から理性的には迷いはなかったけど、自分の中で感情的な抵抗があったのは驚きだった。
同じ症状でも、子宮は出来るだけ残したいという人も多いらしい。
産婦人科医のポッドキャストでも、昨今の子宮崇拝の風潮のせいじゃないかと言ってたけど。