
はてなキーワード:お茶会とは
ある程度のネタバレは知っている。
一応これで各国メイン任務はクリア。間章・ベッドタイムはまだ。
うーん、ま、なかなかよかった。
直前にしてたスメールもよかったんだ。あっちは人の業、企みって部分でドラマがあった。
こっちはフォンテーヌ人やフリーナ、ヌヴィレットの真実を知ってる前提だから、人物の感情の裏側を推し量りながら読むようなドラマだった。ただ最初の導入ストーリーの出来はイマイチかなぁ。
ヌヴィレットはやっぱり、登場するたびに声が高くてがっかりする…。年齢、種族、職務などなど踏まえるとガトーまで行かずとも重厚な声がいいんだけど…。ウェンティの戦闘ボイスとあわせて声で引きたくなくなってる神枠なんだよなぁ。
ただ思っていたよりコミュ力未発達で面白かった。中盤だったか人のなにかがわかった~みたいな発言したけど今更かよ!?ってツッコんだ。カーレスの真意だったかな。何年裁判通して人々を見てきたのかと。その中でカーレスみたいな他者のために罪をかぶるなり死ぬために決闘を選ぶみたいな人っていそうだけどね。現実なら嘱託殺人とか老老介護とか、それこそカーレスみたいに持病よりさっくりと、または持病を隠すために決闘で死にたい、なんて劇的なフォンテーヌではありそうだもんぬ。
実際、何年ヌヴィレットが公に出ていたのかは終盤まで謎なんですよね。マレショーセ・ファントムの子は数百年見守ってきたって公言しているけれど。名を変え姿を変えかはわからなかった。
その終盤では500年ぐらいと判明。お前さん500年裁判してきてカーレスみたいな事案無かったしその対人能力なんか…萌えポイントよな…。
その終盤でフリーナは神の力で不死ってことになっていたけど、ヌヴィレットは対外的にどうしてたんかね。不死=神or神の呪い、あるいは長命種という表現も出てきたけど、そこらへんよくわからないか忘れている。ばあちゃんもノータッチだったし。
でもヌヴィレットがヌヴィレットのまま500年最高審判官をし続けていたのなら、なんかその、水神の不在ってもはやどうでもいいのよな。事実500年不在で回ってきたのだし。偶像としてのフリーナは居たけどたいそう平和な国じゃった。のでは。世界任務してないけど。科学院や水仙が残ってるけど。
実質上の治世者、それもフォカロルスの目論みってことでしょうか。
ただヌヴィレットが不完全ながら陰から龍の元素力でなんやかんやしてたのかな、という事前予想もおそらく外れてたし。
結果だけみればストーリー終結でヌヴィレットがパワーアップ(元に戻る)しただけで治世はよりよくなったような。
いや、うーん、子供がわりと捨てられてるっぽい世界なのだが…。
スカークの神の呪いの気配?発言は神の心を持っていたからだし?(あの場面でヌヴィレットが神の心を手にする暇も理由もあったっけ?)フォカロルスが最高審判官の席を差配したのは知らなかったみたいだし、エゲリアの死亡時期がわからないけど、負けてエゲリアに人の姿にされ人の間で過ごしていたよりは自主的に人の姿で居続けているってことになるのかねぇ。
炎龍王の直系の第一被創造物、弟のククルカンは龍族形態で燃素使って過去の人物の姿かたちになっていたはずだけど。
あと500年間、論示裁定カーディナルの判決と食い違いがなかったし食い違っても論示裁定カーディナルの判決が優先されるってのはフリーナとは別の精神的疲労、磨耗がありそうよね…。いい意味で鈍い部分があるのもヌヴィレットの味よな。
んーまー大方予想どおり。グラスで笑ってしまったのも想定どおり。ほぼ最初のセリフなのは意表を突かれたけど。初期の人たちは頭からずっともやもやしていたのか…。いやでもあのセリフは前後からグラス確定だよね?
神との関係性は知らなかったので前任がまだいるのか?フォカロルスは動けないのか?などなど考えながら追っていた。
フリーナが居ると裁判が面白くなる、とは言われていたがリネの件のように自分でつっこんでいくとはねぇ。もっと場を盛り上げることに終始する天覧席の人、茶々を入れまくる人って予想だったね。
しかしフォカロルスの仕打ちはやばい。神の目相当の元素力も与えず神を演じ続けてね。フォローもなしよ。で500年はやばい。
しかもフリーナは予言を回避しつつもう一人の僕!による予言の回避を待つ立場なのに、フォカロルスの計画ではフリーナが裁かれるまでは必須の工程だったわけですよ。
これにフォカロルスが下地を整えるとかもなくエゲリア死去から直接フリーナが就任だし、そういえばフリーナってヌヴィレットの正体は知ってたんだっけ…?神の代行になりそうな、頼れそうな有力者のことも知らなかったわけだ。少なくとも真実を話し悩みを共有できる間柄ではなかった、と。500年の同僚なのに。
そう考えると原始胎海の水に突っ込むのは追い詰められ逃避的な自殺ともとれるけれど、直後の過去回想見るにかなりがんばってるしで、神を演じ続けていた、と見るべきでしょうね。でも内心、少しばかり開放されないがっかりさはあったかも。
だからどうあがいても旅人に内心を打ち明ける可能性はなかったね。500年間、進んでいるはずの計画や自身の行動の評価を貰えなかったフリーナが逸脱して長年の努力がご破算になる可能性を考えたら。
みなさんはどうですか。仕事の評価をもらえず働き続けるのは平気ですか。通知表、テストの点数、模擬試験の合格判定をもらえず勉強し続けるのは。病みませんか。神の眼差しすら届かない中で…。
描写とは逆にフリーナのメンタルは強すぎてやばい。この境地で500年続けられてきたメンタルでテイワットがやばい。一方的な不死の呪いもカーンルイア級ですしね…。
あとよく言われるフリーナ裁判のフォンテーヌ人の態度はいたし方なしってところでしたね。これもたまに言われるあそこでエスコフィエが居たらってのもあそこまでの傍観っぷりならどうなっても少なくない糾弾はやむなしなのでは。
フリーナの二面性は最終盤まで出てこず、物語としてはフリ虐を楽しむしかありませんでしたね。
フォンテーヌいち服装が好きな人。舵がなければなおいいんだけどなぁ。
んー。よかったですね。おもったよりヤクザじゃなかったとか、法廷で菓子を自作する人だったとか。知らない面もみれてよかったですね。
うん、その、特にブレもなく言うことがない。です。
月結晶しだいでは引きたいけど、熟知なんだろうなぁ。
お供の二人も好きだった。混ざりきってないから復活エンドあると睨んでいたらなかった…カード化もされてたはずなのに…。
映画パークイベントに出てなかったからうすうす嫌な予感はあったけど…。
あ、やばい。最後の最後でフォンテーヌ好感度一位を掻っ攫った人。
カーレス以前にナヴィアと誼があったみたいだけどはっきりと明言はされませんでしたね。幼少のころから面識はあったぽくて。まあでもないと決闘時にカーレスが後見を頼むのも変になるので。ただかなり後ろまでその関係が見えてこないので最初はなんで…?ってなるポイントすね。フォンテーヌのシステムとクロリンデの職業からカーレスの死因だってことだけで決別するのは多少、素直に受け入れにくいので何がしかあったはずの別離のシーン見たいなーと思ってた。
メロピデ要塞の封鎖に雷元素で何すんの…?とか(これは全体的に)ラウマとかマーヴィカ爆発とかの胸強調が好きではないので好感度は並程度でしたが、エピローグでわだかまりが解けたナヴィアとの会話がよかった。
フィナーレのイベント会話後の再度話しかけ。かなりしゃべりがベタベタになってる。
しかも返答が「うん」なんすよ。「ああ」とか「はい」とか「そうだ」じゃなくてうん。2回も言う!かなり砕けたしゃべりかたで!返事はうんで!それでいてその対象のナヴィアのことは「あなた」呼びなんですよね。こんなん情緒が狂う!
ようやく?フォンテーヌのプレイアブルカップルが誕生しました…。メロピデの研究員二人もベタでいいけどね。
あと今期のシアターお試しでお世話になりました。ギリギリカニの角壊せました。
公爵は名誉市民の称号で、管理者としてメロピデに来たから罪人ではない、ということだけどその辺もやはりメインストーリーでは触れられず。治外法権の追放地の管理人に名誉市民がなるルートが謎。
彼も召使並みに圧があるキャラでよかった。彼の場合は会話と交渉でかっちり切り替えてる感じがよかったですね。
…彼女が、というかメリュジーヌを人に寄せた日和具合がメタ的に嫌い…。
人の感情をとても勉強しているわりに食の感性すら理解しきれてないし、人の皮をかぶった化け物だよ。嘘です言い過ぎ。
あとなんだろう。メロピデ要塞の数少ない非追放者なのに、リオセスリと一緒にいても言葉のはしばしから心の関心はヌヴィレットに向いてるんだろうなぁって感じてしまって、こう、ね。一般メリュジーヌはそこまででもないんだけど、ストーリーのメロピデ要塞の問題=ヌヴィレットにも及ぶ問題だからでしょうか。
実はたぶんシムランカ以外ではじめましてなのですが、わりと話がわかる子で好感が持てますね。
両親はドーンマンポートに居るという話もわりとタイムリーですしな、立本!
キャラは持っているのでさっさと任務終わらせて、魔導イベントも終わらせないといけないのですけれど…。
運命は決まっていてどう運命を騙くらかすっていうのがかなり根本的な話で毎度モヤモヤするんですよねぇ。
さっさと天井ぶち壊して欲しいんですけど。
だれだおまえ
ナド・クライから遡るとスカークより輪をかけてなんか暗いしゃべりでしたね。おばば代理だから?イネスさん並のあなたはどこへいっていたのか。
ほんとうにニコさんか?
孤児たちらしいからもっと居ると思ってたら知ってるプレイアブル3人しかでんかった…。
リネはともかくリネットはフルパワーみせきれてない感がありました。フレミネは言うまでもなく。
マジックショーから始まったらどうしてもフレミネは場違い感があるよね。潜水士らしさがシナリオで薄かったのも一因。
リネが結構裏表がないキャラで、好印象のような、プレイアブルだから結局こんな感じに収まるんだろなと予定調和のような。
彼はスタッフの悪事とファデュイ関係者ということの暴露、メロピデ要塞収監歴という経歴を背負いながら今後もマジシャンとしてやっていけるのでしょうか。
あとリネットは実はリネットされていたと思います。ウスイホンガデルヨ。
いいですよねお父様…。
稲妻からナタに入った自分には「隊長」がすごい異例の執行官に見えてたけど、「召使」のほうがよっぽど国を救うということで協力的じゃないっすか。
ただ彼女が故郷フォンテーヌにそれほど強い思い入れがある理由は明かされませんでした。
そして彼女はカーンルイアの赤月の王朝の末裔なので、フォンテーヌ人でもなかったわけですよね。そこも(本人が知っているか別として)異民族を救う「隊長」と同じですねー。
わりと本気でお茶会したり家族の心配や家族の家族は家族だ扱いしたりで部下の受けもよさそう。そこも実は「隊長」の部下と争えるのでは?
水神暗殺も自分でいくし、たぶんドゥボールのケーキも自分で買ってる。きっと。限定16個争奪している。
内心はかなり内にやさしいキャラだけど演技には圧があって大好き。
ただしネコミミはなぁ。公式がなぁ。うーん、でも水風船…投げるか、投げるかな?…投げるなぁ。圧は消さないのでOKです。
いやぁ本当に休暇に来ただけだったわ…。
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続く
私が、懺悔したい人は二人居る。
ここからの8年間で、その二人に私は、最低な事をした。
話は、少し前後するが・・・、4年生当時の私はある習い事をしていた。
今となっては何の役にも立たない・・・Y○M○A○とかな習い事。
今では楽譜の読み方すら覚えていない。
年に一度、その習い事で発表会があった。
大体2月頃に、その為に遠出しなければならない上に日曜日が一日潰れる、かったるい・・・。
同じ習い事に、私と同じ小学校で・・・3年下の子が通っていた(以下、この子をZとする)。
Zの家の隣の家には・・・私と同じ学年の女子が住んでいてた(以下、この子をFとする)。
そういうご近所さんのよしみで、Fが、4年生の時の発表会を見に来ていた。
Fとは、幼稚園が一緒だったが小学校では同じクラスになった事は一度も無かった。
だが、幼稚園が一緒だったと言うことは、当然小学校では同じクラスになった事は無くとも、私に関する予備知識はある。
何故か、発表会の帰りに・・・それぞれの母親達の話なりゆきから、Fの家に立ち寄る事になった。
立ち寄る事に決まった時、一瞬、Fが凄く嫌そうな顔をしたのを覚えている。
Fの家に立ち寄り、主婦達のお茶会を始める母親三名、こたつに入ってぐったりする私。
こたつに入り、ボーッとテレビを見る、Z。
Fの家な訳で・・・Fの母親が、Fと何か話し・・・、
「うん・・・解った」と言ってこっちへ来る。
こたつのある所が居間なら、居間の横に座敷部屋が一つあるっぽい。
座敷部屋の襖を開け、何を思ったかこっちを振り向くF。
リビングでお茶会をしている母親達に聞こえない様に、こたつに入ってぐったりしてた私に向かって。
Fは、「着替えるけど・・・覗かないでよ」そう言って座敷部屋に入り襖を閉めた。
覗きなんてそれ以前の人生でもそれ以後の人生でも一度もした事は無い。
だが、幼稚園の頃からずっと女の子追いかけ回していれば、そりゃ噂には色々とオプションが付くもので、
どうやら、他のクラスでは私=女子の着替えを覗いたりする変態、と言う認識が4年生の時点で為されていたらしい。
実は、「覗かないでよ」と言う一言にときめいてしまったのは今でも内緒、いや・・・今では言えるわけがない。
その一言が、Fを可愛いと思ったきっかけだった。
5年生になって・・・Fと同じクラスになった。
幼稚園の頃同じ組だった事はあったが、小学校ではFと同じクラスになるのは初めてだった。
5年生になって、私に追いかけ回される標的になったのは・・・言うまでもなく、Fだった。
「覗かないでよ」の一言を発した時のFの表情がキュンと来た・・・それだけの理由だった。
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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」
あるお店の中の一角で「ほっと一息つきたい人やおしゃべりしたい人はどなたでも来てくださいね」といった趣旨の心地いい場が開かれてた。
お店の人が気さくでいい感じの中年女性なのでその人とおしゃべりしたい(特に女性の)参加者が年齢問わずけっこういた。
しかしいつからかそこに40代と60代の弱者男性2人が常連になってしまった。
彼らはソーシャルとコミュニケーションのスキルがあまりにも低く見た目もみすぼらしい格好だった。
というかその話をとにかくしたくてたまらないようだった。
みんなで話してる内容と全然関係ない自分の話をぶっこんでくる。
みんなで話してる話について何か言うかと思ったら「俺はそういうのあんま好きじゃないんだよね」とか言ってしまう。
そのせいで徐々に参加者が減りついには店主とその2人だけになってしまったらしい。
ハッキリとした理由は出さずに店主さんは諸事情がありと会をやめられた。
その後わたしも誘われる形で別の場所でお茶会が開催されるようになったが彼らの姿はない。
う~~~~~~ん、57点。
昨今では珍しい大オチ一発ネタ映画であり、その一発ネタのための論理が爆裂しているのでそこが納得できない人には何このクソ映画ってなりそうな作品ではある。俺も、いやそうはならんやろ……ならんよな?とはなったんだけど、大オチの潔さで爆笑してしまったのでそれなりの得点をつけてしまった。
なんか大人がヨツンヴァインになってキモくなっちゃう奇病を調べている男子高校生と、大事故で偉いことになった玉木宏家の女子高生の二軸で話が進む。
玉木家では事故の結果、母は昏睡状態に、妹はスケキヨに、父は足に障害を抱えている。しかしある日、昏睡状態だった母が復帰するも何か違和感が。
ここから書くことは、ちょっと何言ってるかわからないと思うんだけど落ち着いて聞いてほしい。
玉木宏は「鈴と指で∞を描くことでできる退行催眠療法を利用して被験者を生まれる前まで退行させることで魂を不安定にして別の生物とその魂を入れ替えることができるようになっており、それを使って児童虐待をしている大人の魂をウサギさんと入れ替えており、また事故で失った家族の魂も別人と入れ替えてシン・家族を形成していた」のだった。
何を言っているのかわからねーと思うが。おれも何を受けたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……
いや~~~~、さすがにそうはならんやろ。
この設定がもう頭おかしすぎてここだけで-50点くらいつけていい気もする。
まず不気味な雰囲気の形成。これはめっちゃ頑張ってた。冒頭でヨツンヴァインになった大人たち a.k.a人間ウサギの様子が映し出されるんだけどこれがめっちゃキモくていい。導入はオッケーという感じ。あと、退行催眠にかかってる人は睡眠中にたぶん脳内でいろんな情報を処理してるんだろうけど、目が∞にギョロギョロ動いててめっちゃキモくてよかった。
あと玉木家のなんか絶妙に幸せそうだけどそう見えない不穏な感じもよい。まぁ妹がスケキヨだしな。あとイカレた設定も生きてて、こういう家族入れ替わり系って「知ってるはずのことを知らない」ことでボロが出るんだけど、今作では魂を入れ替えてるので「知ってるはずのことを知ってる」ことで疑うべきかどうすべきかの葛藤も生きてるし、ミスリードにもなってる。ミスリードの結果があのイカレ設定なの許せねぇよ……ってなる人もいるだろうけどさ。
脚本に関しては大オチ一発に持っていくための時間稼ぎ感すらある雑っぷりでかなりひどい。
玉木が何らかの催眠を使っているのではと疑って乗り込む男子高校生があっさり催眠にかかってしまう展開もバカすぎてどうかと思う。
本来の妹は事故の後遺症で死んでたんだけど女子高生がそれを知らないのはよくわからない。事故のことネットで調べたら普通に出てくることだからなぁ。ふつう調べるよね?毎回毎回、玉木宏が記憶消してたってわけでもないだろうし。
玉木は別の女に昏睡状態の嫁の魂を移すんだけど、昏睡状態の嫁からどうやって魂取り出したんだよとか。その後、玉木は元々の昏睡してる嫁を殺害するんだけど家族を愛するがゆえにこんなイカレた犯行に及んだ玉木がもう魂は違うとはいえ愛する妻を殺すかって思うし、妻をあんな殺し方したら警察沙汰になるだろうけど特にそんなこともなく。
大オチの前ももう後は大オチだけだからし~らないwwwと放り投げてしまう。具体的には玉木はウサギに変えた男子高校生を心配した祖母に後ろから鈍器で殴られるも反撃し逆に撲殺(!?)、しかし真実を知ったスケキヨに刺殺され、ウサギに魂を移された大人たちはウサギのまま家に帰るのでした。いや、何も解決しとらん!
しかしその後に大オチがきて何もかもどうでもよくなってしまう。
生き残ったシン・家族の3人は無駄に優雅な午後のお茶会を開いている。傍らには母が生んだ赤ちゃん。
キャッキャする赤ちゃんは指で宙に∞を描く。
画面が暗転し
こ の 子 は 邪 悪
ドゥーン(効果音)
爆笑。
死ぬ前に玉木は自分に退行催眠をかけ嫁のお腹の中の赤ちゃんに魂を移していたのだった。
なんやねんこれ、さすがに笑うわ。
「邪悪な人間を赤ちゃんにうまいこと転生させて最後に『この子は邪悪』って出したらおもろいやろなぁ!」のワンアイデアすぎるだろ!
でもこの情熱、嫌いじゃないしこんだけ笑わせられちゃったら私の負け。認めざるを得ない。
設定、脚本のひどさが受け入れられない人類の方が多いと思うけど、この情熱、やりたいことはこれやねん!が見える作品は嫌いになれない。
7年前、東京。地下かどこかの喫茶店で、デザイナーのHさんと打ち合わせをした。
自分が企画した仮設の公園シリーズのデザイン制作物を依頼する場だった。
まだ若くてバカだった当時の自分は、「A3サイズで世界を変えよう」と笑いながら真剣に言ったのを覚えている。鼻息でストローの袋を吹き飛ばした気がする。
その後に作ったA3のフライヤーは、原稿の渡し方もイメージの共有もめちゃくちゃで、散々迷惑をかけた気しかしない…。でもHさんは最高の納品物をつくってくれた。
それからあちこちでHさんのデザインを目にするたびに(先日も実家近くの本屋で見かけた)、あの狭い喫茶店で口にした言葉を思い出す。
Hさんはあれから、マジでA3サイズで世界を少しずつ変えてってると思う。
「どうして“哲学対話”という名前を使うんですか?難しそうだとか、参加に身構える人もいるかもしれないのに」と尋ねた。
Nさんはいろいろ考えた末に、「なんか…ムカつくんすよね」と言った。
哲学と、対話という言葉の意味を新しく上書きするために、あえてこの名前を使うんだって話してくれた。
今の自分は、どうだろう。
「ムカつく」という言葉を聞いて、久しくその感覚を忘れていたかもしれないと気付いた。
どうせ何も変わらないと思って、絶望してたんだと気付く。ぜつぼうって、Zから始まる強い響きの言葉だけど、耳がキンとするほど静かで、うっすら気付きながら置き去りにして、気付けばゆっくり死んでいるような絶望もある。
思い出すと自分も「A3で世界を変えよう」と言ったあの頃、世界に対してムカついてた。
少し前、自分は臨時職員だった。アートと教育に関わる仕事。給料は月13万円。
でも求められる仕事の内容は変わらない。自分が足りないから倍以上頑張るしかないんだ。
「アーティストやクリエイターとつながっておくのが大事だ」と教わりつつも、飲み会に行くのが怖かった。行ってもバカにされるだけ、雑にいじられて否定されて、3000円払っていやな思いをするだけだと思ったから。
それでも「今日は違うかもしれない、大丈夫かもしれない」と信じてみる。
先にコンビニでおにぎりとホットスナックと缶ビールを胃に詰め込み、遅れて飲み会に顔を出す。結果「やっぱりカタパンはダメだな〜」と何かのきっかけでバカにされ、ヘラヘラしながら5000円払わされ、真っ暗な帰り道で涙がつっとこぼれそうになる。今思えばもっと自己開示すべきだったのかなって思う。でもあの時の自分は、自分を守るのに必死だった。
同じ部署の臨時職員同士で競わせられ、蹴落とし合う日々。毎日どんどん嫌な自分になる。
それは素晴らしいことで、自分は今日も帰れない。自分は常に欠けていて、仕事ができないからしょうがないんだ。自分も子どもを育ててみたいという気持ちをこんな手取りじゃ絶対無理だとグッと押し殺し、上司に嫌な感情を向けてしまう心に嫌気がさす。
「カタパンの説明は下手すぎる」「カタパンは才能がない」「カタパンは惜しいんだよな」「タレ(当時付き合っていた彼女)と結婚してさっさと仕事やめたら?」「カタパンのタレはメンヘラだよな」「それ俺が考えたことにして。そっちのほうが絶対うまくいくから」「カタパンが考えることは全て、もうすでに俺が考え終わったことだよ」「カタパンは、ソーシャル・ネットワーク(映画)の、ザッカーバーグじゃない方なんだよ。自分が考えたことも上司がうまいところを持っていく。そういうのってこの業界じゃ当たり前だから。」「カタパンはエモいからな〜」「カタパンは伸びしろがない」「泣くのはプロじゃないよ」「カタパンもう◯歳でしょ?いい加減大人になってほしいよね」
大学1年生のころ、そのアートセンターでやっていたノイズミュージックのライブを初めて聞いて衝撃を受けた。
退屈してて何もないと思っていた、都市ってつけるのがおこがましいくらいの地方都市で、爆音の圧に内臓が揺れる。初めて音に殺されるって思った。
こんなこと公共施設がやっていいんだ。そのアートセンターで働くことに憧れた。
そこには市民の有償ボランティア制度、サポートスタッフがあった。入りたいと思った。
でも1年生でサポートスタッフになっても、きっと自分は他の人に埋もれてしまうと思い、いろんなアルバイトを経験した。
3年生になって、ようやく少し自信を持って、サポートスタッフに登録する。
“カタパン”は、サポートスタッフを始めた初日、教育普及の職員に付けられたあだ名。
理由は、肩パンしても大丈夫そうなキャラだから。嫌なあだ名だったけど、あだ名を付けてもらえたことに喜んで、自分は否定しなかった。
ようやく入った憧れの施設では、地元の人やサポートスタッフを蛮人と呼んでる人もいた。
もちろん冗談で。冗談なんだから否定するのは粋じゃない。自分は一緒に笑った。
自分も笑われているのに。
どんなに嫌なことがあってもそのアートセンターに憧れたあの時の気持ちは捨てられないし、どこかで全員尊敬できたし、すごく優しい人もいる。
周りの誰も憎めずに、自分を責め続けた。心配してくれた人の言葉を、自分は大丈夫ですよとヘラヘラ聞き流した。
周りを変えることよりも自分を責めることの方が楽で、でもずるくて、いざ失敗したら周りのせいにしてた自分もいる。この文章だってそうかもしれない。
自分は自分のそういうところがめっちゃ嫌い。だからこの文章をここに書き残しておく。
ダサいことも、痛いことも、全部置いておく。
今は常勤職員になってしばらく経ち、生活も少し安定するようになった。チームが変わり、すごくいい仲間に恵まれて、痛みを感じることを言われることも少なくなった。安心できる場所をつくることが出来た。年下の後輩も入ってきて、それまでリーダーをやってくれてた同僚が抜けることになった。
常勤職員から、副専門職員になる試験を受けたら、普通に面接で落ちた。
付き合いの長い上司から、あなたに専門性はないですって諦められたみたいで悲しかった。
たしかに自分はまたヘラヘラして、自分の言いたいことを伝えられなかった。
伝えることを諦めてしまった。そんな自分が悔しくて、その夜電気を全部消して泣いた。
今の自分は、どうだろう。
昨日『104歳、哲代さんのひとり暮らし』という映画の感想を語り合う場所を開いた。これは一昨年の暮れから、だいたい毎月4回くらいやっている。休憩がてら立ち寄った人たちとお茶やジュース(ミルクティーが人気)を飲みながら、映画の印象に残った場面を話すうちに、みんなそれぞれ自分の過去をぽつりぽつりと思い出して語り始めたりする。昨日も15人くらい来てくれた。
コロナ禍の入院で、本当は会いたかった人を病院の窓から見送った話。
離れて暮らす娘の早産を電話で励ますことしかできず、悔しかった話。
祖母が隔離病棟で亡くなる直前、看護師がつないでくれたLINEビデオで声をかけたけど、触れられなかった話。
「哲代さんは明るくてすごい。私は後悔ばかりだ」と84歳の参加者が漏らすと、別の人が「いまからでもイメチェンできる!84歳、あと20年ある!」と励まして笑い合う。
飲み物を継ぎに別のグループへ。「職員さんですか?」と聞かれたので簡単に自己紹介し、「楽しく働いています」と答えると、一人の女性が「…仕事はつらいですよ。人生はつらいですよ。」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
彼女は三人の子どもを育てるために、大好きだった介護の仕事を諦めたそうだ。
「介護の仕事は給料が低くて、今はレジ打ちなんかをしています。でも、本当は働きたい」そう言うと、彼女の目から涙があふれた。
彼女にとっての“働く”は介護であり、レジ打ちはやらなきゃ立ち行かなくなる”仕事”。
彼女は泣きながら、どんな場面を、人を、思い出していたんだろう。
そのタオルがすごく大きくて「いっぱい泣けるね」とふざけて笑い合う。
尊敬する館長がしばらく前に亡くなった。
自分は、館長の本棚にあった「公共の役割とはなにか」という本をもらった。
館長から出された宿題みたいに、その問いのことをずっと考えている。
まだ宿題の途中だけど、今館長に聞かれたら、
公共文化施設とは、みんなで人間らしさを取り戻す場所って答えたいと思う。
人生は一人で抱えるには重すぎる。いつか自分の足で立つためには、みんなで少しずつ荷を下ろし、身軽になる必要もある。何かを得るだけでなく、重くなった気持ちも置いていける場所。そういう場所が、自分はあってほしい。
それは捨てていくんじゃなくて、きっと誰かが聞いている。
誰かが誰かを覚えていると信じられるから、新しい自分になっても安心して息が吸える。
小学生がうちの施設に社会見学に来たら「メディア・テクノロジーは人にものごとを伝えるワザ。コンピューターやインターネット、映像、照明、音響とかいろんなものがある。そう聞くと、電源が必要とか、新しくてシュッとしてるとか、固くて冷たいものを想像するかもしれないけど、いまみんなに話しているこの言葉だってメディア・テクノロジーのひとつ。僕らはつい最新のテクノロジーに注目しがちだけど、僕らが生まれるずっと前は、この”言葉”だって最新のテクノロジーで、思ってることを人に伝えられるのやべ〜!ってなってたはず。もし言葉が喋れなかったとしても指差しをしたり、狼煙を上げてここにマンモスがいるぞー!って伝えてた。でも当たり前に使えていると思ってるものも、使い方を間違えると怪我したりする。
このアートセンターでは、メディア・テクノロジーを改めて広く捉え直して、ありたい未来や可能性(こんな使い方出来たんだとか、こんなふうに伝えられるんだとか、こうなるとヤバそうとか)をみんなで考えて、みんなでつくっていくために、全員まだ答えを持ってない新しいアート作品をつくったり、紹介したり、それをみんなで見る場、話す場を開いてる」って伝えてる。ともにつくり、ともに学ぶ場なんだって。
例えば映画の上映に合わせておこなうお茶会みたいなイベントは、小さな場所の小さな営みで、”オリジナル”みたいに威張れることはしていない。たまたま映画を見に来た鑑賞者同士が、なんとなく休憩しに立ち寄って、お互いの話を聞きあえる場を開いているだけ。でも、そこに来る一人ひとりは、とても大きな人生を背負っている。
昨日立ち寄ってくれた年配の2人組。
少し背の低い女性が「耳がほとんど聞こえなくなった主人が、この映画は見たいって言ったんです。だから字幕がなくても今日は来ました」と穏やかな声で教えてくれた。
これを見たいと思うことと、一緒に見る人がいるのめっちゃいいですねと伝える。そしたら突然その人がパートナーの耳元に向かって、自分がさっき言ったことを大きな声で復唱してくれる。(この人、こんな大きな声が出るのか)と内心びっくりする。
男性は嬉しそうに「そうなんですよ」と言って笑った。言葉があってくれて、でっかい声で伝えようとしてくれて、ここに来てくれて、聞いてくれて、ほんとによかった。
その場を見ようともしない人ほど「効率が悪い」とか「KPI」とか「来てない人を納得させないと」とか「ソーシャルインパクトが大事」とか「経営的な戦略が必要」とかって、ティーチ(一方的に教える)よりラーニング(自分で学ぶ)が大事と言う同じ口で、一方的に教えてくれる。
いや、なんかそうなんかもしれんけど、うっせ〜〜〜。
簡単に人をモノのように扱える人ほど評価される世界は絶対間違ってる。
世界を変えるって、トランプみたいに自分勝手に世界を掻き回すことじゃ絶対にない。
世界を変えるって、ひとりひとりが自分の力を思い出して、取り戻すことじゃないんかい。
この前ポッドキャストの収録で話したひるねちゃんは「手元をみよう 手元をみよう」と、祈るみたいに2回言った。
「人の心に反射したその光こそが作品。作品が光ってるって言うより、あなたの心に反射したものが光ってるんだよ。エネルギーを飲み込まないで発散できる自分でいたいな」と言いながら、最後の語尾は震えてた。
心が諦めてしまうと簡単に、ブラックホールとかベンタブラック(99.9%の黒)みたいに、どんな光も吸収してしまう。
収録が終わってしばらく経ったある日ふと、本当に信じてることは信じてるなんて言わないのに、信じたいって思うことほど信じてるって口に出して言うのは不思議だなと思った。
言葉に日光を浴びせるように外気にさらすことで、いつかほんとに信じられるものに変わるかもしれないから、僕らは信じたいことを口に出すのかもしれない。
先週も大学を訪ねたら「アートは自分には縁がないもの」と学生が匿名チャットで教えてくれた。おい、誰がアートをその子に縁がないものにしてしまったんだ。関係ないものなんて、本当はなに一つないはずなのに。おい、誰がそんなふうにしてしまったんだ。
でも自分もアートに関わる仕事をしててそう感じさせたうちの一人でもあるかもしれないからそれはごめん!もう一度やり直したいからチャンスがほしい。そんな悲しいこと言わないでよ、寂しいじゃんって思う。
あームカつくな。ムカつくし、ムカつくという感情を思い出せたのが嬉しいな。
ムカつくの前には悲しいな、とか寂しいな、があるな。ムカつくのにも、悲しいなとか寂しいなを反射させる力が必要なんだな。
自分は小さな空間で、人が変わるまぶしい瞬間を何回も目にしてきた。
たしかに自分の文章はまだまだ分かりづらくて、曇った鏡みたいなものかもしれないけど、本当はもっともーーーーーっとすごい。まじ伝えきれね〜〜〜〜って思う。
それでも自分も、反射できる自分でいたいと思うからこの文章を書き残しておく。
昨日の朝、映画を見る前、教育学部の授業に自分が働くアートセンターの紹介をしに行った。
朝一の貴重な40分をもらって全力でプレゼンしたあと、先生がブラインドトークのワークショップに参加させてくれた。
10人が3チーム、絵を見て言葉で伝えるチームと、その説明を聞いて絵を書くチーム、そのやり取りを観察するチームに分かれる。
5分間で出来上がった絵は、答えに近い人もいれば、まあまあ遠い人もいる。
その後のフィードバックの時間は、こう説明すれば良かった、こう質問すれば良かったなどの意見を交わす。
右から1/3の位置に〇〇があるみたいに数字を入れて伝えるとか、全体の雰囲気やテイスト(イラストなのか写実的なのかなど)を伝えてから具体的な描写を伝えるとか、一番大事なこと(なにを伝えたい絵なのか)に絞って伝えるとか、いろんなアイデアが出た。
どれもすごい大切だって思ったと同時に、自分はなんかもう、最強だな〜〜〜って思った。
最強って、いまめっちゃ強いとか、いまめっちゃ説明が上手とかじゃなくて、変われるってことだと思った。伝えようとしてる人がいて、聞こうとしてる人がいる。もうそれで十分じゃん。言葉が足りなきゃ付け足したら良いし、分かんなかったら聞けば良い、言い直したらいい。
ほんとは完璧なコミュニケーションなんてなくて、伝えたいとか聞きたいとか、それを諦めずに関わろうとし続ける限り、うちらはもっと強くなれる。もしかしてそれを教育と呼ぶのでは?!みたいなことに気づいて驚きながら言った。
みんないい姿勢で、まっすぐ聞いてくれた。おい、まぶしいな。ありがとう。
先生にお礼のメールを送る。あの子達が4年生になるのが楽しみですねって伝えた。ここには書かないけど、嬉しい返信が返ってきた。また会いたいな。学生も先生も全員サポスタに登録して欲しい。
同僚のNさんとサポスタ募集の打ち合わせしたら「うちらがやってることは、誰に見せても恥ずかしくないから本当はターゲットなんてない。ターゲットは全人類、死んでるやつも、これから生まれてくるやつも。ひとまず50億人全員サポスタに登録してもらおう。」って話してて爆笑しながら超グッと来た。絶対そうなった方がいいしやっぱ最高だなこの人って思った。
トランプも、ゼレンスキーも、オバマも、プーチンも、ネタニヤフも、オードリー・タンも、石破茂も、議員会館の地下で迷子になってる秘書も、海を渡ってきた難民も、夜勤明けでレジを打つコンビニ店員も、介護の夜勤でウトウトしてる人も、野良猫を拾ったけどなかなか懐かなくてすこし懐いてくれて安心したら実は腎臓病が進行してて休日は暴れる猫を連れて動物病院に通う新入社員も、推しのVtuberにスパチャしすぎて家計簿が真っ赤な人も、好きな人と一緒になれなくて家で一人で泣いている遠距離恋愛のカップルも、育休取りたくても言い出せない課長も、同性婚を夢見るカップルも、初めてステージに立つ前に鼓動が早くなってるドラァグクイーンも、卒論提出3時間前の大学5年生も、家の外に出る勇気が湧かないひきこもりも、声を出すと噛んじゃう吃音持ちも、白杖を持った視覚障がいランナーも、手話でコントをやる芸人も、補聴器の電池を切らしたおばあちゃんも、手足のないスケボー少年も、車いすで山道を攻める登山家も、PTSDに苦しむ帰還兵も、大学の講義室で聞いてない学生に向けて伝えることを諦めようとしてる教授も、モテることとサボることと遊ぶことと就活で頭がグチャグチャだったあの頃の自分みたいな大学3年生も、収容所で自由を夢見る政治犯も、その看守も、裁判で涙を流す加害者も、被害者も、サウナで “ととのい” を追い求める会社役員も、離島で保育士を探す町長も、推し色ジャージでライブに並ぶ中学生も、バイト代を全部ガチャに突っ込んだのに天井までSSRが来ない高校生も、フィリピンのごみ山でタガログ語ラップを刻む子どもも、アマゾン流域で川と話すシャーマンも、北極で氷が割れる音を聴く魚も、火星着陸の夢を抱く在野の<
ブルボンのお菓子が敵として攻めてきた場合の対処法をいくつか考えてみましょう。
ブルボンのお菓子には「アルフォート」「ルマンド」「プチシリーズ」など、多種多様な種類があります。それぞれの特性を理解して戦略を立てましょう。たとえば、ルマンドは軽くて崩れやすいので、遠距離からの攻撃に弱いと予想できます。一方でアルフォートは頑丈なので、より強力な攻撃が必要かもしれません。
お菓子はやはり「食べられる」ことが最大の弱点です。友達や家族に協力を依頼して「美味しくいただく」ことで、戦力を減少させましょう。彼らが食べられてしまえば、もはや脅威ではありません。
敵がお菓子であるなら、甘さに弱い生物を連れていきましょう。甘いものに目がない昆虫や、甘党の仲間が役立つかもしれません。自動的に食べられる運命をたどらせることで、戦力を削げる可能性があります。
ブルボンのほかのお菓子メーカー(グリコ、ロッテ、明治など)と同盟を組み、相互に抑制しあう戦略を取るのも一案です。敵が他社のお菓子と対抗することで、力を分散させられるかもしれません。
最後に、最も重要な対処法です。攻めてきたブルボンのお菓子たちに「お菓子の美味しさは、皆とシェアするためにある」というメッセージを伝えましょう。話し合いの場を設けて、敵対するのではなく共存する道を探します。最終的には、仲良くお茶会を開き、お菓子の平和を祝うことができるかもしれません。
Colaboでは2月から奥能登の少女や女性たちに衣類や生活用品を届けたり、お茶会などで時間を一緒に過ごしたりしてきました。
明日は珠洲、明後日は輪島で少女や女性たちとのお茶会をし、その後も穴水町や能登町などの学校をまわる予定でいました。
今、私たちは安全な地域にいますが、奥能登では、地盤沈下による冠水、家屋への浸水や土砂崩れ等の被害が広がっているとのこと。亡くなった方もおり、胸が痛みます。
食べ物や衣類をたくさん持ってきているので、現地の方に状況をお聞きして、できることをしようと検討しています。泥かきに必要な物品も揃えました。
報告動画https://youtu.be/jaMi08iEgus
動画では、珠洲市議の浦さんから、現地の状況をお話しいただきました。珠洲では断水が始まっています。
今日は、女性のお茶会をやる予定でしたが、大雨による被害の影響で中止としました。午前中に雨が止んだため、午後、珠洲市の道の駅や仮設住宅等で食事の提供と中高生向けの衣類の提供を行いました。
珠洲では、これまでに繋がっていた女性たちや中高生、そのお母さんたちが、私たちがバスを停めた場所に大変な中で来てくれて、顔を合わせてお話することができました。
https://archive.md/GiZi7/cd449be2c07a2df3fd5ba366a921777f14634a31.png
死者も出た災害が暇空界隈では嫌いな相手を貶めるためにオモシロ画像作ってキャッキャする楽しいネタらしい
neko800の画像を暇空は頻繁にRTして30万フォロワーたちに拡散しているので暇空も賛同しているのだろう
neko800と岩下の新生姜社長は相互フォローでよく互いにリプつけ合ってイチャイチャしているので岩下の新生姜社長も賛同しているのだろう
仏教理解への解像度が違いすぎて高卒が旦那で国公立大学が妻にしか見えない。いくらなんでも”仏教”と一括りにしすぎなのが気になる。なんで宗派への言及が全くないのだろう、旦那のほうが高卒なのではないだろうかという仮説が立つ。だいたい、どこぞの葬式に引きずり出された場合でも、事前に宗派を把握してないと始まらない。というのは、どんな行動で地雷を踏んで要らぬ批判を浴びてしまうか宗派の名前が事前に判明していなければわからないからだ。同様に、妻がハマっているとされる宗派の情報がわからないと、対応の取りようがない。
危険なのか無難な宗派なのか、まずは切り分けて脅威度と負担度合いを推定するべきだ。無料かお茶会程度の額でやってるる坐禅会くらいなら無難だろうし、くっそ朝から朝回やってますみたいな家庭に負担がかかるようなところならしっかり話し合うべきだ。
仏教に何を求めているか、それとなく聞いてみたことはあったのだろうか?仏教に関してどんな本を読んできたか?
老若男女カフェに惹かれるものの期待はずれになるときもままある
客層:最悪
キャバクラ勤務前のババア、どうみても給料低そうなサラリーマン、金なさそうな独居老人、キモオタなどが巣食うカフェ業界のスラム
独特の限界感を醸し出しており泣き叫ぶガキやはしゃぐ女子高生家族連れは見当たらない
コーヒーはドリップ系で値段の割には悪くないものの何故こんなにも客層が最底辺なのか
ババア会議は平日昼間には時折見かけるもののそれほど多くはない
いくら空気を読めないババアといえどもスラムの中でお茶会をやるほどのメンタルはないということか
BGMがないのは個人的に好感するもののゆっくりできるかはまた別。君は西成でゆっくりできるのかね
コーヒーフード:良
上でも書いたが廉価であっても悪くはない、ラテ、モカ、限定メニューなど商品開発に一定の予算が割かれていることがわかる
ドリップコーヒーも苦味抑えめで華やかな香りが鼻をくすぐり、決して悪くはない
フード類も定番のミルクレープを始め値段の割には味も良いし、スイートポテトなどイージーバイト系も充実
客層:中の下
ババア会議、コーヒーいっぱいで何時間も粘って自習する学生であふれている
学生は参考書を広げて入るもののその横でYoutubeの動画が流れておりどう見ても勉強しているようには見えない
サラリーマン、独居老人、キモオタはそれほど見かけず、家族連れはまれにいるもののほとんどいない
年収600万世帯のババアがちょっと背伸びして行くカフェというところか
BGMは薄くかかっているようだがそれをかき消すババアの話し声で難聴になりそう
そういえばここの経営者が一時期テレビに出ていたが最近見かけないな
シアトル系のダークロースト、エスプレッソベースのものが多い。正直値段ほどの美味しさはないと思う
味だけを求めるのであればドトールのテイクアウトのほうがまだまし。スタバをコピーしようとしてコピーしきれなかった悲しさを感じる
フード系も妙にパサついていて値段ほどの価値は感じられない
豆の販売もやっているが割高。ここで買うくらいならアマゾンで適当に見繕った豆のほうがだんぜんコスパがいい
もともと名古屋のローカル喫茶店だったのが急速に全国展開。関東の店舗では休日には入店待ちが発生するほど
客層:下の中
流行り物を経験しておきたい女子高生、ババア、部活帰りの厨房などがごったがえしている
席の間が広いのでそれほど混雑感はないがうるさいことこのうえない
ときおりガキも泣き叫んでおり、これなら選挙カーの前にいてもそう変わらないのではと思わせる
しかも急速に店舗を拡大したせいか店員の練度も最悪であり、席が空いているにも関わらず無駄に待たせられる
コーヒーフード:最悪
うまくない割にめちゃくちゃ高い。コーヒーとシロノワールで1000円超えはやりすぎだろ
シロノワールといっても実際のところはそこらへんのスーパーでも買えるパイ記事のパンに
これまたそこらへんで買えるようなソフトクリームをのせただけ。これで800円取る名古屋人には恐れ入る
コーヒーもコメダブレンドとやらは泥水と呼んで差し支えないほどのまずさ。これで700円取る名古屋(ry
あきたので続きはまたこんど => 書いたのでよろしくanond:20240526155317
何でやろうと思ってTwitterでホームステイ日本人男子で検索してみたら、主に家事やらんのが原因みたい。
最近の男子は変わってきてるだろうけど、バブル期から何十年もかけて信頼損ねちゃったんだろうな。
カナダの家探し女性限定多すぎ!ってついーとが流れ去って行ったんだけど、私が出会った大家さん達、軒並み「日本人の男性は女性と比べて格段に当番の家事をやらない、壊したり汚してもそのままにするから募集しづらい」等々と言っていてフォローできなかったんですよ🥺イギリスでもNZでも言われた🥺
結局シェアの女の子達が当番する羽目になってて申し訳ないから✋とか言ってた人もいたんじゃよ、がんばれ日本男性。
そろそろクソリプ来そうな気がするんでカナダの若者事情書いときます。家庭によると思うんだけど、私の知ってるティーンの子達は大抵実家にいても洗濯も部屋の掃除も自分でやってて、"社会人、実家を出て慣れない家事をやり始めた…"みたいな日本でまあまあ聞く悩みはあんまし聞いたことないです。
そういう風に実子を育てた大家さん達が、自分のことや割り振られた当番あんまやらない(ふうに見える)人に対して「大人なのになぜ??」って思うのはまあしょうがないよなって思う。
アジ専とかジャパ専とかいう変態大家も界隈には出没するので、日本人女性は部屋探しの勝ち組楽勝イエーイ✨✌️という話ではないです。内見には必ず友達を連れていきましょう😔
このついは国籍差別とか性別差別を認めるものでは無いです。外国に住むにあたってマイノリティとなる日本人が陥りやすい落とし穴と、それに気づかず女性ばっかりズルい!という発言に対するものですあしからずゥ
ハイ( ˙0˙)۶ ハイ( ˙0˙)۶ ハイ( ˙0˙)۶ ハイ( ˙0˙)۶
私の知ってる大家さんたちは、実子が巣立ったあとの空き部屋を留学生等に貸してる人らが大半で、年金生活者もいます。そんな人に差別はイカンっつって→
ベースメント水浸しバックレ事件とかトイレ便器ヒビ入れ事件とか女性テナント怒って退去とかのリスクを負えとか言えないんですよね。我こそは掃除達人である!という男性諸氏がいらしたら、ぜひ問い合わせの時にアピールして下さい。きっと聞いてくれると思いますよ‼️
私イギリスもNZもカナダも合わせると合計14年くらい住んでて、結構大家さんと仲良くなるタチで、その大家仲間のお茶会とかにもよくお邪魔してお喋りするの好きなんだよね。仲良くなると色々質問もされるわけ。日本人はみんな自分のお箸持ってくるの?とか🤣
その中で、なんで日本人の男の子はこういうビヘイビアをするのか?どんな文化的背景があるのか?て聞かれるチャンスが結構あるんだよ。私も日本人だから、理解しようとしてくれるわけ。オマエら日本人コノヤローとかいうdisrespectな聞き方された事は一度たりともありません。
日本人男性募集しづらいって大家さんがいるって言っただけで差別じゃあああってなってるのなんなん?アピールしたら大丈夫だよゆうとるやん。
私もホームステイマムをしてる人から、日本人男子はバスルームも酷く汚して掃除しないし、日曜朝早くから牛乳ないから買ってきてと起こすし(日曜はスーパー開くの遅いのに)コミュニケーション全然取らないし、もう2度と入れたくないと聞いた事ある。日本人や男子に限らず勿論人によるんだけどね。
いやまあ、さもありなん。カナダ(か、アメリカか)に留学してた知り合いも、シェルームで日本の男子がやたら女の子にセクハラやシモネタ言うし洗濯物(下着)ニヤニヤ眺めてるしで不評だったフォローするこっちの身にもなれ!って憤慨してたもんなぁ。
これ何回も言ってるけど、アメリカに留学した日本人男性が、いい感じになった女の子の部屋で2人きりになったのでセックスOKだと思ってヤろうとしたら、通報されて帰国の危機になった事がある。領事館の人に、日本人男性はセックスの同意を取る習慣がないので度々起こる事例だと聞いた。
あとは授業中にふざけて女の子に差別的な言葉を使った事が大学で大問題になって退学・帰国騒ぎになったとか。これも日本人男性。
ま〜んとかまんさんとかふざけて面と向かって使われた事あるけど、アメリカだったら退学にできたな。規制がないってそういう事だよね。
なるほど、ここまでツイートが伸びると創作とか言われるのか。このツイートがここまで伸びる前から何度も言ってる話なんだけど。
領事館に派遣されてる日本の警察官からアメリカの治安に関する説明の一環で聞いた話なんだけどなあ。
まあ信じない人は信じないんだろう。
ホームステイで食事の準備も手伝わない、食洗機に皿も入れず掃除洗濯しない→ステイ先母の役と思ってた、BBQで父親達手伝わずビール飲んで態度も✖️だった→市が協力していたプログラムだった故その日本人男子留学生の大学がその市でステイ出来ない🟰出禁にされたのを目の前で見た、一流大学だったが😛
この種の話は本当によく聞きますね。来てすぐの時は言葉も満足ではないので、食事が終わると何もかもそのままで、さっさと自室に引き上げてしまう、と。ホームステイの意味がわかっていないのでは?と、ホストファミリーは思うそうです。
ホームステイしてた時に居たのが日本人男子だったんだけど、マムの料理にめちゃくちゃケチつけてた。。。だからデブなんだって。。作って貰ってて文句言うとかやっぱりアイツはダメだった。料理できないくせに。。
Permalink |記事への反応(22) | 20:53
はい来年6月のフェスも拡大2万スペース今年中に満了見込み!半年前でもう締め切り!
コミケより多いよ!スペース申し込み締め切りの速さも、そろそろコミケ並みだよ!そりゃ印刷所締め切りも早まるわ!!原稿もな!
はやくあげなきゃ死ぬけどまだなにもできてないし12月のフェスの新刊がまだとらで捕捉しきれてない…11月はなんとかなったかな
フェスというのはコミケ・スパコミのオールジャンル性を捨てた流行り二次のみのフェスですよ!
6月と12月がフェスだけど12月だけコミケと連戦になるから俺はおつかれだよ…11月もシティいってたしな…東京うらやましいわ
それにしても2万sp満了はほんとすご。1日開催で2万spはすごすごのすご。搬入搬出だけでも大変な量なんですよ。6月だからいいけど。
投票開催1ジャンル200spとして100ジャンルに分散される計算だけど実際はそんなにジャンルないやろ。
ということは200sp超えジャンル多数あるんやなぁ。なんやアレとアレか。
すげーわ。コミケには一桁なのに200spあったらそりゃ買い手がわんさかくるわ。固定開催がなによりの宣伝だし。
いやすげーなほんとに。うちの地方でもやってくれ(以前は大学の文化祭より閑散だったけど今ならワンチャンありそうじゃん)
フェスてのはなにしろ個人オンリーまとめ代行じゃん、本当に利便を提供してるのでもうね…該当ジャンルにいるならベストチョイス…
個人オンリー、昔はあったけど。コロナでもっと高度なノウハウが必要になって10spでも人気がまじってたらかなり手に負えないもん。
ほんでピクブラのピクスクがアレな感じになったしそりゃもうね~って。
だいたいオンリー主催するのって個人がやるとお金も手間暇も異常にかかるやんけ。
オンラインのピクスクでも背景パクろうとした主催必死で止めたりギクシャク運営してたわ。
それが大手赤ぶーで一人7000円くらいでできちゃう(いや配送料とか交通費、差し入れ代、なにより印刷代をいれたらもっとお金とぶけど)。
こないだ赤ぶーの来ない都道府県で1桁spの個人オンリー+オフ会やってた人をおみかけしたけど
今だと個人で手に負えるのあれくらいの規模だよなぁ
anond:20231214164018 別の人だけど良くまとめてくれてるとおもうけど楽しいとこが抜けてる そう フェスは楽しい
追記 あのアレどこさんとても詳しいので言葉がわからん人はこっちよんだらええですよ https://anodoko.net/blog/?p=6899
向う(劇団)はジェンヌとその親を通して、こっちの好意や熱意を人質に取るんだよね。
会の運営は、そのジェンヌさんそれぞれに違いがあって、親御さんの関係する会社の社員にしてもらって給料も出る、経費もちゃんとしてくれるようなところもあるらしいけど、この方の係った会はかなり待遇悪いほうだと思う。
お金の面は、ちゃんとしてあげないと。お金がなくてロクな食事ができないと体だけではなく精神も壊れて、こうやって代表からスタッフまで全員潰れていく。
会員も、スタッフが無給のボランティアで愛と責任感でやってるということを知らなかったりするので、平気で文句言えるんだと思う。
代表が降りる、スタッフがほぼ全員辞めてしまう、会が維持できなくなって潰れるというのを時に見聞きしてるが、精神的・肉体的・金銭的に追い詰められて破綻するんだろうと思う。
会を立てたいジェンヌの親御さんにこのダイアリーを読ませたい。
会の問題が表面化してないから、しばらくはこの先もこの状況が続くと思う。
そうなると会の代表やスタッフも引き続き需要があるだろうし、引き受けるときに「大好きな○○さんのお役に立てるならがんばります」ではなく、条件交渉もして自分の出来る範囲を明示して引き受けるようになってほしい。
会なんてなくてもジェンヌを続ける事はできるんだから、自分ができる事以上を求められても断れるようになってほしい。
コロナ禍の前に、応援してた生徒さんから会の代表を打診されたけど、即断った。
かなり気軽な頼まれ方をされたのも気にくわなかったし、断り方も乱暴だったのはちょっと失敗だったかな。
気軽に頼んできたのはきっと、大変さの度合いを知らなかったんだと思う。サークルの部長くらいの大変さだと思ってたのかな。
以前別の方の会の会員だったこともあって、会員として見ていただけだけど会の大変さも知ってた。
会立てを打診されたタイミングはその組のトップさんが退団する公演だった。
そうでなくても大変なのに、そのタイミングでほぼ最下級生として会立てしたら激務すぎてスタッフ全員潰れるから、この時期も反対だった。
私が頼まれたのは東会(東京)で、西はやってくださる方がいたので、トップさんの退団公演が終わってから西会だけ立てた。
親御さんが「会を立てるのがこんなに大変だったなんて」と後からこぼしていた。
普通は娘が宝塚に入って初めて親御さんはこの世界のことを知る。
会を立てたら親御さんは裏方にはいるがそれでも大変らしい。表に出る代表やスタッフの大変さをいざ思い知れ。
立てる前は、会立てにかなり積極的というかもっと娘を上に上げたいだから会立てなきゃみたいな焦りがあったみたいで、東西立てなくてはと思い詰めてたみたいだったが、西会を立てた後はおとなしくなった。
会を立てることの有利不利や大変と一言でいえない大変さを知ったのだろう。
結局、東会は立てずにコロナ禍の中、そっと退団して行った。
お茶会もガードも各種イベントもなくなるとわかってたら、負担もだいぶ少なくなったし、だったらできたかもしれないと思ったが、先のことはわからないしね。
私が一番苦痛だったのはガード。あの大変さ。
会員でも大変だったのに、あれを仕切る側はさぞかし大変だったろう。
詳しいことは省くけどコロナでガードがなくなって最高に良かった。