
はてなキーワード:おでんとは
蒸したら美味しい食材を探して旅をしている最中の私がもしかしたら大根がイマイチだった反省を活かして、
大根っておでんでのポテンシャルを知っているわけじゃない私たちは。
その土台があったから、
あれ?蒸してもそうでもなくない?ってあったので、
日頃のションテン低めの全然むしろあんまり嬉しくない食材の方が蒸し上がったときの仕上がりがションテン爆上がりするのでは?という新たな仮説を説くために、
私はもうこうなったらAIの力を借りることにしたの!
私も複合素材いや、
複合食材をなにかションテンが爆上がりする、
そのままの姿だと一切ションテン上がらないのに、
蒸し上がって食べると一気にションテンが上がる、
いわゆる化ける食材。
ここではゼロから100まで一気に加速できる食材を探してもらったの。
しかも複合素材の組合せで新素材を作るのはお手のものでしょ?ってAIに尋ねたの。
そしたら、
でもこれエリンギ、ピーマン、茄子らの食材って単体で生の素である状態だと、
ぜんぜんションテン上がらないじゃない。
もう全くの美味しそうな感じがしないただの脇役的な。
じゃこれ何分で蒸したらいいの?
これも複合素材の組合せで新素材を作るのがお手のもののAIなので、
複雑な組合せの複合食材のそれぞれの蒸し時間が算出される叩き出されるかと思ったらよ!
全部まとめで15分で!
って言うじゃない!?
ちょ、ちょっと全部まとめて15分一緒の時間で蒸すって乱暴じゃない?
そのままフライパンの中に設置できて私が最近お気に入りの絶賛蒸し網の上に乗せるだけっていうの。
適当に15分切らずにそのまま乗せなさい!って信じられる?
でも私は一応は信じてそのままの複合素材の組合せで新素材を作るのが得意なお手のもののAIを一旦は信じてそのままやって実行してみたの!
あ!
さすがにサツマイモの紅はるかは固すぎて別で蒸せとのことだったので、
これは複合素材の組合せで新素材を作るのがお手のもののAIでもサツマイモの他の食材と比べて火の通りが違うってことは計算で出されているみたい。
で、
まずは
エリンギ、ピーマン、茄子を乱暴にそのままフライパンの中に仕掛けられた蒸し網の上に乗せるの。
まあそれはいったん置いといて、
15分経ち蒸し上がりました!
早速実食よ!
パク!
美味い!茄子のスープをそのままかぶりついているみたいな茄子の甘みだけでの上質なスープのような仕上がり!
まるで貝のホタテ柱のようで、
ぷりぷりの歯応えは食べ応え抜群の、
これもエリンギがなぜ蒸したら甘くなるのか分からないけれど絶妙な歯応えでの美味しさ!
そして、
なにこれ!?
ピーマンを囓ると中に閉じ込められてピーマンの美味しいルーシーのスープがピーマンの中にそのまま留まっていて、
さらには
そうAI曰くピーマンの種すらも取らなくてオーケー!というもはやAIはオーバーフローしてそんな適当な答えを私に提示しているのでは?ってふざけないこと言わないで!って当初思っていたけれど、
種の部分の周辺がめちゃ美味しいの!
なにこれ?
超絶美味しいんですけど!
ちょ、ちょっとあまりの野菜のそれらの美味しさに私やっぱりひっくり返っちゃったわ!
もちろんションテンも爆上がり!したのは言うまでもないの。
全てが想像を絶する美味さに、
ただ15分蒸しただけでそうなっちゃうの?って、
思わずほっぺが落ちたほっぺをもう一度はめ直したところよ。
あまりにこれらのエリンギ、ピーマン、茄子3種類の食材で大満足して忘れかけていたけど、
この調子のいいながれで、
こっちはサツマイモで固いからさすがに蒸し時間が30分から40分で蒸せとのAIの叩き出された計算に基づく蒸し時間に設定。
とりあえず30分蒸してから箸で指してみて柔らかかったら食べちゃおうってぐらいな勢い。
はい!30分。
蒸し上がりました。
箸を指してみるとすーっと入っていかにも中まで火が通っている合図かのように滑らかに通っていくの。
でもまあサツマイモでしょ?って私はその実力をまだその時は知らなかったの紅はるかの。
そして実食!
パク!
ななななにこれ!?
当たり前のことを丁寧に言いたいぐらいな生活を送れそうなほど、
あんまーい!
もうこれデザートの域を振り切ってるじゃん!
スイートポテトの美味しいさをはるかに超えると言っても言い過ぎの過言ではないぐらい、
優しい甘さのスイーツが出来上がっちゃったの!
これも、
まるまる1本の姿のまま蒸かしたの。
たったそれだけ。
なんか凄い料理のフルコースを味わったかのような巡る美味しさなのよ。
この4打席連続全部サヨナラ満塁ホームラン!って感じのホームラン!
野菜を蒸し網の上に乗せて蒸しただけというのに。
またこれ私知らない間に丁寧な暮らしの技を繰り出してしまったことを反省するわ。
こんなに野菜が美味しくていいのかしらって?
食べまくっちゃう!
うふふ。
お野菜の食べた翌朝の消化が良すぎて、
お腹が空なのが分かる感じで
またミックスサンドイッチがそれに相まって美味さが身体にしみるのよ!
朝のサンドイッチ美味しい!って
とりあえず忙しい朝なときは
温めて活動開始ね。
野菜が捗りまくるわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
蒸し網の蒸し野菜の話しか最近してないぐらい自分でもどうしちゃったのってぐらいな世の中。
いちいち初めて蒸す食材にションテン全爆上がりしていたら、
私も疲れちゃうわ。
とはいえ、
私の蒸し食材オープンワールドのアールピージーの中でのパーティーの役割では重要な職業でポジションの下仁田葱級に担っている「蒸し士」という謎の職業がパーティーに含まれている感じなぐらい毎日蒸しってところなの。
一房買ってきて、
試しに蒸して食べてみるの。
茎の軸の固いところも薄くスライスして、
それを想像するブロッコリー味のブロッコリー味だと思ったのね。
そしたらよ!
そしたら実食して、
パク!
房の部分シャクシャクしてて美味しくって茹でてぼやけた味のブロッコリーとは大違いな違うなんか緑色の強い濃い味で想像以上なの。
この味に仕上がるのね!って
房で驚きつつ、
次は軸の固いところを薄く切ったものを実食よ!
パク!
え?なにこれ!?
ちょ、ちょ待ってよ!
軸の方がメインの房よりも美味しくね?って。
謎の逆転現象が起こってるの!
今までの常識だとブロッコリーって房ありき房メインで軸は窓から投げ捨ててしまうものだと思っていたけれど、
軸のこのなにこの美味さ!
軸の方が先に完食して無くなっちゃったぐらい!
あまりの軸の方が美味しくって、
房の部分も美味しく蒸し上がっているけれど、
軸の足もとにも及ばないぐらいな感じになっちゃうの!
とはいえ、
房もしっかり美味しいのよ!
それをも遙かに上回る軸の美味しさ!
美味しいかどうか分からない私のチャレンジングスピリッツだけで挑み蒸したブロッコリー、
まさか房の本編より軸の方が美味しいだなんて!
野菜蒸して食べるごとに
そして、
今のところ何回も既に積んできた蒸し打席数!
今回もホームランで全打席ホームランは新記録を更新し続けているという偉業!
蒸し野菜を蒸してきたけどホームラン連続でかっ飛ばしている失敗のなさの
全部全回蒸し美味しい!って逆にどういうこと?って思うの。
まあ、
強いて言うのなら、
ブロッコリーの軸と本編である房の蒸し時間がちと長すぎたかな?ってことぐらいの懸念しかないぐらいなもう1分か2分蒸し仕上げる時間短くてちょうど良かったかも!って思うぐらい。
蒸し時間が長すぎて詰まった当たりだと思ってたけどホームラン!
結局昨日の晩の晩酌のお供は、
ブロッコリーだけで大満足という、
まさか房よりも軸の方が美味しいという大どんでん返しを喰らって感動して泣いてしまうぐらいの
しかも、
素材自体の味がしっかり蒸すことによって濃くなっているようなこともあってか、
直訳すると調味料無くっても蒸したブロッコリーは充分に美味しい!って意味ね。
あまりの手間の簡単さ過ぎてしかも手間に見合った以上の何倍の美味さになるので、
いままでの自炊してきた常識の自炊脳がおかしくなってしまうわ。
もう蒸すだけでよくね?って。
これって自炊のなんか面倒くささ、
何食べようどう切ろうどう煮よう焼こう炊こう味付けようと
蒸すってだけは、
切って蒸し網の中にいれて時間で蒸すだけ。
今までの自炊の苦労がなんだったのかしら?って思うわ。
もちろん自炊して作るビーフストロガノフも美味しく決まったときは嬉しい美味しい楽しい!ってドリームズカムトゥルーさんの歌みたいになっちゃうときもあるけど、
それも相まって簡単手間もないのにホームラン級の美味しさになっちゃう!ってことなのよ。
蒸しているだけなのに。
なんかここ最近の初めて蒸して食べる食材に全編全部感動していたら疲れちゃうわ!ってぐらいなんだけど、
それをも上回る、
そんな美味しいポテンシャル成分が有り余るほどふんだんに含まれていたとわ!
感動しすぎて疲れちゃったわ。
そう思いつつ、
ブロッコリーを食べながら思ってたのよ。
もう嫌だなぁ次を何蒸して食べてみようか?って考えるの。
その美味さに美味疲れを起こしてしまいそう。
身体にはめちゃ良さそうだけど。
おかげで昨日は晩ご飯ブロッコリーだけで大満足という結果に終わったの。
私は出来ちゃったわ!
ウケる!
次何を蒸そうかな?って考えちゃうわー。
ピーマンも意外と蒸し上がって良い味に仕上がる予想しか予想だにできない旨味しかまたこれなさそうなのよ。
他なに蒸す?
蒸し大根でまた大根の美味さのアップデートが走っちゃう更新されちゃうかも知れないという恐怖があるわ。
キノコ類は魚とかと一緒に蒸して魚の全旨味汁のルーシーを全受けして染み旨に仕上がるので
魚とキノコとかの組合せも漏れなくパーフェクトゲームを叩き出すの。
あと私やってみたいのが、
内臓だけ取ってあるまるまるの姿が残っている魚ってあるじゃない。
あれ丸ごと蒸したらどんなことになるの?って
たぶん美味しさのあまりに私がひっくり返っちゃうかも知れない憧れがあるロマン系魚まるごと蒸しってのにも挑戦してみたいわ!
そんなことしたら、
美味しくて誰かに怒られそうよ!
あとパックで売ってる無頭エビとか、
しかも自ら色が赤くなって蒸したて食べ頃を教えてくれるというシステムを持ち合わせているし。
海老も蒸したら大変なことになりそう。
これら、
ただ心配なのが
まあだいたい私が編み出した数学博士の秋山仁先生もビックリするような5分で蒸す5の倍数の定理をもってして蒸せば、
とりあえずだいたい上手に蒸せそうよ。
これ本当に私の蒸しライフにも彩りを与えてくれるのよ。
こんなに毎回蒸しでションテンが上がりまくっていたら蒸し料理なんて疲れて嫌になりそうだけど、
それをも凌駕する超えてくる美味しさには敵わないのよね。
蒸すってことが美味しさパラメーターのチートすぎておかしくなっちゃうわ。
ジャガイモ蒸かしたら超美味しいわよー!って窓開けて大声で叫びたいぐらいよ。
うふふ。
目新しく私の目前の目の前に飛び込んできたそのスモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチは
アトランティックサーモンかトラウトサーモンかノルウェーサーモンかは分からないけれど
赤い色とクリームチーズの白い色のコントラストが鮮やかで引き寄せられてしまって手に取って買って食べてしまったわ。
ちょっとお値段するけれど
サーモンとクリームチーズが美味しくってこれまたリピ決定美味さだわ!って。
今日も頑張れる気がする!
うん!
ルイボスティーのパックもまだまだ夏から引き続きたくさんあんので、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
おでんは美味しい。でも、おでんばかり食べて酒を飲んでいると、何かとても物足りない。
おでんは魚のすり身と野菜と出汁で出来ている。これらの食材は典型的な和食である。だが身体が「それだけでは物足りない!」と必死に要求してくる。そうだ!肉と小麦が足りないのだ!
おでんの〆にはおでんをおかずにしてご飯を食べるという人達がいる。白飯では物足りないからおでん屋では茶飯を出したりする。それで満足できる人は高尚な人達なのだろう。でも、俺は違う。白飯でも茶飯でも〆としては何か物足りない。そうだ!肉と小麦が足りないのだ!
肉成分と小麦を補充できる最高のおでんの〆、それはもうみんな分かっていると思う。そう、ラーメンだ。
そして家で食べられる最高のラーメンはco-op生ラーメン醤油である。
生ラーメンはインスタント袋麺と違い、スープを麺の茹で汁ではなく別に沸かした湯で作るように指示されているが、実はインスタント袋麺と同様に茹で汁でスープを作っても別に害はなく、むしろスープにコクが出て別な美味しさが生まれる。作り方も簡単になる。
なぞなぞです。
あのさ、
美味しい素麺とか美味しいつけ麺とかってたぐる類いのほぼ麺類全般いえるかも。
すぐあっと言う間にツルっと食べちゃってお皿が空っぽになってものすごく食べて美味しいんだけどすぐに食べちゃうから切ない気持ちにならない?
じーっと空になったお皿を見つめながら。
私の最近また通うようになったランチビリヤニの美味しい南インド料理屋さんのお店も、
美味しいからあっと言う間にランチのチキンビリヤニを平らげてしまうの。
そしてじーっと空になったお皿を見つめながら、
ランチのチキンビリヤニ美味しかったな!って噛みしめて食べたけれど同時にあっと言う間に食べちゃったという切ない思いも噛みしめるの。
そんでさ、
運勢というかバイオリズムの波が低空飛行よろしく停滞している愛の不時着のドラマは観たことないけれどそんな時期のシーズンの季節だと思うのね。
しゅんとなっていたの。
ここでシャインポストって言うとゲームのシャインポストももちろんそうだけど、
日常の私のションテンが爆上がりするって意味の輝く光の道しるべってことで。
よーし!
今朝の朝の情報番組での動物占いのコアラが木登り一等賞でラッキーアイテムがしかもそのビリヤニってことも相まって、
私のそのラッキーアイテムでもある幸運のランチチキンビリヤニを食べにいって気持ちとおでんの種で有名な紀文じゃない方の気分を盛り返そう!って
注文して待ちに待ったビリヤニが到着して、
今日はランチのチキンビリヤニ大盛りにしておいたぜ!ってサムズアップをかますじゃない!
さすがにそこは大将!親指が器の中に入ってる!ってのはなかったけれど、
そのサムズアップかまされた嬉しさのあまりに、
うわ!やったー!
メニューには並とか大盛りとか選択のチョイスの設定が無いのにも関わらず
シェフは気まぐれかどうか分からないけど今日は大盛りにしてくれて、
私の落ち込んでいた気持ちに運気ももれなく爆上がり待ったなしのションテンあがりまくりまくりすてぃーなの!
食べても食べても減らない大盛りランチチキンビリヤニはちょっと苦戦したわ。
というか、
お皿の上のバスマティライスをフォークで掘っても掘ってもなくならないビリヤニってなに?
なにこれフードファイト?って。
でも大好きなビリヤニなので
やっとの思いで美味しく平らげての大満足感満点!
またさらに私のビリヤニに対しての食いしん坊魂が出ちゃったわ。
食べても食べてもなくならないものなーんだ!に通ずるなぞなぞが生まれたって瞬間だったワケだったの。
私は満腹でぽんぽこりんと膨らんだお腹をタヌキさんのように満足げにぽんぽんと叩きつつ、
私はシャイだけどここはしっかりと大盛りの美味しいビリヤニに敬意を示し謝意を伝えなければいけないわ!って
手を合わせて合掌してのジェスチャーでシャイながらだけど謝意を伝えたの。
正にこの瞬間!
美味しかったけど。
でも大満足!
きっと私の運気のションテンも爆上がり待ったなしね。
でもさ、
大盛り設定できるなら別料金でもいいので、
大盛り頼めるようにして欲しいのと同時に、
隠れ設定として、
味もちょっと辛くしてもらえるホットスパイシーもといホッツスパイシーってオーダーの隠れ設定もあるみたいで
尋ねられたらホッツ!ホッツ!って答えるスパイシーさを求めるぐらいなの。
だって、
裏メニュー知ってるみたいで常連ぶるのって逆に野暮じゃないかしら?って思うの。
だからいつも素知らぬ顔して、
いつもは物足りなくてもうちょっと食べたいけれどって思って食べちゃって空になったお皿を見て切なくなっていたけれど、
今日の大盛りランチビリヤニはミラクルな大将の振る舞いでビックリしたわ。
ビリヤニを頬張るとスパイスの風が身体の中を駆け巡るこの清々しさ!
ライタの味変投入で、
謎のレモンの皮の苦いお漬物みたいな未だに名前の知らない謎の食べ物も苦くて美味しいこと間違いないのよね。
その一口が南インドへ旅行へいざなういざないまくるまるで行ったみたいな味わい。
いけないいけない!
おまけ目当てでやって来た私のビリヤニに対する食いしん坊魂を見破られたら恥ずかしいので、
ここのところ、
ビリヤニ食べて運気が上がってきて、
よーし!
今日のNIKKEの朝イチガチャ回すぞ!ってSSRを期待したものの
そうはやっぱり海苔問屋は美味しい海苔をそう簡単には卸してくれないのよね。
まあ今朝の1日150ジュエルのガチャは振るわなかったけれど、
その分私の運気は保たれているので、
持っていった小さな小瓶にビリヤニを詰めて持って帰ったらまたさらにアップ待ったなし間違いなかったけれど、
うっかりして私はまたたびたび出るビリヤニに対する食いしん坊魂が出てしまったので、
大盛りにしてくれたにも関わらず、
小瓶にビリヤニを詰める余裕の量もあったにも関わらず、
全部平らげてしまったのよね。
そのぐらい夢中になれるもの見付けるべきだと思うわ。
あと
インドのお茶って高いところから低いところに細くでる注ぎ口から注いで、
いわばシェフのここぞとばかりのお茶の淹れ方の見せどころのパフォーマンスってあるじゃない?
あれって、
ちょっとやってもらうの恥ずかしいので、
ランチ時間混んでる時間にそうやってお茶パフォーマンスはやってくれるのはいいけどやっぱりちょっと恥ずかしいわね。
それはそっと静かにこっそり持ってきて欲しいところ。
それならあんまりパフォーマンスの無いというかほぼゼロパフォーマンスのラッシーがいいかなって思った食後の飲み物のチョイスも考えどころなのよ。
でもおかげで総じて
美味しいランチチキンビリヤニ大盛りを食べれてよかったな!って話で、
私はしっかりとまたこの運気爆上げのビリヤニチャンスを逃すことなく、
ちゃんと活かしていきたいところね!
うふふ。
最近このシャキシャキレタスのシャキシャキ感がシャキッとたまらないハマっちゃう感じで、
ほんのり入れた瞬間のレモン感がいいホッツ白湯ポッカレモンインウォーラーってところね。
にしても、
温活温かくして行動開始しないと
シャキッとしないわ。
朝飲むホッツはやっぱりこの時期欠かせないわね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
練り物は、自作に限る。市販の、あのツルリとして計算され尽くした弾力も悪くはない。だが、宇宙の真理に触れようとする者が、誰かの手によってパッケージングされた「完成品」に甘んじていてはいけない。
私は冷蔵庫からアジを取り出した。 三枚におろし、皮を剥ぎ、ぜいごを取り除く。包丁の腹で叩き、粘り気を出していく。この、銀色の皮膚を持った生命体がドロドロの肉塊へと変貌していくプロセスこそが、エントロピーの増大を象徴している。
そして、ここで私の「秘儀」を投入する。まな板の隅で出番を待っているのは、黄金色に輝く「たくわん」だ。
おでんの具材としての練り物に、たくわん。一見、調和を乱す異分子のように思えるかもしれない。だが、この細かく刻んだたくわんこそが、混沌とした宇宙を一つに繋ぎ止める「重力」の役割を果たす。
トントントン、と軽快な音が響く。たくわんを刻むたびに、大根が天日干しされ、糠に漬けられ、時間をかけて発酵してきた記憶が解放される。それは土の記憶であり、太陽の記憶だ。
アジのすり身という「海の混沌」に、たくわんという「陸の秩序」を混ぜ合わせる。 これを丸めて鍋に放り込む。アジの脂が溶け出し、たくわんのポリポリとした食感が、柔らかすぎる世界に「核」を与える。
一口、その自作の練り物を噛み締める。 その瞬間、脳内でビッグバンが起きた。
「……美味い」
ただの美味ではない。これは「調和」だ。たくわんの適度な塩気と、発酵由来の酸味。それがアジの生臭さを高潔な旨味へと昇華させている。 そして、何よりもこの「食感」だ。 柔らかいすり身の中で、たくわんが弾ける。その振動が歯茎を通じて頭蓋骨に響き、私のニューロンを直接刺激する。
その時、私は確信した。 「たくわんを食べれば、地球は平和になる」
突飛な発想に聞こえるだろうか。だが、考えてみてほしい。紛争、格差、ネット上の誹謗中傷。それらすべての根源は「自分と他者は相容れない」という分離感にある。しかし、この練り物を見てほしい。アジという動物性の暴力性と、たくわんという植物性の忍耐が、一つの団子の中で完璧に和解している。
もし、国境を争う指導者たちが、あるいはキーボードを武器に誰かを叩き続ける荒らしたちが、この「たくわん入り練り物」を一口でも食べたらどうなるか。 彼らの口内には、海と陸の融和が訪れる。たくわんのポリポリという音は、脳波をアルファ波へと導き、攻撃的なホルモンを抑制する。 「あ、自分は今まで何をカリカリしていたんだろう。たくわんの方がよっぽどカリカリしていて心地よいのに」と、彼らは気づくはずだ。
たくわんとは、待つことの象徴だ。大根が収穫され、干され、漬け込まれる。その気の遠くなるような時間を経て、初めてあの黄金色の輝きと深みが生まれる。現代社会に足りないのは、この「漬け込みの時間」ではないか。 即レス、即リプライ、即論破。 誰もがスピードという病に侵されているから、言葉が尖り、刃物になる。 だが、たくわんを噛み締めている間、人は喋ることができない。ただ、咀嚼という内省の時間を与えられる。
私は鍋を見つめながら、壮大なプロジェクトを夢想した。国連の議場に、巨大なおでん鍋を持ち込む。 各国代表に、私が今朝叩き上げたばかりのアジとたくわんの練り物を配るのだ。 重々しい沈黙。そして、会場に響き渡るポリポリという軽快な咀嚼音。 その音は連鎖し、やがてオーケストラのような調和を生むだろう。
アジ(海)とたくわん(陸)の結婚。 それは、対立する二元論の終焉。おでんという宇宙の中で、すべては一つの出汁に溶け込み、たくわんという平和の種子がその中に点在する。
私はスマホを手に取り、先ほどの掲示板をもう一度見た。 相変わらず、荒らしが誰かを執拗に追い回している。 私は、彼をNGにするのをやめた。 代わりに、心の中で彼に「たくわん」を差し出した。
君の心の中に、まだ発酵していない大根があるのなら、私がそれを漬けてあげよう。 君が誰かを傷つけたいと思うそのエネルギーを、アジを叩く力に変えてみないか。 そうすれば、君の手元には「憎しみ」ではなく「美味しい練り物」が残るはずだ。
私はおでんの汁を最後の一滴まで飲み干した。身体が芯から温まり、細胞の一つ一つが「平和」の信号を発している。宇宙の真理は、図書館の難解な書物の中にあるのではない。台所のまな板の上、叩かれたアジと刻まれたたくわんが混ざり合う、その境界線にこそ宿っているのだ。
窓の外では、夜の街が静かに息づいている。明日、私は出社し、同僚たちにたくわんを配ることから始めようと思う。 小さな一歩かもしれないが、それは地球を巨大なおでん鍋という理想郷へ導く、確かな第一歩になるはずだ。
anond:20251222225842 を、読んだ。
増田を読んで、「わかるなあ」と思った。 でも同時に、「そこまで悩まなくていいのに」とも思った。
高い店に行っても、正直よく分からない。フレンチの一皿より、結局マックの方が満足度が高い。 それで「自分は馬鹿舌なんじゃないか」と不安になる。
たぶん、これって誰でも一度は通るやつだ。
まず言いたいのは、『本当に馬鹿舌な人』って、たぶんほとんどいないということだ。
腐ったものを食べたら不味いと分かる。
焦げたら焦げ臭いと分かる。
塩を入れすぎたら、ちゃんとしょっぱいと感じる。
それが分かるなら、味覚は普通に動いている。
「高い料理の良さが分からない」ことと、「味覚が壊れている」ことは、たぶん別物だ。
そもそも味覚って、生き物が「これは食べて大丈夫か?」「栄養はありそうか?」を判断するための機能だ。
まずは生き延びるためのセンサーであって、グルメを楽しむためのものじゃない。
だから、不味いものを不味いと感じられる時点で、味覚としてはもう十分に仕事をしている。
今は、何を食べてもだいたい美味しい時代だと思う。
だから「1000円の飯」と「8000円の飯」の差が、昔ほど分かりやすくない。
これは舌が鈍ったんじゃなくて、世の中の平均点が上がりすぎただけだと思っている。
それでも、「せっかくなら、もう少し美味しさを感じたい」と思う気持ちは分かる。
高い金を払ったなら、できれば感動したい。
ただ、それは「舌を鍛える」とか「通にならなきゃいけない」という話じゃない。
多分、足りないのは才能でも訓練でもなくて、楽しみ方を知っているかどうかなんだと思う。
「楽しみ方を知る」と言うと、なんだか偉そうに聞こえるけれど、
実際にやっていることはそんなに大げさな話じゃない。
誰かが「これが正解だ」と言ったところで、自分の舌がそう感じなければ仕方がない。
だから「美味しさを楽しむ」というのは、新しい正解を覚えることじゃなくて、
たぶん多くの人は、それをもうやっている。
意識していないだけだ。
ハンバーガーでもビッグマックでもなく、サムライマックを選んだとしたら、
それはもう立派な判断だ。
「今日はこっちの方がうまそうだな」と思ったから、そうしたはずで、
それはもう好みが働いている。
実際にはちゃんと選んでいる。
ただ、それを「自分はこういう味が好きなんだ」と
コーヒーなら、苦いのが好きなのか、酸っぱいのが好きなのか。
飲み比べをしてみて、「どっちが好きかな」と自分に問いかけてみる。
例えば、まずは何も入れずに一口飲んでみる。
香りが立つ感じが好きなのか、舌に残る苦味が心地いいのか。
次にミルクを入れてみる。
角が取れて、少し丸くなる。
それが物足りないのか、ちょうどいいのか。
砂糖を入れる人もいるし、
黒糖を入れると、甘さに少しコクが出る。
クリームを入れると、口当たりが一段重くなる。
どれが正しいわけでもない。
正直に言うと、この作業はけっこう難しい。
気分や体調によって、好みは簡単にブレる。
それでも何回かやっていると、
「だいたいこの辺が好きかな」という輪郭は残る。
方向性が見えれば十分だ。
あえて不味いものを食べてみるというやつだ。
例えば、格安でレビューの低いそうめんと、揖保乃糸を食べ比べてみてほしい。
今の外食は、正直言って旨味が強すぎると思う。
ただ、それとは別の軸を知ると、食べるのが少し楽しくなる。
いわゆる、「素材の味を楽しむ」ってやつだ。
そもそも現代の野菜も肉も、「美味しくなるように」改良され続けてきた。
苦味は抑えられ、えぐみは減り、柔らかく、甘くなった。
昔なら下処理が大変だったものも、今はそのままでも十分に食べられる。
実はもうかなり恵まれている。
例えば、新鮮なアスパラガスを塩茹でして、
マヨネーズをほんの少しつけて食べる。
噛むと、すっと歯が入る。
繊維は柔らかく、
中から水分と甘みがじわっと広がる。
青臭さはほとんどなくて、
塩だけでも十分だけれど、
マヨネーズを少し足すと、
脂のコクが甘さを引き立てる。
派手な味じゃないけれど、
表面は崩れそうで崩れず、
箸で持ち上げると、ぷるっと揺れる。
一口かじると、
だしの味がじんわりと広がって、
これが豆の味かと思う。
噛むというより、
口の中でほどけていく感じだ。
派手な味ではないけれど、
白いご飯と一緒に食べると、
「ああ、落ち着くな」という満足感がある。
自分で作ってみることだ。
例えば、里芋の煮っ転がしを作ってみる。
皮をむいて、下茹でして、ぬめりを取って、
火を強くしすぎると煮崩れるし、
弱すぎると味が入らない。
形は少し不揃いで、
表面もところどころ欠けている。
中はちゃんと柔らかくて、
だしの旨さがじんわり染みている。
「ああ、これはこれでうまいな」と思う。
自分で作った飯のうまさだ。
小ぶりで、大きさがきれいに揃っていて、
角は落とされ、
表面はつるりとしている。
だしは澄んでいて、
口に入れると、
里芋がほどけるように崩れる。
味は強くないのに、
どこを食べても均一で、
そのときにだいたい、
「うわぁ、大変そうだな」と
「うわぁ、どうやってるんだこれ」という二つの感想が出てくる。
高級店で里芋の煮っ転がしが出てくるというのは、
つまり、そういう仕事を全部やってきた、ということなんだと思う。
たぶん、それが高級店の正体だ。
ここは、自分で選ぶよりも、ぜひ聞いてみてほしい。
料理に合わせて、酒が出てくる。
ただ有名な銘柄が並ぶわけじゃなくて、
この一皿のために選ばれた一杯が、そっと置かれる。
さっきまで前に出ていただしの甘さが、
すっと引いて、今度は芋の香りが立ち上がる。
「この組み合わせで食べてほしい」という意思が、
ああ、たまらないな、と思う。
ここまで含めて、
不味いものを不味いと感じられるなら、味覚はちゃんと働いている。
今の時代、何を食べてもだいたい美味しいのは、
舌が鈍ったからじゃなくて、
世の中の食べ物の平均点が上がりすぎただけだ。
舌を鍛えることでも、通ぶることでもなくて、
比べてみる。
作ってみる。
そうやって少しずつ分かってくるのは、
「美味しさの正解」じゃなくて、
「自分の好きな方向」だ。
美味しさが分からない日もある。
それは舌のせいじゃなくて、
体調か、気分か、その店との相性だ。
分からないままでも、
治してもいいし、治さなくてもいい。