
はてなキーワード:あいみょんとは
シーチキンって生き物いなくない?
シーチキンってお買い物リストメモに記そうとした瞬間インクがなくなって困ったわ。
そんで、
気に入っているペンのインクがなくなったので替え芯を買いに行ったの。
種類が多過ぎて、
お店の閉店時間も時間も刻一刻と刻刻と迫ってくる中のラスト3分ってところで、
しくしく泣きながら帰ったの。
本当は泣いてないけどね。
だからお店でわざわざ飛び込み前転をキメてまでしてえいや!と入っていざ!買う気満々だったのに、
もう仕方ないのでインターネッツで注文!そして店頭受け取りの必殺技を駆使することになったの。
必殺技ゲージはもういっぱい貯まってるので、
いつでもインク購入の最終確認ボタンを押すことに迷いはなかったの。
でもさ、
これペンの替え芯1本だけ頼むのもなんかお店の人に気の毒なので256個を一気に買おうとしたら在庫がそんなにありませんってなったの。
えー!?
この飽食の時代なのにガスする人がいるみたいなそんな世の中を確実に体感したかのように私は冷静になって発注数を改めて書き直して送信したの!
3本!
お店の人の受け取りカウンターで無事受け取ってインクを替えることが出来たのよ。
なんか、
この黒のインクがなくなった際、
しばらく黒で書くべきところを青いインクで書くからなんかいつもと違った感じのノートの景色に青さを感じずにはいられなかったわ。
「お客さんどこまで?」
「海の見えるところまで」
私はそう言ってタクシーにハッキリとした目的地を伝えるのもそこそこに走り出したの。
そういった時のタクシー運転手さんは本当に気の効いた眺めのいい海まで連れてって暮れるのかしら?
そして、
きっとなにかあったんですか?って訊きたいだろうけれど黙ったまま、
その無言に耐えられず私はラジオ付けてもらっていいですか?って言うの。
パフィーのカニ食べに行きたいと思ってデンモクで予約入れたら全然違う歌でお馴染みの渚にまつわるエトセトラだと思ったのにアジアの純真だったときのよう。
そしてカニ繋がりで、
金太郎飴よろしくどこを切ってもお洒落なサイダーみたいな歌詞が広がるんだけど、
乃木坂の「ビリヤニ」って曲に一所懸命夢中で研究しているんだけど、
日本のトップクラスのアイドルの曲の歌詞に「炊き込みご飯」って言わせる?
未だかつてそもそもとして日本の歌史上に「炊き込みご飯」って含ませて歌わせた歌ってあったかしら?
なんかあいみょんさん辺りの曲にありそうな気がするけれど。
たまたま切った断面に炊き込みご飯って言葉が出てきただけかもしれないわ。
夕飯でいいおかずのスタメン揃ってるときの炊き込みご飯ってちょっといまこれ炊き込みご飯チャンスじゃないんだな!ってときない?
炊き込みご飯って、
夕飯のおかずが豪華であれば豪華であるほど
炊き込みご飯がくすんで見える現象に名称を与えるならそんな気持ちを歌にして欲しいところ。
ぶんぶん腕をぐるぐる回して袖まくりしてまさにその勢いは暖簾に腕押し!
ちょうど私の同じ誕生日の賞味期限のビンテージのシーチキンの缶があるの。
賞味期限はとうの5年まえに過ぎているビンテージもののツナ缶。
じっくり私はワインセラーならぬツナ缶セラーで5年間寝かしていた甲斐があったものよ。
パカッと開けると
芳醇な良い香り。
一応5年経過してるから味がおかしかったら窓から放り投げて捨てようと思っていたけれど、
香りよし!味よし!色よし!すべてのよしがそろっていくぞー!って炊き込みご飯に挑むの!
シンプルな誰が作っても超絶美味しくなるツナ塩こんぶ炊き込みご飯!
これで決まりよ!
炊き上がった状態も5年前のツナ缶とは思えないほどの味わいかどうかは私の舌では判定できないけれど、
新品のツナ缶よりは5年分の思いが詰まった分だけ美味しいような気がしたわ。
インターネッツの記事で5年物のビンテージツナ缶で炊き込みご飯を作ったという記事が世の中に無く、
本当に大丈夫かどうかの下調べができないいきなりぶつけ本番炊き込みご飯だったけれど、
ものすごく美味しくできてくりびつぎょうてんいたおどろよ!
あといくつか寝かせてあるツナ缶セラーにまだビンテージツナ缶あるので、
使うのも惜しまれるぐらい貴重よね!
食べてしばらく時間が経つけれど、
健康被害も一切なくって、
うふふ。
そんで味見がてらにがてら風味のもとを乗せて食べたかったけれど、
この時期欠かせない電気ポットタイマー運用の朝起きたら70℃に仕上がっている、
今朝は特に寒かったので
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
自分はこのおっさんと世代的にたぶん近いと思う。違いとしては俺の場合は若い頃ずっと自分でもバンドをしていた。
だから体験としての音楽的な経験値が多いので、おっさんは頭でっかちだなとは思ってしまう。がそれを踏まえて、
この手の話しでわかりやすいのはReadioheadの例だと自分は思っていて。
彼らは最初メロディアスかつ、ややプログレっぽさもあるロックでバカ売れ(ニルバーナとクイーンと足して割ったようだとか言われてた)
そこから楽曲は複雑さを増していってOKコンピューターでピークを迎える(一部の曲は既にその後を暗示するものもあるが)
そしてその後に出したKidAが出た当時はなかなかの問題作だとされた。
OKコンピューターでも一応全体的にはいわゆるロックバンドのスタイルでドラム、ベース、ギターで構成するという体は守っていたのが、
完全に開き直ったかのような打ち込み主体のテクノやアンビエント的な楽曲のオンパレードだったからだ。
細かいことを言うとギターやベースなど楽器を演奏してる曲もあるが、間違いなく曲の作り方そのものが変わったであろう点が一番大きい。
俺はKidAを聞いた時の気持ちを今でも思い出せる。
ああ、なんかradioheadは遠くに行ってしまった。もう俺の好きな彼らはいないんだ。そんな風に思った。
実際、KidAを境にRadioheadを聞かなくなった友人は何人もいる。
しかし俺はKidAを聴き続けた。そこには彼らならではのなにかがあるはずだと思ったからだ。
元々ロックしか聞かないわけではなかったので、テクノやアンビエント、中でもエレクトロニカは昔から好きではあった。
そのぶんハードルは低かったと思うが、聞いていくうちに俺はこのアルバムが傑作であるという確信に至った。
マジでこれまでの人生を通して、もっとも繰り返し聞いているRadioheadのアルバムがKidAになってしまった。
ただひとつ言いたいのは、radioheadのライブに行かないとこれは分からないのだけど、後期の彼らの曲も、ちゃんとステージで「演奏」される。
そしてそれは、めちゃくちゃノレるのだ。マジで踊りだしてしまう。
それはクラブ的なノリだけど、同時にすごく有機的ですごくロックでもある。Readioheadでないとなかなか出せないものだと思う。
ライブでそれを体感した俺は完全にロックの呪縛から解き放たれた気持ちだった。
そしてこのRadioheadの絶妙な進化、早すぎず、遅すぎない、ちょっと半歩くらい先取りしてる感じ。
これが時代をうまく反映していたようにも思う。
音楽の役割が、様々なBGMとして、カラオケで歌われるものとして、気分を上げ下げするものとして機能するのはいつの時代も変わらない。
だけど、音楽が鳴っている状況に幅が出たのだ。もはや「聞くだけじゃなく作って聞く」がいよいよ身近になっている。
自分が聞きたい音楽がないから自分で作る、が可能になってきている。もちろんそれなりにハードルはあるし、面倒だしそこまでしない人がほとんどだろう。
だけど一部の人間にとって、「自分でも作ってみようかな」が圧倒的にやりやすくなった時代なのだ。
日本でもアコギ一本でやれるフォークはそうだっただろう。しかしフォークは普段聞いてる音楽とは離れたジャンルになってしまった。
しかし今は自分が聞いてるような音楽、昔ならたくさんの機材や知識が必要だったものが、かなり簡単に作れるようになっている。
ある意味Radioheadもそうだったのだと思う。「自分が聞きたいものを作ろう」とした結果、より内省的でバンドアンサンブルに囚われない方向に進まないと前には進めなくなったのだ。
まあバンドなので最低限共有意識は必要だけど、それは自分たちに嘘をつかないぞという真摯な姿勢を持つなら、ある種時代的な必然だったようにも思える。
そして今の若者が作る音楽は、言ってみればそういった道を辿ったRadiohead以降のものだ。
なんの葛藤もなく最初からあらゆる音は材料になり、音楽ジャンルに囚われる必要もない。
そのへんの普通の子があいみょんの曲を流した後にノイバウテンの曲が流れるプレイリストを聞いていてもおかしくない世界。
「洋楽好き」なんて言葉も意味をなさない。日本の昔のシティポップが海外で流行るのもそう。これはインターネットのおかげでもある。
つい先日も俺はタイのバンドでめちゃくちゃオシャレでカッコいいのを見つけた。昔なら「タイのバンドなんて古臭いロックとかしてそう」って思われてたと思う。
全然まったく同じ時間軸で最新の音楽をやっている。「多様性」なんてベタな言葉ではあるけど、音楽においてはまさにそれを感じる時代だ。
そしてそういった時代の流れについていけそうにない老害にとって、Radioheadのかつての変化が分かりやすい例なんじゃないかなあと思ったという話。
King Gnu、髭男どころかそこら辺の女の歌でも原曲キーで歌えた
あいみょん?星街すいせい?舐めんな
TWICEはナヨンと同じ音で歌えて、昔の曲なら踊ることまでできた(運動のためにモモと同じパートを毎日1時間練習していた時期がある)
おっさんが職場の若者から慕われる理由は高い声が出ることだけだった
仕事もそこまで早いわけではない
どうやってもケセラセラが歌えない
自惚れてた日々を後悔した
女ってこの音域でないんだな、おっさんミックスボイスじゃないほぼ地声で女歌手並の高音でるわwと自分に満足してた
ボイトレ行くべきなのか、歌は自分のフィールドでもないし諦めるべきなのか悩んでいる
三日ぐらいカラオケに通ってケセラセラ練習したけど、喉を潰しそうなのでやめた
今日の天気:雪
東京はもう一週間近く雪だ。
ネットでは即品切れのRTX10090だが、某クローズドSNSの情報交換チャンクでアキバでの店頭販売の情報を見つけたので参戦することにした。
電気街口を出たところではいつもの様に氷河期世代ホームレス達が「アイアムルーザー♪」などと米津玄師やあいみょんのような往年の名曲を歌って物乞いをしている。
除雪された雪の壁に隠れてたちんぼメイドたちがかまくらリフレに誘う裏メイド通りを切り抜け、目的の店へ。
しかし店には既に人だかりができパニック状態でロシア人が店員に罵声を浴びせていた。中には石を投げ出すやつまで出てくる始末。
北海道北部が昨年から日露共同汎用AI開発特区になってからこの手の連中が増えている。
遠巻きに見ているとネオ民族派らしきデブがロシア人に掴みかかり「お前の股間のモスクワにも大穴を開けてやる!」と叫びながら隣の有料老人ホームへと突っ込んでいった。
すると途端に鳴り渡る警報!施設内から屈強なセキュリティが現れ警告を発しながらもクンフーの妙技によって即座に気絶させる。
するとどこからかパトカーのサイレンが鳴り、群衆は散り散りに逃げ、店員も慌てて店の中に戻る。
やはりRTX10000番台の入荷自体はあったのだろう。現状西アメリカ独立国製の密輸品でなければ監視のしづらい店頭に並ぶことは考えづらい。
寒すぎるのもあって一旦VRカフェに退避し、VRChat3.0でケモミミチャイナ姿の上長に買えそうな旨を報告。
日が落ちてから先程の店に向かうともう警察もいなくなっていたので、入店。
入荷情報を掴んでいることをほのめかしつつ、相場の2倍近い額を提示。どうせ利用料に上乗せするだけなので強気に行くと、店員が裏から箱を持ち出してきた。
なんとそれはRTX5090の美品!
タートルシェルズ体制が始まる以前の、台湾製チップをふんだんに使えたグローバル経済を象徴するような一品で、低消費電力化や小型化に舵を切ったそれ以降のモデルよりも性能では上だ。
ニンテンドーWのPC経由モードでも使用できるかを店員に確認すると、足がつかないよう秘匿仮想通貨決済で購入し施設へ戻る。
職場のゲーミング居宅療養施設「思い切って高級老人ホームに入所したら最高の老後が待っていた件」に向かうと、積もった雪が七色のライトアップを透過して輝いていた。
報告のためす所長室へ向かうと、白髪交じりで小太りの所長がVRグラスをつけたままニャンニャン言っていたので、さっさと翔太さんの部屋へ向かう。
3900号室の翔太さんは20代の頃に配信者として成功し、その頃の動画収入が未だに振り込まれるので、こうしていつも金に糸目をつけず脱法的な高性能ゲーミングマシンを所望する。
PCの蓋を開け5090をセットし、ケーブルをベッドのモニターに接続すると、無事映像が出力された。(加齢黄斑変性で片目が見えないため、VR機器は使用していない)
彼が少女の姿を借りて生まれ変わったアローラ地方への冒険に出られたことを確認すると、「また1時間後に来ますね」と声をかけ退出する。
翔太さんは残念そうに唸ったが、こればかりはしょうがない。
二月の大雪の日、僕はSIerでの単調な仕事に疲れ切っていた。
スタバに立ち寄ると、意識高い系の友人がフラペチーノを片手に座っていた。
「最近どう?」と彼が尋ねる。
「まあ、相変わらずさ」と答えるが、心の中では言語化できないモヤモヤが渦巻いている。
「とにかく、将来について迷ってるんだ」とこぼした。
家に帰ると、妹がファブリーズを振りまいていた。
「お兄ちゃんの部屋、なんか臭うよ!」と言われ、苦笑いするしかない。
その夜、友人たちと鍋パを開くことになった。
大雪の中、みんな集まってくれて、新作のガンダムの映画について熱く語り合った。
AIの進化やこれからの生き方について話すうちに、自分の中で何かが変わっていくのを感じた。
「そうだ、カラオケ行こう!」誰かが言い出し、僕らは雪の中を駆け出した。
マイクを握りしめてあいみょんの「マリーゴールド」を歌いながら、心の霧が晴れていくのがわかった。
翌朝、窓の外はまだ大雪だったが、心は晴れやかだ。
「よし、やってみよう」と呟き、僕は新しい未来へと歩み始めた。
画面を見ると、グループチャットで、「お前、酔っ払ってガンダムのフィギュアに結婚を申し込んでたぞ笑」というメッセージが。
そして、その瞬間、自分がガンダムのフィギュアを抱きしめて「ずっと一緒にいよう」と言っていた記憶がフラッシュバック。
「いやいや、そんなこと言った覚えないぞ」と必死に否定したが、証拠動画がグループに貼られていた。友人たちは大笑いしている。