男の娘。ものすごく西洋のほうで論争になっているが、ほんとうにこれだけは言いたい。「性自認だけで性表現を縛ってなにが楽しいの?」と。
そもそも、性自認と性表現は全く違うものである。であるのにもかかわらず、男の娘(これ自体は性表現を表しているので、性自認は関係ない)をトランス女性とする文化はあまりにも不自由すぎる。
性自認が男でも女性的な表現をして何が悪いのか。そもそも生まれつき女性的な見た目を持つ男性すら存在している以上、見た目だけでは性自認も何も語れない。
あなた達がやっていることは「多様性」と言いながらラベルを用意してそのラベルに押し付けるという行為である。それのどこが「多様」なのか。私はそれを問いたい。
そもそも、これを私という性別移行中のMtF(と、これ自体をアイデンティティにしたいと全く思わないが)が言っている時点であなた達がやっていることは意味がわからないのである。
偽りの「多様」というラベルだらけの世界で何が多様なのか。グラデーションではいけないのか。
男の娘は男の娘である。男の娘が自身の性別をどう言おうが本人の言っていることが正確なのである。
※秤先輩のツレの綺羅羅先輩は『男性』です 中学時代は短髪美少年でした 秤先輩に惚れてこうなりました 声優は榊原優希くん(男性)です エッチな女性声優にしか聴こえねえよ… ...
そもそも性自認というのがカルト思想なんよ
日本人って根性論が大好きだから、根性とか決意があれば何でもできるし、そうあらねばならぬ