•伊藤詩織個人の正当性擁護に強く集中
•個別事案としての扱いが固定化された
•社会一般に適用可能な論点整理が進まない
• 他事例に転用できる基準や指針が示されない
•個人評価と制度論が分離されなかった
•制作プロセス改善への具体的波及がない
•報道・表現分野での実務的変化が確認できない
• 再発防止策や運用ルールが共有されていない
•個人を巡る是非論に収束
• 外部参加者が議論に入りにくい
•問題が社会化されない
• 成果は伊藤詩織個人に限定された
•社会的・構造的な前進が見られない
•議論が公共性を獲得できなかった
•個人にこだわりすぎたため
問題が一般化されなかった
• その結果
社会への実質的影響はほとんど生じていない
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映画の公益性を過度に語り、伊藤詩織を称賛することばかりしてきた。
その中で社会一般に浸透する議論をせずに進めてきたことを理解できない。
どこに公益性があったのか、むしろなくしたのは誰なのかは明らか。
Permalink |記事への反応(0) | 15:29
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